#3-1.街や村を創ろう!
その日の街の雰囲気は、いつもと違い、どこかそわそわとした、落ち着かない空気が支配していた。
街を往く冒険者も、露店を構える商人らも。
広場などにいくと、ショーを演じる芸人やそれを眺める観客も、どこか気もそぞろな様子だった。
皆がこんなことになっているのは、恐らくは公式サイドからの突然の発表によるものだと思う。
発表内容はたった一言。
《タウンメイキングシステム実装につき、リーシア中央広場にて運営さんによる告知イベントが昼頃に催されます。みんなも参加しよう!!》
これだけである。運営サイドにもかかわらず非公式組織である運営さんに丸投げするという、ある意味このゲームの運営サイドらしい宣伝のせいで、プレイヤーの多くは困惑と共に若干の期待を抱いてしまっているのだ。
「どんなイベントなんだろうな」
「タウンメイキングっていうくらいだから、好きなように店とか配置できるんだろうか」
「いやいや運営サイドのやる事だからどんな斜め上の仕様になるか……」
色んな声がそこかしこで聞こえてきたが、どれも期待半分、残りは「そうは言っても運営サイドのすることだから」という訝しみが強いらしかった。
このゲームの運営は、とにかくプレイヤーの裏を掻こうとするのか、妙に斜め上な新システムや仕様をぽんぽん実装してくる。
企画するイベントも大味なモノが多く、大規模イベントなんかだと『コーラル村襲撃イベント』のように意味もなく一つの村を消滅させるような誰得イベントが何の躊躇いもなくぶち込まれたりするのだ。怖すぎる。
「まあ、イベント自体は運営さん企画だから大丈夫かな」
「それもそうだな」
「運営さんのイベントなら安心だ」
それに対し、運営さんの企画するイベントは、ある程度ユーザーサイドに立って計画・実行される為、かなり良心的で、難易度的な面で見てもソフトであると言える。
運営サイドが関わっていない分、用意される報酬や得られる成果はどうしても控えめになるが、皆が楽しめるイベントが多いので概ね好評である。
今回は前に運営さんが言っていたように告知イベントという事だから大した賞品は用意されてないだろうが、まあ、それなりに楽しめるものになってるんだと思う。
そして、天の声に告知されたイベントの開始時間が、もうそろそろなのだ。
時間つぶしにと訪れた広場だが、皆が皆落ち着かない様子なので思ったより楽しいモノは見られそうにない。
「……やれやれ」
仕方ないので、その辺に適当に腰かけて時間の経過を待った。
ほどなく、白ずくめのプレイヤーが一人、また一人、広場へと集まってくる。運営さんのご登場である。
白いシャツに長ズボンだったり、短パンだったり、スカートだったり。
頭にゆったりとしたベレー帽を被ってる奴もいれば、白いリボンを巻いてる奴もいて、『白一色』という点を除けば結構ばらばらにも見える。
「あれぇ、ドクさんじゃないですか」
いつ頃始まるのか、と、その白づくめの連中を見ていると、そのうちの一人から声をかけられる。
見慣れた金髪ポニテ。いつもウチに来ている運営さんだった。
「よう。もうすぐ始まるのか?」
正面に立つそいつの顔をちら、とだけ見て、その後ろで作業を進める運営さん達を眺める。
「ええ、そうですよ。あと五分くらいで始まりますから、そのまま待っていていただけると幸いです」
よいしょ、と、説明ながらに俺の隣に腰掛ける運営さん。
「……働けよ、運営さん」
「私は最初と最後の雑用以外は眺める役です。今回のイベント進行は別の子がやりますのでー」
ではこの金髪ポニテ、何のために来たのだろうか。
そんな疑問が浮かんでしまうが、とりあえず、作業の進捗は順調な様なので、視線を隣に移す。
「まあ、のんびりしていてくださいよ。私が司会の時はすごく激しくやりますのでー」
間延びした口調でそんな事言われても説得力のかけらもないが、まあ、こいつは部分部分エキセントリックな所もあるので、そういう所が活かされるのかもしれない。よく解らないが。
「でもよ、運営サイドから告知あったのはここだけど、いくら広場って言っても人数比で考えて狭すぎないか?」
「あ、その辺りは抜かりないですよー。メイン会場はここですけど、入りきらない事を想定してきっちり複数箇所、会場を用意してますので」
「なるほど」
だったらその辺りも告知してもらえよとは思ったが、まあ、運営サイドはやる気がないのでその辺り適当に端折ったのだろう、と勝手に納得することにした。
「シルフィードの、他の方はいらしてないんですね?」
きょろきょろと周りを見るようにしながらの問いかけに、俺は小さく頷く。
「まだ誰もログインしてないみたいだな。夜更かしさんばかりなのだ」
「まあ、それは大変ですねぇ」
何が大変なのかは解らないが、まあ、運営さんもにこやかあに笑ってるあたり、ただの受け答えで適当な返しをしてるだけなんだろうと思っておく。
とにかく、時間が流れたのだ。
『それでは、これより新実装されたタウンメイキングシステムについての説明を始めたいと思います! 皆さん、どうぞよろしくおねがいしますね~』
運営さんが現れてから人で埋め尽くされつつある広場の中央では、ファンタジーファンタジーしてるゲームにはやや不釣り合いなマイク(これも武器である)を手に、背の高い男の運営さんが開始の音頭を取る。
それと同時に各所から拍手が広がる。俺も運営さんも合わせる。
少しずつ、場のプレイヤー達の間に熱気が伝わっていくのを感じた。イベントの開始。テンションが上がりやすい瞬間である。
『まず、説明の前に注意事項から。こちらがメイン会場となっていますが、人が入りきらなければ街の各所や他の街などでも同時進行しています。こちらが見えにくい方、説明がよく聞き取れない方は、お近くの運営さんにお声かけください。人の少ない会場に優先して送らせていただきます』
一通り拍手を堪能した後、司会は左手を広場に控える他の運営さんへと向けてゆく。
それに合わせ観客達の視線も動く。俺の隣にも向いていた。
「はーい、こちらでも受け付けてまーす」
そして、俺の隣のそいつはにこやかあな営業スマイルと共に手を挙げ、周囲の移動希望者を募っていた。
なるほど、雑用とはこれの事らしい。
ざわ、と人が動き始める。
俺は早めに来たから座れているが、長時間立ったまま話を聞くというのもそれはそれでしんどいだろうし、人いきれが苦手な奴もいるのだろう。
隣には既に列ができ始めていて、順次別の会場へと送り出していくのが見えた。
『はい、これで移動は完了したでしょうか? しましたね? したことにしちゃいますよ?』
五分ほど時間が経過し、ざわめきが落ち着いてきた辺りで、司会がお茶目な事を言いつつ再開する。
ところどころで笑いをこらえる声が聞こえるあたり、巧い進行だと思う。
『では、早速説明を始めたいと思います。質問などは後でまとめて受け付けますのでその時にどうぞ』
左手をあげ、ぱちん、と、指を鳴らすと、何もない中空に映像が展開されてゆく。
(映像魔法とは手が込んでるな……)
狩りにおいては全く役に立たない、イメージした図画を描写するのに使う魔法なのだが、こういったイベントでは役に立つらしく。
少し遠く離れてても見える位に大きなスクリーンには『タウンメイキングシステム』と大きくタイトルが書かれている。
タイトル横に小さな花が添えられていたり、風車の家が背景に描かれていたりと地味に芸が細かかった。
-Tips-
運営サイド(概念)
『えむえむおー』世界において、管理・運営・開発・実装・監視・告知などを行う者たちの事。
プレイヤーサイドとは対極の位置にあり、基本的にはプレイヤー達がプレイするゲーム世界を構築していくことに腐心している為、イベントなどの場合を除きプレイヤーの目に触れる場所に現れることは少ない。
最もプレイヤーサイドへの露出度が激しいのが『公式さん』と呼ばれる運営サイドの役職で、基本的にこれ以外の運営サイドは一般のプレイヤーと接触することはほとんどないと言われている。
全身黒づくめで、『運営さん』のように愛想がいい者が多くサービス精神旺盛だが、ふざけた態度を取る者や馬鹿な事をしている者に対しては容赦なく制裁を加える苛烈さも持ち合わせている事が多く、一部では恐れられている。
ゲーム内に反映されるシステムの開発・実装を行っている『開発チーム』は、『運営さん』以外のプレイヤーとは全く関わり合いを持つことはないが、『運営さん』にとっては重要な情報ソースである他、開発チームが開発・実装した新規実装システムなどを告知する際にイベント開催の代理を依頼する事もある。
一般の目に触れることはほとんどないものの、全身ブルーカラーの衣服で統一されている。
性質的には『公式さん』と異なり大人しく、面倒くさがりで興味の向いたシステム実装以外にはあまり関心を示さない者が多い。
一般プレイヤー視点で「何の告知もなしに新規システムを実装してる」という悪評がついてしまうのは、彼らがものぐさだからである。
プレイヤーの監視・管理を行っている『管理人さん』は、各始まりの街に一人ずつ存在すると言われていて、『公式さん』と『開発チーム』の統括や各プレイヤーの罪悪に対してのシステム的な処罰を管轄している。
こちらは『運営さん』ですら意図的に接触する事は出来ないが、それらしい制服を纏っていることはなく、一般的なプレイヤーとして街中に紛れ込んで生活している為、これを見分けることは不可能に等しい。
ゲーム運営において非常に強い権限を持っており、『ゲームマスター』の不在時には協力してこれの代行を行う事も許されている。
全ての統括責任者として、『えむえむおー』世界を管理する『ゲームマスター』がいるが、これは『管理人さん』以外には誰なのかすら知られていない。
プレイヤーの一人として混じっているとも、神の視点ですべてを見通しているとも言われており、非常にミステリアスな存在である。
一説には黒い翼を持つ、天使のような姿をしているという噂もあるが……?




