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Contractor with blood(血との契約者)  作者: 小西敬
ノブレス・オブリュージュの章
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【第84話】墓穴

いつもお読みくださいましてありがとうございます。

39,000PV突破です。ひとえにここまでお付き合いくださる皆様方のおかげです。

評価ポイントを下さったり、ブクマしてくださったりと毎日嬉しい変化があり、頑張っていられます。

書くのは楽しいですが、反応があったりすると更に楽しいですよね。

 春真っ盛りに春めいた話題が多々あったことは、それだけ我が家が平和であったと言わざるを得ない。

 ユンカーさんが一念発起し、アンニさんを嫁にくださいと俺に言ってくれた。

 クノエへの旅にシゲさんがシノブさんを連れて来て、娘のような歳の差をモノともせずに妻にすると宣言した。

 50歳、60歳の神国男子がお盛んなのに対し、スタッフ連中の不甲斐なさが何とも言えずに情けない物だ。


 翌日早朝から不甲斐ない連中が活動を始め、妻たちも娘たちと起きだしてきている。

 俺も今朝は早くから目が覚め、妻たちの目覚める前から全員の髪を撫でて回り、娘たちのよだれに寒気を覚えて気力と魔力を高めていた。

 シロップとアニエスは涎を垂らすことは無いのだが、フィアと如月は毎朝必ず涎を垂らしている。これは寝相とか言う問題ではなく、生来の癖のようなモノではないのか?

 娘たちは四人がらが涎を垂らすが、それは幼児ゆえのモノであろうし、ぐっすり眠っている様子も可愛いモノなのだ。

 しかし、フィアと如月の涎は俺の胸元と髪をぐっしょりと湿らすほどに威力の高い物であり、冬であれば風邪をひいても当たり前と言う物だ。

 宿で朝風呂をいただき、全身に纏った涎を落とすと体も目覚め、今日の気力を充溢じゅういつさせることができた。

 妻たちも娘の涎を洗い流すために朝風呂を頂くので、俺の家族は毎朝の風呂が日課になっている。屋敷でも宿でも大浴場は朝から入れるようになっているので、家に居ても旅に出ても困ったことは無いが、一生この儀式は俺だけは逃れられないような気がする。

 鉄板の宿らしい朝食を冒険者らしい俺たちが思う存分むさぼり、出立したのは朝の9時くらいだったと思う。

 曇天で熱くも寒くもない今朝は、旅にとても適していると思う。

 馬車は西に進むことから朝日が厳しかろうと眩しくて困るという事もないのだが、曇天の日はどこに向かっても気が楽と言うか、疲れにくいと思う。

 三台の馬車は午前中に一回の休憩を挟み、昼までに小田原の手前にたどり着いた。

 シラスが有名だと聞き、俺の頭の中はシラス丼しか無くなってしまって、「シラス丼しかない!」とばかりに宣言すると、全員が「シラス?」とか「食べ応えが無いんじゃ?」とか、贅沢なことをぬかしやがるじゃないか。

 大盤振る舞いされたシラスがこんもりとご飯の上に乗ったなら、熱いご飯を掻き込むだろう?

 そんな俺の欲求を満たす店は無いかと探したのだが、意外にもどこも満員で人気のほどがうかがえる。

 そうなるとフードファイターたちはその実力を知ろうとばかりに「どんぶり」を提供する店舗ではなく、鮮魚店や市場を探そうとするのだ。

 俺が旨いと言ったものを贅沢に食べるためなら何だってするんじゃないだろうか。

 漁協に殴り込みをかけた俺たちは鮮魚で手に入れるには、時間が遅いと言われたので釜揚げで入手できないかと鮮魚店を巡った。

 漁協で威力を発揮した俺の冒険者カードは、欲しい物を欲しいだけ入手できるルートを紹介してくれた(紹介させたとも言う。)のだ。

 大店の鮮魚店で、裏では加工品を作っている工場もあるのだと聞き、そこへと赴くと正にシラスを五右衛門風呂のような大きな釜で炊き上げる作業を多くの人達で行っている最中で、これを天日で干して出汁用やおやつ用などに加工しているのだと言う。

 「炊いたものを分けてもらえますか?」

 そう聞いたところ、店の親方と言うねじり鉢巻きがかっこいい親爺から「そいつはいけねぇ。」と言われ、生で買って炊いて食べる方が絶対にうまいと太鼓判を貰った。

 炊くと同時に鮮度が失われ、加工しない限りは食べられなくなるまでの足が速いのだと教えてくれた。

 そして生の食べられる期間が恐ろしく短いのだということも判り、ここで入手できるシラスが昼でギリギリと言われた。

 俺が購入した時点で本当に美味しさを堪能できる生の刻限ギリギリなんだそうだ。

 大ざる(生シラス20kg入り)を四つ購入させてもらい、次元断層に仕舞いこんだ。親方に「それは何の魔法だ?」と聞かれ、時間を止める空間に入れられる魔法だと教えると、貰えるモノなら全財産をはたいてもそれが欲しいと懇願されたが、お金で譲ってあげられるものでもなく、たいそう残念がられた。

 酒匂川の河原に降りて、みんなでかまどを作り、テーブルを並べすっかりキャンプ気分だ。

 フィアたちが飯盒はんごうの準備をしているし、夕飯時のような本格的な状態だよ。

 いつも唐揚げを作るときに使う大鍋と同じ鍋を火に掛け、たっぷりの水を張る。

 けっこうな塩を溶かし、釜茹での準備をした。

 もう一つの醍醐味はイクラ。

 ここもエイゾに負けないイクラが手に入ると言うので、探してみたがさすがに時期ではないようで塩漬けの物しか手に入らなかった。

 こっちはタライに塩を溶かし、常温でイクラから塩を抜く。イクラの塩分濃度より希釈の高い、薄い食塩水に漬けるとグングンと塩抜きが捗る。

 ツブをばらして味見しながら様子を確かめ、満足のいくイクラを仕上げた。

 シロップとアニエスに協力してもらって、薄皮を剥がし、粒粒の状態にほぐしたモノが大きめのボウルに山盛りだ。どうせ食べきっちゃうからね。

 中華の火力を誇る我が家謹製のカセットコンロに湯が沸き、ご飯が炊きあがり、イクラが艶々と輝いている。

 全員の分の丼に炊きあがった真っ白なご飯を盛り、飯盒の底にできたオコゲも均等にアクセントとして載せる。

 如月が全部の丼にイクラを片方に寄せてたっぷりと投入していく。

 すりおろしたショウガを醤油に溶き、日本酒のアルコールを火で飛ばした物で伸ばす。

 これをイクラに掛けてもらっている間に釜揚げを仕上げていく。今回茹でたのは40kg。

 まんべんなく湯に踊らせて手早く上げると、白く身を染めたシラスが色っぽい。

 湯を切り、イクラのとなりにこれでもか!と盛りつけ、塩を振り、卵の黄身を醤油と溶き合わせたモノを回しかけて分葱わけぎをパラパラと振りかけると出来上がりだ。

 それぞれの前にシラス丼が並び、魚のすり身で作った蒲鉾に衣をつけて天婦羅にしたモノや、ゴボウに玉葱と言った野菜で作ったかき揚げも付け合わせたんだが、どう見ても旨そうだ。

 「いただきます。」と言う俺の号令で全員がシラス丼に取り掛かった。

 入手した素材が良かったからか口の中に海が広がるような味わいだった。シラスの甘みが口の中に溢れ、ポロポロと混じり込んでくるイクラが少しばかりの塩気を足しながら、歯で潰れると濃厚な旨みを足してくれるようだ。

 周りを見てみると全員が無言で頬張っている。

 シゲさんとシノブさんが感想を述べあいながらむつまじく食べている以外は掻き込んでいるに近い状態だ。

 フィアは自分の舌で味を確かめてからユイにも食べさせている。

 ユイはここ最近、すっかり離乳も済んでしまい、俺たちとほとんど同じものを食べている。

 睦月も今回のご飯は如月のOKが出たようで、小さく一口ずつにして口に運ばれている。

 ユイも睦月もイクラやシラスを抵抗なく食べており、モグモグとやっている姿がまた可愛い。

 いつもは味の薄く均等な柔らかさのお粥やご飯ばかりなので、今回のようにさっぱりとした味わいやイクラのような濃い味わいがとても珍しかったのだろうか、次々と母親にねだって口へと運んでいるのだ。

 ユイは前歯も生え始め、そろそろ食感のある物の方がいいのだろうか。

 一人前にちょろちょろと歩き回るし、良くしゃべるようになって本当に可愛いんだよ。

 睦月もふわふわの紫髪が随分伸びてきて、動き回るたびに髪が遊ぶといい匂いがして如月よりも俺が抱っこすることを喜んでくれる。

 カーリオとクレイオも生後で6か月を過ぎており、そろそろ個性がハッキリと出てくるようになってきた。

 カーリオはとにかく活発で、まだ碌にハイハイもできないのにちょっと目を離したスキに随分と遠くまで動いていってしまっている。

 ほんの数秒で手の届かないところに居るのだ。どうやって?

 クレイオはどう見ても母親似で、動きが上品だ。

 笑顔が破壊的な威力を持っているのはカーリオも変わらないわけだが、クレイオの表情は達観していると言ってもいい。

 真相の令嬢が外の世界を知らず、御簾みす越しに殿方との会話を楽しむ平安時代の姫のようなおしとやかな感じだな。

 カーリオは全く人見知りもしないので、屋敷の誰にでも抱かれているのだが、クレイオは家族以外は完全にシャットアウトだ。如月でもフィアでもシロップでも大丈夫だが、アリスやキョウコさんだと泣き出してしまう。

 それでアニエスの元へ行くのかと思うと俺のところへ行きたがるのもまた、可愛いのだ。

 俺に抱かれると瞬間に泣き止んでしまい、脇に潜り込もうとする。

 ぐりぐりと頭を押し付けて腕の中に入り込もうとする甘え方は、独特だが俺が解けてしまうのは仕方がない。

 本気でアニエスと一緒に嫁にしようかと思ってしまうほどなんだよな。

 御者席にはユイが喜んで付き合ってくれるし、睦月もクレイオも俺が抱っこするのが一番らしい。カーリオは俺が遊んでくれるのが何よりも楽しそうにしてくれるし、モテ期が止まらない。娘たちにモテてもしょうがないという人も居るが、俺は幸せが感じられるバロメーターのような物だと思う。

 妻たちに焼き餅を焼くような者も居ないので(自分たちの娘だから当たり前?)、安心して娘たちとイチャイチャしている。

 シラス丼が全員のお替わりを経て、全員のお腹を満足させるとなんだか移動が億劫おっくうになるほどにお腹が張っている。

 もう、目の前が箱根だし、箱根と言えば湯元でもあるからもう少しだけ進まないかと提案し、元の「箱根湯本」辺りまで全員をなだめすかして後片付けを始め、引きずるように移動することにした。

 俺の家令たちが怠惰になっているような気がするんだが、それとも俺が働きすぎなのか?

 どうにかこうにか馬車が発車できたのは午後2時ごろだったろうかね。

 一時間半ほどの馬車の旅で、温泉が楽しめそうな大きな宿にたどり着いた。

 須雲川と早川が合流する場所に大規模の保養施設が建っており、長期の湯治とうじや旅行の最中に立ち寄った客などで賑わっているようだ。

 領主の援助を受けており、良心的な価格で宿泊できる施設となっていて、満室が心配になるほどだった。

 幸いにも別棟で隣に立派な宿泊施設もあり、十分に部屋数は足りているらしかった。

 俺たちもここに部屋を取り、大浴場から露天風呂までを満喫することができたのだ。

 スパとしても優秀なようで、薬湯の入った風呂や、頑固おやじ風呂(熱くて入れない)に源泉を贅沢にかけ流しているひのきの香り豊かな浴槽などもあった。

 俺が気に入ったのは熱い油を使ったマッサージで、首筋や肩に油を垂らしては刷り込むように揉んでくれる。

 揉み解されるといつの間にか眠ってしまうほどに気持ちが良かった。

 気が付くと隣にキヨシゲさんやコウレイさんなんかも気持ちよさそうにマッサージを受けており、年配の施術師の女性たちの熟練した技術にお礼と心付けを全員分払っておいた。

 後で聞くと、フィアたちもやってもらったようで全員に評判が良かった。

 如月だけが年配と言えども女性が俺に触れたとプリプリしているのがなんとも可笑しかったものだ。

 フィアやシロップ、アニエスは何にも云わなかったのに。

 如月に「お前が心配するようなことじゃないだろ?」と囁くと顔を少し赤く染めながら「心配なんてしてないわよ。」と強がってみせる。

 おでこにキスしておくともう、さっきの件はどうでもよくなったらしい。

 1000年生きてても妻となると可愛いな。

 みんなそれぞれがたくさんある温泉を楽しみ、リラックスが済んだところで夕食となる。

 この宿はバイキングスタイルで食べたいものを取りに行く仕組みで、大きなホールのような食堂に宿泊客がやってきては、食事を楽しみ部屋へと引き上げて行くようになっている。

 俺たちもその一角に陣を張り、それぞれが自分の好きなものを取りに出かけて行った。

 俺は娘たちの番をしており、フィアたちが大量に持ち帰ってくるだろう食料を摘まんですますつもりでいる。

 一番早く戻ってきたのはアニエスだったが、二つの皿に控えめに色々な料理を盛り込んでいた。

 「とってもたくさんの種類があるんですよ!全部食べてみたくって、ちょっとずつ持ってきました。クレイオにも食べられるものがあるといいんですけど。」

 そう言いながらも比較的固形物が多く、クレイオにはまだ早いだろう。

 「いえ、これはソウタさんと私が食べる分です。」

 クレイオやカーリオの食べられそうなものは俺に探しに行って欲しいようで、どういう料理か判らないから。という事らしい。

 いくつかを摘まんでから今度は俺が娘たちの食べられそうなものを探しに行く。

 シロップや如月も席に戻ってきているので、子供を任せてビュッフェを見に行くと確かにたいした種類の料理が並んでいた。

 どれも旨そうに見えるが、その向こうでどうなっているのか判らないほどの量をいくつもの皿に盛り付けて、持つことさえできなくなっているフィアが目に入る。

 「その量、どうするんだよ?」

 「だって、どれも美味しそうなんですよ?余ったらソウタさんに食べてもらいますから。」

 そんなに食べたら俺が死んじゃうよ。

 フィアの足元で小さめのお椀に気に入った料理を取ってもらったユイが席に戻りたそうにしている。

 「フィア、ユイがお腹を空かせているよ。この皿は俺が持っていくから一つかふたつ、皿を持ってユイを連れて戻って。」

 「はい、ありがとうございます。」

 がっつりした系を盛り上げた皿を持ってユイを連れてテーブルに帰っていった。

 他の連中にも手伝ってもらわないと、これは食べきれないな。

 そんな皿たちを5皿ほど両手に乗せて先ずはとテーブルへ置きに戻った。

 とって返してもう一度ビュッフェへと赴き、中国粥やツユと卵の黄身が美味しそうに乗った饂飩うどんなどを小椀に取り、子供たち用とした。

 ユイは一歳半を過ぎており色々な食べ物にも興味がある。睦月も一歳を控えて、そろそろ離乳食の時期だし、クレイオとカーリオはまだおっぱいだけで十分なのだが、お姉ちゃんたちの食べる物にすこぶる興味がある。

 家族だけでもかなりカオスな事になっているのだが、その向こうの世界は更に数段カオスな事になっていた。

 ハルシゲさんやイクオ君の前に、ビュッフェにあった皿がそのままやって来ているのだ。

 辛い物、熱い物、味の濃い物や揚げた物などが皿ごと来ていて、しかも大半が消えてしまっている。

 女性陣もその山を見事に切り崩しており、どうなっても知らないからね。と、思わずにはいられなかった。

 俺の膝の上を最近独占状態にしているユイが椀に取ってきたチャーハンと唐揚げをほおばっているが、「パパのがいいねぇ。」なんて言いながら蓮華を上手に使ってモグモグしている。

 睦月も俺の隣で如月に口へと入れられているビーフシチューを食べながら「パパの、パパの!」と俺の作る物をリクエストしてくれている。

 クレイオとカーリオは文句も言わずにうどんを味わっている。

 俺が一本ずつ絡めて、丸めて二人の口へと運んでいるのだ。

 はたから見ると俺の周りに幼児が集まり、その母親たちが食事をさせているように見える(事実だが。)ために、周囲の旅行者や湯治客には随分と微笑ましいようにも妻たちをはべらすお金持ちのようにも見えるらしく、笑いながら見て行く人たちと奇異なものを見るように見守る人たちが居るように俺の目には映った。

 それでどうすると言うモノでもないが、子供たちと妻たちが満足そうにしているんだからどうでも良かった。

 「ヤマノベ公爵殿ではありませんか?」

 思わぬ声にこちらも驚いてしまったが、周辺の人達の驚き方の方がエライことになってしまった。

 ざわつきが一瞬で静寂に包まれ、臣下の礼を取る者やうやうやしく頭を下げる者などが相次いてしまい、思いもしなかった貴族が居たことに動揺を隠せなくなっている。

 余計なことをしてくれたのは誰だ?と声を掛けられた方を見ると大きなお腹が目立つ浴衣が似合いすぎる体形のおっさんがビックリした表情を見せている。

 どこかで見た顔・・・思い出そうとしても出てこないのだが、フィアがこの場を解決してくれた。

 「カール=アウグスト伯爵様ではないですか。珍しいところでお会いしますね。」

 ああ!そうそう、叙任された時に会食のパーティーで最初に来られた人だ。そのお腹は忘れられない。

 「アウグスト伯爵様、伯爵様も湯を頂きに?」

 火照った頬をテカらせながら近づいてきた。

 代わりに周辺の客たちは随分と距離を取ったようで、公爵やら伯爵やらには近づきたくないようだ。

 妻たちは心得たもので、娘たちを抱きながら伯爵にも敬意を示している。

 スタッフたちも一時箸を休め、失礼がないようにしてくれていた。

 「はい、公爵様もでしょうか。私、全国の湯に興味がございましてな、こうして自ら出向いて湯につかり、それぞれの良さを味わってみるのが無類の楽しみでございまして。」

 「良いご趣味ではありませんか。湯を確かめて歩くなど、高尚なご趣味でしょう。」

 自分の趣味が認められ、ご満悦と言う表情だ。

 「ご家族の団欒を乱してしまい、申し訳ないことです。私どもも端の方で楽しんでおります故、挨拶だけはと参っただけでございます。陛下よりも旅の途中と伺っておりますので、お邪魔は致しますまい。それではお互い良い旅をしたいものです。」

 気さくな伯爵はそれだけ言うと、あっさりと自分たちのテーブルへと戻っていった。

 それからまた、俺たちの食事が再開されたのだが、「あのお方が」とか、「ヤマノベ公爵様。聞いたことがある。」とか、「噂通りに美しい奥方様たちだ。」とか。

 小さな声でささやかれる俺たちへの感想がまる聞こえとなって、俺の箸を止めてしまった。嫁たちはそんなことも気にならないらしく、娘たちの世話を焼きながら食事を楽しんでいる。

 娘たちもまた、俺に群がり始め、ユイと睦月が俺の膝を争っている。

 二人をまとめて抱き上げて、膝に装着し、それぞれの食事を口へと運んでやると納得したのか、二人で俺の膝をシェアし始めた。

 カーリオとクレイオも両側が空いたのを目ざとく確認し、くっ付いてくる。

 そして母親でなく、俺からの給仕を求めてくるのだ。

 また、幼女まみれになり、忙しく食事を与えていると、年配の女性が近づいてきた。

 「あのう、ヤマノベ公爵様でいらっしゃいますの?」

 上品ないでたちで、浴衣ではなくナイトドレスのような正装をしている。

 「はい、私がヤマノベ家の当主ですが、どういったご用件でしょう。」

 「申し上げます。このまま西へとお進みであるならアイチ、ダイハン辺りはお気を付けあそばした方がよろしいでしょう。」

 あの辺りは先の騒動で大分当主の入れ替わった領地があるからか、恨みを持つものも多いのかもしれない。

 「ご忠告を頂き、感謝いたします。クノエまで参りますので、避けては通れません。ですが、ご婦人のお話を肝に忘れずに注意いたします。

 ですが、どうして?」

 忠告をくれるのはとてもありがたい。

 しかし、俺たちがその公爵だと知って、あえて忠告してくれるというこのご婦人はどなたなのだろうか?

 「私の家もこの度の騒動で廃嫡された男爵家だったのです。いえ、公爵様を恨むなど大それたことは考えておりません。自分たちが知る責任を放棄して正しいこととそうでないことの区別もできなくなっておりましたのですから、それは仕方のないこと。

 ですが、そう割り切ることのできない者もいるのです。それを忘れることなく、お気を付けいただきたいのです。

 こちらにいらっしゃる奥方様たちやご息女の皆さまに害が及ばないように、辛い思いをなさることがないように計らってあげていただきたいのです。

 出過ぎたこととは十分承知しておりますが、年寄りの戯言たわごとと笑ってくださればよろしいのです。」

 そう言って、この女性は深く頭を下げられた。

 俺は膝からユイと睦月を下ろし、自分が席を立ってそこに座らせた。

 そして女性の前に移動して、臣下の礼を取る。

 驚いた表情の女性の手を取り、自分の気持ちを告げた。

 「お心遣いを感謝いたします。思いもよらないことになり、さぞや遺憾の意を覚えられたことと思います。私どもの行動によって悲しい思いをされた方々がいらっしゃったことも承知しています。

 辛い目に遭われた方がいらっしゃったことも承知しております。しかしながらこの国に暮らす全ての人が国のためを思い、自分たちの苦労をした対価の中から僅かとは言えど税を治められた限りはそれが無駄になることがあってはならないのも事実。

 全ての人が等しく負った義務を完遂したなら、全ての人達に対してより良い明日を迎えるために陛下を始め、その責を負うモノは幸福を提供する努力を怠ってはならないのです。

 一握りの貴族が甘言に塗れ、努力を怠れば規範を失った国民は何を信じればよいのでしょうね。

 そうしたことを忘れるわけにはいきませんからこそ、申し訳ないことをしたかも知れませんが、どうかご容赦を頂きたいのです。許していただけますでしょうか。」

 周囲が静まり返っている。

 大層やり難いが、ここまでしてしまったからにはもう止められはしない。

 妻たちも娘たちでさえ、俺のやっていることを黙ってみている。

 ご婦人は、もう一度浅く礼をされ、腰を下ろされた。

 「ヤマノベ公爵様、その様なお言葉は失敗を犯した者たちには必要のないことです。私たちは反省こそすれ、全ての人達に頭を下げて回らねばならぬはずなのです。

 ですが、陛下は廃嫡で十分と申され、ご容赦を賜ったのです。公爵様がこのようなことをされますとまた、叛意を持つ者が現れないとは限りませんでしょう?

 そのような者は捨て置けばいいのです。ただ、そう割り切れていない者も居るという事を知っていただきたかったのです。

 過分な解釈をしていただけ、感謝します。しかし、お気を付けくださることは努々ゆめゆめお忘れなきようにお願いを申し上げます。」

 そう述べたご婦人は、ユイたちに微笑んでから会場を出て行かれた。

 アウグスト伯爵も何事かと家令を伴って駆けだそうとしていたらしいが、一部始終を見て大きく息を吐いておられた。

 俺も立ち上がり、伯爵に会釈を返す。伯爵はそれで十分とばかりに片手を上げられ、席へと戻って下さった。

 パラパラと拍手が起こり、そのうちそれが大きなうねりとなって会場を埋め尽くした。

 たくさんの人が俺の元へとやって来て、こうべを下げる者や握手を求める者が相次いだ。

 最近の貴族は信じられると、ありがたい言葉を貰え、ホールが賑やかな雰囲気になった。

 もう少し食事を進め、娘たちがお腹一杯になったところで俺たちも部屋へと引き上げたのだが、去り際に多くの人達が声を掛けてくれた。

 選挙にでも出るのだろうか?そう思わせるほどにアジった感じになってしまったが、多分全部、アウグスト伯爵の所為せいだ。

 もう、支配人やら領主やらがこちらに急いでいるという。

 そんなつもりもなかったのに、大事になっているじゃないか。

 娘四人をまとめて抱き上げ、ホールに向かって頭を下げると、静かになったホールに居た全員が臣下の礼を取ってくれた。

 俺たちがもう一度頭を下げて廊下に歩み出ると、シノブさんがなかばあきれたという表情でシゲさんに感想を述べている。

 「私たちのお館様と言うのは、本当に公爵様でいらしたのですね。国民の方々の尊敬を一身に集めるカリスマ性を初めての当たりにしました。嫌味でなく偉い人なんだとやっと気が付かされたような思いです。

 あなたもずっと、あのお方と一緒にいらしたのですね。なんだか、ちょっと羨ましく思います。」

 「シノブさんや、おめぇさんもこれからはずっと一緒じゃないか。ソウタの成長していく様をずっと見てるがいいさ。

 あいつはもっと大きな仕事をするさ。この国がもっと良くなるためのな。」

 「はい、楽しみですね。」

 本当に公爵様って、今までなんだと思ってたんでしょうか?


 そんな表情が顔に出ていたのか、フィアは微笑みながら「私には最初からソウタさんは公爵様でしたよ?」と言ってくれた。

 「私にも特別な公爵様でした。」そう、シロップも感想を述べてくれた。

 「そうね、あなたは私と出会った時にはもう、破格の公爵だったわ。安心なさいな、私たちは最初からあなたを愛していたんだから。」

 自信にあふれる如月の言葉は俺を慰めてくれる。

 「そ、そうです!私の王子様だったんですから!」

 「え!?」

 アニエスの言葉にびっくりして聞き返すと自分が言い間違えていたことに気づいたらしく、真っ赤になって慌てている。

 「ほ、ほんとうなんです!ソウタさんは私の王子様だったんですから!」

 そんな、泣きながら言わなくてもいいから。

 髪を撫でて、娘たちと一緒に抱きしめてやった。

 シノブさんは自分の言った言葉で騒ぎになっていることが可笑しいのだが、笑っちゃいけないという真剣な顔でフォローをしようとして失敗した。


 「そうです、お館様は私たちのお父さんですから!」






 俺の方が年下です。

 がっくりと項垂うなだれ、娘たちに慰めてもらいながら部屋へと引き上げて行った。

 「ち、ちがうんです!違うんですよ。そうじゃなくて仏さまみたいだって!」



 「まだ生きてます。」

 「ああ!?違うんですってば、神様みたいなんです!」

 「神様はもう、二人殺しちゃいました。スミマセン。」


 「ええ?ええええ!?」

 「シノブさんや、それ以上追い詰めないでやってくれねぇか。」

 「ち、ちがうんですってば~~~~、たすけてくださいぃぃぃ!」

 フィアとシロップと如月は大爆笑しており、アニエスは俺に絡みついてスンスン言ってる。

 娘たちは俺の腕の中で全員がオネムになってきており、シゲさんは墓穴を掘り続けるシノブさんを黙らせるのに必死だ。

 俺、本当に公爵なのかな。

もうちょっとで40,000PVなんです。

5月で一周年になります。

GWは第1話投稿からちょうど一年になりますので、たっくさんの更新を目指してみます。

本当に、ありがとうございます。

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