【第21話】初めての魔法(中)
一つ目のクライマックスに向かって書いてる本人が一番テンションが上がってます。
ゆえに、後編ではなく中編となってしまいました。
後編にご期待ください。
彼女たちにとって初めての味覚を堪能していただき、大好評を博したのだが夜の宿坊では俺はいつもの味覚を堪能することができた。
俺と共に大満足を頂いたフィアは、話も何もあったものではなく、すでに夢路へと旅立ってしまわれた。
俺自身もうつらうつらと寝入りばなに達したころに声を掛けられた。
「あの、もうお休みでしょうか。」
クレハさんである。
「いえ、まだ大丈夫です。いや、フィアはもう休ませてもらっていますが。」
「そうですか。よろしければソウタ様にお話をと思いまして。」
まだ遅い時間でもないので話があるのなら聞こうと思い、フィアを起こさないように布団を抜け出ることにした。
宿坊からクレハさんに続いて食事をした部屋へと戻ると、お茶が用意され、クレハさんは茶卓の向かい側へと腰を下ろした。
「お話と言うのはフィアには聞かせられない類の物でしょうか。」
「ああ、その様なことはありません。先にお話しいたしましたクノエに渡った人とサキュバスの話で思い出したことがございましたので、お休みでしたら明日にしても良い話だったのです。」
ややこしいことにもならないようで安堵したが、興味深い話ではある。
お茶を飲みながらという事だったので、冷めないうちに頂きますと断りながらほうじ茶を飲む。
クレハさんの話は確かに興味深いものだった。
「立ち入った話を聞くようですが、お二人は契約をもう済ませておいでですか。」
「いえ、私たちはまだ契約をしておりませんが、いつでも契約するつもりでおりまして、本人にもそのように伝えています。ただ、メリットとデメリットがはっきりしないので二人が納得してからという事にしております。」
「そうですか、それでしたら私の知識がお役に立つかもしれません。
ご存知のようにサキュバスと言う種族は人から精を受けなければ成人後に命をつなぐことはできません。なぜこのような理不尽とも思える生き様を強制されるのか。
それはあまりにも強力な生命力と飛躍的に向上する階位にあります。人から精を受けるだけでなく、契約をすることで番となる人から血を受けることになります。
この血を受けることでサキュバスは必ずランクが10まで登り詰め、契約主の使うすべての魔法を最大出力で使いこなすようになります。
これが契約の最たるメリットという事になろうかと思います。
契約を行うと契約主の使役するサキュバスが同じ魔法を使いこなすので、契約主にとっては、特に冒険者の契約主にとってはこの上もない相棒となるのです。
もう一つのメリットとして、不死があります。契約を行ったサキュバスは基本的にどのような外傷を受けようとも死にません。これは呪われた種族と言えるドラキュラよりも強力な不死性であり、毛髪一本からでも四半刻(30分)も必要とせず完全に回復します。
これを聞くとサキュバスにとってのメリットのみが特出しているように思えますが、契約主にも影響が現れます。
血の交換を行う事で契約主の身体の活性化が行われ、魔力行使の効率が飛躍的に高まると言います。ソウタさんは魔法を使うという事でしたので、その恩恵は計り知れないものとなるでしょう。」
「聞くだけですと、ものすごいメリットがあるように思われますが、そんなことが判っているとすればなぜにサキュバスは希少種で、忌避され続けるのでしょう。
サキュバスを得ることにこれだけの恩恵があるとすれば、誰もが欲してやまないと思いますし、保護されてもおかしくないほどだと思います。」
「おっしゃることはごもっともです。それでも今後もサキュバスは希少種で一般的には忌避され続けることでしょう。これは人族が根源的にその身に刻み込んだ呪いのようなものかもしれませんね。
サキュバスと契約をすると、そのサキュバスと子を成すことができるようになるのはご存知でしょう。
その際に成す子は必ずサキュバスです。つまりは女の子しか生まれません。
人が子を成す際には男子、女子が平等に生れ出て成人後に伴侶を得ることで次の世代を残していきます。
そんな中に女の子しか生めず、人族の男子を求める異種族が入ろうとすれば、人族の女性が子を産む機会が失われ、結果として人族の繁栄に寄与しないことになります。全ての人達が魔法を行使し、冒険者として暮らすとしてもいずれサキュバスとしか結ばれないとすれば、男子が不足し世界が衰退することになるでしょう。
ですから、冒険者でない人族にとってサキュバスと言う種族は世界に紛れる異物のようにしか感じられないのです。
サキュバスもそうしたことは分かっているはずなので、種族を残すために基本的に冒険者としか契約を結ぼうとしませんし、そうしなければその存在価値もないのです。
自然と個体数は少なく、全員が美しい容貌を持ち、献身的な性格であってメリットとしか思えない存在であっても希少種であり続けると思います。
そんなサキュバスであるフィアさんを何の蟠りもなく受け入れてしまうソウタさんは少し変わった人族であるのかもしれませんね。」
変わったと評された俺ではあるが、自身がこの世界の人ではないのだし、間違いのない評価なのだろう。
フィアと出会ったのは偶然ではあったが、この世界で生きていくためには必要なエッセンスだと自分には思える。
「自分は迷い人なので、この世界の人族とは根本的に違います。先祖からつながる血脈もありませんし、元の世界では異人種同士の婚姻も普通でした。
ですから自分の出会った相手がサキュバスであるとか人ではないとかいう事は何の関係もなかったです。」
「ふふ、フィアさんは本当に良い人と巡り会われたのですね。」
そんな風に言われると恥ずかしい。
頭を掻きながら照れていると、クレハさんは笑顔を治め、居住まいをただす。
「メリットと、良縁についてお分かりいただけましたが、デメリットもあります。
その一つが“交感”です。これはメリットでもありますが、お互いの考えていることが相互にわかるようになりますので、秘密にすることの多い人には多分に余計なこととなりますね。ソウタさんには秘密が多いですか?」
「それについてはすでに効果が発揮されています。常に意識の中にフィアの意識も入っておりまして、フィアにも同様に俺の考えや見聞きしたことが伝わっています。」
「本当ですか。それで良しとするソウタさんには驚きです。
フィアさんが羨ましくなりますね。
もう一つのデメリットは“魔力譲渡”です。これは文字通り契約主がサキュバスに魔力を一生涯譲渡し続けると言う物です。
ご存知の通り、サキュバスは契約主に寵愛を受けることで大半のエネルギーを摂取していますが、他にも契約主から少なくない量のマジックポイントを吸収し続けます。
魔術師、魔法使い、魔法剣士など魔力量を頼みにしている職に就いているものであればその身に宿す魔力量に不足はないでしょうが、普通に暮らす農夫などがサキュバスと契約してしまったらあっという間に精気を奪い尽くされ、死んでしまうでしょう。
ソウタさんの魔力量は多分心配はないのでしょうが、一般的には危険なほどのデメリットとなる場合があるのです。
三つ目のデメリットですが、これが最後になります。
これは契約したから被るデメリットではありませんが、既にご存知の通りにサキュバスと添い遂げるためには世間の目と言う物に抗っていかなければなりません。
様々な場面で忌避され、阻害されることがあるでしょう。こうした局面にフィアさんを守り、慈しみ、愛してあげられなければ一度結んでしまった解除できない契約は呪いとなって苦しめることになります。
ソウタさんにはその覚悟がおありですか?」
「いままで知ろうと思って知り得なかった契約に関して詳しくお聞き出来てとても感謝しています。
クレハさんにお伺いすることで、少しあった蟠りもなくなりました。
いつでも契約を結べる自信が付きましたよ。
僅かの間ですが、ともに歩みすでに隣にいてくれることがなにより自然になっています。
伺った程度のデメリットは俺の場合にはデメリットとはなりません。俺が寿命でくたばるときに一緒に連れていきますよ。」
それからしばらくたわいのない話をし、散々羨ましがられ、からかわれ、宿坊へと逃げ出した。
布団にたどり着くとフィアはその小さな体を丸めるようにして眠っていた。
いつも俺が抱き上げ、俺の上に乗って眠っていたので、心細かったのだろうか。
それさえも先ほどの話を聞いた後では、限りなく愛おしく思えてしまう。
俺はこの少女を最期の時まで側に置き、あらゆるものから守ってやろうと改めて思う。
隣に並ぶように布団に入るとフィアは眠ったまましがみついてきた。
いつものように、抱き上げてやると胸にしがみつき、ようやく不安から逃れられたというように体を弛緩させた。
いつもの俺より少し高い体温に安心したのか俺もそこで眠りに落ちたようだ。
翌日の朝は、ゆっくりと時間を過ごした。
フィアは今朝からクレハさんにいじられ、訳が分からないという顔をしている。
本人が寝ている間に俺は十分いじられた。今度はフィアの番だろう。
冒険者稼業の俺たちにとって、朝のかゆは少しも腹にたまらず、厨房に入った俺はまた異世界料理を作ることになった。
パンを作る時間はないので出汁用の昆布から作った即席のとろろ昆布でおにぎり。
貝柱と鶏ガラからつくったスープで中華卵スープ。辛い油を唐辛子からつくって浮かべたので割と本格的になった。
豚バラの塩漬けがベーコンのような風味だったことを利用したベーコンエッグ。
この世界におにぎりがないのが不思議だったのだが、携行食としてクレハさんが子供たちに流行らせてくれることだろう。
朝食から堪能した俺たちは再び茶卓に着き、クレハさんから話を聞くことになった。
「昨夜は契約についてお話ししました。」
聞いたフィアはハッとなった様子で俺を見上げる。
俺はその髪を撫でながら後で聞かせると告げた。
安心したのか、フィアは再び話を聞くためにクレハさんを見やる。
「クノエに渡ったという人とサキュバスですが、当時クノエの地を襲った巨人たちに苦しむアマクサの民は更に古代から守り継がれていた比翼の鎧を貸し与えたそうです。
どのような経緯でそうなったかまでは伝えられていないのですが、その鎧はそれまでに一度として動かず、訪れたその二人にのみ動かすことが叶ったそうです。
ひとたび動き出したその鎧は、巨人たちの攻撃を寄せ付けず、誰も見たことのない魔法を用いていとも容易く巨人たちを調伏していったと記録されています。
アマクサの守り人たちはその様子を見ておらず、殲滅された巨人が一体も残さず姿を消したころに戻ってきた二人に聞かされたのみとなっています。
その後にやはり人と契約を交わしたサキュバスがやって来て二人で鎧に乗り込んだそうですが、その時には動かなかったと言います。
先の二人と後から来た二人にどのような差異があったのかもわかっていませんのでそれ以来、再び鎧を動かすことができたことはないと記録されています。
ソウタさん、フィアさんがその鎧を動かせるとしたら今、クノエを襲っている巨人たちの討伐に協力を頂けますか?」
俺たちにできることであれば、討伐に協力することも吝かではないと思うが、実際のところ、今聞いた動かせた二人と動かせなかった二人の違いも判らないのだから、確約することはできない。
フィアを見てみると答えを決めているという目をしていた。
「お役に立てるかは判りません。ただ、俺たちに動かすことができたならどういった方法で叶うかは判りませんが、巨人と対峙しても良いと思います。
本当に確約はできません。でも、できることはやってみようと思いますので、この海峡を渡らせてもらえますか?」
「ええ、そのお返事を聞きたかったのです。明日改めて出立の準備を整えていらしていただけますか。その時に私が船を出します。」
その日は話が済んだところで解散となり、俺たちは慌ただしく宿に戻った。
宿の亭主には昨夜戻らなかったことを詫び、今夜で宿泊を終えることを告げたうえで食料や資材の調達に走り回ることになる。
ウィングも雰囲気を察したのか買い溜めた膨大な量の食材やポーション、予備の武装などを詰め込まれた馬車を逞しく引いてくれる。
日が暮れるまで走り回った俺たちはへとへとになって宿に戻った。
夕食を済ませ、風呂に入った後は一刻も早く休みたかったのだが、フィアは布団に入ってから様子が変わった。
「ソウタさん、クノエに渡ってアマクサで鎧を借りることになりましたが、本当にそれでよかったのでしょうか。万が一鎧が動かなかった時はどうします?恥をかくのはソウタさんです。私は誰にどう思われても構いませんが、私はソウタさんが軽んじられるのは絶対に嫌です。
それに契約のこともあります。
話は伺いましたが、後戻りできなくなります。前にはいつでもと仰っていただけましたが、ソウタさんは私なんかで良いのですか。もう時間がないというのは分かりますが、今なら何もなかったことにできます。
それでもソウタさんを責めるような人はいないのです。わざわざ汚名を被るようなことをすべきではないのですよ?」
「ぷ、ふふ、ふはははは!」
「なんで笑うんです?私おかしなことを言ってますか!?」
「ああ、ここ最近で最高におかしいよ。
俺はクレハさんに言ったんだ。メリットもデメリットも良く判った。それならば自信をもって契約できると。
俺が寿命を全うして死んじまうときにフィアを連れて逝くと。そしたらクレハさんはなんて言ったと思う?羨ましいって、そう言ったんだ。
俺はフィアと契約する。
鎧は必ず動く。
そして俺たちは生きて戻るよ。
必ずそうなる。俺がそうするからフィアはそれに協力してくれ。」
どこからくる自信かは自分でもわからなかったが、こんな子が俺を慕ってくれるのだから生きて帰らないはずがない。
フィアは俺が守ろうと心の中で決めた。それがストンと心の中で落ち着いたのだ。
であれば、そうすることが俺の役目だ。
「明日はクノエの地に上陸する。その時に状況が読めないからな。いきなりの戦闘という事もあるだろう。今晩中に二日分はエネルギーを補充しておくんだ。」
「ええ?え、あふ?」
俺の腕の中にいたフィアには魔道回路の改修工事が必要だ。
腿から上半身への魔力の移動を促してやる。
「あうんっ!」
膝から腿を通り、臍までの回路を解きほぐす。
「いやっ、つっ!」
遊んでるように見えても俺は真剣だ。真剣に遊んでいる。いや、遊んではいない。
俺の魔力を入れて、強制的にでも回路に流れを作ろうとしている。
フィアの様子も快感だけではない苦しさに耐えているようだ。
開けて快晴の今日、あの荒海を越えてクノエへと俺たちは行く。
ウィングが満載の馬車を疾風のように駆けさせ、クレハさんの元へと馳せた。
「おはようございます。準備は整っておられますか?」
「はい!、お蔭さまで。」
フィアの元気なあいさつで場が和んだ上にクレハさんにまたからかわれる。
「フィアさんは、夕べも十分にご寵愛を受けられたのですね。本当に愛されていて羨ましいとしか言えません。」
「ひえ?え?うえ?」
言わんこっちゃない。
海岸までたどり着くと、かなり大型の軍船が停泊していた。
全長で110メートルを超え、全幅が10メートルほど。現代で言うタンカーの小型版と言う風に見える。
喫水線が低く、舷側も低い水面に這うような印象の大型船である。この時代、この世界によくあるような帆船でもなく、櫂をたくさんの人間で漕いで進むようにもできていない。
推進方法に不可解な点があるが、魔法によるものか。
しかし、近づくと低い唸りのようなものが聞こえ、周囲にディーゼル臭が漂っている。
「まさか、ディーゼルエンジンでも積んでいるのか。」
「やはりソウタさんはご存知のようですね。この船は異世界の内燃機関を搭載しています。ディーゼル缶、本缶式と言うそうです。」
太平洋戦争当時の主機関という事か。
なぜそのようなものがこの世界に。
それもいずれ縁があれば知ることもあるだろう。
今気づいたが、海が凪いでいる。
あれだけ激しく昂っていた気圧の変化も大波も今は感じられない。
クレハさんが社からの干渉を解いたのだろう。
後部の降ろされたタラップからウィングと馬車を船内へと導き、そのまま俺たちも船内に乗り込む。
クレハさんは操舵室へと入ったようで、缶の出力が上がるのが判る。
駆逐艦クラスの出力があるようで、蹴り飛ばされるような推力が生まれ、鋼鉄の船が恐ろしいほどの加速を始めた。
フィアと俺は甲板に上がり、進行方向を望む。
僅か400メートルの船旅ではあるが、その先にある戦いが楽なものではないと想像に難くない対岸の様子である。
大きな炎がそこかしこに見え、黒い煙が空を覆うようにありとあらゆる場所から湧き上がっているのだ。
いつか見たヒドラが町の中を歩くような破壊の規模ではない。
人の存在さえも疑わなければならない戦の跡か、災害の爪痕なのか。
一面、望める限りの視界には荒涼とした焼野原。フィアは自然と俺の腕を取り、押し黙るのみであった。




