#10-1.シーフ追跡網
シーフの女の子を追い続ける最中、様々なモンスターの妨害を受けることになった。
まるキノコやマジックラビット、ギースアント、スケルトン。
……どれもこれも微妙というか、初級プレイヤーなら余裕で倒せるようなモンスターばかり。
そういった妨害は前を走る一浪さんがことごとく一撃で葬り去り、あるいは無視しながらシーフの女の子を追いかける。
私は一浪さんほど速く走れないけれど、息を切らしながらなんとかついていく。
やがてたどり着いた二股で、一浪さんはぴた、と足を止めた。
「俺が右に行く。サクヤは左に。どっちを進んでも一本道で途中で合流できるはずだ」
「解りました」
「もし何かあったら大声で叫んでくれ。洞窟内だ、すぐに解る」
アイテム袋から松明を取り出し、言葉少なに右の通路へと走り出す一浪さん。
私も頷くだけに留め、左の通路へと走った。
水嵩が深まる。膝ぴったり。これ以上は、走れそうになかった。
同時にそれは、シーフの女の子にとっても同じ条件のはずで。
これより先に進もうとすれば、より動きが鈍り、追いつきやすくなるという事にも繋がる。
この洞窟は、奥に行けば行くほどに海へと近づくことになる。
奥へ奥へと逃げても、その先は海しかない。どんどん水嵩は増してゆく。
とても泳いで地上部までたどり着ける距離ではないので、最終的には引き返すことになるのだ。
どの程度深くまで進めるのかは私にはわからないけれど、道が同じ場所に続くのなら、必ずどこかであの子を見つけることができる。
「……」
ぱしゃりぱしゃりと水の中を進む。
耳と足先に神経を尖らせ、いつでも応戦できるように杖を構えながらの移動は、相応に私自身の疲労度も跳ね上げさせていくけれど。
今は、それどころではないのだ。
少しでも急がないといけない。
こんな身動きの取りにくい場所で、さっきのデトネイターのような化け物と鉢合わせたら、逃げる事も出来ずに殺されてしまう。
それだけじゃない。ダンジョン内には今も何も知らずに狩りをしている他のPTの人たちがいるかもしれないのだ。
その人たちが巻き添えにされてしまうのは避けたかった。
私達も巻き込まれているけれど、被害者は少ないに越したことはないし。
不意にぱしゃりと、私の起こした音とは違う、別の音が聞こえたような気がして、足を止め、周囲を窺う。
何もいない。水上だけじゃなく水面下も見るけれど、少なくとも見えている範囲には何もいなかった。
「……?」
だけれど、確かに何か……音がしたような気がしたのだ。
そして、数秒置いて、気付く。
「――そうか、ハイディングっ!」
そういえばそういうスキルを使うのだと、さっきシーフの子が自分で言っていたのを思い出した。
気配を遮断し、視覚的にも錯覚を起こさせ認識できないようにするシーフのスキル。
これを使えば、気付かれずに私をやり過ごすことだってできるはず。
「飛び散れ!!」
思い至るのと攻撃を開始するのはほぼ同時。
ほとんど勘だけで手当たり次第にウォーターボールを撃ち続ける。
拡散で放つ水弾は、私の周囲の壁にバシャバシャと当たって消えてゆく。
「ぶぇっ!?」
だけれど一か所だけ、不自然に手前で水弾が弾けた場所があった。
奇妙な声と共に浮かび上がる立体。
「いたっ! 一浪さんっ、居ました!! こっちです!!」
「くぅっ、なんて勘のいい――こうなったらあんただけでも……っ」
分岐のもう片方に向かった一浪さんに聞こえるように大声を張り上げると、シーフの子は右手を前に突き出し、目を見開いて叫んだ。
「いでよモンスター! この女を殺すのよ!!」
シーフの子の声と共に、怪しく紫の光を溢れさせる指輪。
にや、と口元を歪め不敵に笑う少女に、私はハッと気づく。
(こ、これがモンスターを呼び出すっていう……)
デトネイターのような危険なモンスターが出たら、と、咄嗟に警戒して後ろへ下がろうとする。
「くふっ、今更逃げたって遅いわ。さあ、モンスターよ、早く現れてこの子を――あれ?」
だけれど、勝ち誇るシーフの子の言葉とは裏腹に、モンスターはいつまで経っても現れない。
紫の光は強くなるばかりだけれど、やがてシーフの子は焦ったように自分の指を見る。
「あ、あれ? なんで……? 今までこんなこと――」
それは、彼女にとっても予想外の出来事だったらしい。
使用回数のあるアイテムだったのか、それとも何らかのアクシデントなのか。
いずれにしても、モンスターを呼び寄せることができないのなら、その方がいいに決まっていた。
「……覚悟してっ」
「ひっ――こ、このぉっ」
――モンスターを呼び出せないなら、今なら私だけでも捕まえられるかも。
そう考えて、シーフの子に詰め寄ろうとした。
シーフの子も別の覚悟を決めたらしく、顔を引き攣らせながらナイフを手に応戦しようとする。
……その矢先だった。
『――私を呼んだのは、貴方かしらぁ?』
-Tips-
ウォーターエレメント(モンスター)
上級の水地や海などに出現する精霊種族モンスター。
巨大な蛇のような外見をしており、その身体はすべて水でできている。
水質によって生命力や性質に差が大きく、水が清らかであればあるほどに、あるいはその水地面積が広ければそれほどに力が強くなり、知性が増してゆく。
水で構成されている為に物理攻撃は一切通用せず、属性耐性が高い上に生命力そのものも高い難敵である。
特に注意点として巨大な口から放たれる『ウォーターブレス』と、巨体を活かした体当たりなどがある。
いずれも強力で、船もろとも沈没させたり破壊させるほどの威力を誇る。
種族:精霊 属性:水
備考:全物理攻撃無効化、水耐性200%(吸収)、炎耐性100%(無効化)、聖耐性100%(無効化)、風耐性90%、地耐性90%、氷耐性-120%




