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Contractor with blood(血との契約者)  作者: 小西敬
成り上がり貴族の章
75/161

【第75話】アニエスの娘、クレイオ

いつもお読みくださってありがとうございます。

お蔭さまで28,000PVいただきました。

ようやくアニエスも子供が生まれまして、ヤレヤレです。

 レネゲイドがトチノキのシロップの実家に到着したのはトウトの館を出発してから20分後だ。

 この距離は俺一人で魔力を供給しても散歩にもならない距離だから、フィアもついてきていない。

 今日の用事はエイゾで手に入れたホッケやニシンの鮮魚と一夜干しのおすそ分け。

 陛下からのお使いでエイゾの新領主様と陛下との間で盛んにやり取りがあるために結構な頻度でエイゾには行き来する。

 毎回ではないけど鮮魚や干物を仕入れてはシロップの実家とアニエスの実家に届けているのだ。

 俺自身はシロップとの結婚を報告に来てから月一ではここを訪れており、時にはシロップをフィアの代わりに乗せて里帰りさせている。

 「おとうさーん、いらっしゃいますか?」

 玄関先でシロップのお父さんを呼ぶが返事は無かった。

 畑にでも出ていらっしゃるのかもしれない。家の中にいらっしゃるときはレネゲイドの着陸で判るからか、いつも玄関で待っていてくださる。

 仕事で留守の時にはこのように家族が総出で畑に行ってしまうので誰も出てこないのだ。


 「ソウタさん?ちょっと待ってて。」

 留守かと思ったが奥からお母さんの声が聞こえる。

 この家の者で俺のことを公爵様と呼ぶ人はいない。最初こそすぐに土下座しようとするお父さんに困ったものだったが、妻の里帰りに気が緩んだ俺が妻の実家でだらけ切ってよくシロップに叱られたもので、もはや威厳も威光もなくなっている。

 シロップが両親に「ソウタさん」と呼ぶように徹底したこともあって、シロップの実家もアニエスの実家もとても居心地のいい場所になっている。

 パタパタとスリッパの音を響かせてお母さんが玄関までやって来た。

 「ごめんなさいね。お父さんったら腰を痛めちゃってソウタさんがいらっしゃるのを待ってたんですよ。」

 「そんなこと。待ってないで便りの一つも下さったらすぐに済むのに。」

 「でも、ソウタさんは公爵よ。忙しいのではなくて?」

 「ここまで20分でこれます。遠慮して痛いのを我慢する方が後で俺がすごくシロップに叱られますよ。」

 「ほほほほ、そうね。今度からお父さんが無茶したら便りを出すわ。さぁ、入ってちょうだい。」

 ヒールの魔法でさっくりと腰が全快してしまったお父様は「すまないねぇ」なんて言いながら俺とさかずきを交わし始める。

 すっかり俺にも慣れ、今では息子さんたちと同じように扱ってもらえるようになった。

 台所で大量のエイゾからの土産を次元断層から取り出すと、早速近所の親戚へと配りにお母さんは出掛けて行った。

 鮮魚がイワシや鮭に大間のマグロだ。マグロは450kgを超えるデカさで、如月でもないと一刀両断とはいかないだろう。まぁ、如月は「生臭い」と言ってやってはくれないが。

 干物はホッケとニシンが1トンほどある。それこそ近所に分けてもらうのが狙いだ。

 トチノキのような内陸部には嬉しい物なのだそうだ。

 アニエスの実家も岐阜の関に当たる場所にあるから、海からは近くはない。

 今日はこの後にアニエスの実家にも同じ量の土産を置きに行くつもりだ。

 「ソウタさん、シロップは大丈夫かの?」

 シロップの妊娠を伝えてからはいつもこんな聞き方をする。

 実にいろいろな意味が含まれた質問で、役に立っているかとか、迷惑を掛けていないかとか。そしてお腹の中の赤ん坊は順調かと。

 嫁を出した父親と言うのはそう言うモノが常々気になる物らしい。

 「シロップはもう8か月になります。大きなおなかでしてね、こっちがいつも心配して心配しすぎだと叱られてばかりですよ。アニエスも同じで8か月の身重です。二人でフィアや如月に色々と習っているようで、私なんて嫁たちに叱られるのが仕事のようですよ。

 お父さん、前からお伝えしていますが、シロップは他の嫁たちとも私ともとてもうまくできています。お父さんが何を心配しておいでかは判りませんが、出産が無事に済むことだけ心配していてくださいますか。」

 「お?おう、そうだのう。それでもなソウタさんよ。あの子は末っ子だったから甘えん坊でな、寂しがり屋だったんだ。一人でメイドの学舎に出して貴族家に勤めに上がることになったんだ。

 我が家に末子すえごを養うほどの余裕はなかった。仕方ないと言えばそれまでだが、心配が晴れることなんてないんだよ。それでもな、シロップを気に入ってくれたのがあんたで本当に良かったと思っている。

 時々帰ってくるシロップを見ていれば判るよ。とても幸せそうな表情をしているじゃないか。いつも隣にソウタさんが居てくれて自信にあふれてる。他のお嫁さんたちもそうだが、だれもがとてもあんたを愛しているのが判るよ。その中にシロップが居ることが不思議でしょうがないんだ。

 本当に、シロップはソウタさんにとって必要とされているか?」

 ほんとうに、本当に父親と言うのはいつも心配しかしないモノなんだな。

 「シロップは、俺にはなくてはならないかけがえのない女性です。今更ではありますが彼女は私の子を産み、ヤマノベと言う公爵家を担う存在になるでしょう。

 新米の公爵家ではありますが、傍流ではありません。直系の公爵家の一人なのですよ。

 シロップはその責を重々理解しています。いまは他の嫁たちと毎日を楽しく過ごしておりますが、自分の担う役割をちゃんと理解しています。俺なんかよりもよほど貴族としてのなんたるかは良く判っているようです。

 お父さんの心配されるような事は私が生きている限りはあり得ません。彼女は立派な公爵家の妻であり、今となっては公爵夫人です。

 親王陛下の覚えもめでたく、お妃様の良き友人として登城して謁見室ではなくお妃様の私室に向かうんですよ?アニエスと二人でよくお妃様を尋ねてお茶をするそうです。

 そんなシロップが不幸になるとでもお思いですか?」

 「ほ、ほんとうに城に上がっているのですか?お妃様に招かれて?」

 「ええ、毎日のように城へ上がっています。陛下は私の子供たちを。お妃様は妻たちをとても気に入って下さっていましてね。

 ご存知の通り、お妃様も身重でいらして陛下のお世継ぎがもうすぐ生まれるのです。天下泰平とは言いませんが、今の親王陛下はとても良いお人柄で神国を任せるに足りる逸材です。

 私は陛下がこの世を治めるために必要と思われることをしているのですが、とても良いお方でいらっしゃいます。ですのでそれを支え、お助けすることも実に楽しい物です。

 お父さん、シロップは私にとって無くてはならない宝のような存在なのです。いつもその笑顔で私を支えてくれ、今母になろうとしています。彼女はヤマノベ公爵家の四人いる妻の一人として私を支え、癒しとなり、神国の安寧に貢献してくれているのです。」

 「そんな、そのような存在になるとは考えてもいませんでした。シロップは私どもにとっては可愛い娘ではありましたが、この国を担うような重責に耐えられるものかと。」

 「一人では確かに身に余る重責でしょう。それでも毎日を楽し気に過ごしていられるのは他に三人いることと、私が守り切って見せると約束したからです。戦時中という訳でもありませんし、外の国との戦もありません。国内のことについても魔物や魔獣を狩ることはありますが、緊張状態はありませんし、そうならないようにするのが私の仕事でもあります。

 不穏な動きを察知するのも私の仕事ですからね。当分の大分は心配などされるのも無駄と言う物です。」

 「よろしくお願いしますとしか申し上げることはございませんな。公爵殿。」



 アニエスの実家でも乾物や鮮魚の類はたいそう喜ばれた。

 臨月を控えて様子を聞かれたが、今のところは順調としか言いようがなかった。

 如月のことについては、今は伏せておく事にしている。いずれ孫の顔も見せに来ますと話し、長時間滞在することは無かった。


 「あああ、い、痛いです。ソウタさん。」

 「大丈夫だ。心配なんてないからね。ほら、気を付けて体を預けて。」

 シロップの出産から一週間。

 みんなで昼食を摂りに食堂へ向かい、周りにたくさんのメイドたちも一緒にランチを楽しんでいる時だった。

 10時のお茶の頃からアニエスはそろそろかもしれないと自分で言っていたので、キョウコさんに準備をさせていた。

 医師と数人の看護師も昼には到着していて、今までになく準備万端な状態が整っている。

 すぐ横のテーブルで女性の医師を囲むように一緒に昼食を食べてもらっていて、珍しいメニューにたいそう喜んでいただけたようだ。

 貴族街でも有名なんだそうで、何とかしてヤマノベ公爵家の食事を食べる機会はないかと言うのが多くの貴族家の最近の悩み事なのだと言う。こっちにしてみればいつでも遊びに来たらいいのにと思わないでもない。

 あのマーケットで我が家と同じメニューを食べられるビストロをオープンする企画もあったそうなのだが、貴族連中に給仕はヤマノベ家のメイドなのか?と問い合わせが山ほどあり、そうではないと返事するとじゃぁ行かないという釣れない返事しかもらえず企画そのものが倒れたそうだ。

 いつだったかの夕食の時にその話をメイドたちと話しているとみんな誇らしげだったのが印象的だ。我が家のメイドたちの価値が認められているのだろう。

 先生や看護師さんは一足先に席を立ち、アリスに先導してもらって準備を始めに行かれた。俺がアニエスを抱き上げて寝室に戻ろうとすると他のメイドさんたちからもアニエスに祝福の言葉が掛けられた。

 中には「いいなぁ」とか「私も」とか、どうしたらいいのか判らないのもあったが。

 痛みに耐えるアニエスはそれどころではない。

 とにかく、横抱きにしてしっかりと抱え上げると慌てないように自室へと戻る。

 アンニさんも脇に控えてくれており、足元に注意を払ってくれている。

 アニエスの陣痛もまだ、間のある状態なので慌てなくても大丈夫だ。

 「アニエスもお母さんですか。旦那様にも恵まれて本当に羨ましいですね。」

 「アンニさん?」

 「いえいえ、すみません。なんでもございません。」

 少しばかり気になったが、今はアニエスだ。

 シロップの出産前から、毎日アニエスを抱き上げて体重を調べていたのでここ二週間ほどの変化は良く理解している。抱き上げ慣れて、その重さにも敏感に反応できるようになったおかげで、アニエスの食事の量について細かく調整していた。

 今来てくれている先生と相談しながら少しずつ体重を増やすことに成功しているから、お腹の中の赤ん坊と合わせて理想的な体重になっているはずだ。

 陣痛が始まるまでは毎晩の体重管理をアニエスも楽しみにしていて、抱き上げられることそのものをとても喜んでいた。

 普通の場合は男性に体重を知られるなどあってはならないのだろうが、シロップもアニエスも子供とセットで計られると嬉しそうにしていた。

 フィアと如月はもう、なんでもOKらしく、毎晩ベットへと抱き上げている。

 シロップも出産が終わろうともベットへ上がるのは俺に抱かれてしか上がったことは無い。ああ、アニエスもそうだったな。

 ウチの嫁たちは全員、体重よりも抱っこイベントの方が重要なんだった。


 先週にシロップの使ったベットは綺麗に整えられており、先生方も準備が済んでいる。

 「アニエス大丈夫か?そっと降ろすからね。」

 「う、うん。大丈夫。でもどこにも行かないで。」

 いきなり不安そうな顔をする。

 「どこにも行かない。アニエスが可愛い子を産んでくれるのをちゃんと見てる。ずっと側に居るから心配ない。だろ?」

 「はい。」

 少しずつ痛みの間隔が短くなりはじめる。辛そうにしている間は俺がしっかりと手を握り、額の汗を拭いてやる。痛みが強くなる時は肩を抱いて体を固定してやるが、少し前からずっと痛みが続いているようだ。

 「もう少し頑張ろう。赤ん坊ももう出てくるぞ。さあ、もうちょっとだ。」

 痛みをこらえながら、俺が声を掛けるとうんうんと頷きを返す。

 三回目にして俺もようやく慣れてきたようで、アニエスを励ます姿に先生から合格のサインを貰う。

 「うぁああ、いたっ、ああああっ」

 一際痛みが大きくなり、いよいよ出産かと身構えた時に「うぎゃぁ、ほぎゃぁ」と赤ん坊の泣き声が聞こえた。

 「え?」

 さあもうひと頑張り励ますぞ!と言う気合も空回りするほどのあっけなさ。

 「はぁ、はぁ、う、生まれましたか?」

 「うん。生まれた。アニエス、良くやったな。見てみろよ、かわいい子だ。シロップの子もアニエスの子もすごい可愛いな。アニエス、こりゃ嫁にはやれないぞ。」

 「ふふふ、だめですよ。娘まで嫁にするとか言い出さないでくださいね。」

 「自信が無いなぁ。俺にはアニエスが居るから大丈夫かと思ってたんだけど、この子はまた可愛いよ。嫁にはやらないんだ。」

 バカなことを言いながらアニエスの隣に座っていると産湯で綺麗になった娘が帰ってきた。

 先生がニコニコと笑顔で現れ、アニエスの産んでくれた愛娘を産着でくるんでアニエスへと抱き渡す。

 看護師さんたちも慣れたもので、手早く片づけを済ませ既に帰ってしまっている。

 先生もアニエスに娘を渡したところで帰って行かれた。

 これまでの出産でもそうだったが、看護師さんも先生もいつも同じでとても信頼がおける。その分、お礼もちゃんとしておこうという事でアンニさんに相談しながらお礼を届けている。

 今回もとびきりのお礼を届けたいと思うよ。

 それにしてもやはりアニエスの産んだ子は女の子だった。

 くれぐれもハーレム願望はないと言っていたはずなのだが、俺以外の家族が全員女性。

 それでもアニエスの幸せそうな表情を見ていると、まぁいいかと思わせられる。

 アニエスを抱き寄せて、キスをさせてもらった。

 抱かれたままの娘は母親がキスだけでうっとりしているのを楽しそうにきゃっきゃ言いながら眺めていた。

 「アニエス、ご苦労さんだったね。でも、こんなかわいい子を産んでくれるなら苦労した甲斐もあっただろう。アニエスと俺の子だ。本当にありがとう。」

 「へへ、いいえ、大変なことなんてありませんでしたよ。いつもソウタさんが気遣ってくれてましたし、みんなも一緒だったので不安もありませんでしたし。」

 照れているアニエスが可愛い。

 「この子はクレイオと言う名前にしようと思う。」

 「クレイオですか?それはどんな意味があるんですか。」

 「カーリオと同じ姉妹の女神でね。元々は賛美する女性と言う意味があるんだが、この子の場合は賛美される女性になりそうだ。芸術や美術、音楽なんかをそれぞれが司る9人の女神それぞれの名前を頂こうと思ってるんだ。」

 「良い名前ですね。クレイオ、あなたはクレイオよ。みんなに可愛がってもらえるといいわね。」

 女神の名前を順番に頂いているというところが俺としては安易なんだが、シロップにもアニエスにもそこはポイントが高いようだ。

 それにしてもこの子も本当に綺麗な赤ん坊だ。

 カーリオもクレイオも本気で嫁に出したくない。

 睦月も嫁には出したくないな。みんな俺の嫁にしておきたいと言うときっと叱られそうだ。しかし、それぞれの成長が楽しみになってきた。

 ユイも愛くるしいフィアに似た大きな目がとても可愛い。母親似のストレートヘアも素直に伸びて来て女の子らしく、もう美人さんの片鱗を見せ始めている。

 睦月も如月譲りの明るい紫の髪がゆるくウェーブしている。肩までくらいに伸びていてふわふわとした雰囲気の優し気な子だ。

 アニエスとシロップの子がどんな女性になるのか期待も膨らむと言うモノだ。


 あの女性の医師は先週のシロップの出産から三連続となっていて、ちょっとお疲れモードだったかもしれない。

 そう、お妃様にもお子が生まれたのだ。

 我が家も出産ラッシュでえらいバタバタしているが、セントラルキャッスルもすごい騒ぎになっていることだろう。

 アニエスとクレイオが落ち着いたらお祝いを持っていくのがいいだろうな。

 フィアの時以降、みんなの妊娠が判るたびにお祝いを下さっていたし、フィアたちに相談してみないとね。

 今日はアニエスの側に居たいし、就寝時間の時にでも相談してみることにしよう。

 夕方近くなって随分とアニエスと話をしていたらしいことがわかる。

 久しぶりに二人でこんなに話したのではないだろうか。真面目な話もしたような気はするが、ほとんどアニエスの笑い声が絶えまなかったから、バカな話が多かったのかもしれない。

 「ああ、お腹が痛いです。ソウタさんがあんまり笑わせるんですもん。」

 「おいおい、大丈夫かよ。出産は病気とは違うが、体が弱っているのは間違いないんだからな。」

 「うん、でも大丈夫。こんなに二人だけで話すなんて無かったですよね。それが楽しくって夢中になっちゃいました。聞いてもいいか判らないんですけど、こんな機会もないから聞いてみます。嫌だったら答えてくれなくてもいいんです。」

 「そんな難しいこと聞くなよ?」

 「ソウタさんのことです。ソウタさんは迷い人として違う世界から来たんですよね。その時までとこちらに来てからとでは生活が変わってしまったでしょう?」

 「うん。全く変わってしまったな。向こうでは特別なことなんて何にもない生活をしていたんだ。朝目が覚めたら仕事に行って、夜に戻ったら寝ておしまい。一月に一度給金を貰ってそれで生活するんだけど魔法のない世界でね、魔物も魔獣も、襲ってくるような神もいなかったからね。

 多分、こっちの世界と比べてとても平和な世界だったと思うよ。命の心配なんて誰もしなかったし食べたいものはどこででも手に入れられた。夜も明るくて暗闇に何かが居るとかそんなこともなかったよ。

 でも、働かなかったらご飯が食べられないのは同じかな。」

 「私たちの世界とはずいぶんと違う世界だったんですね。こちらに来てしまって辛いこととかは無かったですか?」

 「あるぞ、いっぱいあったよ。こっちに来たその時にワーウルフの集団に囲まれたんだ。魔法どころか剣だって持っちゃいないし、枝を振り回して勝てるとも思えなかったしな。絶望しかけたもんだった。領軍の討伐隊に偶然助けられたんだ。

 それから世話になった貴族家で調べ物を進めるうちに帰れないことが判ってこれも辛かったな。その時はまだフィアにもであってなくて頼るべき人もいなければ信じられる人もいなかったからな。」

 「それで怪我などはしなかったのですか?」

 アニエスの表情が恐怖におびえている。ハラハラとしたんだろう。

 髪を撫でるとため息をついてホッとした表情をする。

 「今ここでこうしてるってことは、無事だったんだよ。」

 「そ、そうですね。あの、それでなんですけど、もう帰りたいって思ったりしないのですか?」

 「フィアと同じことを聞くんだな。フィアも何度も同じことを聞いてきたよ。あの子はサキュバスだろ?だから毎晩可愛がらないと生きていけないんだよ。俺と出会ってからずっと心配でしょうがなかったみたいでね、俺が居なくなると生きていけない。みたいな悲壮感さえあったよ。

 俺は向こうの世界に守る物ってなくってさ、家族も恋人みたいな人も居なかったし、大事にしてる物もなかったから、フィアと出会ってから全く帰りたいと思わなくなったんだ。

 クノエに行って巨人と戦ってさ、フィアが死にそうになったんだよ。体中から魔力が抜けて行くんだ。俺から魔力を注ぎ込んでも全く足りなくってどうしようって思ったよ。

 その時に契約したんだけどね、フィアもユイみたいな朱色の瞳の色と茶色の髪だったんだよ?それが契約したとたんにさ、髪は銀色になるし瞳は金色っぽくなるし羽まで生えてきたんだよ。それで空も飛んじゃうし俺の魔法全部取っていったんだよ。

 そんなのがあって、旅をしてるうちにいつの間にか貴族になったさ。トウトに屋敷があるからって言われてね、行ってみたらアニエスやシロップのいるお屋敷だったわけだよ。

 旅に出て、陛下のクエストをこなすことになったら潜り込んで付いてきたメイドが居てね貴族って色々あるんだなぁってびっくりしたよね。」

 「い、言わないでください。あの時は本当に必死だったんですよ。仲良くなれそうなフィアちゃんは毎朝グデンとしてましたからきっとソウタさんが大変だろうって。でも、あの時はもう終わったって思ってました。こんな自分勝手なメイドなんてきっとお払い箱になると。」

 「ああ、そんなことを言っていたね。でもそれは考えなかったなぁ。俺たちのことをこんなにも考えてくれる人がいるんだって。ビックリはしたけど嬉しかったし、二人は屋敷の中でも一生懸命が判りやすくてさ。見てるだけで癒されたもんだったなぁ。」

 「癒される?私たちを見てですか?」

 「うん。すごく癒された。見てて飽きないし、時々失敗したりするのも可愛いモノだった。それより元気よくフィアや俺に付き合ってくれる方が勝ってなよな。クルクルと良く動く二人は見ていて気持ちが良かったもんな。

 そんな風に見てるとね、段々近くに居るのが当たり前になってくるんだよ。居ないと探すようになってね、苦労していないかとか、辛くないかとか気になり始めるともう側に置いておきたくて仕方がなくなるんだよ。

 それにアニエスもシロップもアピールがすごかったろ?フィアとは契約のこともあったし、あの子を不幸にはできないんだ。どんなことがあってもフィアの寿命は俺と同じになってしまっている。人族と違う大きな呪いのような物かな。

 契約のことが無ければもっと早くにアニエスもシロップも受け入れていたんだろうけどさ、結局フィアに背中を押された感じなんだけどね。でも、その時にはとっくにアニエスのことは大好きになってたよ。」

 お顔が赤くなってますよ?

 「頑張った甲斐がありました。」

 いい笑顔で自分を褒めているような?

 「それでですね、一番聞きにくいことなんですけど、フィアちゃんと如月ちゃんとシロップちゃんと私がいますが、まだお嫁さんは増えますか?」

 「ぷっ!それが聞きにくいことだったのか?」

 「いけませんか?だ、だって、まだ増えると私の存在が薄れていきそうで怖いんです。」

 「じゃぁ、今決めた。アニエスが不安に思わないようにもう増えない。それでどう?」

 「そんな簡単で良いのですか?」

 「いいよ。アニエスが不安に思うようなことはしない。俺にとってはかけがえのないアニエスだが、それを心配するなら今後一切増えないから気にすることなんてないよ。」

 「本当ですか?それでいいのですか?」

 「良いかどうかは判らないが、アンニさんにも言ってあるよ、これ以上嫁は増やさないってね。」

 「なんか、答えにくいことを聞いてしまったと思ったのにすでに決めてあったんですね。」

 俺には勿体ない様な嫁ばかりもう、四人もいてくれる。

 これ以上増えてもベットが狭いし、ここまでの四人はみんなとても仲がいいから一人でも増えてそのバランスが壊れたりするのも嫌なのが本音だ。

 もとはといえば三人で十分だと思っていたところに如月が嫁宣言をしてしまったから四人となったわけだし、いくらなんでももう十分だ。

 キョウコさんとアリスさんが夕食をカートに乗せて持ってきてくれ、俺もアニエスの休む部屋で一緒に食べることにした。

 クレイオも居るが、アニエスとまたおしゃべりに興じながら夕食を楽しく食べられて、これも良かった。

 その後にまだお風呂に入れないアニエスの体を熱い湯で絞ったタオルで俺が自ら拭いてやり、久しぶりのスキンシップも楽しかった。

 シロップの時も夜遅くまで二人で話し合ったりして楽しかったが、アニエスとこんなに喋ることもそう多くなかったから、これも幸せな一日だったと言える。

 それぞれともっとじっくりと向き合う時間も大事なことかもしれないと思った俺だった。子供ができた時だけではなくて時々はそれぞれと時間を作ろうと改めて思ったものだ。

 そのためにももう、これ以上は妻を増やす必要はない。

 こちらの気遣いが回らなくなりそうだしな。

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