#11-2.変わり続ける世界
「――ヒーリング! キュアー!!」
その場にいた転送NPCさんがもともとプリさんだったおかげで、マルタさんの傷はすぐに回復したのだけれど。
くったりとベンチに座っているマルタさんは、疲労困憊の様子で、もうまともに歩くこともできそうになかった。
「あの、ありがとうございました。助かります」
「いえいえ~。いつも利用してくださってるお客さんですし。でも、大変なようでしたら教会に向かってくださいね。私達では手に負えない事でも、ハイプリエステス様ならなんとかできる事もありますし」
「ああ、わかったよ。助かった」
とりあえず二人で転送NPCさんにお礼を言いながら、マルタさんの方を見る。
「……」
くったりとしていた。意識はあるのだけれど、なかなか話しだしてくれない。
何が起きたのだろうか。
もともと寡黙なマルタさんではあるけれど、ここまでどんよりしているのは珍しいというか。
とにかく、しばらくは様子を見ていた。
「――必要なアイテムを集め終わって、戻ろうとしたのだけれど」
ずっと地面を見ていたマルタさんが、顔をそのままに声を絞り出してくれたのは、それからしばらく経ってから。
転送NPCさんも他のお客さんの対応でいなくなり、私達だけになってから、ようやくだった。
「何故だか、転移アイテムが効果を出してくれなくてね……どうしてなのかと周囲を見渡したら、空に、居たの」
「空に……?」
「居たって、何がだよ?」
「……とても大きな翼を持った、黒色のドラゴンのような……100m位あったかしら? そいつに私は睨まれていて、空から、狙いをつけられていたように感じたわ」
顔をあげたマルタさんは、蒼白と言ってもいいような笑顔をしていた。
恐怖に怯えて、というよりは、困惑が行くところまで行ってしまったかのような、そんな引きつった笑顔。
「100mって……そんなの、ブラックドラゴンよりもでかいじゃないか」
「……戦艦モンスターより大きいですね」
先日私がエミリオさんと一緒に戦った戦艦だって、そこまで大きくはなかった。
しかも、そんなのが空にいるのだ。怖すぎる。
「そいつは、まるで猛禽のようにゆっくりと私の頭上の空を旋回しながら……やがて私の前へと降り立ったの。死闘だったわ」
「戦ったのかよ……」
「うわあ……」
二人して唖然としてしまう。
そんな聞くだけでも化け物な化け物、とてもじゃないけど相手にしたいとは思わない。
私なら、迷わず逃げを選択すると思う。
「ドラゴンだったなら勝負にもならなかったと思うけどね。幸い、あいつの鱗はドラゴンのソレと比べて明らかに柔らかく、罠の刃も弾かれなかった――大きいし素早いし力もあるしで、持久戦をするには怖すぎる相手だったけど、ドラゴン相手よりは絶望感はなかったわ」
そんな100mの化け物よりも絶望感のあるドラゴンって一体。
すごく強い生物だというのは聞くけれど、実際には見たこともないし、見たいとも思わないのだけれど。
何にしても、そんな化け物と渡り合ったというのはすごい気がする。マルタさんすごい。
「勝てたのか……?」
「幸い近くには水銀の湖があったでしょう? だから、毒を使ったトラップで迎撃したのだけれど、まあ……トラップと回復剤を使い果たしそうになったあたりで逃げられたわ。多少の傷は与えたけれど、致命傷にすらなってないでしょうね、あれは」
馬鹿みたいにしぶとかったわ、と、大きなため息。
ようやくいつもの調子が戻って来たらしく、マルタさんは普段の表情になっていた。
「あんな化け物が銀鏡の湖に居るなんて聞いてないわ。他所のマップからのボスなのか、それとも全く新しいモンスターが追加されたのか……」
「このゲームの運営はよく解んない事突然おっぱじめるからなあ……もしかしたら、俺たちが知らないうちに新しいパッチが追加されたのかもな」
冗談じゃねぇが、と、一浪さん。
まあ、確かに冗談じゃないのだ。勘弁してほしいのだ。
だって、安全だと思って狩りに来たマップに凶悪な初見殺しモンスターが追加されてたりしたら、大変な事になってしまう。
その脅威、恐怖は、マタ・ハリで痛いほど思い知らされたし。
だからか、マルタさんの感じた理不尽も理解できた。
「……マタ・ハリに襲われた時のサクヤも、こんな気分だったのかしら? 中々に笑えない状況だったわ。向こうが逃げてくれたから転移妨害が解除されたけれど、逃げてくれなかったらどっちかが死ぬまで、本当に死ぬのか解らない相手とデスマッチだもの。冗談じゃないわよ、全く」
いつもの淡々とした口調ながら、いつもより雄弁に語るのは、やっぱりその理不尽さに思うところがあるからなのだろうか。
とにかく、無事そうでよかった。
私みたいに変な呪いをかけられてー、とかはなさそうだし。
「教会はいかなくても大丈夫そうか?」
「特に呪いを掛けられた様子もないし……大丈夫かしらね? ただ、正直今日はもう疲れたわ……なんか、数日分狩りをし続けた気分よ」
「あはは……なんとなく、解る気がします」
気だるそうにしているマルタさん。
あんまり無理はさせられそうにないし、させたくないし。
「あの、実を言うとこちらもアクシデントに巻き込まれてしまいまして。その……マルタさんがきたら説明しようと思ってたんですけど」
「あ、そうそう。こっちでも問題が起きたんだよ。『黒い鱗』を集めることができなかったんだ」
「アクシデント……? そちらでも何か起きたの?」
首を傾げながらの問いかけに、私は「はい」とだけ答えて、小さくため息。
それから、説明を始めた。
「――なるほど、そんな事が」
私がした説明は、一浪さんも知ってる一連の出来事と、私とミゼルさん、それとシーフの子本人にしか解らない一連の出来事。
特に後半のは、ずっと一浪さんに言えなかったので、ちょっと申し訳なく感じながらのものだった。
「なんとなくそんな気はしたけど、やっぱ、そういう事情だったんだな。それにしても、『水の王』とは……」
「そんな事を言えるほど知性が高いウォーターエレメントなのか、それとも、全く別の存在なのかしら……? 何にしても、デトネイターの相手はしんどかったでしょう?」
「死ぬかと思いました」
「結構な脅威だったよな……なんとかなったけど」
話していただけでなんとかなったエレノアはともかくとして、実際に脅威を感じたのはデトネイターの方だった。
幸い倒せたけれど、私一人だったらどうなっていたかと思うと、やっぱりギルドの人と一緒に行動したのは正解だったと思う。
「聞いた限りだと、そのシーフの子はとげ角族の時にマシンロボ呼び出したのと一緒なのよね……? よくそれで許す気になったわね?」
「ああ、俺もそれは思った。なんか泣きまくってたから責める気にはなれなかったけどさ、普通ならガードに突き出してるところだ」
シーフの子に関しての扱いは一浪さんもマルタさんも思うところがあったのか、若干首を傾げながらなんとか呑み込んでくれた、といった感じだった。
「まあ……私も思うところありまして。あれだけの目に遭ったのだし、この上ガードの人に突き出すのは可哀想かなあ、と」
なんとなく、小さな子をかばっているような気分になる。
あの子は本当は悪い子じゃないんです、なんて言えるほど付き合いがある子でもないし、あくまで私がそう感じたから助けたくなっただけなのだけれど。
それについて詳しく聞かれてしまうと、私も困ってしまう位だった。
「ま、サクヤが決めた事ならそれでいいわ」
「そうだな。ミゼルさんも面倒見てくれるみたいだし、心配はないだろ」
大丈夫大丈夫、と、それほど深く追求せずに流してくれたのがありがたかった。
「悪いけどサクヤ、私は今日はもう疲れたから、後の予定はキャンセルにしてくれるかしら……こちらで話をまとめておいて申し訳ないんだけど、これ以上狩りを続けるのは、ちょっと辛いわ……」
「俺もちょっと疲れた。それに、時間的にもここから『死者の城』はな……海鳥の洞窟の最深部にもう一度潜るのも大変だろうし」
説明が終わるや、マルタさんは大きくため息をつき、ぐ、と背伸びする。
一浪さんも空を見上げながら、そんなマルタさんに賛同していた。
時間的にももう陽が落ち始めていて、ちょっとしたら暗くなってしまう頃合い。仕方ないかな、と思う。
「そうですね……それでは、これでお開きにしましょうか。あの、明日も……」
「ええ、もちろん明日も手伝うわ。たまり場で会いましょう」
「しっかり休んで疲れを取らなくちゃな」
二人、さわやかに笑いながら明日の約束をしてくれる。
――いい人たちだなあ。
「解りました。それじゃ、あの……私、宿屋に行きますね。お二人は?」
「私はご飯食べてくるわ。お腹がペコペコよ」
「俺は……ちょっと回復剤とか補充してくる」
どうやらお二人とも向かう先は違うらしかった。
「アイテム、渡しておくわね」
「はい、確かに預かりました。あの、マルタさん、ゆっくり休んでくださいね」
「ええ、さようなら」
いつもより心持ちゆったりとした動作で手を挙げ、歩いていくマルタさん。
やっぱりまだ激戦の痛みなんかが残っているのかもしれない。
「んじゃ、俺も……また明日な」
「はい。一浪さんも、ありがとうございました」
去っていく一浪さんの背にお辞儀して、私も歩き出す。
-Tips-
ドラゴン(種族)
『竜』『でかいトカゲ』などと呼ばれることも多い、巨大な生物。
モンスターというくくりで扱われているが正確にはモンスターではなく、魔族に近い存在。
世界によっては『竜』と呼ばれ魔族のくくりで扱われる事もあり様々な特徴を持つが、『えむえむおー』世界内では『ドラゴン種族』のモンスター全般がこれに当たる。
姿かたちはドラゴン内の種族などによって異なるが、いずれも非常に高いタフネスと力を持ち、翼によって空を飛ぶ。
トカゲの化け物のような見た目に反して知性も高く、人との対話も可能である。
最大の特徴として、一部を除きほとんどの金属を弾く強固な皮膚と、超広範囲にわたる強力なブレスがある。
『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれる特殊加工の装備によってしかまともに傷を負わせることができないというのが通説ではあるが、実際にはその皮膚耐性を上回る熱量での攻撃、あるいは魔法や奇跡などによって傷を負わせることは可能で、電撃なども一定の効果を期待できる。
上級プレイヤーにとっては慣れさえすればなんとでもなる相手ではある一方、初見ではその巨体と力の強さ、堅さに圧倒され、一方的に追い詰められ逃げの選択をする事になる冒険者も多く、トラウマとなる者も少なからずいる。
生態としては、もっとも強力なブラックドラゴンを筆頭に、素早く飛ぶことのできるブルードラゴン、激しい炎による攻撃が可能なレッドドラゴンなどがそれに従う生態系を持っている。
独特の文化を形成し、人とそう変わりない社会を営む者も居るが、詳しくは知られていない。




