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Contractor with blood(血との契約者)  作者: 小西敬
ノブレス・オブリュージュの章
82/161

【第81話】買い出し専用のメイド

いつも読んでくださる皆様、ありがとうございます。

週の途中ではあります。話も途中ではありますが長すぎるので切ったところで投稿させていただきます。

 夕餉ゆうげの席でアニエスのお母さんとフィアの合作である料理の数々が披露され、フィアの料理の腕前も改めて評価された。

 俺の家族の中で誰よりも長く俺の作った料理を口に入れて、その良し悪しを舌に刻んできたフィアだからこそ自分の気に入った異世界料理に対しての思い入れもあったのだろうと思う。

 アニエスに聞いて調味液をこしらえた唐揚げと田舎仕立ての野菜と肉がふんだんに食べられる鍋を作ってくれたようだ。唐揚げはまだ秘密にしている隠し味が判っていないようだが、十分に美味しい。

 鍋も味噌を田舎仕立てにする極意が判っているようで、とっても美味しくなっていた。

 白いご飯がどれだけあっても足りないのではないかと言うほどに皆が鍋に唐揚げにと群がり、お弟子さんやなんやで40人ほどが食事の席に揃っていたのだが、全員が食べ過ぎていたようだ。

 残った鍋にうどんを入れてひと煮立ちさせ、溶いた卵を入れて絞めを作っているフィアの姿に何故だか無性に愛情が沸いてきた。

 食べてくれた人を満足させようという心意気がフィアから感じられたんだと思う。

 それが思いやりであったり、自分の立てたメニューであったり色々なことを考えているのだろうと、そう思うと愛しさと言うか何とも形容しがたい温かさに心が満たされた。

 不意に俺の方を見たフィアがボッと音がしそうなほどに真っ赤になってしまい、菜箸を落っことした。

 「ど、どうしたんだよ?」

 「ひぇ?にゃ、にゃんでもありません!」

 「シロップちゃん、如月ちゃん、フィアちゃんとソウタさんが見つめ合ってます!私たちも参加しなければいけません。」

 意味が分からないが、何かアニエスには譲れないモノがあったのかもしれない。

 全員が正面に回って俺と見つめ合おうとするのが何だかもう、おかしくなってしまい腹から笑ってしまったのだが、アニエスにすごい怒られてしまった。

 さっきは神国を背負う公爵とお父様やお母様に言っていただいたにもかかわらず、そんな公爵は妻たちにぼろ糞に叱られて、「あらあら?」と言うお母様に呆れられてしまった。

 お父様も俺と一緒に馬鹿笑いしてしまったせいか、アニエスとシロップと如月に正座させられて俺と一緒に叱られている。

 俺にはそれさえも幸せでしかなかったのだが。


 以前に寄せてもらった時にはシロップの取り調べを行った部屋に、今夜は新たに如月も加えてそれぞれの娘も増えている。

 なんだか布団が大変なことになっているわけだが、改めて見てみるとまったくいつもの風景だった。

 我が家のベットのキャパに驚きを新たにしたよ。幼子を含めて9人が毎夜に一つ所に眠るんだからね。

 今夜も二組の布団が組み合わされ、俺はその合わせ目に寝かされている。

 可愛い娘たちは敷布団の縁の方に毛布や布団にくるまって休んでおり、妻たちが俺に群がっているようなカタチだ。

 夕食の時にフィアが照れて真っ赤になり、他の嫁たちが張り合ったためにその反省会と称する裁判が行われているのである。

 「ソウタさん、そもそもなんでフィアちゃんはあんなに照れてしまったのですか?」

 さっそくアニエスから糾弾がとぶ。

 「え?それはフィアに聞いてくれた方がいいのでは?」

 「わ、わ、私の口からなんて恥ずかしくて言えません!」

 「恥ずかしい?、ちょっとアナタ。フィアちゃんに何を考えていたのよ。」

 交感。俺がその時に思ったことにフィアが素直に反応してしまう状況だったからだ。

 「どうしても言わないとダメ?」

 「アニエスちゃんも如月ちゃんも、私だって見つめ合いたかったです。」

 ちょっと意味が分からないが、言えって事なんだろうな。

 「いや、世話を焼いてくれてるフィアがあんまりにも可愛くて、その場で押し倒したいと思ったんですが、まずかったでしょうか。」

 「マズくないと思えて?」

 まさか本当にその場でそんなことをしようと思っていたわけでなない。

 「なんだか不思議なんだよ。いつもそれぞれの時にそれぞれの妻を愛しいと思うよ。如月を抱きしめる時は腕の中に納まっちゃう如月をとても愛おしく思う。

 アニエスとお話するときには夢中になって笑わせようと思うし、楽しそうにしてくれるととびきりの幸せを感じるんだ。

 シロップの笑顔を見るとあったかいお日様に体中が暖められているようなポカポカの気持ちになれるよ。

 さっきのフィアを見た時には本当に抱きたいと思ったんだ。心の底からさらけ出してそうしたいと思ったら、フィアと目が合って気まずくなったんだよな。」

 「ソウタさん、私と契約した日の晩を覚えていますか?さっきのソウタさんはあの時と全く同じように私のことを求めている感じでした。

 恥ずかしかったのは間違いないですけど、イヤな気持ではなかったんです。でも急にどうされたのでしょうか。」

 「あなた、体調が悪かったりはしないのよね?」

 「え?どこか悪いんですか!?」

 「それならそうと言ってください。」

 「え?いや、どこも悪くはないと思うけど。」

 本当に体調は悪くはない。魔力も正常に体を巡っているし、気力に変化もないと思う。

 それでもそこはかとない寂寥感のようなモノがあると思う。

 どこかで何かを忘れているような、なにか置き忘れてきたものがあったかもしれないと言う不確かな感情がシロップの家を出てから心のほんの隅っこに小さく息づいている気がするのだ。

 フィアだけは心配などしていないような表情をしており、ちょっとだけ困ったような顔をしている。

 「ソウタさん、明日はアニエスちゃんのご先祖のお墓をお参りします。その後でトウトに戻ったらトサンの私の両親のお墓も参りに行きましょう。その次にはクノエのお父さんのお墓にも行きましょうね。」

 「っ?親爺の墓!?」

 「レネゲイドさんの地理情報の中に山野辺隆之さんのお墓も記録されています。本当に優しいソウタさんですから、私たちのことはいつも無条件に心を傾けてくれていますが、こちらの世界にもソウタさんと血のつながりのある方はいらしたのですよ?」

 このモヤモヤとした寂寥感は孤独感だったというのか?フィアと契約し、シロップとアニエスを受け入れ、如月に認めてもらったというのに?

 「ソウタさんの魂はどこからやって来たのでしょう、ソウタさんは言いましたよね。先祖を想う気持ちは宗教ではないと。その気持ちは大事なものだと。

 そうであればソウタさんを産み、育ててくださったお父様は今は寂しくしていらっしゃるのではないでしょうか。ソウタさんの魂の出てきた場所ですよ?」

 ああ、そうかもしれない。

 フィアに言われたことが身に染みる。

 自分がやってきた場所。それは母のお腹の中からであり、父のくれた意志を抱いて出てきたんだった。

 「私の体の血、半分以上はソウタさんの血と入れ替わっています。義理のお父さんと言ういい方だけでは済まされないほどに私にとっても近い人なんですから、手を合わせておきたいです。」

 「良いお話ね。でも、ソウタさんと他人じゃないのはフィアちゃんだけじゃないのよ?私たちだって、義理のお父さんが会えるところにいらっしゃるならご挨拶したいわ。」

 みんなで?馬車旅となると往復で約三か月。そんなにトウトを空けていい物だろうか。

 「如月の言うとおりだな。わかったよ、みんなで行こう。ただし、トウトに戻って陛下にお話してみてからだよ。」


 翌日にアニエスのご先祖の墓を全員で訪ね、墓前に手を合わせてわかったことだが人は一人で生きているんじゃないという事。

 血脈と言うモノが自分の基礎となる部分を形作っていて、無意識に学び取った何かを規範にしてどおりを貫いているのかもしれないと。


 「結構なことではないですか。行ってらっしゃるといいでしょう。」

 「は?よろしいので?往復で三か月ほど掛かろうかと思いますが。」

 陛下は心に引っ掛かりがあるうちは真に満足できる仕事はできませんと、こう仰るわけだ。お蔭で長い旅の間、屋敷を空けることになるのだが、そこは名乗り出てくれたユンカーさんにお任せすることになった。

 良く気のまわる人だし、我が家には元々最も多くいらっしゃる人だけにお任せするにしても一番安心できるお人だ。

 でもなんでウチばかり気に掛けてくれるのだろうね?

 シロップとアニエスは「そりゃぁね。」としか言わないのだが、その理由を知っているらしい。フィアと如月はそれを聞いてキャァキャアと高校生のように騒いでいるが、決して俺には教えようとしない。

 気分が悪いということは無いが、「お館様にはね。」としか教えてくれないのだ。

 シロップに「進展があったらお教えします。」とヒントを貰ったが、春めいた話であるならそっとしておくことにしようじゃないか。


 陛下からの許可を貰ってから一週間ほどの間は準備に大忙しだった。

 クノエに行くのだから家令の皆さまにとっても久しぶりの里帰りとなる訳だし、親類縁者への土産などもあるだろう。

 俺たちの場合はせいぜい土産といってもクレハさんくらいしか思いつかない。

 シシオさんご夫妻はエイゾに居るわけだし、ゴーランド殿とナノハさん他のお世話になった皆さんにもトウトだけでなく、道中で各地の土産物を見繕っていけば喜ばれるだろうか。

 そんな話もしつつ、着るモノや身の回りの物を充実させていく日々が続いた。

 マーケットではいつもの女の子に馬の世話を任せ、生鮮食料品や保存のききそうな乾物に缶詰や冷凍ものなどを山ほど買い込んだ。

 フィアがまたペンの替えインクとメモ帳を購入する。他のみんなもそれぞれに娯楽品や趣味の品。嗜好品などを選び、子供たちに必要な日用品もかなりの量を買う事になった。

 俺?紅茶を買ったよ。三か月分と思うとみんなも飲むだろうし、棚にあった分を全部籠に入れた。エンジニアに好評なコーヒーも焙煎済みの豆を挽いてもらい、ドリップ用のフィルターと合わせてかなりの量を購入した。

 コーヒーは如月も好んで飲むし、シロップはコーヒー牛乳にして楽しんでいる。

 アニエスはミルクティーの方がお好みらしく、俺と一緒に紅茶を淹れて、ミルクを垂らすのを至福の喜びだと教えてくれた。

 国貴族への食材の供給元となっているこのマーケットで入手できる乳製品はトウトの周辺で育成されている乳牛から採取されたフレッシュな牛乳を様々に加工しており、ミルクティーに使用するポーションも搾乳してから一日と置かずに作られたものだ。

 それを俺の次元断層に保管することによって、出来立ての生乳をそのままに利用できるのだった。

 バターもチーズも新鮮さと熟成具合をベストな状態で仕入れているのでそれを保管すれば、使うときがいつでも最高の状態になる。

 旅団メンバーはこうした俺の次元断層を完全に保管庫として利用してくれているので、いつかの例えを引用すれば、体育館の半分は生鮮食料品で埋まっているようなモノだ。

 エンシェントドラゴンの精肉なんかも同じ場所にあるんだがな。


 妻たちが手分けした結果、カート5台に山と積まれた様々な旅の必需品などが別会計のキャッシャーにたどり着き、マーケットの店員さんたちが悪戦苦闘して精算をすましてくれた。

 俺は伝票にサインをしてお終いとなり、カートの中身を取り敢えず次元断層に放り込んだ。毎度のことながら、その出鱈目ぶりに店長さんが溜息をつき、レジを叩いていた店員さん方にはとても喜ばれた。

 掛売のキャッシャーを叩いた後から品物が消えてなくなるのだから、袋詰めもいらずカートに戻す手間もない。そりゃぁ、楽だろうさ。


 マーケットを出る俺たちが手ぶらの時はよほど大量に買い物をしたのだと馬の世話をする子供たちにもすでに伝わっており、鳶色の髪の少女も「お疲れさまでした。」と労いの言葉をくれる。

 「ああ、いつもありがとうな。しばらく旅に出ることになってな、申し訳ないが留守にするよ。」

 「ええ!?困ります。」

 困ります?

 「ああ、公爵様になんてことを。申し訳ございません、大変勝手なことを申し上げてしまいましてすみません。」

 「いや、失礼なんてないからいいんだが、どうして困るんだろう?」

 困惑した表情を見せる女の子に尋ねると、とても言いにくいことなのかなかなか話してくれないようだ。

 フィアが、事情を聞きだそうと膝を折って鳶色の少女に視線を合わせる。

 「ねぇ?聞かせてくれれば、この公爵様の場合はたぶんその困りごとを解決してくれますよ?」

 「え?いえ、でも、こんな恥ずかしい話をお聞かせして、次から馬車の世話をさせてもらえなくなったら私困りますし・・・」

 それでも言いよどむ彼女に如月も肩をポンと叩いて安請け合いする。

 「心配なんてするだけ無駄よ。私たちがあなたにお願いすると言ったらこの公爵は絶対に断らないわ。だから安心して頂戴、私たちの馬車はあなた以外には任せられないのよ。」

 「あ、ありがとうございます。」

 それでも言いにくいことなのだろう、恥ずかしそうにも見えるし、悲しそうにも見える。

 「私、兄弟姉妹がたくさんいるんです。まだ小さいのもいて両親の稼ぎだけじゃとても食べていけないんです。公爵様の馬車をお世話するのはとてもいい稼ぎになってて、長くいらっしゃらないとなるとどうやって暮らしたらいいのか判らなくて。」

 「あなた、今幾つなの?」

 真面目な表情でアニエスが少女に問いかける。

 「14歳です。でも、それが何か?」

 「ソウタさん、この子を私たちの屋敷で雇っていただけませんか。買い出しは私たちがクノエに行っている間にも当たり前にしなきゃいけません。礼儀作法はアンニさんにお手伝いしていただかなければいけませんが、買い物に関しては多分任せても大丈夫でしょう。

 いつも私たちが買い物をして馬車に乗せているのを見ていますから。

 長く留守にするのは私たちの都合ですが、その間にこの子がお金に困って娼館などに行かれますと帰ってきてからこちらが困ります。」

 「そうですよ、今度来た時に彼女が居ないと誰に馬車をお任せするのでしょうか。またケンカが始まっちゃいますよ?」

 それは確かに良くない。

 でも、そんな理由で彼女のような身の上の子供たちを雇い入れていたら我が家はすぐにも溢れかえってしまうのではないだろうか?

 そのトドメはフィアによってもたらされた。

 「いいでしょう、この子のお尻は安産型です。きっとソウタさんの子供をたくさん産んでくれるでしょう。」

 「ま、まて、まてまて!フィア、何を言ってるんだよ!?」

 「は?何かおかしなことを言いましたか?」

 鳶色の髪の少女はすでに真っ赤になっており、可哀想なほどに見える。

 フィアの爆弾発言のどの部分で赤面したかは判らないが、14歳の少女に聞かせていい話を斜め上にぶっ飛ばしていたと思うぞ。

 「アリエッタちゃんもそうですが、彼女たちを身近に置いて大勢の女性たちを幸せにするのはソウタさんの居なくなった後にもヤマノベ家を反映させるためにとてもいいことだと思うのです。

 シロップちゃんもアニエスちゃんも私もソウタさんとそう違わない寿命しかありません。でも、如月ちゃんはそれよりももっと、もっと長くヤマノベ家を守っていってくれるのではありませんか?その時々に如月ちゃんの良く知る子たちが居てくれれば、ソウタさんが思う遺志を持った家族が続いていってくれると思うんです。

 ソウタさんがたくさんのお嫁さんを作るのが嫌だっていうのは十分わかっていますが、陛下の意思を継いだ皇太子さまとユイが作っていく世界をどんな人たちが支えて行くのがいいと思いますか?」

 理詰めで問われると、すごく反論しづらい。

 単にハーレムを作るのが嫌なだけであって、ユイが世界を担っていくときにその手伝いをしたくないわけじゃないし、手伝う準備をしないのは確かに手抜かりかもしれない。

 大きなため息を吐いて、他の嫁たちを伺い見るとこれがまた、全員がいい表情で頷いて見せるのだ。

 「判ったよ。そう言う考えでならば、反対する方がユイにとっても良くはないな。君の名は?」

 「ひゃ?わ、私ですか?、私はアスナと言います。そ、そ、それで私はどうしたら??」

 「今日は今まで通りでいいよ。明日、ご両親にご挨拶に伺うから、住んでるところを教えてもらってもいいかな?」

 ビックリした顔のままシロップに自分の住まいを説明している。

 その表情を見る限り、うちに勤めること自身は嫌ではないようだ。

 「じゃぁ、アスナちゃん。明日からは我が家のメイド見習いという事になるんでね、ご両親によく話をしておいてね。」

 「は、はい!よろしくお願いします。」

 ブンと、下げられた頭は編んだ鳶色の髪も元気に振り下ろされ、俺の顔をはたく。

 「はぅ!ご、ごめんなさい!!」

 もう一度俺の顔をはたいて、妻たちから爆笑を買っていた。

 「あ、あははは、あなた、いいわね!気に入ったわ。」

 「そこまで出来る子は今までいなかったわ。」

 「私ももうちょっと長くなればソウタさんをぺしぺし出来るんだけどな。」

 「アニエスちゃん、私と一緒に銀のむち作戦です。」

 アニエス、フィア、訳の分かんない作戦はやめてくれ!

 「す、すみませんんんん!」

 泣きそうな顔で謝り続けるアスナと言う少女に、笑顔で答えて今日のところは解散となった。


 事の次第は妻たちからアンニさんに伝えられることになり、アンニさんは買い出し専属のメイドを雇い入れることを了承してくれた。

 その会談の途中で留守の間の我が家のことで、食材調達はキョウコさんかアリスさんとアスナで済ますように伝え、困ったことについてはユンカーさんに相談するように話をまとめたのだが、その段になってアンニさんの様子が変わった。

 ユンカーさんに相談するように言うと「は、はは、はい!」と言う。

 ユンカーさんに助力を求めるように言うと「も、も、もももももちろんです。」と言う。

 シロップとアニエスが可笑しくてたまらないという表情をする段に至っては朴念仁ではないと思う俺にも事情が分かり始める。

 「何でしたら、ユンカーさんにここに住み込んでいただきましょうか?」

 そうカマを掛けたら大変なことになってしまった。

 「だ!ダメです!!お館様のいらっしゃらないお屋敷に、その様な事をすれば誰が止めるというのですか!!!!」

 「止めるのですか?」

 「そうです!・・・いえ、そうではありません、いえ、し、知りません!!!」

 35歳が決して大人びているという訳ではないが、こんなに可愛いモノかとは思ってしまうだろう。

 俺たちはアンニさんにすごい叱られ、シロップとアニエスは涙目になっていた。

 核心に至った俺はおかしくて笑いが止まらなかったが。


 翌日、朝から妻たちは綺麗な衣装を用意し、貴族然とした雰囲気を醸し出している。

 俺もそれなりの衣装を着させられ、いっぱしの公爵様のような姿かたちになっているよ。

 そして向かう先はアスナと言う少女の暮らすうらびれた長屋の一軒。

 普段からネコしか往来しないような長屋の小路に道幅一杯の馬車が無理やりにねじ込んできたようにも見えるが、ウィングと旦那は何でもないと言った風にアスナのうちの正面に横付けして見せた。

 妻たちが先に馬車から降りて両脇に二人ずつ並ぶ。

 その中央に俺が降り立てば、演出も完ぺきと言う物だ。アスナの家の玄関を叩くと、表でそのようなワザとらしい演出が催されていたとは知りもしなかったのか、母親だろう女性が引き戸を開いて驚愕の表情を浮かべていた。

 「かはぁ!?ど、どちらさまで?」

 「神国公爵のヤマノベと申します。本日はこちらにお住いのアスナさんを頂きに参りました。すでにお聞き及びのこととは思いますが、ご挨拶までにと。」

 馬車に塗られた漆の艶がこれでもかと光を反射し、ただならぬ身分である。そう告げていた。

 「ほ、本当のことでございましたか?わたくしども、娘の世迷言と思っておりましたので何の準備もしてございません。

 平に、ひらにご容赦下さいまし。」

 シロップの実家ではないがやはりこのような話はなかなか信じてもらえないらしい。

 俺が胸から取り出した冒険者カードに燦然と輝くメダル。ミスリルの輝き、分厚い身分を明らかにするための重量感。

 それらすべてをの当たりにした母親にとって、見てはならないモノを見てしまったという後悔の念が浮かぶような表情は、俺にとっては可笑しみしかない。

 「では、改めまして。アスナさんは私の屋敷でお勤めいただくこととしましたので、可能な限り速やかに屋敷に寄こしてくださいますか?

 覚えることもたくさんあります。有能なメイド長が直々に育成をしますので、どこに出してもおかしくないメイドとなることでしょう。

 ところで、旦那さんはご在宅ですか?」

 「は?はい、ご在宅です。」

 おおう?相当に来てますな。

 「それではご挨拶をさせていただきましょうか。」

 「ええ、ご挨拶をさせてやりましょうか?」

 「ぷっ!?」

 笑うところじゃないぞ、アニエス。

 シロップが泣いているのは笑い出すのを我慢しているからだろう?フィア、頼むから泣きださないでくれよ。

 如月、頼むから自分の袖を噛み締めながらフィアの尻をつねるのは俺の視界の外でやってくれないか?

 「それでは失礼しまして。」

 そう言い置いて俺は引き戸を潜る。

 土間に平伏している男性がおり、上がりかまちにはアスナが頭を下げていた。

 「ヤマノベ公爵様、わざわざ私のためにこのようなところまでお越しくださいまして誠にありがとうございます。

 ここにおりますのは私の父でございます。母が大変なご無礼を申し上げましたこと、深くお詫び申し上げます。」

 そう言いながら、アスナはウィンクをくれて舌を出して見せた。

 この家の誰よりも肝が据わっていると言えるね。

 俺もウィンクを返してやると、アスナはいい笑顔で微笑んでくれたのだ。

 「アスナさんのお父様、初めてお目にかかります。神国公爵のソウタ=ヤマノベと申します。以後、お見知りおきをくださいますように。」

 俺の挨拶とともに、地面に額を擦り付けるようにし、本当に砂のついた額を恐る恐るに上げて、様子を確かめているようだ。

 「アスナ、この様子だとちゃんと話が伝わっていないのではないのか?」

 「で、ですが、公爵様。このような降ってわいたような話は私たちのような者にはそう簡単に信じられるものではないのです。私が勤める先が決まっただけでも大騒ぎですのに、その先がこの国で一番有名なヤマノベ公爵のお屋敷なんですよ?誰に話しても信じてなんて貰えるわけないじゃないですか!?」

 そ、そうだったんだ?そんなに大層なことだとは知らなかったよ。

 「しかし、私はこうしてここまで来たんでな、手ぶらで帰るわけにはいかないのだよ。半刻で準備を整えられるかい?」

 「八半刻(15分)も必要ございません。いつも公爵様がご覧になっているこの衣装のほかには肌着が少しあるばかりでございます。

 粗茶も差し上げることができませんが、お待ちいただけますでしょうか。」

 「ああ、そのぐらいどうと言うこともないよ。ゆっくり準備しておいで。」

 引き戸の外側で俺たちの会話を聞いていた母親と土間で相変わらず土下座を続ける父親を他所にアスナは身支度を整え、奥に隠れるようにしている兄弟たちに別れを告げているようだ。

 ふすまや引き戸の奥に隠れるようにしている兄弟は視界に入るだけで8人。他に居るのかもしれないが、十分な子だくさんだ。

 「お父様、こちらがアスナさんの支度金です。これと同額が毎月アスナさんにお支払いする給金となります。」

 そう言い、無理矢理に土下座をやめさせて銀貨や大銅貨のしこたま詰め込まれた革袋を手渡してやる。

 「こ、こんなにですか。」

 中を検めさせて、目を剥いた父親に釘を刺す。

 「このお金はこれからアスナさんが働いて稼ぐお金です。彼女がこれから真面目に働いてくれれば毎月これだけの稼ぎになりますが、どれだけの仕送りが出来るかは判りませんよ。

 仲間との付き合いもあれば自分のしたいこともあるでしょう。それらを差し引いてご両親や兄弟のために仕送りをするのかもしれませんが、それをてにするようではいけません。しかし、兄弟が健やかに暮らせるように采配するのは良いことかもしれませんね。

 しっかりと身を立て、どなたも幸せになれるようにしてください。

 アスナさんは基本的にはもう、こちらには戻ってこれませんので無心するような便りなども送らないこと。それが判った際には罪科つみとがに問われるものと思って於いていただきましょう。

 よろしいですね?」

 実は昨日から既に調べをつけており、この父親が働きもせずに賭け事に興じていることは掴んでいる。その賭場についてもすでに手配が済んでおり、今はもう摘発の最中だろう。

 もともと神国での賭け事、娯楽の類は毎月行われる国主催の「富くじ」しか許されていないのだ。発布されるくじ券を月初に購入し、月末に発表される当選番号によって一獲千金を夢見るわけだ。

 収益金は孤児や浮浪者の救済に使われており、学校設備の拡張や就業支援設備の拡大に使用されている。

 当選者への払戻金についても税が掛けられ、僅かではあるが寄付金として同じ用途に賄われている。

 よりハイリスク、ハイリターンを求めるような輩がアングラで賭け事を行っており、摘発する後から賭博場が出来上がる始末だ。俺も相当数の胴元をこの世から消して回っているがすべてに目が届くわけではない。

 そうした胴元の主催する賭博場に入り浸っているのがアスナの父親という訳である。

 大工仕事に精を出していた間は余興の一つとも取れなくはなかったのだが、アスナが俺たちの馬車を一手に引き受けるようになってからはアスナの収入が大した額になったことから、賭け事に入れ込み出したらしいのだ。

 それらをわずか数時間のうちに調べ上げるトウトの審査機関の実力には恐れ入るばかりである。

 そして俺たちが取った行動がその様な遊興費を助長させるだけだったという事にも少しばかりの後悔がある。

 誰に言われたという訳ではないが、「出る杭は打たれる」と言う言葉を自分の身に刻み込む切欠にもなったものだった。

つづきも近いうちにとお約束しまして、次を進めさせていただきます。

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