#4-1.カイゼルからの依頼
タウンメイキングシステムの及ぼした影響は、短期間のうちに全体に波及し、プレイヤー達の日常を変化させた――
「助かったぜドクさん。こんな早く来てくれるとは思わなかった」
「ああ、わざわざの呼び出しだからな。何かあったのかと思って、よ」
夏のような強い陽差しが和らぐその日、俺はカルナスの『ミルクいちご同盟』の拠点に顔を出していた。
建物に入るや、入り口で待ち構えていたカイゼルに歓待を受け、肩を抱かれ奥まで引っ張り込まれてしまう。
そして今は、『ミルクいちご』のメンバーらに囲まれ、じ、と見つめられている状況だった。とても暑苦しい。
「……話があるのは解るがなカイゼル。こうやって圧迫的な状況を作らんでも、よほどの事でもない限り頼みは聞くぞ?」
まあ、何かよほど断られては困るような頼み事でもするつもりだったのだろうが。
それにしても、水臭いというか、やり方がちょっとせこく感じてしまう。
「いや、すまねぇ。ドクさんにはどうしても協力してほしかったからよ。まあ、とりあえず掛けてくれや」
奥の、ひときわ大きめの椅子に掛けながら、対面するように設置されていた椅子を指す。
「そうさせてもらうぜ。手短に済むような話じゃないんだろう?」
わざわざ手紙で呼び出すほどの用事だ。どうせ厄介ごとに決まっていた。
そして俺は、厄介ごとはそんなに嫌いではなかったのだ。
どっかりと椅子に座り、いかついカイゼルを正面からはっきり、見据えてやった。
「ドクさんに来てもらったのはほかでもねぇ。ほら、こないだ実装された『タウンメイキングシステム』ってのがあるだろう? それに関しての事でよぉ」
顔を見るや、にやりと口元を歪め、勝手に説明を始める。
わざわざ煽るまでもなくさっさと説明を始めてくれるのだから楽でよかった。
「……実は俺達よ、『村』を創ろうと思うんだ」
だが、いざ説明が始まると、カイゼルはちょっと照れくさそうにそっぽを向きながら、頬をぽりぽりと掻いていた。
「村を?」
「ああ……その、今更過ぎるとは思うんだがよ。『コーラル村』の再建を、したいと思うんだ」
照れながらも語られるそれは、カイゼルのこだわりが、そして過去への悔いが感じられる一言だった。
「今まで供養に出向くことすらできなかったけどよ……いい加減、過去と向き合わなきゃいけねぇと、そう思ったんだ。そんで……もう一度よ、あの村を……廃墟じゃなく、ちゃんとした村として……今度は、俺たちがきちんと守りたいんだよ、この手でよぉ!」
握りこぶしを作りながら。目を少し潤ませながら、カイゼルは、それでも笑いながら語っていた。
不器用な男だった。泣くなら泣けばいいのに。笑う奴なんて、この場には居やしないだろう。
だが、言いたいことは、そしてやりたいことはよく解った。
「ギルドの奴らには?」
「もちろん相談済みだ。全員一致。一人の反対もなく、俺のやりたい事についてきてくれるってよ!」
照れながらも、嬉しそうに笑っているのがどこか爽やかだった。禿親父のくせに格好良く見える。
他の連中も、表情こそ一人一人違うモノの、力強さを感じさせてくれる顔で頷いていた。
「果報者だな……なら、最後までやり抜けよ」
思ったよりも話は簡潔だ。協力するかしないかなんて、そもそも初めから決まっている話だった。
カイゼルは説得するつもりだったのかもしれないが、そんなものは俺には不要だ。俺達の間には、不要だ。
「ドクさん……?」
手を差し出すと、カイゼルは不思議そうな顔で首をかしげていたが。
「腐れ縁のダチ公に手を貸すのに、それ以上の内訳はいらねぇだろ?」
「――あぁ!!」
にやり、笑って見せると、カイゼルも同じように口元を歪め、がしり、俺の手を握りしめてきた。
――この親父、全力で力込めてやがる。ちょっと痛ぇ。
「とりあえず、『コーラル村跡地』自体の取引はそんなに難しくなくてよ。王様に聞いたら『こちらの提示する条件さえ果たせれば、後は金さえ用意できればすぐに譲ってやる』っていう話でな」
「条件ってのは?」
「王様の為に城に仕えてくれる人手を集める事。五人な」
思わず「なんて俗物な王様なんだ」と逆に感心させられてしまう。
土地の獲得にきたプレイヤーに金だけじゃなく人員募集までやらせるとは地味に賢いというか嫌らしいというか。
そんなに一人暮らしが堪えるんだろうか。
まあ、広すぎる城に一人というのは寂しいのかもしれんが。
「とりあえずこれに関しては完了してるんだ。金も払って、土地も確保してある」
「なんだ、第一段階は既に完了してたのか」
だったらそこはすっとばしてもいいだろうと思ったが、まあ、この辺りは知っておいても損はないから教えてくれたのかもしれないと、黙っていた。
「んで、だ、土地の権利は獲得したんだが、モンスターが湧かないようにするための『リスポーンブレイカー』をどっかで調達しねぇといけねぇ。多分、同じタイミングで始める奴らもいるから、ドロップモンスターがいる狩場は人でごった返してるだろう?」
「だろうな。元手が要らんとは言え、いつドロップするか、どれくらいの確率でのドロップかもわからんアイテムだ。買取りもあまり期待できんだろうし……そうなると」
「ああ、だからそこは割り切って、材料集めて作ることにしたんだ。アルケミスト・ギルドに知り合いがいるからよ、そいつから聞いて、材料のリストはメモってある」
読んでみてくれ、と、やや大き目の藁半紙をよこしてくる。
「どれどれ……」
言われたようにすぐに目を通すが……品目が結構多い。
・エレナクリスタル/30個(超重要!)
・ガラスの欠片/100枚
・闇の結晶体/3個
・金獅子のたてがみ/1個
・みるくぷりん/3つ
・水精霊の水着/2着
・炎精霊の水着/2着
・ドリアードの樹液/1リットル
・あと何か爆発するもの/1つ
「……なんだこの水着だとか樹液だとかなんか爆発するものって」
前半は宝玉作成だからそれっぽいもののように感じられたが、後半は「本当にこれ宝玉の材料なのか?」と思ってしまうものばかりであった。
みるくぷりんに至っては「言ってきた奴が食いたいだけなんじゃねーのか」とツッコみたくなってしまう。
「よく解らんが、ぷりんから先は後から思い付きのように『ああそういえば』とか言いながら書き足していったものだな。必要なんじゃないのか?」
「本当かよ……なんか怪しいが……」
「まあ、俺達ゃ製造の製の字もろくに知らんからな。プロにとっちゃ本当に必要なもんなのかもしれんし、ケチる訳にもいかん」
「そりゃそうだがな……」
先日会ったアルケミストがあんなだった所為で、どうにもあいつらが関わってるのはロクなもんじゃないように疑ってかかってしまう。
いや、疑っても仕方ないのは解っているんだが。
「とりあえず、この材料を手分けして集めようって計画してるところなんだが……ドクさんには『闇の結晶体』と『金獅子のたてがみ』をなんとか確保してもらえたらって思うんだ」
紙を返すと、カイゼルは俺の担当を打ち明けてくる。
どちらも高難易度モンスターのドロップアイテム。なるほど、俺にはぴったりだった。
「構わんぞ。期限は?」
「三日位で頼みたい。それ位あれば、ガラスの欠片やエレナクリスタルも集まると思うんだ」
期限的にもそんなに無理はない。
きちんと準備を整えて余裕の体制でいける位の余地はあった。
「もちろん報酬は考えてある。危険なモンスター相手の仕事だ、気を付けてかかってくんな」
「ああ。俺も怪我をするつもりはねぇ。まあ、どっしりと構えて待ってろよ。じゃあな」
用件は受け付けた。席を立ち、そのまま背を向け、手を挙げながらに立ち去る。
後は狩り。ひたすら暴れるだけだった。
『闇の結晶体』は、ちょっとばかし難易度の高いマップ『アトランダムの丘』に生息している『ブラックマター』という球形上のモンスターがドロップする収集品。
ドロップ率自体はレアほどではないが低めで数を狩る必要があった。
攻撃性能がかなり高く、しかも中距離~長距離から狙撃してくるという危険極まりないモンスターなので、油断できない。
『金獅子のたてがみ』は、アトランダムの丘の近くにある『サフラ湿原』に生息するモンスター『ドーナツレオ』のドロップ。
ドーナツレオ自体はそんなに脅威じゃないが、ドーナツレオの近くには大体母親である『ドーナツビースト』が控えていて、更に運が悪いと『エンシェントドーナツ』という凶悪なボスモンスターと遭遇するリスクまである。
どっちのアイテムも、中級者~上級者なりたて位じゃ痛い目に遭うかもしれないという点では難易度が高い。
恐らく、こちらは上級者ギルド向けの抜け道のようなもので、正規のルートはやはり『リスポーンブレイカー』そのものをドロップするモンスターを狩り続ける方なのだろう。
そちらのモンスターは中級者程度ならPTを組んでればまず痛手を負う事がない。
まあ、どちらにしても楽はできない、という事なのだろう。いやらしいシステム構成だった。
-Tips-
みるくぷりん(アイテム)
うしみるく・コカトリスの卵・ゼラチンの水体・砂糖などを利用して作る食品系アイテム。
主にはデザートとして作られるが、高い水分保湿効果を持ち摂取しやすく、回復アイテムとしてもそこそこな為に狩りのお供や疲労回復用の食料としても一部では人気がある。
そのほか、お菓子好きな一部のモンスターがドロップすることもあり、全体的な入手のしやすさは他の
スイーツと比べ群を抜いている。
あまり知られてはいないが、高性能な爆薬を調合する為にこのみるくぷりんは欠かせない原材料となっており、アルケミスト・ギルドでは需要が高い。




