【第39話】風になりたい。
戦記物はひとまずここまでです。
アイアメリカの空母機動部隊を退け、鹵獲品の空母一隻を入手した俺たちだった。
手に入れた空母は新しい技術をもたらしてくれるかと大いに期待されたのだが、海軍技術将校や工廠の技術者、シゲさんやその他スタッフからは概ね不評だった。
既存の技術の応用に過ぎず、どうやら大型の商船を改造して上部構造物を取り払い、長大な甲板を載せただけと言う非常にお粗末なものだという事だ。
しかし、甲板下にある飛龍を格納しておく場所、地球の空母であれば戦闘機などをしまっておく格納庫に当たる部分には日ごろの世話やストレスを溜めないようにするための工夫などが見て取れ、ほんの僅かではあるが収穫と言えるものもあったという事だ。
機関部や船体構造に至るテクノロジーに類する部分についてはこの国の技術レベルと全く大差ないとのことだった。
ただ、地球と一緒で長さや大きさ、重さなどを示す度量単位と言う物が違うらしく、この国で規格化された工具類とアイアメリカの工業基準の工具類では互換性がないらしい。
左に回すとネジが緩み、右に回すと締まるとか基本的な思想は変わらないのに度量単位だけが違うという不思議は地球でも謎の多い部分だし、ここでも同じなのだろう。
結論として飛龍さえ数が揃えば既存の技術でどうとでもできるということが判り、島国であるが故の絶対数の不足は解消できそうになかった。
野生のというか、自然に生息している飛龍はそれぞれが縄張りを持っているため、狭い地域にたくさんの飛龍がいるということはなく、それらをテイムして使っている限りは土地が広い方が数的に有利と言う構図は絶対的なものとなる。
三式弾のお蔭で1600頭と言う飛龍を狩れたからにはアイアメリカとしても簡単には戦力を盛り返すということはないだろうが、この国と比べればはるかに飛龍の入手はしやすいだろう。
「そこでです。飛龍はそう簡単に数をそろえるという訳にはいきませんし、代替の手段を提案します。」
「ソウタ殿、そもそも飛龍を大量に船に乗せ、敵艦を攻撃するという戦術は有効なのかな。
我が艦隊には三式弾があり、実戦でも有効性が証明できた。すると、そうした奴らが再び襲い来るとしても脅威たり得ないのではないかと思うのだが。」
今は海軍の最初に尋ねた鎮守府にある作戦指令室に集まっている。
空軍総司令のノーア公爵や海軍司令長官のイソウロク公爵をはじめ、空軍と海軍の重鎮たちが集まっている。
「海軍の戦術について空軍の我らが思いを同じくすることはあまりないかと思うのですが、ソウタ殿のお考えは?」
「はい。まずは先の戦闘を教訓として考えてみませんか。攻め手のアイアメリカは1600頭と言う飛龍で我が艦隊に攻め込んできました。
46センチ砲に三式弾と言う有効な手立てがありましたので、何ほどでもありませんでしたね。では逆に、我が方がそれだけの飛龍を持ち、爆裂魔石などで敵艦を攻撃しようとした際に、アイアメリカに三式弾はありません。
結果はどうなるでしょう。」
「うるさく飛び回る飛龍が爆裂魔石を船の側から落としてきたとすると、これは厄介かもしれんな。砲で撃ち落とすことはほぼ不可能じゃろうしの。容易く接近を許してしまうかもしれん。」
「ええ、そうです。相手にとって対抗手段のない攻撃方法と言うのはどんな戦闘においても決め手となるでしょう。」
「海軍での飛龍活用の有効性は分かったよ。我々空軍ではどのような代替手段があって、メリットを受けることができるだろうか。」
「今回お話したいのは”飛行機”についてです。字のごとく、飛ぶための機械と言う意味です。」
「飛龍を使わずにか?」
「はい。」
「バカな!」
「こちらに簡単に書いた絵図面がありますので見てもらえますか。これは海軍三菱零式艦上戦闘機32型の三面図です。私のいた世界で70年前の大戦初期には世界最強の戦闘機でした。
敵の戦闘機より早く、航続距離が長く、運動性に優れ格闘戦では無敵でした。
私のいた世界には飛龍は居ませんでしたが、こうした飛行機が発達しており、零式艦上戦闘機の他にも敵の船のすぐそばまで魚雷を運び、横っ腹に打ち込むための攻撃機、敵の船の直上まで爆弾を抱えて運び、投下する爆撃機などもありました。こうした飛行機を敵の飛行機から守るために護衛し、露払いをしたのが戦闘機です。」
会議席は静寂に包まれた。
99式艦上爆撃機や97式艦上攻撃機の絵図面も見せた。
「ソウタ殿、これらは本当に空を駆け、敵に乾坤一擲を喰らわせていたのですか。
飛龍を使わない戦術という事でしたが、これと同じものが私たちにも手に入るのでしょうか。」
「その前に空軍のメリットです。飛龍はそもそも自然に繁殖した魔獣であり、欲しい時に欲しい数が揃うと言う物ではありません。しかし、龍騎兵と絆を結び、勇猛果敢に敵と相対する空軍は誉れ高く、伝統的なものですね。
しかし、強敵とまみえ、手傷を追う龍騎兵や飛龍も皆無とはいきません。中には帰らぬ人たちもいるかもしれないです。
飛龍の補充はどうしましょうか。
一朝一夕に育成ができるわけではありませんし、どの飛龍も同じ強さ、同じ知能を持っているわけではありません。龍騎兵との相性いかんでは満足に敵を討つこともできないかもしれませんね。
飛行機もそう言う意味では人の技量に左右されるわけで、上手な操縦者。戦いに秀でたパイロットは”エースパイロット”と呼ばれ誉れ高く、名誉を得ていました。
しかし、搭乗する機体は新人もベテランも同じ機体に乗り込み、同じ性能の物をいつでも手に入れることができました。コストパフォーマンスと言う言葉で言い表すのですが、同じ工業製品は数が多くなればなるほど安価になっていき、統一された製品の使い方は誰が使っても同じ。得られる効果も同じ。こうしたものを大量にそろえることで入手の難しい、個体ごとに癖のある製品よりも総合的に大きな効果を得られるようになるのです。」
「ソウタ殿のおっしゃることは確かに理に適っている。しかし、飛龍と苦楽を共にし、長く添い遂げることを誉と思う我らに飛龍を”製品”と言われても納得を得ることは難しいと思います。」
「ノーア公爵のおっしゃられることについては十分理解しているつもりです。製品と言ういい方はモノの例えとご理解ください。私どもも空軍にお伺いした際には心づくしを受けておりますので、真実はしっかりと判っております。」
「うむ。話の内容は分かっておる。興味はしっかり沸いております。」
それからも質疑応答と運用方法について話が膨らみ、徹夜の談義となってしまった。
結論として試作機を作り、運用をしてみることとなった。
目指すのはF/A-18ホーネットのような多目的戦闘機。レネゲイドもそうだが、基本となる部分は共通で、武装や細部の装備によって使い分けられるという製造側の効率を重視したものを目指すことになった。
今回はシゲさんを始めとした我がスタッフ群に空軍と海軍の技術将校や若い研究者たちが参加してくれている。
機体各部の機能や意味、構造、エンジンの開発に武装。そして燃料。
この世界の精油技術はまったく初期状態で、重油をそのまま燃料にしてしまうディーゼルが精いっぱいで、軽油やガソリンなど望むべくもないのだ。
この難問にはまたしてもシシオ夫妻が取り組んでくれ、揮発性を高め、不純物の少ない燃料を開発してくれている。
機体構造については基本を木製とし、強度の必要な部分には純鉄に炭素を添加し、焼き入れ、焼きなましを行った靭性に優れた焼き入れ鋼を使うことにした。機体表面はジュラルミンを使いたいところだが製造方法が分からないのでアルミを使うことにした。
最大の難関はエンジンで、俺も素人ならこの世界の人達も素人だったため、理論的なことについては説明できたのだが、構造については適切なアドバイスもできなかった。
艦船に使われているエンジンは地球の自動車に近い構造をしており、シリンダーと言われる燃焼室がいくつか直列に並んで配置され、混合ガスを吸気・圧縮・爆発・排気のサイクルで回すと、シリンダー内をピストンが上下する。この上下動をクランクシャフトに伝えて一つの軸の回転運動として取り出す仕組みだ。
航空機のエンジンの場合は星形と呼ばれるものが多く、シリンダーが放射状に並ぶ。
クランクの仕組みが複雑であることと、プロペラ軸に取り出す回転の出力構造が再現できないことが問題だった。
利点としてはエンジンの奥行きが薄く、飛行機の胴体の前面に取り付けて設置できること。
シリンダーの数が多いことで回転のムラが少なくなり、滑らかな回転が得られることが挙げられる。
この辺になるともう、俺の知識ではどうしようもないのでスタッフに丸投げした。
いずれ誰かがどうにかしてくれると信じている。
冬を過ぎ、春になるころに試作機が完成した。
普通なら何年もかかるであろう開発が数か月。基礎となるイメージ図があったとはいえ、詳細な理論が完成していたわけでもなく、よくぞここまでと感慨もひとしおだ。
そして試験飛行の日。
飛行場ともいえない海軍の工廠の脇にある広場。
引き出されてきた飛行機はエンテ型と言うよく見るゼロ戦を逆さまにした形をしている。
機首は現代の戦闘機のように尖り、鼻先に短い翼。胴体後部に大きな翼を持ち、最後尾にエンジンとプロペラが搭載されている。
俺が示した絵図面を研究してくれた技術者たちが苦心の末に理想形と定めた形状がこれだったのだ。70年前の大戦でも末期に「震電」という戦闘機が開発されていた。
これがエンテ型の形状を持ち、鼻先に大口径の機銃を搭載でき、後ろを向いたプロペラによる推進力で高速性能と高高度上昇性能を勝ち取っていた。
何よりの利点として、薄型に仕上げなければならないはずのエンジンを機体の後部に納めることで設計のコンセプトを緩くすることができて、大きくなりがちなエンジンをムリなく機体に納めることができたのだった。
欠点を上げるとすればエンジンが大きくなったことで搭載できる燃料タンクが小さくなり、航続距離が短くなったことと、後ろにプロペラがあることで離着陸に必要な主脚が異常に長くなってしまったこと。
震電の開発時にも起こったトラブルとして、飛ぶ寸前に機首が上がると機体後部が下がり、プロペラが地面に当たってしまう事だった。これは既に分かっていたことだったので、主脚の位置や補助輪を設けることで回避していた。
今日はほとんど無風に近く、小春日和の暖かいテスト日和だと思う。
広場に引き出された飛行機の名は「昂暉」。開発コードM-45。
プレアデス星団に名を頂いたこの機体は群青の塗装が施され、蒼穹に輝く神話に倣っている。
風洞実験、グライダーによる滑空試験、落下試験や対弾試験などを経て運動性能、飛行特性、安全性、保全性など実に様々な試験を行い、結果を見て改善を施し、今日に至った。
今日は完全な実機にパイロットを搭乗させ、単独での飛行を行う。
高空に免疫のあると思われる飛龍の搭乗者、龍騎兵数名に機種転換訓練を行い、生物であり、コミュニケーションを取ることのできる飛龍と違う無機物。飛行機の操縦を学んでもらった。
午前10時ごろ、気温が安定し、おかしな気流がないこの時間帯を狙って昂暉の準備を進めた。
ひぃぃぃぃーんと言う何かを圧縮する呼吸音が響き、グロップグロップという息継ぎ音がエンジンから発せられた後にバリバリバリバリという不安定なアイドリング状態にあるエンジン音が鳴り始めた。
しばらくするとバリバリも安定した響となり、選ばれて搭乗したパイロットがスロットル(アクセル)を開くことでヴォオオオオオオという連続した機関音となった。
簡易の櫓を組み、高い位置に陣取った指揮役の兵が旗を振り、発進を促す。
ひときわ高くなるエンジン音がプロペラを回し、掴み、噛みついた大気を後方へと押しやりはじめる。
反作用により昂暉は前進を始め、恐ろしい勢いで加速し始めた。
更にエンジン音が高くなり、危険を感じるほどに高まったころに、昂暉は最大加速に達し、機首を蒼穹へと向けた。
あっという間に大地から解き放たれ、この世界で初めての有人による機械が空を舞うこととなった。
次の夏が訪れるころ、量産された昂暉の部隊が出来上がり、龍騎兵ではない一般兵から搭乗員が募集されていた。
海軍では配備された2000機に対し、5000人を超える希望者が。
空軍でも1500機の配備に2500人を超える希望者があった。
龍を従え、敵と討ちあう龍騎兵はその存在自体が特殊なステータスであり、選ばれた一部の者たちの栄誉であると同時に、昂暉パイロットは特別な能力を持たない一兵卒でも努力次第で空を舞い、武勲を上げることのできるシンデレラの靴として男女問わずに競い合うように練度を高めていった。
飛行機の操縦練度を高めるために絶え間ない訓練が行われる中、多くの者がその頭角を現しだした。
魚雷を抱え、敵艦の対空砲火を真正面から受け止めながら肉薄し、あわや特攻か?とでも思わせるほどに近づきながら、海面に魚雷を解き放つ度胸を自慢する攻撃機に適した兵たち。
敵艦上空まで駈け上り、真上から爆弾を腹に抱き、真っ逆さまに急降下を敢行し、敵艦の深い場所まで爆弾を殴りつけるように投下する辛抱強さと度胸を併せ持つ爆撃機に適した兵。
重い魚雷や爆弾を抱えた昂暉を敵艦まで護衛し、反撃を試みる敵の飛龍部隊に対し、華麗にかつ猛々しくその身をさらし、高度な空戦技術をもってして敵を翻弄する正に騎士道ともいうべき戦闘機に適した兵たちと、生まれ持った性格や目指す道に研鑽を怠らなかったことで手に入れた能力を開花させた搭乗者たちが競い合うように育っていった。
昂暉そのものも熟成が進み、攻撃機、爆撃機、戦闘機のカテゴリーでそれぞれに特化した特徴を備えるようになった。
攻撃機。その胴体下に魚雷を一発搭載し、海面すれすれを敵艦に向かい猛進する。
海抜が低いほどに空気の密度は濃くなり、機体の反応が過敏になる。少しの操縦ミスで昂暉の挙動が乱れ、意図した通りに魚雷を放つことができないのだ。
攻撃型の昂暉は機体前部のカナード(前翼)にフラップが設けられ、よりシビアな機体制御を簡易に行えるように進化した。
さらに胴体下面に魚雷を半分埋没させるような窪みが設けられることで、空気抵抗が減り、高速で肉薄できるようになった。
爆撃機。攻撃機が魚雷をひとつ抱きかかえるのに対し、爆撃機は搭載する爆弾の大きさによって1~4発の爆弾を胴体下か翼下面に吊り下げるハードポイントを持つようになった。
もう一つの特徴は急降下の際に機体を制御するために落下速度を緩めるダイブブレーキが装備されたことだ。上空まで駆け上がり、捻りを加えて急降下する際に主翼下面と上面に空気抵抗を産むための遮蔽版が展開し、ブレーキとなる。
これで落下速度が殺されることにより、機体の進行方向を微調整できるようになり、正確な爆撃を可能としている。また、爆弾を投下した後に機体を立て直す訳だが、フラップの利きをよくして容易に垂直から水平飛行に移行できるようになる。
戦闘機。特に武装を追加することはないが、機首の機関砲は攻撃機、爆撃機と違い口径が小さくなっている。基本形では30mmの機関砲を1門搭載し、毎秒10発の連射性能を持つが、破壊力は高いものの、不規則な軌道を描いて飛ぶ飛龍に対しては空間制圧能力が低かった。
戦闘機型では口径を12mmに落とした代わりに機首に2門搭載し、それぞれが毎秒60発と言う連射性を誇る。飛龍が飛びそうな位置にばら撒くことで容易に手傷を負わせられるだろう。
空軍仕様の戦闘機も12mm機銃を装備したものになる。
海軍ではより特異な運用が必要となる。鹵獲した空母は甲板の長さが250mしかない。
飛び上がるにも着艦するにも限られた距離でそれを行わなければならないのだ。
そこで考えられたのが蒸気カタパルトと、強制降着装置だ。
船のエンジンは燃料を燃やして出力を得る。
発生した熱を利用すると水蒸気ぐらいは魔法を使う必要もなく掃いて捨てるほども溢れ出てくるのだ。
これを30mほどのシリンダーに詰めて圧縮すると弾かれたようにピストンが飛び出そうとする。
ピストンに戦闘機や爆撃機を引っ掛けると、デカい魚雷を抱えた攻撃機さえも短い距離で放り出されるのだ。
昂暉の前足にこのピストンと連結するためのフックが付けられた。
そして、空母の後端にワイヤーが5本張られ、それぞれの昂暉下腹部に振り下げ式の引っ掛けフックを装備した。
これをアレスターフック。またはアレスティングフックと呼ぶ。
空母に帰還した戦闘機などがアレスターフックを振り下ろし、ワイヤーに引っ掛けて無理矢理に機体を停止させるのだ。
荒業には違いないが、これによって空母での航空機の運用が可能になった。
しかし、空母建造はそう容易くもなく、鎮守府の工廠では作りきれるものではなかった。
鹵獲した空母は改装を終え、艦載機の訓練などに活躍しているが、国産の新鋭空母が進水式を迎えるのはまだ半年は先になるだろう。
悠長に時は流れるつもりもないようで、海軍で迎える二度目の秋には再びアイアメリカの空母艦隊が領海内に進出してきた。
あれだけの飛龍を失っても一年で回復する国力。侮ることはできないだろう。
しかし、今度はこちらにも空母がある。
搭載する艦載機もある。
彼らが経験したことのないような驚きをプレゼントできるだろう。
黎明の時間帯。
陽が上るにはまだ少しあるかもしれない。
甲板上には戦闘機、攻撃機、爆撃機が発進準備を整えつつある。
甲板上に二本並行に引かれたカタパルトに戦闘機が二機並んで出撃準備を整える。
甲板員の中でも飛行機を取り仕切る航空甲板員が昂暉の出撃順序を仕切っている。
最初は戦闘機の部隊。カタパルトから2機ずつ打ち出され、上空で編隊を組みながら敵空母へ向かう。
続いては攻撃機部隊。
大きな魚雷を抱いた攻撃機が雄叫びのようなエンジン音と共にカタパルトから撃ち出されていく。3機ごとにひと塊となってから戦闘機部隊に守られながら敵空母機動部隊へと向かっていった。
最後に出撃するのが爆撃隊。狙うべき敵は空母とその護衛に就く大型の戦闘艦。
戦艦と巡洋艦だ。どの機体も100kg爆弾を4発、翼下に吊るし、勇ましくも獰猛なエンジン音と共にカタパルトから打ち出されていった。
水平線から朝日がようやく顔を出すころにはそれぞれが編隊をまとめ、明けやらぬ藍色の空へと飛び立っていった。
飛龍が肉眼での視界でそのほとんどの知覚を賄っているのに対し、飛行機は計器飛行による進行方向の選定と、レーダーによる前方視界の確保が可能なことから暗闇でもほとんどの行動が可能である。
これで赤外線追尾ミサイルでもあれば向かうところ敵なしであったろうか。
(敵の艦隊側から。)
一年前に伝説とも言えるかの国の電気騎士が現れ、艦隊決戦のバランスが崩れた。
空を自由に飛び回り、見たこともない兵器を用い、水平線の彼方に潜ませていた我が巡洋艦の艦隊を殲滅せしめた。あれはオーバーテクノロジーと言うよりも、神の力と表現した方が良かったかもしれない。
大型の鎧のような白銀に輝く巨人は自在に空中に留まり、戦艦の主砲など全否定するかのような光の筒を撃ち出して一撃のもとに10隻にも及ぶ重巡洋艦を文字通り消し去ってしまった。
空母群と戦艦による本隊に向けて放たれたその光の筒はもはや、人類の成し得る戦いではなくなっていた。神に抗うのは余りにも無謀と思えたのだ。
雷神「トール」の怒りの雷には人類が抗う事は許されないと思わせられたのだ。
結果として我が艦隊の空母が敵の手に渡り、這々の体で逃げ出すしかなかった。
本国に戻ったものの、事の顛末を理解してもらうために多大の時間を要したし、多数のクルーが同様の証言をしたからこそ艦隊司令たる私の行動が理解され、再戦の機会を得ることもできた。
12隻の大型空母に犇めくばかりの飛龍を与えられ、護衛に10隻の戦艦。16隻にも及ぶ重巡洋艦。数多の軽巡洋艦と駆逐艦も預けてもらえた。
後のない戦いではあろうが、艦隊司令たる私には十分すぎる恩恵であろうか。
そして再戦の時、間もなく陽が登るであろうこの時に眠りから覚め、装備を纏う飛龍が頼もしい。
私は日の出と共に飛龍を解き放ち、今度こそ我がアイアメリカに完全なる勝利を持ち帰ることができるだろう。
それはさておき、先ほどから雲霞のような羽音が聞こえる。
徐々に大きくなるそれは、不快であり不安を掻き立てるようだ。
が、未だ視界は開けず、遠くを見渡すことができないのだ。
そんな時、一際大きな羽音が響き渡り、私が座乗する戦艦の艦橋を掠めるように何かが飛び去った。
ペンシル型の筒状なものだった。後ろ側に大きな翼を持ち、その翼には大きな紅の紋が刻まれていた。丸い朱に染まるただの円形な紋様は敵の国旗に酷似している。
と、同時に警報が艦内に鳴り響き、非常事態だとわかる。
しかし、まだ陽も登らぬうちから何だというのだ。
俄かに慌ただしくなる艦内と上空にめがけて放たれる砲撃の音。
敵襲なのか?
もうすでに五月蠅いとしか形容できないほどの音は目の前をよぎる飛行物体から発せられているようだ。飛龍ではないそれらはかなりの数に上ると見える。
薄明りの中、我が艦隊に襲い掛かるべくあの国のまたも新型の兵器なのか?
それらは自在に空を飛び回り、僚艦に対しても攻撃を加えているようだ。
明らかに生物ではないそれらは海面を掠めるように肉薄する一団と薄闇に吸い込まれるように上昇を続けた後、死神のような唸りと共に急降下してくる群れ。慌てて迎撃に向かう我が艦隊の飛龍に対して纏わりつくように対峙する舞い踊るような一団が居た。
旭日が差し込み、周囲を明るく照らし出した時、そこに現れたのは地獄絵図だった。
勇猛にも迎撃に飛び上がった飛龍部隊は舞い踊る敵の飛行物体から攻撃を受け、まるで七面鳥撃ちだ。
複雑な軌道を描いて回避を試みる飛龍に容赦のない発砲音が響き、次から次へと同胞の飛龍部隊が海面へと墜落していく。
と同時に海面を這うように接近してくるそれらは胴体の下から魚雷を撃ちだし、精鋭の駆逐艦隊を海の藻屑と変えている。数千トンと言う排水量を誇る駆逐艦に容赦なく魚雷が放たれ、近距離で海中に放たれる魚雷を避ける術のない我が艦隊は横腹に次々と至近距離から魚雷を命中させられあっけなく、余りにも他愛無くも撃破されていった。
死神のような羽音が響き渡り、その死の旋律が消えると同時に大型艦艇に火の手が上がる。
しかも次々と耳に届けられるその葬送曲は途切れると同時にあらゆる艦艇から火の手を上げさせる。空母は12隻とも燃え盛り、戦艦に無事なものはいない。
私の起死回生の誓いと共に編成された無敵艦隊は最早無事な艦艇を探すことが困難な状況にあった。
なぜ敵は陽も登らぬうちから我が艦隊の位置を把握できた?飛龍ではないあの飛行物体は何だ?飛龍をはるかに上回る速度。飛龍の縦横無尽な飛行をものともせずに邪魔なものをただ払いのけたようなあの運動性は何だ?生き物でもない様な空を飛ぶ機械たちが群がり、ほぼすべての艦を燃え上がらせ、私は何の悪夢を見ているというのか。
仕事を終えたと言わんばかりの飛行物体は意気揚々と来た道を帰り、まだ用事のある者は水平に、垂直にその身をひるがえらせ、途端に我が艦隊が海中へ没する。
これが現実か私の見た夢想か判断もつかないうちに旗艦も火だるまとなり、もはや退艦も間に合わないような状況となっている。
いいだろう。この海域の占領を下命された私が任務を果たせず、やり込められるなら誰があの国に手出しができるというのだろうか。
甘く見ていたのか。日出国と言われたかの国に手出ししたことが間違いだったのだ。
「本国へ高速回線を開け。電文は”我ら禁忌に触れたり。神国の神に触れたる愚かな私たちは神に抗うすべもなく散ることになった。この国に手を出すべきではないと自身の死をもって敬愛する母国へと知らしめるものなり。”以上だ。打電後、直ちに退艦せよ。」
この日、アイアメリカの艦隊で無事に生還できた戦闘艦は一隻となかった。
後方に退避していた補給船2隻だけが残り、周辺の海域に漂う救命ボートとボートにさえ乗る暇のなかった兵たちの救出に当たっていたが、その中に旗艦に座し、艦隊を率いた司令官の姿はなかった。
一月後、アイアメリカから正式な謝罪が神国の首都トウトに届けられ、神国親王に一つの頷きと共に認められ、開戦無き戦争に終わりを告げた。
ひとしきりの役目を終えたソウタたちが海軍鎮守府を出発した後に海軍にもその内容が届けられた。
海軍から旭日一等と言う勲章と共に、神国親王から公爵の位と溢れるばかりの財貨と言う最高の栄誉を賜ったソウタであったが、それを知る日は少し後のことになる。
迷い人でありながらこの国の貴族に召し上げられ、男爵も子爵も飛び越えて貴族最高位である公爵に叙せられたのは、この国がそれだけの瀬戸際に居たという事であり、ソウタにその気はなかったが、結果的にアイアメリカの神国属国化計画は文字通り水泡に帰していた。
貴族は叙任される際には首都トウトへ赴き、親王よりその証である神国の旭日旗と菊の紋のレリーフが表面に、自身の家紋のレリーフを裏面に彫り込まれた金のメダルを謁見の間で親王自身に誓いを立て、下賜される必要があるのだがそんな大事になっていることなど知る由もないソウタたちはコウトウから東へと馬車の旅を続けており、親王とその家臣団に呆れられた。
親王は「そのうち顔を見ることもできるだろう」とだけ述べ、叙任はその時まで楽しみにとっておくと言ったという。
今回もお読みいただき、誠にありがとうございます。
図らずも貴族となってしまったソウタですが、本人たちはそのことを全く知りません。
トウトにたどり着くまでには耳に入ることもあるのでしょうが、きっと驚くでしょうね。
馬車の旅は東へと続きます。




