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Contractor with blood(血との契約者)  作者: 小西敬
成り上がり貴族の章
72/161

【第72話】SS シシオの感謝

いつもお読みくださいましてありがとうございます。

やはり2月は仕事が忙しく、時間が限られておりました。

この数日にブクマしていただけた貴方様に感謝を。そしていつも読んでくださるあなたにも感謝を。

ありがとうございます。

 「うわぁ、寒いなぁ。」

 「あなた、またそんな薄着で!フィアちゃんから頂いた上着を着て頂戴。」

 夕べも遅くまで現場で作業者のみんなと忙しく働いていたせいか、寝不足だが妻が出勤時間だと起こしに来てくれた。

 布団からようやく抜け出し、あてがわれた家の居間に出てくると妻に叱られてしまった。

 ライカン族は元々そう寒さを苦にしない種族だが、さすがにこのエイゾの地は私たちの暮らしていたクノエの気候とは一味も二味も違うようで、この時期の朝は氷点下だ。

 ヤマノベ公爵家から支援物資として防寒具の類が多く贈られ、ありがたく利用しているが、公爵の奥様から贈られた防寒具は主に部屋の中で着る上着だ。妻のモノと私のモノがあり、たっぷりとした身ごろに綿が詰められており、肩も背中も暖かい。

 公爵は「半纏はんてんは暖かいですからね。」と太鼓判を押しておられたがそれは間違いないようだ。

 部屋の中で薪ストーブが赤々とした炎を燃やし、室内を温めようと努力はしているのだが、妻が目覚めてから火をおこしてくれたのだろうがまだ、室内の温度を調節するには至っていない。

 両手をこすり合わせ、少しでも暖かくしようと努力しながら食卓に着くと、ふんだんな魚介と雪の下に保管して甘みを引き出している野菜が使われたスープが旨そうな湯気を立てている。

 真っ白な米も炊きあがったようで、妻はおひつに炊けたご飯を移し替えているところだった。

 今度の休みに食材を買いに行かなければと昨日の朝に話していたはずだが、このふんだんな食材はどうしたのか?

 「サツキ、昨日食べる物が少なくなったと言っていなかったか?」

 「はい、あなたが仕事に出ている昼間にソウタさんとフィアちゃんがユイちゃんと一緒に来てくださったんですよ。たくさんのお米や野菜なんかを頂きましてね、お魚なんかもほら!こんなに。」

 嬉々として話してくれる妻はとてもありがたかったという。米もわざわざクノエから持ってきてくれたそうだ。なるほど食べてみると馴染のある食感に頷ける。

 あの公爵様と初めて出会った時は私は大けがを負って意識もない様な状態の時だった。

 私を必死でアマクサまで連れていこうとしていた妻には、遠くに見えた焚き火の炎が助けとなるか賭けだったという。

 見ず知らずの旅人相手に、しかも大けがを負った者も居るから面倒を避ける者も多いはず。物取りの一団だったらそれどころか路銀を取られ、命を奪われていたかもしれない。

 広く、荒涼とした平野に一つだけ見えたその焚き火はそうした危険性もあったはずなのに妻は一縷いちるの望みを託して私を連れて行ってくれたのだった。

 助けてほしいという一念で近寄った先に居たのは若い男性と幼くも見える美しい女性だった。私はもう、意識もないような状態でもう少しすれば天に召されるような容態だったらしい。

 焚き火の側に居た二人がアマクサの領軍と昵懇じっこんの間柄と言うことが判り、妻は助けを求めたという。

 だが、私の状態はすでに手遅れともいえる状態で様子を見てくれた女性が首を左右に振ったのだそうだ。

 確かに結果だけ見れば私はこうして元気にしており、翌日にはすっかり元通りになっていたが、目の前の二人が魔法を使うかもわからないし治療の手段があったかも判らないのが普通だ。

 そして私たちはライカン族。獣人族は人より劣ったものとさげすみの目を向ける者も多く居るわけだから、この二人がそうした態度をとっても「良くある出来事」で片づけられる場合もある。

 しかし、必死の妻の訴えに傾聴し、その男性は俄かに真剣味の増した態度になったという。

 男性は私に対してリジェネレーションを掛けると言い、妻と女性が私を押さえつけ対処してくれた。

 妻はリジェネレーションの魔法のことは知っていたし、これで私の命も救われるだろうと安堵したと言うが、魔法によって回復した私に施された魔法量は神官クラス20人分以上のモノだったというではないか。

 本当に私が助かったのは奇跡と言うよりない。

 女性は冒険者で、男性の妻のフィアさん。男性はソウタさんと仰られ、遠くからアマクサまで旅を続けてこられ、聖銀の巨人を操って地上に沸いていた殺戮の巨人たちを一体残らずに殲滅してしまった当の本人たちであることが判った。

 後でフィアさんに聞いたのだが、フィアさんもサキュバスと言う稀有けうな種族であり、そのご家族も人目を避けるように暮らしていたという事で、自分の種族に対しては相当にコンプレックスがあったのだが、このソウタさんと言う男性はそんなことは全く意識になくて、困っていると言えば種族など全く関係なしに手を貸してしまうそうである。

 仲睦まじいお二人を見ていると、確かに主従関係とは違う当たり前の夫婦であり、時にはフィアさんにソウタさんが叱られたりしていた。そんなごく普通の付き合いができているところを見るとソウタさんにとって種族と言うのは優劣をつけて見るようなモノではないのだろうと判る。

 この当時はお二人はまだ普通の冒険者であり、貴族ではなかったのだが、それでも聖銀の巨人を操るなど、不思議な人たちだった。

 人好きのする彼らと一緒に居ると、居心地のいい時間を過ごすことができたし、アマクサの拠点に連れて行っていただいた時にも何のあらためもないままに領主様に受け入れていただいた。この二人はそれほどに厚い信用を得ているのだろう。

 二人が求めていたのはコンデンサーと言われる見たこともない部品であったが、その製法などを伺う限りは錬金術師である私たちの領分であると判る。

 それが出来さえすれば、殺戮の巨人の巣をも討伐できるというのだ。力の限りを尽くさないはずがない。未来永劫に渡ってあの巨人たちが居なくなるのであれば、私たちの子孫の憂いもなくなる。

 アマクサに来るまでに鉱山で拾い集めた赤い鉱石からどうすればアルミナが取り出せて、アルミニウムインゴットができるか昼も夜もなく研究を続けた。

 ソウタさんとフィアさんから頂いたこの命を、少しでもの恩返しに使える幸せを感じながら妻と共に懸命に取り組んだ。

 妻の方もやはり恩義に報いたいという一心で研究に取り組んでくれ、浸透膜や苛性かせいソーダの製造を早くに実現してくれた。

 両輪の勢いで仕事を進め、全部で5kgのアルミニウムにすることができた。

 領主のゴーランド様も、ソウタさんとフィアさんもとても喜んでくれ、ゴーランド様には背中を何度も叩かれた。別の意味で死ぬかと思ったものだ。


 あの金属はとても変わった印象を持つ金属だった。

 ソウタさんは非鉄金属と言うが、鉄ではない金属と言う新しい言葉に胸の高鳴りを覚えたものだった。大きさの割に軽く、5kgのインゴットと言うが鉄と比較してすごく大きいのだ。鉄であれば一塊のわずかな大きさでゆうに5kgもあるだろうが、アルミニウムは同じ重さで延べ棒になる。

 この金属を用いると、鎧や兜、盾と言った装備品の軽量化ができるのではないかと考えた私たちは、ゴーランド様に申し上げて検討してみたいと告げた。

 ゴーランド様はたいそう喜ばれ、チョウザへ大規模な採集部隊を編成してくださった。

 ソウタさんとフィアさんがアルミニウムを箔に加工するために出掛けられたので、その間にチョウザへと鉱石の採集に出掛けることにした。

 前の採集ではオルトロスが襲ってきたが、その際に瞬殺でフィアさんが首を撥ねてしまわれ度肝を抜かれたモノだった。お二人とも生身で魔獣や魔物と討ちあい、ヒドラの首さえも競うように切り落としたと。

 今回の採集ではもう、オルトロスも居ないので心配は少ないだろうという事だった。

 チョウザへはわずか一日でたどり着き、統制のとれた行軍とはなんと早いものかと感心したことを覚えている。

 露天掘りの石炭を掘り出していた炭鉱をつぶさに採掘して回り、前回とは比べ物にならない量の鉱石を手に入れることができた。

 これらを持ち帰るころにソウタさんたちも帰ってこられ、上手くできたアルミ箔をたくさん手にしておられた。

 そこからは妻と手分けしてアルミニウムの増産と、コンデンサーの製作に昼夜を問わずに取り組んだものだった。


 これまでに誰にも成し得なかった成果を上げ、次の目的地へと旅立っていかれた二人が再び私たちと関係を持つようになったのはクノエを発たれてから一年ほどした頃だったろうか。

 久しぶりに顔を見たと、互いに懐かしさを感じながら挨拶を交わした私たちとソウタさん、フィアさん。

 お話を聞いてみると案外近い場所におられたそうで、驚いてしまった。

 相談事をとやって来られたお二人と、連邦初代代表となったゴーランド様、そして私たち夫婦が席を囲み、話を聞いた。

 ただ、その話は相当に衝撃的なもので、この国が外国からの脅威を受けているという事実を聞かされ、驚くでは済まない恐怖を感じた。

 強者に隷属することになれば、私たちのような獣人はまさに奴隷のような扱いになるだろう。使い潰される未来しか見えない。

 最初の侵攻はレネゲイド、聖銀の巨人により事なきを得たというのだが、それだけではなく様々な新機軸の装備や武器をこの短期間にソウタさんによって実現されていた。

 聞くだけで胸躍るような新しい数々の技術は、私たち錬金術師でさえもその発想もないばかりか、想像もできないような技術に裏打ちされている。

 モノを作るという事を生業にしている私にとって、刺激的でワクワクが止まらないモノだったのだ。

 今の神国に必要なものは次に襲撃を受ける時にそれを跳ね返す力なのだと言う。

 それについても既に空軍や海軍と開発に着手しており、空を飛ぶ機械を作ろうとしているのだと聞かされた。

 人の手で作った機械が空を飛ぶ?ソウタさんという人はいつも私たちが考えもしないことを実現しようとする。

 話を聞けば、何故それが必要なのかも判る。

 私にお願いされたのはその機械が飛ぶための燃料だった。

 今の世の中にもエンジンはある。大型の船などに使われているディーゼルエンジンだ。

 仕組みについては良くは知らないが、産出された原油燃料をそのまま使用して効率は良くないものの十分に役目を果たしてはいる。

 このエンジンもソウタさんのいた世界から持ち込まれたもので、そうで有るからこそどういったものが必要なのか良く判っておいでなのだろう。

 求められたのは揮発性の向上。不純物の除去。粘度の低下。

 つまりは簡単に燃え、サラサラとしたゴミの入っていない燃料だ。

 基本構想はソウタさんに聞いた。

 どうしてそんなことを知っているのかと思うが、原油を350℃ほどに加熱して蒸留を行う。段々に蒸留が進むと揮発性が増し、途中で抜き取ると灯油と言う種類の揮発油が入手できるのだ。

 温度を下げ、塩分や水分を分離しながら最終工程へ向かうとガソリンになる。

 成分に鉛のある無しでまた用途が違うという事だったが、空を飛ぶ機械に必要とされているガソリンは鉛成分を含む物が必要で、脱硫鉛だつりゅうえん装置を通す場合と通さない場合を使い分ける装置にしなければならない。

 そんなような話をまとめ、原油を精製するプラントの作製から始めることになった。

 大規模な工事ではあるが特別仕組みが難しいという訳ではない。しかし、安全性に関しては考えられないほどに慎重を期した。作る物が燃えるモノなので、間違いがあった時には大惨事となるだろう。

 またソウタさん、フィアさんとの交流を持てたことが嬉しくもあり、必要とされて応えることが恩返しにもなると思う。

 工事の進捗に合わせ、たびたび二人がやって来てくれ、夕食を共にしたりソウタさんたちの旅の話を聞かせてもらったり楽しく過ごすこともできた。

 しかし反面では決して予断を許さない情勢が続いているそうで、アイアメリカが水中を進む船を利用して神国と戦って見せたり、空母なる船に飛龍をたくさん載せて敵艦を襲わせたりする新しい戦法を用いていることから、楽観視することはできないらしい。

 ガソリンのプラントは既に稼働を開始しており、増産を続けているがまだまだ足りないと思う。

 ある日は、エンジンのテストという事で私たちの作り上げたプラントの近所にある空き地にエンジンだけではなく、機体が持ち込まれた。ソウタさんが気を利かせて何に使うつもりだったのか私たちにお披露目してくれたものだ。

 技術者や開発に携わっている研究者なども馬車で大挙して乗り込んできて、ちょっとしたイベント事になっている。にわかに実験場となった空き地の周辺に領軍による屋台が乱立し、縁日や納涼祭、収穫祭のような賑わいがすごいことになっているが、ソウタさんに毒されたアマクサ領軍のすることだとゴーランド様が頭を抱えておられた。

 フィアさんは屋台をはしごして両手に色々な串を捧げ持っていらっしゃって、ソウタさんが汗を拭う暇もない位に楽しそうにヤキソバとお好み焼きの屋台を切り盛りしていらしたのがその証拠だと言う。

 初めて見た空を飛ぶ機械、「飛行機」と言う物だと聞いた。それは流線型の美しい乗り物だった。先の方から徐々に膨らみ、透明なガラスを丸く仕立てた操縦席があり、その背後に飛ぶためのエンジンが搭載されているとのことで、回転する羽、プロペラが特徴的だ。

 これが人を乗せて空を飛び、アイアメリカの飛龍と戦うための翼になると言う。

 狭い国土で育成できる飛龍の数は、アイアメリカに対して遠く及ばないだろう。それを埋めて逆転を図るのがこの飛行機なのだと言う。

 私たちが研究を重ね、作成したガソリンが飛行機の中へと注ぎ入れられていく。

 どちらもが上手くできていないと空を飛べないだろうから、とてつもない緊張が私たちを包む。

 研究所では既にエンジン単体の試験は済んでいるとのことだったが、それでも緊張は隠せない。

 飛行機にはいろいろなホースやケーブルが接続され、車輪にも拘束具が付いている。

 推力を計るとかで、飛んで行ってしまっては困るらしい。

 ヒィーーーーーーーーンと空気を吸い込む音が聞こえ、ゆっくりとプロペラが回り始める。バラッバラッと不規則な音がし始め徐々に間隔が短くなるとバラバラバラと小気味の良いエンジン音が鳴り響いている。

 確かにこれは飛びそうだ。

 私はそう確信した。ソウタさんの発案と研究に研究を重ねたという機体。エンジンと私たちの作った燃料を得て、今にも飛び立ちたいと飛行機が言っているようだ。

 色々な実験が行われているらしく、エンジン音も高くなったり低くなったり、様々に変化している。

 それから半年もしないころに神国親王陛下の名前で全国の領主、代表と言う者たちに宛てて書簡が届けられたのだが、アイアメリカの再三の侵略に対し完全勝利をおさめ、アイアメリカ大統領から謝罪と共に和平の申し入れを受け入れたとあった。

 驚いたのはその次に書かれていたことで、ソウタさんを神国公爵に叙し、フィアさんを公爵夫人としてその功績を認める。とあったのだ。

 クノエでは「リリースバイフィア」と言う解放記念日が制定され、半年ほど前に盛大に祝われたばかりだったが、今度は叙任されてしまったようでどこまでも破格な人たちに呆れたものである。

 でも、あのお二人が公爵と言うのは何となく腑に落ちるモノがあった。妻のサツキも「あらあらやっぱりそうなりますか。」なんて言っていたし、これからも数々の武勇伝を残していってくれそうではないか。

 末文には苦笑を禁じえなかった。

 ヤマノベ公爵一行はトウトでの叙任の儀を済ませてはいないが、行方が知れず人相書きを添付するので国境の衛兵に広く流布し、トウトへの道行きを急がせるように本人たちに通達することと、発見次第に国に報告することを義務付ける。とあった。

 きっとフィアさんにせがまれて旨い物を探して回っていることだろう。ソウタさんがフィアさんに甘いのはクノエの国に暮らすもの全員が良く知っている。

 トウトへの呼び出しと秤に掛けてもきっと、そこらじゅうの旨い物が優先されるだろうと思わずにはいられない。

 いつ見ても楽しそうな二人のことだからね。



 そして今。

 神国公爵様からクノエ連邦のゴーランド様を頼って私たち夫婦に招聘しょうへいがあり、私たちはエイゾでの油田開発と、精油プラントの立ち上げに忙しくしているという訳だ。

 先の英雄伝説にも似たヤマノベ公爵様の活躍に子供のように喜んだみんなだったが、侯爵様はこのエイゾでも英雄伝を作られていた。

 神国とローレシアが国境を分かつカラフトで、国境を越えたローレシア地上軍に一時は退却を余儀なくされた陸軍であったが、やはりヤマノベ公爵の奮闘によって新兵器がもたらされ、大国列強の中にあって溢れんばかりの物量と優秀な戦闘車輌を有する無敵のローレシア戦車軍団を無傷で殲滅し、元の国境まで押し返したというのだ。

 そこで更に攻め込まないのは親王陛下のお志を尊重したもので、「他国を犯すことなかれ、他国に踏み込まれることなかれ。」と言う専守防衛をかたくなに守ろうとする軍首脳部の精神によるものだ。

 ローレシアは国の反対側、西側からイウロペの諸国連合、特にゲーマニアンの鉄の履帯りたいと言われる大戦車軍団に対峙しており、同盟を結んでいるインディーラを防衛する傍らで自国の国境も守り切るという国難に見舞われ、カラフトにはすでに自転車しかない様な状態であった。

 ローレシアとの相互不可侵条約も瞬時に締結ていけつされ、神国が攻めてこないとわかると国境警備隊も数人を残して撤収してしまうほど西側からの圧力が高いらしい。

 カラフトに駐留する神国陸軍は主要な任務が無くなってしまい、同じく大部分の兵力は引き上げてしまっているが、熱い戦いが一部では現在も行われていると聞いた。



 「歩兵を兵員輸送車に搭乗させる。つづいてローレシア主力戦車の前面に前線を構築する。補給部隊はどこまで来ているか?」

 「Это довольно быстрое развертывание.(なかなかに素早い展開ですな。)」

 「それほどでもないわ。」

 「В пусть продвигать наши артиллерийские войска до сих пор.(では、私たちの砲兵部隊をこの辺まで進めましょう。)」

 「ま、待て!それはちょっと待ってほしいのだ。」

 「Полковник доно, путь в два раза.(大佐殿、待ったは二回までですよ。)」

 「むむむ。」

 カラフトでのローレシア軍との戦いは熾烈を極めているらしく、神国側の前線を預かる大佐の旗色は現在非常に悪いらしい。

 やはり物量に勝る兵法も無いようで、大挙して押し寄せるローレシア主力戦車に押され気味のようである。

 「Кажется, может также вкусный японский ужин сегодня в эту минуту.(この分では今日の夕食も美味しい和食が頂けそうですね。)」

 「隊長殿、そろそろ夕食の準備に掛かってもいいでしょうかね?今夜もローレシアの皆さんの分も用意しますからね。」

 「まだ、負けたと決まったわけではないわ!」

 「いやいや、俺たちが見てもその駒札こまふだで勝てるとは思えないんで始めちゃいますね。」

 神国軍の幕舎の中でテーブルに広げられた戦術盤には、六角形の枡目ますめがカラフトのイラストの上に描かれており、地形それぞれの上には戦車や砲兵などのイラストの描かれた駒がそれぞれの戦術を現すように並んでいる。

 両国の駐留軍で今流行りなのがこのボードゲームで、今日はローレシア軍の皆さんが神国側の幕舎に集ってゲームに興じていたのだ。

 負けた方が夕食を奢り、次回の幕舎を用意するという決まりになっており、もはや国境警備もへったくれもない状態である。互いに勝手に行き来し、食事時にはどちらかの国境警備隊が空になるという楽しい現状であった。

 ローレシア国境警備隊が全員で8名。神国側も12名。まったく戦う気もないのは当たり前で、朝、昼、晩の食事を20名分ずつまとめて作ることで燃料の節約にもなるし、食材も交互に利用すると節約になった。

 互いの国の料理も食べれるとあってどちらの国の兵にも大変好評だった。

 国境線に前はあった防護柵も今は雑草に埋もれ、どこが国境だったかも曖昧になって久しい。

 一応、就寝時間にはそれぞれの国側の幕舎に帰るのだが、酔いつぶれた者などはそのまま相手国の幕舎で寝てしまい、朝も敵国の幕舎から出勤してくる始末で陸幕長も最初は譴責けんせきを考えたそうだが、ヤマノベ公爵が定期的に差し入れをしていることが判り、そうそう文句も言えなくなってしまっていた。

 「あの忙しい公爵は良くカラフトなどまでマメに出向いておる物よ。報告では20名がヤマノベ公爵が来るのを楽しみにしているとあった。我が軍の駐留は12名のはずではなかったか?」

 幕僚補佐と言われる高官たちは楽しそうに報告書を見る幕僚長の側に控えていた。

 「そう仰る幕僚長も楽しそうですよ?あの公爵様にはきっと国境とか無いのではありませんかね。人種も貴賤も優劣も関係ないのが公爵様の良いところだと仰っていたのも幕僚長ですよ。」

 「ふはははは、そうだったな。俺はあいつが大好きなんだ。あいつが自由にするだけで世界中が平和になりそうだよ。」

 「ああ、そんな感じがしますね。私たちもヤマノベ公爵様とそのご一家皆さんにはお世話になってますからね。」

 「公爵の許せん点は嫁たちが美しすぎるところだ。べたべたとしおって見ているだけで腹立たしいわ。フィア殿はもう、別格ではあるが他の二人も可愛らしく羨ましかったものだ。それがどうだ?この間は四人目の嫁も来ていたではないか。

 あんな幼い者にまで子を産ませておるとは言語道断であるな。」

 「幕僚長、知りませんでしたか?この間いらっしゃった四番目の奥様は今年1000歳を超えられたそうですよ。」

 「なっ!?」

 「その様子じゃ、本当にご存知なかったのですね。あのお方はアニエス殿のご実家で1000年前に打たれた魔剣だそうです。魔剣がエンシェントドラゴンを討ち取ったことで人の姿を得るまでになられたので、四番目の奥方様として迎えられたのですよ。」

 「公爵はエンシェントドラゴンまで切り伏せておるのか?何もかもが破格だの。」



 私が聞いた熱い戦いと言うモノがそのような楽しいことになっていたとは最近知ったことであったが、ソウタさんらしいと言えば誠にらしい。

 トウトの貴族街へ招かれた時にもお屋敷を訪ね、一時の再会を喜んでいる最中にソウタさんはメイドに呼ばれ、廊下の魔力灯の取り換えをさせられていた。

 破格と言うにはあまりにも破格なヤマノベ公爵家は陛下にとっても特別な場所であると伺った。長きに渡りお世継ぎを頂けなかったお妃様にもわずか数か月で子が授かり、涙ながらに感謝されたそうだ。

 私たちにも子が頂けないことはサツキも気に病んでいることではあるし、ソウタさんに相談してみるのもいいかもしれない。

 私が初めて公爵のお屋敷にお招きいただいた当日にわざわざ玄関まで迎えに出てこられ、顔を見るなりたいそう喜ばれたのは忘れない。

 その場で臣下の礼を取ろうとした私を止められ、「寂しいことをしないでください。」と言われたのだ。「公爵様」と呼ばせても頂けなかった。

 今までと変わらずに「ソウタさん」と呼んでほしいと頼まれたのだ。

 周りに居たメイドたちもそれが当たり前と頷いていたことが印象的だった。

 この人は本当にいつも驚かされ、楽しそうにしておられ、周囲に笑いを呼ぶ。

 エイゾの石油精製プラントは間もなく稼働を開始する。それがもたらすモノはやはり楽しいことなのだろうか。陸軍への滞りのない軽油とガソリンの供給とエイゾに暮らす者たちへの灯油の供給ができるようにとソウタさんから頼まれている。

 加えて原油を精製する過程で発生するLPガスは圧力缶に籠めることで液化して取り扱いも容易になる。これを携行し、コンロに嵌め込んで使うことで火魔石を利用するまでもなく旅の途中の煮炊きに利用できるようになった。

 火魔石はガスコンロに比べて小さく、携行性には優れているが最初に買うときのお値段と魔力を充填するコストはバカにはならない。それに比べてソウタさんの考案したガスコンロは少しばかり大きいものの馬車で旅する者にとっては邪魔にもならず、どこでも手に入るようになったガス缶を取り換えさえすれば魔力量に乏しい人たちでも美味しい食事を作ったり、暖を取ったりできるようになった。

 鍋を支える「ごとく」が一体になった造りは火魔石を使って煮炊きする際に石を拾ってきてかまどを作る手間を省いてくれ、火魔石を使っているとバカにされるという逆転現象さえ引き起こしている。

 なるほどと思ったのは空になったガス缶を新しい物と交換するとガス缶の購入価格が割安になる仕組みだ。空になった缶を持っていくと新しいガス缶がほとんどタダのような値段になるのが大きな仕組みだ。

 葉野菜を一束買うような値段になる。

 次を買うときに下取りされると知れば、ガス缶を大事に使うようになり、ある程度出回ったガス缶がリサイクルされて鉄鉱石などの資源の節約にもつながっている。

 何から何まで考え尽くされているソウタさんの社会貢献は錬金術師である私たちにとっても衝撃の数々で、知れば知るほど研鑽を怠ってはいけないと身の引き締まる思いだ。

 「あなた、今度のお休みにソウタさんたちもいらっしゃるそうなの。私、重い物が持てないから食事の支度を手伝ってもらってもいいかしら。」

 そう言えばサツキはここ最近仕事に出てこない。

 「どうかしたのか?体が悪いならソウタさんたちに来てもらうのは遠慮した方が良いのではないのか?」

 「何言ってるのよ。お祝いに来てくださるのにそんな失礼なことはしたくないわ。」

 「祝い?」

 最近何かあっただろうか?キョトンとした顔をしていると妻が衝撃の事実を告白してくれた。

 「あれ?私言ってませんでしたっけ。秋にはあなたもお父さんになるんですからしっかりしてくださいよ?」

 「え?」

 「お父さん、私の産む子供にいい名前を付けてくださいね。」

 頭に入ってこないのだが、サツキに子供ができたのだろうか?

 「ソウタさんの言われたとおりにしてみたらあっという間に子供ができたのよ。お妃様がお子を授かったのも頷けますわね。」

 「はは、ははは、あははははは!やった!サツキえらいぞ!俺の子供だ!!やったよやったよ!!」

 私は玄関から飛び出し、雪原を走り回って喜びをかみしめた。

 あの人たちは、ソウタさんという人はいつもいつも私たちに驚きと嬉しさを恵んでくださる。

 雪に足を取られ、鼻から雪原に突っ伏した。その冷たさが気持ちいいのだ。

 「子供みたい。」と玄関に出てきたサツキを慌てて家の中に連れ戻り、日も高いうちからキスをしてしまった。

 恥ずかしそうにする妻が可愛くて仕方ない。

 色々な意味でソウタさんの気持ちが判ったかもしれない。

 嬉しそうな、恥ずかしそうな。そして楽しそうな、満足そうな。そんなたくさんの人たちの役に立ち、その表情を見られるのがきっと楽しくて仕方ないのではないだろうか。

 楽しそうなことを楽しそうに、楽しんでしまう。その力量を持ち、その知恵を持つあの人はそれを惜しげもなく分け与え、その結果を楽しむことがやめられないのだろう。

 そんなことに夢中になっていれば種族や貴賤など考える暇もないのかもしれない。

 あの人に付いていくといつまでも楽しくて仕方がないと思わせられてしまう。

 サツキを見て返事を返す。

 「美味しい物を食べてもらおうな。私が助けるからよろしく頼むよ。私たちの恩人なんだからね。」

 「もちろんです。」

 心からの笑顔を見せるサツキは私の選んだ、フィアさん以上に美しいと思える大事な人なんだ。

今話はSSということでエイゾのシシオさんに登場していただきました。

一度6000文字分を破棄したためにかなり時間がかかりました。

次の展開の前にメイドちゃんズの出産とそこそこの育児期間を経ないとクエストに出掛けられず、時間軸設定に困っています。

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