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Contractor with blood(血との契約者)  作者: 小西敬
成り上がり貴族の章
68/161

【第68話】トサン

いつもお読みいただきましてありがとうございます。

21,000PVを超えまして、更にブクマ登録も頂いております。

皆様ありがとうございます。

 ドラゴンとの一戦を終えた翌日は親知らず子知らずで有名なシンカタのイトウオと言うところまで進むことができた。

 急峻な山肌が海岸線まで降りてきており、馬車もない様な昔の旅人はここを通過するためには干潮時に海岸に降りて急ぎ通り抜けるしかなかったという。

 荒天時には干潮時でも荒れた波によって海岸線が洗われ、ムリを推して通ろうとした旅人が波に攫われたのだ。

 家族連れで移動していた子供が波に攫われたとか、足の弱り始めた母親が足元をすくわれ帰らぬ人になったとかいう悲しい話が多いのだと言う。そうした悲劇を親知らず子知らずという地名にして残しているのである。

 イトウオの親不知おやしらず海岸は今では要所要所に護岸工事も進められ、岩盤をくり抜いたトンネルも多く存在しており、馬車のままで安全に旅ができるようになっている。

 僅かに開かれた平地には漁村や宿場街が所狭しと身を寄せ合っており、キャンプを張るような土地は無かった。仕方なく宿を取ることにしたのだが、俺たちの入った宿はいい温泉が引かれており、目の前の海から恵まれた海産が目と舌を楽しませてくれる宿だった。

 名物だという「たら汁」なる鍋を頂いたが、これが程よい味噌味の一人分ずつに作られた鍋で、夏以外は肌寒い気温の多いこの地では命をつなぐ温かさを恵んでくれるのだ。

 パーティー全員が一人前をそれぞれに平らげ、船盛りの刺身の山と焼き魚、煮魚に寿司の数々をそのお腹に納めたフードファイターたちの前にベニズワイガニのボイルが山と積まれた。

 「・・・」

 全員が鮮紅色に染まった美味しそうに茹でられ湯気の上がるカニの山の前に無言になってしまった。

 それは満腹感と戦う無言ではなく、所謂カニを食べると無言になるという奴である。

 足を剥き、その身をすすり、甲羅を剥がしミソを食べつくすまで誰もが無言だっただけであった。

 シゲさんだけが一杯のカニから足の身を頂き、甲羅にその身と地酒を注ぎながら隅々までを堪能していた。その間に他の連中がどうしていたかと言うと、俺を含めて何杯のカニを食べられるかと解体ショーを繰り広げていた。

 何とも残念だったのはフィアのハサミの串刺しだった。

 固い殻をむいたカニの両手を箸に直列に4個ずつ刺し連ねたモノを振りかざしてご満悦の表情を見せていたのだ。

 確かに。確かにハサミはプリプリの食べ応えのある身が詰まっており、まとめて食べると大層旨いのだが、それ以外の部分を始末するのは誰か?という事なんだ。

 お蔭で俺の腹は千切れそうである。

 なんでこの子は串刺しにこだわるんだろうか。


 そんな賑やかつ意味不明な夕餉ゆうげを盛大に楽しんだ俺たちは各部屋に分かれて就寝となった。

 そんな次の日、朝食を頂きに食堂に集うと、元の世界で見たような朝食のご膳が並んでいた。

 ご飯をよそう茶碗が伏せられ、味噌汁と焼いた鮭。漬物に海苔と納豆が簡易な包装で添えられ、ある意味、涙が出そうな仕立てになっている。

 俺だけがいそいそとおひつからご飯を盛り付け最初の一杯を海苔でいただく。

 ハフハフとご飯の熱さに耐えながらき込み、お替わりを納豆でいただくとそれを見ていたみんなが習うようにご飯をよそい、食べ始めてくれた。

 給仕をしてくれる女性に納豆のお替わりを頼むと簡易包装に包まれた納豆がいくつも盛られた皿が出てきた。

 宿泊客がみんなそうするんだというように山盛りの海苔と納豆を置いていき、熱いお茶を大きな急須きゅうすに淹れて、置いていった。

 それぞれが海苔を追加したり、納豆をこねたりして白米を掻き込んでいく。

 漬物や焼き鮭をバランスよく配し、真っ白なご飯をいかに大量にそのお腹に詰め込んでいくかの工夫が問われているようである。

 悲しかったのはフィアが俺の鮭を強奪していったことだ。

 四杯目のご飯をよそいに行って、自分の座布団に戻ると鮭が失踪していたのだ。

 隣のフィアのご膳に鮭の皮があるのに、ほとんどの身が残っている鮭が鎮座していたことから犯人はフィアのはずなのだが、まったくしらを切ったような表情でその身をほぐし、ユイに食べさせているのだ。


 おれはそれってはんそくだとおもうのです。


 結局、民宿のおきてを破り、それぞれが足りないオカズを追加で注文したのだった。そうとなれば俺もと、焼き魚を追加せざるを得なかった。

 矜持を簡単に折られ、禁忌に手を出してしまった俺も含め、冒険者パーティーらしい極めて大量の食材をそのお腹に詰め込んで見せたのだった。

 後で聞いたことだったが、こちらの世界ではそれが当たり前で、料金の内だったという残念なオチが付いていた。


 身支度を整え、馬車を連ねてトサン入りを果たした。

 夕方にはトサン中央の都市に入ったのだが、日が暮れる時間でもあるし、領主の館に訪問するのは明朝という事になった。

 トサンはどこもかしこも田園風景が美しい風光明美と言えば聞こえの良い、ど田舎でもあることからどこでキャンプを張っても誰も困らない田舎町でもあった。

 懐かしさと俺たちが旅立ってから全く変わっていない普遍的な田舎風情いなかふぜいを安堵の気持ちと共に眺めながら、野宿の準備を進めた。

 大概の準備が済んだ頃に数騎の馬が駆け寄ってきた。

 「お寛ぎのところ申し訳ない。ヤマノベ公爵のパーティーはこちらであろうか。」

 佩刀はしているが抜剣する者のいない騎馬隊の隊長とおぼしき年配の騎士が俺の目を見ながら訪ねてくる。

 言葉を発しながらも馬から降りるだけの気遣いを見せるということは確信があって来たのだろう。

 「ああ、私がヤマノベですが。」

 「恐れ入ります。トウトより先触れが参っておりましたので私共がお迎えに参った次第にございます。お手数をおかけいたしますが、このような場所でキャンプを設営されますなら、領主の館までお進みいただけませんでしょうか。」

 「もう、時間も時間だという判断で明朝に伺おうかと考えていたのだが、良くはなかったのだろうか。」

 「滅相めっそうもございません。しかしながら、その様なお気遣いを頂かずとも領主は皆様のお越しをお待ちしておりましたゆえ、こうしてお目通りいただけましたのでもう少しお進みいただけませんでしょうか?」

 なんとなく、有無を言わせない圧力を感じるのだが、ここで嫌と言うのも根本的に違うと思い、誘いに従うことにした。

 「今夜の宿を決めておきたいのだが。」

 「それについてもすでに手配してございます。街中ではございますが馬車もお預かりできる宿を手配してございます。まだよいの口にもなっておりませんので本日中に領主との会談を済ませていただきたいのです。」

 宿も世話になれるのならば心配することもないかと、先に進むことを決めた。

 「片づけるまで待っていただいても?」

 「もちろんでございます。」

 待っていてくれると言うので、撤収の準備を進めてせっかく設営したキャンプを片付けた。



 「おお!、久しぶりではあるが見違えるようになったのだな。」

 「お久しぶりにございます。」

 こう挨拶を交わした相手はウォルフ家当主のその当時”お父様”と呼んだその人である。

 「息災そくさいであったか?」

 そう尋ねる一時の父親にフィアを紹介する。

 「お父様に紹介をいたしましたサキュバスのフィアです。今では正式な契約も済み、私の子を産んでくれました。

 この子が俺の一人目の娘のユイです。」

 フィアが俺の隣に立って、抱いているユイをお父様に紹介してくれた。

 お父様も思うところがないのか、眩しそうに俺たち家族を眺めている。

 そこで気が付いたのか俺の後ろに控える二人のメイドにも視線を向けた。

 「ああ、この二人も俺の妻です。こちらがシロップと言います。そしてこちらがアニエスと言います。貴族街の私の邸宅に勤めてくれていたのですが、フィアと意気投合しましてね、俺が嫁入りさせました。」

 「そうか、沢山たくさんの責任を負えるようになったのだな。武勇伝は色々と聞いてはいるがソウタが立派になったことを嬉しく思うぞ。」

 「恐縮です。」

 その後を語ることは簡単ではないが、お父様にとってはこれで十分に伝わったのだろう。

 その傍に座して待っていてくれたのはヴァイマール=オーラミュンデ公爵である。

 オーラミュンデ公爵はトサンの領主としての家系に甘んじることなく、先代、先先代から受け継いだトサンの地をずっと守り続けている辺境の公爵としてウォルフ家などを上手に使いながら繁栄を極めていた。

 「ヤマノベ公爵殿、貴殿が親王陛下の片腕としてその才を開花させ、この神国を守り、発展させた話は陛下より直々にご教授いただいております。

 その様な人材がトサンの地に埋もれることなく陛下のお役に立って尚且なおかつ、更なるお役目を担っていただけるなど望外ぼうがいの喜びと言えますな。

 その上で伺いますが、今回の御用向きはどのようなものでありましょうか。」

 俺のような若造にも同位の公爵として誠意を見せてくれている領主には申し訳ないが、そう構えるような用事ではないことが申し訳ない。

 「ここに陛下よりお預かりいたしました親書がございます。内容については私は事前に伺っておりますが、先ずはお目通めどおしいただきたい。」

 そうと告げて陛下から預かった親書をオーラミュンデ公爵に差し出した。

 普通なら執事や家臣が受け取ってもおかしくないところだが、陛下の親書という事で俺が差し出し、オーラミュンデ公爵が直に受け取った。

 封蝋を一瞥し、公爵はお父様からペーパーナイフを受け取られ、器用にというか優雅に開封された。

 取り出した親書を読み込む間、俺たちはお父様にユイを抱かせて昔話などに花を咲かせていた。

 数分もしたころにオーラミュンデ公爵は読み終わった親書を畳みなおし、文箱に仕舞われたのだった。

 「内容について申し上げることはない。山間地のヤマノベ公爵への譲渡は依存のないところであるし、鉄道網の整備事業はトサンにとっても今後を考えると喜ばしいことだと思う。

 一つお伺いしたいことがあるが、よろしいだろうか。」

 「なんなりと。」

 互いに知らない仲ではないのだし、疑問点はないようにしておきたいと思う。

 「トサンの山々は豊富な恵みをもたらす貴重な狩場であり、恵みをもたらしてくれるのだが、民たちはそこへの立ち入りに制限を受けるのだろうか。

 できればであるが、山菜の採取や魔物、獣の狩猟を許可してやってはもらえないモノだろうか。」

 「ええ、そのようなことはこれまで通りにして頂いて構いません。私が拝領することにはなりましたが、そこに街や何かを設けるわけではございませんし、秘密にするような事がある訳ではありませんのでお気になさらずにこれまで通りにしてください。

 ただ、鉄道網の整備のために聖銀の巨人で手を加える際や、トンネルの整備のために工夫こうふが入山する作業に差し障りさえなければ一切の制限を設けることもありませんので、ご安心くださいますでしょうか。

 それと、こちらからもお願いがございますがよろしいでしょうか。」

 片眉を上げながらオーラミュンデ公爵は先を促すような仕草をされた。

 「トサンの中山間部に私たちのついの棲家としたい家があります。元々は私の妻の両親と祖父母が開いた土地なのですが、それぞれの墓もありますし、家令たちの棲家も用意してやりたいのです。

 そこで山間部の自由な往来とバーターひきかえすることが叶いますれば、その土地の領有権をお認め頂きたいのです。」

 俺の話を黙って聞いてくれた公爵とお父様(ウォルフ侯爵)は、互いの顔を見合わせ、優しい笑みをくれたのだ。

 「そんなことで良いのですか?」

 俺が判らないという顔をすると、肩をすぼめ公爵が言ってくれた。

 「ヤマノベ公爵、あなたは私たちの暮らしを守ってくれたのですよ。アイアメリカの属国計画を撤回させ、すべての国民の尊厳をお守り頂いたのです。それなのに希望されるのはそのような土地のみなのですか?」

 「はい。いけませんか?」

 お父様が公爵に変わって説明をしてくれた。

 「ソウタ。えてそう呼ばさせてもらう。ソウタのお蔭でトサンも様々な恩恵を被ったのだぞ?公爵の言った属国計画の頓挫もそうだが、解放の光の追放もお前のお蔭で容易に成すことができた。加えてクノエからもたらされた蒸気機関にセキセンから入ってきた物流機能の強化と郵政事業の誘致。

 コウリョウで新たに取り組まれている新金属アルミニウムの量産に始まり、高効率燃料の普及などがどこの国でも起こっているのだ。

 親王陛下のお言葉を借りれば、その全てがお前の功績だと言うではないか。それがまことのことであればトサンの国ごとソウタの庇護のもとに下ってもそれは当たり前のことなのだぞ?」

 なるほどと納得もしたが、それは俺の望むようなことではなかった。

 「お聞かせいただいたことは確かに陛下の仰る通り、私がその時々でその土地で置いてきた事柄でございます。しかし、その時はそれが最善であると言うだけで行った出来事でありますし、それらをまとめたからと言って私自身がそれを声高こわだかに申し上げるような事でもないのです。

 縁とは不思議なもので、私がアーデルハイドを選ばずにフィアと家庭を築いたことがキッカケであったように、結果論として付いてきた事柄に過ぎません。

 アーデルハイドには申し訳ない事をしたかも知れませんが、今があるのはそうしたことの結果でしかないのです。陛下にも申し上げているのですが、私の望む物は私の家族の安寧しかないのです。それ以外を望まないからこそ陛下の御寵愛を頂けて、陛下と名前で呼び合うようなお付き合いもさせていただいているのです。

 それ以上を望むなど不遜も極まれりと言うモノです。」

 「あなたのようでなければ徳を極めるという事も出来ないのでしょうな。」

 公爵は独り言のようにそう言い、侯爵おとうさまは呆れたような表情をしたのだった。

 「ソウタ。いや、改めてヤマノベ公爵殿、領地割譲かつじょうと領有権のお申し出、すべてお受けする。これからもそのようなお考えを規範とされ、すべての国民の手本となっていただきたい。

 あわよくばトサンの繁栄にもご協力をたまわれば、これにすぐるモノなどどこにもない。よろしくお頼み申します。」

 そう言ってかつてのお父様は俺に対し臣下の礼を取られた。

 会談によって良好な関係を築くことができ、俺たちは今後に滞りが無くなったことを喜んだ。

 本音で言えばアーデルハイドがどうしているか、かつての母上がどうしているか知りたいところだが、領主の前でそれを言うのはやはりはばかられた。

 そうしたお父様とのプライベート然とした話題は手配していただいた宿に場所を移して続けられる事となった。

 公爵の御前を辞して俺たちが宿に入ると、時を置かずしてお父様が尋ねてきてくれた。

 夕食の時間を見計らって訪ねてこられたのは、互いに腹を満たしたが故だろうか。

 ホテルで言うところのロビーに俺とフィア、お父様が座り、シロップとアニエスは当然とでもいうように俺の後ろに立って控えていた。

 シロップがユイを抱いており、ユイはご機嫌で楽しそうに独り言を言っている。

 それを微笑ましそうに眺めながらお父様はしばしの時間を楽しんでいた。

 「お父様、その後母上はいかがいたしておられますか。」

 「解放の光はいつの間にやら居なくなっていたよ。お前に対し間違った想いをいだいていていたあいつとアーデルハイドは憑き物が落ちたように穏やかにしているよ。

 私と一緒に暮らしているし、あいつは緊張に疲れたのだろう。まるでソレが無かったかのように言葉にしなくなった。

 アーデルハイドも今ではソウタがやって来る前のように生き生きとしておって、従軍の任を楽しんでおるよ。」

 「そうであれば肩の荷も降りると言う物です。お父様には私などを側に置いたせいで随分とご迷惑をお掛けしたのですね。」

 そう言い、深く頭を下げるとフィアも一緒に頭を下げてくれた。

 「私が自分の都合でソウタさんに近づき、皆様のご迷惑をかえりみなかったことに申し訳ない気持ちでいっぱいです。しかしながら、こうして子を設けてしまいましたのでそれを無かった事には今更できません。

 ウォルフ侯爵様には大変なご迷惑をお掛けしてしまいました。」

 いままで事あるごとに口にしていた気持ちをお父様に伝えることができたという表情と、それでも譲れない想いがあることをその瞳に宿して言葉にしたようだ。

 お父様はユイを見ながら俺が築きつつある家庭を思ってか、思いやりのある言葉を掛けてくれたのだった。

 「フィア殿、その時々と言う瞬間を見れば、互いに思うことがあったでしょう。後から思うと色々な後悔や反省を求められるときもあるのです。

 しかし、今をご覧なさい。

 ソウタとの間に出来た子にどのような罪があるというのです?ユイ殿のお顔を見ればわかるでしょう。その幸せを一身に受けながら育っている様子を見れば今となってはその方が良かったのだとは思えませんか?」

 お父様がフィアに掛けた言葉はフィアが長年思い悩んでいたことを全て否定するものだった。

 「そのようなお言葉を頂けるとは思ってもいませんでした。ありがとうございます。」

 フィアはそれだけを言って俺の腕に縋りつき、涙を流した。

 「ソウタさん、わたし、本当にあなたに会えて良かったです。サキュバスと言う種族はどこに行っても忌み嫌われると両親に聞かされて育ってきました。母も父に守られて初めて人並みに幸せを得られていたのだと聞いていたので、陛下やお妃様に側に居ることを許されていることさえ何かの間違いではないかと思っていたのです。

 でも、ソウタさんのお父様に今お聞きした言葉で私も生きていていいんだなって思う事ができました。ソウタさん、本当にありがとうございます。」

 そう言いながらわんわんと泣くフィアの髪をユイが心配そうに引っ張っていた。

 シロップがユイをフィアに預けると、ユイは俺がやるようにフィアにキスの雨を降らしている。

 それで余計にフィアが泣き出すものだからユイまでが泣き出してしまった。

 幸せな気持ちで泣くという事もあるのだなと、改めて思う俺とシロップとアニエスだった。


 ウォルフ侯爵が席を立ったのはフィアやユイが泣き止んでからで、ユイの頬をひとつだけ撫でてから帰って行かれた。

 同意したのは実家には帰らないという事で、それこそ蒸し返すようなことはしないでおこうという互いの実を取ったような形となった。

 俺としても今落ち着いているウォルフ家をまた賑わすなど思ってはいないので、お父様に「よろしく」と伝えただけで領有を認めてもらったフィアのご両親と祖父母が開いた土地へと向かうことにした。

 本当ならばアーデルハイドの顔を見て頭を下げるべきだったのかもしれないが、お父様からその様な事をするべきではないと忠告を受け、今の立場を慮ってくれたその考えに甘えることにした。

 そして宿で一晩を明かした訳だが、家族5人が一つ部屋に集まった際にシロップとアニエスからフィアに対して意見が述べられた。

 「フィアちゃんには私たちの幸せをもっと考えて欲しいです。フィアちゃんがソウタさんと一緒に居てくれたことで私たちは思いもよらない幸運を手にする機会を得られたのです。

 それなのに、いつまでも過去を悔いるという事は私たちが掴んだこの幸せを作らなかった可能性を肯定するような物です。私はシロップちゃんと一緒にソウタさんに受け入れてもらう機会を得たことが多分ですが、一生のうちに一度しかない幸運だったと思っています。

 そのきっかけを作ってくれたのは他でもないフィアちゃんです。

 どうか、そのことを忘れないでほしいのです。サキュバスだから愛しい人を得ることに私たちより積極的で、フィアちゃんはソウタさんを見つけられたのでしょう?その過去がなかったら私とシロップちゃんは他の貴族のお屋敷に勤めていたでしょうし、ソウタさんと出会うキッカケさえありませんでしたよ。」

 「そうです。フィアちゃんがソウタさんを捕まえてくれたおかげでこうして私たちが一緒に居られるのですもの。私はフィアちゃんがサキュバスで本当に良かったと思います。

 サキュバスだからこそ見つけられた幸せを大事にしましょうよ。そして、フィアちゃんの見つけた人が最高に私たちを幸せにしてくれています。

 私はたくさんの兄弟に囲まれて育ちましたが、アニエスちゃんと学舎に通う間にもやはり一番下という事で誰にも認めてはもらえませんでした。

 でも、フィアちゃんのソウタさんは私たちを愛してくれるんです。いずれ私たちもユイちゃんの兄弟を産む日が来ます。増々にぎやかになるでしょうし、楽しい毎日を約束してくれるソウタさんですから、どんな明日も楽しみです。

 でも、そんな明日をくれたのは結局フィアちゃんがサキュバスだったからでしょう?私、自分に正直に生きられるサキュバスと言う種族が本当に羨ましいです。

 綺麗だし、可愛いし、愛されてるし、きれいだし!うんと羨ましいです!!」

 「ひえ?本当ですか?」

 「「はい。」」

 もう一度お互いの思いを確かめ合った三人の嫁たちはそのあと、さんざん俺を食べつくし、満足して眠りについた。

 俺は絞るだけ搾り取られて、燃え尽きたように眠りについた。

 ユイが鼻にキスしてくれたのがせめてもの癒しだったと思う。


 俺が干からびた翌日、工事の最初の一杭となる現場にも近いことから、馬車を連ねていつかシゲさんが言った「見てからのお楽しみ」なフィアの生家へと移動した。

 例の欺瞞ぎまん結界を抜け、開かれた土地に入るとみんなが大騒ぎを始めた。

 「かわいい!」そう言ったのはチカゲさん。アオイさんやサチさん、シノさんは「良いところね。」と感想を述べ、どう開拓したらいいかを話し合っていた。

 「ソウタさん、皆さんのために開拓をお願いしてもいいでしょうか。」

 「当たり前だろ?フィアの大事な場所がみんなの大事な場所に変わろうとしている大事な瞬間だぞ?一番いいようにしなければどうするんだよ?」

 そう言うと、シロップとアニエスの手をとってフィアは美しい笑顔で喜んだ。

 「はい、ありがとうございます。」

 全体を見回すためにとレネゲイドを召喚し、両手の上に全員でしがみつくように乗り込み、高い目線からどうするべきかを考えて行った。

 俺たちの手入れしたフィアの生家を移築してもっと高い場所に移し、周辺を削りながらみんなのための家を建てる土地を整備していく方針が決まった。

 また、食料供給のための田畑の開墾についても場所や今後の展開などを先も見据える形で検討していった。おかげで少し先の未来像が脳裏に浮かぶようだったのは楽しいひと時で、レネゲイドのコクピットでフィアと共に楽しい時間だった。

 トウトと、こことどちらも大事な俺たちの空間であり、どちらも等しく過ごしたい場所になろうとしているのは非常に贅沢な悩みと言える。

 こっちにもアンニさんがいたなら助かるんだけどなぁと思わずにはいられないのだ。

 それほどまでにこの土地は夢を広げてくれる。

 早速という訳で各自の家を建てたい場所の開墾を始めて行った。

 それぞれが周りの風景や日当たり、風の通りなどを検討しながら自分が建てる家を思い描き、適した場所を選択していった。

 共通した意見であった俺たちの家になる可愛い家屋を俺の魔法で土地ごと抜き取り、レネゲイドの整地した高台に移築してみた。

 その後、シロップやアニエスが暮らしやすいようにと増築しなければならないが、まさかそのように発展するとは思ってもいなかったフィアにとってはとても幸せな時間になったようだ。

 シロップとアニエスも今の家屋の間取りを参考にしながら、自分といずれ生まれるだろう子の姿を思いながらフィアと三人で最高に楽しそうにしていた。開墾作業はレネゲイドにしてみれば誠に楽な作業で、油圧ショベルやホイルローダーの数十倍と言う高率で土を抉り、土を盛り、居住可能な整地された区画を量産していった。

 俺たちの家を取り囲むように良い隙間を空けながらそれぞれが場所を定めて行ったのだ。

 俺が木札に誰それの家、建築予定地と書き込んだ立札を用意して、明示していくと実感が沸くのか大変喜んでくれたのだった。

 その日は建築予定地と開墾計画が定まったことでこの場所でキャンプとなった。

 更なる発展をみんなで夢想しながら食べた夕食はとても賑やかで心地よいものだった。


 翌日からユンカーさんに頂いたトンネルの掘削工事に取り掛かり、俺たちの集落になる予定地から一刻(2時間)ほど東に走った山岳地帯の麓にレネゲイドと共にスタンバイした。

 「レネゲイド、この山脈を一直線にくり抜こうと思うのだが、距離的な部分を調整することは可能だろうか?」

 「はい、ムリですね。レーザー光は直進するにつれ減衰するものではありますが、この程度の直線距離では必ず貫通してしまいます。貫通ポイントから方向を修正して続きを掘削し、最終的な仕上げ工事が完了してから貫通ポイントを点検口として後々利用することにしてはいかがでしょうか。」

 後のことまで考えて利用法を提示してくれるその意見はかなりありがたいものであった。

 「その考えは正解だな。では、工事計画の通りにやっていこうか。」

 「了解。」

 おもむろにレネゲイドはバスターランチャーを準備し、事細かな方向と出力の調整を行い、フィアに引き金を引かせた。

 貫通後のレーザーが向こう側の自然を破壊しないように最大限の配慮をしてくれ、いとも簡単に長野県側にトンネルが開通した。一部、岐阜県も通過するが、基本計画では岐阜県に当たる部分には停車する予定も開発の計画もなかった。

 それと言うのも岐阜県側には別の路線敷設ふせつ計画があり、俺たちが思ったような場所には実際には集落もなく、良く考えられていることが判る。

 俺としてはちょっと簡単すぎたことに拍子抜けの感もあるが、この後工事をする工夫たちには長大な距離を任せるわけだし、レネゲイドと馬車と共に長いトンネルを通ってみて不具合や危険な個所が無いか確認をしていった。

 数㎞から数十㎞のトンネルが続くレーザーの跡は、通過した光線によって表面がガラス質に変化しており、破砕帯や地下水の浸潤するような部分も綺麗に整っているのだ。

 こうした効果があるからこそレネゲイドにやってもらう価値があるのだろう。

 「レネゲイド、お疲れ様だったな。」

 「いえ、戦闘と違い駆動部分への負荷なども何ら問題ありません。お役に立てましたようでなによりです。」

 「うん、ありがとう。」

 出来栄えを褒められ、レネゲイドも満足しているようであった。

 自分たちの目で確認した限りでは活火山帯を避けてトンネルが通せたようで、長く使うこともできるかもしれない。

 そう話しながら元居た場所に戻るとすっかり日も暮れており、将来の俺たちの街で再びキャンプとなった。

 夕食の準備をし、全員が満足したころにレネゲイドが報告してくる。

 「マスター、里のふもとにトサンから馬車が来ているようです。結界によって道に迷っているようですね。」

 「うん?奇妙だな。俺が行ってきますよ。」

 テレポートを使って結界の内側に飛んでから欺瞞の結界を抜けて迎えに出てみた。

 藪の中から現れたようにしか見えない俺に馬車を護衛していた兵たちが驚いて抜剣した。

 「待ってくれないか。私はトウトのヤマノベと言う者だ。そちらは私たちの里へ来るところだったのではないか?」

 言い当てられたのが心外だったというように驚きの表情をする兵たち。

 その時それなりの身分の者を乗せていた馬車の乗降用扉が勢いよく開かれた。

 「お兄様!お会いしとうございました。いかがお過ごしだったのでしょうか?」

 会わない約束になっていたアーデルハイドが馬車から駆け降りてきて、俺にしがみつくように飛びこんできたのだった。

会ってはいけない人が来てしまい、今後の展開がとても鬱状態です。

土曜日は仕事がありますので、次の更新は日曜以降の予定です。

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