#11-1.待ち人来たらず
リーシアの昼は、多くの商人の人たち、そして買い物客で賑わっている。
教会からマルタさんとの合流地点の倉庫前まで、軽く30分くらいの距離。
その人混みの所為もあってか、思うように走り続ける事も出来ず、時折足を止め、時折道を譲り……なんだかんだ、倍くらいの時間がかかってしまっている気がした。
「急げサクヤ、ラストスパートだ!」
「は、はひっ……はいっ!」
そんな中でも素早い身のこなしでスルスルと先を走る一浪さんに対し、私のなんと遅い事か。
リアルでも体育は苦手なのだ。とてもどんくさくて、いつも一番後ろか二番目位をのろのろ走っている。
ゲームだからまだ走れてるけど、リアルなんかじゃ五分も持たない気がした。
持久力もそうだけど、そもそも瞬発力や反射神経が足りてないのだと思う。
目の前に人が出てくると、かわすより先に足を止める事を考えてしまうのだ。
そのおかげで衝突を防げるのだけれど、こういう急いでいる時に一々足を止めてしまうのは、時間のロス以外の何物でもない気がする。
(あ、あと少し……)
ゴールが見えてきた。倉庫NPCは、いつも大きな樹の辺りに立っているのだ。
フラフラになりながらも、肩で息をし、なんとか走り寄っていく。
「……あれ?」
先に到着した一浪さんが、不思議そうにきょろきょろ辺りを見渡しているけれど。
私はそれがなんでなのか解らず、とにかくなんとか……最後の方は走りきれずに歩きながら、倉庫前に到着した。
「……ふぅ、はぁ……うん?」
呼吸を整えながら、ちょっと鼻がかった声になりながら、その異変に気付く。
「マルタさん……いな、い?」
その場で膝をつきたくなる衝動を抑えて、先にマルタさんの姿を探していた一浪さんを見る。
「……いないようだな。あいつも遅刻か……? それとも、俺たちが遅すぎて怒って帰っちゃったとか……」
「確かに、怒らせてても不思議じゃないですもんね……はあ、すみません、こんなことになって」
そういえば、と、思い出したように頭を下げる。
何せ、シーフの娘の一件は一浪さんにも詳しく説明していなかったのだ。
本当は教会で説明したかったのだけれど、その前にマルタさんを待たせていたことに気づいたからこうなった訳だし。
その結果こんなことになってしまったのだとしたら。
そう考えると、マルタさんだけじゃない、一浪さんにも謝らないといけないと思ったのだ。
「んん……あの娘の一件か? 気にするなよ。なんとなく、泣いてるあの娘見ててある程度の事情は察したしな。暇が出来たら詳しく教えてくれればそれでいいよ」
頭をぽりぽり掻きながら、一浪さんはあっさり流してくれる。
こういう時はこういう態度、ありがたかった。
少しの間、二人で黙ったまま周りを見回すのだけれど、やっぱりマルタさんはいない。
あんまりそういう事はしない人だけど、やっぱり隠れてるとかそういう線はなさそうだった。
「マルタの奴、どこ行っちゃったんだろうな……まさか入れ違ったか?」
「私達がいつまでも来ないから、心配で海鳥の洞窟に行ってしまったとかですか……?」
それは中々洒落にならない。最悪、今日一日はマルタさんを待つだけで潰される恐れもあった。
「かと言って、下手に探し回ってまた入れ違っても……あ、すいません、赤髪の女ハンターって来ませんでした? 髪短めの――」
このままじゃしょうがない、とばかりに、一浪さんは近くに立っていた転送NPCの人に話しかける。
私達が海鳥の洞窟に転送してもらった際に利用したのと同じ人だった。
「はいはい? 女ハンタさんですか? その人でしたら朝のうちに『銀鏡の湖』に転送しましたよ。女性のハンタさんは、今日はその人しか送ってないですから覚えてます」
にこにこ顔で愛想よく応えてくれる転送NPCの人。
黒髪と銀髪の入り混じったストレートが、珍しくも素敵なお姉さんだけれど、一浪さんは赤面せずに顎に手をやり一考。
「他の場所の転送使った可能性もある……のか?」
「どうでしょう? 少なくともここの樹の前では、今日は私以外に転送屋をやってる人はいないですけど。さすがにここ以外の転送を使ったとなると私にはなんとも~」
「そっか、ありがとう」
「ありがとうございます」
「いえいえ~」
聞きたいことは聞けたらしく爽やかに笑いながらお礼を言う一浪さん。
こういうのだけ見ると中々にハンサムさんなんだけども。
一緒になって私もお礼を言うと、転送NPCの人はにっこり微笑み、手を振りながら見送ってくれた。
なんだかとてもかわいい人だった。
「とりあえず、マルタはまだ戻ってないみたいだな。何かあったのかな……?」
「なんだか心配になってきてしまいましたね……くしゅんっ!」
ちょっとずつ「何かあったのかな?」とマルタさんを心配する流れになってきたのだけれど……唐突にくしゃみが出る。
そういえば、と、自分の今のいでたちを思い出した。
「……着替えてきます」
「ああ、そうだな。とりあえず着替えようぜ。身体拭くのも忘れずにな」
「はい」
水着を着たままだったのだ。ローブで隠れているとはいえ、これはちょっとお恥ずかしい。
靴もぐっしゃりになっているし、こんな状態でよく走り続けられたなあ、と思う。
二人して、倉庫NPCの人に話しかけて、装備を変更することにした。
装備変更ついでに身体もタオルで拭いて、そこそこリフレッシュして戻ってきた樹の下。
転送NPCの人がニコニコ顔で辺りを見守る中、私達はじっと、近くのベンチに腰かけてマルタさんを待っていた。
待ち人は、まだ来ない。
「どうしちゃったんでしょう……」
「解らないな……ちょっとたまり場に――おっ?」
一浪さんが立ち上がり、場を離れようとした、その矢先だった。
一瞬だけ目の前の空間がブレて、そこから現れた女の人。
赤髪の女ハンター。マルタさんだった。
「く……っ」
「マルタさんっ!?」
「おいおいマルタっ、どうしたんだよ!?」
そこに現れたマルタさんは、全身ボロボロの……満身創痍の状態だった。
-Tips-
転送ポータル(スキル)
プリエステス/プリーストの代名詞とも言える奇跡で、他者を任意の場所に転送させる事のできる転送陣を設置することができる。
この転送陣は術者が任意で消すことが可能ではあるが、消されない限り発動後一定時間は消えることがない。
信仰システムの影響を受ける奇跡の為、真面目に信仰している者ほど転送可能な人数は増え、一度には一人だけだが、最大で12人まで一つの転送陣で運ぶことが可能になっている。
転送先はあくまで術者が自身で記憶した場所のみだが、転送アイテムなどと違い転送禁止区域以外にならメモさえ取ればどこへでも転送が可能となる。
また、行き先ごとの制限が無い為、一人のプレイヤーがいくつもの転送先をメモすることも可能となっている。
転送屋の必須スキルとなっているが、運営さんや元々の転送NPCなど、聖職者を経ているのかはっきりしていない者でも使用可能な為、様々な謎が存在する奇跡である。




