#2-2.教え子の顔をしたお姫様
「あのね、ドクさんはこう言っても意味わかんないかも知れないんだけどさ」
階段を上った辺りでちら、と俺の方を見ながら、ふと、エミリオが口を開く。
「その……ミルフィーユ姫の事さ、私、知ってる子なんじゃないかって、思うんだよねぇ」
「知ってるって?」
「顔とか、声とか、名前とか……実は色々、リアルの友達と共通するところが多くってさー。勿論体型とか、違う部分もあるんだけど、その辺りは理想か願望なのかなー、なんて思っちゃったりして」
もしかしたらの話なんだけどねー、と、苦笑いするエミリオ。
まあ、稀なケースとして現実の知り合いに似たような雰囲気の人と会う事もあるのだと聞いた事もあるし、今回もそのケースなのではないかと思うのだが。
「それにしても、リアルの友達と色々似ているっていうのはすごいな」
「うん。すごく綺麗な子なんだよ。ドクさんも見たらきっと驚くと思うよ!」
しかも笑ってくれるし、と、よく解らんことを言いながら屈託なく笑う。
笑顔がチャームポイントとか、そういう何かがあるのだろうか。
なんとなく俺も気になってきてしまう。会う前からそんなにハードルを高くしてどうするのかと思いもするのだが。
「ま、楽しみにさせてもらうかね」
気になってしまうのは仕方ないのだ。
俺は案外、ミーハーなのかもしれない。
3Fに到着。少し歩いて、前とは違う部屋の前で足を止めるエミリオ。
こほん、と息をついて「ちょっと待っててね」と俺に目配せしたエミリオは、ドアに向けてコンコンコン、と三回ノック。
『どなたでしょう?』
「エミリオですよー。オキャクサマが姫様とサクヤに用があるらしいから、連れてきちゃいました」
『あ、解りました』
ドアの向こう側から聞こえたのは、聞き慣れた姫君の声。
兜が取れてもその辺りは変わりがないのだな、と、当たり前のことながら少し安堵しながら、ドアが開くのを待つ。
――それにしても「連れてきちゃいました」はねぇよなあ。どうなんだメイドとして。
エミリオの言葉遣いに苦笑しながらも、ギィ、と古びた音と共に開いたドアへと視線が向く。
するすると入っていくエミリオに、俺もついていくのだが――
「あら、ドクさんではないですか! お久しぶりです!!」
きら、と輝く金髪と、輝く笑顔の姫君が、そこにいらっしゃった。
「――んなっ!?」
直後、不意に、膝が崩れ、バルコニーの床へと手を付く。
自然、跪いたかのような姿勢になり、まともに姫君の顔を見る事が出来なかった。
金縛りか、あるいは筋肉の痙攣か。その姿勢から、動くことすらできない。
「……? どうしたんですドクさん?」
「あの、ドクさん……?」
エミリオも、それから、姫君と一緒にいたらしいサクヤも、不思議そうに声をかけてくる。
「いや……なんか、解らんが。こうなった」
何が起きたのかも解らなければ、なんでこんなことをしているのかも解らない。
――なんで俺は、跪いてるんだ……?
「ドクさんもですか……不思議ですね」
そうして聞こえてきたのは、聞き慣れた声である。
ゲームの中で、ではない。リアルで聞き慣れた声だ。
「……え?」
「どうぞ、顔をお上げになってください。楽にしてくださって大丈夫ですよ?」
跪いた俺の前に立っていたのは、そうして、ひざを折って俺の顔を覗き込んでいたのは――俺の教え子だった。
そこで、ようやく身体を動かせるようになった俺は、つい、まじまじとその顔を見つめてしまう。
「……ドクさん?」
不思議そうに左右に交互に首を傾げる仕草。サクラがよくやる、他の生徒から「かわいい」と言われる仕草そのままである。
まあ、サクヤもよくやるが。可愛い女の子のよくやる、可愛い流行の仕草なのだろうか。
「いや、すまん……つい、な。バケツ姫、か」
「はい。サクヤさんのおかげで無事呪いが解けまして……こうして素顔で直接顔を合わせるのは初めてですよね? ミルフィーユと申します。どうぞ今後とも、仲良くしていただければ」
にっこりと微笑み、「どうぞ」と、手を差し出され、ついそれを掴んでしまう。
白いグローブに包まれた細い指が、柔らかな掌の感触が伝わり、少女らしい笑顔と相まってふわりとした印象を受ける。
「ああ、すまん」
その手に力を入れることなく、足だけで立ち上がった俺は、手を離し、その容姿を今一度、さらっとだけ流し見した。
顔、目の色髪の色、そうして声は確かにサクラそのものだった。
教師相手だからか、普段ぎこちなくしか笑わない奴だったが、屈託なく笑うとこんなにも可愛らしく感じるものなのか、と思いもする。
身長含め体型も、確かにエミリオが言う通り現実のサクラとは大分違うようだが……まあ、その辺りは思春期の少女のデリケートな部分だ。考えるべきではないだろう。
……と考えると、エミリオはもしや、サクラと親しい誰かなのか、と、ふと思い至るのだが――
「……? どうかした?」
「いや、別に」
多分、ナチバラ辺りなんだろうなあ、と、当たりをつける。
性格的に、ナチバラか、ナチバラになりたがってる誰かなんじゃないかと思えてきたのだ。
まあ、とは言っても、この『ミルフィーユ姫』が本当にサクラだという保証もないのだが。
というか、ゲーム世界でまで教え子やなんかと関わり持ちたくないので、その辺りは願望で『気のせいだろう』と割り切ることにした。
「とりあえず、おめでとう、な」
「あ、はい。ありがとうございます!」
愛らしい笑顔と共にペコリと頭を下げるミルフィーユ姫。
顔だけならばリアルとそう大差ない容姿ではあるが、この辺りの愛嬌の良さは現実とは大違いだった。
いや、リアルのサクラも相応に愛嬌はあるし、大人相手に礼儀正しくはあるのだが……そういうのとは違う、柔らかさを感じていたのだ。
(……でも、なんか違う気がするな)
そういった要素とは別に、他にも何か違うモノがある気がしたのだが、それが何なのか自分でもよく解らず。
なんとなく抱いた違和感は、しかしそれ以上進展することなく、姫君との会話の中で薄れていってしまった。
-Tips-
ホワイトブリム(アクセサリ)
メイドなどが頭につけるカチューシャ。
頭を飾るというよりは、作業の際に髪が邪魔にならないために押さえつけるため用いられる。
防具としては何ら耐久性がないものではあるが、比較的安価で、これら髪を押さえるという用途に関しては十分に用が叶い、更に見た目も清楚に見える事から、髪の長い冒険者がアクセサリーとして選択するケースもある。
清楚なメイド服(衣服)
ロングサイズのスカートと長袖、エプロンが一体化したメイド用の作業着。
あまり華美な物ではないがエプロン部分やスカート裾などがひらひらとした意匠が施されており可愛らしく、デザイン的にもギリギリ野暮ったくならないように配慮がなされている。
また、作業着としてとても頑丈に作られている為、戦闘の場においても相応に防御能力を発揮する事が可能である。
メイドブーツ(靴)
メイド専用のブーツ。
屋内を歩く事・立ち仕事に特化されており、靴底に厚めの中敷きが仕込まれていて足首への負担が軽減されるような仕組みになっている。
また、靴紐とは別に飾りの小さなリボンがついており、見た目にも可愛らしい。
作業用の靴の為耐久性は高いが、防御性能が高い訳ではなく、荒地などを歩いたり戦闘に用いたりするとすぐに壊れてしまうため、冒険には不向きである。
伝説のハタキ(武器)
メイド専用の武器。
系統としては長物扱いで、非常に高いクリティカルヒット・スタン率を誇る。
反面武器としての攻撃力は非常に低く、あくまで警戒・妨害用の武器というスタンスである。
尚、武器ではなく本来のハタキとして使用する事も当然可能であるが、たまに皿や像などが割れてしまう欠点も持っている。




