表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/161

【第6話】旅立ち

書きにくい部分でした。

今後書き直す可能性も含みつつストーリー的には影響のない部分なので放置もあり。

 藍色の空が漆黒を引き連れてくるように俺の心は叢雲を呼び、アマテラスの神を岩戸へ無理矢理にも押し込めようとする。


 馬車のくびきを解き、よく働いた馬を厩舎へと戻してやった。

 干し草以外にもたっぷりと野菜や果物を混ぜた褒美をやると、ふんと鼻息を漏らし、いつも以上のごちそうを食みはみ始めた。

 荷馬車も固い藁で作った箒で荷台からごみを掃き落とし、御者台に乾拭きを行い馬房横の車宿りへと押し込んだ。

 いつもならば下働きの男や下男が手伝ってくれるのだが、今日はもう遅くもあるためか、誰も近場には居ないようであった。


 厩舎から母屋へと戻り、自室へと戻ろうと思ったのだが、勝手口から邸内へ入るとそこにはメイドが一人。

「ソウタ様、御館様がお待ちになっておられます。リビングのほうへお越しくださいませ。」

 「ああ、わかったよ、ありがとうな。」

 一部の隙もないメイドは会釈を一つすると俺の前を歩き、リビングへと先導する。

 間もなくリビングへとたどり着き、樫でできているという重厚な扉を音もなく手前へと引いた。

 リビングの中にはお父様、お母様がソファーに掛け、あちらで言う緑茶のようなものを嗜んでいらっしゃった。

 「おお、ソウタか。遅くまでご苦労だったな。」

 労いの言葉と共に向かい側の席を勧めてくる。

 メイドに小さな声でお礼を言い、ソファーへと進んだ。

 「ただいま戻りました。ギルドの依頼についてはつつがなく予定を終えることができました。」

 「ああ、すまなかったな。お蔭でゲツリョウの皆も憂いなく過ごせるであろうよ。」

 報告を終えた俺は、ソファーに深く腰を下ろし、先ほどとは別のメイドが淹れてくれたティーカップを手に取った。

 今まで一言も発することのなかったお母様が、暗い声で発言する。

 「ソウタさん、このたびの討伐は誠にご苦労でした。ギルドより、お礼が参っておりました。しかしながら、少しばかりの確認をしなければならないことがございます。」

 フィアのことを言っているのだろう。

 自分の中で答えを用意していなかったことが悔やまれる。

 唯一の救いが、この場にアーディが居ないことだろうか。

 「お父様、お母様がご懸念のこととは私の側におりますサキュバスのことでしょうか。」

 迂遠うえんに腹を探り合うよりは、時間も短くて済むだろう。

 そういう思考が働く時点で、この人たちとは本当の家族ではないと思い知らされる。

 もっとも、この世界の人間でもないのだから同じ思いを共有するというのも常識の違い、倫理観の違い、過去の経験の違いなどがコミュニケーションの中で顕わになることが多いのだ。

 「ええ、本日ギルドよりソウタさんがサキュバスと共に依頼を終えて帰還したと伺いましたの。アリシア様かダイアン様の縁の者かと考えもしましたのですが、違うのでしょう?」

 「はい、そのサキュバスは私が自身で得た者で、今後はこの者を使役し、自身の成すべきことをこの者と共に成していこうと考えているのです。ご懸念やご心配は当然のことと察してはおりますし、お父様やお母様の意に染まぬのも承知しております。」

 この両親は、どこかの時点でアーディと俺を婚姻関係にし、異世界人の俺を取り込み、これまでのような協力関係をより強固にしたいと考えているだろうことは想像がついていた。

 そうでなくとも良好な関係を築いていたわけではあるし、俺から得られた知識に基づいた社会システムはウォルフ家にとって盤石な地盤を築くためにもトサンの領を発展させるためにもまだまだ使い道はあったことだと容易に想像できる。

 「ソウタ、ではどうしてそのサキュバスを使役することとなった?領軍や魔法使いの方々はどなたも協力的ではなかったか?」

 「お父様、領軍や魔法使いの皆さまはどの方を見ても私をひとかどの冒険者として扱ってくださいましたし、いついかなる時も安全で安心でございました。しかしながら、彼らは私の実力や私の想いではなく、領主様やお父様の意向に勝るものでもなく、ご自身の果たすべき役割を果たしておられるにすぎません。此度サキュバスと縁を結び、グレートビーを狩って気が付きましたが、私は異界からの冒険者でございました。サキュバスと背を預け合い、命を懸ける中で自分の判断、自分の力量と相棒となるものの働きによる成果を実感し、目指すべき道の一つを知ったのでございます。」

 「ソウタさん、アーデルハイドはあなたを兄として未来の伴侶として思いを育んでおります。承知のこととは思うのですがこの想いを受け取ってはもらえぬのでしょうか。」

 十分に判っていた。

 アーディの兄に対する思いは本当の兄に対する思いではなく、身近に置かれた異性に対する憧憬どうけいと、思慕しぼであり、恋慕れんぼであろうこと。

 それに対する両親の期待とこれまでの努力。

 「お母様、おっしゃることは自分でも十分理解しております。しかしながら私は異界より参った身。知識をお父様に活かしていただけることについては感謝の念に堪えませんが、この世界においてそのようにお気遣いいただくことは一方では独自に進むべきを、あるべき進化を歪めているかもしれないと考えることもあるのです。アーディには気の毒なこととは思います。しかし、サキュバスは私の伴侶ではないかもしれませんし、いつかアーディが私の永遠のつがいとなるのやもしれません。でも、アーディはまだ若い。その時期ではないでしょう。」

 そう、フィアが自分の伴侶であるかアーディがそうであるか、将来のことなど何もわかりはしない。極端な話、そのような心配をする前に自分自身が元の世界に戻るかもしれないし、今の段階で決められることなど何もないという事だろうと思うのだ。

 この世界で生まれ、この世界で育ち、今後を考える人たちであれば生まれた時から許婚が居たり、将来が約束されていても不思議ではないのかもしれないが、俺は昨日まで此処には居なかったし、明日此処にいるとも限らないではないか。

そのような根無し草がこの世界で生まれ育った上流階級の、波瀾万丈を知る必要もない人たちに無理を強いる必要もないと思うのだ。

 「ソウタさん、アーデルハイドは・・・」

 「お母様、今からフィアを。サキュバスを呼びますので、ご自身の目で見てください。」

 『フィア、今すぐ俺のところへ来られるか?』

 フィアの気配に語り掛けると、僅か10秒と待たずにその身を俺の背後へと現した。

 「っ!?」

 お父様、お母様は次元を超えて現れたように見えたフィアに対し、ある意味嫌悪にも似たような視線を向けた。

 トサンの町で、またはこの世界でサキュバスへ向けられるこの視線はどうだろうか。

 「フィア、俺はこの屋敷の御館様とそのご家族に対し、お前の存在を話した。また、それに対するお考えはお前自身も知ったことだと思う。しかし、俺はお前と冒険を続け、自身を高め、お前の必要とする実力をつけようと思っている。フィア、お前はどうするべきだと考える?」

 俺の背後に隠れ、その姿を灯りの前に晒そうとしないフィアから小さな、小さな意見を述べられた。

 「我が主人の思うがままになさるのがよろしいかと。私は主人に仕え、主人の望むままに生き、主人の望むときに死にます。」

 主従契約も結んではいないが、俺の思う回答をフィアから引き出すことができた。

 この場をおもんぱかってのことではあろうが、この時ばかりは役者だなぁと、思ったものであった。

 「ソウタ、お前がこれから歩んでいく道は決して平坦ではないだろう。我らが領主の庇護から外れ、その身ひとつで生き抜いていくためにはこの世界はけして優しくはない。しかし、どのような結末を望むにせよ生きてその証を示せ。その結果を私たちに見せてくれるだろうか。」

 「お父様、お母様、何くれとなく不自由もせずにこうして来られましたのもあなた方のおかげです。この恩義を終生忘れることなく、また、報いるために戻ってくることもありましょう。その際には玄関を開いてはいただけますでしょうか。アーデルハイドには可哀想なことをしました。よろしくと伝えていただけますでしょうか。」

 「ソウタさん、必ず帰ってくるのですよ。」

 お母様はそれでも優しく、大きな心で俺を包もうとしているようだ。

 「ソウタ、サキュバスは災厄をもたらすものだ。お前の側に控えておろうその娘とていつかはお前に死をもたらすかもしれん。契約を結んでしまったのであれば、もはや安寧はないものと思い生きる努力を常にしなければならない。トサンを出、西へ進め。クノエの大陸に迷い人の手による至宝があると聞く。比翼の鎧が連理を極めし者に大きな力を与えるそうだ。これを得、その身にかかるであろう災厄を見事払いのけ、立派になって戻ってくるのだぞ。」

 

 「それでは、お父様、お母様、一時のお暇を頂きます。ご健勝であらせられますよう祈念しております。」

 「フィア、少しの旅に出よう。」

 「はい。お供いたしましょう。」

 俺は、ソファーから立ち上がり、振り向くとフィアに手を伸ばした。

 フィアもその手を取ってくれ、僅かな笑みを浮かべてくれた。

 背後から俺に覆いかぶさるようにフィアが背に乗り、風が吹いた瞬間に俺たちは屋外へと飛んだ。

 ここからは自分の足で歩くことになる。

 決意を固めたところで背中にフィアをおぶったままだったことに気づいた。

 「フィアはいつまでそうしているつもりだ?」

 「はい、降りろとご命令されるまでです。」

 もうしばらくそうして居ろ、そう呟いて僅かばかりの身支度と少なくない路銀を確かめ、門を目指して歩き始めた。

 数歩で街道へと出る距離になった時に嘶きが聞こえ、ガラガラという車輪の音と共に昼に十分働いた栗毛の牝馬が昼と同じ馬車を引いて近づいてきた。

 「御館様より、準備しておくように申し付かっております。このままお持ちになってください。」

 勝手口で待っていてくれたメイドである。

 馬車の準備をし、俺が出てくるのを待っていてくれたようだ。

 「すまないな。お父様にもお礼を伝えておいてくれるかな。」

 「御意に。」

 そう言って深く腰を折ったまま、俺たちを見送ってくれた。


 何となく、話の流れ上我が家を出てきてしまったわけだが、今にして思うとそんな必要があったのだろうか?

 まぁ、フィアに対する彼らの態度からするに、俺がフィアを手放すか今のように出てくる意外に落としどころはなかっただろうと思うし、これからの自分を思うといち貴族に成り済ますのもいずれ限界を迎えただろう。

 アーディにはとても申し訳ないことをしたと思うが、自分らしく生きようとすればあの家に婿入りしたところでいずれは退屈してしまったことだろう。

 最後にこの馬車を譲ってもらえたことから、道のりも随分と楽になった。

 荷台には飼葉も豊富に積まれているし、御者席の下には岩塩も大きなものが準備されていた。当面この馬を維持するに必要なものはないし、フィアと言い、この雌馬と言い、まるでハーレムのようだと思えば気が楽というものだ。


 ゴウウという割と低い丘陵地帯を超え、コウリョウと言う鉄や銅の町を抜け、トサンの西の山岳地帯へと三日かけてたどり着いた。

 海沿いを進むことで山道を越える必要もなく、整備された街道を進めるので意外にも簡単に国境を越えるところまで来られた。

 セキセンの国に入る際にさっそくトラブルがやってきた。

 「おい、お前。どうして冒険者カードを所持していない。身分の証明できないものはここを通すことはできんぞ。」

 そう、フィアには冒険者ギルドで発行される冒険者カードがなかった。

 そんなことなど思ってもいなかったために、確認さえしていなかったのだ。

 この場合に取ることのできる手段は、一度冒険者ギルドのある街に戻り、登録の手続きを済ませるかこのまま押し通るかだ。

 とは言うが、押し通るとなると以降は所謂「お尋ね者」だ。

 「やれやれだな。フィア、一度戻って出直しだ。」

 「そうなのですか?」

 「コウリョウまで戻る。そこの冒険者ギルドでフィアの冒険者カードを作ろうな。パーティ登録もしなきゃいけなかったが俺も失念していたようだ。」

 フィアの顔に笑顔が咲いたようだった。

 ここ数日の間に随分と表情が豊かになったように思う。

 ジト目で見られるのは地味にダメージが大きいのだが、今みたいに笑ったり、頬を膨らませてむくれてみたり、最初のころと比べると普通に女の子らしいと思える。

 「ソウタさん、パーティー名はどうしましょうか?」

 「ウィンドソードだ。風の剣と言ったところかな。」

 「それって・・・よろしいのですか?」

 「ああ、うちのパーティーの主力は何といっても風姫、風剣だろ?お気に召しましたでしょうか我が姫さま?」

 そう、俺たちはこれから様々な出来事に出合い、立ち向かっていかなくちゃいけない。

 何事も一人じゃないというのは不安も少なくなる。

 フィアに至ってはもう、ご機嫌である。

 御者台に腰掛け、両足をそろえてぷらぷらしながら満面の笑顔で進む道を眺めている。

 進行方向としては逆戻りなんだがな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ