【第92話】SS 陛下の冒険
昨日投稿分も、読んでくださってありがとうございます。
一日おきにSSが挟まります。
ソウタとフィアが叙任される前から話が始まりますが、陛下の目線で語られています。
私たちの耳に最近よく”ヤマノベ”と言う名前が入るようになってきた。
「ヤマノベ」もしくは「ソウタ=ヤマノベ」と言う姓を持った者らしいという事までは判ったのだが、ヤマノベ家と言う貴族家は自分の記憶にはなかった。
ユンカーが貴族年鑑で調べてくれたが、やはりそのような貴族家は無いらしい。
正体は全く分からないが、その者が色々な出来事を起こしているらしく、様々な情報が上がってくる。
私が父上からこの国を任されてもうすぐ10年になろうかと言う時期に何かの符合だろうか、この10年の間がむしゃらに頑張ってはみたものの、「解放の光」や「黄泉越えの翼」と言った無体を働く者たちを粛正できずにいたのだが、そのヤマノベと言う者はこれらを蹴散らして西へと進んでいるという。
届く情報では、若い女性を連れ歩いているとか、大規模な魔法を使用するとか、ハッキリとしないモノばかりが寄せられ、心穏やかではいられなかったのだ。
時々には情報が途切れ、次に聞くウワサはまた西へと飛んでいる。
セキセン辺りから不確かながら情報が上がって来始めたところを見ると、セキセン以東の出身なのだろうと思わせるのだが、我が神国空軍の基地にソウタ=ヤマノベと名乗る者が現れた。それが情報の始まりであった。
その者は若い女性を連れており、馬車旅をしているという事だ。
人に懐くことのなかった飛龍を手懐け、軍の兵たちと繁華街で友好を深めたと報告があった。
その報告書には、高いランクの冒険者であることや信じられないことではあるが、ヒドラをその連れ歩いている若い女性と二人だけで討伐してしまったとあった。
そして重要な報告が。そのソウタ=ヤマノベと言う者が「迷い人」であること。
魔法力が、聞いたことが無いほどに潤沢であることなど興味深い情報を得ることができた。
チョウシュでは観光地に現れたミノタウロスをいとも容易く屠ったとか、砂丘地帯で群れ集まったサンドスコーピオンを見たことのない魔法で一瞬に殲滅してしまったとか、とてもではないが信じられないような話もあった。
「テオ、あなたが心をすり減らして取り組んでいるテロリストを容易く討伐してくださっているヤマノベ様、テオには協力をしていただけない物でしょうか。」
そうなのだ、それほどまでに強力な戦力は膨大な資金を動かさなければ得ることができないのだが、理想ともいえる姿でほぼ単独に近い極小なワンマンアーミーとして私の憂いのことごとくをねじ伏せているらしい。
彼の者が私を手伝ってくれるなら、どれほどに心強いだろうか。
サンコウまでは行方を掴めていたらしいが、それ以降に情報が無くなってしまった。
推測の情報として、1000年ぶりに邪悪な巨人たちが闊歩するようになったクノエの地へと渡ったのではないかと言う考えが伝えられた。
以降、数か月に渡って情報が途絶え、もしかすると二人も?と絶望が首をもたげ始めた頃にとびきりの情報が上がってきた。
クノエのあの死を振りまく巨人たちが殲滅され、巣ごと討伐されたというではないか。
伝え聞いた話では巨人たちが産まれ出でるという巣にはどのような攻撃部隊をし向けても全く歯が立たなかったというのに、これまた信じられないことではあるが、アマクサ領で保管されていた聖銀の巨人を例のヤマノベと言う者が動かして簡単に潰したというのだ。
事ここに至っては、そのヤマノベと言う者たちに会い、協力を仰ぎたいと言う願いにも似た気持ちが私とアマーリエの心を占めていたのだ。
どのような手段を講じればヤマノベと言う者の協力を得られるのだろう。
最近は寝ても覚めても同じことを考えるようになっていた。
アマーリエもどうにかしてでもと、対策をユンカー共々に考えていたようだった。
「テオ、もしもですが、あの方たちに爵位を差し上げたら側近くに来てもらえるのではないでしょうか。ユンカーはそう容易く爵位を発行することはできないとも言うのですが、この段に至ってはそうでもしなければ、お会いすることもできません。」
確かにただの冒険者がいきなりにも貴族の仲間入りをするなど、前例のない事ではある。しかし、それに拘っていては貴重なチャンスを逃すのではないかとも思える。
さらに一年ばかりの月日が過ぎようというときに、空軍と海軍から降って湧いた災難が神国を見舞ったとの報告が上がってくる。
他国からの侵略戦争。
どこの国からかは判らないが、侵略戦争を仕掛けられている可能性を否定できないというのだ。
この国が他国の脅威を受けることになるなど思っても見なかったが、事実、海軍の艦艇が次々と被害に遭っており、最初は北華の侵攻かと思っていたのだが、北華にも同様の被害があると北華の領事館から連絡があった。
第三国の可能性が濃厚になり、海軍からはアイアメリカの侵攻だと断定した連絡が入った。
それと共に驚くべき報告が届き、アマーリエと共に光明があるのでは?と期待を抱かせた。
そう、今現在海軍にヤマノベと名乗る者が滞在しており、対抗手段を講じているというではないか。様々な新発明が形になりつつあるという。一体何者だというのだ、無から有を生み出し、そのことごとくが国難を打開して見せる。
過去に例を見ないような魔法を行使し、剣技を振るえばミノタウロスもヒドラも切り伏せる。そして動かすことが叶わないのではないかと言われていた聖銀の巨人を従え、誰も思いつきもしないような発明を次々と形にしているらしいのだ。
それから数か月の後に大戦果を挙げ、アイアメリカの艦隊を駆逐して追い返すばかりでなく、新しい戦術を行使する敵艦隊の船まで拿捕したと報告にあった。
それもこれもヤマノベと言う者が聖銀の巨人を駆り、空を舞いながら敵艦を消滅させたお蔭だとある。
それからもヤマノベ氏は海軍に留まり、更なる準備を進めているというのだ。
私はこの恩にどうやっても報いなければならない。
トウトに居る国貴族に招集をかけ、根回しと説得を続けた。
お礼の気持ちと恩に報いるべき大きな働きを貴族たちに説き、時には罵声を浴びせながら説得を続けた。
自分の持つ立場を鑑みれば、好きにやればよいのだろうが、広く知ってもらい感謝をさせたかったのだ。
その後に上げられた報告は、国を守る立場にある全ての貴族に震撼たらしめる衝撃を与えるだけの価値があった。
ヤマノベ氏によって飛龍を必要とせずに兵が空を飛び、アイアメリカの艦隊を殲滅したと報告があった。そして味方の損害は全くのゼロ。完勝と言うにもこれ以上はない。
それも今後に渡って長く継続できる方法だというのだから、ヤマノベ氏が海軍を離れても変わらずにこの国の守りとなることは間違いないというのだ。
そしてその一月後、アイアメリカからやって来た特使は敗戦を認め今後の不可侵を無条件に結びたいとのアイアメリカ大統領からの親書を持っていた。
私たちにとって、あの大国を屈服させたという優越感と得られた不可侵の安心はこれまでにのらりくらりと私の提案を無為にしてくれた貴族たちにも逃げ場をなくした形になった。
勅命として「ソウタ=ヤマノベ殿を神国公爵に叙し、フィア=ヤマノベ殿を公爵夫人と認める。直ちにトウトへ登城し叙任を受けるように。」との通達を出した。
彼が何者であろうとも、この国にとっては無くてはならない力だ。
この勅命を海軍へ早馬で伝えたのだが、入れ違うようにしてヤマノベ氏は何処かへと旅に出たという。
何と言う事か。
また彼らを見失ってしまった。
いつになく腹立たしい思いを会議の席上でぶち撒けてしまい、貴族たちに当たってしまった。
「お前たちがモタモタと話をはぐらかしている間に一番大事なものを逃してしまったではないか!お前たちが探し出して来い!!」
今までになく腹立たしい思いがつい口から出たことで貴族たちが恐怖に染まる。しかし、そのくらいのことだったのだ。
ユンカーが素早く動き、各領地へ一斉に再度の勅命が発令された。
海軍から入手した一行の人相を網羅した手配書が用意され、私の名前で行方を報告するような厳命が全ての領地へと届けられた。
最初の報告が来たのは意外にも早く、スの国のサヌキからだった。
一行は私からの要請が伝わったにもかかわらず、サヌキにそれからも留まり続け、地元の食を堪能していたという。
シンコから入った報告では買い物が忙しく、街中から出ようとしなかったと言うモノだった。
オウスガではヤマノベ氏が奥方の衣装を探し求め、街を走り回っていたというではないか。
その自由な行動に私自身が困惑を隠せなかった。
私の勅命が本人に届いているにも拘らず、急ぐ素振りが全くないのだ。
観光に美食に買い物にと、自由な行動ばかりが報告され、誰もが欲してやまない地位や褒賞にまるで興味がない様なのだ。
矢も楯もたまらず、自分で行動を起こすことにした。
皆が止めるのも構わず、300ばかりの兵を携えてオウヒンで彼らを補足するために急ぎの旅を行ったのだ。
私たちがオウヒンに着いてからもヤマノベ氏が現れるまでに数日を費やすことになった。
途中の温泉地に湯治目的で滞在していたと聞いた。
やって来た3台の馬車を300の兵が取り囲み、ようやく本人との対面が叶った。
私は自分の身分を隠し、国貴族の文官と言う事にして対面することにしていた。
「ヤマノベ公爵様、初めてお目にかかります。陛下よりの再三の招聘がございましたでしょう?いかがなされたのです。」
「初めまして。俺がソウタ=ヤマノベです。ですが、俺はご覧の通りのただの冒険者でして、貴族にしてやるとか言われましても、上手くできそうな気がまるでしないのです。
文官様より、陛下にお断りいただくことはできませんか?」
眩暈がした。
この青年は何を言っているのだ?
最高の名誉を用意したのに、興味が無いというのだ。私は何か間違っていたのだろうか?
「しかし、ヤマノベ公爵様、その献身的な神国への貢献度は何かを持って陛下も感謝を示したいと仰せです。
そのお気持ちを汲んではいただけないでしょうか。」
「違うんですよ。国を想ってとかそんな大層な理由じゃありません。俺の妻と付いて来てくれている仲間が安心して冒険できるようにしてただけで、結果的に国も助かったとかそんな話ですよ。
陛下にも良かったですねとお伝えいただくだけでよろしいのですが。」
そんな理由で?
妻を守りたい。それだけであれほどの功績を残したというのか?何という無欲なのだろうか。
話せば話すほどにこの青年に惹かれて行く。
他に比べるもののない強大な魔法を行使し、国を吹き飛ばすという巨人を従え、豊富な知識を持ち、文武に優れたこの青年は伝説にもなるほどの功績を残しておきながら何もいらないという。
このような人柄を持つ青年を逃してはならない。そうとしか思えなかった。
「どうか、その様なことを仰らないでください。ヤマノベ公爵様が持つそのお力は中や外からの平安を乱す様々に打ち勝つ唯一無二の手段となります。
冒険は続けられて構いませんから、立場だけでも確かなものにしてはいただけませんでしょうか。
神国のためなどと大それたことは申しません。貴方のような方が居てくださるという事を国民が知っているだけで大きな安心となります。」
まさか頭を下げて頼まなければならないほどとは思いもしなかった。
無欲もここまでくると相当に手強いとは知らなかった。
「フィア、どうしようコレ。」
馬車に向かって話しかける青年に応えるように顔をのぞかせたのは息を飲むほどに美しい少女だった。透き通るような、陽の光でさえも滑り落ちるのではないかと言うほどに美しい銀の髪を素直に伸ばし、白磁のような肌は作り物のようにも見える。
しかし表情豊かにくるくると変わる大きな瞳の表情は金色の虹彩に赤い色合いが遊ぶようだ。
幼さを残しているにも拘らず、美しいとしか言いようのないその女性が眉間にしわを刻んで真剣に悩んでいる姿から、肌にしわが残ってしまわないかとハラハラしてしまう。
「ソウタさんは貴族になるのがそんなに嫌なんですか?私はなるだけなら構わないと思うのですが、どうでしょうか?」
「え~?フィアは公爵夫人になりたいと思うの?」
「いえ、やっぱり面倒ならばいいんですよ。」
「いやいや、奥方様、そこは引かないで頂けませんか。私どもは一刻も早くお連れするようにと叱られております。
助けると思っておいでいただけませんか。」
「じゃぁソウタさん、なってみて嫌だったら辞めちゃうというのはどうでしょう?」
「おお!フィア、それはいいかもしれない。面倒事が続くようなら辞めちゃおう。それでもいいですかね?」
この青年たちの言う事がかなりのほぼ全部を理解できないでいた。
しかし、それが当たり前と言う表情で私に尋ねられるともう、頷くしかなかった。
「そ、それで結構です。まずは経験してみられてはいかがでしょう。」
どうにか丸め込んだようで、さっさとトウトへと戻ろうとしたのだが、ここからがまた大変だった。
「ここって、オウヒンですよね。」
青年が私に尋ねてくる。
「はい、ここがオウヒンで間違いありません。それがどうかされましたか?」
「今日はここに泊まりませんか?食べてみたい西華の料理がいっぱいあると聞きます。文官さんも美味しい物を召し上がってみませんか?奢っちゃいますよ。」
これか!?これなのか?
公爵位より中華料理とは。
この連中がトウトに近づこうとしない理由が判ったような気がした。
近づきたくないのではなく、寄り道しなければならない場所が多すぎるのだ。
私たちの考えでは、爵位を渡すと言えば喜んでくるだろうとしか思えなかったのだが、彼の者たちの間ではそこにはまったく価値が無いのだろう。
「そんなことより、美味しい物や欲しいモノがあって、そちらが優先だよね?」
という事のなのだろう。
貴族として生まれ、貴族として生きることを運命づけられた者たちと違い、自由闊達に行動することが日常で「貴族って美味しいの?」と言う者たちにとってみれば全く必要のないしがらみや面倒でしかないのだ。
ヤマノベ公爵にとって「公爵」という地位や名誉には多分だが、賤貨一枚の価値もないのかもしれない。
それが判ってからは彼らの行動原理の一部が理解できるようになった。
「何をしたい。」と言う欲求に対し、手段と必要な手立てが自分たちで選びうる範疇にあるのだろう。
公爵になったらできることや、公爵にしかできないことに興味が無いのだ。
必要の欠片さえそこにはないという事が判った。
その立場や地位が必要ではないのだ。
やりたければやるし、やりたくなければやらない。
必要であれば得るし、そうでなければ行動さえ起こさない。
ヤマノベ氏に必要だったのは妻や仲間たちが安全に暮らせることで、私がどうして欲しいかなど一片の考慮もされていないのだろう。
どうにか宥めすかし、こちらが叱られるからと恐喝まがいのことをして先を急がせた。
うっかり目を離すとすぐに横道に逸れて行こうとし、気が付くと買い食いしている。
私もさんざんに買い食いにつき合わされて、食べたことのない庶民の味をたらふくに味わう事になった。
素直に「見張りが足りない」と結論を得て、領軍から500を超える兵を一時的に徴収した。
前後をこれでもかと800の兵で囲み、急ぐこと二日。
ようやくにもトウトへとたどり着き、その街並みにも興味を持ってもらえた。
道中の間にかなりの会話をすることができたが、このヤマノベと言う若者は豊富な知識を持ち、やはりただの野卑な冒険者とは大きく違うことが判った。
神国各地を又にかけた旅をしたことで、様々な形態の政治学や統治ノウハウも持っていることや、それに対する自分なりの考えもあるようで、相当に大きな領地を持たせてもきっと良い政治を行うだろうと思わせる。
本人に全く、毛ほども、埃以下も、1mmもその気がないのが残念でならないが。
クノエで連邦国家が設立されたが、これにも大きく携わっていたことが話から分かった。
どこをポイントに政治を行い、どこの手を抜くか。そしてどのようなプランを国民に見せるのか。そうしたことを連邦代表と事細かく練り上げて未来を見せる国作りを指導してきたというのだ。
「そうまで深い思慮がありながら、なぜご自身でも国を興してみようとは思われないのです?」
「だってですよ、私たちはまだ見てない場所や食べていないモノがたくさんありますし、その国に暮らす人たちを守れる自信もありませんからね。」
「あれだけの魔法を持ち、聖銀の巨人をも従えているというのにですか?」
「それは単なる力です。危険から守ることは出来るかもしれませんが、俺たちの考えなんて底の浅い物でしょう。
畑が上手く育たなかったら?疫病が発生して多くの人が苦しんだら?魔物が襲来して大きな被害が出たら?そう考えるととてもではありませんが人の上に立つなど恐ろしくてできませんよ。それが全部私の力でどうにかできるのでしょうが、それでも隅々まで目が届くとは思えません。
万が一にも遅きに失した際に私はきっと後悔しますし、それをいつまでも引きずると思います。
せいぜいがそうした立場の人たちの助力になるぐらいでしょうかね。」
あっけらかんとした考えだけかと思っていたが、その責任と言う物もちゃんと理解していたようだ。だからこそ出来ないのだというのだから本当に恐れ入る。
「敵襲!」
ここから見えないほどの先頭から伝令が走る。
「どうしたのですか?」
伝令に尋ねるとトウト上空にバハムートが居ると教えられた。
そんな伝説にしか出てこないようなドラゴンが一体どこから?トウトに被害は出ているのだろうか?
一瞬にして様々なことを考え始める。
「文官さん、馬車を任せていいですか?ウィング!この人の言う事を聞くようにな。」
「任せといて。」そう言ったように聞こえるブルンという嘶きが返され、馬車を引く馬が二頭してこちらを確かめた。
振り返って私の顔を見て、頷いたように見える。
「フィア、行くよ!」
馬車から飛び出すように少女が大剣を携えて現れ、ヤマノベ氏と共に戦闘準備を整える。
「お二方!まさか、ドラゴンに挑もうとしておられるのですか?」
「当たり前でしょう。兵隊さん、障壁で守りますから車列を進めないでくださいね。」
「しょ?障壁ですか!?この車列全部を?」
「行きますよ。デストロイウォール!」
叫ぶや、透明な虹色に輝く薄膜が天を覆い尽くすような範囲に展開され、私たちの車列を完全に取り込んでしまった。
どれだけの魔法力なんだとただただ驚愕してしまう。
その障壁を通り抜けると二人は障壁の上に飛び上がり、全周を警戒し始めた。
少女の方が背中から大きな翼を広げ、数度の羽ばたきで天空へと駈け上っていくのが見える。
サキュバスだと伺っていたが、黒い翼が柔らかく陽の光を纏い、一瞬金色に見えたモノだ。
こちらには聞こえないが、二人の間で盛んにやり取りが交わされているらしく、少女は飛んだままで車列の後ろへと向きを変え、ヤマノベ氏は障壁の上をやはり車列の後ろに向かって駆けて行ってしまった。
お二人がどうなったのかここからでは見えない。
じれったい思いもあるが、私たちではバハムートなどどうする事も出来はしないし、お二人を心配するしかできなかった。
ゴギャ――――!
ドラゴンの咆哮が木霊し、近づいていることが判る。
私たちの上空を光のような速さでサキュバスの少女が飛び去るのが見えた!
後を追うように巨大な影が障壁に落ちて来て、空が暗くなるのが判る。
天変地異とも言うべき衝撃が地面から伝わり、バハムートの天を突くような巨体が見えた。
それは更に高空へと上昇する少女を狙い、首をもたげるとともに私たちの真上に降りて来たではないか。
更なる衝撃が伝わって来て障壁の上に巨大な龍が降り立った。
しかし、障壁は驚いたことに軋みもせずにその巨体を支え、私たちを守ってくれている。
ヤマノベ氏は?と行方を心配したところへ彼が背後から迫ってきていることが判る。
赤と黄色に輝く片手半剣を振りかぶり、バハムートの尾を踏みつけながら背中へと駆け上ろうとしているようだ。驚くほどの身体能力を示し、背中へと駆け上ったヤマノベ氏はその魔剣をバハムートの右翼へと潜り込ませた。
ブレスを少女に向かって吐くと同時に、右翼を失ったドラゴンがブレスを吐いたまま首を回してくる。
炎獄の炎が迫る中、ヤマノベ氏の身が危ないと誰もが思った。
瞬間、ヤマノベ氏が私たちを守る障壁と同じものに包まれ、難を逃れる。
この障壁と魔剣の維持、そして自分を包む障壁。器用にもほどがある。
ブレスにも動じないこの障壁はまるでイージスの盾だ。
そして左翼に緑の閃光が走り、翼の被膜を突き破ってあの少女が現れた。
少女の持つ自分の背丈もあろうかと言う大剣も緑の霊光を纏っており、魔剣化していることが判るのだ。
左右の翼を失ってしまい、飛ぶことができなくなったバハムートは戦意を喪失したのかトウトと反対を向き、一目散に逃げだそうとしているようだ。
剣を鞘に戻した二人は障壁から飛び降りるが、ヤマノベ氏の足元に巨大な空間が開き、私たちの多くから感嘆のどよめきが起こる。
このような大きな次元の狭間は見たことが無い。
本当に驚いたのはそこからせり出されるように、奈落から舞台が上がると言えばいいのだろうか屹立する巨大な騎士が現れたからだ。
これが聖銀の巨人か!?猛々しくも気品と力強さを感じさせる神銀に輝く武士だった。
素早く屈みこみ、胸の位置にある鎧が開かれるとヤマノベ氏と少女が飛び込んでいった。
再び屹立し、胸が閉まると巨人の双眸が鋭い蒼色の閃光を放ち、まるで生きているかのように滑らかに動き出した。
召喚され、命が宿ったとでもいうのだろうか。そのようにしか見えなかった。
背中に背負っていた長い機械を抜き出し、構えを取ると筒がせり出して大砲のようになった。
腰からひも状のものを抜き取り、大砲に繋いだのだろう。
その直後から聞いた試しもない甲高い唸りが聞こえ、段々に大きな音になる。
ひたすらに逃げようとするバハムートを狙い、大砲を構えた。この間僅か数秒。
辺りがシンと静まり、何かが高まる気配とバハムートが大地を踏みしめる音しか聞こえてこない。
気が付くと私たちを守ってくれていた障壁も消えて、辺りの音と空気の流れが伝わってくる。
ピリピリと肌に何かを感じ始めた瞬間に号砲が鳴り響いた。
辺り一面が明るい光に包まれ、巨人の携える大砲から光が伸びて行く。
そして見たモノはバハムートの上半身が消し飛ぶ瞬間だ。光の奔流がバハムートに吸い込まれたと思った瞬間から光の直径がみるみる太くなり、ドラゴンよりも太くなった時にはその上半身は消えてなくなっていた。
やがて通り過ぎただけのように光が終息し、腰から下だけになったバハムートが向こう側へと倒れた大きな音が騒動の終りだったのだろう。
聖銀の巨人からお二人が降りてこられ、巨人が再び次元断層の中へと隠れてしまうと二人が戻って来られた。
「みなさん大丈夫でしたか?」
買い物から帰ってきたようにそう話しかけるヤマノベ氏。
「ひどい目に遭いましたね。」
そう、強い通り雨があったみたいに話す少女。
「じゃあ、先を急ぎますか?」
尋ねられて、私たちがキョトンとしてしまった。
あれから数年が経ち、ヤマノベ氏はこの国になくてはならない公爵として活躍をしてくれている。
私もアマーリエも公私ともに世話になりつくし、恩を返すハズがただただ積み上がるばかりとなっているのだ。
借金がかさむのが嬉しくてしょうがない気持ちになるのは、いったいどういう事だろうか。
解放の光が殲滅され、黄泉越えの翼が消え去った。どちらもヤマノベ公爵が身を切って成し遂げてくれた。
あれほどに苦労しても得られなかった我が子が僅か三か月でアマーリエに授かった。
泣いて喜びを伝えてくれたアマーリエをこれほどに愛しいと思えたことは初めてのことだった。きっと苦労を掛けていたのだろう。
フィア殿に縋るように気持ちを吐露し、親友とまで言い、常に側近くに居て欲しかったらしくアマーリエ自らがヤマノベ家へと良く出掛けてもいた。
心強く在る事ができるようになり、自信を深めたアマーリエにもフィア殿が懐妊された時には大きな動揺があったらしく、喜びに隠してはいたが、その目は寂しそうだった。
しかし、それを見透かすようにヤマノベ公爵が協力を申し出てくれ、本当にあっという間に私の子を身籠ってくれたのだった。
新しくできたシロップ殿、アニエス殿と言う友人と時を同じくして母親となったアマーリエは特にヤマノベ家と親交を深め、ともに育児を体験することで健やかに我が息子を育ててくれている。
その間にも天災があり、人災があったが、そのことごとくをヤマノベ公爵家はねじ伏せて行った。
しかし、それはどれもこれも容易い物ではなかったようで、都度に公爵は深く傷つき、悩みを深めていたという。
それでも周りに居てくださる四人の奥方様によって支えられ、強く在れたと伺った。
フィア殿が、アニエス殿が、シロップ殿も。そして魔剣と言われる如月殿もその深い傷を知り、慰められるという。
公爵の働きの多くは辛く、大変なものばかりであったろうに、それを笑顔で話してくれるのは四人の奥方によるものなのだ。そうした環境が整ったのも奇跡であるし、私の側に居てくれて神国が私の元に一つになろうとしているのも気まぐれと言っても良いほどの単なる奇跡だ。
私が努力して得た物ではなく、公爵と言う類稀なる奇跡を側近くに得たがために現在があるだけなのだ。
ヤマノベ公爵はまた、神国のどこかで神国の誰かを助けているのだろうと思うと、留守の間も楽しみが募ると言うモノだ。
帰っていらっしゃればまた貴重な話をしてくださるだろう。
アマーリエとゲオルクとそれを聞くのもまた、楽しい。
ゲオルクもまた、最近訪れてくれない許婚のユイ殿を恋しがり、アマーリエの手を煩わしているらしいしな。
早く帰ってこないかなと我が家の全員が楽しみにしているのだ。
ユンカーが息せき切らして私たちのプライベートルームに飛び込んできた。
「陛下、公爵様が、ヤマノベ公爵様がお戻りになられました。」
さあ、いらっしゃるのが楽しみだ。
アマーリエもゲオルクの表情も輝いている。
「ユンカー、お前の婚礼の儀式もすぐだろうに。歳を考えなさい。」
「ユンカー様、紅茶の手配をお願いしますね。公爵様は熱い紅茶に目が無くてよ。」
額の汗を拭うユンカーもその表情は楽しくて仕方がないというのが容易く判る。
「ゲオ~?居る~~~~~?」
遠くの方からユイ殿がゲオルクを呼ぶ声が聞こえてくる。
今日はとても楽しくなりそうだ。
現在、96話が途中です。
ヤバいです。明らかに追いつかれてしまうやばい奴です。




