#15-1.リアルサイド8-少女の見た夢1-
その世界は、青と水色と、優しい灰色の世界だった。
温かな潮風が街を優しく包み込み、海の香りが、海鳥たちの鳴き声が、街を歩く人々の喧騒が、眠い私の眼を、うっすらと目覚ましてくれる。
目が覚めれば、そこは白亜の天井。
知らないはずなのに、知っている光景。
起き上がれば、当たり前のように広がる、ホテルの一室のような私の私室。
「おはようございます」
当たり前のように私の傍に控えている、侍女服のお姉さん。
当たり前のように私にペコリと頭を下げ、当たり前のように、私の着替えを持っていた。
そうして目をこする私は、それを当たり前のように受け入れ、服を脱いでいくのだ。
高級そうな肌触りのパジャマは脱げ、侍女の人に用意してもらったままに袖を通してゆく。
薄緑色の、風通しの良いドレス。
ベッドから立ち上がると、今度はドレスミラーの前で髪のお手入れ。
これは侍女さんのお仕事で、私は特にすることもなく、ぼんやりと鏡を見ているだけ。
「今日はどのような髪型がよろしいですか?」
「いつものでいいです」
ぼんやりとしていた私は、そんな光景の中でも特にやる気はなく、だらけていた。
だけれど、それもいつも通りらしく、侍女の人は「かしこまりました」と、苦笑いしながら私の髪に櫛を通してゆく。
寝癖もなく、さらりと通る赤硝子の櫛。
ゆったりとした心地よい櫛仕事。なんとなく、幸せだった。
いつもの格好になった私は、いつものように見知らぬお城を歩いてゆく。
きらびやかな金縁の赤い絨毯がそこかしこに敷かれたお城。
歩くたびに侍女の人やメイド、執事や騎士の人などとすれ違い、その度に会釈をされる。
私はそれに対して頭を下げたりはせず、軽く手を挙げ、振るような動作で「おはよう」と返すのみ。
だというのに誰も怒ったりせず、むしろ幸せそうに目を細め、私が通り過ぎるまでじ、としている。
(そんなものなのかな?)
不思議な気持ちになりながらも、私はそのまま回廊を歩き、食卓へと向かうのだ。
ラムのお城の食卓は、私がいつもご飯を食べているキッチンと同じくらいしかなくて、意外と狭い。
装飾もほどほどの質素な造りで、数人が一緒にご飯を食べるのでいっぱいいっぱいの広さだった。
「おはよう、ミルフィーユ」
既に私が来る前に茶髪のかっこいいお兄さんが座っていて、挨拶してくれる。
(誰だろう)
「おはようございます。お父様」
(お父様……?)
当たり前のように私の口から出た言葉に驚かされながら、そのかっこいいお父様を見やる。
私の知るお父さんとは雰囲気からして違う人で、柔和そうな優しい微笑みを私に向けてくれていた。
「義兄上ご夫妻はまだのようだ。母上はもう間もなく来る。待てるか?」
「はい、もちろんですわ」
空腹感を感じながらも、それを表には出さずこのお父様に笑顔を向ける。
「うん。いい娘だ。お前も昨日、10になったのだから、レディとしてこれまで以上に淑やかにならねばな」
「はい」
お父様に対面するように腰掛け、お淑やかに勝手に答える私。
だけれど、私自身は困惑していた。
10歳の頃、私はこんなにも育っていただろうか?
いくら初等部の頃から成長が乏しいとは言っても、それでも10歳と今の自分とでは流石にいくらかは違っているはずで。
だけれど、この私はどうだろう。今の私と大差ない位には成長していて、これで10歳だというのだ。
何かがおかしい。いや、最初から全てがおかしいのだけれど、いい加減違和感がすごい事になっていた。
そうこうしているうちに、カチャリと静かな音を立て、私の後ろのドアが開かれる。
振り向くと、そこにはようやく見慣れた顔が。
「お母様。おはようございます」
だけれど、これもお母様だった。
「ええ、おはよう、ミルフィーユ」
ミリィと呼んでくれていた母と、全く同じ顔だというのに。
こちらは私と違って、容姿に全く違いがないだけに、その呼び方の違いが謎すぎた。
「ティラミス様、ご了承、いただけましたわ」
「おお、そうか、それはよかった」
当たり前のようにお父様の傍へと腰掛けるお母様。
自分の母親と同じ顔の人が、知らない人と夫婦のように寄り添うのって、なんだか複雑。
「……?」
だけれど、私はそんな内心とは関係なしに不思議そうに首を傾げ、自分の両親を見ていたのだ。
青いくりくりとした瞳を好奇心に揺らしながら。
「喜べミルフィーユ。我が姉上が……エリーシャ伯母上が、お前の教育係を受け持ってくれると了承してくれたぞ」
嬉しいだろう、と、じ、と私の顔を見つめる、ティラミスという名のお父様。
「エリーシャ伯母様がいらっしゃるんですか!? では、大帝国でのお話なども沢山聞かせていただけるんです!?」
「ええ、そうよ。でも、それだけじゃありませんよミルフィーユ。お勉強の事もお願いしていますからね。きちんと伯母上様のいう事を聞くのですよ?」
「はい! 勿論です!! ああ、楽しみ。伯母様はいついらっしゃるのですか? 今日? それとも明日!?」
……このはしゃぎっぷりを見て、ようやく「ああ、この子10歳だわ」と納得できてしまう。
顔も含めて容姿が自分と変わらないせいでちょっと恥ずかしくもなる。
「実はもう来ているのでした! ミルフィーユ、久しぶりね!!」
そうして、ドアが勢いよく開いたかと思えば、そこには長い亜麻色髪の、黒いコートを羽織った女の人の姿。
すごい美人だった。そしてすごいどや顔だった。
「伯母様っ! エリーシャ伯母様っ!!」
私、大興奮。
さっきまでお淑やかだったのに、その顔を見るや席を立って抱き付くのだ。私の知らない伯母様に。
「うふふっ、大きくなりましたねミルフィーユ。貴方は顔を見るたびに大きくなっていくわ」
「伯母様は、私がちっちゃい頃から全然変わりません! どうしたらそんなにお美しくいられるのですか? 私、早く伯母様やタルトおば……トルテ様みたいな大人の女性になりたいのです!」
目をキラキラさせながら、大好きなその人に抱き着き、頭をなでてもらう。
それが幸せで仕方ないとばかりに、大はしゃぎで顔をこすりつけて。
そんな子供っぽい私を見ながらに、伯母様は目を細め、笑うのだ。
「七年……ううん、五年と掛からないわ。貴方のお母様を見れば、きっと数年のうちに誰もが惹きつけられる美貌を身に着けられるでしょう」
「本当ですか?」
「ええ。でもねミルフィーユ。どんなに外見が美しく育っても、王族として相応しい器量や立ち居振る舞いを身につけなければ、それはむしろ逆効果だわ。だから、これからは毎日、時間をかけてレディとしてどこへ出しても恥ずかしくないよう、お勉強しましょうね?」
「解りました! 私、頑張ります!!」
確かに、こんなに美人な人の言う事なら、素直に聞けば同じように美人になれるかも、と、変に納得できてしまえた。
それから始まった朝食の時間は、とても楽しいものであったけれど。
同時に、あまりにも厳しすぎる日々の、その最初の朝でもあったのだ。
-Tips-
シャルムシャリーストーク人(概念)
16世界の一つ『シャルムシャリーストーク』に生息する人類種族の一つ。
その世界における主要人種で、実質絶滅したと言える主要人種『魔法使い』を除き最古の人類種族である。
かつて繰り返された『魔王戦争』という『魔王』たちの遊びに巻き込まれ幾度も絶滅の危機に瀕しながらもその度生き延び隆盛を取り戻した、不死鳥のごときしぶとさがチャームポイント。
16世界全体で見た場合、シャルムシャリーストーク人は驚異的とも言える高い身体能力、とりわけタフネスを持ち合わせており、あらゆる環境下において高い適応能力を見せる。
個人差こそあるものの平均して戦闘能力が高めに設定されており、知力・魔法適正・科学適正・神聖適正なども平均して高い為、平均値では全世界上位に入る能力値を持っている、という認識がなされている。
また、稀ではあるが最強クラスの『魔王』やそれに匹敵する実力者を輩出する事でも有名である。
サブカルチャー的な才能は16世界全体で見てもそれなりに高く、多くの都市では文化的な側面として漫画家・イラスト絵師・小説家・彫刻家・アイドル・芸人・人形師・仮装衣装職人などが職業として一定の地位を得ている。
この為民衆の中でもそれらの文化には比較的寛容であり、地域によっては国ぐるみ、地域ぐるみで大規模な祭典を開くこともあるほどである。
尚、サブカルチャーは魔族にはほぼ持ちえない文化であったため、これは人類の持ちうる貴重かつ希少な個性であると言える。
全世界的に有名な詩人『リーヴェ=クロイツ』もこの世界の出身である。
料理・菓子作りなどに関しては機材こそ文化的に劣るが、個人レベルの技術では全世界で上位に入る。
旧来より菓子を異性に送る文化や女性が男性の為に料理を作る文化が根付いている為、特に女性の調理・製菓技術が高い他、製造した料理や菓子などを販売する店も都市部には数多く存在し、その技術力を競っている。
基本的に戦闘は多くの場合勇者・傭兵・冒険者・兵士・騎士といった職業の者が行うもので、民衆の多くは非戦闘員である。
王族や貴族は軍団の指揮官として戦う者も多く、突出して高い戦闘能力を持つ者も多いが、この為戦場での戦死率も高い。
敵対種族『魔族』との戦闘では秒間辺り数千~数万の人間が文字通り消滅する事もある為、兵員個々の戦闘能力が戦闘結果に影響することは少なく、主には指揮官による戦術・戦略選択が重要となっている。
平均寿命:40歳
平均結婚年齢:15歳
平均初産年齢:16歳
全人口:26億7000万人(多少の前後あり)
戦闘可能兵総数:800万人(多少の前後あり)




