#1-1.行き倒れる初心者(前)
※これは前作『趣味人な魔王、世界を変える』と一部世界観を共有する別世界のお話です。
舞台になっている世界は違いますが、同じく『16世界物語』の一つを構成する『レゼボア』という世界のお話となっております。
世界観は繋がっていますがそれだけなので、前作を読まずとも問題なく読めるようにしていくつもりです。
例によって現実にあるような単語などと全く違う意味で使われるものもあるのと、今回は章別に変わる一人称視点中心なので悪しからず。
そこは、深い森の中だった。
リアルではまずお目にかかれないような鬱蒼とした森。
木漏れ日すら爽やかではなく、木々の緑も淀んで映る『エルダーの森』。
中級冒険者御用達の狩場だった。
普段ならそんな狩り場で暴れる事はまずないのだが、今回組んだパーティーはそれ位のランクでより多くの稼ぎが欲しい、との事でここを選んだらしい。
モンスター単体の強さがそんなに強くないのと、強力な魔法を使ってこないのが俺にとってありがたかった。
他の面子と違い、俺は元々乞われてついてきた雇われに過ぎないので、力の限り暴れまわってやった。
皆と一緒になって森の中を縦横無尽に駆け抜け、モンスターハウスを見つけたら即座に殲滅。
エルダーリッチ、カオスワイズマン――たまに現れるちょいと強いモンスターは、俺の担当だった。
この狩場としては攻撃範囲が広く、攻撃を避けるのにコツがいるのだ。
下手に複数で戦うと却って痛い目を見るこれらのモンスターだが、タイマンなら何てことはない。
魔法だって避けてみせる。
流石にこのランクのモンスターとなるとパターンで完封とはいかないが、電撃や呪いを喰らうのも慣れたものだった。
「おつかれさまー」
「おつかれー」
「おつー」
そうして二時間ほど経ち、狩りが終わる。
皆して森の中のちょいとした広場――さきほどまでモンスターハウスだった場所だが――で息を抜いていた。
「ドクさん、今日はありがとうございました」
パーティーのリーダーを務める剣士が、礼儀よく頭を下げる。
「ありがとうございました」
「おかげですごく効率よかったです」
「助かりました」
他のメンバーもそう悪くない顔で俺に向けて礼を告げてくる。
――中々に良い気分だった。
「ああ、俺も楽しかったぜ。『いいもん』貰ったしな」
俺はというと、狩りの最中に出たレアアイテム片手に、ホクホクとした気持ちでそいつらと対面していた。
「ていうか、本当に良いんですか? その、報酬、それで」
だが、リーダーの男は複雑そうな顔で俺の肩のソレを指差す。他のメンバーも皆して頷いていた。
「リッチやワイズマンを受け持ってくれてすごく助かったけど、その分の働きでソレって……」
「ああ、気にするなよ。俺はコレで良い。金よりコレの方が良いんだ」
よくある反応なので俺は気にせず笑ってやった。
もっとも、グラスを掛けているので相手から見えるのは口元だけだが。
肩に載せたソレを適当に振り回し、楽しげに振舞ってやったのだ。
「まあ、ドクさんがそれでいいなら――」
顔を見合わせながら、俺の言葉に不承不承と言った様子で小さく頷くメンバーたち。
「おう。それよりも、楽しかったからまた誘ってくれよな」
俺はというと、空いた方の手で親指を立ててポーズを取る。にやりと口元をちょいワル風に開いたりもする。
「はいっ、是非にでもっ」
「ほんとありがとうございました~」
「また会ったらお願いしますね!」
皆にこやかであった。こういうのは本当に気分が良い。楽しい。
「それじゃ、ポータルだすね」
最後に、準備を進めていたプリエステスが、地面の上に描き出された魔法陣を指差す。
皆がその陣の上に乗る中、俺はそれを離れた場所で見守っていた。
「街まで戻りますけど、本当に良いんですね?」
「ああ、俺はここに残るよ。面白いもん見つけたからさ」
気にすんなよ、と、手をフリフリ。
「転送の陣よ、私と私の大切な人達を――どうかリーシアへ!!」
プリエステスの言葉と共に、魔法陣は眩く光りだす。
遮光グラスでもしてなければ目を背けたくなる位の光だった。
その先で、最後にもう一度、小さく頭を下げた彼らに、軽く手を挙げて――そして、俺一人になった。
「さて、いくか」
ここは深い森の中。
狩りも終わり、清算はこの肩に置いた『釘バット』一本で片がついた。
実にシンプル。俺には用事があったのだ。
今街に戻るなんてとんでもない。ここから先こそお楽しみ、という奴だ。
さくさくとした気持ちで森を歩く。たまに邪魔な雑魚が横から飛んでくるがバットで蹴散らしていく。
俺の楽しみを邪魔する奴は死ぬべき。馬に蹴られて死ぬべき。谷底に落ちて死ぬべき。
そうしてたどり着いた森の最奥。
ちょっとした広場になってるここは、狩場の中にあってモンスターが湧かない・侵入してこない場所として有名だった。
いわば『聖域』という、狩場の中にある休憩スポットなのだが、どうやら今日は狩場そのものが過疎っていたらしい。
他に休憩をしているプレイヤーは見ないし、何より――
「おお、いたいた」
丁度俺の視界の先、でかい樹にもたれかかるようにして倒れている少女が、変わらずにそのままいたからだ。
黒の、かなり綺麗めなストレートの髪が特徴的だった。
狩りの最中、ワイズマンの魔法で吹き飛ばされた際にここに来たのだが、こいつはその時からこうして倒れていた。
これが普通にモンスターの湧く危険区域なら顔を叩いてでも起こしたが、ここは安全地帯だ。
雇われの悲しい立場ゆえ、あまりパーティーを離れるのも厄介ごとを持ち込むのも悪いかと考え、その時は命の危険がないかだけ確認して放置した。
「おい、起きろ」
それから軽く一時間は経過している。
自力で覚醒することは無いだろうと判断し、ほっぺたを軽く叩いて声をかける。
「……」
しかし、反応は全くと言っていいほど無い。ぴくりともしない。
「起きないとマーマレードつけて喰っちまうぞ」
ぐらぐらと身体を揺すりながら、さっきよりはでかく掛け声。やはり反応が無い。
「……あれ」
どうにも参った。困ってしまった。
「もしかして、思ったよりやばいんじゃね……?」
見た感じ、ゲームを始めたばかりの初心者とそう違いの無い軽装。
いや、初心者以下。初心者なら持っている筈のナイフすら持っていない。
というか武器なし。武器なしでこんな中級狩場までくるとかどう考えてもおかしいが、とにかくそれどころじゃなさそうだった。
ほっぺた叩いても声をかけても揺すっても意識が回復しない。
つまり、行き倒れにしてもよほどの重症か、何かやばい状態異常に掛かってる可能性があった。
ほっとけば、死ぬかもしれない。
「思った以上に面倒くさい事になってやがるな――どうしたもんか」
とりあえず考えてみる。
まず、このまま放置して見なかった事にするという選択肢は真っ先に放り投げた。俺の脳内のゴミ箱にストライク。
次に浮かんだのは奇跡を行使して強制的に覚醒させるという方法。俺自身に信仰心がないので却下。
今のうちに悪戯してしまおうかという悪い考えが浮かばないでもなかったが、生憎と俺にロリコンの気はないのでそれもなかった事に。
「……考えるまでも無いな」
やむなくたどり着いた答えは、一番最初に考え付いて、できれば最後まで残しておきたいと思っていた選択だった。
-Tips-
プリエステス/プリースト(職業)
聖職者系上位職の一つ。通称『プリ』『司祭』『神父』『シスター』。
その他、一般的に『支援』と呼ばれればこのプリエステスかプリーストが該当する。
女性がこの職に就けばプリエステス、男性の場合はプリーストと呼ばれる。
神様にお祈りする事により得られる『奇跡』を、自分や他者に対して行使する事のできる職で、支援職の花形・代名詞的存在。
治癒や身体能力ブーストなど、非常に高い支援能力を持つ為に様々な局面で要とされ需要も高いが、
定期的にお祈りしないとその効果も下落するなど、ライフスタイルで縛られる事もままある。
特徴的な奇跡として複数人数を任意の場所へ転送できる『転送奇跡』、
自分ないし他者一名に対し複数の攻撃から身を守る加護を授ける『セント・バレスティナ』、
アンデッドや霊種族、悪魔などの邪悪な者を浄化する『ホーリーライトレイ』、
自身の周囲にいる任意のプレイヤーに一度に身体能力ブーストを掛ける『グロリアス・エンゲージ』、
完全に無防備になる代わりにあらゆる特殊攻撃を無効化し肉体へのダメージを最低数値にまで引き下げる(痛み等はなくならない)『乙女(聖者)の祈り』などがある。