【第34話】幕間:ハッピーバースデー
ソウタさんの行動がおかしい。
数日前から何かコソコソとしているようで、胸のあたりがモヤモヤする。
特に何と言うことはないのだが、ふとした拍子にどこに居るか判らなくなるのである。
もちろん食事時や毎晩の就寝時には私の側に居てくれるし、レネゲイドの整備をしているときなどは凄く真剣に取り組んでおられる。
ところが、ちょっとした空き時間などに一緒におやつを食べようと探すと見つからなかったり、夕食の後に四半刻ほど居場所が分からなかったりすることが多くなった。
どこに居たのか尋ねても曖昧にはぐらかすし、昨日などはナノハさんとコソコソと何かを話しておられた。
そうした日が数日続くと、私の機嫌は当然悪くなる。
良く観察していると、ソウタさんだけがおかしいわけではなかった。
ナノハさんも最近しょっちゅう私の視界に留まるようになっている。どうしたのか聞いてみても、「はははは、いや、何でもないです。」そんないかにも誤魔化してますという返事しかもらえない。
スタッフの中にも、兵士さんたちの中にもそうした挙動不審がたくさんいて、みんな何かを隠しているようなのだ。
ところが、そんな彼らはソウタさんとは意気投合しているらしく、頻繁に何かを相談しているのだ。
増々もって疎外感と言うか、誤魔化されているという腹立たしさと言うか、時々泣きそうになってしまう。
夕べソウタさんと同じ布団の中でもいつものように質問してみたのだが、「明日全部わかるから。」そう言われて結局何もわからなかった。
疑心暗鬼もこうまで大きくなってしまうと、これまでにない寂寥感を伴った孤独感が身に染みる。
私がサキュバスだから聞かせてもらえないのか、人族だけで何かしようとしているのか、ライカン族のサツキさんに聞いてみても、本気で何も知らないようだった。
ソウタさんは、今日の今日まで私に嘘の一つもつくようなことはしなかったし、隠し事もされたことがなかったので、少なくない戸惑いとハッキリとした悔しさが私を襲う。
核心に迫る部分のソウタさんの心が読めないのだ。
血を交換し、意識の交感があってなお、真意が読み取れず、私はみっともなく狼狽し、怯え、誰も信じられなくなろうとしていた。
全く眠れない夜を過ごし、ソウタさんの胸に抱かれながら疎外感を味わって一夜を明かしたのだ。
朝になれば全てが判るのかと思っていたのだが、一層みんながコソコソとし出したのだ。
もう、諦めにも似た感情が私の中を覆い尽くし、悲しみの感情だけしか心の中に存在しなくなった夕暮れ時、ソウタさんが閉じこもるように部屋に籠っていた私を呼びに来た。
そして、いつものような温かい笑顔を向けてくれるのだが、素直にその顔を見ることができなかった。
「フィア、放っておいて悪かった。でも、これからフィアに伝えないといけないことがあるんだ。
これは一年に一度しかないような大事なことだから、俺と一緒に来てくれないか。」
そう言い、私を連れだって食堂へと歩いていく。
砦のみんなと内緒で何かをしていたソウタさんが私を食堂に連れていくという事は、私一人を糾弾するのか、笑いものにしようというのだろうか。
「私、何かしましたか?」
視界がぼやけてくる。
不安と恐怖と、悲しさで涙があふれ出しそうだ。
「ん~?何かしたというより、してくれた?かな。」
判らない。
ソウタさんの言う意味が全く分からない。いい意味でも悪い意味でも見当が付かず、解釈ができないでいる。
すぐにも食堂へとたどり着き、扉の向こうに相当の人達が集まっている気配が判る。
そんな中に招かれて、どうなってしまうのだろうか。
自然、俯き、零れる涙を拭う事もせずに裁きを受けるためにその扉を引いた。
パパパパーン!
紙吹雪が舞い、テープが飛び交う。
クラッカーがはじけ、視界一面が明るい色合いの装飾で埋め尽くされていた。
いつも忙しそうな兵士さんや、油まみれでお仕事に励んでいるはずのスタッフの皆さんが、食堂に大集合し、口々に大声を浴びせかける。
「ハッピーバースデー!フィアちゃん!!」
「お誕生日おめでとう!」
「16歳おめでとうございます!」
様々な声が私を包み込む。
「はえ?」
自覚もないままに罵声が浴びせられ、糾弾が始まるのかと覚悟を決めていたのに、降ってきたのは祝福の言葉。
何が起こったのか理解できないうちに、ソウタさんに肩車され、挙動不審な私に更なる祝福の言葉が周り中から届けられる。
たくさんの祝福の言葉に耳が混乱している。
そんな中、私を肩車するソウタさんの声が聞こえる。
「フィア、16歳の誕生日、おめでとう!俺も初めて祝うフィアの誕生日がとても嬉しいよ。黙っててごめんな。みんなでフィアをびっくりさせるために一生懸命準備したんだ。」
理解した。
みんなは私を良く思っていなかったのではなく、私を祝うためにこっそりと準備していたのだろう。たくさんの人達が私を祝福してくれ、笑顔で迎えてくれる。
ソウタさんはそれが楽しくて仕方ないと、私をさらに高い位置にまで担ぎ上げてくれる。
視界がまったく利かなくなった。
止まらない涙でボヤボヤとした視界は私の笑顔と共に回復しない。
「ソウタさん、私ここ何日か不安でたまらなかったのですよ?嫌われてしまったかと思っていました。皆さんにももう、受け入れてもらえないのだと悲しい気持ちでいっぱいだったんです。」
「判ってた。本当にごめんな。自分で言い出してみんなに協力してもらってたんだけど、フィアの顔を見ていたら、いつバラシてしまうかと自分でも苦しかったよ。
でも、来年の今頃はきっと俺だけしか祝ってあげられないだろうから、どうしてもみんなと一緒にフィアの誕生日を祝いたかったんだ。心配かけて本当にごめんな。」
ソウタさんはそう言いつつも、私を肩から降ろそうとはしなかった。
みんなの輪の中を私を担いだまま一回りするまで肩車だった。
その一回りの間中、みんながたくさんの言葉を掛けてくれ、経験したことのない誕生日を迎えることができた。
ソウタさんの世界の誕生日を祝う歌と言うのが大合唱で披露され、割れんばかりの拍手で締められた。
厨房からビックリするような大きなケーキが運ばれ、16本の蝋燭に火がともされていた。
「フィア、主役がこの蝋燭を一息で吹き消す必要があるんだ。思い切りやってくれ!」
これもソウタさんの世界の誕生日のやり方なのだろう。
促されるままに、思い切り蝋燭を吹き消した。
また大きな拍手と、大歓声が沸き上がり、そこからは祭りのような大騒ぎとなった。
誕生日会を祝ってもらった私は、みんなからたくさんの贈り物をされ、美味しいものを食べさせてもらい、たくさんの嬉しい言葉を貰った。
宴も終わり、ソウタさんと寝室に戻ったのだが、そこでソウタさんは私をベットに掛けさせ、机から小さな包みを手渡しでくれた。
ささやかな包みを開くと、蓋を開くビロード張りの小箱が現れた。
紫紺の小箱を開けるとその中には眩しいほどに輝く石のはめ込まれた指輪が入っていた。
「フィア、誕生日おめでとう。その指輪はエンゲージリングと言ってね、結婚する男性が女性に贈る最初のプレゼントなんだ。
これを受け取った女性は贈った男性と永遠の愛を誓う事になってる。
何度も言ってるけど、改めて俺と一緒になってくれ。そして、俺が死ぬまでずっと、ずっと側に居てくれるかい?」
光輝く石を見ているとその石もぼやけてしまう。
またあふれ出した涙はさっきとは違い、嬉しさと幸福感とありがたい気持ちが溢れた結果だ。
「はい、ありがとうございます。もう、こんな誕生日はないかもしれませんが、とっても嬉しいです。」
私はソウタさんの胸に飛び込むしかなかった。
15歳の誕生日がソウタさんとの出会いになった。その時には良かったと、一生涯の記念になるとそんな風に思ったものだったが、16歳の誕生日はもっと特別だった。
たくさんの人達に認められ、祝ってもらい、心づくしを受けた。
そしてソウタさんの世界の結婚を現す指輪を贈られた。
どの角度から見てもキラキラとたくさんの光が溢れ出るこの石はダイヤモンドと言う鉱石で、この世で一番固い宝石なのだそうだ。
壊れない愛、永久に普遍的な愛情を誓うためのシルシなのだそうだ。
これを持つものは生涯、伴侶に愛され、幸せになるのだと聞いた。
ソウタさんが指輪を小箱から取り出し、私の左手を取って、薬指に大事そうに通してくれた。その手を自分で目前に持ってくると、不思議な充足感が心に溢れた。
こんどこそ、私はソウタさんと結ばれた。ソウタさんのものになったんだ。
とても満足できた。
嬉しそうに微笑むソウタさんを見ると、何もかもがどうでもよくなり、心が温かさで満ち足りた。
「私、愛されているっていう実感が沸いてきました。みなさんにお祝いしていただいたのもビックリしましたし、嬉しかったのですが、ソウタさんから指輪を頂き、はめていただいてソウタさんのものになったんだと。自分が大好きだった人から愛されて、自分も愛してますと自分に正直に言えます。
ソウタさん、私、ソウタさんのことを愛してます。
ずっと、ずっと一緒に居てくださいね。」
「ああ、フィア。その笑顔を見ているとこっちの世界に来て本当に良かったと思うよ。フィアと出会えたことだけが俺の自慢だ。ずっと側に居てくれよな。」
ソウタさんが私を見て、微笑んでくれる。
抱き付いたまま目を閉じ、キスをねだると甘いキスをくれる。
そのまま私は気持ちいいという感覚に溺れるようにのまれていった。
お約束ネタです。
作中では触れていませんが、フィアの誕生日は11月2日となっています。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
出勤前に投稿してから行きます。




