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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
プロローグ.シルフィード (主人公視点:ドク)

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#5-2.リアルサイド1-とある科学教師の場合(後)-

 教師として務める以上、色々な教室を回り、様々な生徒達を見る事になる。

彼らは多くが勤勉で、真面目で、そして歳相応に子供らしいのだが、その子供らしさが時々羨ましくも感じる。


 午前の流れが終わり、昼前の一限が空いたので、早めに食事を取るために食堂へと移動する。

昼時は生徒でごった返し地獄の様相となるが、流石にこの時間帯、利用しているのは俺と同じように時間が空いた教師どもか、掃除のおばちゃん、そして各種関連業者位である。

「あれ? オオイじゃね?」

さて、何を頼むか、と、カウンターを前に考えていたところで、やかましい声が響く。

「……サトウか」

社会科教師で風紀委員会顧問のサトウであった。二十七歳独身の女である。女である。

丼片手に、ほっぺたに米粒をつけながら俺の方を向いている。今日はカツ丼セットらしい。

「とりあえずカツカレーとA定食で」

俺もカツが食べたくなったので視線を一旦戻して注文し、またサトウへと向き直る。

「今朝は忙しかったようだな?」

「はははっ、そんな事ねーよ。可愛い生徒どもがどこに出しても恥ずかしくない格好してるかチェックしてただけだしな」

料理が出てくるまでのわずかの間の雑談。

サトウはにかっと良い感じに笑いながらワリバシを俺に向ける。

そこに女性らしさとかは微塵も無い。だからか、俺も気安く話せた。

「でも、あたしが来た時にはお前通らなかったよな? 結構早く来たのか?」

「んー。お前が来る前だな。サクラとかが立ってたぜ」

「サクラがかー。あ、前座れよ前、どうせ空いてるんだからよぉー」

カレーと定食が俺の前に並んだのを見て、サトウが自分の前の席をワリバシで指す。

話せる奴がいるのだから一人で食う事もない。遠慮なくサトウの前に腰掛けた。


「サクラもずいぶん落ち着いたよなー。気がつけば風紀委員長だしなー」

丼の中のカツを頬張りながら、自慢の教え子について語る。

こういう時こいつはすごく良い笑顔だ。幸せそうだ。

ガキの頃から口は悪いが、子供が好きなのか生徒が可愛いのか、何にしても天職なのだろう。

「まあ、元々真面目なようだったしな。授業中も居眠りこいたりせず、ちゃんと話を聞いてくれているようで大変よろしい」

「あははっ、違いねぇな。教師視点で見て一番の優等生って言ったらサクラだろう。誰に聞いてもそうだと思うぜ?」

真面目で優秀、変に反抗したり面倒くさがったりせず、教師の言う事は漏らさず聞き取り理解できる。

ちょっと自信なさげなところが気になるが、おおむね教師間では評価が高い生徒だった。


「最初の頃はどうなるかと思ったけどなあ。髪と目の色が理由でいじめられやしないか心配だったぜ」

「実際浮いてたからな。本人も気にしてたようだし……だがまあ、そこは周囲の力とある程度の自力で乗り越えてるんじゃないか? 少なくとも最近のサクラを見る限り、以前ほど気にしてるようには見えん」

「そだなー」


 教師達がサクラに注目しているのは、何も優秀だからというだけではない。

というより、成績面においてサクラより優秀な生徒はまだまだ他にもいる。

さっき授業中に居眠りこいてたナチバラなんかは天才と言ってもいい位で、小テストや試験においては100点を量産するマシーンと化している程だ。


 サクラとその他の生徒を明確に分かつ要因は、この世界では希少すぎるその容姿にある。

レゼボア全人口75兆人の内200人ほどしかいない『異世界人とのハーフ』の特徴である金髪碧眼。これを持っているのだ。

更に言うならこの一層において初等部~中等部の年齢間では二人しか居ない。大変希少かつ扱いが難しい。


 なんと言ってもぱっと見からして違和感がすさまじい。

ただ立っているだけで周囲の視線を惹き付ける。些細な行動が周りの注目を浴びてしまう。

思春期の少女が受けるにはあまりにも過大すぎる人々の関心である。

実際、ハーフだからという理由で虐められる者もいるらしいとも聞く。

疎外感(そがいかん)を感じて苦しみ続ける者も少なからずいるというデータもあった。

そうした前提から、このサクラという生徒は、教師間ではかなり扱いの難しい生徒として注視されていた。

生憎と、俺やサトウはそんなデリケートな話は全力で無視していたが。


「ま、サクラは顔も髪も綺麗だからな。思春期真っ只中な男子連中は気が気じゃないんじゃねぇの~?」

いつの間に食べ終わったのか、空になった丼を置きながらニマニマと笑うサトウ。

俺はコップの水を(すす)りながら、黙って聞いておく事にする。

「なんたって異世界の空気感じちまうと気になるだろうし。別に言葉通じない訳でもねぇし、本人は善い奴だし。あたしは男子人気結構高い方だと思うね!」

こういう、他人、それも生徒の恋愛ごとに興味を持つ辺り、『ガサツでも女なんだなあ』と感じる事がある。

男の俺には今一理解できないが、まあ、楽しいのだろう、こういう話が。


「俺はそんな面倒くせぇ事より、ナチバラに居眠りさせない方法を知りたいけどな」

だが、いつまでも続けられてもアレなので、話を捻じ曲げる事にした。

「あいつしょっちゅう居眠りしてるじゃん。しかもチョーク投げつけるとかわしやがるのな。なんなのあいつマジでむかつく」

サトウも大きく頷きながら同意する。

とても教師とは思えない台詞だがその気持ちは痛いほど解ってしまった。

「でもテストは毎回100点なんだよなあ。なんつーか、ああいう余裕こいてる天才タイプって駄目だわ。あたし苦手だ」

「別に俺達を馬鹿にしてるつもりもないんだろうけどな。だが、同じように授業中に居眠りこいてた俺達が自業自得で地獄をみたのに対し、あいつはそれを悠々とすり抜けてるのは中々辛いものがあるな」

「ほんとそうだよ! あいつは一度地獄見るべきだ! なんか納得いかねーっ」

元馬鹿二人にとって天才の存在は眩しすぎた。


「漬物、食わないのか?」

なんとなしにサトウのトレーを見ると、まだ小皿の上に紫色の漬物が数枚、残っていた。

一枚だけ食べかけだが、それ以外は丸々と残っている。

「すっぱいの苦手なんだよ。知ってんだろ?」

子供っぽい、なんともバツの悪そうな顔だった。

「知ってはいるが。もったいないな」

「ならお前が食えよ。やるから、ほれ」

「おう、サンキュー」

教師である以上、食い物を残すのは他の生徒への教育上どうなのかとも思ったので、構わずもらうことにした。

「えっ――」

よこされた皿から漬物を全部定食のご飯の上に乗せ、そのままかっ込む。

「うむ……中々イケる」

色合いはアレだが漬物は最高だった。やはりご飯にはこれが抜群に合う。

「……まあ、いいけどよ」

何かあったのか、サトウは視線を逸らしていたが、俺は気にせず飯を済ませることにした。



 それからもサトウと適当に雑談して、生徒達が飯を食べに来る時間帯を見越して食堂から出た。

いつもよりやや早い時間帯に中庭に着く。

食後のコーヒーと洒落込みたかったのだ。


「……ねぇし」

しかし、自販機のコーヒーは売れ切れていた。

いつもの事なので別に落ち込んでいるわけではないが。

「畜生。もっと数入れやがれ」

憎たらしい事に残っているのは紅茶だけだ。

仕方ないので、悪態をつきながらもそれを買うことにする。

「ふぅ」

そしてベンチに腰掛け、まったりとした時間を過ごす。

平和な時間だ。生徒達がきゃいきゃいはしゃぎながら廊下を歩いていく。

見上げれば明るい空。人工太陽が適度な眩しさと温かみを演出してくれる。

この時間、ぼんやり、こうして時間を過ごすのは、俺の日課でもあった。

騒がしいのは好きじゃない。

だが、生徒達の楽しげな声を聞きながら休むひと時というのは、教師でもなきゃ味わえない代物だ。

この仕事も楽じゃあないが、こういう役得もあるのだから、まあ、悪いものではない。


「よいしょ、っと……」

しばしぼーっとしていると、がちゃ、と、いう自販機の音。

それから、女子の声らしきものが聞こえた。

俺は構わず空を見たままだったが、やがてそいつは隣へと座ったらしく。

「失礼しますね――寝てるのかな?」

座ってから聞くのか、と突っ込みの一つも入れたくなったが、声の主には思うところもあったので、空を見るのをやめる事にした。

「わざわざ気にするなよ、そんな事」

ため息混じりに背中を丸め、頭を肩の高さまで。

左手に持っていた缶を口に運び、ずず、と、紅茶を(すす)る。アマアマだった。

「あ、起きてたんですね。こんにちわ」

隣で機嫌よさそうに微笑んでいるのは、例の金髪碧眼。サクラであった。

右手には、俺と同じ紅茶。こいつはいつも紅茶を飲んでるので、きっと紅茶党なのだろう。

「今日は先生、早かったんですね。いつも私の方が先に居るのに」

「四限に担当がなかったからなー。飯も早く食っちまったし、する事がなかった」

俺もそうだが、このサクラも、食後にここでお茶をするのが日課らしい。

毎日俺がここに来ると座ってて、そして紅茶を飲んでいる。

今日は順番が違ってしまったが、まあ、こういう事もあるのだろう。

「今日はコーヒー買えたんですか?」

「買えなかった。どうも昼前から売り切れてるようだな、ここの自販機」

手の中の缶を見せてやる。サクラも「ああ」と、納得した様子だった。

いつ売り切れてるのか解らないが、この中庭の自販機はコーヒーに限らず、ミネラルウォーターやお茶に至るまであっという間に売り切れる。

生徒数に対し販売量が足りていないのかもしれないが、何故かその中で毎度売り切れを免れているのがこの紅茶なのだ。

なので、俺はいつも好きでもない紅茶を飲む羽目になっている。

「私が来た時も、いつも売り切れてますもんね。はあ、なんで紅茶だけ不人気なんだか」

紅茶の缶をこねこねと指先で弄りながら、サクラは眉を下げ苦笑する。


 こいつは、こんな見た目だが実際に話してみるとかなり気さくというか、普通の女子だった。

特別異世界人とのハーフに夢を見ていた訳でもないが、拍子抜けするほど普通なのだ。

背丈だって他の生徒よりちょっと低いくらいだし、授業だけじゃなくこうやって中庭で何度か話している今は、そこまで違和感も感じない。

だが、生徒や他のサトウ以外の教師どもはそうもいかないらしく、まだ距離を測りかねているようだった。もったいない。


「そろそろ時間だぞ」

サクラがきてからほどなく。

腕時計を見ると、五限目の開始が迫っていた。

「あ、いけない……それじゃ、失礼します」

礼儀正しくぺこりと頭を下げるサクラに、俺は軽く手を挙げ応じる。

別に、そんな仲が良い訳じゃない。毎日のように顔はあわせるが、実際には五分程度の関わりだ。

話すことだって一言二言。サクラは紅茶を飲み終えればすぐに教室に戻る。

まあ、教師と生徒の距離感というのは、これ位が妥当だと思う。


「さて、いくか――」

そうして、金髪碧眼の後姿を見ながら俺も缶をゴミ箱に投げ込み、午後の授業の為に立ち上がった。


-Tips-

公社(組織)

レゼボアの全住民を管理・管轄する支配組織。

最高位の幹部会『笑顔会』を中心に、管制システム『NOOT.』と共同歩調をとりながら、人民の全てを決定したり監視したりしている。

ディストピアの支配サイドの為、必要とあらば非人道的な選択も厭わないが、支配サイドにある彼らも実際には支配される側の存在に過ぎない。


その組織系統は幅広く、行政機関や教育機関、警察組織、軍事組織、医療機関、果てには性風俗や宗教に至るまでが含まれており、全レゼボア住民はこの公社に関わらず生きていくことは不可能となっている。

また、これらの組織の構成員は例外なく下級役人として扱われ、公社に属さない民間人の規範となるべく高いモラルを要求される。

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