【第76話】熾火(おきび)
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「フィア、ユイを離すなよ!?」
「もちろんです。2時の方向距離12,000m、バスターランチャーエネルギー充填します。」
「頼む!」
「マスター、標的が小さすぎます。焦点を拡散した方がよろしいかと。」
「おう、任せる。」
「ソウタさん、発射します。」
フィアが片手で握り込むグリップのトリガーが引かれ、バスターランチャーが咆哮を上げる。
甘い収束をワザと発生させ、ピンポイントでの射撃で直径が500mmほどに絞られているレーザーの纏まりをわざわざ甘くして直進する光線の束を20mくらいに広げた。
射線から逃げ惑う標的はイピリアというトカゲの仲間だ。
神話の時代には体長が3mを越えるようなオオトカゲであり、雨期を司る神格化した魔獣だったのだが、この世ではただ豪雨をもたらす魔法を行使する害獣に成り下がっている。
堕落を辿った神獣は身の丈に合った容姿になり、フサフサとした頭髪にモジャモジャの髭を蓄えたなんとも珍妙な体長300mmほどのデカいヤモリと言った風情だ。
厄介なのは繁殖した挙句の大発生で、数十万匹と言う規模で現れ、一つの都市を洪水に飲み込む諸悪の根源とされている。
実際に、俺たちがやって来ているチーバーという房総半島に当たる国でこの寒い時期に大量発生したイピリアによって水害が各地に発生しているのだ。
これを請けた陛下の采配により、俺がトウトの隣のチーバーまで来てヤモリ退治をしているわけだ。
現地に到着した俺たちが最初に見た物は海岸線から平野を埋め尽くすように蔓延るヤモリの大群だったのだ。
フィアは「うげぇ」とか聞きたくない嘆息を漏らし、ユイはキャッキャとその光景に喜んでいる。
地域の住民の避難は完了しているものの、ここをバスターランチャーで焼き払うのは人道的にどうなのか?と言う思いだ。
しかし、このヤモリが発生してしまうと現地は雨期が明けなくなり、水害で農作物の被害や洪水による人的被害も馬鹿にならなくなると言う。
俺の知り得なかった災害なのだが、聞いて、見てしまうとただごとでないことが判る。
アニエスが出産し、当面の出産ラッシュは終息した。
それから3週間も過ぎ、アニエスの娘であるクレイオもアニエスのおっぱいをたくさん飲んでくれるようになったころに陛下とお妃様の間にもうけられた王子を見舞いに行くことにした。
アマーリエ様を慰めることと、お二人に祝いの品を献上するのが目的なのだが、その実は互いの家族の顔合わせを行い、今後の交流を更に深めることが最大の目的でもある。
どのような体裁を取り繕ってみたところで、陛下とお妃様の間に生まれた男児は国を背負っていくお立場にあり、先に結んだ口約束によって俺とフィアの娘であるユイの婿となるのだ。
陛下もお妃様に子が生まれた当日のうちにお子が皇太子であることと、その将来にはユイを嫁として迎え入れることを公言なさった。それはその他の大身である公爵家や伯爵、侯爵と言った輩が権勢を巡って将来の嫁入り騒動を回避する目的があったのと、ユイがサキュバスであるために次の世代には婿を迎えるしかないこと。
その準備のためにふさわしい情操教育を受けた婿が育成される環境を今のうちに整えよという、広義での忠告でもあったのだ。
御位に、あぐらをかいたようなボンクラは必要ないという意味にしか取れない。
次世代での皇族入りを諦めた貴族たちは自身の領地、或いは屋敷の中に学者肌であったり武技に優れた者であったりと言う各界の資質に優れた者たちを囲い込むようになった。
この時点でヤマノベ家に対して風当たりが強くならなかったのは単衣に陛下の配慮の賜である。
自身の後任を皇太子に譲ることを明言された上で、ユイを妃としたことを決めたものの、俺に対しては恩義に報いるために約束したことであって、俺を重用することは無いと広く知らしめたことに寄る。
俺と俺の妻たちが特別な地位を保証されたり、今後重責に就いて治世に口を出すようなことがないことや、更なる権限の委譲は起こりえないと言ってくださったことで火種とならずに済んでいるのだ。
もちろん、俺の望んでいたことでもあるので異議を唱えるわけもない。
これによって陛下の最初のお子の嫁がユイであることが認知され、この二人が神国を担っていくことも周知の事実となった。
以前であれば、今後に至ってはユイの命を狙うような者が現れて然りなのだが、今現在ではそのような者は居なかった。
ささやかにその次こそはと画策することが今の世の貴族たちの関心ごとになっていた。
もっとも、ユイに何かあるようではその責を負うべき貴族家は国ごと消滅するだろうことが判り切っているからこそでもあるが。
それについては自重も反省もしていない。
俺の家族に害を成そうなどと思うだけで万死に値するというより、塵さえも残さない。と、俺が度々公言するものだからその実情が容易に想像できるからこそ陛下の言葉もすんなりと受け入れられ、相乗効果を高めているのだ。
陛下のお子はゲオルクと名付けられ、ゲオルク・フォン・ベートマン・ホルヴェーク皇太子殿下となった。
その許婚はユイ=ヤマノベ公爵息女であることも決まり、一応の平穏を見ることになった。
そうした諸々の諸事情が解決される頃にチーバーの領主から非常事態宣言が発表され、これを請けた陛下の命により俺たちが動員されたという訳だ。
訪れた先は先ほど述べたようにヤモリに埋め尽くされ、天から降り注ぐ止まない豪雨に田畑が流されそうになっており、瞬時の判断さえ命取りになりそうな逼迫した現状となっている。
最初の一撃は家屋に留意しトリガーを引いたのだが、それによる費用対効果が悪く、いつまで経ってもその勢力を殺ぐことができなかったのだ。
陛下はこうなることを知っていらしたのだろう。「全てを焼き払うがよい。」と。
個人の預金や蓄財を保証して回復を保証することにより殲滅戦に免罪符を与えられたのだった。
その次からのバスターランチャーはその射線上の全てを燃やし尽くし、吹き飛ばし尽した。
狙う相手が小さすぎて多少の薙ぎ払いや範囲攻撃では数が減らないのだ。
それまでに築いてきたであろう生活の拠点を俺たちが焼き払った。マイナス仰角で打ち出されるバスターランチャーは地面を抉り飛ばし、田畑をガラス結晶化させ、超高温のマグマと化す。膨大なエネルギーがヤモリもろともに地面を、家屋を、人工物を溶かし尽し、焼き払い、丘陵や河川と言う自然由来の地形さえもクレーターに変えて行った。
何と単純なのだろうかと。
無かった事にするのはあまりにも簡単で、無責任であった。
痛みと共に俺の心には血の雨が流れたのだ。何代にもわたって開墾を続けただろう田畑や生活を便利にするために整備したはずの街道や橋梁。楽しさや辛さ、夢と希望を育んだはずの家屋。
それらすべてを俺の手で焼き払っている。
それはすべてが沸いて出たイピリアの所為だろうが、決断を下したのは陛下で、それを執行しているのは俺なのだ。
それがどのような理由で行われたことかは誰もが納得しており、住民の全てが命を長らえてその災難を回避しようとしているのだが、その手段を俺が納得していないだけなのだ。
脳が焼き切れるような腹立たしい思いが思考の海を駆け巡る。
誰がここにこいつらを寄こした?
その目的が知りたいと思わずにはいられなかった。
それぞれの領地に暮らす貴族たちは自分たちで解決が出来ないような問題に直面した際に非常事態を宣言することができるが、その際に時限的ではあるがその領地を統治する権利を陛下に移譲することになる。
これによって陛下の命による代務者が問題解決を図る際に組織を横断して裁量を振るう事ができるようになるのだ。
しかし、ともすれば地方領主が問題解決を中央に押し付け、自己弁護を図ることになるかもしれず、それを防ぐためにも安易にその権限を行使させるわけにはいかない。
そのための予防策と言うのは、約半年にわたる権限移譲を領主が是とするか否かにある。
是とする領主は問題解決後にも引き続き領地を治めるが、税収は国に没収されてその間の再起を図らなければならなくなる。日ごろから良く治め、天変地異などによる宣言であれば領地に暮らす領民も領主に協力的で半年など共に汗を流せばどれほどの時間でもない。
ところが、悪政を退いた挙句に後始末を陛下に任せることになると、その間にボトムアップされた意見箱や目安箱から数々の失態が詳らかにされ、帰る場所を失う貴族も中には居るのだ。
今回のような事例の場合には俺たちの意見を中心に領民の総意と陛下のご判断によって厚情を得られる場合も多い。
主に天災がそうした事例に揚げられる。今回のヤモリの集団もこのような特例に依るモノと思っていたのだが、俺たちは見てしまった。
焼き払う家屋の中にひときわ大きな鳥居を持ち、何某かの神を祀る社を見つけ、ご神体だけでも救う事が出来ないものかと気を利かせたつもりの行動だったのだが、その社の中にあった物は、年端もいかぬような少女を贄として不遇を呼び込もうとする呪いの痕跡だったのだ。
年のころで15歳にも満たない幼い幼女の白装束に、痛々し気な短剣が胸の真ん中に突き立っていたのだ。ヤモリどもの怒りを治めるための供物だったのか、ヤモリどもを呼び込むための呪術的な贄だったのかは判らない。
しかし、俺の心は血の気を失った幼い少女の真っ白な顔を見て、引き千切られる寸前の状態であった。
「そんな?なんでこんなことに。」
両手で口元を覆うようにし、信じられないという表情をしたフィアと、痛ましいその子を想ってか泣き叫ぶユイにも苦しげな表情が浮かぶ。
「ちきしょう!なんでこんなことまでしなきゃいけないんだよ。神なんて信じるからこんなことになるんだろうが!?」
激高する心の昂ぶりのままに絞り出す声は自分でも悪魔的な響だと思った。
最後の一匹を仕留め、周辺を探るが全てのヤモリは焼き尽くせたようだ。
フィアに残るように告げ、俺だけがレネゲイドから降車して少女の様子を確かめる。
雨に濡れそぼるなか、黒とも思える紺色の髪を伸ばした朴訥とした面立ちの少女は真っ白になった悲しそうな顔に乱れた髪を貼り付け、可愛らしい瞳を見開いたまま社の中から雨脚の弱まってきた空を見上げるようにして亡くなっていた。
装束には乱れはなく、祈りを成すための贄となったのだろう少女の着物の合わせの部分に呪詛の文言をしたためた巻物が差し込まれている。
短剣で巻物は少女に縫い止められ、無念と共に願いを成就するつもりのモノだったのだろうか。
俺が真言を呟きながら、その子の目を閉じるようにしてやった。そしてその骸を横たえてやり、短剣を抜く。
(オン・アボキャ・ベイロシャナウ・マカボダラマニハンドマ・ジンバラハラバリタ・ヤ・ウン)
少女の亡骸が淡い光に包まれ、その身に招かされた悪鬼の類を祓い除ける。
死後の時間経過があるようで、短剣を抜いても出血するようなことは無かった。それだけでもやるせなさが募るが、巻紙に書かれていた文字は人の業と言う物を如実に感じさせるものだったのだ。
「怨、テオバルト怨、光向くその御身に死の加護あらんことを切に願う。」
墨汁で書かれた文言に少女の血が染み渡り、黒く変色しようとしている巻紙からはそう読める一行のみが認められていた。
だれが?何を想って書いたのか。
少女に突き立てられていた短剣から手掛かりになるような家紋やシンボリックな意匠などは見当たらず、安売りされている冒険者ギルドなどで購入することができる短剣だった。
死に姿を整えてやり、両手を胸の上で組ませ、俺は火魔法を使った。
荼毘に臥さなければアンデットになる。骨を残してもスケルトンやターンデッド化することが避けられず、せめてこれ以上この少女の名誉を汚すべきではないだろうと判断したのだ。
高温で燃え盛る炎の中で少女は焼かれ、俺の弔いによって名誉が回復できればと願うしかなかった。
辺りを探せば簡単に骨壺も見つかり、慶弔事に使われていた社だということが判る。
2分ほどで炎が消え、灰だけが残った。それを俺が素手のままかき集め、壺に入れて油紙で蓋をし、革ひもでしっかりと閉じた。表書きを短冊紙に丁寧に書き込んで供養のつもりで供えたのだ。
「陛下の御代の時代にこのような非道をその身に受けた仇は討つ。名も知れぬ少女の無念を忘れず正道を正す我が道標となって行く先を示せ。」
必ず仇は討つ。未来ある者を手に掛ける者がいることを赦しはしないと明言し、後から見たならば枕を高くできると思うなと言う意味を込めて短冊を骨壺に結わえ付けた。
いつの間にか止んだ雨は湿った空気を漂わせてはいるが、この地を復興に導く邪魔とはならないつもりのようだ。そうであれば雲さえも引き千切り、青空を見せてやろうかとも思ったのだが、そこまで野暮ではなかったのだろうか。
たっぷりと時間をかけ、祈りを捧げた俺はレネゲイドへと戻っていった。
怒りの表情を顕わにしていたからだろうか、フィアは俺を抱きしめるように抱擁してくれたし、ユイは「パパ、ダメにょ!」と話しかけてくれた。
こんな時にも拘らず初めてパパと呼んでくれたユイに強張った顔が氷解する。
「フィア、ありがとう。お前とユイが居てくれれば俺は大丈夫だ。」
フィアにキスをして俺からも抱擁を返し、ユイも抱っこして頬にキスを落とす。
ユイは満面に笑みを浮かべ、「パパしゅきよ。」とキスへの礼をくれた。
「ソウタさん、神を信じるという信仰は私にもわかりません。しかし、このような信心の方法が許されるなどあってはならないことと思います。私も積極的に協力しますから根源を絶つことを目指しませんか?人が人を殺め、呪を成就しなければならない世界は間違っていると思います。
神を手に掛けることにもう、憂いは無いはずです。私たち家族はソウタさんとともにあるのですから、遠慮などせず立ち向かってください。」
もう一度フィアを抱き寄せ、キスを交わす。
嬉しそうな笑みをくれるフィアが居てくれる限りは俺は心折れずにやり遂げられるだろう。ねじれた考えを持つ者がいる限り俺の仕事は無くなりそうにないな。
「マスター、不条理に抗うためには条理と正義だけでは罷り通ることはできません。ワタシと言うこの世界にないはずの不条理を行使してご家族のために、そしてワタシのためにあるべき世界を創造してはいかがでしょう。」
俺は神ではない。しかし、神がその行く手を遮るのであれば必要なことなのかもしれないな。フィアとユイが、シロップとカーリオが、アニエスとクレイオが、そして如月と睦月が心やすらかに暮らせる神国を作り上げるために力を尽くすのは悪い気分ではないな。
気合を入れ直して俺の思う世界を俺たちの努力で手に入れようじゃないか。
ここからは陛下と俺とが想う世界を得るための雪辱戦だ。
領主をセントラルキャッスルに呼び出した俺は、事の詳細を陛下に報告しており、収まらない怒りをお伝えした。
陛下は詳細を心乱さずにお聞きになられたが、お妃様は顔色も悪くなられ、中座してしまわれた。
陛下にお妃様の御心を乱してしまいましたと詫びると、緩やかに首を横に振られ、俺の肩に手を置いた。
「ソウタ殿、報告を頂けて感謝するよ。あまねく国民から信を得ているなどと大それたことは考えてはいないよ。しかしながらな、邪法にまで手を染めて世を恨む者が居るのは寂しいことではあるな。」
明らかに落胆を隠せない陛下には同情してしまう。
しかし、俺個人としてはそのように悲しむような心情にはない。メラメラと消えない怒りの炎がくすぶり、熾火のような怒りを抱き続けているのだ。
「陛下、邪法に手を染めるような輩が何を想ってそうしたのかは判りません。しかし、そうしなければならないと考えた原因は突き止め、塵芥の一片も残すまいと思わずにはいられませんでした。
あの少女に何かの咎があってはなりません。私はあの少女のことを一生忘れることは無いでしょう。あのように無残に、あのように悲し気に、あれほどに後悔を抱かせる少女を忘れるなど、自分が許せはしないでしょう。」
「それ程までに。・・・ソウタ殿、辛い目に遭わせてしまいました。深くお詫び申し上げる。」
「違いますよ。陛下の仰ることはあり難いモノではありますが、それは私の心情を汲み取る物ではありません。自分が、自分たちだけが幸せで有りさえすれば他人などどうなっても構わない。自分たちが厚遇されないのは誰かの所為だ。そう思う気持ちを持つものが許せず、客観的に見てそのような者たちの考えが正義であるとは思えないのです。
解放の光を思い出します。とうに過去の遺物となった権勢を未だ夢見て、今現在との乖離を認められず、不満を誰かの所為にしようとする。思うだけなら自由でありましょうが、行動に移す時に誰かを巻き添えにして、その神格も身に染みることのない神たちの名を口に登らせる浅ましさ。
私自身が無信心という事もありますが、神の名を騙る者には嫌悪感しか抱かないのです。日本にもその周辺の各国にも新興宗教と言うモノはそれこそヤモリの数ほどにあったものです。古くから伝わる宗派、神仏やその教えとても甘言であり、耳障りが良く、本質的に個人の常識に訴えかける物でしかないのですよ。
私は神の名を口にするすべての者たちを許すこともしませんし、信じることもありません。すでに二柱の神をここに来てから屠りました。その神々でさえ言の端の一切が私の心には届きませんでしたので、自分の考えでこの世から退かせてしまいました。」
「なんと?ソウタ殿は神をも殺めておるのか。」
「はい。陛下のなさっている事にさえ、遅きに過ぎるような言質を取りましたので、この世を正すに必要ないと判断いたしました。」
「ううむ、ソウタ殿の言ってくれたことは世にとってこそ甘言とも取れるぞ?」
「それはご随意に。私は陛下のなさることが私の矜持に敵っていると考えております。そうでなければ相手が神であったとて、小銅貨一枚の価値さえ見出すことはできません。
であれば、陛下の邪魔にならないようにするだけのことです。陛下が今、私に甘言ではないかと問われたそのお心がある限り、私は陛下を神からもお守りすることを躊躇いはしないでしょう。」
言葉を発しない陛下は深い思慮の淵におられるようで、何やら思いがおありの様だった。
程なくして、チーバーの領主である公爵が謁見に訪れ、この度の事の始まりからを報告してくれる。
元々チーバーでは数年のインターバルを持って宗教戦争が活発であったと言う。
古来より崇拝され、敬虔な信徒を多く持つセイト由来の神仏を崇める、神国に広く浸透している素宗派。
日頃より、多くの恵みに感謝して心正しく過ごせば死後にも輪廻の輪に帰り、また人として生まれ出でることができるという、日本でも耳にした穏やかな信心を求める宗派。
これに対立するのは同じくセイトに端を発しているという一人の発起人を真祖とした新興宗教の一派、「黄泉越えの翼」だ。
輪廻の輪に帰ることを信心により乗り越え、神格を得るに至ろうという度を過ぎた教義を持つこの宗教は、事あるごとに呪詛を行い、生きた人間を贄にしていたという。
あの少女がこの宗派の信徒であったとしても、自身の命を賭してまで何を願うというのだろうか。
「その真祖と言うのはどのような人物なのでしょうか?」
思わず話の腰を折ってしまい、チーバーの領主は少しばかり驚いた表情をする。
俺のことを顔で判断できていないのだろう。
「ヤマノベ公爵、ハインリヒ=メクレンブルク公爵殿が驚いているではないか。メクレンブルク公爵殿、こちらは我が友でもあるソウタ=ヤマノベ公爵殿である。申し訳ないが疑問に答えてやってはくれぬかの。」
「おお!?その方がヤマノベ公爵であったか。数々の武勇伝、しかとこの耳にも届いておりますぞ。陛下を押し戴く者同士、ヤマノベ公爵が居てくださって心強くあるのだ。
共にこの国を富ますために、領民のことごとくが幸せで有るように力を尽くそうではないか。」
さすがにトウトの隣国を治める領主と言った処か、陛下への忠義は十分に厚いのだろうと思う。
「アムスブルク家をご存知だろうか?」
俺にそう問うてきたメクレンブルク公爵に「申し訳ない」と知らないことを白状する。
「当代の伯爵はヨハン・フリーゾ・フォン・オラニエ=ナッサウと言うのだが、ヤマノベ公爵の仇敵にして陛下の叔母上の降嫁なされたナッサウ家の本家筋に当たる正統のナッサウ家当主なのだよ。」
またナッサウ家だ。
「オラニエ伯爵の治めるセイトの土地はいつかのヤマノベ公爵の粛清によってすでに領民など居ないのだが、”黄泉越えの翼”という宗教派閥を興したオラニエ伯爵による元祖のナッサウ家は甘言に満ち、選民思想を押し出した教義によって神国のいたるところに地域本部を持つまでの宗教団体となっておってな、オラニエ伯爵がどこに隠れ住んでいるのかは判らなくなってしまっておる。」
解放の光と同じ出自を持つという事か。
ナッサウ家、その現当主が黄泉越えの翼を率い、陛下に対しての隔意を抱くことは周知の事実とされているのか?それならばなぜ廃嫡なり摂り潰しとはならないのだろうか。
「ヤマノベ公爵、そなたの考えていることは分かるよ。なぜそこまで判っていながらナッサウ家が摂り潰されないか。そうであろう?」
「はい。」
陛下とメクレンブルク公爵を前に素直に疑問を認めた。
「私が神国を預かるようになってからまだ10年。それまでは誰がこの国を治めていたのだろうね。」
テオバルト陛下がこの国を任される前、陛下のお父上である大公閣下が神国を導いてこられた。それは俺でも知識としては知っているが、詳細は分からない。
「私の父上はこの国を預かる前、皇太子であるときにナッサウ家から嫁を迎え入れた。当時は公爵家であったナッサウ家は、権勢を誇り私の祖父の代にも大きな影響力を持っていたと聞くよ。
それゆえに衰退の兆しが見え、世継ぎに恵まれずに伯爵家へと降格しても私たちはその存在を無視することができなかったのだよ。」
それが結果的に今の複雑な世の中を招いたとしても、当時にそれを問うのも難しいモノはあるのだろう。
当面の方向性として、今回の供物による騒ぎについての主犯格をチーバーでの捜索から始めるとして、各地にある教団本部についてもかなり厳しい監視の目が付くこととなった。
基本方針としてはオラニエ伯爵を追跡、拘束し、教団全体を解体させることにある。
無理矢理にやらないのは第二、第三の教団を率いる教祖が現れないようにするために自然解体を促すためでもある。
そうした方針を話し合い、威力部隊や間諜を担当する部隊などについても詰めていった。
バン!大きな音を立てて三人の会談が行われていた控えの間にユンカーさんが飛び込んできた。
「ユンカー、どうしたのだ。」
「も、申し訳ございません。トチノキ方面にドラゴンの”ズメイ”に率いられたミノタウロスなどの巨人族が押し寄せており、かなりの被害が出ているとのことです。領主より非常事態宣言が発令されており、先発の国軍は陸軍と空軍から掃討部隊が出動しております。
陸軍からはヤマノベ公爵殿にレネゲイドの出撃要請も参っておりまして、空軍との連携にてようやく堪えている状態だとのことです。」
「すぐに参ります。」
「ヤマノベ公爵、くれぐれも無理をするでないぞ。」
「承知!御前を失礼!!」
城から駆け出した俺は車宿りに出るやレネゲイドを召喚する。
「屋敷に戻るぞ、フィアを拾いトチノキに急ぐ。バケモノ退治に力を貸してくれ。」
「了解。バスターランチャーは飛行中にエネルギー充填を済ませます。バニシングライフルは両手装備でバスターランチャーは肩に架装したままキャノン砲として使用します。」
「もちろん任せる。」
城の前庭をマグマ溜に変えてレネゲイドが轟音を上げながらジャンプする。
一息で我が屋敷に降り立ち、外部拡声でフィアを呼び出す。
ゆったりとした普段着に団子を咥えたまま、「呑気」を絵に書いたような表情でユイを抱きかかえて玄関からフィアが出てきた。
「のうしらのれふか?」
「フィア、そのままでいい、とにかくレネゲイドに乗ってくれ。」
「もぐもぐ、れもぉ、ゆひもいまうがいいのれふか?」
「いいから!シロップの実家が大変なんだ。」
フィアの目つきが変わった。団子を放り投げ、ユイを抱いたまま背中の羽を広げてレネゲイドのコクピットに飛び込んできた。
「トチノキに何かあったのですか?」
「この間と一緒だ!また贄が使われたかもしれない。急ぐぞ!」
「シロップちゃんにこの事は?」
「そんな暇はないよ。一刻を争うんだ。みんなの生活を守らなきゃ!」
「はい、レネゲイドさん航法スタートです。マッハ10までで5分以内に接敵しましょう。」
「了解!」
ガツンと殴られるような衝撃と共にレネゲイドが跳躍する。初期加速ですでに音速を超えていたのだろう屋敷の軒先がめくれ上がったのを視界にとらえた。
帰ってきたらアンニさんに叱られるかもしれないがそれはその時でいい。
空気も音も音速の壁を破った衝撃さえも完全に後方に置き去りにして、レネゲイドはトウトの上空を雷よりも大きな轟きを残しながら光の矢となって突き抜けていった。
突然に始まった戦闘から、重たい話になってます。
砂糖ばっかり増えたんで息抜きにと思いまして。逆か?
数話、戦闘シーンと鬱展開をお送りするかと。




