#6-2.エメラルドフォース
結局雑談するでもなく、そのままマスターの後を追いかける形で街を歩いていた俺だったが、前を歩くマスターがぴた、と足を止めた為、そこでストップする。
街の北側。居住区というよりは大型の建築物が多く建つこの辺りは、多くの大手ギルドが拠点を構えている地区だった。
周りの建物なんかもどこぞのギルドの拠点なのか、入り口にいかつい騎士の男や高価な装備で身を固めている女戦士などが控えていて、雑談などしている。
そして、その最奥。
マスターが見据える先に、ひときわ大きな、蒼い石造りの建物が見えた。
「あれが目的の……?」
「ああ、そうだ」
足を止めていたマスターだが、俺が声をかけるとまた歩き出し、建物へと入ろうとする。
だが、この建物の入り口脇にもやはりいかつい男たちが立っていて、怪訝な顔のまま立ちふさがった。
「おいおい、待ってくれよお嬢ちゃん。ここは観光向けの施設じゃねぇ」
建物に掛けられた蒼いギルドフラッグを指で示しながら、男の片割れが軽い口調で押しとどめようとする。
だが、マスターは男たちに余裕の笑みを見せながら口を開く。
「無論、それは解っているよ。ここは『エメラルドフォース』の拠点だろう? マスター・レオナルドと話がしたくてここに来たんだ」
「なにぃ?」
「マスターと……? アポは取ってるのか?」
いよいよもって怪しい奴だと感じたらしく、男たちはマスターと……後ろに控える俺にも視線を向け、警戒心を強めたらしかった。
腰に下げた剣の柄に手をかけ、いつでも応戦できるように警戒している。
「突然の訪問だ、アポは取っていないが……『シルフィードのレナックスが会いたがっている』と言えば、伝わるんじゃないかな?」
剣呑な雰囲気に変わりそうな中、それでもマスターは気にもかけず、余裕の態度であった。
「……シルフィードだぁ? 聞いたことねぇぞ?」
「どこの弱小ギルドだよ。マスターに何の用事だ。それ位言うのが礼儀ってもんだろ!!」
やはりガラが悪いというか……いや、もしかしたら敵対ギルドか何かの回し者と勘違いされているのかもしれない。
敵対者相手ならまあ、納得の行く態度というか、そうとしか取れないような口の利き方で、俺もつい呆れてしまう。
「それは――」
どうしてもそのまま話をしてもらう訳にもいかないらしく、やむなくマスターが事情を説明しようとしていたんだと思う。
だが、その矢先。
「――ああっ、てめぇあの時のっ!!」
不意に、入り口の奥の方から、若い男の声が響き渡った。
声のすぐ後に拠点から出てきたのは、昨日俺たちにモンスターを擦り付けて威勢よく騒いでいた、あの剣士系の男だった。
連れのプリエステスはいないのか一人だけだったが、ギラギラと睨みつけ、俺を指さす。
「なんだマイク? お前ぇの知り合いか?」
「馬鹿言えっ! このプリはラップルさんを見殺しにして俺達のギルドを馬鹿にした糞野郎だよ!! これからこいつとその仲間ぶち殺しに行ってやるところだったのに、わざわざ出向いてきやがるとは!!」
相変わらず威勢のいい様子だが、入り口の二人は苦笑いしていた。
「ラップルさんを見殺しにした? 本当かよ? だとしたらろくでもねぇけどよ……お前にギルド潰しなんてできるのかぁ?」
「ぎゃははは、無理だよ無理無理。お前みたいにラップルさんにおんぶにだっこだった奴が、弱小とはいえ人殺しなんてできるかっての!」
身内にすら笑いの種にされてしまっているこのマイクという男。
ちょっと同情してしまうが、まあ、日ごろの言動にも問題がある奴なのだろう。
だが、それがいけなかったのか、マイクは手をギリギリと震わせ、怒りの形相のまま腰の剣に手をかけていく。
「おいおいやめろよ、身内相手に抜く気か?」
「やめとけよマイク。お前じゃ命かけたって俺らの相手にならねぇよ?」
それなりに腕に覚えがあるらしいこの二人は、それでも本気には取らずケラケラと笑っていた。
笑顔のマスター相手には剣を抜こうとしていたのに、剣を抜きそうなマイク相手には余裕の表情だった。
まあ、それだけ実力差があるという事なのだろう。
「てめぇら……く、くそが。覚えてろよ、そこのプリを切り刻んだら、次はてめぇらだからな?」
「相変わらず口だけは達者だよなお前」
「その口であのビッチプリ引き込んだんだから大したもんだけどなぁ」
笑いながら、しかし「付き合ってられん」と互いに顔を見て苦笑しながら、マイクの背中をばん、と交互に叩く男たち。
「けほっ……や、やめっ」
「ま、マイクの事はどうでもいいとして……」
「ラップルさん見殺しにしたってのは、本当か?」
そうしてひとしきり身内の事で笑った後。
むせるマイクをよそに、二人の男たちは、殺気を全開にして俺たちを睨み付けてきた。
「違う、とは言い切れない部分があるな。それについて、私は君たちのマスターと話がしたくてこうして出向いたんだ」
マスターは、そんな男たちに笑顔を見せるのはやめ、静かに、そう答えた。
「……馬鹿言えよ。ラップルさん、本当に死んだのかよ?」
「タイマンでボス位狩れる人だぞ? あの人がそんな……」
一応、エースだったらしいあの男が死んだのは、この男たちにとってもショックだったらしい。
「とても残念な事だが……本当の事だよ。実際には断末魔らしき悲鳴を聞いただけだが……」
これに関してはマスターだけに押し付ける訳にもいかない。
マスターの隣に立ち、はっきりと男たちにそれを伝えた。
「――だとしたらてめぇら、うちのギルドに喧嘩売ったって取っていいんだよな?」
「宣戦布告で来たのか? だったらマスターの顔を見るまでもねぇ。ここで俺たちが――」
ああ、思った以上に血の気の多い連中だった。
嫌がらせ位は当たり前のようにされると思っていたが、まさか宣戦布告と受け取られるとは。
これに関しては、マイクが現れたのが最悪のタイミングだった所為もあるのだろうが……ツイてないとしか言いようがなかった。
「――やめなよあんたら。半殺しにされたいのかい?」
一触即発、という言葉がよく似合う空気の中。
不意に、上の方からそんな、女の声が響く。
見上げれば、三階建ての二階部分。
窓に腰かけた、緑の短髪と青い長髪のアシンメトリーな髪型の妖艶な女が俺たちを見下ろしていた。
手にはリンゴと、それを剥こうとしていたのか、ダガーナイフが一本。
「あ、姐さん……」
「レプラの姐御……でも、こいつら、ラップルさんを……」
急に腰が低くなる男たち。
見ると、マイクはいつの間にかいなくなっていた。逃げたのだろうか?
「いいから、通してやんな。下手に喧嘩売ってみな。あんたらじゃ秒殺さね」
勝てる相手じゃないわ、と、さらさらと器用にリンゴの皮を剥いてゆく。
そうして剥き終わるや、剥き身のリンゴをそのままぽん、と、マスターに向け投げ落とした。
「……いいのかい?」
「ああ、通りな。マスターは三階だ。あたいらは勝てない相手とは戦いたくないんだよ。ラップルが死んだっていうなら尚の事、ね」
リンゴを受け取りながらの問いに、姐御と呼ばれた女は爽やかに笑いかけながら、上の階をナイフで示す。
「ありがとう。助かったよ」
しゃくりと、受け取ったリンゴを一口かじり、マスターは「うん、おいしい」と笑みを見せながら建物へと入っていく。
俺も頭をぽりぽり掻きながら、視線を上に向けたまま、マスターに続いた。
エメラルドフォースの拠点は、入り口入ってすぐ、上へと階段が用意されていた。
入った奥の方にもメンバーが集まれるスペースはあるようで、やかましい。
二階に上ると、それまでやかましかった一階から少しずつ静かになっていき――三階は、シン、とした空気が漂っていた。
上る途中、さっきの女がいるのかと思ったが見つからず。
上がってすぐの場所が、マスターがいると思しき部屋の前。大きなドアがあった。
『開いてるから、構わず入ってくださいや』
ドアの奥から、まるで俺たちがきたのを見透かしたかのような声が聞こえ、マスターがその言葉のまま、ドアノブに手をかける。
ぎぃ、と容易に開いたそのドアの先には……白いスーツ姿の、ひょろ長の男が一人。
それから、その後ろの壁際にはさっきの姐御と呼ばれた女と……マイクがいた。
「やあ、久しぶりだね、レオナルド」
ひょろ長の男を見るや、マスターは嬉しそうに笑みをたたえ、部屋へと入っていく。
俺もそのあとに続くが……マイクの顔はやはり憎々しげで、俺を睨み付けていた。
「ああ、あんたと会うのは実に久しぶりだが……その、今回はいろいろあったようで」
嬉しそうなマスターとは裏腹に、このレオナルドという男、どこか遠慮がちで、視線を逸らしながらマスターに対応していた。
どうにも、あまり好ましくない類の知り合いだったらしいのが、それで理解できてしまう。
「とりあえず、掛けてくださいよ。あんたら相手に立ち話なんて失礼な真似はできねぇ」
どうぞ、と大き目のソファを指して俺たちに促す。
「そうさせてもらうよ。ドクさん」
「ん……ああ」
言われた通りソファに身をゆだねるマスター。
俺も促されて、その隣に座る。
俺たちに合わせて、一人正面に腰かけたレオナルドは、しばし無言のままであった。
マスターも話を切り出したりはせず、相手のペースに合わせるつもりらしく。
わずかながら、とても静かな時間が流れていった。
「……まず、今回起きたことなんだが。ラップルが死んだってのは、本当かい? くどいかもしんないけど、その確認をさせてほしいんだ」
多少迷いを感じる間を見せながらも、やはりというか、死んだあの男の事を確認したいらしかった。
まあ、マイクを通してなにがしか情報は手に入れていたのだろうが、その辺り、本当かどうか知りたかったのだろう。
何せ、メンバーの死だ。ただそう言われたからと「そうなのか」とあっさり納得できるほど、浅いモノではないはずだった。
「それに関しては、こちらのドクさんが詳しいね」
視線を俺に向けながら、マスターは淡々と話を進めていく。
そう、まずは俺が話すことになるのだ。
「……状況に関してはそちらもある程度聞いてるかもしれんが。サフラ湿原の奥……湿地になってる場所で、エンシェントドーナツと戦っているのを見たんだ。場合によっては相方や俺自身に危険が迫る事を覚悟のうえで、俺はそいつを助けに向かった……だが、その男は俺に対し口汚く罵った挙句、協力を拒んだんだ。『横殴りする気か』っていうのは、さすがに嫌な気分になったよ」
これに関しては、マイクには直接言わなかった部分も含めていた。
ただ死んだとしか伝えていないから、どのようにレオナルドに伝えたのかは解らなかったが。
これが真実、ラップルらしき男を最後に見た俺の証言だった。
「……おいマイク。お前、この男と相方のプリエステスが、ラップルを罠にはめたとか言ってなかったか?」
「そ、それは……」
やはりというか、余計な事を付け加えていたらしい。
「そちらの彼と、プリエステスの二人が、うちのメンバーに対しモンスターの擦り付けをしたことに関しては、君は?」
「いいや、それも聞いてないな。逃げていた時に邪魔されたとか、ラップルが殺されたのを鼻で笑ってたとか、露出狂の変態プリエステスがいたとかは聞いたが」
マスターの問いに、レオナルドは無表情ながら、とぼけることなくはっきりと答える。
それによってマイクの表情がどんどん汗ばんでいくが……聞き捨てならない言葉に、俺はつい、反応してしまった。
「変態プリエステスは取り消せよ。あいつはそんな趣味じゃねぇし、あの格好は狩りでやむなくそうなっただけだ」
確かに狩場で見られれば誤解されてもおかしくない格好ではあった。
だが、だからと変態扱いはあんまり過ぎる。
他のPTなどで居場所がないのだから、あれはプリエラなりに自分で考えた妥協点だというのに。
「何言ってやがる。狩り場で露出してるんだから十分変態だろうが!」
「マイク」
「うっ……」
更に余計な事をのたまうマイクに、レオナルドが釘を刺すようにギョロリとした視線を向ける。
それで黙るあたり、このレオナルドという男は、それなりにギルド内では恐れられている存在なのだろう。
うちのマスターとは違った意味で、まとめ役なりの力というのを示しているのだと思われた。
「マイクと言ったか。そこの彼がなぜそうまで私たちに憎悪を向けるのかはともかくとして……確かに、そちらのメンバーを、うちのメンバーが見殺しにする形になってしまったのは間違いない。ただ、こちらも人助けの為に命を捨てるのは、それなりに勇気がいる事なのだと解ってほしい」
「ああ、ああ……それに関しちゃ、文句の言いようもねぇよ。そこの馬鹿はあんたらを潰した方がいいなんて言ってたがとんでもねぇ……俺たちは、あんたらと喧嘩するつもりなんざ微塵もねぇんだ。口が悪いのは、勘弁してやってくんな」
額を押さえながら、レオナルドはマスターの言葉を受け入れ、小さくため息をついていた。
なんとなく、だが、苦労人という印象を受ける。
どうあれメンバーの死亡に関わる問題だ。
頭からマスターや俺の言う事を否定して喧嘩腰で噛みついてきてもおかしくない事のはずだが、それにしてはやけに冷静な対応であった。
「マスター……逃げようとしてたアイリン、捕まえて連れ戻したって。イワンが」
話し中、窓の外を見ていた『姐御』が、マスターの後ろから耳元で囁く。
「……連れてこい」
「あいよ」
にわかに不機嫌そうな面構えになったレオナルド。
びくりと震えたマイクが、無言のまま視線を彷徨わせていた。
『姐御』が部屋を出ていきしばし……また無言の支配する部屋となる。
-Tips-
エメラルドフォース(ギルド)
ギルドマスター:レオナルド(スパルタ)
セントアルバーナに拠点を置くタクティクス系ギルドで、近年俄かに勢力を増してきた新興大手ギルド。
タクティクス戦においては上位常連組であるブラックケットシーやドミニオンズと比べると一枚も二枚も落ちるが、これらが早い段階でぶつかり合うと好成績を残すこともある。
人数的には大手と同等とも言える規模なのだが、メンバー間の空気が若干ギスギスとしており、内部には複数の派閥が存在・対立している。
また、メンバーの態度が粗野かつ粗暴な事でも有名で、度々問題を起こし、界隈では厄介者揃いのギルドという扱いを受けている。
戦闘面においてはギルドマスター・レオナルドが最も強力であり、タクティクス戦での戦術選択も彼一人の独断によるところが大きいが、これによって勝利することも少なからずある。
彼の実力は本物であり、上位ギルドのエースとも単独で渡り合う事が出来る。
また、サブマスターであり後衛指揮官でもあるレプラがレオナルドに忠実なため、表面的にはすべてのメンバーがこの二名に服従していると言える。
ただしレプラと同格である前衛指揮官のラップルを始め、内面的にはレオナルドに叛意を抱くメンバーも少なからず存在し、戦闘中であっても独断行動という形で表面化することがあり、これがもとで敗北することも少なくない。
尚、過去にメンバーの一部が暴走し「猫好きなブラックケットシーのマスターに嫌がらせをするため」というだけの理由で、レオナルドの与り知らぬところで猫系モンスターを虐待してその情報を敢えてドロシー本人に聞かせ、結果本気を出したブラックケットシーに完膚なきまでに敗北させられた挙句、約半年の間お抱えの商人などを経済面で圧迫され続け運営危機に陥らされた経験がある為、ギルド単位でブラックケットシーの事を蛇蝎の如く嫌っている。
また、五回連続でドミニオンズと準決勝進出をかけて戦い、五回とも完全敗北した為、ドミニオンズの事もブラックケットシー同様激しく嫌っている。




