#4-2.雨の日の出会い
「ふぅ――」
身も心も全て解き放って、私はぽっかぽかのお湯に浸かっていた。
大きなお風呂に私一人、とは流石に行かないけれど、かなり余裕がある。
リアルでの自分の家のお風呂なんか比較じゃない位に広い。
くったりと首まで浸かりながら手足を伸ばして、ふわふわとした気分のまま目を瞑って数秒。
「んん――ふ、ああ――」
気が抜けてしまう。幸せだった。お風呂は良いよねって、誰に対してでもなく思う。
「いいですねー、お風呂。ああ、幸せ」
隣でくつろいでいた金髪の女の人が、まるで私の心の声に反応したかのように話しかけてくる。
誰なのかは知らないけど確かに言われた通りなので、こくこくと頷いた。
「本当。寒くて風邪ひいちゃいそうだったけど、もう全然大丈夫っていうか。ああ、ふわふわしますぅ」
「ほんとにそう。お風呂ばんざーい。もう、ここに住みたい位」
「ふふっ、そうですね」
ふわふわとした心地のまま、二人、横に並んでゆったりとしていた。
「そのお腹のギルドマーク、シルフィードさんですかぁ? 見ない顔だけど、新人さんでしょうかー」
のんびりした人だなあって思いながらぽんやりしてると、その金髪さんが私のお腹を見ながら笑いかけてくる。
「あ、はい。サクヤって言います。お姉さんは、うちのギルドの事を知ってるんですか?」
「勿論。シルフィードって割と有名なギルドですからぁ。でもそうですか、新人さん――うふふっ、いいなあ、新人。良い響きですよー」
心があったまります、と、ニコニコ笑顔になって身体を左右に振り始める。
すごく機嫌がよさそうだった。
「私、時々シルフィードの方にお仕事を頼んでるんです。貴方も、近いうちにでも何か頼む事があるかもしれませんから、その時はお願いしますねー」
そんな難しくはありませんからー、と、間延びした声で言う。
「お仕事、ですか?」
「はいー。困った事になってる人を助けてもらうお仕事です。勿論、報酬もありますし、力量に見合ったお仕事を手配しますから、そこは安心して良いですよー」
「それは中々魅力的な……」
どんなお仕事なのか具体的な例が無いので解らないけれど、話半分に聞くだけならそんなに悪くないようにも思えた。
「ふふっ、興味を持ってもらえれば幸いです。さて、と、それじゃ、私はそろそろ――」
ぱしゃ、と立ち上がり、お姉さんは湯船から出て行く。
そのままタイルの上へと立ち、振り向きながらにっこり。
「それじゃ、また。ゲームの中とは言っても、あんまり長い時間浸かってると大変ですから、気をつけてくださいねー」
「あ、はい。気をつけますね。また会ったら、その時にでも」
気遣いの言葉を告げながら去っていくお姉さんに、私もぱしゃぱしゃと手を振りながら見送る。
たったそれだけのお話だけれど、ちょっとだけ心が温かくなった気がした。
誰かと入るお風呂って、こういう事があるから楽しい。
前にここに入った時はプリエラさんと二人だったけれど、かなり長い時間湯船の中でお喋りしてたせいでちょっとのぼせてしまってたりする。
今回はそんなに長話にならなかったからそんな事はないけれど、結局あのお姉さんが何者なのかは解らないままだった。
(後で聞いてみようかな)
時間的にもそろそろギルドの人が来るだろうし、その時にでも聞こうかな、なんて思っていた。
気がつけば、お風呂はもう私しかいない。ちょっと寂しかったけど、ゆったり。
「――うぅっ、寒い、さむいさむいさむいっ」
そんな中だった。がらら、と曇りガラス戸の入り口が開いて、茶髪の女の子がふるふると震えながら入ってくる。
やっぱり外で降られたからか、髪はぐっしょり。
「あれ? プリエラさん?」
備え付けのシャワーでお湯を浴びてくったりとしはじめていたその女の子は、プリエラさんだった。
「あっ、サクヤ。先に来てたんだねー、大丈夫だったー?」
声をかけたのが私だと気づいてか、楽しげに髪を洗いながらこっちを見る。わしゃわしゃと。
「私も狩場でびしょ濡れになっちゃった口で。もう靴までびしょぬれですよー」
「参っちゃうよねー。予報見てからログインすればよかったよ、はー」
ついてないなあ、と、長い髪の先の方までしっかりと泡で浸していく。
「……予報?」
だけど私としては、プリエラさんの口から出た言葉がちょっと気になった。予報って何だろう、って。
「天気予報だよ。リアルの方で、公式サイトにそれが載ってるの。何時から何時までは雨が降る『かも』よーって、ファジーな予報だけど」
「そんなのがあったんですか、変なの。リアルなんて、『明日は雨を降らせます』とか『これから三日間は湿度調整の為に太陽の出力を上げます』とか全体放送で伝えられるのに」
「ほんとにね。私も最初は驚いちゃったよ。意味わかんないもんね。突然降る雨とか、何の通達も無しに曇るのとか」
ぱしゃぱしゃとシャワーで髪についた泡を落とし、今度はリンスを手に、髪に馴染ませていく。
「まあ、ネットワーク見れば普通にわかる物だから、暇な時にでも見ておくと良いよ。ログイン直後はどうにもならないけど、ゲームやってる中でいきなり降られてびしょ濡れに、っていうのは避けられるし」
狩場で雨なんて降ったらたまんないもんね、と、プリエラさんは苦笑いする。
私も釣られて苦笑い。ほんとう、笑えないのだ。
楽しい気持ちになってたときに水を浴びせられるなんて、かなりテンションが下がるし。
「ちょくちょく見てみる事にします」
もうこんな眼に遭うのは避けたいから、素直にプリエラさんの言葉には頷いていた。
「あー、生き返るよぉ。やっぱりいいよねえ、お風呂」
身体を洗い終えて湯船へ。私の隣に座り込むプリエラさん。
長い髪はゴムで束ねて、首筋が露になってちょっと色っぽい。
私も同じ髪型なんだけど、悲しいかな私は体型から何からリアルとそんなに違わず子供っぽいのでそういうのはない。
「ほんと、いつまでも浸かっていたいくらいですよね」
私はもう結構な時間入ってるはずだけど、それでもまだこの楽園から抜け出したくはなかった。
一人ぼっちでも最低四十分は入る。人と一緒なら、その分長くなるかもしれない。
「山の方に行くとね、温泉があるんだよ、温泉。道中のモンスターが強いから一人じゃ行けないけど、サクヤが強くなったら、一緒に入ろうねー」
絶好のロケーションなんだー、と、無邪気に笑うプリエラさん。可愛い。
背丈もギルドの女の人の中では一番高いし、スタイルも良い。
顔は可愛い系なので服を着てるとそうは感じないけど、お風呂でこうやって髪をまとめてるのを見ると結構大人びてるようにも感じるから不思議。
無邪気な人だけど、かなりモテるんじゃないかなって思う。
「プリエラさんって、結構このゲームを始めて長いんですか?」
ギルドの人からは色々と教えてもらっているけれど、プリエラさんは、ギルドに入る前から私に色んな事を教えてくれていた。
ギルド内で見れば冒険者としてはドクさんが、魔法使い系としてはセシリアさんが師匠みたいな感じだけど、プレイヤーとしてはプリエラさんが私の先生のようにも感じられて。
だけど、私はプリエラさんの事はなんにも知らないのだ。
だから、少しずつでも知りたい。なんとなく今、そう思った。
「ゲーム? うん。二年くらい経つかなー。このゲーム自体、そんなに古いものじゃないし。一番古い人達でもまだ四年位しかやってないんじゃない?」
そんなに変わんないよね、と、プリエラさんは笑うけれど、二年と四年の差は結構大きい気がする。
「二年かあ……二年位やってないと、プリエラさんみたいに色々と解ってはこないんでしょうか?」
プリエラさんは、街の中のことをよく知っている。
可愛い服を売ってるお店。格安で美味しいご飯を食べられるお店。
お菓子の材料を売ってるお店や、素敵なアクセサリーを作ってくれるお店。
街の広場で芸人さん達が掛け合いや即興の芝居をやってたりするのも教えてもらった。
街にはライフラインがいたるところにあって、その場所もよく知らなかった私は、プリエラさんのおかげで今のところはトイレや食事、お風呂なんかに困っていない。
勿論、食事をとるにはお金がかかるし、調理場を借りるのもタダじゃない。
日々の生活には相応のお金がかかるのだけれど、そこは狩りでカバー。
「サクヤは、街を歩いてて楽しい?」
うーん、と、背伸びながら可愛らしく唸った後、プリエラさんは首をかしげながらそんな事を聞く。
「楽しいです。毎日が楽しくって。まだ、色んな人と話したり、知り合いになれたりはしていないけれど。でも、歩いてるだけで時間が過ぎていって、足りないくらい」
私は、素直に答える。多分、笑ってると思う。プリエラさんが嬉しそうにしているのが解る。
毎日楽しいのだ。いつも何気なく歩いて、ただ家に帰るだけのリアルと違って、ゲームの中の街は楽しい事で溢れていた。
だって、街を往く人々は色んな表情を見せてくれる。充実しているようで、色んな感情が溢れていた。
笑っている人が多いけれど、時には怒ってる人もいる。泣いてる人もいる。でも。
――私は今まで生きてて、リアルでそんな『街』を見た事は、一度だって無かったのだ。
ただ過ぎて行き、用意されたレールの上を歩くだけの人生。
それが、このゲームではどうだろう。好きな道を自分で歩いていい。
何かが起きたら、それは自分で考えて良いのだから。こんなの、楽しいに決まってる。
「うんうん。サクヤはやっぱり、このゲームを楽しめてるようだねぇ。うん、いいよ。すごく良い!」
そんな私に、プリエラさんはよほど嬉しいのか、うんうん頷きながら、むぎゅーっと抱き寄せてくる。
「わわっ」
突然だったので驚いてしまう。そんな、こんな近い距離に、裸の女の子と二人。ちかいちかいちかい。
「えへへー、サクヤはいいねーっ。可愛い。うん、最高だよっ、一緒にずっと、このゲームを楽しもうねーっ」
そうして抱きしめられ、頬ずりされてしまう。ぷにぷにのほっぺたがこすられて、ちょっと心地良い。
かと思えば、プリエラさんの大き目の胸が鎖骨に当たるのだ。こちらは同性のはずなのに、妙な居心地の悪さがあった。
「う、うう……」
どうしたらいいのか分からず、私はされるがまま。
ああ、裸じゃないけど、こういうのリアルでもあるなあ。と。
割と身近に覚えのあるそれを思い出しながら、私はぼんやりしはじめた頭をゆらゆらと揺らす。
「あ、まず――」
これはまずい。のぼせてきてる。顔が熱い。胸がどくどくしてる。倒れる前兆。
「わわっ、サクヤ顔真っ赤じゃんっ!? あ、そうか、私より先に入ってたから――」
私の異変に気づいたのか、プリエラさんは驚きながらも私を抱きかかえて、そのまま湯船から立ち上がる。
「ごめんねサクヤ。とりあえずお風呂から出よう。冷まさないとっ」
そうしてぷにぷにに抱きしめられたまま、私はお風呂から出たのだ。出されたのだ。
ああ、情けない。自力で立ち上がろうとしたのに、足には力が入らなくて。
そして何より、この心地よいぷにぷにが、ふにふにとしたふにゃふにゃから抜け出せず――くたった。
「わわわっ、サクヤァァァァァッ!?」
最後に耳に残ったのは、自分がへにゃって冷たいタイルに落ちた音と、プリエラさんの叫び声だった。
-Tips-
人間(概念)
『えむえむおー』世界内における人間は、基礎的な部分は現実の人間とほとんど違いがないようにできている。
このため、生理的な欲求などは当然発生し、それらを満たせないことにより強いストレスを感じるようにもなる。
身体は現実のそれと比べ非常に頑強に、そして活発な活動も可能なほどにタフネスに創られており、身体を動かす事に特化されていると言っても過言ではない。
また、現実世界とは異なる特異な点として『魔法』と『奇跡』を扱うことができるという点がある。
いずれも特定の職に就き、鍛錬や努力を重ねる事によって得られるものだが、現実ではこのようなことはない為、現実とゲーム世界との、最も異なっている点であると言える。
身体能力に関しても努力次第ではどこまでも屈強になっていくのだが、その外見は幾年経とうと開始時にプレイヤーが選んだ物から変わることは無い。
尚、このゲーム世界にはプレイヤーとしてこの世界に降り立った人間(PC)の他に、元々この世界にいた、プレイヤー達をそうと知り、自分達をプレイヤーだと思い込んでいる人間(NPC)も存在している。
彼らはあくまでプレイヤーとして振舞うため、知らず知らずのうちにパーティーを組んでいたり、恋人として付き合っていたり、という事もままある。
基本的にPCとNPCの違いは「現実世界に人間としての自分が本当に居るかどうか」でしかなく、その扱いは全く同等である。




