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【第22話】初めての魔法(後)

 海峡を渡りきるころには対岸の様子が明らかになる。

 ディーゼルエンジンが軽やかに唸りを揚げる中、穏やかな波頭を作りながらタンカーなのか駆逐艦なのかわからないこの船は颯爽と海原を駆け抜ける。

 その向かう先に広がる荒野、荒野でなければ原初の地球。

 地は焼け、大気は灼熱の熱を帯び、水分はすべてが消し飛び、大地の起伏のすべてが削ぎ落とされ、ただひたすらに荒涼とした景色が続いている。

 生きとし生けるものの存在を絶対に許さない、過酷と呼ぶのも烏滸おこがましい様な殺伐とした動くものの何もない景色だけが見えるのだ。

 間もなくしてクレハさんの操船するこの輸送船は浅瀬に乗り上げない距離を保ち投錨した。

 「ソウタさん、フィアさん。私の手の及ぶ範囲はここまでです。ここからはお二人にお任せすることになります。

 私は対岸に戻り、再びこの海峡を封鎖いたします。武運長久ぶうんちょうきゅうをお祈りさせてください。」

 今は姿の見えない巨人を討伐した際の合図は取り決めてある。

 決めた合図をクレハさんに送れるように自分たちが成すべきことをすればよいのだ。

 「クレハさん。俺たちがクレハさんのご期待に沿えることを期待していてくれますか。」

 「もちろんです。フィアさん、あなたは私の知る限りで最も特異なサキュバスです。契約者に恵まれ、類稀なる素質に恵まれ、契約の前からその恩恵にあずかり、そんな幸せなサキュバスなんてはじめてお目にかかれました。

 どうか、どうかあなたの信じるソウタさんとともに、無事に目的を果たされ、ソウタさんを私たちの元へとお連れしてくださいますか?」

 薄っすらと頬を染めたフィアは、クレハさんに向かい臆することなく告げる。

 「はい、お任せください。私たちは皆様のご期待に沿えるように最大の努力を払います。そして、皆様の元へ必ず戻ります。」


 慌ただしく下船準備が進められ、流木さえも焦げて消炭けしずみのようになった砂浜にタラップが降ろされ、ウィングが逞しく走り出た。

 御者席で手綱を捌いている俺は、クレハさんに手を振るフィアに続いて笑みを向けることができた。

 この先のクノエの地がどのような状態にあるかは今もってわからないが、容易ならざる誓いを立てたものだと思う。


 昼の少し前、見渡す限りに何もない荒野をウィングによる疾走を続けていた。

 大気が焦げ、呼吸する一息一息に酸素の少なさを感じられるほどである。

 そんな中をアマクサに向けひた走る。

 今のところは敵対するような目標物もなく静寂の中にあるが、常に何者かの視線を感じている。

 ウィングがどれだけ疾走を続けようともありとあらゆる方向からの視線を感じるのだ。

 これにはフィアもウィングも気が付いているようで、綱渡りの様な緊張感が全員の胸を占めている。

 半刻もこのような状態が続いており、集中力が途切れようという頃間ころあいと判断した俺は、見晴らしの良い丘陵を選んでウィングを止めた。

 「ソウタさん?どうされたのですか。」

 「ずっと緊張感を維持するのは精神的に良くない。ここで一息入れてこの不快な視線の送り主たちといつでもベストの状態で渡り合いたいと思うんだ。

 小腹がすいたのでね、ちょっとお腹に入れておこうと思うよ。」

 御者席から降り、ウィングの鬣を撫でながら席に隠してある岩塩のかけらを齧らせる。

 飼い葉を一抱えウィングに与え、水桶に水魔法で目いっぱいの水を溜めた。

 ひと掴みの藁でウィングの首筋から肩、背を拭い汗を取ってやる。

 闘志を漲らせたウィングが自分を落ち着かせるように飼い葉を一口ずつ咀嚼する。

 次にフィアにサンドウィッチを作ってやり、手拭いで額や首筋の汗を拭ってやる。

 最初はくすぐったそうにしていたが、こうすることで落ち着きを取り戻せていることが判ったのか、気持ちよさそうに俺の成すがままになっている。

 軽食を取り終え、小休憩を済ませた俺たちであったが、その間にも一時たりとも纏わり着く視線の途切れることはなかった。

 正確には複数による代わる代わるの見張りのようであるのだが、総数と方角が見切れない。

 襲い来るでもなくじれる気持ちが強いが、ここは相手の手に乗るのが下策としか思えない場面だ。

 「フィア、昨夜のことを思い出せよ。」

 「は?昨夜ですか?」

 「ああ、そうだフィアの体の中を流れた俺の魔力の味はどうだった?」

 「ふええ!?」

 「お前はもう魔法を使う事ができる。魔力を練り、自分の思う事象改変をイメージさえすれば必要な魔法を発動できるようになっているんだ。二人で力を合わせてアマクサまでたどり着くんだ。

 そしてわかるな?」

 「はい。お任せください。」

 後は勝つだけだ。

 さらに半日走り続け、日が水平線に沈もうという頃に奴らは現れた。

 15メートルを超える体躯、剛腕を超える剛腕。

 漆黒の闇を眼窩に落ちくぼませ、視線を合わせることの叶わない両眼から怨念とも絶望ともつかないプレッシャーを放つそいつらは視界に入るだけで12体。

 敵を知らない俺たちからすればその得体のしれない巨体はただひたすらに死を振りまいているように感じられる。

 奴らに俺たちはどのように見えているのだろう。

 そして、このまとわりついている視線の主たちは対峙する俺たちをどのような面持ちで見ているのだろうか。敵なのか、味方なのかそれだけでも教えてくれればと思う。

 巨人たちの先頭に立つ一体が行動を起こす。

 顎が外れるように下がり、口腔内の闇にエネルギーの収束するのを感じる。

 「フィア、奴が口から何かを吐こうとしている。迎え撃つのは得策ではないだろう。先制を掛ける。」

 「はい。」

 言うや否や二人は駆けた。

 ウィングは阿吽の呼吸で後方へ下がる。

 先行するフィアもすでに瞬間移動に近い速度で巨人に迫っている。

 おれは正に瞬間移動で巨人の口元に転移した。目前に迫るエネルギーの塊にもうひと手間のエネルギーを加えた。

 ブラックホールのように口腔内で収束するエネルギーにそれを上回る終焉を目指すための魔石を投じた。

 この魔石は帰結石と言い、相対性理論のエネルギーの等価を打ち消すためのものである。

 周囲に満ちる、あるいは周囲から奪われるエネルギーと等価なエネルギーを物質転換させる効果を発揮することにより、事象改変を無効化する効果を持つ。

 巨人の吐こうとした何か・・もろともに下顎と上顎の大部分を奪い去って事象の彼方へと去って行った。

 一瞬ではあるが群れを成す巨人すべてが行動を凍りつかせ、その刹那、フィアの大剣が夕方の陽を引き連れて茜色の光線を一文字に走らせた。

 「!?」

 一人目の巨人の両の足が奪われた。数億度のフレアの様なエネルギーの奔流が過ぎ去ると太ももから下の両足が消し飛んでいた。

 達磨落としのように足を失った巨人は地に伏せ、物言わぬ塊となった。

 振りぬいた大剣には陽光がまとわりつき、陽光斬ソルレイが発動していた。

 「できました!」

 12体が11体になっただけではあるが、奇跡の瞬間を見た気分だ。

 フィアが火属性の魔法を行使した。

 そこから俺たちの快進撃が始まる。

 ソルレイを発動させたままのフィアは先頭の巨人を屠った後、左翼を切り崩しにかかる。

 当然俺は右翼を頂きに駆ける。

 一撃、二撃、一刀一殺で3体目、4体目と首を狩るフィア。

 ミノタウロスの上半身を消滅させた攻撃障壁、破滅壁デストロイウォールで2体づつその体躯のすべてを消滅させながら群れのただ中へ飛び込む俺。

 最後尾の2体が再び顎を外す。

 収束するエネルギーが光をも飲み込むように暗澹あんたんとした暗がりを吐き出した。

 こちらに一つ、フィアに向かって一つ。

 俺たちには認識できていたので辛くも避けることができた。俺に向かった暗い闇玉は通り過ぎていったが、フィアの方に向かった闇玉はフィアの切り捨てた巨人を飲み込んだ。

 一瞬にして闇玉が拡散し、弾け消えるように闇を周辺に撒き散らした。

 3体ほどの巨人の骸が闇に飲まれたように見えたが、その時だ。

 フィアの様子がおかしい。

 小柄な体から生きるものの精気が失われている。

 くずおれるように倒れ、動こうとしない。脳の中心に痺れるような痛みが起こる。

 テレポートした俺はフィアを拾い上げ、抱えると同時に残る3体の巨人を破滅壁でこの世から消し飛ばした。

 周辺を警戒し、一先ず近づくものがいないことを確認してから、フィアの様子を確かめる。

 息が荒いが、気を失ってもいないようで苦痛にゆがむ表情と呻き声が痛々しい。

 「フィア!、しっかりしろ。どうなった!」

 触れる体の熱が失われていることが判る。

 冷や汗を流すフィアは口を開ける状態ではないようだ。

 必死に酸素を取り込もうとしているように大きく喘ぐばかりで力の抜けた体が重く感じる。

 簡単に調べるとMPの残量が感じられない。

 生きるエネルギーのすべてを使ってMPの回復に充てているような感じだ。

 俺の手から魔力をフィアの体内に巡らせるが、片端からどこかへ吸い取られているようで回復する兆しは見えない。

 時間がない様な気がする。

 一刻を争うような事態だろう。

 周囲を確認するが、身を隠すようなものがない。いや、1キロほど先に塔のような物が見えた。

 尖塔の頂に十字架が見える。

 「ウィング!」

 周辺に怒声を上げて連れの馬を呼ぶ。

 「ひひい~ん!」

 割と近いところから返事があり、数秒と経たずにウィングがやって来てくれる。

 「フィアがやばい、あの教会まで死ぬ気で走れ!」

 「ブヒン!!」

 早く乗れとばかりにいななき、フィアを抱えて飛び乗ると同時に座るのも確認せず手綱を捌いてもいないのに教会めがけて地面を抉るように駆けだした。

 フィアの胸に手を置いた俺は本気の魔力をフィアに流し込み続ける。

 僅かにも補給が間に合っているようでようやくにも瞼を開き、フィアがこちらを見た。

 「いい、喋らなくていい。そのままでいいから聞け!今から契約の儀式を行う。」

 そう、クレハさんから聞いていた「魔力譲渡」を思い出したのだ。

 わずか首を横に振ろうとするフィアだったが、俺はフィアにキスをして念を押す。

 「俺を置いて死のうとするな。勝手は絶対に許さんからな!」

 教会が遠い、音速のような速さで駆けてくれるウィングにすまないが、数秒さえ惜しい。

 フィアの鼓動が遅くなっているような気がする。

 また意識が遠くなったのかフィアのルビーのような双眸から光が失われようとしている。

 その珠玉を隠すように瞼が下りようとしている。

 「フィア!、頼むよ、頼むから居なくならないでくれ!」

累計3000PVを超えることができました。

ひとえにご愛読下さる読者の皆さまのおかげと思います。

フィアとソウタの冒険譚を今後ともご愛読いただけますようにお願いいたします。

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