#14-3.楽園の湯
朝のうちに昨日約束したアイテム集めについてもマルタさんとお話して、「とりあえず一浪君が来る昼頃から」という事で話がまとまると、セシリアさんがもう落ちるころになり、私もお風呂に入りたいので、一旦解散となった。
なんだかんだ、昨日は最期にお風呂に入れなかったので、今日は朝からちゃんと入りたかったのだ。
ログアウトして戻ってくれば、体感で一晩寝たくらいの回復はするらしいのだけれど。
それでも、昨日走り回ったり戦闘したりっていうのが骨身に染みているのか、節々がちょっと痛い。
そういえば、と、街を歩きながらふと思い出す。
(エミリオさん、どうしてるのかな……)
ここ数日顔を見ていない相棒の顔が、なんとなしにちらつくのだ。
もし私みたいに大変な事になってても、エミリオさんなら器用に立ち回ってそうではあるけれど。
それでも、顔を見ないと心配になるというか。
(ああ、私って、変なところ心配性なんだなあ……はぁ)
気にしすぎだよ、と、ため息混じりに首を振る。
そう、気にし過ぎなのだ。多分。
人の事よりまずは自分を気にしないといけない。
まずは自分の事。具体的にはお風呂。髪の手入れもしないといけない。
「ああ、急ごう。お風呂が私を待っている……」
一人ごちりながら、あと少しで宿屋というところまで来るのだけれど。
「……あれ?」
宿屋の前で、見覚えのある人が立っていたのだ。
なんとなく、デジャブ。
「おお、サクヤ。待っていたよ。姫君から、ここが君たちのギルドの仮拠点なのだと聞いていてね――」
白髪混じりの黒髪。長身。
ファンタジー世界なのを考えると、まるで貴族か何かのようなシルクハットとスーツスタイルの変わったいでたち。
言うまでもなく団長さんだった。
「早速だが話が――」
「あ、あのっ、すみませんっ」
なんとなく先の展開が予想できたので、手を前に、話を止める。
「うん? どうしたね?」
「私その……お風呂に入りに来たんです。昨日も入ろうとして、アムリタさんにお城が大変だと聞いて入れなくて……」
お風呂に入ってない事を伝えるのはちょっと恥ずかしかったけれど、この人はこの人で押しが強いのを知っているので、敢えて伝えることにした。
「お急ぎかも知れませんけど、まずは、お風呂に入ってからでいいですか……?」
どうしても急ぎの用事なら仕方ないかもしれない。
でも、私だってお風呂くらい入りたい。髪の手入れもちゃんとしたい。
そんなに急ぎじゃないなら、それ位許してほしいのだ。
「おおそうだったか! いや、私としたことが……すまなかったね」
大仰に驚いて見せながら、人がよさそうに苦笑する団長さん。
背は高いけれど、その様には威圧感はない。ありがたかった。
「はい、すみません。ちょっとかかりますので……」
すぐに出ますので、とは言えない。
私は結構長風呂だし、疲れもあるからゆっくりと入っていたかった。
髪の手入れも考えると、決して短くはない時間、待たせることになる。
できれば、どこかで時間を潰してきてほしい位だけれど。
「いやいや、構わんさ。別に急ぎじゃない。では、私は中で待たせてもらうとしよう」
「解りました。では中へ――」
良かった、私のゆっくりタイムは無事果たせそうだった。
髪も労わってあげないといけない。ああ、ようやく至福の時が訪れるのだ。
こうして、ゆっくりとお風呂タイムに突入したのだ。
朝からのお風呂。ああ、なんて幸せな時間なのだろう。
身体と髪を洗っているだけでうっとり。柔らかな泡にまみれている事のなんと心地いい事か。
それらを洗い流して髪にコンディショナーとトリートメントなんかを使って。
それも終わって浴槽にゆったり浸かっている時なんて、この世の天国のよう。
思わず「ほう」とため息が出てしまう、そんな瞬間だった。お風呂、最高。
「相変わらずサクヤさんはいい顔でお風呂に入りますねえ」
不意に横から声がする。あんまり幸せ過ぎて、他に人が居る事すらろくに意識していなかったけれど。
だけど、私と同じように朝風呂を好む人も当然いる訳で。
隣を向くと、運営さんがほっこりとした顔でこちらを見ていた。
「あ、運営さん……おはようございます」
「はい、おはようございます」
普段ポニーテールの髪を下して、いつもより大人びた感じの運営さん。
私もできるだけ笑顔になりながら、身体ごと運営さんの方へ向く。
「最近は、お変わりはないですか? 変な事に巻き込まれるのは『シルフィード』ではよくある事みたいですけど」
割とピンポイントな質問に、ついびく、と、身を震わせてしまう。
本当は知ってるんじゃないのっていう位に直球というか。
運営さんはたまにこういう事をする。
「えーっと……ええ、まあ。色々変わったことはありますけど。何から話したものやら」
運営さんとは言っても運営サイドの人ではなく、あくまで一般プレイヤーには違いないのだけれど。
でも、運営さんだからこそのコミュニティがあって、大切な事を各方面に知らせる手段もこの人は持っているのだ。
いろいろ知っている事も多いだろうし、なんだかんだ、相談役として頼りになる気がしていた。
そんな中で、何を聞くべきか迷い、結論を出す。
「あの……ゲーム内で、リアルの自分と同じ顔をした人と出会う事って、あると思いますか……?」
それは、ちょっとホラーめいた事だとは思うけれど。
でも、気になって仕方なかったのだ。
だけど、誰かに相談する事も難しくて……結局、こうして運営さんに聞くくらいしかできなかった。
「ゲーム内で……ですか? たまたまリアルでの自分の顔に近い容姿の人と出会う、くらいならいくらか聞きますけど」
「近い、ではなく、特徴から何から同じだとしたら……?」
「ホラーですよね、それ」
やっぱりホラーだった。私はホラーと直面していたらしい。
「でも、もし実際にあるとしたら、それはリアルでの知り合いだとか、その人に憧れた誰かの可能性があるでしょうね」
「はあ……近しい人の可能性が?」
「ええ。例えばですけど、リアルでのサクヤさんに憧れた誰かが、貴方になりたいという願望を抱いてゲームを始めたとしたら、同じ容姿になる可能性はありますよね?」
「ああ、そうですね……願望としてそういうのもあるんですね……」
私が黒髪黒目を欲したように。
リアルでの私と同じ容姿になりたいと願った人が、どこかにはいたのかもしれない。
それ自体は理解できない訳ではないけれど、でも、それならどうしてお姫様なのか、というのが疑問ではあった。
あるいは、それ自体も何がしかの願望なのかもしれないけれど。
「人は変身願望を抱くものですから。特に、憧れた誰かに対しては、同一の存在になりたいと願ってしまうのも、不思議な事ではありませんね」
「あはは……そうですね。私も、この髪は願って手に入れたものですし」
浴槽に浸けないように軽く結ってはいるけれど、触れられるならいつでも愛でていたいこの艶深い黒髪。
ナルシストだと笑われてもかまわない。私にとっては念願のものだったのだから。
「でも、そうだとしたら……あの、もし、顔は同じでも体型がちょっと違ってたら、それはどういう事なんでしょう?」
気になるところは、身長の差とか、体型の差とかもだった。
「ふむ……それも願望なのでは? あるいは、その人の中での理想なのかもしれませんね」
「理想、ですか……?」
「変な話ですけど、その人の中の理想としては、顔は最高に理想通りだけど体型はちょっと……みたいな、そんな感じなのかもしれませんし。だから、ゲームの中ではその人の理想通りの体型になってるとか、そういう感じで」
「……なるほど」
誰かは解らないけど、とても失礼な理想な気がした。
いや、私だってもうちょっと背が伸びたらって思うし、スタイルだってよくなったらからかわれる事もなくなるだろうし。
だけど、他人から「こういう外見だったら良かったのに」って思われるのは、それはなんだか違うというか。余計なお世話というか。
「あ、あの、サクヤさん? 別にあくまで例えの話でして、本当にそうなるかは解らないんですよ? だから怒らないで……」
言葉に出したわけではないけれど、どす黒い何かが出てしまっていたのか。
運営さんは困ったように眉を下げながら、手を前に出して「そんなに怒らないで」となだめてくる。
「……別に、怒ってませんよ。はあ、でも、そうですか……そういう可能性もあったんですね」
お姫様の 正体みたり クラスメイト、みたいな可能性もあるのだと考えると、途端に可笑しく感じてしまった。
果たしてこれから、ミルフィーユ姫と会う私はどんな顔をすればいいのだろう。
あくまでこれらが運営さんの想像である、というのが救いではあるのだけれど。
「気にしない事にします」
「ええ、それがよろしいかと。ホラーですし」
そう、ホラーなのだと思い込んでしまえば「そういうこともある」位に流せてしまうのだ。ホラー万歳。
それからほどなく運営さんが先に出てしまったので、またしばらく私一人でゆったりタイムが続き……お風呂から出た後は、髪の手入れをしたりで、なんだかんだ、入ってから一時間が経過していた。
湯上りでのんびりとした気持ちだったけれど、団長さんをあんまり待たせるのも失礼だと思って湯上りのフルーツ牛乳は我慢。
すぐに団長さんの待つロビーへと向かったのだけれど――
「いやあ、負けた負けた。強いねえ」
「ふぇふぇふぇ……お主こそ。ワシと中盤まで渡り合えるとは、久方ぶりに燃えたわい」
――団長さんは、よくロビーでくつろいでいるお爺さんとボードゲームをしていた。
なんか戦闘機とか兵隊とかの駒を使って遊ぶ、古い型のゲームなのだけれど、お年寄りがよく遊んでるのを見かけるものだった。
「もう一手どうかのう? 次は本気を見せてくれるのだろう?」
「いやそうしたいところだが……すまない、待ち人がきたようだ」
これでもう結構、と、こちらをちら、と見てから手を前にニカリと笑う団長さん。
お爺さんが残念そうに眉を下げ「そうか」と引き下がると、団長さんも嬉しそうにその片づけを手伝う。
「ご老輩、また今度勝負しよう。いやあ、こんなに楽しめる相手がいるなんて思いもしなかった。気が向いたらまた来ることにするよ」
「おおそうかそうか! では楽しみに待つとするわい。『グリーブ&ファイア』を打てる者は中々居らんでなあ」
「古いゲームだからねえ。まあ、だからこそ楽しめる者の間では熱が入る。久方ぶりの好敵手だった。では、また」
ありがとう、と、礼を言いながら席を立つ団長さん。
そうして、私の前に立つと「待たせたね」と、待っていた側のはずの団長さんが笑っていた。
-Tips-
グリーブ&ファイア(ゲーム)
全世界に古くから伝わるボードゲームの総称。
古くは16世界創世の頃から、神々の遊びとして創作され、生み出されたもので、世界や地域によって細かいローカルルールなどは分かれるものの、おおまかに以下のようなルールでゲームが進んでゆく。
1.プレイヤーは二名ないし三名。ターン制のゲームで、じゃんけんやダイスなどによって順番を決める。
2.決められた順番通りに、毎ターン手持ちの陣地内にて規定数の駒を規定数まで設置・移動する事が出来る。
この駒は『歩兵』『戦車』『機兵』『戦闘機』『爆撃機』『索敵機』『要塞』『拠点』(世界や地域によって名称が異なる事もある)となっており、それぞれが条件を満たす事により、相手方の駒に対し『攻撃』を行う事が可能となっている。
攻撃する事により駒によって定められた数値分駒の耐久値が減少し、0で撃破となる。
3.駒とは別に戦術札が最初のターン終了時に規定数配られ、これにより戦術を駆使する事により、駒による侵攻、あるいは防御への補助とすることができる。
4.規定ターン数経過前にどちらかの『拠点』が撃破される、あるいは拠点以外が全滅した場合、そこで勝敗判定がつく。
規定ターン数経過時にどちらも駒が残っていた場合は点数制で勝敗が決定する。
点数は駒の種類別に割り振られた点数と、手札の種類別に割り振られた点数があり、これらを総合した点数が多い方が勝ちとなる。
5.ゲームが終了した際は、勝敗やゲーム内容に関わらず必ず相手に感謝の言葉を告げ、一礼する。
6.人によってはその後、『リメイクゲーム』と言われる反省会などが行われる事もある。




