【第15話】砂漠の嵐作戦
西への旅はまだまだ続きますね。
イチャラブもいい加減にしやがれの巻きです。
翌日、目が覚めると「ぐで~」と弛緩しきったフィアが、やはり俺の上で惰眠を貪っている。
当然ながらそれがどうと言うモノではないのだが、こうも毎日俺の警戒を突き抜けて覆いかぶさるフィアには、もう観念している。
フィアに寝首を掻かれても俺はきっと幸せそうに逝ってしまうのだろう。
そう言う物だと思えば少しばかりの滑稽さを感じざるを得ない。
「フィア?そろそろ起きてくれないと。」
頭を撫でながら絹の様な髪を梳いて感触を楽しんでいると、ふみゃ。という意味不明な相槌をいただいた。
「フィア、トサンから使いが来てしまうよ?」
肩を揺するように起こしてみると、嫌がるように下の方へと降りて俺のシャツの中に潜り込んで再び胸のあたりへと進軍を開始する。
シャツが伸びてしまうではないか。
シャツの中にフィアを収納したままグルりと半回転。
本気で潰してしまわないように腕で支えつつも、それなりに体重をかけていく。
「ふんふん、ふんふん」
子犬のように匂いを嗅ぐ音がする。
「おい!?」
「にゃ~」
とうとうフィアが猫になった。
埒が明かないと悟った俺は支える腕の力を全部抜いてやった。
「にぎゃ~!」
慎ましやかなそのオムネが俺の体重で一気に潰される。
いつからこうなった?
「ひどいじゃないですか!せっかく育ち始めたソウタさんの大事な私の胸が失われるところでした。」
文法が崩壊しているぞ。
そしてそのオムネは確かに今のところ独占状態にあるが、俺のものではない。
自分の胸を大切にしなさいと言いたい。
昨夜お願いしたとおりに少し遅い朝食が準備され、すっかり空いてしまった食堂でゆっくりと頂く。
「この間いらした方が今日もいらっしゃるのでしょうか?」
「日が開いてないから別の人じゃないのかな。こんな早くに戻ってこられる人なんていないと思うよ。」
先触れと言うのも初めてのことだし、仕組みが変わっていくのだろうか。
時間をかけて朝食を食べ、部屋に戻ると来客が告げられた。
宿の仲居さんに案内されてきたのは二十歳を少し過ぎたほどの女性だった。
背も高くシャープな印象を受ける青い髪、藍色の瞳の人だ。
何故だか俺の隣で異常事態宣言を発令中のフィアが戸口に立つ女性をものすごい目つきで警戒している。
「どちらさまでしょうか?」
えらく低いトーンでフィアが尋ねる。
「失礼、早朝から押しかけて申し訳ない。私はトサン領軍から来ましたカシュティーナと申します。」
領軍?
「ええと?領軍のカシュティーナ様がどのようなご用件でこんなところまで?」
見当のつきかねる相手だったが、軍から来たとは言えいきなり危ないことになるようでもないので席に着いてもらうことにした。
警報の発令されたままではあったが、フィアは仕方なしに部屋の茶器を使ってお茶を淹れてくれるようだ。
カシュティーナさんの前と俺の前に湯呑を置き、再び俺の横にゼロ距離で腰かける。
ちょっと狭いんですが。
「突然のことで申し訳ないのだが、ウォルフ家の当主より領主様に相談が持ち込まれたのだ。ご当主の奥方様の実家で謀反の嫌疑が発覚してな、そちら(お母様の実家のこと)の係累と、ご当主の家系すべてに調査の手が放たれたのだ。
ここへ参ったのはソウタ殿もウォルフ家縁の者であることから一種の事情聴取という事なんだ。」
まさか、そんな大事になっていたとは想像できなかった。
ウォルフ家の中で誰が悪意を持って行動しているのかと疑ってはいたが、それはフィアに対しての隔意であってトサンの貴族の反乱とか謀反とか完全に埒外の出来事になっている。
「ちょっと待ってください。お父様はどのようにご領主様に相談を持ち掛けたのでしょう。確かに少しばかりの問題があって、お父様と連絡を取り合っておりましたが問題の中心はそのような大それたものではなかったのです。」
じっと話を聞いていたフィアが突然口を開く。
「ソウタさんはそのような不埒な者たちと関係があるハズがありません。私のような者を側に置いたばかりに親族の方からご不興を被られ、私を守るためにこうして旅を続けているのです。ソウタさんは悪いことなんてしていません。」
まくしたてるように喋りきったフィアは、テーブルに両手をつき、カシュティーナさんに噛みつかんばかりに迫っていた。
迫力に気おされたカシュティーナさんだったが、その時初めてフィアがサキュバスであることに気が付いたようだった。
「さ、サキュバスですか?」
「はい。縁があって私の元に来てくれたサキュバスです。この娘が元で実家に居づらくなりまして、ウォルフ家とは縁を切ったような状態なのです。
しかし、先ほども申しましたが、これを是としなかったお父様以外の家の誰かがセイトの何某かの集団と内通し、私どもに害意を抱いているようなのです。だからと言って私はもう、フィアを手放すつもりもありませんし、ウォルフ家に戻るつもりもないのです。」
正直なところを聞いてもらい、カシュティーナさんにはいらぬ嫌疑を抱かせないようにしなければ。
「ご当主様のお話に差異はないようです。そちらのサキュバスの件についてはそのように伺っております。しかしながら、そのセイトの一団が問題なのです。」
俺は自分の湯呑から少し冷めた茶を一口飲み、カシュティーナにも「少し冷めていますが」と茶を飲むように勧める。
カシュティーナさんは勧められるままに一口飲み、俺に続きを促され再び口を開いた。
「お嬢さん、せっかく淹れていただいた茶を冷ましてしまい申し訳ない。」
フィアに好意を無にしたと頭を下げる。
この人はサキュバスに偏見が少ないようだ。
「奥方のご実家がそのセイトの一団と繋がりを築き、多分最初はソウタ殿のおっしゃる用向きに利用していたのだろうが、この連中、名を“解放の光”というカルト集団であった。
元々は陰陽師と言う吉凶を占い、呪術的な力を利用して魔を祓い、平安をもたらすための魔法使いの集団であったのだが、遷都以来永く忘れ置かれるうちに様々な者たちを取り込み変質し、今では暗殺や呪殺を請け負い、契約主を傀儡とし、しまいにはその領地まで食らい尽くすイナゴの集団の様なテロリストと成り果てておったのだ。」
いつの間にか随分とスケールの大きな話になってしまった。
「解放の光に飲み込まれた奥方のご実家は、すでに暗躍するテロリストのトサンでの支部となっており、周辺の貴族や地主に看過できぬ被害が出始めておるのだ。」
「事情は分かりましたが、そこまで話が大きくなっているとは思いもしませんでした。それで私たちはどのようにしたら良いのでしょう。」
「いや、ソウタ殿については状況をよく理解しました。嫌疑をかけるような対象でないことは私が保障しましょう。このまま旅を続けていただいても構いません。むしろ近々にお戻りになることはお勧めできませんな。」
たしかにそれは火中の栗を拾いに行くようなものだな。
「カシュティーナ様、トサンにお戻りになられましてから、機会がありましたら妹のアーデルハイドがどうしているか気にかけてやってはいただけませんか。あれは心が強いとは言えません。実家がそのように騒がしいとなればきっと、心細い思いをしていると思うのです。アリシア様やダイアン導師にもよろしくお伝えいただけませんでしょうか。」
アリシア様と一緒に居られれば少しなりと心強いと言える。
「相分かった。確約はできぬが妹君を気に掛けるようにしてみよう。」
「感謝いたします。」
自分たちはこの先も西へと旅を続け、クノエのアマクサを目指していることを告げると、よほど何かがあればまた来ると言い、カシュティーナさんは帰って行った。
「実家の火種がこんなになっているとはびっくりしたな。」
「それもこれも全て私のせいで…」
また俯いてしまったフィアに手刀を落としてやった。
「あいたぁ?何をするんですか!?」
「いい加減、自分を責めるのをやめろ。俺が決めて俺が行動した結果だ。フィアがやったのは俺を見出したことだけで、俺はそれに感謝している。今更後戻りなんてできないし、そんなことをするつもりもない。今度俯いたらもっと痛い手刀をくらわすからな。」
そう、フィアは自分にもっと寛容になるべきだ。
よくよく考えれば、ウォルフ家は俺の世話になった貴族家ではあるが俺の家ではない。
「な、だって私はサキュバスで、ご実家の想いを自分の都合で変えてしまいました。私さえいなければ!」
何を言おうとしていたのかは判らないが、その続きを言わせるわけにはいかない。
隣にいたフィアを強い力で抱きしめる。
暴れようとしたようだが、それを許すような力加減じゃない本気の抱擁だ。
「うわぁ!」
とうとう火が付いたように泣き出してしまったが、それでも抱きしめることをやめるわけにはいかない。
それから四半刻はきっちりと大泣きし、今はぐずぐずと駄々っ子のようになっている。
「フィア、俺は異世界からやってきた“迷い人”なんだ。つまりはこの世界に本当の親もいなければ家族なんてものもない。お前がどう思うかはわからないが、その機会があっても俺は元の世界には帰らない。俺にはフィアが居るからな。」
「でも」
「フィアは俺と居るのが嫌か?」
「そんなことある訳がありません!」
「だったら納得してくれないか。俺の側に居ろ。契約が必要ならいつでもしてやる。俺が本当の家族をこの世界で作るとしたらフィアが最初の家族になるんじゃないのか?」
「ほ、本当にそう思っているのですか?」
フィアが信じられないというような顔でこちらを見る。
盛大に流した涙を拭ってやり、朝の挨拶の様なキスをしてやる。
「きれいな顔に戻ったら西に向かうぞ。顔を洗っておいで。」
腕から解放してやり、真っ赤になっている鼻をつついてやる。
のそのそと椅子から降りたフィアを振り向かせてもう一度キスをしてから洗面所へと送り出してやった。
やれやれだ。
火照った顔を冷やすのに随分と時間がかかったようだが、晴れ晴れとした表情でフィアが戻ってきてくれた。
さて、出発しようか。
ウィングに引かれながら海岸線を西へと進む。
チョウシュとの国境まで僅かの時間でたどり着き、新しい国へと入ることができた。
チョウシュと言う国はこの地方には珍しく、砂漠化が深刻な問題となっている。
東西に長いこの国は、その昔から砂丘があり、西方の駱駝と言う砂漠に強い種類の馬の代わりとなる生き物を使役し、独自の農法に役立てていると聞いた。
観光と言う概念がないため、人々の移動は商業であり、経済であり、駱駝も農耕用であったり荷物の運搬用など馬と変わらない働きだった。
何が原因で砂漠化が進んでいるのかは判っていないようで、植樹や用水の整備など様々な手段で対策を講じているとのことだったが、国土の半分以上が砂漠化し、人の住めない状態になっているという事を聞いた。
海岸沿いには砂漠化の影響が及んでいないようで、街道も整備されていたし、漁による海産物の供給なども潤沢で餓えた人などを見ることはなかった。
砂漠も最初は物珍しさからフィアと興味深く見学したり、走り回ってみたりしたのだが、ウィングには歩きにくいようで大変不評だった。
それももう飽きてしまい、馬車で移動の最中の会話はもっぱら契約に関することだった。
「フィアと俺が主従契約すると、どんなメリットがあるんだ?」
「寿命が同じになり、子供を産むことができます!」
ものすごいいい笑顔で答えを頂きました。
「ほかには?」
「け、け、結婚もできるんです。」
うんうん。それはいいことだね。
「ほかには?」
「何かありますか?」
うん?
質問を質問で返すなよ。
フィアは難しい顔で色々考えたようだったが、具体的な契約に関することを両親に聞く前に天涯孤独になってしまったようで、誰にも詳しいことは教わっていないらしい。
契約してもしなくても夜の御勤めは変わらないらしい。しかし、子供が生めるのは契約してからという事なので、それまではフリーダムだ。
子供を授かったとして、妊娠期間中はエネルギー補給をどうするのかと尋ねると、判らないという。
そのままいつも通りしたらいいのでは?と返されたのには参った。いくらなんでもそれは危険なんだが。
「フィアの知る限りで、人里で暮らしているサキュバスと言うのは居ないのか?」
付き合いのある無しは別にしても、親戚のようなものがあると契約に関する色々なことが聞けると思ったのだが、フィアの表情を見る限り望みは薄いようだ。
「申し訳ありません。私の知る限り、サキュバスが人里に暮らしているという話は聞いたことがありません。私の両親も祖父母も人里ではなく、人族の迷惑にならないようにと隠棲しているようでした。」
契約主の居るサキュバスは街中には暮らさないようで、フィアの里にでも行かないことにはこちらの疑問を満たしてくれそうなサキュバスには出会えないのかもしれない。
「契約を結んだことでフィアにとっても良いことばかりであればいいんだが、好都合、不都合を正確に知りたいんだよな。知ったうえで契約するのと知らないままに契約するのではその後に不具合があった時に困るんだよな。
単純に考えるとフィアのおばあさんがどうだったろうか?また、フィアのお母さんがどうだったか?などな。」
契約と言うシステムが特別に用意されているという事は、それをしないよりした方がサキュバス或いは人族になんらかのメリットがあるのだと思うが、フィアとの今以上の関係として必要か否かと言うと判断がつかないのだ。
今でもフィアを手放そうなんて考えもしないし、フィアのエネルギー補給に関して不都合がある訳でもない。契約することによる引き返せない状態がどのように作用するのかが判らないのが決断をとどまらせるのだ。
「慎重になるのは判らないでもないのですが、私も今の関係に感謝することはあっても不都合を感じてなんていません。いつでも契約してくださるというのであれば、私はずっとソウタさんの側に居たいですし、契約をする方がいいと判るまでは今のままではいけませんか?」
「うん。そうだな。契約はいつでもするよ。ただし、それがフィアにとってより良いことだとわかった時にしようと思う。万が一、俺が明日に死んでしまうようなときに契約後だとフィアもその日のうちに死んでしまうのだろう?それは俺にとっては到底受け入れることができないことだ。男としては、一日でも長く自分の伴侶には健やかでいてほしいと思う物だからな。」
「そうなんですか?祖母も母も、伴侶を失った後に一人で生きる辛さを知らなくて済むとたいそう喜んでいましたが。私もソウタさんが居なくなることがあったとしたら、一人で生きていくなんて寂しすぎてムリだと思うのです。」
男女の感受性の違いと言う物だと思う。
「わかったよ、この話はもう少し詳細が判ってから続きを考えよう。」
そう、今の段階で憶測で盛り上がっても仕方がない。
始終ご機嫌で馬車の旅を続けるフィアを見ていると、旅を続けている今をとてもいとおしく思うのだ。
気を許した誰かと連れ立って暮らす毎日は、これまでに一度も経験したことがない。
日本にいた時にも、こちらに来てからも本当の意味で自分を偽らず、気持ちをさらけ出していられたのは今しか記憶にない。
そんな日々が長く続けられるように努力するには今までになくやりがいがあると思うよ。
何事もなく一刻ほども馬車はトコトコと走り続け、国境を越えて随分と進んだと思う頃だった。
海岸線を走る分にはとても快適だったのだが、道が先細り、否応なく砂漠と岩肌の境目を走らざるを得なくなった。
と言うのも、切り立った断崖が海岸線に張り出しており、急峻な断崖となって海岸線を塞いでしまっているところがあるのだ。
この回り道を越えればチョウシュの工程の半分を終えたことになる。
左手に砂丘が広がり、右手には下を見るのも嫌になる断崖。馬車の車輪が砂に潜り、時には岩肌に鋭く跳ね上がり、その歩みは遅々としたものになっている。
手綱さばきと言うより、誰か何とかしてくれという類の振動に悩まされながら先を見やる。
「うん?あれは何かな?」
目視で3キロほど向こうにゴテゴテとした黒い要塞のようなものが見える。
完全に行く手を遮る形だ。
随分手前ではあるが、往来を行く行商人や長旅の馬車などが人だかりとなっている。
「すまないが、あれは何だか聞いているか?」
先に進めず屯している行商人に尋ねてみる。
「ああ、砂漠サソリが陣地を作ってるらしいよ。群れているなんて聞いたことがないからな。」
お蔭で一歩も進めないと口説きが漏れる。
サンドスコーピオンは通常群れることはなく、待ち伏せて巣の近くを通りかかる人や家畜を襲う魔物だ。
前の方を見るからに、数百のサソリたちが前衛を築き、組体操のように折り重なる中衛、後衛も見受けられる。尾を振り上げてその先の毒針で攻撃する手段もあれば、毒針を毒腺ごと射出し、遠距離の得物を得る中長距離射撃も行うらしい。
陣地構築により、前衛の鋏と毒針、噛みつき攻撃に加えて、中衛の射撃、後衛の長距離射撃による強力な布陣は簡単に突破できそうにない。
かと言って、このままでは迂回するのも叶わず、ここで立ち往生となるだろう。
夕方まではまだ時間がある。
ひとつ頑張ってみましょうかね。
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また、ブクマしていただけ大変感謝しています。定期で更新していないのがたいへん心苦しいのですが、ブクマしていただければ発見しやすいと思いますので是非ともお願いいたします。
また、評価くださればより精進に励みますので、叱咤激励をお待ちしております。




