#11-2.リアルサイド7-叶わぬ夢を語るホムンクルス-
会議が終わると、外はもうそろそろ夕暮れ時という時間になっていた。
学園祭の準備をしている生徒たちもちらほら帰り始める時間で、廊下ではせかせかと帰る者、廊下で名残惜しそうにおしゃべりしている者、誰ぞかを待っているのかそわそわしている者など、いろんな生徒の姿を見る事が出来る。
「なあサガワ、最近サクラスキーな奴増えてるけどさ、お前ってアレだろ? ナチバラが好きなんだろ?」
最近の学生は妙に恋愛に前向きというか、よくそういう話題を耳にするな、と思いながら、中庭でのんびりする。
廊下から聞こえてくるその声は、ナチバラたちと同じクラスの男子生徒とその友達か。
盗み聞きするつもりもないが、コーヒーを啜っていると勝手に聞こえてくるのだから困る。
「……言うなよ」
「言わねーよ。別に競合してる相手なんてあんまいないだろうし。でも大変そうじゃね? あいつはあいつでサクラの事しか見てないもんな」
「そうだな。だから俺は、ナチバラさんに直接アタックするんじゃなくて、一緒にサクラさんを笑わせる方法を考えることにしたんだ」
「サクラを? よく解んないけど、でも確かにそっちのがいいかもな。無理に『好きです』とか言っても鼻で笑われそうだし」
「そうなんだよな……ナチバラさんは『サクラは本当の笑顔見せてくれない』って言うけど、ナチバラさん自身もあんまり笑わないんだ。俺、見たいんだよな……あの人の笑顔」
「それもう本気で惚れてんじゃん! 頑張れよ、応援してるぜ」
「ああ!」
――まあ、ナチバラも顔はいいから、好意を持つ男子が居ても不思議ではないが。
サクラが心から笑わない、というのは何となしに気になるところではあった。
確かに、俺と話す時も愛想笑いじみた妙に堅い笑顔を見せる事があるし、サトウもその辺り気にかけてはいたらしいが、本来はそういうものじゃないのだろう。
今の生徒たちの話からして、恐らくナチバラもサクラを笑わせようとしていて、その所為でナチバラ自身が笑えなくなっているのか。
友情に引っ張られすぎてしまうのも考え物だが……まあ、それもいずれ、心の成長と共に解決される問題なんじゃあないかと思うのだ。
子供のころは永遠に続くかのように感じる問題も、大人になるにつれて意外なほどあっさり解決されてしまう事もある。
環境が変わればまた、人の心の在り様も変わってくる。
そういう点では、今すぐ無理に解決しようと強引な手を使うのではなく、時間をかけて少しずつ、無理なく解決の手段を模索するのは悪い手ではないように思えた。
それがたとえ、思春期の淡い恋心を行動原理としたものであったとしても。
笑えなくなった人を笑わせるようにするっていうのは、容易ではないはずなのだから。
「タカシさんは、『夢』とかってありました?」
病院の一室にて。
仕事帰り、ホムンクルスの少女イオリと話をするために訪れたのだが、イオリはニコニコ笑顔で迎えてくれた。
二人して備え付けのお茶を飲みながら、片やベッド横に置かれていたパイプ椅子に、片やベッドに腰かけ、お喋りの時間である。
「夢か……あるぞ。あんまり人に話せない夢だけどな」
イオリが聞いてきたのは過去形だが、俺にとってそれは現在進行形の夢だった。
人には話せない、話すと笑われてしまうような夢。
だが、それは間違いなく俺の心の中に根付いていて、ブレる事のない一本の柱となって、俺を支えてくれている。
こんなあんまりな世の中を生きる中で、数少ない生きる支えに。
「私も、夢があるんです。いつか……いつか、このお部屋から出て、お友達とお買い物とか、できたらなあって」
特別深く訪ねてくることはせず、窓の外へと視線を向けるイオリ。
それはどこか寂しげで……だが、純粋な瞳が、小さく揺れ、また俺の方を向いて笑顔になる。
「とっても綺麗な金髪の人で、たまにこの病院に来るのが見えるんですけど……ああいう人、いいなって思います!」
(サクラか……)
そういえば月一で通ってるとか言ってたな、と、記憶を探りながら、友達が欲しいのだというこの少女を見つめる。
けがれ一つない純粋な笑顔。
自分がどうなるのか解った上で、その人生を顛末まで受け入れた上で、実験動物扱いの少女は、笑っていたのだ。
「お互い、叶うといいですね! 夢!!」
「……ああ、そうだな」
――俺の夢は、恐らくこの世界では叶わない。
だが、それを口にする事ははばかられた。
だって、それじゃあまるで、この子の夢まで叶わないみたいで。
こんな少女のささやかな夢くらい、叶ったって良いだろうと、そう思うのだ。
不意に目頭が熱くなるが、誤魔化しでサングラスを掛ける。
「……? どうしたんですかタカシさん? 急にグラスなんてかけて」
「いや、目がな……反射してまぶしかった」
もう外は薄暗いのだ。グラスを掛けるような時間じゃない。
それでも、掛けたかったのだ。覚られたくなかった。
「夢は、叶える為にあるんだもんな……」
そう信じて抱き続けた夢なのだ。
ならば、盲目と嘲られようと、信じ続けるしかない。
「そうですよ~、私に夢っていう言葉を教えてくれた人も、そんな事を言ってました!」
「……サカザキ先生が?」
あの頭の固い親父らしからぬ事だと思いながらも、感心しそうになっていたが。
「いいえ、違います。サカザキのおじさんと会う前なんです。一度しか会った事ないんですけど、黒髪の、とても背の高いおじさまがいらしたんです。私と同じくらいの女の子を連れて」
「……その人も、教師か何かなのか?」
聞かされた外見的な特徴から全く覚えが浮かばないが、イオリは好意的に捉えているらしい。
ただ、俺からの問いに関しては首を傾げてしまう。知らないらしい。
「すみません。何かの用事でこちらにいらしたらしいんですけど、お仕事とかは聞けなくって。ただ一緒に居た女の子から『伯爵』と呼ばれてましたから、きっと偉い人なんじゃないかなって思います」
「伯爵、なあ……」
当然ながら、このレゼボアに貴族制はないので、その呼び名通りの地位ではないだろう。
あるいは異世界の人間か。いずれにしても、意味もなくこの病院に訪れるとも思えないので、気になるところではあるが。
「その、長身の方が言うんですよ。『夢とは誰もが抱く素敵なモノだ』って。『人は夢を抱くことによって、希望を持って明日を迎えられる』って」
「……ああ」
それは、とても美しい言葉のように感じた。
この、何も知らないホムンクルスの少女にとって、確かな芯として、心を支えてくれていたのだろう。
だが、同時にそれはとても残酷な事のように感じてしまい。
全てをそのままに受け取れない自分に、どこかひねくれたような、複雑な気持ちになってしまう。
「その人と一緒に居た女の子っていうのは?」
「ううん……結局その人とは一言も話せませんでした。なんだか、とっても無機質な眼をしていたように思えます。薄紫の瞳と青い髪をしていて、とっても綺麗な子でしたよ?」
まるでお人形さんみたいでした、と、思い出しながらに語るイオリ。
「青髪なあ……染めてるのか、それとも異世界人なのか……」
「解りませんねぇ。でも、異世界の方だったとしたらとっても素敵だと思います! 異世界、いいですよねぇ」
「イオリは異世界、好きなのか?」
「はい! カエデさんがよく教えてくださいますし、私、最近すごく気になってます!」
「そうか……あいつがな」
あいつも社会科教師だけあって、異世界に関して語らせると中々深いところまで語る奴だが、イオリの慰めにはなっているらしい。
俺はできるだけ学問とは無関係の話をしようと話題探しに腐心してるが、そういう辺り、社会学というのはいいな、と思わされる。
「それにですね、私、今こそこうですけど、眠りに落ちて夢を見てる時とか、すっごく動けるんです! 剣とか持って、皆と一緒に戦えたりするんですよ!」
「『ネトゲ』の事か? イオリも、ゲーム世界で暮らしてるのか」
「ネトゲ……? うん、よく解らないけど多分そうだと思います! 夢の中の私はもうちょっと頭がよくって、すごく健康で、元気で……お友達、いっぱいいるんですよ! ライバルだっています!」
もうすごいことだらけなんです、と、ちょっと興奮気味に語るイオリ。
どうやらとても楽しい世界らしく、幸せそうだった。
「カエデさんはネトゲの事を話しても『よく解らない』って顔されちゃうんですけど、タカシさんはそういうの、解るんです……?」
「ああ、俺も夢の中ではゲームやってるからな。ある程度なら解るぜ」
『えむえむおー』以外のゲームの事はよく解らないが、それでも話題を合わせる位はできる。
やってる奴とやってない奴の差というのはこの辺に如実に出るのだ。
やったことのない奴は、夢がゲームに変わるという現象がまずリアルに想像できないから、この手の話題は受け入れにくいと言われている。
どんなに口でリアルなのだと説明しても「でも所詮ゲームなんでしょ」というのがやったことのない奴が抱く印象の中で一番多いと言われているが、まあ、その辺りは仕方ないのだ。
あの世界は、実際に目で見てみないと、肌で感じてみないと、実感なんて湧く訳がないのだから。
「そうなんだ……それじゃ、これからはネトゲのお話もさせてもらいますね! 次に来てくれた時が楽しみです!!」
「ああ、そうだな。お互い、どんなゲームやってるのか話し合おうぜ」
可愛らしく微笑みながら、しかし、ちら、と、壁掛けの時計を見たのを察して、俺は席を立つ。
もう、時間なのだ。
「さて、それじゃ、俺はそろそろ帰るとするぜ」
「あ……うん、今日はありがとうございました。あの、また……」
「ああ、また来る。じゃあな」
「はい。さようなら」
名残惜しそうに眉を下げながら……それでも、仕方ないのだと解っているのか、シーツをぎゅっと握りしめ、笑顔で送り出してくれる。
そんな少女の仕草にやるせない気持ちを抱きながら、俺は部屋を出るのだ。
去り際、イオリが咳き込み始めたのが聞こえ。
廊下に出たときにはもう、苦しげに呻き始めたのが解り。
だというのに俺という奴は、それに対して、背を向けて歩くことしかできやしなかった。
――情けない。苦しんでる少女一人を助けられずに、何が夢だというのか。
苦しみ呻く少女がそこにいる。だが、俺は背を向け歩くしかない。
夢は、いつだって叶えられるはずだ。今すぐにだって、真似事をする位ならできるはずだった。
だが、俺にはそれができなかった。夢よりも、現実を向いてしまっていたのだ。
こんなことが、大人になる事だなんて、思いたくはない。
-Tips-
四天王 (組織)
公社において管制システム『NOOT.』直属の幹部四名で構成される組織。
カーストとしては最上位組織『笑顔会』の下に位置し、『六歌仙』をも超えた絶大な権利・権限を有する。
六歌仙と異なり『NOOT.』による完全指名制で、その影響からか度々世代交代が起こる為、年単位でメンバーが安定していることの方が珍しい位である。
それぞれが異世界監視・技術監視・最下層の管理監督・歴史監視などの担当をあてがわれており、いずれも独特の通り名によって職務が統括されている。
現時点でのメンバーは
主席:『武器商人(異世界監視責任者)』サクラ カールハイツ
次席:『錬金術師(技術監視責任者)』アドルフ=ベルセルク
三席:『地方領主(最下層責任者)』バルバトロス=アルベルト
四席:『図書館員(歴史収集責任者)』メイガス=ヘイヴン
となっている。尚、カールハイツ以外は全員通り名である。
四天王はその職務の苛烈さ、危険度の高さ、責任の重さなどから体調・精神などに変異を及ぼす事が多く、特に武器商人はその職務の特殊性から異世界への赴任期間が長くなる為、年間通して配偶者がレゼボアでの式典参加などの役を代行することを求められる。
NOOT.からの指名を拒絶することは許されないため、家族を巻き込みたくない場合、離縁する以外に方法はないと言われており、高級役人にとっては指名は名誉であると同時に相当の覚悟が必要となっている。




