#11-4.黒騎士バルバス・バウ
ポータルから出たのは、お城の廊下。
階段が見えたので、恐らくは2Fか3Fなのだと思うけれど。
朝私が下りた中央階段とは違うらしく、正確な場所が解らなかった。
「こちらは西区2Fの階段前ですわ。ここからまっすぐ進みますと中央階段前。さらに進んで東区の突き当りに、3Fへの階段があります」
後から現れたアムリタさんが、やや早い口調で説明を始めるのを聞いて、ちょっと疑問に感じた。
「ここからは上に上れないんですか……?」
見た感じ、目の前の階段にも上に上る為の階段がある。
これを使えば3Fまでは早いんじゃないかな、と思うのだけれど。
アムリタさんは首を横に、神妙そうに私をじ、と見る。
「残念ながら、この階段の上は、モンスター対策で閉鎖されているのです。中央も同じく。なので、姫様のいらっしゃる3Fに通じるのは、現状東区のみとなっています」
「なるほど……」
「城内はモンスターが多く、ナイツの面々はそちらの駆逐にも回っているはずです。サクヤさん一人で向かうのは厳しいはずですから、私も途中までご一緒します」
護衛はお任せを、と、どこからか取り出した杖を手に、きっと、緊張めいた表情になるアムリタさん。
上位職の人だし、心強くはあるのだけれど……なんとなく、不安も同時に感じてしまうのは、この人がプリエステスだからだろうか。
駆け抜ける城内。
確かにモンスターがところどころで湧いているらしく、朝と違い、至る所で戦闘が始まっていた。
『クカカカカカッ!!! メギドォッ!!』
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!! 『マジックシールド』!!」
真っ黒なローブに身を包む骸骨魔術師と互角の戦いを演じる人。
『……!!』
『……っ』
『……っ』
「ふははっ、喰らえ『スタンバッシュシールド』!!」
伍長みたいな鎧を着た、赤や青のモンスターの集団を相手に、一人渡り合う人。
「ぐぉっ、これ以上、は……やべぇっ」
『グガァァァァァァァァァァッ!!!』
巨大な赤いドラゴンのブレス攻撃を受け続け、じりじりと追いつめられていく人。
色んな人が戦っていた。
色んな人が頑張っていた。
その横を、すり抜けなければならなかった。
「ヒーリングっ! グロリアス・エンゲージ! ヒーリングっ! セント・バレスティナ!! ヒーリング!!!」
走りながらに、できる限りの支援を、戦っている人たちに振り撒いてゆくアムリタさん。
すごく器用だけど、でも、アムリタさん自身、歯を食いしばるようにして戦っている人たちから離れていくのだ。
きっと、悔しいんだと思う。
幸い、まだ倒れている人はいない。
ロイヤルガードの人たちはすごく堅くて、すごく強いんだというお話だし、今のところ、モンスターの迎撃もなんとかなっているっぽかった。
だけれど、モンスターは無限に湧くのだ。
今は防げても、いずれは押し切られてしまうかもしれない。
「黒騎士さえ倒せれば、モンスターはリスポーン・ブレイカーの影響でこれ以上出現することはなくなります。今さえ、今さえ持ちこたえられれば、きっとトーマスさん達が……!」
「急ぎましょう。とにかく、バケツ姫を逃がさないと……」
事態の不味さは、直接きて痛いほどに解った。
このままだと、バケツ姫が危ない。
それだけじゃない。最悪逃げれば死にはしないけれど、多分トーマスさん達は、バケツ姫が逃げなければ逃げられないのだ。
街の再興を、という意味では振り出しに戻ってしまうかもしれないけれど、それでも、この人たちが無事なら、時間をかけてでも黒騎士を倒せれば、また再興の為考えることはできるのだ。
だから、ここで死者が出てしまうのは、非常に不味い。
これくらいの事は、私にでも解っていた。解ってしまっていた。
「あっ――」
中央階段まで来て、ぴた、と、先を走るアムリタさんの足が止まってしまった。
何事か、と、アムリタさんの見ていた階下を見つめる。
大きく開けた、正面城門への広場。
そこでは、トーマスさんを始め、七人のバケツ騎士の人たちが、巨大な赤馬にまたがった、おぼろげな姿の黒い騎士と対峙していた。
その黒騎士の巨大さたるや。
大柄なはずのトーマスさんですら小柄に見えてしまうほどの巨体で、手に持った大剣も、人ひとり分よりよほど大きいほどで。
何より、そんなものを片手で担ぎ上げ、馬に乗ったその姿が、その勇壮さが、敵でありながら、とても格好良く見えてしまうのだ。
『ふふふ……ははははははっ』
そんな黒騎士が、高らかに笑いながら、馬の手綱を引く。
『ブルルルッ……ヒヒィィィィィィンッ!!』
同時に腹を軽く蹴るのだ。走り出す赤馬もまた、主人の笑い声に合わせるかのように高らかに鳴き、疾走する。
目掛けるはトーマスさん達の元。盾を構える前方の騎士に、構わず体当たりしていくのだ。
「やらせんっ! 『ガードリンク』!!」
後方のトーマスさんが声をあげ、盾を構える。
同時に、一様に盾を構えるバケツ騎士の人たち。
トーマスさんを中心に、青い光のラインがその場にいたバケツ騎士の人たちに繋がり……その身体が光り出した。
『むぅっ!?』
――衝突と同時に繰り出される大剣の突き。
だけれど、光に包まれたバケツ騎士の人たちは、誰一人としてひるまず、その一撃を盾で受けきっていた。
「貴様の攻撃など、我らには通じんぞ、バルバス・バウ!!」
先頭のバケツ騎士の人が、盾を一気に前へと押し切る。
『ぐむぅっ、やるなっ』
即座に馬を下がらせる黒騎士。
上からなので表情は解らないけれど、その声はちょっと悔しそうだった。
「往くぞ皆! 『ガーディアスマーチ』!!」
次に叫んだトーマスさんの声によって、今度は盾を構えた全員が、赤い光で結びつく。
「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「うおりゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「てりゃぁぁぁぁぁっ!!!」
バケツ兜の人たちが、一斉に黒騎士に向かい、盾を突き出し――そのままタックルしてゆく。
『ヒヒヒーンッ!?』
『くっ……おのれ』
その一撃がよほど重かったのか、ぐらついてしまう赤馬。
黒騎士にもダメージが伝わっているらしく、馬から飛び降り、剣を片手に構え直した。
「なんか……優勢、じゃないですか?」
城内でモンスター相手に戦っている人たちはともかく、トーマスさん達は黒騎士相手に結構頑張っているように見えた。
やっぱり、トーマスさん達は強いのだ。
バケツ姫を逃がす必要があるのか、ちょっと疑問に感じてしまう。
「そんなことはありません……いつもなら、黒騎士が馬を降りる事なんて、ほとんどないんですから」
だけれど、アムリタさんは首を横に振りながら、その様子を見つめる。
「……ううん」
本当にそうなのかな、と、私も併せてトーマスさん達の戦いを眺めていた。
というより、それ位しかできることがないのだ。
アムリタさんが足を止めてしまっては、進みようもないのだから。
『貴様ら如きにここまで手を煩わされるとは……こんなことでは、我らの恨み、あの娘で晴らすどころではない。邪魔者には、早々に消えてもらうとしよう――』
赤馬が悲鳴のままに消え去っていくのを見ながらに、黒騎士は、低い声のまま何事か呟き、剣を床へと突き刺す。
「馬から降りたなら、後は持久戦に持ち込めば……むぅ、奴は何をするつもりだっ!? 警戒しろっ! 迂闊に近づくな!!」
「はっ、はい!」
トーマスさん達も見たことのない動きらしく、油断なく盾を構え、黒騎士の出方を窺っていた――そう、窺ってしまっていたのだ。
『くははははっ、貴様らのその慎重さ、見事に仇になる様を焼き付けながら固まるが良い――』
黒い影の騎士が、高らかに笑う中。
地面へと突き刺された大剣は、やがてどんよりとした黒い霧のようなものを、その刀身から溢れさせ――やがて、それが黒騎士の周りに、まるで彼に従うかのように渦巻き、漂いはじめる。
『石化せよ、ストーン……カース!!』
そう、それは呪い。物理にまで達する凶悪な呪い。
渦巻いた呪いの塊は、黒騎士に命じられるがまま、指さした相手――トーマスさん達へと向けられ、放たれた。
「なっ、うぉっ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
まず先頭のバケツ騎士の人が。
「ぎゃぁぁぁぁっ、か、身体がっ、身体が動かな――」
次々に呪いはバケツ騎士の人たちへと。
盾など何の意味もないかのように貫通してゆき、その分厚い鎧を容赦なく貫き。
「ぐふっ……ば、馬鹿な、こんな、呪い――」
そうして、最後列にいたトーマスさんもその呪いからは逃れられず……膝をついてしまう。
『ふははははははっ、貴様らはここで、石のオブジェとして飾られるがよかろう! 貴様らとあの姫君に苦しめられた我らの、その復讐の証としてなあ!!』
高らかに笑う黒騎士。
次々と意識を失い、倒れてゆくバケツ騎士の人たち。
「うあ……あ、ぁ……」
トーマスさんも動けなくなり、そして最後の最後、偶然なのか空を仰ぐように見て……こちらと、目が合ってしまった。
それで気づいたんだと思う。
「……たの、む……」
「……っ」
最期の一言が、私たちを走らせた。
黒騎士は、間違いなく私たちの後ろを走っていた。
がちゃり、がちゃり、と、鎧のきしむような音が、私たちの後ろから聞こえて。
それでも、バケツ騎士の人たちはモンスターと戦っていて、その横を通り抜けなければいけなかった。
通り抜けた回数が、黒騎士が、足を止めた回数。
ちょっとの間だけ聞こえなくなって、またすぐに、私たちのすぐ後ろを、まるで追い回すかのようにあの鎧のこすれる音が聞こえるのだ。
恐怖よりも先に全身を突き抜ける生存本能。
走らなければならないと感じたのは、マタ・ハリ以来だろうか。
止まったら、きっと殺されてしまうから。
あるいは、トーマスさん達のように動けなくされて……石化させられてしまうのだろうか。
それは、怖すぎる。死ぬのと同じくらいに、怖い。
きっと私一人なら、泣いてしまっていたかもしれない。
走るのをやめて、どこかに隠れようとしてしまうかもしれない。
転移アイテムを使って、一人街に逃げてしまったかもしれない。
だけれど、それはできない。
私の前にはアムリタさんがいて、そして、とても辛そうな顔で走っているのだから。
こうして、黒騎士との恐怖の追いかけっこが始まった。
-Tips-
ストーンカース(スキル)
モンスターの扱うスキルの中では最上位に忌み嫌われている、石化の呪い。
メディウサなどが扱うことで有名で、コカトリスやバジリスクの扱う石化の呪いと異なり、超広範囲に対しての高速発動が可能な点で脅威である。
本来ならば黒騎士バルバス・バウはこのスキルを扱う事が出来ないはずであるが……?




