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【第5話】フィアの剣

仕事で切羽詰ると現実逃避したくなりますよね。

 一言でいうならば「疲れた」。

 盛りのついた中・高校生ならいざ知らず、毎晩食事に付き合うのはさらに自分を鍛えていかねばいずれ、足腰が立たなくなりそうだ。

 「ソウタさん、おはようございます。日の出までは半刻(1時間)ほどあります。討伐に向かいますか?」

 お肌艶々のこの少女は準備万端らしく、あの大剣を背に村の出口を見つめている。

 「ちょっと待ってくれ、飯だけ食わせてくれないか。」

 夕べ作ったスープにもう一度火を入れ、干し肉を足してから固いパンを浸し粥状にして食べる。

 装備は昨晩の出来事のお蔭ですべて脱いじまっている。

 15分で食べ、10分で装備を整えた。

 「よし、行こう。」

 村の簡易な柵を抜け、林間部へと侵入する。

 トサンの稜線に明かりがさすように夜明けが近づいている。


巣の規模はかなり大きいと言える。

 林間部の白樺ではないかと思われる樹木二本の間にたっぷりとした巣が作られている。

 「フィア、巣に戻っている蜂はまだ動き出していない。接敵後は近接戦闘になるがいいか?」

 「問題はないですね。蜂がこの数であれば私だけで十分以上に対処できます。」

 どんな戦闘能力なんだ?

 「初撃は任せてもいいか?撃ち漏らしは俺が対処する。」

 「いいえ、撃ち漏らしはありません。ソウタさんはここで観戦していてください。」

 「は?」

 有無を言わさぬ宣言の後、その場から忽然とフィアの姿が掻き消える。

 と同時に巣の間近にフィアの姿が現れ、ハニカム構造の表面にひしめき合うように休む軍隊蜂と働き蜂の群れに襲い掛かった。

 背中から抜刀された大剣はあまりにも早すぎる剣筋によって一条の軌跡を残し、振り下ろされた。

 「チュイン」という剣撃の音の後に巣の表面から深さにして2メートルの深さでその剣筋にいたすべてのものが切り裂かれた。

 数十の蜂が体のどこと言わずに切り裂かれ、足元に落ちる。

 振りぬいた剣はそのままの勢いで横薙ぎに振るわれ、また大きな溝を作ると同時に幾多の蜂を切り裂いた。

 巣は、瞬時に大混乱に陥り、軍隊蜂が耳障りな羽音と共にフィアに襲い掛かろうとする。

 大きく沈み込み、蜂の猛毒を持った針を避け、目前に迫る蜂を容赦なく切り伏せる。

 ズシュという音と共に胸郭と腹の部分を切り離され、撃墜された蜂を踏みしだき次の獲物を剣舞に巻き込まれる桜の花びらのように蹂躙する。

 俺も自分のバスタードソードを構え、襲撃に備えるものの一匹の蜂もこちらには来ない。

 巣の正面で無双するフィアから逃れることのできない蜂たちは視界の利かない中、防衛戦を繰り広げてはいるが、戦力差ゆえかひとたまりもない状況だ。

 巣の表面に控えていた大半の蜂たちは既に骸となり、巣の内部から湧き出すように現れる蜂も飛び立つこともかなわずに切り飛ばされている。

 戦闘開始後5分と経たないうちにフィアの足元にはうず高く蜂の死骸が積まれていった。

 「あっ?」

 フィアが小さく悲鳴を上げた。

 剣舞と呼ぶにふさわしいその剣筋は見事というよりなかったのだが、その足元に積み重なる蜂の死骸はフィアの行動範囲を徐々に狭めていた。

 ほんのわずかなことではあったが、つまずいたことで剣筋が逸れ致命傷を負わせられなかった蜂がいたのだ。

 一度リズムが狂うと取り戻すまでにはやはり多少の見逃しも出るだろうし、この時を狙ったかのように巣穴から何匹もの蜂が溢れ出た。

 巣の周りを大きく取り囲むように20匹ほどの蜂がホバリングしている。

 フィアの背後を取った蜂たちが腹を下げ、針というよりはレイピアとでも呼べばいいような毒をもった武器をその背に突き立てようと襲い掛かる。

 こちらからは十分に視認できていたため、俺にとっては対処は容易かった。

 「ファイヤーウォール!」

 フィアを中心に半径で5メートルほどの円を描くように炎獄の壁が立ち上がる。

 炎の高さが3メートルに届こうかというファイヤーウォールにその外側から襲い掛かろうとした蜂たちは避けることもかなわず自ら死のダイブを敢行した。

 いきなり炎が周囲を取り囲んだことで瞬間ではあったが、フィアの剣も止まった。

 しかし、僅かの隙に振り返ったフィアに頷きを返すと、再び正面からの蜂たちを切り伏せていった。

 結局、巣から飛び立つ蜂がいなくなるまでに20分。ファイヤーウォールは3回使用した。

 残るは女王蜂だけなのだが、体長が1メートルを超える蜂というのは見た目に怖気を誘う。

 また、腹に大量の卵でも抱えているのか頭部と胸郭よりもはるかに長く太い腹部は警戒色の黄色と黒がはっきりとしない模様となってより醜悪な雰囲気を醸し出している。

ファイヤーボールで燃やしてしまいたい衝動に駆られるのだが、ここでそれをすると今までの苦労が全くの無駄になる。

 そう思ったところで、フィアが何のためらいもなく女王蜂の頭部を切り飛ばしてしまい、動くものはいなくなった。


 「フィア、お疲れさん。刺されたりしていないか?」

 自分の剣を鞘に納め、フィアの元へと走り寄り、腕や脚などの露出部を確かめる。

 「心配には及びません。くすぐったいのでやめてください!」

 あれだけの数の蜂に囲まれていたのだから、万が一という事もあるし中には霧状に針の先から毒を噴霧する蜂もいると聞く。

 戦闘が終わったからと言って、気を抜くのも早いと思った。フィアの腕を確かめたり足をつぶさに確かめて、叱られてしまった。

 フィアも心配されたことが嫌だったわけではないようで、俺が確かめ終わりに満足したことで眉間のしわが取れた。

 「ソウタさんは、魔法が使えたのですか?背後に回られた時には大変助かりました。」

 「あ?、ああ、レベルは高くないんだが、今日の敵には十分に間に合ってよかったよ。」

 フィアが前衛、俺が後衛と決まっているわけではないが、今日のコンビネーションは悪くはなかったと思う。今回のフォーメーションは今後に生かせると思うし、相手次第で経験を積んでいくのも必要だと思うが二人での狩りというのも悪くないと手ごたえを感じた。

 「さあ、巣を解体して馬車に積もうか。」

 フィアにこの場を預け、馬車を連れに野営地に戻りキャンプの後を片付けてから馬車に乗って巣の側まで戻った。

 フィアはもう、巣の解体作業に取り掛かっており、木の幹を抱き込むように作られた巣の切り離しが済むところだった。

 ドスンという音と共に巣が地面に落とされ、俺は荷台からマジックバックを取り巣の元へと走った。

 幼虫とサナギは鮮度が命だから、落ちた巣をさっそく切り崩しながら幼虫とサナギの回収にいそしむ。

 あっちの世界だとローヤルゼリーなんかも貴重なものであったはずなので、その辺についてもしっかりと回収させてもらった。

フィアは蜂の死骸から針の付け根の毒腺を回収してくれている。

 解毒用のポーションや毒付与のポーションになる毒腺はギルドでも買い取ってくれるし、蜜やローヤルゼリーは商業ギルドでいい金になる。成虫の死骸は畑の肥やしにしてもらうとして、巣を構成している蝋材は巣ごと持ち帰らなければならないので、重労働となる。

 馬車の荷台が小一時間で満載になり、今回の討伐は大成功と言えるのではないだろうか。

 フィアとの連携も経験を積むことでもっと良くなるだろうし、案外いいコンビだと自分なりに分析するのだった。


 大体のところを回収し、俺たちは馬車に乗り村長のところへと戻ることにした。

 依頼の完了を告げ、依頼の受注票にサインをもらう。

 これで、すべてが済んだことになり、町へと戻ることになった。

 馬車に揺られながら、隣に座るフィアに話しかける。

 「今回の依頼ではフィアのお蔭で随分と楽をさせてもらえた。いつもこのように楽ができるとは思ってはいないが、今後も冒険者としての依頼には頼りにさせてもらってもいいだろうか?」

 そう頻繁に冒険者稼業があるわけではないが、色々な依頼をこなして役割を確かめながらレベルアップを目指すのもいいかなと思うのだ。

 「はい、私もソウタさんとこうしてやってみて、もっと依頼をこなしてみたいと思いました。」

 前を向いたまま答えるフィアだったが、とても楽しそうな表情をしている。

 トサンの町で冒険者をする限りはフィアと二人でも戦力的には十分だろうし、収入を二人で山分けとなっても領軍や魔法使いに世話になるよりずっと実入りがいい。

 問題は今まで領軍を頼りつつ調査行などを行っていたのに、いきなり声を掛けなくなっても大丈夫だろうかという事と、町のだれもが俺の顔を知っていて、馬車の隣に見知らぬ女の子を乗せてギルドに戻るという行為が何かのフラグになったりしないかという事である。

 さっきから、街道を行きかう人たちにチラチラと視線を浴びせられており、少しばかりの手遅れ感があるのだが、どうだろうか?


 「ソウタさん、今日のお仕事で気になったのですが、私の剣を手入れする鍛冶ギルドをご存じないでしょうか。」

 自問自答のループに陥っていた俺は不意の質問に戸惑った。

 「ああ、鍛冶師か?報酬をもらったら一緒に行こうか。」

 早めに解散して、自分一人でギルドに行けば余計な言い訳もしなくて済んだであろうに、安請け合いしてしまい、鍛冶師のところまで同伴という事になってしまった。

 冒険者ギルドに到着し、一人で受付を済ませたのだが、荷物を荷台から降ろすために馬車をギルドの裏へ回し、査定士の職員たちに手伝ってもらう時点において、職員連中にはフィアのことがバレてしまった。

 「ソウタ様、こちらのお嬢様は?」

 「・・・・・・・・・何でもない。」

 「サキュバス種のようですが?」

 「・・・・・・・・・そんなことはない。」

 「・・・・・・・・・」

 朱色の双眸をした種族なんてサキュバスしかいない。

 職員と俺は会話が凍り付いてしまっていたのだが、サキュバスという種族がこの町にはまずいないという点と、ウォルフ家の居候としてもはやだれもが知る俺が連れ歩いているという事が会話を凍結した原因だ。

 フィアは全く空気を読んでいないようで、一人で御者席の留守番をしている。

 それも楽しそうに。

 「まぁ、あれだ。今度からパーティーを組もうかと・・・」

 してもしなくてもいいような言い訳をしつつ、討伐で得た戦利品を一人でおろしながら黙々と手を止めないことにした。

 すべての鑑定が終わり、依頼の報酬と戦利品の換金で得たお金がギルドのカウンターで渡された。

 そそくさと、もう見るからに怪しげなスピードで俺はギルドを後にすることしかできなかった。

 鍛冶師を訪ねるために馬車を走らせながら報酬の金をキッチリ二分してフィアに渡した。

 「私にもいただけるのですか?」

 当たり前のことを聞かれたように思ったのだが、フィアは分け前が貰えることの方が不思議だったようだ。

 「そりゃ、そうだろう。二人で依頼をこなして二人で得た報酬なんだから二人で分けてもいいんじゃないか?」

 下手をすると働きの貢献度から言って6:4いや、7:3でも俺は文句を言う筋合いにない。

しかし、フィアとしては依頼に同行して自分の働きを認めてもらえたことだけで満足している節もあるのだが、鍛冶師のところで剣の手入れをしてもらえば少なからずの支払いもあるし、自分で払うのと俺が払ってやる体裁ではありがたみも変わってくると思うのだ。


 なるべくならと町の中央を走る街道は避け、生活用の脇道を進んだのだが、これがいけなかった。

 井戸のそばで洗濯にいそしむ周辺の女将連中や安宿や食事処の下働きの連中がひしめいており、いやでも注目を集めることになってしまった。

 「おや?ウォルフ家の若旦那!随分とかわいい子を連れておいでだね。」

 「あらあら、こちらのお嬢さんはアーディ様と比べても随分と可愛らしいお嫁さんですね?」

 もう、どうにでもな~れ。

 なぜいきなり嫁になる?

 羞恥プレイを15分ほど味わった俺だが、対照的にフィアは人見知りのくせに愛想よく笑顔を大盤振る舞いしてやがる。

 「フィア、きっとこの後に面倒事が起こるんだ。言い訳をするつもりもないが、愛想もほどほどにしてくれないか。」

 「何故ですか?皆様、私たちのことを夫婦だと思っていらっしゃいますよ?ソウタさんの心証を良くするためにも事実と認めた方が良いのではないでしょうか?」

 フィア的には既成事実になっても構わないのだろうが、領地持ちの貴族家が容易に婚姻を現し、事実婚をお披露目するなんてあり得るはずがない。

 こうした事実がお父様やお母様、果てはアーディの耳に入るのも時間の問題だろう。

 俺としてはもう、手遅れでもあろうし、言い訳も何もするつもりもないのだが、今後どうするつもりなのかという問いに対しての答えが準備できていないのだ。

 この一点においてもう、逃げ出したい気分なのである。

 耐え抜いた後のパレードの先にたどり着いた鍛冶師は、この町でも珍しいドワーフの工房だ。

 幅は広いが背丈の低い扉をくぐると、幅の広いずんぐりとした背格好のドワーフが焼けた鉄を鍛える手を止め、視線を寄こす。

 俺の顔を一瞥し、フィアの頭から足先までを舐めるように確認し、鉄に向き直ってしまった。

 鎚を振るう音が響き渡り、意外にも広い工房にドワーフと焼けた鉄だけが語り合う狭小の空間が出来上がってしまった。

 今の今まで、にわか夫婦に舞い上がっていたフィアもなす術のない状態である。

 「あの、あのう、私の剣の手入れをお願いしたいのですが。」

 なけなしの勇気を振り絞ったフィアの発言も、ドワーフには届かなかったようで行き場を失ったフィアの勇気に頭をなでて無聊するしかない状態であった。

 「むぅ?」

 子ども扱いが気に入らないのか、無視されたのが心外だったのか細い顔の頬がまあるく膨らんだ。

 それが微笑ましくて、また頭をなでてしまったのだが、いよいよこちらを睨まれてしまい、慌てて手を引いてしまった。

 「申し訳ない。」

 一言謝罪し、ドワーフへと向き直る。

 「ウィルグリット、済まないが手を休めてもらえるか?」

 声を張り、聞こえるように怒鳴りつける。

 この不愛想な店主は、腕の確かさと頑迷さで一級の品々を作り上げるのだが、どうにも商売には向いていない。

 「待っていろ。」

 しゃがれた声で一言告げると、赤々と熱を帯びた鉄塊は立派なクワへと変貌を遂げていた。

 どんな固い土地をも豊饒ほうじょうを約束する畑へと変えるだろう鍬になり、大きめの油を溜めたタライへと放り込まれた。

 ジュウというやきの入る音と共にエネルギーを秘めていた品は鈍い黒鉄色な道具となった。

 頭にかぶった手拭いを外し、深い皺の刻まれた顔をひと撫ですると、鋭い眼光をこちらに向けた。

 「かしてみろ。」

 左手を差し出し、早くよこせと身振りで話す。

 本当に商売に向かないやつだ。

 フィアは恐る恐る自分の大剣を鍛冶師に差し出した。

 「使い手の思いが伝わってこねぇ。お嬢ちゃんよ、過ぎた獲物はその仕事を完璧にはこなさねぇ。精進するこった。」

 何を見てそう判断したのか、俺たちには知りようもないのだがウィルグリットには大剣についた何かを見てそう判断したのだろう。

 己の矜持を傷つけられたであろうフィアの双眸は蜂を切り飛ばした時より遥かに険しくなっている。

 「今回はそっちの野郎の顔を立ててやる。次に持ってくるときにはいい塩梅に使い込んでからにするんだな。そんときゃぁ、タダで診てやる。」

 俺の身分と立場を知って、請け負ってくれるらしいが次はフィアの実力次第で門前払いという訳だろう。

 俺には及ばない剣技であっても、ウィルグリットにはフィアの持つ剣に十分な使い手だとは認められないようだ。

 ためすすがめつ、数瞬剣を確かめた鍛冶師は火に入れるでもなく、いきなり粗いヤスリで目立てを始めた。

 ガリガリと刀身が削られ、裏表の刃の部分を研ぎだしていく。

 まさかの作業にフィアの顔面は蒼白から土気色へと移り、もう死人と変わらない状態だ。

 しかし黙々と作業をこなしていく鍛冶師の表情は真剣で、とても口を挟めるような状態ではなかった。

 鬼気迫る表情で鑢を当てていたウィルグリットは次に粗めの砥石、中目の砥石、細目の砥石と刃の表情を整えていき、満足の行った時点で炉に放り込んだ。

俺たちはもうすでに言葉を失っていた。

炉に剣を放ったところで、ウィルグリットはこちらに視線を寄こし呟いた。

「嬢ちゃんの剣は遥かなる昔に我らドワーフの偉大なる先達が鍛えた風の剣だ。現在では失われた技術で《元素》を道具に籠める技術だと聞いている。」

 地水火風と陰陽からなる六大元素は古に失われた「エレメント」と呼ばれる要素であり、すべての物質はこれらの膨大な組み合わせから生成されているとされている。

フィアの剣にはどうしてだか、「風」の元素が組み込まれているようだ。

 「表面を削り取ったのはどういう理由だったんだ?」

 フィアが死人になった理由を尋ねると、ウィルグリットは鼻で笑った。

 「剣に籠められた元素が発現するには常に剣の表面が磨かれている必要がある。しかし、手を入れる前の剣は刃毀はこぼれこそなかったが、経年で纏った酸化膜が覆っておった。これを取り除かねば本来の効果を発現させることはできんのじゃ。」

 聞いてしまえばなるほどなのだが、せめて一言言ってくれるだけでも心中は穏やかだったと思うのだ。それができないからこそのウィルグリットなのだが。

 いよいよ剣に熱が入り、刀身が色づいてくる。

 ウィルグリットは色味から判断しているのだろうが、無造作に炉の中から大剣を取り出し、焼を入れるのかと思ったのだが静かに冷めていくのを見定めていた。

 これは焼き戻しているのだろうか?鋼は高温に熱してから急激に温度を下げることで硬度を増すが、今のように自然と冷ますことで靭性じんせい=粘り強さを得る。

 ウィルグリットが灰の山に剣を埋め込んだことで温度を加減しながら焼き戻していることが伺える。

十分な硬度と、新たに与えられた靭性から強く、折れない剣になったのだろうか。


一刻(二時間)、待ちぼうけとなった俺たちは工房の厨房を借り、湯を沸かしその場にあった何かの葉を使って茶を入れた。

 宥めすかし、茶の入った湯呑を持たせ、落ち着けと言い聞かせながら適当な湯呑にウィルグリットの茶も淹れてやり、フィアに持たせてやった。

 少し驚いた顔を見せたものの、「すまんな」と聞こえない声でフィアに礼を述べ、湯呑を受け取った。

 一休みを終えたウィルグリットは灰の中からフィアの剣を取り出し、液状に溶いた砥石を含ませた布で額から汗の流れるほどに磨きこんでいった。

 「ほれ。」

 不愛想に突き出された剣をフィアに押し付け、ウィルグリットは俺に代金を提示した。

 なぜ俺が払わなければならない?

 フィアは手にした自分の剣を驚愕の表情で眺めていた。

 「剣から喜びが伝わってきます。」

 感想を述べるフィアを満足そうに見やるウィルグリット。

 「そうじゃろう?今度は嬢ちゃんの技量が試される。その剣に何を見せてやれるか楽しみじゃな。」

 そう言ってあの、ウィルグリットが微笑んでいた。

 初めて見るこの不愛想極まりない鍛冶師の笑みは、フィアには穏やかな爺さんとして。俺には氷のドラゴンかサラマンダーの気が狂った時のように映ったのだった。

 「お前、碌な死に方をせんぞい。」

 俺からしっかりと代金をせしめ、フィアに「また来るのだぞ」と言い、ウィルグリットは店の奥へと引っ込んでいった。


 店の表へ出ると、すでに日は落ちており宵闇の迫る時間となっていた。

 何か得体の知れないものを見た衝撃と、軽くなった財布に居た堪れない気分にさせられた俺は、もう家路を辿るしかなかった。

 そこに何が待ち受けていようとも。

今日はお勤めを勘弁してはもらえないだろうか。


 傷心の俺を誰か優しく慰めてくれないものだろうか。


 フィアで我慢しよう。


次回に含みを持たせるような感じになってしまいましたが、そうです。

次はアーディ様とフィアについてじっくりととっぷりと。

波乱の予感しかしない。

誰がそんな面倒な話を書くんだよ?

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