【第23話】契約の儀式
活動報告に外話を挟むことがありますので、たまに覗いてみてください。
11月7日誤字と文章の修正をしています。
どうする。
やばい感じだ。
明らかにやばい。
魔力譲渡が間に合わない。いくら魔力を注ぎ込んでも砂漠にコップで水を撒くような感じだ。
自分の持つ魔力のすでに半分はフィアに譲渡したつもりなのだが、自分の生命力さえも魔力に変換して補充しているようで全く間に合っていないようだ。
こうして魔力を注ぐ作業はハッキリ言ってよろしくない。
というのもこうしている間は全く自分のことができないのだ。
つまりは、誰に襲われてもフィアを守ることができない。結果的に治療も何もないのだ。
限られた選択肢の中ではやはり契約してしまうのが手っ取り早いのだ。
考えを巡らすうちに教会が目前に迫る。
建物そのものはまだ原形を保っているようだが、それは破壊の爪痕も刻まれており尖塔はあるが祭壇は既に破壊の限りを尽くされた後だ。
崇拝されていたであろう神の姿は既になく、そこへと向かう三人掛けの椅子が並んでいた礼拝堂は建物の中から焼けた色の空が見える。
フィアを抱えたまま馬車から飛び降りて礼拝堂の中へ駆け込んだ俺だったが、フィアを寝かせる場所もない。
とりあえず椅子に寝かせて契約の段取りを思い起こす。
クレハさんによればフィアの動脈を切る?死ぬんじゃね??
そして俺の動脈も切る。俺も死ぬ?
契約を成すことができる二人であればそれで契約が成るという。
二人が出血多量で死ぬ未来しか見えない。
が、それしか聞いていない俺にとってはそれをやってみるしかないのだろう。
血の気の引いたフィアの左手を取る。
手を返し、フィアの細く白い手首を見た。
あの大剣を振り、数々の魔物を屠った、そして俺と何度もつないだ手だと言う思いで見ると、やはり失う訳にはいかなかった。
その手に腰の剣帯に刺していた剥ぎ取り用のハンターナイフをあてがった。
祈るような、心が引き裂かれるような焦燥感と思いを籠めてナイフを引く。
思ったよりも出血量は少ない。
流れる血潮をそのままに自分の手首にナイフを当てる。
やはり間をおかずにナイフを引き切った。
衰弱のかけらもない俺の手首からはかなりの勢いで出血が始まる。
漠然とそれを見ていると、突然体温が上がり始める。当たり前に考えれば出血量が増し、体内から出てはいけないものが出ているわけだから血圧が下がったり体温が下がったりと生きる者とは反対の反応が出て然りと考えていたのだが、体温は上がり続け、鼓動は早くなっている。
そうして流れ出した血液は、気を付けていたつもりもなかったのだがフィアに掛かってしまっていた。
「不味い!ぐぅ、あ?ああああああ!?」
フィアに掛かった俺の血液とフィアの血液が混じり合った刹那だった。
フィアの双眸が見開かれ、倒れ伏していた体がゆっくりと不自然に起き上がる。
両手を横に広げ、髪が逆巻くように翻っている。それが禍々しいものではなく神秘性を伴っているのが不思議だ。
そして、足が地についていない。
フィアの声でフィアではない者が俺に語り掛ける。
「汝、帰る道を失う旅に出ようとしておるな。この道を歩みたくばその身をこの女に捧げること厭わず、その素魂を差し出す覚悟を持つや?」
「お前は誰だ?俺はフィアとの契約を望んでいる。お前は俺とフィアの何だというつもりだ。」
「我はお前の欲望とでも思うがいい。この娘の夢かも知れぬ。または何者でもないかもしれぬな。“血との契約者”たるお主らの未来に問いを投げかけることがわらわの仕事である。
その方らが心からの契約を望むのであればその願いは聞き届けられ、一片の疑問を持つにいたるやその契約は叶わぬ。」
それはどういう意味だろうか。
俺はこの契約を自ら望んでいる。フィアは違うというのか。
「俺はお前の意見など求めていない。俺のすべてはフィアにやってもいい。ただし、フィアのすべては俺が背負う。それではいけないか?」
「いいだろう。そなたの想いと“血”はこの娘の希望となる。この娘の“血”はそなたの糧となるだろう。この世界を己が思うままに書き換えてやるがいい。わらわたちはそのような者たちの到来を心から待っておった。ずっと待ち焦がれていたと言ってもいい。楽しませてもらおうぞ。」
「あああ!?、ソウタさん、もう後戻りできません。」
「フィア!気がついたか。」
瞬きの瞬間に正体のしれない何者かの気配が消え、フィアの意識が戻った。
教会の中に竜巻のような風が舞い上がり、ステンドグラスのことごとくが砕け、血飛沫が飛散したガラスと共に逆巻くような渦となり、深紅の龍となった。
うねるように、踊り狂うように、獲物を求める龍は体表に浮き上がるガラス片を鱗のように煌めかせながら俺たちの周囲を舞い続ける。
「ソウタさん。私は、わたしは自分の我儘でソウタさんを求め、たくさんの人達の将来を狂わせてしまったのかもしれません。こんな私がソウタさんと契約を結び、ソウタさんの身を縛ってしまったら、いつか後悔するかもしれません。
こんなサキュバスではなく、人と暮らすべきではないのですか?」
「この期に及んで何を言ってるんだ。俺がフィアを求めているのがまだ信じられないのか。お前は俺が生き続ける限り生き、俺が死ぬときに責任をもってヴァルハラに連れて行ってやる。
俺はこの世界の人間ではないが、この世界で生きるためにフィアが必要だ。
元の世界には戻れない、お前が居なければ俺はずっと孤独に耐えながら生きていくことになるんだぞ。契約ってのはな、お前のためにするもんじゃないんだ、お前を求める俺と、俺を求めてくれるお前が離れないで済むように交わす“約束”なんじゃないのか?
俺は、フィアの居ないこれからなんて求めちゃいないんだ。
俺のために、俺を信じてくれないか?」
「ああ、ほんとうに。本当に私のご主人様になって下さいますか。」
「バカにしているのか?俺は契約をするとは言ったが、フィアの主人ではないよ。今までのサキュバスがどうだったかは知らないが、フィアが俺と契約して俺もフィアと契約するんだよ。なんで主従関係が発生するんだ?」
「違うのですか?」
「違うね。俺がフィアの正式なパートナーになり、フィアは俺のかけがえのない相棒になるんだと思ってるんだが、契約と結婚は同じようなものだと思わないか?」
「ふひえ?け、け、け、結婚ですかぁ?」
俺の中では終生の誓いを立て、離れがたい関係を築くのだから、それは契約であり結婚でもあると思うのだが、フィアにとっての契約は違うのだろうか。
深紅の龍は俺たちの元を離れず、二人の足元をくるくると回り続けている。
二人の手首から流血が続いているんだが、意識ははっきりとしているし、苦しくもない。
フィアの体に流れていたルべライトの血液と俺の中に流れていた赤い血液が混ざり合い、フィアの瞳のように明るいルビー色になって舞を踊り続けている。
「フィア、俺のものになってくれ。俺はいつまでもフィアの物だから、ずっと側に居てくれないか。」
「はい。ありがとうございます。これからもソウタさんのお役に立ちたいです。」
フィアが肯定の意思を示したことで契約が成立したと言わんばかりに、足元で控えていた深紅の龍が喜びを表すように舞い始めた。
高く、低く、身を閃かせ、フィアを包み隠すように高速で回転を続け、突然にフィアの体に飛び込んでいった。
ガラス片のすべてが濾し取られたようにフィアの前に降り積もり、抽出された大事な部分だけがフィアに還元されたようにも見える。
膨大に膨れ始めたエネルギーがフィアの姿を変え始めた。
「うおっ!?」
濃い茶色だった髪の色が根元から銀に変わり始める。流れるように風に遊ばれるように広がった長い髪のすべてが深い色合いの銀に変わる。
髪の先に向かい充填するように光の満ちるように色が変わっていくのが判る。
そして瞳。
ルビーレッドの双眸が朱金に変わろうとしていた。
血のように深い紅が金の上に遊ぶグラデーションを纏い、より意思の力を感じさせる見惚れるような虹彩の色になっている。
最大の特徴であるサキュバスの翼。
滑らかな絹のような肌を持ったフィアの背中は柔らかな女性のシルエットを持っていたが、肩甲骨の下側、背骨の両側から漆黒の濡れ羽色ともいうべき蝙蝠のような翼が生えてきた。片翼が2メートル近くある薄い被毛に覆われたビロードのような翼は嫋やかに広がり始め、この時を待っていたとばかりにその存在を誇示していた。
左右に広げられた両腕と共に翼も展張を終え、真っ白の肌と対を成すコントラストを空中に描いていた。
その翼は再びゆっくりと畳まれ、背中にほとんどすべてが隠されるように仕舞われていった。
浮力を失ったかのように、舞い降りるようにフィアが俺の前へと目線の高さまで高度を下げてきた。
俺はゆっくりとその身を抱きとめ、壊れ物を預けられたように抱きしめた。
フィアは朱金になった瞳で俺を嬉しそうに見つめている。流血はいつの間にか止まっており、ハンターナイフで切り裂いた傷跡も最初から無かったかのように消えていた。
「おばあ様は40歳でお爺様と契約を結んだそうです。母は28歳で父と出会い、29歳で契約を結んだと聞いています。
私は15歳でソウタさんと巡り会い、15歳のうちに契約を結んでもらうことができました。この幸せが夢ではないと思いたいです。
キスをしてもらってもいいですか?」
いつものように照れた表情でねだってくるフィアに啄むように優しいキスをしてやることができた。
「私は初めてを捧げた男性と結ばれることができました。母よりも、祖母よりも幸せだと思います。」
「一生涯に一人の男性しか知らないなんていいのか?」
「はい。それがいいに決まってるじゃないですか。」
フィアの両手が俺の背中に回り、抱きしめ返してくれる。
「これからもソウタさんと呼んでも?」
「ああ、ご主人様なんて呼んだときは手刀をくらわしてやる。」
「痛いんですよアレ、絶対にご主人様とは呼びません!」
どちらからともなく笑い出し、またキスをする。
「ウィングにフィアの無事を教えてやらないと。すごい心配していたんだぞ。」
「わかりました。」
フィアを教会の床におろしてやると俺の手を取り、ウィングのところへと歩き出した。
俺も続き、フィアの柔らかな手をしっかりと握りしめてつないだ心を絶対に離さないことを誓った。
教会の扉を押し開き、ブーケトスをするような高さの階段に出てきた俺たちをウィングは驚いた表情で出迎えてくれる。
「ブルルルルゥ」
フィアの変わってしまった容貌に驚いていたのだろうが、その姿がフィアであると理解したウィングは不安を地平の彼方まで蹴とばしたように迎えに来てくれた。
「ウィング!ただいま。」
階段を駆け下りたフィアはウィングの首に飛びついて喜びをあらわにする。
ウィングもフィアに首をひねって顔を舐めまくる。
「きゃー!くすぐったいよぅ。」
互いの無事を喜んだ俺たちは再び、アマクサを目指しての疾走を開始する。
気力の充実したフィアの横顔をみると本当に安堵する。
荒れ果てたこの地を走る馬車は日が落ち始めたころには野営地を求め、丘陵地帯を探し、周辺警戒をしながら休めそうな場所の吟味を続けていた。
この一帯はあの巨人が闊歩しているはず。そしてあの視線。
再び走り出した俺たちのあとをつけるように、先回りして待ち受けるように続く監視の目は相変わらず俺たちを見張り続けている。
陽が落ちた後にも俺たちは疾走を続けていた。
本来ならば、日が落ちる前には野営の準備を整え、食事の準備を済ますのだろうが走り続けているのには訳がある。
そう、あの巨人たちが追いかけて来ているのである。
ウィングが疾駆を続けるその後ろには、40体にも届こうかという巨人たちが地響きというのも嘘くさくなるほどの振動を伴って歩を進めている。
体高が15メートルを超える巨人たちが40体を越えて行進する様はある意味滑稽だ。
追われている身で滑稽などというのもおかしいのだろうが、背後への攻撃はフィアが。
ランクを10に届かせ、無尽蔵に放つありとあらゆる種類の魔法が巨人たちを蹂躙し続けている。
それにも及ばず、増え続ける巨人たち。
そしてそれを冗談のように屠り続けるフィアの魔法。
これまでの、成人するまでのその心に秘めた葛藤を全てぶつけるような正に“解放”とでも言うべき表現が正しいのだろう魔法が行使される。
「極大爆裂魔法!」
フィアの叫びと共に背後に直径わずか5センチほどの光球が飛び込んだ。
巨人の群れの極先頭に着弾したそれは、迫りくる巨人たちに向け閉じ込められていた圧力を開放する。
ごおうぉああああぁ!
悲鳴なのか怒声なのか、または苦悶の声だったのか?逆巻いた圧力の解放に耐えられなかった巨人たちがあまりにも無残に引きちぎられる。
ヒュージエクスプロージョンは普通の魔術師や魔法使いが行使すると、半径50メートル程の範囲を爆風と熱が襲い、250キロ爆弾ほどの破壊力を示すのだが、フィアのそれは指向性を持ち、90度の角度に拡散する超音速の炎の舞だった。
秒速が340メートルを超えた伝播する圧力は巨人たちを舐めるように洗い、自覚する暇もないうちに骨格から肉と言う肉が引きはがされ、肉・内臓・脳のようななにか。全てが後方へとぶちまけられ、燃え上がり、炭化して塵になった。さらに数瞬ののちに2000度を超える炎が骨をも砂塵へと変質させた。
巨人の群れの中央にぽっかりと空いた穴は、視覚的には瞬時のこと。
しかし実際に目の前に現れた魔法はレベル10の最高出力によるものだった。
衝撃波が轟音を轟かせ、巨人の群れの中央を進むときには、中央の群れはすでに消滅した後で、その両翼に残っていた10体にも満たない巨人を紙屑のように吹き飛ばしていた。
スローモーションのようにコケつまろびつする巨人たちは首が捥げ、足や手が見たこともない方向に折れ曲がり、左翼の群れは左回りに、右翼の群れはその逆向きに落ち葉よりも情けないほどに舞い散っていた。
最終的に60体ほどの巨人たちが成す術もなく蹂躙され、象のひと踏みよりも軽々しくその存在を散らしていった。
「すげーなぁ。俺が何かするよりも、フィアに魔力を供給する方がよほど効率がいい。」
しかし、それでこの戦闘が終わるわけでもないようで、わらわらと湧き出してくる巨人たちはまた、その数を頼みに俺たちを襲おうとしているようだ。
フィアとの契約が済んだ時点で、俺のランクも10に届いていた。
これには俺もあきれたのだが、フィアは俺の使う魔法のすべてを取得しており、俺は更にその魔法の種類を増やしていた。
スキル欄に表示しきれなくなった魔法はスクロールバーが表示され、意識でスクロールできる。
しかも、その合成も自由自在だ。
結果を想像するだけで必要な魔法が選択され、改変されていくのが判る。
そして、自分の希望する結果が“発動”されるのだ。
さらに集まった50体を超える巨人に向かい、こう思うだけでいい。
「去れ」と。
空間魔法から“次元断層”と、風魔法から“真空波”と、聖魔法から“浄化”が選択され、それぞれの効果が加算されていく。
荒野に突然に表れた虹色に輝く落とし穴に向かって360度の全周囲から空気が奪われ、巨人たちが抗いようもなくかき集められていく。
その最中に浄化により下顎を外した巨人たちの口から吐かれようとしていた闇玉も何もかもがすり潰されていくようだ。
むごたらしく聖魔法の効果が発揮され、憎悪にたぎる闇に彩られた眼窩が絶望に染まる。
引きずり込まれるように落とし穴に落下していく巨人すべてが浄化により焼き清められ、負の感情を負圧により己が内に押し戻され、自身は無限の虚無に放り出されていった。
突然に表れた虹色の落とし穴は、十分に満足したかのように収束し、消えていった。
辺りに巨人の姿が見えなくなり、闇と静寂が戻ってきた。
「ひと段落か?」
しかし、ソナーの魔法には数十万にも及ぶ巨人の気配が感じ取れる。
距離はまちまちではあるものの、頭の中に浮かぶクノエの地図にはその北半分を魔物に蹂躙された様子が見えている。
次第に南へと進んでいく巨人の群れがいくつかと、こちらへ向かう部隊とに編成が分けられたようだ。
次の接敵は約12時間後になるだろうか。
そう判断した俺は、ウィングをやはり小高い丘に進ませたうえで今夜を明かすことにした。
「近くに巨人の気配はないようですね。」
どうやらフィアにも俺に近い感覚が備わっているらしく、安堵の表情が浮かんでいる。
「ああ、半日はゆっくりできそうだからな。腹を満たし、心を満たそう。」
フィアに頼み、ウィングの世話をさせる。
その間に夕食の支度を始めた。
飯盒で米を炊き、野菜と肉でおかずを作る。無尽蔵に得られる水で椀物を作り、飼い葉と共にウィングの飲み水を用意した。
フィアと二人で食事をし、片づけを済ませた俺たちは馬車の荷台に入り、貪るようにお互いの体を求めあった。
「ふぅ、ああ、っく。」
自分の半身を確かめるように、フィアの心と体を掻き抱いた。
その身は今や俺のものとなり、俺のすべてはフィアのものとなった。
クレハさんに聞いた限りでは、それがすべてだ。
契約は互いの心を結び、血を交えたことによる身体さえもの結びつけを成し得てくれた。
それでもその成果を確かめるのはお互いをさらけ出した感情と肉体による交わりしかないと思われた。
一晩の間、俺たちは休むことなく互いを求めあい、精も根も尽き果てるまでの愛情を確かめ合ったと思う。しかし、その焼野原に煤けた空に日が上るころには100体を超える巨人たちが俺たちの為に集まり、屍をさらす覚悟を決めたようであった。
「フィア、アマクサまではあと僅かだが、こいつらをお休みさせなければいけないらしいぞ。」
「はい。昨夜からたっぷりと可愛がっていただいたおかげでこの数では、朝のご飯の前の運動にもならないかもしれませんね。」
朱金の瞳が煌めき、その背に漆黒の翼が現れた風姫は愛刀を背にしたままウィングの引く馬車からゆっくりと、そして優雅にほとんど羽ばたきもせずその身を天空へ躍らせた。
垂直に上昇を続けるフィアを巨人たちが仰ぎ見、下顎が外れたそいつらは朝日の中でもなお闇にくすぶる砲弾を吐き出した。
すべての砲弾が直線でフィアの元へと集まり、闇へ、フィアを闇へ引きずり込もうとする。
しかし、朱金の視線、深銀の髪のうねり、漆黒の翼の羽ばたきによってその砲弾のすべてが「無かった事」にされた。
しかし、なかったことにされたのは砲弾だけではなかった。
穏やかに空気が動き、朝のそよ風のような風が流れた。
俺には頬に触れる一幅の涼やかな風でしかなかったが、巨人たちには別の意味があったようで、何の音も聞こえない空間にさらさらという砂の流れる音が聞こえ出した時にすべての巨人だったものが砂の像になり急激な風化と共に崩れ落ちていった。
満足げに微笑んだフィアは、またゆっくりと羽ばたき、俺の元へと帰ってきてくれる。
「でしょう?」
一言口を開いただけだったが、俺には十分に伝わった。
陰魔法の”崩壊”が発動した結果だったのだろう。
差し出された手を取り、俺の元へ舞い降りたフィアを優しく抱きしめる。
俺の腕の中に舞い降りたフィアはことのほか嬉しそうだ。
「ああ。朝ごはんにしようじゃないか。」
「はい。」
こちらに向かう者がいなくなり、落ち着いた気分で食事を取ることができた。
ウィングにも毛づくろいと食事をさせてやり、一時ながらくつろいだ時間を過ごし、もう一度身支度を整え出発する。
もう、アマクサまでそう距離はない。
数千の巨人たちを越えてアマクサに向かい、比翼の鎧を動かしてみようじゃないか。
「破滅壁!」
デストロイウォールが発動し、分厚い陣営を打ち抜く。
それでも、数千におよぶ巨人たちの一部を射抜いたに過ぎない。
幅にすると100メートルにもなるような空間を作り出したのだが、押し寄せる巨人の群れからすると針のひと刺しに過ぎないのかもしれない。
無力感を感じるという事もないが、人の行使する魔法でできることはやはり無限という訳ではないらしい。荒唐無稽と笑われるかもしれないが比翼の鎧という外装騎兵はこうした局面を打開するための力を持っているのだろう。
決戦兵器と言う言葉が頭をよぎったのだが、その姿はまだ拝めていない。
そう言えばあの不快な視線を感じなくなっていたが、フィアと寝ずの夜を明かしたあたりからだろうか。
肩がこらないで済むし、結構なことだ。
アマクサのどこに行けばいいのかも不明だが、むやみに巨人を蹂躙していても埒が明かない。
また開けた道が閉じられようとしている。
数度に及ぶ破滅壁によってこの辺りの密度は低くなっては来ているが、全体では大きく数を減らしたという実感がない。
幅100メートルの直線道路を作っては魔物に埋め尽くされ、やれやれだ。
周辺警戒中のフィアが上空から声を掛けてくる。
「ソウタさん!9時の方角から人が来ます。10人ほど見えます。」
もう一度周回し、周辺の様子を探ったフィアが俺の腕の中に下りてくる。
「ここに帰るのが気に入ったのか?」
フィアを抱きしめるのは自分でも落ち着けるし、気持ちがいいのでいつでもウェルカムなんだが、楽しそうに降りてくるフィアを見ていると自然と微笑んでしまう。
「はい!いつもここへ帰れると思うとうれしくなります。ソウタさんが笑顔で迎えてくれるので、腕の中に帰って来たいです。」
髪を撫でて左の方からやってくるという人たちを待つことにする。
5分もしなかったと思うが馬に乗った騎士鎧を纏っている兵士たちがやってきた。
「君たちは昨日海峡を越えてきた者たちで間違いないか。」
「ああ、そうだが、そちらはどういった方たちかな?」
騎士たちは俺たちの馬車の周りを囲むように騎乗したままではいるものの、威圧感を出してはいない。
純粋に用向きがあるといった様子だった。
「不躾に失礼いたしました。私たちはアマクサ領軍の強行偵察部隊です。昨日よりお二方の動向を確かめておりましたが、この地に渡られましてからお二方が契約を交わされ、その能力を大きく開花されておられます。
そのお力を借りるべく、領主よりお二方をお呼びできないかとの指令がありました。
ご迷惑でなければ私どもについていらしていただきたいのですが。」
鎧の面防を外し、馬からも降りて挨拶をしてきたのは20代半ばというところの女性騎士だ。
また、フィアは俺の服をクシャクシャと皺にする。
なんだって言うんだ。
「俺たちは運がいい。目的地がアマクサだったので、こうしてお誘いを受けられるとは返ってありがたいことです。」
「ということはやはり鎧を?」
「ええ、サンコウの海神様に仕えるという巫女様にこちらへ渡していただいたのですよ。その際にも鎧を使って巨人たちを討伐し、必ず戻るようにと約束させられました。お役に立てるかは本当に挑戦の結果次第になると思いますが、教えていただけませんか。」
「ああ、みなさんお聞きになられましたか?待ち焦がれた方たちがいらっしゃったようです。」
「僥倖ですな。わはははは。」
「早速お連れすることにしましょう、こんなところではお二人にも失礼だろう。」
随分と気さくな騎士たちだ。
「それにしても美しいサキュバスだなぁ。羨ましいにもほどがあるぞ。」
年配の騎士からやっかみが入る。
「ふぇ?」
フィアが真っ赤になって俺に隠れる。
とにかく場所を移そうという事になり、巨人たちが集まる前にこの場を立ち去ることになった。
まだ真っ赤になったままのフィアは、皺にしてしまった俺のシャツの裾をもっと皺にしている。
やめてくれぃ。
お読みいただき誠にありがとうございます。
投稿直後に1時間ほどで100PVを超えるのは毎回嬉しいものです。
待ってくださっている方に次話も早くお届けできればと気持ちを新たにしています。
本当にありがとうございます。




