【第48話】シロップとアニエスの場合。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
本日、どうしても更新したくて会社の都合を整え休みを頂いてきました。
昨日、仕事の調整をするのが大変でした。でも、昨夜から書きに書いてようやくUPです。
私、今年初めにヤマノベ家でメイドとして雇っていただきましたシロップと申します。
アニエスさんと一緒にこちらに勤めることになったのですが、ヤマノベ公爵様と言うのは私の知らない方でした。
私は15歳で成人してから一年間、両親の勧めもありメイドを養成する学舎へ通うことになり、貴族様にお仕えするノウハウを学びました。アニエスさんともこの学舎で知り合い、一つ上の方でしたが仲良くさせてもらったのです。
共に学んだ一年間は楽しいことも辛いことも色々ありましたが、実のある一年間だったと思います。
両親はトウトの北にある片田舎で農家を営んでいますが、兄弟6人の一番末っ子の二女である私が身を立てるには丁稚奉公に出るしかないと言っていました。ただ、商家などへ出た場合、いつお手付きになる(体を弄ばれる)か判らず、その後の暮らしぶりも心配だという事で貴族家にお仕えするメイドを目指すように計らってくれたのです。
貴族様の場合はもしもお手付きになっても面倒を見てくださる方がほとんどなので、子供を持っても暮らしに困ることがないだろうと考えたのでしょう。
これだけを聞くと何と世知辛い世の中なのだろうと悲観するところですが、商家の旦那様に手籠めにされて放り出されるより、貴族様のお手付きになってお妾さんとして生活を保障してもらう方が建設的だという貧しい者ならではの知恵だと学舎でも学びました。
その時にどうしたらより可愛がってもらえるか。そんな授業まであるのです。
とても詳しくは言えないような恥ずかしい授業なのですが、それが今後の暮らしを左右すると言われれば習う方も真剣です。男性を喜ばせる手管など、男の人と付き合ったことさえない私には判るハズもありません。
でも、いつかヤマノベ公爵様に求められたなら、喜んでいただけると思うのです。
恥ずかしいです。
学舎を卒業する少し前に先生方が勤めることができそうな貴族様方のお屋敷を紹介してくださいましたが、中でも一度にたくさんのメイドを募集しているヤマノベ家は競争率が非常に高かったのを覚えています。
アニエスさんと私がヤマノベ家にお仕えできることになったのは単なる偶然です。
やはり、ただ一人で応募するよりも仲の良い仲間でお勤め先を選びたいと思うのは自然なことと思いますが、たまたま、募集の残りが二人と言うときに他のグループが三人以上の人達ばかりだったのです。
貴族年鑑で覚えた中にはない貴族様でしたが、新しく貴族になられる方もいないではないので尚のこと人気があったのでしょう。
新任の貴族様と言うのは大概の場合、その出自に大身の貴族様がいらっしゃる場合が多いのですが、ヤマノベ公爵様は叙任される前にはただの冒険者であったという事で、そのような方は人を見下す事も少ないと聞きます。そうすれば、身の安全も高くなる場合が多いですし、メイドも暮らしやすい場合が多いという事です。
実際にお勤めしてみなければ判るわけがないのですが、一般的にはそうだという事でした。
結局、うまくヤマノベ公爵様のお屋敷に勤めさせていただけることになり、年の初めからお屋敷に入りました。
メイドは基本的に24時間ずっとお屋敷に詰め、必要に応じてお屋敷の皆さんにお仕えすることになっているので、基本住み込みです。
私たちもお部屋を頂き、自分の生活を作って行かなければなりません。
アニエスさんとは隣同士になりましたので、何くれとなく助け合っていければよいと思います。
出仕したその日はまだ、お館様が叙任を受けていらっしゃらず、屋敷においでになっておられません。いつになればお会いできるのかとみんなで話していたのを思い出します。
いよいよ、ヤマノベ公爵様が親王陛下より叙任を受ける日取りが決まり、屋敷の中にはかなりの緊張した雰囲気がありました。それはそうでしょう?年鑑に記載されていない貴族様と言うのはお顔も判りませんが、人となりやご趣味、お好きなものや苦手にされているものなど、事前に知っておかなければならないようなことが何もわからないのですから、どこでご不興を被るかもわからないのです。
嫌われでもしたら、お終いですからそれこそ大変な冒険ともいえます。
お仕えした貴族家でご迷惑をお掛けしてクビになると、そのレッテルからもう貴族様の屋敷に仕えることなど絶対にできませんし、そうなったメイドはやはり商家に潜り込んでいつか手籠めにされるか、娼館などに勤めて客を取って行くしかないのですから。
陽も暮れ、お城での叙任を祝う晩餐が済んだとこちらに連絡が入ります。
一気に緊張がピークに上り詰めます。メイド長のアンニさんなどはどこかに埃がたまっていないかとか、馬車で車宿りに入る道すがらに大きな石が落ちていないかとか、ありとあらゆることが心配事のようです。
落ち着かずそわそわしている私たちよりも余程ウロウロと行ったり来たりしておいででした。
このお屋敷は国貴族随一の敷地面積を誇り、前のお館様が今の親王陛下の弟様という事でとても由緒の正しいお屋敷の上、まだ二人目のお館様ということで伝統を築く途中のお屋敷なのです。そうしたハードルを乗り越える新しいお館様とはどのようなお方なのだろうか?栄枯盛衰のすべてはお館様の資質によるものですが、お助けする私たちの資質も問われているのだとアンニさんは仰いますし、私たちもそのように感じているので、同じように緊張は極限に達しています。
パカパカと馬の蹄の音が聞こえてき、次々と馬車が門をくぐってきます。
どの馬車に入っていらっしゃるのでしょうか。そう思いつつ次々と車宿りに入ってくる馬車を待っていますと、馬番たちが馬車を世話するために近づきます。
先頭の馬車は私たちも良く知る親王陛下の執事を務めていらっしゃるユンカー様です。
馬番頭がユンカー様に話しかけ、驚いた顔をして二台目の馬車の御者に臣下の礼を取っていました。まさか御者の方がヤマノベ公爵様なのでしょうか?
ちょっと考えられないことですが、ユンカー様も御者席に座っている若い方とお話をされています。先入観ですが、もっと悪そうな顔とか太った体形などを勝手に想像していたのですが、御者席に座る方はどちらかと言うとカッコいい顔立ちで良く鍛えられたスマート且つ丈夫そうな印象です。
あの方がお仕えするお館様だとしたらちょっとどころか、かなりトキメイテしまいます。
お手付きになってもいいかも。そう思うのです。
そのあと、とてもショッキングなことがあったのです。
箱馬車から降りてこられた多分ですが、ヤマノベ公爵様の奥様がとんでもなくお綺麗な方だったのです。シミ一つない白磁のようなお肌に愛くるしいお顔立ち。お若いながらも整ったプロポーションに魅力的な朱色と金色の虹彩を持った瞳。艶々と光がこぼれるような銀の長い髪で冒険者のような衣装を纏いながら、華やかさが溢れるようでした。
貴族になられる方は、奥様も特別なのだなと思い知らされた物です。
若いメイドの中には玉の輿を狙う者も多くいたのですが、一撃で玉砕させられた気分になったものです。ぐすん。
でもでも、二番目の側室が本妻さんより綺麗だったりしたら困りますものね。
予め聞かされていればよかったのですが、公爵様がいらっしゃって、どのような方か見極めてから。また、ご一緒されたという家令の皆さまとの相性なども考えながら誰にお仕えするかを決めるという事でしたので、公爵様を拝見してから絶対に公爵様付のメイドになりたいと思っていましたが、天に届いたのかアンニさんから公爵付を命じられました。
アニエスさんも私と一緒に公爵様、奥様のお側に仕えることになり、密かにガッツポーズを交わしたものです。
お館様がお屋敷に入られ、アンニさんとお話し合いを終えられてから顔合わせがありました。
「わ、私、シロップと申します。新しくメイドになったばかりでご迷惑をお掛けするかもしれませんが、末永くお願いいたします。」
深々とお辞儀をし、顔を上げると柔らかく微笑んでいらっしゃるお館様が「うん。お互いに勉強しながら成長していきましょう。」と仰られ、会釈を返してくださいました。
そんな貴族様がいらっしゃるとは学舎でも習っていません。
挨拶をした場合、頷いていただければ上出来で、目を合わせてももらえなければメイド長が翌日には担当を入れ替えると教えられていたが、微笑まれたり会釈されたりした場合にどうしたらいいかは習っていなかったのです。
「あうあう」言っている間に手を取られ、握手してしまっていました。
ボッと顔が火照り、恥ずかしくてどうしたらいいか判りません。
その時に奥様が、また私の手を取られ「フィアです。よろしくお願いします。」と挨拶を返してくださった。とてもお綺麗な方だったので、とても口など聞いていただけないのではないかと思っていたのですが、初めて会ったこれから友達になる人のような気さくな方だった。
アニエスさんも同じように挨拶をしたが、やはり同じように握手を交わしていた。
こんな貴族の方もいらっしゃるのだなぁと変に感心してしまった。
お二人をお部屋に案内し、明日の朝食の時間などを打ち合わせました。私やアニエスさんと一緒にアリスさん、キョウコさんと言う少しお姉さんのメイドさんもお館様と奥様のお世話をさせていただく係になりました。
中では私が16歳で一番若く、アニエスさんは奥様と同じ17歳。アリスさんは21歳でキョウコさんは24歳です。みんな奥様と歳も近いので仲良くさせていただけたら楽しそうです。
翌朝、朝食の時間の半刻前にお部屋を尋ねます。
奥様のご準備にお時間が必要なこともありますので、こんな時間です。
四人のメイドで話し合い、誰が朝のお迎えに行くのがいいかわからないので順に試してみようという事になったんですが、一番最初は私です。
アリスさんやキョウコさんは他のお屋敷にも勤めた経験があるのですから、最初に様子を見てくれたらいいのに、どうやら他ではあまり見ない貴族様のようでお二人とも尻込みしているんです。
私なんて尚のこと経験がないのですから、助けてほしかったのにがっかりです。
お館様のお部屋の前でひとつ深呼吸をし、注意深く扉をノックします。
向こうからは「起きてるよ。」と、お館様のお声が帰って来ます。
これは入室を許可されたという事なので、ゆっくりと”空気が動かないほどに”丁寧に扉を引きました。
私もドン引きました。
まだお布団でお休みのお二人は、重なってお休みだったのです。仰向けになっていらっしゃるお館様の真上に奥様が俯せで乗っかっていらっしゃったのです。
見たことのない態勢でお休みの上にお館様は慈愛に満ちた表情で奥様の御髪を撫でていらっしゃって、奥様は涎を垂らしながらとても幸せそうに眠っていらっしゃいました。う、羨ましくなんかあるもん。
「ひえ!?」
私が変な声を出してしまったのは、奥様を起こそうとお館様がお布団から奥様を引っ張り出した時です。
私は見ました。奥様の背中からビロードのような滑らかな黒色の羽が生えているのを。
「お館様!奥様のお背中から羽が?」
私は初めて知りましたが、奥様はサキュバスだったのです。そういう種族がいて、人と契約を交わすととても強くなるという種族としか知らなかったのですが、初めてみたサキュバスと言う種族はお館様の奥様でした。
アリスさんから聞きましたが、サキュバスと言う種族は元々とてもきれいな人が多く、契約を結んだ人にとても尽くすそうです。私が見た限りではお館様の方が奥様を大事になさっているようでしたが、毎晩奥様を可愛がる必要があるために愛情が深まりやすいのだそうです。
お二人を拝見する限り、なんで自分もサキュバスに生れなかったのかと後悔をしてしまいます。
しかし、そこからが大変でした。
お館様が声を掛けても揺すっても奥様が目を覚まされません。
仕方ないと、お館様が奥様を布団から引っ張り出した後に抱え上げられ、私が衣装を着せていきました。
下着を着けさせていただく際には同じ女性でありながら、ドキドキが止まりませんでした。
引き締まった油断のない体形に、本当に綺麗なお肌をしていらっしゃって嫉妬を覚えるほどに魅力的なスタイルでした。
そして毎晩、お館様のご寵愛を受けていらっしゃると思うと昨晩のことを妄想して、私の顔が火照ってしまいます。ドキがムネムネします。だって、少し前までお館様の手によって可愛がっていたであろう奥様のお身体ですし、自分がご寵愛を受けることができたらなんて考えてみてください。
あ、鼻血が出そうです。
◇◇◇
私、今年の初めからシロップちゃんと一緒にヤマノベ公爵様のお屋敷に勤めることができたアニエスと言います。
学舎に居る時には妹のようなシロップちゃんと一緒にがんばれて、晴れがましくも二人一緒に新しく貴族になられたこちらのお屋敷に入ることができたのです。
勤め先が決まった時には嬉しい反面、学舎で覚えたどの貴族様でもないということが不安でもありました。先生方からそれぞれが勤めるお屋敷のお館様がどのようなお人柄かなどを個別に習っていくのですが、ヤマノベ公爵様はどの先生方もお知りではないですし、私たち同様に推測するしかなかったのです。
伝え聞く限りでは、冒険者として遠いクノエの地で多くの魔族たちを打ち滅ぼし、旅の途中では外国の侵攻を退けられたという事です。
きっと武技に優れ逞しいお方なのだろうと言うのがもっぱらの意見でした。すると厳格な方なのではないかと言う先生方の意見もあり、礼儀正しくした方がいいだろうと勤めに上がる新規採用のメイドたちにお達しがありました。
お屋敷に上がり、半月ほどしたころにいよいよ登城され、叙任をお受けになられたお館様がいらっしゃいました。
車宿りで拝見したお館様は予想に反し、穏やかそうな印象の偉丈夫と言うよりはハンサム系のスマートな方だったのです。シロップちゃんがお手付きを希望するのも良く判ります。
お館様付きの役割を与えられ、さらに緊張も高まりましたが、ご挨拶させていただくと非常に気さくな方で私たちにも丁寧な挨拶を掛けられて握手までさせていただきました。
男らしい逞しい手にちょっとドキドキしたものです。
それからと言うもの、余りの破天荒ぶりに屋敷の全てのメイドが大混乱でした。
お館様、奥様はメイドにも馬番にも気軽に話しかけられるばかりか、私たちにも気軽に口をきくように仰られますし、事実そのようにしなければなりませんでした。
調理師の方々も大変でした。
お館様がご自分でお買い物をされた上に厨房に入られ、調理を始めてしまったのです。
カラアゲと言う鳥を衣で揚げたお料理や、おにぎりと言うご飯を丸く固めたもの。これにテンプラというお料理をノリと言う海藻で巻いたテンムスという携帯食。
丸く小さく焼き上げたタコヤキというお料理。今までに見たこともない様なさまざまなお料理をお一人で調理され、メイドや馬番にさえ振る舞ってくださいました。
奥様が「第13回 カラアゲ争奪戦開始です!」と宣言され、私たちもご相伴させていただいたのですが、なるほど争奪戦でした。もう、病みつきになる美味しさで、お替わりしてもお替わりしても次々とお館様が調理して山と盛り上げてテーブルに配膳されるのです。
100名近い争奪戦が繰り広げられ、奥様も宣言と同時にカラアゲの山に挑みかかっておられましたが、すぐにメイドも全員が争奪戦に参加し、お館様が大笑いしながら調理室と食堂を往復していらっしゃいました。
こんな貴族様もいらっしゃるのですね。よくお館様は私たちのことを”家族”と仰る意味が良く判ります。私たちは形としてはヤマノベ家に仕える者なのでしょうが、お館様と奥様はそのようには考えていらっしゃらないのでしょう。
家令の皆さまも同じで、側付になっているメイドたちと買い物に出かけたり、食事をしたりしていらっしゃるのをよく見かけます。
アオイさんと言う綺麗な方は小さいものがお好きとかで、側付のメイドのマーベルちゃんをよく抱っこして歩いていらっしゃいます。あれではマーベルちゃんは何にもお世話できていないと思うのですが。
140㎝という可愛らしい姿を気に入っていただいたのでしょうね。
そんな皆様がいらっしゃってからこのお屋敷はいつも笑いが絶えなくなりました。
働く私たちもこのお屋敷に勤めることができたことが誇らしく、他のお屋敷に上がっている学舎の同卒のみんなに大変羨ましがられるのです。それでいてお館様はどの貴族様よりも神国に貢献されており、どの貴族様からも一目置かれていらっしゃるので私たちも楽しいばかりではなく、大きな自覚を求められているようです。
そんなお館様と仲睦まじくしていらっしゃる奥様は、サキュバスと言うとても珍しい人で、お館様と固い誓いを結んでおられるとか。
奥様に聞いていいのかと尋ねると、頬を少し染めながら嬉し恥ずかしいとおっしゃられながら契約のお話を聞かせてくれました。
まさか、血を交換するなんて聞いただけで私は倒れそうになってしまいました。
その際に、お館様は迷いもせずに契約を行われたそうで、奥様はとても幸せそうでした。
契約したことでそれまで全く使えなかったはずの魔法が四大自然魔法も五大精霊魔法も使い放題になり、神聖魔法ですべての魔法から新しい魔法を生み出すこともできるようになったという事です。
奥様お一人で近衛大隊と言う兵隊さんたち1000人の単位よりお強いそうです。
それでも、朝のお弱い奥様は毎朝が大変です。
お館様と私たちで毎朝、奥様の身支度を整えるのですが、暖炉の前に寝そべる猫のようにグンニャリと寝ぼけていらっしゃる奥様は可愛いと申しましょうか、手がかかると言いますか、ご面倒を見なければならないと思わせられてしまうのです。
そんな魅力のある奥様をシロップちゃんと私は姉妹のように考えていたのかもしれません。
しばらくして、ユンカー様がおいでになられ、お館様に遠くへの使いをご依頼になったのです。シロップちゃんと私は少なからず動揺してしまったのです。
毎朝こんなにもお世話が必要な奥様をお館様お一人にお任せするなんて大丈夫なのかと。
家令の皆さまも戦闘職の方ばかりでなく、技術職の方が多い。チカゲさんだって18歳ですから私たちとそう変わりませんし、私たちがご一緒しても危険はないのかもしれないと考えたのです。
聞いた武勇伝と旅をされるメンバーを拝見する限り、冒険と言うのは危ないこともあるかもしれないが若い女性が大勢いるこのメンバーで無事に神国の半分を旅してこられたのですから、あと二人増えても大丈夫だろうと思えます。
馬車にはまだ空き部屋があることも知っていましたから旅の余裕もあるハズだと二人で相談して決めました。隠れるように馬車に乗り込んで、旅にさえ出てしまえば置いてきぼりにされることはないだろうし、奥様のお世話をしっかりできればお館様にもきっと許していただけるだろう。
あんなにお優しいお館様なのですから、多分大丈夫です。
今にして思えばあまりにも自分勝手で、楽観的に過ぎるずさんな計画は旅慣れた皆様にとんでもないご迷惑になったことでしょう。
出立の日、ご準備を忙しくしていらっしゃる皆様の目を盗み、居住設備のある馬車ではなく、聖銀の巨人に必要なものを収めたという馬車の方に忍び込みました。
シロップちゃんと手を取り合い、色々な機械が置いてある隙間に隠れるように身を潜めたのです。
しかし、出立した夕刻にはお腹が空いてしまい、保存されている干し肉などをつまみ食いしようとした時に見つかってしまいました。
早速お叱りを受けるかと思いましたが、皆さんに心配していただき、優しさを感じました。それと同時に自分たちがどれだけ危険なことをしていたか聞かされ、数多の巨人に立ち向かわれたというお館様と奥様の奮闘ぶりを聞かされ、外の世界では簡単に人が死に、暴力が溢れていることを痛感させられたのです。
それも奥様の一言で皆さんが私たちを受け入れてくださり、共に苦楽を経験するのも良い勉強になるとお館様が仰っていただけたことでお終いとなりました。
受け入れていただいたことに対する安堵と、隣り合わせにある死への不安がシロップちゃんと私の思考を麻痺させます。
冷静になると私たちのしたことと言うのはお館様にとって大変な重荷になっているのかもしれません。それに思い至った時、短かった就業人生が終わりを告げたような気がしたのです。
巷に溢れるメイドなど、代わりはいくらでもいます。ましてや私たちのようにお館様のご苦労を理解せず、短絡的な行動に出るメイドなど百害あって益になるようなことなど何もないのかもしれません。
「どうしよう?」私たちの脳裏にはこの言葉が渦巻いています。歓心を得るにはどうしたらよいか?このことを二人で話し合いました。
同卒ではないのですが、少し前にマーケットで聞いた噂で仕えるお屋敷の調度品をうっかり壊してしまったメイドがお館様の許しを頂くために自分の体を差し出したという話を聞いたことがあったのを思い出した。
それでなくともいつお手が付くか判らないのがメイドの世界。そうと思えば、お館様にこの身を差し出し歓心を買うのが最も良いのではないかとしか考えられなくなっていました。
シロップちゃんも覚悟を決めたようで、二人でお館様の馬車へ向かったのです。
でも、お館様はそれを拒否されました。
それは許さないと仰られ、更には大事にしなさいと諭されたのです。
それがどれほど嬉しかったかは言うまでもありません。やはり私たちのお館様は他の貴族様とは違うのです。本当に家族として私たちを可愛がってくださっていることが判り、何とも言えない暖かさを心に感じました。と、同時にこの身をお館様に捧げる日が来たら嬉しいのにと言う憧れが確かな恋心に変わったことを自覚してもしまったのです。
シロップちゃんも布団に入ってから同じことを考えていたと聞きました。二人揃って寵愛を受けることがあれば、奥様とも仲良くさせてもらって末永くお仕えできるのになと思います。
翌日、私たちが夜遅くに尋ねたことを知った奥様からお館様が散々に搾り取られたと、奥様の着替えを手伝わせていただいているときにお館様からお聞きしました。
お館様の何を搾るのでしょう?男性ですからおっぱいなんて出ませんし?
魔法科学省を尋ねた晩に、家令の方々から今夜は襲撃があるかもしれないとお話がありました。あそこで会った吸血鬼をお館様が追い詰めたことで行き場をなくした敵が大胆な行動に出るだろうと考えた結果です。お館様に睨まれた相手は逃げることさえ叶わないらしく、開き直るかもしれないという事です。
しかし、吸血鬼は特殊な体質からとても戦闘に強い種族らしく、皆さん心配そうです。
私たちなど、一瞬で血を吸われて死んじゃうのでしょう。顔面蒼白な私たちは二人一緒に布団にくるまり、何事もありませんようにと祈るしかありませんでした。
そんな中で寝られるはずもなく、ガタガタと震えながらシロップちゃんと抱き合っていたのですが、お館様の「敵襲!」の言葉に跳ね起きました。
サチ様、コウレイ様、タケヨシ様が奥様とお館様に並んで吸血鬼を迎え撃つそうです。
私たちはシノさん、チズルさんに付き添われ馬車の調理室に集まりました。ここは窓もあるので外の様子を窺う事ができます。
また、万が一の時に逃げられるようにと戦況を見ることもできます。
護衛班の皆さんがそれぞれに武器を携え、鎧に身を包んで敵襲に備えます。
幾度の戦闘を潜り抜けられたのでしょう、落ち着いた佇まいを見せる護衛班の皆さんですが、抜き放った剣にはこちらが恐怖を覚えます。生まれて初めて見る戦いの場。お館様と奥様も冒険者の部分鎧を着けたお姿で先頭に立っていらっしゃいます。
護衛班さえ後ろに置き、その身をさらすお二人に畏怖さえ抱いてしまいます。
初めて見る奥様のお姿。身長と変わらない長さの重そうな大剣を片手で振るい、調子を確かめているのです。あんな重そうな剣を軽々とナイフのように振り回していらっしゃいました。
お館様は片手半剣を右手に持って、ゆるく構えていらっしゃいましたが、突然に魔法を行使され、すごい幅と高さを持った障壁を一瞬で展開されました。と、同時に大きな衝撃音が起こり、昼間見た吸血鬼が障壁にぶつかった所でした。
何事か吸血鬼とやり取りをした後、にわかに剣呑な雰囲気になり、吸血鬼がお館様に襲い掛かります。避ける暇もなくお館様が後ろに飛ばされました。
同時に奥様が目の前から消えるように移動され、吸血鬼を横から剣で切り払います。
惜しくも避けられてしまいましたが、お館様への追撃を防ぐことはできました。私たちの目で追えないような戦闘が開始され、護衛班の皆さんも私たちのいる馬車を守るように三方に分かれ、特に馬を攻撃されないように目を配っています。
その間にもお館様は次々と魔法を繰り出し、吸血鬼の退路を断ちます。決定打は出ていませんが、奥様の剣戟を交わすために横に後ろにと飛び回る吸血鬼を逃すまいと土壁や空気を固めた壁を上下左右と自由に展開され、追い詰めていかれました。
奥様の大剣と吸血鬼の拳が交わるたびにギン!ガイン!と金属を討ちあう火花が飛んだりします。
吸血鬼の体とはどれほど頑丈なのでしょう。吸血鬼の攻撃を受けたら奥様も無事ではすみません。しかし、臆することもなく切り込み、避け、払い、また切り込んでいかれます。
奥様が飛び退くと間髪を入れずお館様が切り込みます。
その刃には黄色や赤の光が灯され、剣筋が闇を彩り、切り裂くのです。
吸血鬼の体には大きい物、小さいものと刀傷が目立つようになり、奥様の剣による傷がたちどころに修復されていたのに、お館様の傷は治らずに吸血鬼の動きを止めていきます。
徐々に劣勢に立たされてきた吸血鬼は顔をしかめ、恨みの籠った目をしてお館様を睨みつけますが、お館様は剣戟を増々苛烈に、速度も目で追えないほどに纏わせる魔法もいくつもの種類にしていらっしゃるようで先ほどと違い、青や緑、暗い色に変化させ切りつけていきます。それに従って吸血鬼の左手が飛び、脇が抉られ、右足も叩き折られたようです。
もう逃げられないと覚悟を決めたらしい吸血鬼は逃げるような動作をやめ、まっすぐに剣を受けながらお館様に向かっていきます。
力比べになればきっとお館様と言えども危ないでしょう。奥様はお館様が切り飛ばした左手を炎の魔法で焼き飛ばしていました。そうです、どこの部位が残っても復活してしまうという事だから忘れるわけにはいかないでしょう。
灰になるまで左手を焼き尽くした奥様も迫る吸血鬼に果敢に切りかかって行きます。
その時に見た奥様の大剣は真っ白の光を纏い、すべてを浄化する力を刃に乗せていたのだと思います。吸血鬼の首があっけなく切り飛ばされ、飛んだ首が浄化の炎で燃え上がりました。
断末魔と言うのはああいうものかと思わせる絶叫が響き、焼かれる首から呪詛のような恨み言が大声で喚かれていましたが、それも灰になると同時に静かになりました。
真っ白の炎はゆらゆらと焚火のように燃えるのではなく、どれだけの温度があったのか激しく燃やし尽くすような勢いのある炎でした。
首が無くなり、あちこちが切り刻まれた吸血鬼の体もお館様の魔法で炎の輪に囲まれるように燃やされました。こちらも白から青白くなるまで温度が上がり、ゴウゴウと全てを燃やし尽くそうとする強い意志を感じる浄化の炎でした。
窓越しに見ている私たちの顔にも炎の温度を感じましたから。
そして思い知りました。城砦の外側ではこのような冒険が当たり前に存在し、戦う力のない者はいとも容易く死んでしまうような世界が実際にあるという事に。
奥様が、お館様が、どのようにして生きてこられたのか、どのような覚悟でさまざまな人たちを守ってこられたのか。
秋の大祭の時に広場で奏でられる吟遊詩人の冒険譚や、物語で読んだ勇者の活躍は目の前で繰り広げられたような誰がどこで死んでもおかしくない鉄の討ちあう音と火花、熱い炎や魔法の数々がお互いを殺そうという明確な意思を持ってぶつけ合われ、壮絶なまでの命のぶつかり合いの結果に生まれたのだと今日知ることができた。
お館様と奥様の活躍はまさに勇者の冒険譚以上の命の奪い合いだったのだ。
もう吟遊詩人の詩を聞いても感動を覚え、胸をときめかせることもないだろう。
今の戦いこそその本当だったのだから。
そしてお二人の剣舞と魔法の共演は息も吐かせぬものであり、経験と信頼に培われたコンビネーションだったのです。こんな世界を生きてこられたお二人だからこそ毎朝にゆるく戯れていても真実を知っていればそれさえも安穏とした平和なのだろうと思う。
そんな中に私たちの入り込む余地などはきっと無いかもしれない。
万に一つ、その様な機会が訪れたとしても私たちはお館様の隣に立ち続ける奥様のようにお役には立てないのだからきっと尻込みしてしまうだろう。
そう思った時に何故だか頬を一筋の涙が流れた。
シロップを見やると同じように涙をこぼしていたが、私とは目の色が違った。
シロップの中では何かが芽生え始めているのかもしれない。
戦闘シーンの全容をメイドちゃんズの紹介も兼ねて第三者目線で用意してみました。
いかがでしたでしょうか。っていってもやっぱり戦闘シーン、苦手です。




