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Contractor with blood(血との契約者)  作者: 小西敬
成り上がり貴族の章
45/161

【第45話】新しい貴族

ご覧いただき、誠にありがとうございます。

立った今、書きあがりましたのでご一読くだされば幸いです。

今話にてブクマ登録していただけた読者の方がグッと増加しまして、とてもありがたいと思います。

これを糧にしまして更なる砂糖増量に努めてまいります。

深くお礼申し上げます。

 翌朝、目が覚めるとやはりフィアは俺の上に居た。

 まぁ、それでいいのだがすぐにメイドさんたちが起こしに来るんじゃないだろうか。

 と思う矢先、トントンと扉を叩く音。

 「ご主人様、起きていらっしゃいますか。」

 この声は誰だっけ?

 「ああ、起きてる。」

 返事したところでドアが、開いた。

 「・・・」

 肩までの明るい茶色の髪を揺らし、深くお辞儀をしてからメイドさんが起こしかけた腰を途中で止めてしまった。そうそうシロップだった。

 そのシロップさんは俺たちを見て固まっているのだが、声を掛けづらい状態らしい。

 「う~ん、ソウタさん?おはようございます。」

 「こら、挨拶だけして寝るな。」

 俺の胸から顔を上げたフィアが開いてない目でおはようだけ言ってまた突っ伏してしまった。

 「あと、5ふん。」

 「あのう、出直してまいりましょうか?」

 「いや、今起こすから。食堂は自分たちで行くから・・・場所が分からないな。やっぱ、待っててくれる?」

 所在無げにしているシロップに待ってもらい、フィアを布団から引きずり出す。

 「うわん、ソウタさん意地悪です。」

 「ばか!シロップが迎えに来てるんだぞ。」

 「ひえ?」

 「ひえ?」

 「なんだ?」

 最初の驚いた声はフィアだったが、次の驚いた声はシロップだった。

 「せ、背中から羽が!」

 ああ、時々出てるね。気が緩むと出るのか判らないが、寝起きではよくフィアの背中から羽がチョロッと出てる時がある。30cmくらいの時もあれば1mくらい出てる時もある。

 今度調べてみようか。

 「シロップ、俺の妻はサキュバスだ。サキュバスは人と契約するとみんなこうして背中に羽が生えるんだよ。自分で飛べるし、羨ましいよ。ほら、フィア、羽をしまって。」

 「そ、そ、そうでしたか。失礼いたしました。」

 「うふ~ん、まだ眠いですぅ。」

 力の抜けきったこいつはどうしたらいいんだ。

 俺の方は下着はつけているので恥ずかしくもないんだが、このグニャンとした方は素っ裸なんだが、もう時間のこともあるし、引きずり出して持ち上げてシロップに手伝わせた。

 「シロップさん、おはようございます。」

 着替えが終わるころに意識が戻ったらしく、さわやかなあいさつをシロップに投げかけていた。

 「奥様、おはようございます。ご主人様、毎朝こんな感じでしょうか。」

 「すまないな。毎朝こうだ。世話になるよ。」


 顔を洗い、櫛で髪を整え、ちゃんとしたものを着こんでシロップに先導させ食堂へと向かった。

 何回曲がったか覚えていない。

 こりゃ、しばらくはメイド抜きで出歩くと目的地にたどり着けないか、部屋に戻れないか、トイレが間に合わないか、遭難するかしそうだ。

 やはり、食堂にはすでに全員がそろっており、11人それぞれの後ろには一人ずつのメイドが立って控えているようだ。

 「皆さん、オレ絶対にこの景色に見慣れることがないように思うんです。」

 「開口一番がそれかよ。俺もそう思うがよ。」

 それから一応、今日の予定について話した。

 俺とフィアは冒険者ギルドへ。

 みんなはそれぞれのメイドさんに連れられて街中の案内を受けるそうだ。

 確かにどこに何があるのかは知っておいた方がいいだろうし、永住はしないが度々来なきゃいけないわけだから必要なものとかもあるかもしれない。

 俺たちがいく冒険者ギルドへはアリスさんとキョウコさんがついてくるそうだ。

 御者席にメイドさん二人が座り、手綱を取ってくれる。

 どういう訳だかウィングも大人しく操車に従ってくれるようだ。

 キョウコさんが道中に通り過ぎる屋敷が誰のものとか教えてくれるのだが、根本的に覚えられる気がしない。名前が長すぎるのと似たような名前が多いのが原因だと思うよ。

 約10分の馬車旅で俺は迷子になった。

 連れて来てもらっているので目的地には着いているが、一人で帰る自信はない。

 そして場所柄か冒険者ギルドが見たこともない様な豪華な造りになっていた。

 三段ほど石造りの階段を上がる広い間口。樫の木で作られたという重厚な扉。

 全体は三階建てで、小ぶりな建物なのだが歴史の重みを積んだと言えるような落ち着いた佇まいを見せている。

 音もなく開く樫の扉を開けると、シンと静まり返った空間が現れ、窓口が一つしかないカウンターとすぐ横にある用談コーナーがこじんまりと纏まった広くないスペースがあるだけだった。

 左手には二階への階段があり、他と同じように資料室があるのだろう。大抵の冒険者ギルドは一階にいくつかのカウンターがあり、新規の冒険者登録から冒険後の報告、得られたアイテムの換金などの業務が担当者と冒険者の間で行われる。

 受注したクエストなどに詳細な説明や打ち合わせをギルドの担当者と行う事の出来る用談コーナーが近くにあり、入ってすぐのところにはクエストの掲示板があるものだ。

 そして二階へ上がると冒険者ならばだれでも利用できる資料室があり、ノウハウ集や薬草などの図鑑、魔法書と解説本、モンスターや魔物の特徴や弱点、攻略のポイントなどをまとめた事典などが閲覧できることになっている。持ち出しは出来ないが書き写すことは可能なので、終日こもりきりのパーティーの知恵袋役などを見かけることがある。

 ここについてはクエストの掲示板がないことが特徴的だ。

 この分だと資料室にある書物も特徴があるかもしれない。貴族年鑑とか。

 アリスさんもキョウコさんもついてきているので、馬車は路上駐車という訳だ。

 アリスさんがカウンターに声を掛けているが、返事がない様子だ。

 「どなたかいらっしゃいますか?」

 俺も負けじと叫んでみた。

 奥の方から「は~い」と小さな返事が聞こえた。どうやら奥に下がっていたようだ。

 「はいはい、すみませんね。冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょう。」

 「昨日叙任を受けしまして、ギルドカードにその際に頂いたメダルを入れていただきたいのです。こちらでお願いできますでしょうか・・・っ!」

 カウンターへやって来た女性に話しかけて、びっくりした。

 淡い金髪に碧眼の美しい女性だったのだが、笹穂耳にびっくりした。エルフだよ。

 この世界に来てようやく二度目のエルフを拝見しました。

 「それはおめでとうございます。今お持ちの冒険者カードと叙任の際にお受けになられましたメダルをお預かりしてよろしいでしょうか。」

 「これです。妻のカードはどうしましょうか。」

 メダルはケースに入ったモノが一つしかないが、フィアのカードにも何かしてもらわないと俺の妻だとわからないのではないだろうか。

 「合わせてお預かりします。昨日のうちに奥方様用の簡易メダルが届いております。そちらを嵌め込むようにいたしますので、奥方様はカードのみお預かりいたします。」

 色々と手筈は整っているらしい。

 全部を預けると、用談コーナーにかけて待つように言われた。

 アリスさんとキョウコさんも座るものだろうと俺とフィアは自然と並んで片方のソファーに腰掛けたのだが、二人は座る気もないようで俺たちの横に立ったまま控えている。

 「二人とも座ったらどうですか?」

 声を掛けると二人に驚いた顔をされた。

 意味は分かるが、俺たちは他所の貴族とは違うのだ。

 「申し訳ないが、他の貴族はどうか知らない。しかし俺たちは半分冒険者なんでね、例え上下があっても苦楽は共にするという不文律があるんだ。だから椅子の数の分だけ座れるというのが当たり前なんだよ。足りない時は初めて上下を意識して譲り合うんだ。

 これまでの常識と違う部分もあるだろうが、新しい主人の考え方にも慣れていって欲しいね。」

 アリスさんとキョウコさんは顔を見合わせて目で会話していたようだが、「それでは失礼いたします。」と断ってから向かい側に並んで腰を下ろしていた。

 俺が満足そうに頷くと、二人してため息をついていたのがおかしかった。

 40分ほどかかっていただろうか途中でエルフさんがお茶を用意してくれたのだが、メイドを座らせていることに驚き、お茶を追加してくれた。

 随分香りのいい紅茶で、どこで買えるのかと聞いたら輸入品だと教えてくれた。

 貴族街のお店を教えてくれたので、キョウコさんに帰りに寄ってもらうことにした。

 お茶も飲みきり、屋敷のことなどをメイドさんに聞きながらいると、カウンターにエルフさんが現れ、引き渡しとなった。

 「こちらがヤマノベ公爵様の新しい冒険者カードです。奥方様のカードがこちらになります。」

 差し出されたトレーに乗っているカードを手に取ると明らかに重い。カードの厚みが増し、ミスリルの使用量が大幅に増量されている。そして俺のカードは文字情報が左に寄り、真ん中にメダルの裏側、すなわち家紋の方が見えるように仕立てられている。

 右側にはやはり写真のように顔がプリントされていた。どうやってプリントしているのか本当に謎だ。運転免許の更新のように写真を撮られていないのだがな。

 フィアのカードも素晴らしい出来栄えだ。文字情報は中央下寄りにまとめられ、左上に俺のメダルを二回り小さくした同じ造りのメダルが嵌め込まれていた。右側は同様に顔がプリントされているのだが、驚いたのは手前にフィアの顔、奥に俺の顔がプリントされているのだ。

 フィアにも俺にも大好評だった。

 写真技術も印刷技術もないこの世界で、このカードだけは全く謎だらけだ。

 特に説明することもないらしく、エルフさんはニコニコとしているだけだったので、カードに通された革ひもを首に通し、胸元にしまった。

 フィアは同じようにしているのだが、この間と同じようにカードを撫でまわしている。

 メイドさんたちに先導され、ギルドを後にしてマーケットへと向かうことにした。

 紅茶を買うことが目的だが、このマーケットは実に様々なものがあるという事だったので、俺たちが入っても構わないかアリスさんに聞くと貴族本人が買いに来ていることも多いという。自分の目で見て選びたいというのは貴族になっても同じなのかもしれない。

 遠慮なく入れることが判ったので、急かすようにしながら馬車で案内してもらった。

 随分と坂を下り、砦門の側まで戻ってきた。昨日以来の場所だが、やはり門は閉じられており、脇にある通用門から兵士たちが忙しそうに出入りしている姿が見受けられる。

 砦門に当たり左に折れたので、俺たちの屋敷のちょうど対角に当たる感じだろうか。

 防護壁沿いに突き当りまで進むと防護壁側に寄せるように多くの馬車が停車していた。

 屋敷の使用人が使う飾りのない馬車も貴族の誰かが乗り付けた装飾のある馬車も同じように並んで停められており、貴賤きせんの差もなく利用されていることが伺える。

 若干のワクワク感があり、メイドさんの背中を押しながらマーケットの中へと入って行った。

 魔力灯が十分に店内を照らしており、たくさんの商品棚や平台に所狭しと日用品から生鮮品、野菜に嗜好品など目移りしてしまうほどの商品が並んでいる。

 フィアの目もキラッキラに輝いており、コストコみたいな店内にテンションもうなぎ上りのようだ。

 「フィア、紅茶以外にも必要なものがあったら買うから、手押しの籠を持ってくるよ。」

 振り向いてカートを取りに行こうとしたのだが、アリスさんがもうカートを押して来てくれていた。メイドと言うのはこうした気配りが優れた、選ばれた人しかなれないのだと思うよ。

 食料品に関しては屋敷の誰かが調達しているであろうから俺たちが今ここであえて購入する必要はないだろう。

そう考え、その他の棚に目を移しながら品を手に取って確かめたり、フィアと話し合ったりして練り歩いた。

 「ソウタさん、文具の棚に私の欲しいメモ帳とペンがありました。」

 すでに手に握っているので余程ほしかったのだと思う。頷いてやると山盛りの野菜の上にメモ帳と万年筆のようなキャップの付いたペンを置いた。

 「うぉ!?なんじゃこの野菜は?」

 カートのアリスさんが押す側にうずたかく冗談のような量の野菜が積み上げられていた。そしてすごい量の野菜と思いきや、一番下にはブロックの牛肉と丸のままの鶏が隠れていた。

 「すみません、ついでに今夜の食材も調達しようかと考えたのですが、ご迷惑でしたでしょうか?」

 なるほど。

 「いいや、二度手間は避けよう。必要なものは普通に買って帰ろう。」

 「ご主人様、お気遣いいただきありがとうございます。しかしながら、私どもが教えを受けてきた貴族像とご主人様、奥方様はずいぶんとその、こう言っては大変な不敬に当たるのですが違っていらっしゃいます。」

 「具体的には?」

 「お気に障るようなことを申し上げるわけにはまいりません。」

 「うん?多分気に障らないから言ってごらん。」

 「・・・・・・・それでは申し上げます。ご主人様と奥方様はフランクに過ぎるように思います。時にはメイドごときにご友人に語り掛けられるような物言いをされます。この街でそのような貴族様は拝見したことがありませんので、私どもも戸惑うばかりでございます。」

 アリスさんの言う事もわからないではない。

 しかし、生まれた時から貴族としての教育を受けたわけでもないし、これからも貴族らしく生きていくのはムリだ。自分たちは自分達らしく。

 「じゃぁ、アリスさん、キョウコさん。確かにお二人は俺たちヤマノベ公爵家に新たに仕えることになった訳だから、今更ながらに言っておくよ。ヤマノベ公爵家に仕える使用人のすべては俺たちが雇用しているが、俺たちに仕えるわけではない。

 俺たちと共に暮らし、俺たちと共に共感し、俺たちと共に大きくなっていく。つまりそれは仲間であり、友人であり、家族でもある。

 俺たちはそのような関係を求めているし、仕えるような人間を求めてもいないが、身の回りの世話はしてもらうし、助けてももらわなければならない。それはアリスさんやキョウコさんにとってはそうした役目を演じてもらうようなものだ。

 周りから見れば俺たち自身に威厳がなく、使用人にあなどらられているように映るかもしれないが、俺たちはヤマノベ公爵家に仕える全ての人達の恥ずかしくないような働きをするよ。

 そうすれば、それでも友達のように接することで君たちの価値も上がるだろう。

 その価値を失わないような付き合いを頼まれてくれるかな。」

 アリスさんも、キョウコさんもその大きな目をみはるように驚いている。

 「そんなことが許される訳がありませんでしょう?」

 「誰に?」

 「だ、誰と申されましても・・・どなたでしょう?」

 「ほらね?」

 メイドさん二人が互いの顔を覗き込み、誰に都合が悪いのか考えているらしい。

 「誰にとってどうあってほしいという欲望は主観的な立場に居るものに迎合しなければならない立場の人にとってはそうあるべきなんだろうさ。

 でもね、どうあってほしいと考える奴が俺の言うように有ってほしいと願ったなら、アリスさんやキョウコさんはどうすべきだと思う?」

 「それは・・・」

 キョウコさんがアリスさんの肩を叩いた。

 「ご主人様、ホントはジャガイモがもっと欲しいんだけど重いのさ。カートに乗せるの手伝ってよ。」

 「ああ、いいよ。いくつ欲しいのさ。」

 アリスさんがキョウコさんの言動に明らかに狼狽している。

 そんなことしたらエライことになる。

 そんな表情をしているのだが、俺が安請け合いするものだから今度はこちらを向いて手を口に当てるほどに驚いている。

 フィアはジャガイモの置いてあるところまでダッシュだ!

 俺の求めているのはこういう関係なのだ。

 このメイドさんたちは確かに俺たちが稼がなければ食べていけないだろう。が、俺たちも同様にこの世界で生きていくためにはメイドさんの知識や経験が必要だ。

 この関係を良くするのも悪くするのも俺たち次第だろうと思うよ。

 軽口を叩くメイドとそれを容認している貴族。しかしその働きは誰より優れ、誰よりも真摯であれば、こうした関係も許されるはずだ。そしてそれを欲していると思わせることができれば俺のファミリアは誰のものとも違う大きな家族になると思ってる。

 「そ、それでは恐縮ですが、フィア様、ジャガイモは30個は必要なのです。」

 アリスさんにとって慣れないことをするのだから、それでいいだろう。

 「わかりました!」

 駆けていったフィアは一瞬振り向き、片手を上げてアリスさんに了解を伝えた。


 しこたまの食材や日用品を買い込んだ俺たちは、おもに俺が買ったものを馬車に積み込み、積み方が悪いとメイドに叱られている。二人のメイドも楽し気に叱っているので当然悪意などあろうはずもないのだが、店員も他家のメイドも、貴族さえもあんぐりと口を開け、何事かと表情をしかめている。

 しかし、今これをやっておかないと俺とフィアに対する認識に周囲が誤解を抱くだろう。

 そして俺とフィアは、彼女たちを守るためにもこれからも叙任を受けたような功績を献上し続ける必要がある。どの貴族家よりも功績を残しながらどの貴族家よりもメイドが溌剌はつらつとしていれば、せめて俺の家に仕えるメイドだけでも暮らしやすくなるだろうと思うのだ。

 いつか、それが何かを変えると信じて俺たちは今の方法を変えずにやっていこうじゃないか。それはフィアにとっても俺にとってもとても自然な振る舞いだ。


 吹っ切れたアリスさんと判ってくれているキョウコさんによって、帰りの馬車はエライ騒ぎだった。御者席に三人のかしましい娘たちが並び、一人は貴族である証の冒険者カードをわざと首から下げている。貴族夫人を囲むように両側に腰掛けるメイドたちと当の本人がまるで女子高生の放課後マックだ。

 後ろの箱馬車から身を乗り出し、ゲラゲラと笑いながらそれを容認する俺。

 通り過ぎる俺たちを眺めて口を覆うように隠しながら驚く他家のメイドたち。

 それでいい。自分の仕える屋敷に戻って言うといいよ。あそこの貴族はおかしいのではないかと。

 その貴族が自分の仕える主より頑張っていたらどうだろう。

 古い常識は古いものとなって風化していくかもしれない。俺たちを蚊帳かやの外にして自分たちのこれまでの行動を正当化するかもしれない。

 それでも時代は常に動いていくものだ。新しい風を読み、翼を上手く風に乗せた者だけがより爽快な空の旅を得られると思うのだ。


 最近、叙任された公爵はメイドと馴れ合い、親しげに会話を交わしている。

 公爵夫人ともあろうものがメイドと一緒にじゃがいもを数えている。

 公爵がメイドに言われるままに馬車に荷物を運びこみ、積み方が悪いと叱責しっせきを受けている。

 これまでの常識に照らし、奇行ともいえる驚きの報告がたくさんの貴族家を通じて親王陛下のところに届いたという。

 譴責けんせきを求める他家の貴族相手に親王陛下は一言、「やると思った。」と言ったそうだ。

 後になってだが、俺に向かっても親王陛下は「やると思った。」と仰った。ただし、俺の行動に関しては「好きにしたらよい。」と容認のお言葉を頂いた。

 ギャーギャーと騒ぎながら屋敷まで帰りついた俺たちをアンニさんが叱責するも俺の思いを理解した二人のメイドには伝わらなかったようだ。

 そして俺にも。

 「アンニさん、今の俺たちを見てどう思った。」

 「メイド風情とお館様がそのように馴れ合うなどあっていいはずがありません。」

 「なんで?」

 「何故と申されましてもこれまでそうだったからです。そうでなくてもこんなことが周辺の貴族様のお耳にでも入ればこの家があなどられます。その様なことになれば親王陛下もひなびた出の者だからと軽んじられるかもしれないではないですか。

 その様なことになれば、お館様もこの屋敷を召し上げられるかもしれません。

 誉れある貴族の栄誉に浴しながら、冒険者の様な振る舞いを行えばただの冒険者に成り下がるよりほかはないのですよ?」

 「それの何が悪い。」

 「ひっ?失礼を申し上げました。しかしながら私どもの仕えますお館様が冒険者風情のように扱われますと・・・」

 「冒険者の何に不都合があるというのだ。俺はこの神国に跳梁跋扈する魔物や人の悪意のすべてを退けてきたよ。他国が神国を蹂躙し、アンニさんたちを奴隷のように使おうとしたいわれのない無礼も退けた。

 今後、どのような外敵が現れようとも一息の息吹でそれを吹き飛ばせるようにその手段をこの国に与えてきた。それを今まで出来もしなかった他家の貴族が俺に何を言うというのだ。」

 「はっ、そ、それはそうなのですが。しかし、今までにこのように気安くメイドなどに接する貴族と言うのは居ませんでしたし、許されるはずもございません。」

 「誰に?俺の行動を誰が許さないというの?」

 「いえ、そ、それは・・・・・・伝統や慣習を・・・重んじる貴族様方。悪くすれば・・・その、親王陛下のご不興を被る可能性もあるのではと・・・」

 「俺は別に困らないぞ。何か言ってくるようならそれは俺の責任で退けてみせる。

 この国が世界に君臨したいなら俺とフィアだけでそれをやってみせるよ。因縁のある国があるならその国をこの世界から消してもいい。そんなことで良いなら、明日中にやってあげられるよ。」

 「ば、ばかな。その様な傲慢が許される訳がございません。ましてやその様な力がどこにあるというのです!」

 「ここにある。アンニさんは知りませんでしたか?」

 俺が右手を上げると同時に貴族街の上空に叢雲が沸き起こり、天空を紫電が駆け巡った。

 バリバリバリ!と縦横に雷鳴が轟き、さっきまでの晴天がまるで見間違いのように太陽から恵まれる暖かさと明るさの一切が奪われた。

 鳥肌が立つような気温に下がり、大気中の湿度が急上昇する。

 髪が逆立つような静電気がたちこめ、空気のどこに触れても体中がピリピリとするようだ。

 アンニの立つ位置、その周辺に竜巻が巻き起こりただ一人を飲み込もうとしているようだ。渦巻く風にも紫電が紛れ込み、どこにも逃がさない!と言う意思が猛威を振るう。

 「お、おおお?おやめください。な、何卒ご容赦を!」

 狂乱のアンニさんが喚き叫んだところで突然に暴風が止む。

 視界の利かなくなった嵐が止むと目前には陽の光の届かない夜のような闇の中に黒く、あるいは白く輝く城砦のような巨人が屹立していた。

 そのまなこは電のように青く閃光を放ち、背中から生えた天に住まう諸神をも射貫くような砲筒ほうつつを諸神に狙いを定めるように天空へと向けた。

 一瞬の静寂ののちに大気を割り飛ばすような轟音が響き、太く歪みのない光の柱がまっすぐに分厚い雲を貫いた。

 狙う位置を変え、再び光柱が雲を貫く。そしてもう一度。

 衛星から見ればハリケーンのような爆弾低気圧にそれを穿つように膨大なエネルギーが叩き込まれ、無理矢理にも嵐が引きちぎられたように見えただろう。

 それからそよとも風が吹かず、何の音もしない。

 私は助かったのだろうか?単純にそう思うしかない静寂が訪れた。

 ピクリとも動かなかったその巨人が静かにこちらを睥睨した。

 「いかがでした?ビックリしたでしょう。」

 巨人が口を聞いた?

 鎧のような、気高い騎士のような、その巨人は滑らかな動きと共に片膝をつき、胸を張るように勇ましい姿を見せるとその胸郭が開いた。

 中からお館様と奥方様が出てこられ、私の側へと降り立ったのだ。

 「・・・・・・」

 「怖い目に合わせてしまって、大変申し訳ない。」

 そう言って頭を深く下げられた。メイドの私に向かってお館様は深く謝罪の意を示された。

 「こ、これは?」

 巨人を見上げるころにはあれだけの広範囲に渡り垂れ込めた雲も霧散し、青い空と温かな陽の光が戻ってきていた。陽光を浴びてまばゆいほどに輝く巨人は邪気もない寡黙な鎧騎士を思わせる姿で屹立している。

 先ほどのことが夢だったのではないかと思わせるような変貌ぶりだ。

 「アンニさん、俺にもフィアにもこんなことは簡単にできるような膨大な魔力とレベル10と言う強大な威力がその身に備わっている。

 しかしね、どれだけ強力な力を持っていてもそれを行使するのはこんな冒険者なんだ。親王陛下はこの力をよく理解され、協力を求められた。

 そのお気持ちには応えなければならないし、アンニさんを始めとした俺たちの面倒を見てくれる人には絶対の安全と楽しく暮らせる世界を提供したいと思うよ。けれども俺自身は人の上に立ち、傲慢を振りかざすようなことをするようにはできていないんだ。

 アンニさん、だからさ、俺たちを育てるようなあるいは俺たちと一緒に歩んでやろうぐらいの気持ちで接してくれないか。かしこまるのもいい。俺たちを叱責するのもいい。ただ、時には俺たちと一緒に笑い合えるような関係にはなってもらえないだろうか。」

 瞳の光が揺れ、逡巡を見せているが目の前に居る化け物じみた魔法使いが決して人を弄ぶような存在ではないと判ったのだろうか、一つため息をつき、肩の力を抜いてくれた。

 「お館様、良く判りました。今までにない貴族様になられるというのですね。そのおこころざし、私にも手伝わせていただきたく思います。お館様のお力の片鱗に触れ、自分の狭量きょうりょうをよく知ることができました。

 今後は共に学ばせていただき、次の世代に誇れるヤマノベ家になるように共に歩ませていただきます。失礼を深くお詫び申し上げますが、金輪際私を虐めるのはおやめいただきますよ。今夜のお食事も召し上がっていただくのはご遠慮いただこうかと思案中です。」

 「えええ!?そりゃないよ。がんばったんだよ、俺!アリスさんとキョウコさんにいっぱい叱られながらジャガイモを運んだのに。じゃぁ、フィアも晩御飯無しな。」

 「ひえ?いやですよ。アンニさんに酷いことをしたのはソウタさんじゃないですか!アンニさん!私は食べてもいいんですよね?」

 「知りません!奥方様もその巨人に乗っていらしたじゃないですか。」

 「ソウタさん!謝って下さい!すぐに、ホントすぐに謝って下さい。うわぁん、酷いですよぉ。」

 「ふふ、ふふふ、ほほ、あはははは。」

 「ふへ?へへへへ?」

 「ふははははは」

 アンニさんが笑い出し、フィアと俺もつられた様に笑い出す。

 俺たちの後ろではアリスさんもキョウコさんもクスクスと笑っていた。

 そう、それでいいと思うよ。

 俺の目指しているのはそんな笑いのある家族だよ。


 「でも、お館様だけは今夜は晩御飯抜きです。」

 フィアよ、そのガッツポーズは何だよ。

砕けた貴族しかか書けそうにないんですもの。

早いうちに使用人の皆さんにも慣れてもらわなければね。

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