【第61話】命(その尊き輝き)
いつもお読みいただきありがとうございます。
16000PV突破しています。
みなさんのおかげでここまで来ました。
いかにもな消毒液の臭いが充満する部屋に運ばれたフィア。
眩しいほどに光の充満した印象があるが、その眩しさどころでない焦りがある。
血の気の失せたフィアの顔色は俺の鼓動を否でも押し上げ、脇に背中におかしな汗が噴き出てくる。それでいて額は冷え切ったような冷たさを覚え、膝に力が入らない。
ベットへ移されたフィアに酸素マスクが付けられ、女性の看護師が群がるようにフィアに取り付き、服を脱がせながら体温を水銀柱で。脈拍を時計で正確に測る。
意識を失ったことで光を灯していない瞳を一人の看護師が明かりで照らしながら、刺激反応を見ている。
そうこうする内にエラく若い女性が白衣を羽織りながら遅れてやってきた。
「患者はどんな様子?」
意外なほどにハスキーな声で容体を探るように問いかける。
「先生、脈拍は80、血圧は上が110、下が70です。体温は37℃で正常の範囲内です。意識レベルは開眼機能1、最良言語反応1、最良運動反応5です。」
「ありがとう。そちらは誰だ?」
「ヤマノベ公爵様です。患者さんの旦那様です。」
「公爵、申し訳ないが部屋から出てくれるか、正直治療の邪魔だ。」
「ああ?申し訳ない。廊下に居るので何かあったら呼んでください。」
患者に対する治療が、近親者にとって適切に思われないことがあるという。そのために症状の原因を特定するまでは傍目に無体とも思われる検査や治療が行われることもあるため、保護者の席を外させることがあると聞いたことがある。
それを訳もなく思い出したことから、医師の言葉に従った。
やるせない気持ちに押し潰されそうになりながら、全然進んでいかない時計を見ている。
診察室の横に受付のような窓口があり、その覗き窓の上に時計が掛けられていたのだ。
この時計に秒針がないことに感謝したくなる。動かない長針と固まったような短針は俺の心を麻痺させるが、焦りを産むことは無かった。
もう、どれくらいの時間が経ったのかは定かではないが、診察室を出入りする看護師を見たり、運び込まれる機材に不安になったりしながら早く結果を知りたい気持ちと、その場から逃げ出したくなる逃避衝動に今までに感じたことのない焦りを覚える。
無限とも思える時間をやり過ごし、変化のない診察室を睨みつけていると唐突にその扉が開いた。
「公爵、大変お待たせしました。診察が済みましたのでおいでいただけますか。」
医師自らが俺を呼びに扉から顔を出してくれた。
それは診察を始める時のような緊張を伴ってもおらず、むしろにこやかな表情でさえあった。
「こちらへ。」
招かれてデスクの前に腰を下ろした女医の隣へと腰を下ろした。
「まずは公爵様におめでとうと言わせてください。」
「は?フィアは?」
「ええ、母子ともに異常はありません。お腹のお子さんも全く問題ないでしょう。」
「え?」
「ですから公爵様がパパになるという話だったのですが、お気に召しませんか?」
えっと?俺がパパでフィアがママデスカ?
始終ニコニコとした表情を崩さない医師を見るからに、フィアが病気とかではないことが知れるのだが、俺がパパでフィアがママと言うのはどのようなドラマだ?
「えっと、おっしゃる意味が良く判らないのですが、フィアは妊娠したとかそう言った話なんでしょうか?」
「ほかにどんな話がありますか。公爵様、今年の終わりにはパパになるわけですから、奥方様と良い年を過ごしてくださいね。
若干、妊娠中毒症の症状が見られますが、安定期に入る春にはそれも収まるでしょう。奥方様の容姿と公爵様の容姿から察するに、たいそう綺麗な姫が生まれることでしょうね。
サキュバスと言う種族も妊娠と出産に関しては人と全く同じです。安定期に入るまでの3か月ほどは特に注意してあげてください。今は大体妊娠6週間と言った処でしょう。
もう6週間はお身体を愛う期間ですので、特に注意しなければなりませんよ。」
全然頭に入ってこない。
フィアが妊娠?
フィアがママになって俺がパパになる。
頭の芯から何かがやって来ようかとしている気がする。
「公爵様、奥方様が待っていらっしゃいますので、お声を掛けられてはいかがですか?」
「意識が戻っているのですか?」
「はい、心細くなっていらっしゃることでしょうから、是非優しいお言葉をいただけますか。」
「はい、ありがとうございます。」
「いえ、私ではありませんが?」
そうだった。まだ取り乱しているらしい。
溢れ出る気持ちが抑えきれない。一刻も早くフィアを見たいという気持ちが抑えられないのだ。
「フィア!」
隣の病室に駆け込むとすっかり顔色を良くしたフィアが俺を出迎えてくれた。
「ソウタさん、私、妊娠してしまいました。ごめんなさい。」
「何を言ってるんだよ、こんなめでたいことなんて聞いたことがないよ!」
「え?ソウタさん、言っていたじゃないですか”まだ早い”って。私迂闊にも妊娠してしまい、怒られるのかと。」
「そんな訳あるか!良くやってくれたよ、俺なんだか嬉しくてどうしたらいいかな?」
「へ?喜んでくれるんですか?」
「当たり前だ。俺とフィアの子供が生まれるんだぞ?やった!やったよ俺!先生!先生!!!フィアが妊娠しましたよ。俺、何したらいいですかね?」
隣から一体何だと覗いた女医さんは、浮かれている俺に向かって冷ややかな視線を向け、「ヤレヤレ」という表情のままに一言をくれた。
「奥方様を優しく抱いて、感謝を述べるか愛を伝えるかじゃないですか?」
「おう、そうですね。」
優しく、フィアを抱きしめ、思いを籠めて口づけを交わした。
「フィア、愛してるよ、とても嬉しくてどうしたら良いか判んないよ。良くやってくれた、ありがとうな。」
フィアは溢れる涙を拭う事もせずに俺の胸にしがみついてきた。
「私、こんなに早く子供を授かるなんて思ってもいませんでした。これでシロップちゃんもアニエスちゃんも子供が作れますね。私たちの家はずっと大丈夫ですよね?」
「うん、うん。大丈夫だ。未来永劫大丈夫だよ。本当にありがとう。」
「ソウタさん、変ですよ?さっきから謝ったり、お礼を下さったり。ソウタさんと私の子供なんですよ?」
クスクスと笑うフィアが愛おしくてもう一度優しく抱きしめた。我慢できずにもう一度キスをする。
背中の方で「ごちそうさま。」という先生の声が聞こえたように思うが、構いはしない。
世界で一番幸せなのは俺たちなのだから。
誰に最初に知らせるべきか?お父さんか?お母さんか!いや、もう亡くなっているんだった。餅つけ!いや、落ち着け俺!
そうだ、シロップとアニエスだ。
「フィア、俺はこの幸せを他の嫁にも知らせなければいけないと思う。ここに居て待っててくれる?」
「ソウタさん落ち着いてください。私はどこにも行けませんよ。」
「そ、そうだな。じゃぁ、ひとっ走り言ってくる。本当にどこにも行くなよ?」
「はい、判りました。」
満面の笑みでフィアが請け負ってくれる。
扉をぶち破る勢いで駆けだし、横に引く扉を押してしまい、止まらなかった勢いのまま引き戸に体当たりを噛ます。
「だ、大丈夫ですか?」
無言でうなずき、ゆっくりと引き戸をスライドさせ、体を廊下に出してから音速を超えてみた。
「シロップ!アニエス!どこにいる!?」
どれも同じような建物に苛立ちが募る。
大声で騒ぎながら二人の名を連呼していると、あちこちの建物で灯りがつく。
それでも構わずに二人を呼び続けると、シゲさんから雷が落ちた。
「ソウタぁ!喧しいわ!!!」
「シゲさん!シロップは?アニエスは!?」
「なんだ?どうしたんだ?フィアちゃんに何かあったのか!」
「ええ!ありました。大変なんです!」
「ば、バカ野郎!そう言う事は真っ先に言えってんだ。シロップ!アニエス!早く来るんだ。フィアちゃんが大変だ!」
俺と一緒になって狼狽えてくれるシゲさん、血の気が引いた表情で大声を上げてくれる。
「ソウタさん、どうされたのですか?」
夜着のまま慌ててガウンを羽織ってシロップとアニエスが駆けつける。
というか、俺たちの仲間全員が慌てた表情で集まってくれていた。
「落ち着いて聞いてくれ。フィアの病気は”妊娠中毒症”だったんだ。俺の子供ができたんだよ。」
ゴチンと、頭蓋骨が割れるような拳骨をシゲさんに落とされた。
「こ、この馬鹿野郎が!先に言えって言っただろうが!」
心配して損した的な表情のみんなと、驚きを隠せないシロップとアニエスの顔。
すべての意見を集約したのが、今の拳骨だろうか?
痛みで多少は落ち着いたが、胸の奥から湧き上がるこの喜びはそんなもんじゃ止められそうもなかった。
「やったぞぉー俺!フィア愛してるぅ~~~!」
この後、陸海空の軍にあまねく喧伝された「愛してるぅ~~~」事件はことあるごとに話題に上り、俺の立場を悪くするのだった。
だって、嬉しかったらしょうがないじゃん。
それからシロップとアニエスはいつものメイド服に着替え、フィアの見舞いに来てくれた。
「フィアちゃんおめでとう!」
「フィアさん、羨ましいです。私ももう、妊娠してもいいですか?」
なんですか、この人たちは?
安定期に入るまでは動かしちゃいけないって言われて、春まではここに厄介になることになった。
ビューロー公爵はあの晩の出来事を事細かに認め、セントラルキャッスルやセキセンの空軍、ゴの海軍にまで詳報として流布してくれた。その早きこと風の如し。
後々まで余計なことをしてくれたビューロー公爵に辛く当たる原因となったのだった。
「いや、昨晩は楽しゅうございましたな。」
「面目次第もございません。相当に取り乱しておりました。軍の皆様方にご迷惑をお掛けしたこと、深く謝らせていただきます。」
「何を言うんでしょうな。あんな楽しかった夜は無かったですぞ。」
俺はベットに縛り付けられたフィアが退屈しないようにと毎日寝る意外に馬車には帰らなかった。
シロップもアニエスも病室に留まり、フィアに不都合のないように気を配ってくれていた。それでもそれぞれの実家に伝えることは忘れなかったようで、心の籠った祝いの品を届けてもらえた。
なかでも面白かったのはシロップのお母様からの品で、肌触りの良い木綿で縫ってくれたおしめの数々と、アニエスのお母様が準備してくださった銀のスプーンだ。
子供が生まれるのはまだまだ先のことだが、そうなれば必ず必要になるものだし、おしめは確かに有難いモノだった。パン○ースも無い世の中だからね。
銀のスプーンはイングリーンランドに古くから伝わる伝統で、これを贈られた赤子は一生食うに困らないという言い伝えと、銀が毒に反応して毒殺を防ぐ性質を持つことから、お守りとしての意味があるという事だった。
それぞれに想いの籠った品に深く感謝した。
祝い返しに何か考えないといけないだろう。
陛下からも届けモノがあり、2~3歳までは使えそうな揺り籠だった。
お妃様からはフィアのマタニティードレスが贈られ、やはり真珠を練り込んだという生地に暖かそうなショールが付いたふわふわのワンピースがセンスの良さを感じさせる。
空軍のノーア公爵からは飛龍の鱗を加工して作られたお守り。
海軍のイソウロク公爵からは元気の源と言って牡蠣のエキスを糖衣錠にしたサプリメントを贈っていただいた。
飛龍の鱗は戦いにおいてもその身を守る守護を現すもの。
牡蠣エキス錠は元気な子が産めるようにと滋養強壮を考えてくれた実用的なプレゼントだ。
ビューロー公爵は地竜の爪から拵えられた封蝋用の印を贈られた。
いつか執政の身になった時に必要だからと、最高の彫刻師に最短で作らせたそうだ。
みんなに頭が下がる思いだ。
それらの品々を病室に持ち込み、ベットの端に腰掛けた俺とフィアで幸せな話を交わした。
シロップもアニエスもフィアの体調が落ち着くにつれ経験談を聞こうと妊娠初期や今の様子を詳しく聞いているようだ。
ビューロー公爵には世話になりっぱなしで何の役にも立っていなかったのだが、ありとあらゆる便宜を図ってもらい、そろそろ恩返しも考えないとあまりにも不義理なような気がするのだ。
そうしたことをフィアと相談し、陸軍の現状把握をすることにした。
陸軍の装備として、主力となるのは逞しいながらも印象深い優雅さを印象付けるシルエットをもつ地竜だ。
体長15mほどの大きなトカゲと言った雰囲気だが、地魔法を使う典型的なエンシェントドラゴンだ。
飛龍やシーサーペントなどは亜種と呼ばれるドラゴンの近縁種だが、地竜は古の太古より地上最強の生物として弱肉強食のピラミッドの頂点に立つ神格化された正統のドラゴンだ。
飛ぶ種類と二分した体系を持ち、翼を持たない竜でありながら進化の連鎖から外れ、ただひたすらに地上の王者である。
固い鱗を持ち、死角のない全身鎧を纏った地竜はブレスを吐き、敵地を焦土と化す。
また、その四肢は人工物を遥かに凌ぐ固さと力強さ。俊敏さにタフネスを備えている。
その脇を固めるように配備されているのは主力戦車である61式MBT(Main Battle Tank)であるが、52口径90mmライフル砲はローレシアの主力戦車にはすでに力不足の感は否めない物となっているそうだ。
唯一の地竜がいくら強力でも、広範囲になる戦域全体を補うには荷が勝ちすぎているうえに、主力戦車が旧式化しており、ローレシアの成すがままになっているというのが現状だそうだ。
ライフル砲と言うのが砲身の内部にライフリングと言うねじれた螺旋溝を掘り、ここを弾丸が通過することで回転を与え、直進安定性を向上させる目的を持った砲であるが、命中精度が上がる代わりにライフリングを形成する難しさとコスト高。新型のHEAT弾(対戦車榴弾)などの弾頭自身が回転しない方がいい弾頭の発射が困難なことから近年ではライフル砲(ライフリングのある砲)よりは滑腔砲が用いられている。
大口径砲を作製するコストも比較にならないほど安価で、最新の弾頭を用いることができるメリットがある。
また、61式は自動装填装置も持たず、手作業で砲弾を籠める(ガールズアンドパンツァーでアンコウチームの秋山優香里が次々と砲弾を籠めていた。)ため、速射性能に劣り、一発撃つたびに次弾までのインターバルに反撃を喰らってしまう。
車体も小さいうえに570馬力と言う非力なエンジンでは逃げることさえままならないというありさまだ。
陸上自衛隊の最新型、10式を習うならば、二回り大きなボディーに低い全高。1200馬力の高出力エンジンに44口径120mm滑腔砲を備え、HEAT弾などを自動装填によって間髪入れずに撃ち放す性能が欲しいところだ。
また、複合装甲は分厚いだけの圧延防弾鋼と違い、軽く薄く仕上げても高い対弾性能を誇るハズだ。
こうしたコンセプトを実現する挑戦が始まった。
製造が容易な滑腔砲を装備しても特殊弾頭が利用できなければライフル砲を捨てる意味がない。
HEATはHigh-Explocive Anti-Tankの頭文字からなる特殊な弾頭で、先端は見慣れた砲弾型だが、後ろの方は内部に逆向きの漏斗があり、一番奥の絞られたところに爆発用の炸薬が詰まっている。
敵の戦車に命中すると同時に一番後ろの炸薬が破裂し、そのエネルギーが前方に押しやられるのだが、漏斗状の部分でその圧力はレンズで光を集めるように敵の戦車の装甲部分に収束される。
ノイマン/モンロー効果という現象となって敵戦車の装甲を貫通し、内部に高温の爆発を流し込むか貫通できなかった場合でも集まった圧力によって戦車の内側の装甲を破裂させる効果を産む。これによって散弾銃が戦車内で破裂したようになり搭乗員を殺傷する。
ライフル砲で撃ちだすと旋回力が強すぎてノイマン/モンロー効果が起こらずに威力を発揮できなくなる。
こうした話をするとビューロー公爵はじめ、陸幕の閣僚たちは目から鱗とばかりに感心していた。
検証実験を行うこととなり、120mm滑腔砲を試作することになった。同時にHEAT弾も試作するが、漏斗の部分は銅で作った。実際にも銅の弾頭が多いからだ。
曇り空の実験日、むき出しの滑腔砲にHEAT弾を詰め、ローレシアの戦車に多いという分厚い鋳造装甲を模した板を標的にした。
幕僚のみんなが見守る中、ボンという発射音と共に装甲板が向こう側に向かって破裂した。
「おお!?」と言う感嘆と共にその成果を確認した。
見事に貫通した弾頭は装甲の向こう側に放射状の窪みを作っており、正しく効果を発揮したことが確認された。
これを受けてビューロー公爵は全ての主力戦車を新調することを決定し、怒涛の開発ラッシュとなった。
新型車両の車体開発、エンジン開発に装甲の新作。低く薄い砲塔に自動装填装置を詰め込む工夫とHEATの量産。
最終的に組み上がるときに様々な問題が噴出したが、それさえも技術者の執念で乗り越えてくれたのだった。
全長9.66m、全幅3.10m、全高2.16mと、10式戦車に負けないシルエットになった。
1,260馬力の水冷4サイクルV8エンジンはコンパクトながら油なら何でも動くというタフネスと時速70kmと言う高速性能を持ち、自動装填装置により20秒に一発を撃つことができる速射性能も獲得した。
量産化されたのはフィアの妊娠が判ってから6か月後のことで、現代よりも早い開発サイクルにこちらが驚いているほどだ。
フィアもすでに安定期に入っており、大人しくはしていない。
先生によると安定期以降はほどほどに運動しないと逆効果になるという事だったので、危なくない程度の活動は俺やシロップ、アニエスのいる時に限って許可している。
散歩したり、買い物に出かけたりとストレスのないように心がけて体を動かしている。
しかし、もうずいぶんと大きくなったお腹は幼い容姿のフィアとミスマッチのようですごく心配になるのだ。
あと、妊娠が判って以降に全く夜の生活がないが、みんなと一緒に食べる食事だけでエネルギーを賄っているのかと思っていた。しかし、先生によると契約による魔力譲渡が最大のエネルギー源になっているというのだ。
契約しない限り妊娠しないというのは間違いで、魔力譲渡ができて初めて妊娠しても餓えずに済むようになるという事だったらしい。なるほど納得のいく仕組みだと言える。
つわりのような物もなくなり、旺盛な食欲を示すフィアは俺から吸い上げるエネルギーだけではなく、朝菜夕菜にみんなと同じように食事をしている。
太らないかな?と心配しても見たのだが、正直なところ口からとる食事に満腹感以外の意味はないのだった。
カラフトに向けて輸送船団が組まれたのはそれから更に3か月後のことだった。
フィアは既に臨月に近い状態になっており、トウトまでの旅に耐えられるのかも不安になる。
ここまでで俺たちの支援と言うか協力は終了となり、俺たちの見果てぬカラフトでの決戦は結果のみの報告となるようだ。
でも、戦闘に参加するとフィアの出産に立ち会えなくなるし、これ以上ここに居ると臨月に入り、動かすことができなくなる。
出産はやはりトウトの自宅でしたいし、ギリギリのタイミングだったかもしれない。
船団はその腹に200両の新型主力戦車「旭北」と、60両のMLRS、100両の輜重隊や支援車両を満載に、アカギとカガ、ヒリュウ、ソウリュウの護衛を受けてカラフトに出撃した。
海軍の鉄壁の防御を受け、ローレシア海軍の戦艦や重巡洋艦などを塵を払うように蹴散らし、カラフト南端へと強襲した。
絶対防衛陣を組んでいたローレシア陸軍部隊はアカギなどから航空支援として飛来した昂暉爆撃部隊に簡単に突破され、絨毯爆撃による逃げ場のない密度の圧倒的な攻撃は南端の前衛部隊を壊滅せしめた。
輸送船団から吐き出された地上部隊は輜重隊を最後尾に据え、ビューロー公爵の前線指揮の元で進撃を開始したのだった。
時速70kmの進撃は地上戦力の追いつくこともできない速度で肉薄され、軽いパニックに陥っているローレシア主力戦車部隊の中央に襲い掛かった。
走行中にもかかわらず主砲を発射し、次々と次弾を撃ちだす旭北。
その弾頭は狙い違わず敵主力戦車の装甲に命中すると、戦車内部を破壊する。
高圧、高温の噴流と跳ね回る破片が地獄絵図を描き出す。
圧倒的な物量を誇る大陸の王者ローレシアの後方補給部隊から穴の開いた前線に補充の戦車が送られようというとき、ヒューンという飛来音が響き渡り、どこと言わず辺り一面で火の手が上がった。
「なんだ!?」
叫ぶと同時にそのテントも吹き飛ぶ。
人も車も何もかもが爆発し、火の手が上がる。
神国が上陸し、主力戦車が前線を構築するころ、後続として上陸したMLRSの部隊はキャタピラで高速に荒れ地を展開したが、砲塔は積んでいない。
代わりに乗せているのは四角いケース。旭北が更に前線を押し上げるころに全てのMLRSの展開が終わった。
横一線に並んだMLRSは四角いケースを空に向けて地面から60度位の角度で敵地に向けた。
ビューロー公爵の号令に合わせ、ケースの先端から勢い、次々とロケット弾が発射された。まるで乱れ打ちの花火のような連続発射によって敵後方部隊に甚大な被害が発生しており、ローレシアの前線部隊は大パニックに陥っていた。
敵前面の戦車はローレシアの主力戦車の砲弾をはじいた。中には弾かず命中したものもあったが、その戦車の行動が止まるわけではなかった。
前線司令官がパニックに陥ったのは敵新型戦車の速力、主砲の威力。そして通らない攻撃。
全てがこちらの能力を大きく上回り、攻撃が効かず、敵の攻撃は防げない。逃げることもできず蹂躙を受けるしかないのだ。
振り返ると頭上を飛び越していった花火のような曳光弾は背後に居る味方陣地を燃やし尽くしているようだ。
援軍も期待できない絶望的な状況の中で、気が付いた時には指揮官車である自分の戦車に指向された砲塔から一瞬の光を見たところで全てが途絶してしまった。
「敵指揮官撃破確認。前進しますか?」
「おうよ、これほどまでとは思わなんだわ!楽勝ではないか。航空支援もある。遠距離支援もある。すでにこの辺には敵の戦車などおらんのだろう。国境まで前線を押し上げるぞ!
やられたのは幾ついる?」
「はっ、行動不能な車両はゼロです。被弾した車両は20両ほどおりますが、作戦行動に影響はないとのことです。」
「一番はこの装甲だのう。敵弾が通りやせんぞ。うはははは!愉快だ。ヤマノベ公爵、なんと愉快な漢なんじゃ、気に入った。こいつらはこの国の守りの要になろう。そうだろう?副官。」
「はい、まさかこのような車両が手に入るとは思いもしませんでしたね。」
「ああ、クノエから届く燃料がちぃっと心許ないがの。いずれ解決されるとあの公爵は言うておったからの。」
四隻の主力空母からの航空支援もあり、敵の飛龍も一度もたどり着かなかった。
元の国境線の北側から押し寄せるはずの敵の補充戦車もMLRSによって焼き払われた。
そして敵の戦車の攻撃は効かず、こちらの攻撃は面白いように敵を撃破する。前線を元に戻したところで講和と洒落こもうではないか。
親王陛下は領地拡大を望んではおられん。今ある部分を大切に使い周辺との共栄を望んでおられるのは俺たちすべての願いでもある。
今のところはこれで良しとしておこう。
「そうじゃ、そろそろヤマノベ公爵にお子が生まれるころじゃないのか?あの奥方の子じゃからの、とんでもない美しい姫じゃろうての。」
「幕僚長、そのお子とやら成人の頃にも一度見てみたいものですね。」
「まこと、俺もそう思うぞ。」
我が家は今、パニックになっている。
正確には俺だけかもしれないが、夜も更けるころになってからフィアが産気づいたんだ。
とても苦しそうにしているから俺はもう、オロオロとするしかない。
フィアの手を握り、お腹を擦るとまたフィアが痛がる。
「ご、ごめんフィア!どうしたら良い?」
「手を、手を握っていてください。」
フィアが産気づいたことでシロップやアニエスは予め決めた手順通りに産湯の準備をしたり、医師の手配をしたりと手際よくやってくれているんだが、俺はフィアの手を握りハンカチでフィアの額の汗を拭うことしかできない。
ああ、早く医者はこないのか?
痛みに波があるらしく、時々フィアが目を開いて話しかけてくる。
「ソウタさん、この子の名前を考えてます?」
「いや、それどころじゃないよ。でも考えてる。」
「ふふ、そうですか。安心しました。うっ、痛い。」
「あああ、大丈夫?フィア、フィア。」
「遅くなりました。しかし、公爵様が狼狽えてどうします。奥方様の手をしっかりと離さないように。」
「うん。絶対に離さないから早くなんとかしてくれ!」
「大丈夫です。ちゃんと生まれますから落ち着いてください。」
何を言っても大丈夫としか言ってくれない。こんなに辛そうなのに大丈夫なわけないじゃないか。
段々に痛みの感覚が短くなっているようで、もうほとんどずっと痛がっている。
俺はフィアを辛い目に遭わせてるのか?
後ろ向きなことを考えているうちにフィアが息をつめてイキミ始めた。
「さあ、旦那さんは励ましてあげて!」
「お、おう。フィア大丈夫だ。しっかりな。」
俺の手を握るフィアの握力がすごい。
フィアの下半身はタオルケットに隠されていて俺からは見えないが、汗を流すフィアが可愛そうで、謝りたくなってきた。
額の汗を拭い、手を握り返す。そして励ましの言葉を掛けながら心の中では「ごめん」を連発していた。だって、自分の大事な妻がこんなに苦しむなんて見ていられない。
シロップやアニエスもこんなことを望んでいるのか?俺の後ろに二人とも立っており、やはりフィアに声援を送っていた。
もう四半刻ほどフィアが悲鳴を上げているが、ひときわ大きな苦痛を訴えた時、もう一つの鳴き声が聞こえた。
「オギャぁ、ホギャー」
「う、生まれたのか?先生!生まれましたか?」
「はい、きれいな赤ちゃんですね。お母さん似かしらね。」
一生懸命エネルギーを迸らせるように鳴き声を上げる俺たちの子は、元気なサキュバスだ。
フィアと俺の間に一つの命が生まれた瞬間だった。
生まれました。無事に生れたところについては自分の娘を思いながらです。
もうずいぶん大きくなっちゃいましたがね。




