【第4話】クエスト
どうにか7000文字突破。
繋ぎ回風になってしまいました。
「ところでソウタ、昨日のオログ=ハイについてだが、あれはかなりの狂乱状態になっておったな。」
朝食の席に着き、色とりどりの野菜がよく煮込まれたスープを味わっていると、お父様が昨日の出来事を振り返る。
俺とアーディが収穫を祝うイベントに到着する前、10分ほど前から山側の木立の中で立ち回りをやらかす大きな音が聞こえ始め、オログ=ハイの悲痛な雄叫びと共に農協の共同倉庫となるハズの大型倉庫前になだれ込んできたそうだ。
「そうでしたね。鎌鼬のような激しい風に絡みつかれているようでした。」
正直に話すわけにもいかず、客観的な第三者目線での感想でごまかすしかない。
成人したばかりのサキュバスが無双してめった切りにしたなどというのも、そのサキュバスと昨夜楽しめたとも言えるはずもなく、返答も曖昧になる。
「騒ぎが収まって戻ってみれば、倒れたオログ=ハイとソウタしかおらなんだからな。てっきりソウタが始末したのかと思ったものだよ。」
「いえ、私の技量では到底かなわぬものと思います。はっきりとは申せませんが、あの異常な鎌鼬が自然現象だったのか魔法力によるものだったのかも判断に困るのですが、お蔭で私は無事に生きて帰ることができました。」
「不思議なこともあるものよな。」
不思議で納得してもらうしかないだろう。
「お兄様はあの化け物と剣を交えることもなかったのでしょう?万一にもお怪我など召されることになれば、アーディも母上も気を失っていたと思うのです。どうか、危ない真似だけはなさらないでほしいのです。」
「アーディ、今回もそうだが自分から危険な目にあおうなんて思ってもいないよ。だから、十分に注意しているし、危険があると承知しているときにはシュナイダー隊長や騎士の方々の助力を頂いている。母上やアーディに心配をかけるようなことはしないよ。」
最初の出会いから何くれとなく気を使ってくれるシュナイダー隊長は、トサンの山中に入る際には護衛として部下の騎士を必ず着けてくださっているし、調査に向かう場所によってはダイアン導師のお弟子さんなどを随行させてくださるので、戦力的にはいつもオーバースペックな状態だ。
俺が異世界人というだけで過剰なまでの過保護ぶりだが、異世界との門のようなものを探すにはワーウルフなどの棲家に必然的に踏み入ることになり、兎にも角にも安心できないアーディのお蔭でこのような配慮をしてもらえているのである。
「ソウタ、忘れる前に言っておく、冒険者ギルドから依頼が来ておった。ゲツリョウの村にグレートビーが現れ、村民に被害が出ておるそうだ。近場に営巣しておるようでな、これを駆除してほしいそうじゃ。ダイアン導師やアリシア殿と行動できればそう難度の高い依頼でもないでの、あとでギルドに顔を出してやってくれるか。」
「承りました。朝のうちにでもギルドに話を伺っておきましょう。」
実際、この依頼は面倒事の部類だ。
グレートビーは女王蜂が営巣すると、獲物を狩るために外に放つ軍隊蜂と巣を守るガーディアンが大量に発生する。
父の言うとおり、魔法使いを伴って広範囲殲滅を行うのが定番の駆除方法だ。
しかし、彼らを伴うのはトサンへの調査行ならば魔物討伐も兼ね、換金できる獲物が入手できるから十分な報酬も渡せているのだが、グレートビーとなると魔法で広範囲殲滅をされると折角の蜜や巣の蝋を台無しにされてしまう。
時には幼虫やサナギも美味しい稼ぎとなるのに火属性の魔法でもぶっ放された日には、ポーションなどの原料にもなる蜂の死骸さえ入手できず、謝礼によって大赤字が確定してしまう。
皮算用をつらつらと考えめぐらせていると、ふとフィアのことを思い出す。
彼女ならこのぐらいのことであればいけるのかもしれないと思ったのだ。
冒険者ギルドは町の一番目立つ場所にある。
この町には珍しく3階建てのレンガ造りで各フロアもかなりの広さがある。
一階は冒険者が依頼を探す掲示板と、戦利品や魔物のドロップ品などを買い取ったり、レベルアップなどの申請をするカウンターがある。
また、パーティーがギルドの職員と打ち合わせたりするための用談コーナーなどもあり、朝の早い時間という事もあって、掲示板前には多くの冒険者が自分に合った依頼を求めて群がっていたり、魔物の情報を仕入れるために用談コーナーで職員となにやら話し込んだりしているようだ。
俺は、依頼のあった内容を確認するためにカウンターへと向かった。
「おはようございます、ソウタ様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
金髪碧眼に両側に細く伸びる耳、容姿に優れた女性はこのギルド名物のエルフの職員だ。
一見すると18、9にも見える若い容姿だが、年齢は想像することもタブーとなっている。
いつか、恐れを知らない冒険者が口説こうとしたことがあったが、「若造」呼ばわりされ、あえなく撃沈していた。
その冒険者も30歳はとうに過ぎていたのだが。
そして衝撃の事実ではあるが、このエルフの職員さんは既婚者でありお母さんでもある。
旦那さんは領軍の軍人さんであり、子供はハーフエルフの女の子である。
その昔にこの里へ下りてきた際にちょうど発情期となり、たまたまではあるが旦那さんとそういうことになったと聞いている。
もちろん聞いたのはトサンの山間部へ調査遠征している際に旦那さんからであるが、エルフの発情期というのは数年に一度しかなく、個人によっては十年以上も間隔があくらしいのだ。
また、長命でも知られるが、この職員さんはすでに80歳を超えているそうである。
まぁ、エルフの平均寿命が300歳程度であることを考慮すれば人族に換算して21歳?十分に魅力的で若さも感じられるのは間違いではないのだろうが、既婚者で子供のいる時点で口説こうなんて思うような奴には見当違いもいいところである。
ただ、旦那さんは人族であることだし、もう40年もすれば未亡人という事になるのだろうか。その際には改めて誰かに頑張ってほしいものである。
フィアはと考えるに、サキュバスは契約主に寿命を合わせることになるので、命日が必ず一緒になるだろう。
長く生きるサキュバスは、穏やかな性格の人族と契約を交わしていることが多いと聞く。
それにしても人族との間にしか子を成すことができない種族なので、100歳まで生きれば長い方だろう。
契約自身はどの種族とでもできるようなのだが、サキュバス種は子孫繁栄にかなり積極的なことから、基本的に契約は人族としかしないようだ。そうでなくても契約が交わされないままのサキュバスはその短い人生を20歳前に終えてしまうことも多いわけで、出生率はものすごい低いことになる。
どのような種族と婚姻関係を結ぶにしてもままならないものがあるように思う。
「おはようございます。本日はギルドから依頼のあった蜂の巣退治について伺いたいのですが。」
「ああ、その件でしたら私の方からご説明させていただきましょう。」
エルフの職員の後ろから銀縁のめがねが似合う男性職員が声をかけてきた。
「スコットさん、おはようございます。」
この男性職員はスコットさんと言い、一階のフロアマネージャーのような立場の人だ。
歳は40歳ほどだったと思うが、細面で品のいい感じがする大人だ。
用談コーナーの空いた席に移ることにし、詳細を聞いていく。
「ゲツリョウの南東にある田園地帯なのですが、トサンの丘陵地帯にほど近いところに人口50人ほどの村があります。この丘陵にある林にグレートビーが営巣したようで、畑仕事に出る村民に少しばかりの被害が出ているという事です。」
なるほど、生活圏ギリギリの林間地帯に営巣したものだから、場合によっては仕事中に襲われることもあるのだろう。
「ほかのパーティには?」
「ええ、依頼掲示板にしばらくは掲示していたのですが、ご存じのとおり旨みの少ない獲物ですからほとんどの冒険者が興味を持つこともなく、その間にも被害が出ているようで、今回は指名依頼とさせていただいたのです。」
魔法使いのいないパーティの場合、グレートビーの数によっては苦戦を強いられることもあるだろうし、魔法使いがいた場合でも巣を焼き払うなどした場合、換金できるものがなくなってしまうだろうから美味しくないという訳である。
俺としては領軍に支援を仰がなければやはり面倒な依頼ではある。
面倒ではあるが、お父様の立場を考えれば受けざるを得ないという処であろうか。
「わかりました。これから準備を整え討伐に向かうことにしましょう。」
安堵の表情を浮かべながらスコットさんは書類の作成を始めた。
依頼の受注票を作成しているのである。
これがないとミッションを完遂してもギルドでの記録には残らず、スコアアップに寄与しないことになるのだ。
「それではソウタ様、ゲツリョウ地区のグレートビー討伐を正式に依頼いたします。どうか、お気をつけて行ってらしてください。」
俺はいったん屋敷に戻り、冒険者らしいいでたちへと装備を整えていった。
鉄とコボルトの革でできた胸当て、鉄でできた腕当てとすね当てに応急手当のセットと携帯食料やランタンなどを収めたリュックを装備した。
腰には鋼でできた片手半剣を佩刀する。
剣帯には予備の投擲用短剣を5本仕込み、準備完了である。
先の通りの理由で今回は領軍に話を通していない。
馬屋に出て、討伐用に小型の二人乗りの馬車を準備する。
栗毛色の牝馬を一頭馬車につなぎ、蜂に襲われることを想定し馬用のコボルトの革でできた鎧を纏わせた。
馬の気性にもよるが、騎乗用の馬の場合は金属製の鎧を着せることもあるし、コボルトなどの革製品を使用することもあるが、こうした装備を嫌がる馬の場合は主に荷馬車などの装備を必要としない用途に使用する。
今回馬車に繋いだ馬は騎乗用にも戦闘用の馬車にも使え、装備を整えても全く気にしない豪胆な馬だった。季節がら装備を纏わせても暑いという事もないし、この雌馬は一顧だにしない様子で「早く散歩に行こう」みたいな顔つきでこちらを見ている。
屋敷からほど近い(と言っても半日は移動しなければならないが)今回のような依頼にはもってこいの相棒である。
依頼を完了すれば、そこそこの蜂の死体と巣材、蜜などを回収できる見込みであることから今回はこのような仕立てとなった。
馬車の荷台は当然ではあるが今のところ何も乗せてはいない。
幼虫やサナギなどが回収できれば一財産であるのだが、鮮度も重要であることからマジックバックを準備した。この中に収納したアイテムは時間と切り離され、いつまでも入れた時の状態を維持できるのでこれだけは荷台に投げ入れてある。
幌のついた荷馬車なので、天候が悪化しても荷物に対して心配はないだろう。
抜けるような青空で考慮するようなことでもないのだが。
大方の準備も整い、屋敷から敷地境界までのわずかの距離を闊歩し、ゲツリョウを目指すことにした。
正面の門を抜け、通りに出たところで馬が止まってしまった。
森の木々の香りを纏った一陣の風が通り抜け、馬車の前に一人の女の子が立ちはだかったのだ。
「ソウタさん、お出かけの際にはお声をかけていただけますか。」
そう、フィアである。
「フィア、おはよう。ちょっとした討伐の依頼があってね、今回はフィアに一緒に来てほしかったんだ。」
小首をかしげるような仕草で続きを促しているフィアに詳細を話す。
「近隣の村でね、グレートビーが営巣しているんだ。知っているかわからないが、魔法使いを伴うとみんな燃やしてしまうので今回はフィアと依頼をこなそうかと考えていたんだが、フィアの都合はどうだろうか。」
今朝から気になっていることについても聞いてみる。
「昨夜以来さ、フィアがどこにいるか気配を感じるようになったんだが、これはどうしたことだと考えるべきかな?」
俺の話を聞きながらもフィアは全く自然に馬車に上がってきた。
「昨夜、ソウタさんからお情けを頂いてこちら、私にもソウタさんの気配を感じられるようになっています。察するに契約を交わしたわけでもございませんが、私たちの血が交感しているのではないかと思うのです。
こんな話は契約を成したサキュバスからしか聞いたことがないのですが、昨夜精を頂いてから私の体にも変化が起きています。考えたのですが、答えは得られませんでした。しかし、普通ではない何か特別な意味があるように思います。
今回ソウタさんの受けられた依頼には是非とも同行させていただき、私の実力を知っていただきたいと思います。お気に召していただければ末永く側仕えができるかもしれませんし。」
ちょっと押しつけがましい感もあるが、お試し期間中でもあるし、互いを知る良い機会だとも思う。
グレートビーがオログ=ハイより強いなんてこともないわけだし、フィアの戦いぶりにはとても興味がある。
いい機会だと思い、隣に座った少女を乗せたままゲツリョウまでの道のりを進むこととした。
太陽が中天に差し掛かる手前、時間にすると午前10時ごろといったタイミングでゲツリョウの村に着くことができた。
トサンの山々は平地との境目から急峻な立ち上がりを見せ、4000メートル級の峰々を誇る。
また、この平野は急峻な山々に囲まれ、北側は海に面して豊富な魚介類を提供する傍ら、南側を塞がれ、東西に緩やかに下る山脈に取り囲まれている様子からともすれば陸の孤島といった地勢ともいえる。
冬の間に積もる雪のお蔭で、年中豊富な水脈と天然の要塞のような山脈のお蔭で台風などの被害とも無縁なうえに、隣接する他領がないことから軍事的にも緊張感はないし、領民を養うに必要な穀倉地帯やその他の一次産業においても肥沃な大地の恩恵をいかんなく受けている。
本当に魔物さえいなければ平和ボケしてしまう要素しかない場所であった。
到着したのちに、ゲツリョウを治める村長に面談し、依頼を受け討伐に訪れたことを周知してもらうことにした。
剣を佩刀した人間がこのような村をうろつけば、意味もなく緊張感が生まれるわけだし、当の本人たちが安心して畑に出たりもできなくなってしまうので、こうしたことを避けるためにもまずは情報の共有が重要という事である。
グレートビーの営巣地付近まで馬車で近づき、野営の準備にかかる。
巣の討伐だけであれば今すぐにも仕事にかかるべきなのであろうが、働き蜂や軍隊蜂はこの時間であれば巣を離れ、活動中だろうと思われる。
女王蜂を倒せれば依頼を達成したも同然ではあるのだが、飛び散っている蜂たちが巣に戻り、事を知るとなるとその後に報復があるかもしれず、より広範囲に被害が及ぶことになるだろう。
これを避けるためにも外に出ている蜂たちが巣に戻り、活動が緩慢になる早朝を狙うべきであろう。
となると日が暮れるまでの半日と夜間の間、ヒマでしょうがないことになる。
俺は昼食の準備のために御者席の下の収納部から携帯用のコンロと鍋、食材を取り出し準備にかかる。
「ソウタさん、今日はこのまま野営でしょうか?」
「ああ、そのつもりだよ。明日の早朝から討伐にかかろうと思うんだが、フィアもそれでいいかな。」
できれば後顧の憂いを断つためにも蜂は残したくないし、得られるものが多ければさらに嬉しい。
そうした狙いについて、フィアと話し合っておくことで討伐内容について煮詰めておく。
「わかりました。では、私は少し出かけても構わないでしょうか。」
「いま、昼の準備をしているのだが、どこ行くの?」
「私は食事で生きながらえるわけではないので・・・」
それはそうであろうが、二人いるのに一人で食事というのも味気ないとは思わないのだろうか。
「フィアのことは承知してはいるが、せっかくなんだし昼飯に付き合ってはもらえないかな。」
「よろしいのですか?」
どうやら単なる遠慮のようである。
魔石を使ったコンロで鍋に湯を沸かし、持ってきた野菜や肉を使ってスープを作る。
その間に葉野菜をパンに乗せ、チーズとハムを少しの塩を振って挟んだ。
「よし、フィア、大したものではないけど食べてみてくれよ。」
手渡されたサンドウィッチと足元に置かれたスープの椀を見て目を見開いている。
「器用なんですね。」
「そうでもないさ。こうして二人だけでもパーティーとして機能するためには食事の一つもおろそかにしないでくれ。」
「・・・」
俺の話を聞きながらも、手を止めずにサンドウィッチとスープを掻き込んでいる。
思えば出合ってから二日。ようやく二人で互いの理解を深めることもできるだろう。
先に肉体関係を持って、これから理解を深めようというのもおかしな話だが、フィアにとって今取っている食事と昨夜の出来事に差があるのかも自分にはわからない。
しかし、自分にとってはそれは大きく異なっているはずだ。
この少女が何をもたらすのか、俺は何を差し出せばよいのか。
今は分からないことしかないが、これからの時間を共に過ごすことで分かり合うことがいくつもあるのだろう。
縁があれば契約を交わし、生涯を共に過ごすこともあるのかもしれない。
今はそんなことを結論付ける時でもないし、そのようなことで彼女を拘束するべきでもないだろう。選択権は俺にもあるのだが、彼女にもある。
俺のこんな料理をうまそうに食べてる時に切り出す話でもなし、自然と顔がゆるんでしまう。
「私、なにかおかしかったですか?」
半眼で睨んでくる。
「そうじゃないんだ。出会いもいきなりだったけど、いまこうしていることが少し楽しいかなって思ったものだから。」
納得していない顔ではあるものの、食事に戻ってくれた。
俺も自分の分を口に入れ、昼食を終える。
さて、時間をどうやって使うべきだろうか。
「ソウタさん、今夜またお情けを頂いてもよろしいでしょうか?」
「は?昨夜なにか問題でもあったのか?」
「いえ、食事は毎日とるものですよ?」
おおう。概念に随分の開きがあるような気がする。
「もしかしてこれから毎日なのかな?」
「お厭でしたでしょうか?ご迷惑なようでしたらおっしゃってください。他をあたりますので。」
うーん、なんだろうか。淡泊というか俺の存在が希薄というか、フィアの中での俺の扱いとはどのようなものであろうか。
寂しく感じてしまうのはどうよ?
「いやも何もない。フィアに必要なことなら付き合うさ。」
「ありがとうございます。」
頭を下げられた。
今夜も長い夜になりそうだ。
次話でグレートビーと戦闘です。