#8-2.天使による天使紹介
「なあプリエラ、『パンドラ』って何だ?」
気になってみると、もう思考が止まらない。
なにがしか繋がりがあるんじゃないか。
もしかして、バケツ姫が掛かった呪いを解く方法が見つかるんじゃないかと、その糸口を探そうとしてしまう。
「ふぇっ? なあに急に? どうしたの?」
「いやな……その、手鏡と同じ名前の黒い兜があってよ。呪われた品らしいんだが」
「ああ、バケツ姫が掛けられた呪いのお話だっけ? へえ、すごい偶然だね」
そういやこいつにバケツ姫の事を教えたのは誰だろう、と一瞬不思議に感じたが、まあ、たまり場にいるのだからサクヤか、誰かしらに聞いたのかもしれないと思い直す。
確かに、バケツ姫の被っている呪われた兜と同じ名前というのはすごい偶然なのだ。
何か、因縁を感じてしまう。
「パンドラっていうのはねー、黒い翼に明るい茶髪の天使様で、『絶望の天使』って言われてる人なんだよ~」
すごいでしょー、と、まるで友人でも紹介するようにニコニコ顔で説明するプリエラ。
「黒い翼、なあ……なんか、それだけ聞くとむしろ悪魔みたいだな」
天使って言ったら白い翼と相場は決まっている。
真っ黒な翼なんて、それじゃまるでカラスみたいだし、そうなると天使というよりは悪魔の方がぴったりくると思うのだが。
というか『絶望の天使』とか、いかにも悪役みたいじゃあないか。
「うん、よくそう言われてるみたいだね。ちょっと悲しい」
そうしてプリエラは、困ったように眉を下げながら苦笑いしていた。
まあ、こいつもこれでプリエステスだ。司祭だ。
ミゼルほどではないにしろ、一応敬虔な女神教徒としてその辺り、詳しいのだろう。
「まあ、そのパンドラがどんな奴でもいいが、その手鏡を使えば、もしかしてバケツ姫が受けてる呪いも解呪できるんじゃないか……?」
話はズレたが、プリエラの持っている手鏡の効力が本当に言われた通りのものならば、その可能性も少しはあるんじゃないかと思えたのだ。
同じパンドラと名の付くアイテムな訳だし、そこらのそれらしいアイテムよりは関連性がありそうだという安直な理由ではあるが。
不思議と、そんなに外れてはいないんじゃないかと思えた。
「んー……どうだろうね? 試してみる?」
「ああ、それであのお姫様が助けられるなら――」
「おーーーーーーいっ、ドクさーーーーんっ!!!」
――試してみようぜ、と、言い切る前に、リーシアの方角からでかい声が聞こえた。
何事かと見てみれば――いかついスキンヘッドのおっさんが一人。
紛う事なきカイゼルであった。
遠目に見えてるだけで暑苦しい。
「わわ、カイゼルさんだ。どうかしたのかな?」
話が途中で切れたことは気にしないのか、プリエラは俺の顔とカイゼルの方とを交互に見やりながら首をかしげる。
「なんか……あの様子だとそんな感じだな」
額に汗して走ってくるカイゼル。次第にドシドシという重そうな足音も聞こえるようになり、その表情が、どこか楽しげで、かつ暑苦しいのがはっきりと解る。
――全く、人が何かしようとすると毎度のように別の何かが起きやがる。
「いやあ居てくれてよかったぜドクさん」
今朝のグデった顔はどこへやら、カイゼルは随分と血色よくなり、興奮気味に俺の正面の岩に腰かける。
「どうかしたのか?」
「おう。実はさっき、開拓予定地に顔を出してよぉ、作業してた奴らと話してて解ったんだが――どうもあの近辺の森に『エント』がいるらしいんだよ!!」
「なに、エントだと!?」
どうせ今回も何か力を貸せとか手伝ってくれとかそういう話なんだと思ったが、『エント』と聞いてつい、腰を上げてしまう。
カイゼルも興奮気味だが、一気に俺自身、ボルテージが上がってしまった感じだ。
「エントって……『エントロード』?」
不思議そうに俺たちの顔を見やるプリエラに、俺達は威勢よく頷く。
「ああ、エントロードだ。種類は解るのか?」
「どうもバオムらしい。エントバオムだな」
「マジかよ、久しぶりだな」
カイゼルの言葉に、ますますテンションが上がってしまう。
もう、それだけで楽しくて仕方ないくらいに。
エントロードとは、樹木の巨人で、大体10~50mほどの巨木の姿をしている事が多い。
そしてエントロードの一種である『エントバオム』はその中でも破格で、前に俺が見た時は100m近い、圧倒的な巨体を誇っていた。
普段はでかい図体を動かすことなく、森の一部として擬態していることが多いが、一月に一度か二度、その巨体を立ち上がらせ、足状の根によって器用に歩き回り、複数のマップ間を徘徊するのだ。
その姿は圧巻というほかなく、もう一度あれが見られるというなら、それもいいかもしれないと、容易に心が動いてしまっていた。
「丁度村の再建には大量の木材が必要だしよ。上手いとここいつを撃破できればって思うんだが……」
「うむ……エントロードの木材はそこらの樹よりも品質がいいらしいし、悪くない手だと思うぜ」
カイゼルの提案は、今とても魅力的に聞こえていた。
面倒ごとには違いないのだろうが、あのロマンあふれる姿を見られるのなら割には合うだろう。
「手を貸してくれるかい?」
「……ううむ」
普段なら迷うことなく手伝うと言えるが。
だが、ここで問題が存在しているのを思い出したのだ。
ついさっきまでは、バケツ姫を助けられるかもしれないというアイテムの存在に気が逸っていたのだが。
果たして、そちらの方は後回しでもいいのだろうか?
呪い自体は死ぬほどのものでもないだろうが、記憶がないというのは辛かろうし。
だが、今からバケツ姫のところまで行くとなると、サクヤ達の方にも干渉しかねない。
折角自分たちだけで頑張っているだろうに、そんなところに安易に俺が顔を出すのもいかがなものか。
色々と悩んでしまう。悩んでしまうが。
迷いながら、プリエラが持ったままの手鏡を見やり……そして、プリエラの顔を見る。微笑んでくれた。
「手伝うって言ったんだから、最後までやるさ」
俺は……男同士の約束を優先した。
これが、鏡が確定で兜の呪いを解く効果を持っていると解っているならそちらを優先したかもしれない。
だが、あくまで『関連があるかも知れないアイテム』程度でしかないのだ。
それすらただの憶測に過ぎないのだから、違ったら色々虚しくなる。
エントはプレイヤー間でも人気の特殊ボスモンスターで、撃破した際のドロップアイテムも美味いのでボス狩りギルドが聞きつければ即討伐されてしまう。
わざわざ俺を頼ってきたカイゼルも急ぎなのだ。なら、そちらを優先してやるべきだろう。
「助かるぜドクさん。じゃあ、早速カルナスに着てくんな。作戦を立てなきゃいけねぇ」
忙しくなるぜ、と、ニカリと笑ったカイゼルは、席を立って促す。
「ああ……じゃあ、プリエラ、行ってくるぜ。場合によっては何日か戻らんかもしれん」
「うん。他の人にはそう伝えておくね。気を付けてね」
頑張って、と、満面の笑みで見送ってくれる相棒。
これが違う選択をしていたら、同じように笑って送ってくれただろうか?
どちらでもこいつは笑っていたかもしれないが……今は、この選択をしたからこそこの笑顔を見られたのだと思っておくことにした。
-Tips-
七人の熾天使(概念)
神々の世界における最高戦力であり、16世界全てを管轄に置く七人の天使。
それぞれが異なる概念(戦い・愛・知恵など)を管轄している。
全員が神器を依代とした概念体であり、肉体は可変可能である。
また、本来持ち合わせていない精神、とりわけ『心』を生み出す為、それぞれ異なる部位にメモリーとなる装飾具をつけており、いずれもこれが唯一の弱点となっている。
また、筆頭であるヴァルキリーを除き、六人全員がヴァルキリーを元に生み出されたコピー品に個性を与えられた存在である為、オリジナルであるヴァルキリーとは明確な力の差が存在している(六人全員で挑んでもヴァルキリーには勝てないほど)が、扱い的には全員が同格であり、本人たちもそれほど力の差を意識はしていない。
至高神のような全能ではないが、ヴァルキリーを中心に、全員が中級『魔王』程度なら圧倒できる力(ヴァルキリーは上位三名以外瞬殺可能)を有している。
その力と影響力故に天使でありながら至高神リーシアを除く他の至高神よりも位が高い。
実質リーシア直属の部下のような存在であり、神々の意向というよりはリーシア個人の意向によって行動を決めることが多いが、全員が全員独特の思考回路を持っており個性的で、勝手に別個の解釈をして行動する為同じ目的であってもまとまる事は少ない。
現状、熾天使は各々の解釈した『リーシアの願い』を叶える為散り散りとなっており、その行方が知れていない者も多い。
以下は把握されている限りの各熾天使の現状である。
1.王剣・ヴァルキリー
堕天した後、『魔王』ドルアーガと共に異世界めぐりの旅を続けている。
堕天の結果六翼あった翼は四翼となってしまっており、大幅に弱体化している。
最近産んだ覚えのない双子の娘二人、そして主人を師匠と呼ぶ奇妙なウィッチが旅の連れとなっており困惑している。
2.超銃・パトリオット
一時的に多重世界となっていたシャルムシャリーストークでの戦いにより、その世界のヴァルキリーに敗れ、メモリーとなっていた装飾具ごと『魔王』レーズンによって破壊され戦死。
後任としてヴァルキリーコピーの一人がリーブラによって選別されている。
3.聖杖・リーブラ
唯一神々の世界に留まり、勝手に旅をしていたり行方知れずになったり戦死したりしている熾天使や、消失したまま戻らないリーシアの代理・代役として忙しない日々を送っている。
4.終宝玉・パンドラ
現状行方知れず。
5.始宝玉・ノア
現状行方知れず。
6.悪書・メモリア
現状行方知れず。
7.天鎌・デスサイズ
リーシアの為と称して鈴街にて独自に行動中。




