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Contractor with blood(血との契約者)  作者: 小西敬
成り上がり貴族の章
55/161

【第55話】サキュバスのシル。

いつも読んでいただきまして、ありがとうございます。


週末更新は意外と余裕がありますね。いずれ週一ペースになるときは週末にしようかな。

今話はちょっとだけ、悲しい話です。

 キャンプを撤収し、件のダムへと向かった。

 馬車で半刻ほどの距離だから苦も無く到着することができた。

 そこには大層立派なダムがあるハズだったのだが、あったのは砂防ダムにも及ばないせきだった。

 堰き止められた流れは脇に設けられた用水へと流れ、無理矢理に歪められた多くの水流は本流から反らされ、あるべきところへ行けないでいた。

 下流で牧場を営むご主人が苦しんでいる理由が分からない。

 そして改めて検分すると発電設備もなく、堰そのものの存在価値が全く分からなかったのだ。

 こうしたことが積み重なって、配分された国庫金がいずこかに消えているのだろう。

 そして、少しずつ積み重ねたこうした不正の数々が言い訳のできない大きさになった時に開き直るしかなくなるのだろう。

 「ソウタ殿、この堰はこのままにしておきますか?牧場主の方のためにも撤去した方が良いのではないかと考えますが。」

 「フィア、横に逸れたこの水がどこに流れているか確かめてもらえるか?」

 「はい、判りました。」

 キヨシゲさんの意見ももっともなのだが、勝手していいわけでもないだろうと下流の様子をフィアに見てもらう。

 羽を展張し、あっという間に空に昇って行ったフィアは四半刻も経っただろう頃に戻ってきてくれた。俺の腕の中に戻ってくるのはいつも通りだ。

 軽く抱きしめて労ってやると、微笑みながら状況報告をしてくれる。

 「下流では別の用水に合流してますね。その先には海岸線からの距離も近いですから特に流れを利用した施設もないようでした。」

 「じゃあ、この堰については用無しという事にしましょう。」

 俺の魔法で堰が撤去されるが、上の方から順に取り壊していかないと、土石流になったりしかねない。時間をかけ、水量に注意しながら上部から取り壊していったが、規模も大したことはないしすぐに全撤去が完了した。

 元の流れに水量が復元したこともあり、来年の牛たちはきっとよく太っているかもしれないな。堰を撤去したことに異議を唱える公爵は来年は居ないのだから問題ない。

 その他の監査対象も大なり小なりこんな様子なのだろうと確信を抱かせるものがある。

 戻り際に牧場に立ち寄り、上流の堰を撤去した旨を伝えた。

 話を聞いた時には喜びを隠さなかった牧場主だったが、その後のことに思い至ったのだろうか不安を述べ、心配だと独りちた。

 「大丈夫ですよ、このエイゾの領主は近日中に変わります。今度の領主は親王陛下肝いりの方がいらっしゃいますので理不尽なことにはなりませんから、ご安心ください。」

 ポカンとした表情で聞いていた牧場主に冒険者カードを手渡してやると、ミスリル製のカードに嵌め込まれた貴族用メダルを見た瞬間に地べたに座り込んでしまった。

 土下座なのか臣下の礼なのか判らない、見てるだけで可哀想なほどの恐縮具合、震え具合でこちらが困ってしまうほどだった。

 どうにかなだめすかし、安心させ、牧場を後にした。

 フダホロまで行く間に可能な限りの投資された痕跡を確かめた方が良さそうだという事に落ち着いた。こうした小さな不正が積みあがっていても、肝心な大規模投資については額面通りに行われており、監査の目を逃れられる可能性があるという意見が大勢を占めた。

 大規模投資も全てが正しい目的のために行われているかは判らないが、大きければそれだけ目が反らされやすいだろうし、俺たちでは判断のつかない可能性もあるからだ。

 ハコタチまでにも幾多の監査対象があったのだが、打率は約2割。8割の施設や整備対象などは全く手つかずで、何に投資が行われたか確かめるまでもない。

 残りの2割に付いても同様で、施設はあるが中が空っぽだったり、工事が行われた形跡はあるが完成に至っていないとか、基礎工事は行われているが雑草や木立に覆われているとか、見るに堪えない状態になっていた。

 忙しく仕事をしたような気持になったころにハコタチに到着した。


 すっかり日も暮れ、夜景の楽しめる宿を取った俺たちだったが、フダホロからやって来たという領主の先触れに夜のお楽しみを邪魔されていた。

 「それがし、ヒルマン=ビルング男爵と申します。ウィリアム=フレデリック・グロスター=エディンバラ公爵様の使いで参りました。」

 「はぁ、そのビルング男爵殿はこのような場所へ何をしにいらっしゃったのでしょうか?」

 日に当たっていないのだろうか白すぎる肌に不健康そうな灰色の瞳と、表情を暗くさせる目の下のくま。180cmほどの長身に体重があるのかと思わせるひょろ長い痩身。

 40歳を超えていそうな男爵が俺の前に跪いている。

 「我が主より親王陛下の肝いりとお噂のヤマノベ公爵様を丁重にもてなすように命を受けてまいりました。」

 大概のことには目をつぶり、良い思いをして帰ってくれという事なのだろう。

 「それは大義でしたね。ビルング男爵殿、本日はこの宿でささやかな歓待を頂く予定にしております。折角のところではございますが、ご心配には及びません。

 また、本日はいくつかの施設について勝手ながら見学させていただきました。報告の資料との相違点に付いていかようなご意見を伺えるのか楽しみで仕方がないのですが、そちらの方についてのご準備はいかがか?

 この件については直接にも公爵様よりお言葉を頂かなければなりません。私どもにお気遣いいただくよりは失策隠ぺいの言い訳を考える方が重要ではないかと進言いたします。

 私どもは懐柔に首を縦に振るような気の利いたことはできませんので、急ぎお戻りになられ良くご相談をされるのが良いでしょう。すでに新しい領主の候補についても親王陛下と打ち合わせておりますので、生半なまなかでは事態を覆すことはできませんと申し上げておきましょう。

 男爵に置かれましても斬首刑や私の魔法による火達磨、爆裂、凍結に異次元への放逐など様々な選択肢もございましょう。公爵様とどれを選ばれるのが良いか申し合わせるお時間が必要と存じます。

 本日はわざわざお越しいただきましたが、このままお帰り頂き、より良い未来のためにご尽力なさるのがよろしいでしょう。」

 すでに決定しているように申し渡してやった。

 脂汗を浮かべる男爵など生きようが死のうがどうでもいいという言い方になったが、それが本心だ。

 慌てて俺の前から姿を消した男爵を見送りもせず、宿の主人に夕食の準備をお願いした。

 「こ、公爵様。こんなボロ宿で夕食を召し上がるので?」

 先ほどの男爵に対するすべてを見聞きしていた宿のご主人はすでに俺たちの正体を分かっている。

 まさか、公爵が止まりに来るなんて!?って状態なのだ。

 「こちらのお宿のお勧めはどのようなものでしょう?」

 いい笑顔で俺が聞くと、ご主人はすくみ上がりながら答えてくれた。

 「ほ、ほ、本日は羊のいいところがごぜぇやす。羊の乳を使って乳酸発酵させたチーズの溶かしたのに焼いた肉をつけて食べてもらえますが、それでよかったでしょうか?」

 シロップとアニエスの瞳が光り輝いている。

 「お館様!フォンデュですよ!美味しいに違いありません。」

 「そ、そうか?ではご主人、その羊肉のフォンデュ、人数分ご馳走になっていいですか?」

 貴族家大騒ぎのリクエストに転びそうになりながら厨房へと駆けこんでいった。

 そして出された料理の美味なること!個人用のコンロで自分の食べたい羊肉や野菜たちを炙り、温かさを保たれたチーズソースの小鉢にくぐらせてから口に運ぶと濃厚な羊のチーズのまろやかな味と新鮮な羊肉の癖のない旨みがお口に広がるのだ。

 厨房から恐る恐る様子を見ていたご主人を呼びつけ、握手と抱擁を交わしてから同じテーブルにつかせて酒宴の中心に置いてあげた。

 始終恐縮ばかりしていたのだが、酒も程よく入り俺たちの様子から満足してもらえたことが判ったのだろう、気さくなオヤジとなって話しかけてくれるようになった。

 「うまいか?そうだろう!ここいらの羊はみんな自信をもって育ててるからな、旨いんだよ。チーズだって食べるまでに二年もかかるんだぜ!旨くないはずがなかろうが!!あんたたち、良い人だなぁ。

 今日来た奴らなんかとは全然違うぜ!」

 重税と意味不明な工事、挙句に尊大な態度で無理難題を押し付けられ、それでも相手が貴族なものだから文句を言う事さえできないのだと。

 それでも俺が追い返したのは領主の使いだ。

 しかも、何をしに来たのかを正確に把握している。最悪はこちらに軍隊を差し向けることも考えられるのだ。

 いい感じに仕上がっている宿の主人に断りを入れ、歩哨を立たせると伝えた。

 「この寒い日になんてことをさせるんだよ。ちょっと褒めたらこれだからな。貴族っていうのは・・・」

 ブツブツと諫言かんげんを弄する主人を玄関先まで連れていき、次元断層を開いてレネゲイドを召喚して見せる。

 「な、なんだこれは?」

 全高18mに及ぶ銀色の巨人を前に酔いが醒めたような顔になってる。

 「レネゲイド、朝まで申し訳ないが見張りを頼む。」

 「了解。」

 「敵性勢力については判断を待たず、殲滅してくれ。」

 「了解しました、マスター。敵性勢力は速やかに殲滅します。この建物には何者も近づかせません。」

 「任せた。」

 「お、お、おい、公爵さんよぉ、こいつは生きているのか?」

 「ええ、この巨人に掛かれば国の一つも苦労なく消して見せますよ。」

 「くにがきえる?ばかな。それが俺の宿を守ってくれるのか?」

 「明日の朝までゆっくりお休みください。今の領主がこの宿に来ることなど、どうせ二度とありませんからね。今度来るときもまた、美味しいものを頂けますよね?」

 「おう、任せておいてくれよ。とびきり旨いものを食べてもらうよ。」

 「そうですか!楽しみですね。」

 翌朝、目が覚めてみると宿の主人が俺たちの部屋の前にうずくまっていた。

 「どうされましたか?」

 「わ、わたくし、昨夜は大変な失礼をしてしまいましたようで、どうやってお詫びをしたらよろしいかと。」

 「さて?何のことやらわかりませんが?私たちとお酒を楽しみ、次の機会にも美味しいものを頂けるとお約束いただきました。

 それ以外には何もありませんでしたよ。次はいつ頃にお訪ねしたら別の美味しいものを食べさせていただけるのでしょう。」

 は?みたいな表情をしている。

 「ですから、次はいつ来たらいいでしょう?」

 「え?次があるんですか?」

 「やっぱり私たちなどお邪魔でしたか?」

 「い、いやいや、そうじゃ無くてですね。私、手打ちになったりしないのでしょうか?」

 「え?なぜです?」

 お互いに?マークを飛ばし合いながら会話がかみ合っていない。

 俺の前に出てきたフィアが宿の主人に問いかける。

 「次は私たち、いつ来たらいいでしょうか。何が美味しいでしょう?」

 「へい、毎年の秋にはサケの遡上があります。その時期には脂の乗ったサケに交じって卵を持っていないサケも混じることがあるのですが、コイツがめっぽう旨いんです。

 野菜と一緒に焼いて味噌仕立てにするともう、言いようのない旨さです。」

 「ソウタさん、次は秋に来ましょう。」

 「いいね。じゃぁ、今度の秋にでもまたみんなで来て、ご主人にたくさんお酒を飲ませてみような。」

 「いや!そいつは結構です。勘弁してくだせぇ。」

 他の部屋からもみんなが覗いていたのだが、その会話で爆笑になり、主人は恐縮していいやら嬉しいやらでオロオロとするばかりだった。


 ハコタチを発ち、フダホロまでの道のりを脇に逸れ、寄り道をし、正体の知れた妨害工作に遭いながら敵対勢力をぶっちぎりながら進んでいった。

 やはり小さいものになればなるほど実体のないことが判り、それが実に多いことにも気が付いてきた。少し開けた場所では必ずと言っていいほどに軍隊が待ち構えており、数十人から100人ほどが言いがかりをつけてくるのだ。

 この程度の人数で俺たちをどうこうしようという事が間違いなのだが、山奥でそれほどの大規模な軍隊を展開できるわけもなく、結局チマチマと小競り合いが続いているわけである。

 8戦全勝であるが、いい加減にしてほしいものである。

 フィアか俺が範囲魔法で初撃決着をつけており、馬車に乗った仲間に至っては戦の準備さえしていない。だって、開戦1分も戦闘が続かないんだからね。

 フィアに全身を痺れさせられ、身動きが取れなくなるか、俺に見えない何かで縛り付けられ身動きが取れなくなるかのどちらかで数百人規模がスタンしているのだ。

 それは仲間たちがだらけ切っても仕方がない。訪問先に軍隊がいれば問答無用で対峙する前にいきなりスタンしているので、相手と会話さえしていない。もう、面倒になっちゃったんだもの。

 誰も死んではいないが、誰も麻痺から抜けられてもいない。それぞれの場所に放置してきているのだが、挟撃されても危険なのでスタン効果を解除していないのだ。

 兵たちも襲う相手を見て躊躇してしまうらしく、僅かの人数にその半分が女性。

 まともな戦いにはなりはしないだろうという気がしても仕方ないだろう。その中から幼そうな女性が歩み出て、何事か?と思う間もなくスタンの魔法を掛けられる。

 これを繰り返し、フダホロまであちこちに痺れの切れない兵たちを量産してやってきた。

 領都にたどり着くと、街の入り口には数万にも届くだろう兵士たちが隊伍を組んでいた。

 分厚い槍衾そうきんを組み、馬車での突入を防ぐようだ。

 その後ろには多数の弓兵が並び、両翼には馬に騎乗した騎兵が曲刀を掲げ、陣取っている。

 歩兵は俺たちが魔法戦を得意としていることから混戦になるまで、つまりは魔力が切れるころまで温存するつもりらしく、一番奥に控えているようだ。

 俺の魔力が切れるとすればここの兵士たちはその時には誰もいなくなっていると思うのだが、どうだろうか?

 示威行動の一つとしてレネゲイドを召喚した。

 ざわつく槍兵たちを無視して屹立するレネゲイドが背中からバスターランチャーを引き抜くと搭乗を促される。

 フィアと俺が乗り込むと、目標を指示した。フダホロのわずか西にある藻岩山に狙いをつけた。俺とフィアが調べる限りで住んでいる人もいない上に今は登山者もいない。

 多少低くなっても構うまい。

 甲高い高周波音を響かせたのちに薄暗がりをぶち破る閃光と号砲が響き渡り、一直線に放たれた太いレーザーは狙い通り・・・以上に藻岩山を削り取ってしまった。

 正確に言うと標高531mの質量が無くなってしまった。

 多分だが、ずっと背後にある標高1,023mの手稲山も。ここからでは確かめられないが、どちらも標高と言うより、海抜0mだと思う。

 鳴り響いた砲声の木霊が収まり、大気中に舞い上がった土砂の類が気流で流されると全ての兵の声も消えてなくなっていた。

 一人、二人と後ずさるものが出始めていたが、レネゲイドが兵たちに向き直りその双眸が鋭い蒼に光った瞬間、我先にと逃げ出す兵たちで領主の館の周りはパニックのようになってしまった。

 レネゲイドがバスターランチャーを背中に背負い、領主の館へと歩を進めるころには公爵邸の前にひとの気配はなくなってしまい、玄関前にたたずむようにしている執事だけが恐怖に耐えているようだった。


 屋敷を睨み、見下ろすようにレネゲイドが立ち、その足元に三台の馬車が停車している。

 俺たちは執事のとりなしでウィリアム=フレデリック・グロスター=エディンバラ公爵その人に面会できることになった。

 というか、どうしても会ってほしいそうだ。

 謁見用のホールに全員で入ると公爵本人とビルング男爵の二人が俺たちを待っていた。

 みんなは入り口近くに控え、フィアと俺だけが進み出る。

 「よくおいでいただきましたヤマノベ公爵殿。なにやら色々な手違いが重なりましたようで面目もない。」

 「ふざけたことを言いますね。あの軍隊が何の手違いだと仰るのですか?」

 手違いで屋敷もバスターランチャーで撃てばよかったと口に出てしまった。

 男爵には聞こえたようで、震えあがっている。

 「この期に及んで申し開きどころか、おとぼけのご様子。親王陛下のお怒りを鎮める何の足しにもなりませんね。

 どの程度の不正が行われているかまずは私が確かめるという予定でしたが、断罪官である私の判断で取り潰しも構わないと陛下より承っておりますので、そのような処遇とさせていただきます。」

 「いや、待たれよ。極寒の地で人々を餓えさせず、尚且つ進歩的に発展させるという事がどれほど難しいものかわかるか?」

 「いいえ、まったく。それと偽の開発計画を報告することとは関係がないと言わざるを得ません。それより、行われなかった投資分のお金はどうなったか会計報告書を見せてください。言い分についてはそのあと気が向いたら聞きましょう。」

 「黙って聞いておれば公爵と言えど若造の分際でいい気なものよ。少しばかり陛下のお近くに居るからと公爵風情がどれほどの力を持つというのだ!」

 「これでいいですか?」

 陛下から預かっている指輪のレプリカを見せる。

 「そ、それは親王陛下の封蝋の指輪!ばかな、そんな馬鹿な!陛下はお前に全権を預けているというのか?」

 「ええ、その通りです。先の陛下の弟君のお役目を継ぎ、断罪を行う許しを得ております。」

 「だ、誰かいないのか?」

 静まり返った屋敷の中には人の気配が感じられない。が、一人だけやたらと殺気を放つ人がいるようだ。

 「お一人隠れていらっしゃる方が居られるようですね。」

 「ソウタさん、相当のレベルがあるようです。」

 「ああ、わかってる。レベル6の腕の立つ方のようだ。」

 そこまで言うと俺たちが入ってきた入り口と反対側の扉があき、和装に似た着物を着崩した年若い女性が入ってきた。

 「あんたがヤマノベ公爵様かい?で、そっちが嫁にしたというサキュバスだね。」

 「良く知ってくれていて嬉しいよ。そちらは何というお方かな?」

 「私の名前を知ったところで死んじまうんだからもう、会うことなんてないよ?」

 すごい自信家のようだ。それに見合う技量があるのだろう。

 鑑定からはレベル6のサキュバスであることが知れる。初めて見たなフィア以外のサキュバス。

 魔法は契約前らしく何も取得していないようだ。それでもレベル6という事は体術か剣にでも優れているのだろう。

 左腰にレイピアのような細剣を吊るしている。

 「そっちのサキュバスちゃんに聞いてもいいかい?」

 「なんでしょう?」

 「あんた、その公爵と契約してるんだよね。」

 「そうです。望まれて契約できました。それが?」

 「ふ~ん、望まれてねぇ。契約っていいものなの?どんな感じかしら。」

 「おっしゃる意味が分かりませんが?」

 「フィアと契約したことでフィアは不死身になった。そして俺の使う魔法の全てを引き継いでいる。でもそれは一般的に知られていることじゃないか?」

 「ああ、それは私も知ってる。私が知りたいのはただ一人に愛されるのってどういう気持ちなんだろうなってさ。」

 「お前はどうして誰とも契約しない?」

 「え?この人サキュバスなんですか?」

 「どうして?めぐり合わせかもしれないし、私の理想が高すぎたのかもしれないね。でも、後悔はしてないよ。こっちの公爵様もずいぶんと良くしてくれるからね。

 トウトに奥様さえいなければ私は契約してほしかったかなぁ。」

 本題の見えない会話を交わしつつそのサキュバスは俺たちに近づいてくる。

 刹那、ピンポイントでレイピアが俺ののど元を狙い刺突されてきた。

 ピィーンという繊細な音と共にフィアの大剣がその剣の腹でレイピアを受ける。

 デストロイウォールも間に合っていたのだが、フィアの反射神経にも恐れ入る。

 「ちぃ!」歯ぎしりが聞こえるほどの距離からサキュバスは後ろへと飛び退いた。距離を稼いでレイピアを鞘に仕舞う。所謂居合抜きと言う剣技だ。

 フィアが契約しているサキュバスであることを知れば、フィアへの攻撃は無駄になる。

 当然俺への攻撃しかありえないだろうという訳だ。会話の中からそれは分かっていたが、居合は大したレベルだ。さすがレベル6と言ったところか。

 俺たちがともにレベル10でなければ。

 俺の前に立つフィアを睨みつける。

 「つくづく嫌になるねぇ。大したご主人様についたサキュバスと言うのは手が付けられないよ。」

 「お前は間違ってる。フィアは俺に仕えているわけじゃないよ。俺が頼んで嫁になってもらったんだ。お前の名前は?」

 「私はシル。シルっていうんだ。死んでからも覚えてるつもりなの?」

 言い終わらないうちにその姿が消える。いや、俺たちには見えているが。

 ピキン!俺に向けられたレイピアが俺の背後から現れる。が、見えている以上それを素直に受けてやる義理はない。背後に展開した障壁にレイピアが突き刺さり、先端が折れ飛んだ。

 それでも更に横に加速するシルは俺の左側面へ切りつけてきた。

 今度はフィアの射程距離に入ったようで、全く目視で捉えることのできない速度で振るわれた1.5mの大剣は細いレイピアを根元から叩き折る。

 シルの手元に残った柄を天井に放り投げ、抜き手を放ってきた。

 障壁を出さずにその手を手首から捩じ上げ、関節を外してやる。

 「無駄だよ、お前の動きは俺たちに見えている。何をやったところで届きはしないな。」

 「くそ!」

 言葉遣いが段々荒れてきているようだ。バックステップでいったん距離を取ったものの、間髪を入れずに俺の背後に回ろうとする。

 今度は障壁を発動し、手刀が障壁と衝突する。

 「くそ!くそう!」

 「シル!何してるんだ、とっとと仕留めるんだ!」

 他人の苦労を知らないものが簡単に言うモノだ。シルは右手首の関節を外され、いま、左手を負傷した。剣もなく、徒手空拳の術も失われた。

 もう戦えない者に言う事ではないな。

 しかし、シルはまだ諦めていなかったようだ。痛みを無視し懐から取り出したそれは赤黒い歪な形の魔石だった。

 「デストロイウォール!」

 公爵、男爵をシルと同じエリアに閉じ込め、全員に伏せるように指示を飛ばす。

 「フィア、二人を!」

 「はい!」

 フィアはシロップとアニエスの元へ風のように飛び、抱えて押し倒す。

 同時に轟音が屋敷内に轟き、障壁内が爆発で見えなくなる。障壁で防ぎきれない衝撃波によってこのホールの天井や壁に大きな亀裂が走り、シャンデリアが落ちてくる。

 もう一つ障壁を展開して、仲間たちの周囲を囲んだ。

 間もなく爆炎が収まると最初の障壁内の様子が見えてきた。結果として三人とも生きてはいなかった。

 非常に狭い空間内で爆裂魔石を作動してしまったからか、五体満足な死体はなかった。全てが吹き飛んでしまい、シロップやアニエス、エンジニアには見せられたものではない。

 「シゲさん、みんなを連れて部屋から出てもらえますか。」

 黙って手を挙げ、理由を把握したらしく、こちらを見ないように全員を誘導して玄関ホールまで出てくれた。

 俺の隣にはフィアが立ち、俺の手を握ってくれていた。

 「シルさんはああするしかなかったのでしょうか?」

 「さあ、どうだろうな。ただ、あの公爵から離れられなかったのだろうな。」

 こんな時にサキュバスのどうしようもない種族特性に苛立ちを覚えてしまう。

 フィアはいい。俺が大切にするという誓いを立てているわけだし、俺が死ぬまで一緒に居てくれるだろう。

 こんな風に出会ったサキュバスが、その身を立てて行けていないことを知るとやるせなさを感じずにはいられない。

 一緒に吹き飛んだ公爵や男爵などもう、俺の記憶にも残らないだろうが、シルはしばらく忘れられないだろう。

 「ソウタさんは優しすぎます。世の中の全員が幸せにならないと自分が悪いみたいに考えたりしてませんよね。」

 「さすがにそこまでではないんだけどさ、目の前に居る人ぐらいは何とかできないかなって思うときはあるんだよ。間違ってるかな。」

 「思うだけならいいですよ。でも、それを本気でやろうとするのは止めてください。そんなにはままならないものだと知るたびにソウタさんが傷つくのは見ていられません。」

 「うん。分相応にフィアとシロップ、アニエスだけは幸せにできるようにがんばることにしようかな。」

 「よろしくお願いします。」

 そう言い腕を絡めてくるフィアと一緒に屋敷を後にすることにした。

 部屋を出たところで執事と会い、次の領主が赴任するまでの間に屋敷の修繕を済ませておくように申し送りをした。

 あと、公爵の私物をトウトに運ぶように手配してもらった。

 後味の悪い結果になってしまったが、俺たちは今回も無事に誰も欠けることなく帰路につける。

 あ、カニとウニ。

 フダホロよりハコタチで買った方が良いという事だったし、帰り道に寄っていくことにしよう。

フィアに優しいと評されたソウタでしたが、チートだろうとできることになんて限りがあるって話だったです。

シルって娘、少し気に行ってたんですが残念なことをしました。

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