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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
7章.港街を取り戻せ!(主人公視点:サクヤ)

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#4-3.虚実の王女

 アンゼリカというのは、私の母の名前だった。

私がハーフなのは、シャルムシャリーストーク人の母と、レゼボア人の父との間に生まれたから。

私は、母がどういういきさつで父と知り合って結婚したのかも知らなかった。

ただ、なんで私や姉さんの名前も含めて食べ物の名前なのかと聞いたら「私の故郷ではそれが当たり前の風習だったから」と答えられ、納得いかずにふてくされていた記憶もある。

――名前が同じだけなのだろうか。


 プリンセス・アンゼリカというのは、つまりお姫様だったという事なのだろうか。

私は、自分の母がお姫様だったなんて到底思えないし、ただの偶然だと思いたいのだけれど。

なのに、どこかその前提が間違っているような、何か大きな思い違いをしているんじゃないかと、そう思えてしまったのだ。


 だけれど、それ以上に、自分の名前と同じ名前が出てきたことが、強い衝撃だった。

そんなのただ名前が同じだけの人がいただけだと言われればそれまでなのに。

どう考えてもそれだけなはずなのに、奇妙なつながりを感じてしまっていたのだ。

複雑すぎる問題が、絡み合っているような、(ほど)けなくなってしまっているような。

そんな奇妙かつ違和感にまみれた強い嫌悪感が、私を支配していた。



「……けてください」

倒れるのかな、と思っていたのに、倒れなかった。

口を継いで出たのは、先を促す言葉。

「君……」

団長さんの気遣うような声が、どこかわずらわしく聞こえる。

「続けてください。いいですから」

苦しくて、辛くて仕方ないはずなのに、妙に涼やかな、静かな声が口から出ていた。

私は、団長さんを見ていた。見ているだけのはずなのに、妙に厳しく見ているような気がして……笑わなきゃいけないと、なぜか、そう思った。

「私は、大丈夫ですから」

繰り返し言うと、団長さんも観念したのか、ため息混じりに一瞬、下を見て……そして、また私を見つめる。

「解った。続けよう」

岩の上に腰かける団長さんに倣って、トーマスさんも、エミリオさんも黙って元の場所に腰掛ける。


「史実上、アンゼリカという姫がラムクーヘンにいたという事実は、どこにも記されていない。ただ、実際にいたかもしれないという説自体は存在している……私は、居た方の説を支持するね。シャルムシャリーストークには、そのように隠された『いなかった事にされたお姫様』がとても多かったから」

「アンゼリカもそうだけど、なんか……ミルフィーユっていうとすごく……そっちもいたと思うの?」

複雑そうな顔をしながら、エミリオさんが手を挙げて問う。

私も気になっていた。

アンゼリカは、いるかもしれない。

でも、ミルフィーユは、どうなのか、と。

不安を感じながらも団長さんを見つめる。

団長さんは……目を伏せながら、首を横に振っていた。

「……時期的に厳しいかな。お姫様が二人もいなかったことにできていた例なんてないし。かと言ってサバラン夫妻には子供を作るだけの機会もほとんどなかっただろう。そうなると、後はアンゼリカ姫に娘がいたパターンだが……これもな」

「じゃあ、ミルフィーユだけ、存在を肯定しがたい、架空の人である、という事?」

「ここまで深く再現している開発チームが奇妙なオリジナル要素を加えたとは考えにくいが……だが、そうであるとしか言いようがないかもしれんね。あるいは、全く別の何かを示唆しているかもしれない、そう例えば――」

と、団長さんが何かを言いかけた辺りでぐら、と辺りが揺れる。

さっきも感じたような強い地響き。

いや、それが何度も続くのだ。揺らぐ。揺れる。揺れ続ける。

「ふわっ! こ、これ――」

「またっ!? また戦艦が来るのっ!?」

「むう、これはいかん――戦闘準備だ!!」

『ドボルザーク級』が襲撃してきたときと同じような感覚なのだ。

流石に危険だと気づき、皆が立ち上がり、武器を構えた。



 ひときわ激しい振動と、砂が爆ぜる音。

流れる空気が私たちの身体を薙ぎ、先ほどまでいた場所に直立で現れる『ドボルザーク級』。

さっき倒したのが出てきたのとほぼ同じ場所に現れたのだ。

「あ、あれ……?」

そうして直立したままぴた、と動かず。

何が起きたのか解らないまま唖然としている私とエミリオさんは……首を傾げた。

「――倒れてくるぞぉっ! すぐに離れろっ!!」

それを理解したらしい団長さんの声に、身体がびくん、と跳ね、一気に駆け出す。

「ふ、ふわぁぁぁぁぁぁっ」

「まっ、間に合えぇぇぇぇぇぇっ!!」

ぐら、と影が迫ってくるのが見える。

ああこれ、本当に危ない奴なのだ。

押しつぶされちゃうのだ。

間に合え、間に合え、間に合え――!!

「むうっ――間に合わんか、ならば」

――瞬。身体が浮いたように感じた。

「……へっ?」

「ふぉぉっ!?」

見ればエミリオさんも同じ様子で。

二人して、団長さんに抱きかかえられていたのだ。

そのまま、凄まじいスピードで迫ってくる影から飛び退いていく。

頬を切る風に、暴力的なまでの風圧に耐えられなくて、目を閉じてしまった。


「……ふぅ、せーふせーふ」


 まるで爆音のような砂の押しつぶされる衝撃音を聞き、私は目を開く。

なんとか無事だったらしく、団長さんに降ろされ、砂の上に膝をつく。

「その……ありがとうございましたっ」

「うぅ、恥ずかしいなあ。借りを作っちゃったよ。ありがと」

「うむ……いや、今はいい。それよりも問題なのは――アレ(・・)だ」

額を軽く掌でぬぐいながら、団長さんが指さすのは――さっきまで私たちがいた場所。

いや、そこを中心に盛り上がってゆく砂の山。ばらけてゆく砂の塊。

さっきまで砂と岩しかなかった砂漠が、気が付けば――木製と鉄製の艦体で溢れていた。

「……なに、あれ」

そうかと思えば、砂の中からまた一隻、まるで鯨かなにかのように砂を真上に噴き上げながら、巨大な艦体が現れる。

大艦隊だった。

砂から現れた大艦隊が、みんなして、私たちの方を向いていたのだ。

「トーマス、戦えるかね?」

私達とは別ルートで回避できたらしいトーマスさんが合流するや、団長さんはぎり、と艦隊を見つめ、問う。

「――問題ない。団長殿は?」

「無論、この程度物の数ではないが……時間がかかるからな。夜までには帰りたいところだ」

にや、と口元を歪め、私達の方を見る。

「トーマスは一隻位一人でも潰せるだろう。君たちは二人がかりで一隻潰してくれ。あの……一隻だけ離れた場所にいる奴が君たちにはいいかもしれんね」

団長さんが指さす先に居たのは、船体のほぼ全部が鉄でできている、いかにも堅そうな艦。

だけれど、一隻だけ離れた場所にいるから、他と比べて危険が少ないと判断して割り振ってくれたんだと思う。

「私は構わんが……サクヤやエミリオは大丈夫なのかね? 厳しいなら私と一緒でも――」

「あ、はい、頑張ります」

「大丈夫だよトーマスさん、任せて!」

心配そうなトーマスさんに、「私達は大丈夫」と元気を見せ、武器を構える。

「ふふっ……あのお姫様のお友達だ、心配もいるまいよ?」

ちゃき、と、ステッキを前に、団長さんが一瞬腰を低くして――

「では往くぞ。残りのモノは私が請け負うから心配しなくていい。皆無事に再会しよう――はっ」

――低空を、浮いているかのように跳躍しながら、艦隊へと突撃していった。

「……すごいなあ、あのおじさん」

「ほんとに、ね……」

とても鍛えているようには見えない細身な人なのに、どこからそんな速度が出るというのか。

何をどう鍛えたらそんな動きができるのか全く分からないけれど、あれも上位職の人だとできる動きなんだろうか?

とてもじゃないけど真似できそうにない素早い身のこなしに感心半分、驚き半分でぼーっとしてしまう。

「我々も戦うぞ。後れを取らんようにな」

「あ、そうでした」

「ごめんごめん」

トーマスさんのツッコミに「そういえば戦うんだった」と思い出し、緊張を呼び戻した。


 こうして、砂漠の海に現れた大艦隊との戦いに突入した。


-Tips-

ラムクーヘン王国(地名・国号)

かつてシャルムシャリーストークに存在していた人類国家の一つ。

シャルムシャリーストークは近年まで複数の同一世界が存在する『重複世界』となっていたが、そのいずれの歴史においても必ず滅亡してしまうため、一種の特異点となっていたのではないかと、レゼボアの学者間では注目されていた。


歴史学上におけるラムクーヘン王国は、初代国王ババリアが、宗主国であるガトークーヘンから独立することによって興され繁栄するも、二代目国王サバランの時代に敵対人種『魔族』が主体となる魔王軍による侵略を受けることになる。

防衛戦の最中サバランが戦死、後を王妃であるタルトが引き継ぐことになる。


既に陸上部隊は壊滅状態にあった為陸上ではまともな抵抗ができないと判断したタルトは、残った全戦力を海上に残った艦隊に集結し、既に滅びる寸前の自国ではなく、まだ助かる見込みのある他の沿岸国家の救援に回そうとする。

だが、数刻間に合わず時の魔王『パンデミックマスター』エリザベーチェの直々の攻撃を受け王族が全滅、これにより国家再興は不可能となり、滅亡した。

国家滅亡後、亡き王妃の願いを叶えるべく海上に離脱した艦隊もエリザベーチェによる追撃を受け、全艦沈没している。


このラムクーヘンの滅亡を機に、残った人類国家は魔族との休戦締結を結び、これにより魔王による世界平和が構築されたのは皮肉としか言いようがない。


これが多数派の歴史である。

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