【第119話】良縁
お待たせしました。
第119話を更新です。
ヤマノベ公爵様がワタクシの家で無双してから二日が経ち、お父様も含めて床に臥せった者たちの全員が回復していたの。
屋敷のミーティングルームに家臣団が集まり、かねてよりの大問題とヤマノベ公爵様へのお礼について侃々諤々喧々囂々の話し合いが続いているのだけれど、ワタクシはそんな高度な話し合いには入らせてもらえるわけもなく、自室でヤキモキとしているだけ。
ミーティングルームの前を何かと理由を付けて通り過ぎてはみるのだけれど、完璧な防諜装置のお蔭で扉の向こうの気配さえ届かない。
ヤマノベ公爵様へのお礼を何にするかと言う議題については、困っているとは聞いているのだが、全てを「持ってる」公爵様に今更どうしても欲しい物などそうそうは無いと思うし、そうで有ればなおの事、心づくしの土地のモノなんかがいいと思うのよ。
案外そうした気持ちの方が喜んでもらえそうだもの。
もう一つの議題が昨年来の問題だと言うのだが、もう冬も近いというのに随分と長く解決していないらしい。
それが何か聞いても答えてくれはしないし、いつもはぐらかされてしまう。
それでなんとなく判ってしまうのがワタクシの事なんじゃないかって。
秋の生まれ月を祝ってもらっているのでワタクシも19歳になり、すでに「行き遅れ」と呼ばれてもいい歳になっています。それはワタクシのせいではありません、と思いたいのです。
他の貴族様の御令嬢などは12歳の頃には将来を決められていたり、15歳で婚儀を結んだりするそうですから、19歳のワタクシは賞味期限がもしかすると危ないのでしょう。
これまでに幾度か縁を結ぶ話はあったのです。
しかし、上は50歳から下は生まれたばかりの御子息だったりと、いくら何でもあんまりな話ばかりでしたから、我儘とは知りながらもそれを是とすることはできませんでした。
せめて同じ歳。できれば少し年上の方がいいのです。
どう考えても50歳の伯爵様ではすぐに未亡人になってしまいそうですし、それまではもしかすると介護要員として当てにされているだけかもしれません。
乳飲み子と婚儀を結んでもそれは乳母のような扱いではありませんか。
その子が成人するころには、ワタクシが出産できなくなっていることでしょう。
そんなお話しかなかったワタクシはどれもこれもをお断りしているうちに今では良縁をご紹介してくださる方も、お申し出くださる方も居なくなってしまっておりますから。
お父様もお元気になられたのですから、一刻も早くヤマノベ公爵様にお礼をお届けするべきだと思うのですが。
その日のうちに動きは無かったらしく、日が変わってしまいました。
今朝も早くからミーティングルームに大勢が集まっているらしいです。
「諦念」とでも言えばいいのでしょうか。自分の事なのに自分の思うようにできようも無いという現実を消化できずに昨日から気分が憂鬱です。
相談相手もなく、一人でグルグルと考えを巡らせても何の良案も浮かびませんし、貴族家の繋がりのために利用されるだけですから、正直どうでもいいとさえ言えるのかもしれません。それでも、せめて自分が努力すれば報われるような伴侶を得たいとは最低限許される条件ではないでしょうか。
50歳とか0歳児とか、側室が20人いるとかそんなのは勘弁してほしいのです。
頭の中ではヤマノベ公爵様だったらどうだろうか?などと考えても、誰にも叱られません。
それでも四人の奥方様たちがいらっしゃって、7人の愛らしい娘さんたちが幸せそうです。加えて3人の奥様が身籠っていらっしゃって、いずれ10人のお子さんたちに囲まれるのでしょう。
思い出すと、どの奥様もとびきりにお美しかったです。
ワタクシ自身の美醜は兎も角ですが、人の前に立てないほどではないと思うのです。
そうであれば、お相手になって下さる方にも高望みなどするはずもありません。
同じくらいの年齢の殿方で、ワタクシのことを嫌わずにさえいてくだされば、何人目の妻であっても気にしないつもりもあります。
ダラゴナ侯爵家の娘ですから、実家の不利益にさえならなければ。あわよくば少しなりとの旨みがあればいいのです。
ワタクシ自身の幸せなど、数多ある貴族家のどの娘でさえも同じように思うほどに軽いこの世の中なのですから、書物にあるようなロマンあふれる出会いや貴公子の方に求められて請われるなどと言うような事は期待もしていません。
引導を渡すなり、修道院に閉じこめるなり、このヤキモキとした状況を何とかしてほしいと思わざるを得ないのです。
「ヨランダ、今すぐ出掛けるぞ。」
次の日の朝、朝食もまだだと言うのにお父様がこのように仰います。
食堂には重臣の方々もいらっしゃいますし、家族も全員が揃っていました。
公爵様へのお礼が決まったのでしょうか、それともワタクシの身の振り方が決まったのでしょうか?
いずれにしましてもお兄様に嫁ぐ方が決まった時や、弟に婚約者を定めた時にも増して重苦しい雰囲気がその場を包んでいます。
「これは一体どうしたというのでしょうか。」
全員を見渡すように感想を述べると、お父様はその末席に着席を促します。
「公爵様には大変世話になった。ひとかどならぬ人格者でいらっしゃることも判ったし、親王陛下との太いパイプもお持ちだ。
ダラゴナ家は広大な領地を持つものの、山岳地帯が多く特産品もこれと言ってない上に鉱石などの採掘量も少ない。
中京当りと阪神方面への穀物出荷はそれなりにあるし、公爵様の妻であるアニエス様のご実家があるセキからの刃物は多方面で喜ばれてはいるものの領内の経済は先細りの感が否めないのだ。」
「それはお兄様からも聞いて知っております。ですが、それと公爵様へのお礼とどのように関係があるのでしょうか。」
領内が豊かでないことは知っているし、今後栄えて行くような気がしないのも確かだ。
しかし、それは今ワタクシに聞かせるような事なのだろうか?
「そこで皆とも検討を重ねたのだが、公爵様のお力をお借りし、経済的な発展ができないモノかと思うのだ。」
「この度のお礼もしないうちから次のお願いをしようと言うのですか!?」
何という恥知らずな一族なのだろうか。
瀕死の重傷を負ったたくさんの人をなんでもないように治療してくださり、陛下へのご報告にまで付き合わせておきながら、自領の発展に協力させようというのだから、厚顔さを恥じないといけないと思うのです。
「判っておる!そのためのお前だ。お前、公爵様に嫁ぎなさい。」
「はぁ?ワタクシが公爵様に?」
「わざわざお越しいただきまして、ありがとうございます。しかしながら、ご提示になられました案件につきましては、申し訳ございませんがお断りさせていただきます。」
やっぱり。
あの後、急ぎお父様と共にダイタクヤへ向かい、公爵様の朝の団欒の終わるころを確かめてからお伺いし、先のお礼をお父様が述べてから用件を切り出したのだが、あっさりと断られてしまった。
「公爵様、こう申し上げてはなんではございますが、娘はご覧の通り器量も優れておりますし、これまでに特定の異性もおりませんでした。
少しばかり男勝りのところもございますが、なに、武技に優れているわけでもございませんのでお気になさるようなモノでもございません。
もう一度お考えになっていただくことはできませんか?
何でしたら一度、お試しになられても結構ですが??」
「あなたは一体何を仰っているのですか?二度も三度もお試しできるものではありませんでしょう?
女性を何だとお考えか。
大変不愉快です。お嬢様をお連れになってお帰りになられるのがよろしいでしょう。
ヘッセン子爵!お客様がお帰りだ。」
一言の元にお父様の具申を切って捨てられ、あまつさえ怒り心頭とばかりに追い出されることとなった。
顔面蒼白という言葉を初めて地で逝っているお父様を見た。
または茫然自失でもいい。
とぼとぼと歩く姿に憐憫の情を催さないでもないが、この結果はワタクシにでも想像に難くない結果だったと言えるでしょう。
公明正大だとも聞いていたし、種族をも超えて不平等を正そうとされているとも聞いていた。それなのに自分の娘の事ながら、単純にも男尊女卑がハンパない。
そうした事をお嫌いになられるのではないかと容易に想像もつきそうなものだったのだが、お父様はその逆鱗をわざわざ逆向きに撫ぜたのだと思うの。
そうでもなければヤマノベ公爵様があれほどにも直情的に怒りの感情を顕わにすることなどないだろう。
お父様には全く判っていないようだったが、ワタクシには想像通りの結果となり、ある意味「想定の範囲内」としか言いようのないものであり、「溜飲が下がる。」ではないが、清々しささえも感じられたのだった。
あれから一週間が過ぎ、塞ぎこんだお父様の消沈ぶりは歴史的とさえも言えるのだが、今のところ復活の見込みもない。
ワタクシ自身、無罪放免と申しますか、戦力外通告があったと申しますか、次の手を打つことを断たれたお父様や家臣の皆さまから捨て置かれるように自由を手にしたのでした。
こう言いましては自分を卑下するようではありますが、元々ヤマノベ公爵様に特別な感情を抱いていたわけでもありませんし、隔意があった訳でもありません。
確かに出会いは良い印象とはかけ離れていましたが、その後にお世話になりました時にはとっても紳士でいらっしゃいましたし、ちょっとお茶目なところもあって、娘さんたちや奥様方への愛情も溢れんばかりの方でした。
あれ!?公爵様のことを考えると好意的なことしか考えられません。腹の立つようなこともあったように思ったのですが、そもそも自分が犯した失態で公爵様がご立腹になったのでしたし、その後にも一度も理不尽を働かれたことはありませんでした。
そのように考えますと、ダラゴナ侯爵家がヤマノベ公爵様にただただ失礼を働き続けたようにしか思えなくなってきました。
少し、背中に嫌な汗が出てくるように思えます。
再起不能なお父様は置いておき、せめて無礼を働いたことだけは謝っておかなければならないと、なけなしの勇気で公爵様のお屋敷を尋ねた。
「良くいらっしゃいました。」
え?
公爵様が自ら迎えに出ていらして、満面の笑みでワタクシを迎え入れてくださった。
フィア様と仰る奥様もご一緒されて、にこやかな表情を見せてくださる。
「その後、皆様の体調はいかがですか?」
光が滑り落ちるようなキラキラと輝く銀髪を素直に伸ばしておられるフィア様はサキュバス種でいらして、ヤマノベ公爵様と15歳の時に契約の儀式を経てご結婚されたのだとお茶を頂きながら聞かされた。
その時には押しかけ女房よろしく、グイグイと迫ったと面白おかしくお聞かせいただいて、席に揃っておられるそのほかの奥様方も笑い声をあげておられた。
もうひと方、深みのある銀髪の奥様がいらっしゃって、この方がウチの領地、セキにご実家を持っていらっしゃるアニエス様と言うのだそうだ。
トウトのお屋敷に勤めるメイドだったそうだが、もう一人の鳶色の髪の優しそうな表情をされるシロップ様と猛アタックの末に妻の座を射止められたと教えられたの。
「私たちもフィアちゃんを最初に見た時には”これはダメだ”と思ったのよ。でもね、そこで諦めたらお終いじゃない?シロップちゃんと自分磨きに一生懸命だったものよ。
フィアちゃんの次くらいにはソウタさんにも綺麗って思ってもらえるようにってね。」
「頑張りましたよねぇ。でもアニエスちゃんと頑張った記憶と言えばお肌磨きよりも廊下の掃除や鏡を磨いたり、食堂のテーブルを拭きまくった方の記憶が多いですよ。」
そこで公爵様もいつも何かを磨いてる二人をよく見かけたって可笑しそうに仰る。
でも、そんな真摯な二人が気になってしょうがなかったと。そのお蔭もあってお二人は公爵様の隣に立てることができたのだと満面の笑みで話し合っていらっしゃる。
「私はアニエスちゃんがお嫁さんの座を射止めてくれたからこそ、今幸せでいられるのよね。」
そう仰るのは先の我が家への訪問をしていただいた時に、公爵様の腰の剣帯に魔剣の姿でついて来てくださった如月様と言う紫の緩やかな髪をした少女とも思えるようなお方だ。
1000年もの間、神棚に祀り上げられ、動くことも叶わなかったというのに公爵様に手に取っていただいてからと言うモノ、一時のヒマもないほどに忙しいのだと。
それが楽しくて仕方ないとも仰られているので、今は本当に幸せなのだろうと思える。
「本来、貴族の縁を結ぶという行為がどれほどの意味を持つのかは俺には判りません。とても大事なことのように聞くときもあれば、互いの意思を尊重し合って、求められて嫁いでいかれる方も多いと聞きます。
先だっては不躾な物言いをしましたが、ヨランダさんがどのようなお気持ちかも判りませんでしたし、お顔を拝見する限りは本心から臨んでいるようにも見受けられませんでした。
ですのでお父様には申し訳ない事ではありますが、お断りさせていただいたのですよ。
それに、俺はこの四人に約束しているんです。
これ以上は嫁を増やすことは無いと。
奇跡のように出会った彼女たちですから、それぞれとこれからの悠久の時間を楽しもうと思っています。1000年後も10000年後もこの四人で一緒に居ようと約束したんですよ。」
何ともロマンチックなことを仰る方なのね。
一万年後も仲良く居ようだなんて、ワタクシにもそう言ってくださる方が現れるのでしょうか。
皆様をウットリと拝見しておりますと、シルファ様がワタクシの腕をつついてこられた。
「お姉ちゃん、パパの”10000年後も一緒に居よう”は、そんなお顔で想像しているお伽噺と違うんだにゃ。本当に100年先もパパやママたちは今のまんま元気でいるからにゃ、10000年経っても今のまんまだと思うにゃ。」
キョトンとした表情のワタクシに、皆さまはニヤニヤとした表情を見せられ、揶揄われているのかと思ったのですが、公爵様がこう仰る。
「俺たちは、フィアと契約を結び、世間でいうレベル10を超え、冒険を繰り返したおかげで死なない体になってしまいました。
冗談のような話ですが、他にもサキュバスと契約を交わし、高レベルに至った1500年を生きている者も居ます。今までに知られていなかったようなのですが、前例もあることですので、俺たちも同じように数千年、数万年と言う時をこれから一緒に過ごして行くことになるでしょう。」
二の句が継げない。
聞いた話が本当ならば、それは素直に羨ましいとは言えないのではないか?
身近な者たちが死んで行っても自分たちの時が止まっているなんて、まるで呪いのようなモノではないでしょうか?
「そ、それが本当の事だとして、みなさまはそれでよろしいのですか?」
公爵様を始め、四人の奥様達は満面の笑みでお答えになられた。
「それが良いに決まっているじゃないですか。」
多分、魂の根源からこの方々と私たち凡百の人間には大きな違いがあるのだろう。
まるで異世界の出来事を目の当たりにしたような感想しか持てなかった。
何日か前に公爵様に嫁ごうだなんてちょっとでも考えてしまった自分を殴ってやりたいとさえも思えた。
それでも、我が家のことを想い、労を取って下さったお礼だけはお伝えした。
何かお礼をしたいと言っては見たのだが、これもまた案の定、丁寧に断られてしまった。
それが全然嫌味でもなく、全てを持っているからこその上から見下ろす態度でもなかった。そのぐらいのことで気に病む必要なんてないと朗らかに言われると、それで引き下がるしかなかったし、「ありがとう」の言葉が貰えて嬉しかったと言われるのが心にしみた。
この人たちはワタクシが思ったとおりに寛容な方たちだったのだろう。
「またお茶を飲みに来てくださいますか?」フィア様にそんな言葉を頂け、家令の方に玄関まで送っていただいた。
送っていただいたお礼を告げると、40前後に見えるその方は少し躊躇したようだったが、口を開かれた。
「ヨランダ様、是非またお越しください。今日のご領主様はあなたがお越しになられたのが嬉しかったようで、大変上機嫌でした。
ここ最近、なにかとお悩みになられていらしたので、今日の様な上機嫌は久しぶりなのです。きっとまた、いらしてください。
本日は訪ねていただきまして、ありがとうございます。」
公爵様がここ最近お元気でなかったことを気にしていらしたと言い、ワタクシなどが訪ねてきたことに感謝を述べられる。
こちらが恐縮してしまったのだが、互いにお礼を述べあっていると帰るタイミングを逃しそうになる。
数度のお礼を述べあって、途中でワタクシが笑い出してしまい、お開きとなった。
それにしてもこのお屋敷は誰もが優しい。
ヘッセン子爵と仰るこの方もまた、優しい夫であり、思いやりのある父親なのだろう。
そんな風に聞いてみたら、意外にも妻も子もいないと教えられた。
帰るつもりでいたワタクシだったのですが、世間話でもするように玄関先で話し込んでしまい、時を忘れて語らいを楽しんでしまいました。
先に廃嫡されたアイチの領主家に仕えていた時の事や、公爵様に領主の悪事を暴かれ、仕事を失った時の話。
やり場のない気持ちを公爵様にぶつけた時の話などはハラハラとしたものです。
それと同時にその時に公爵様に掛けていただいた情けを今はとても幸せなことだと仰るのです。
この街に暮らす大部分の方々が、その時の同僚であり、その家族であり、そうした方たちも今は何の憂いもなく暮らせていると子爵様は仰られ、公爵様に仕えることができて本当に良かったと言われた。
「また、お話をお聞かせくださいますか?」そう問うと、私などでよろしければと快諾をくださった。
公爵様と言い、子爵様と言い、ワタクシの帰り道を楽しくしてくださったのがとても印象深い。
また近日中にお伺いさせていただこうと素直にも思えるのだった。
「ヘッセン子爵、最近よくヨランダさんと一緒にいるようだけれど、どうなってるの?」
あの後、数度はヨランダさんがお茶をしに来てくれたものだったが、ここ最近はご無沙汰だ。
まぁ、深く縁を結んだわけでもないし、俺たちも俺の自宅警備が終わればトウトへと戻るのだろうから、気にするまでもないのだが、妻たちがヨランダさんが子爵の家によく来ているようだと言う。
ここ数週間は見てないよ。そう言ってみたらシロップが「いえ、ヨランダさんは二日と開けずにこちらに来てますよ。私たちのお屋敷には入られませんけどね。」と、意味不明なことを言うんだ。
ん~?と考え込む仕草をすると、如月が「明日は玄関で自宅警備なさい。」と言う。玄関で自宅警備するというのも聞いたことが無いが、自宅警備なんて言葉をどこで覚えたんだよ。
有言実行とばかりに如月の采配によって、俺のお茶を飲む準備が正面の車宿りに出来上がっていた。
ずっと日がな一日を庭で過ごすスタイルになっていたものだから、これはこれで新鮮ではあるのだが、3人ほどのメイドさんが玄関先を箒で履いており、アプローチに植えられた緑豊かな植生や花壇、生け垣などを手入れしている庭師にメイドたちが楽しそうにしている。
そんな中でひとり、紅茶を飲むというのも存外に落ち着かないモノだった。これならいつも通りに庭に席を設けてもらうべきだったと思い始める。
そんな時だった。
アプローチの先、屋敷の前の通りをダラゴナ家の家紋を付けた馬車が通り過ぎるのが見えた。
「通り過ぎた?」
独り言をつぶやき、席を立って表まで歩くと子爵のお屋敷の、可愛い車宿りにダラゴナ家の馬車が入っており、シロップやアニエスの言ったとおり、ヨランダさんが子爵を尋ねているようだった。
無粋な事はするまいと自宅警備に戻り、いつものように考え事の海に沈みこんで、時を忘れたころ。如月が昼になったと昼食に誘いに来てくれた。
妻たちはここ最近は長時間出歩くこともなく、およそ半日の運動を兼ねた散歩を終えると屋敷で編み物や草花の世話、子供たちの遊び相手などをしているらしい。
ユイの勉強も随分と捗っているとフィアから聞いた。睦月も最近はフィアに勉強を教えてもらっているというし、カーリオもクレイオも絵本ぐらいは自分たちで読めるようになっていると言う。
子供たちの成長を実感しながら昼食の席ではシルファの最近の趣味の話やアニエスに教えてもらって料理を習い始めていることなども聞いた。
包丁が怖いとか、魚は目が合う!とか、いつかの海辺のレストランを思い出すような話も聞いて、盛り上がったりもした。
弥生も卯月も元気に這い回っており、芝生の上がお気に入りだと言う。如月は洗濯物が次から次に出て来て困っていると言うが、子供が元気ならいいじゃない。
三人の妊婦の体重の推移も順調で、アニエスとシロップは7か月目に入り、フィアももうすぐ6か月になろうと言うくらいだ。
相変わらずフィアの妊婦姿には慣れそうもない。幼い風貌と大きなお腹がミスマッチしてて、つい心配して叱られてしまう。
シロップやアニエスにはそんな感想は持たないのだが、これも不思議だ。
そして日が暮れる前。
午後の四時ごろかな?ダラゴナ家の馬車が俺の屋敷の前を来た道を戻るように通り過ぎて行き、ようやく我が家に顔を見せた子爵にさっきの言葉を贈った訳だ。
まずいところを見られたという表情の子爵は、それでも隠し事をしようとは思わないようで、最近はヨランダさんと仲良くしているというのだ。
ま、どうなってるの?と問えば、仲良くしているとしか返事のしようもないのかもね。
仲の良いのは結構なのだが、いつの間にちゃっかりと仲良くなったモノやら。
「無責任な事にだけはならないように。」と釘を刺すと、もちろん幸せにして見せます。と、いきなり斜め上の答えが返ってきたものだ。
「は?子爵、ヨランダさんをお嫁さんに貰うつもりなの?」
もうそこまで行ってるのか?とちょっとこっちが慌てさせられる。
お互いの気持ちを確かめ合ったのかと問うと、将来を誓い合うまでになっていると。
「マジか!?」つい口に出してしまい、「マジです。」との答えに一発頭を叩いてやった。
それならそれで、ダラゴナ家に挨拶の一つもしなきゃいけないし、次の準備もしなければならない。
今度ヨランダさんが来た時には、必ず顔を出すようにと言明して妻たちにも報告に行かせた。
これについては既定路線として、祝福されたらしいが、屋敷の中はちょっとした祭り騒ぎになっている。
「あの堅物に嫁がつく!?」アイチの領軍時代の同僚たちや部下たちがそんな風に揶揄し、屋敷のメイドたちにも「マサカ?」と思わせるに十分だったらしい。
二日後に再びヨランダさんが訪ねてこられ、二人揃って俺の元へと挨拶に来た。
「ヨランダさん、その堅いので宜しかったので?」
そう問うと、真っ赤になって俯いてしまい、「なんだこの可愛い生き物は?」になった。
「ええ、硬くてとても立派なのです。」と火が出るんじゃないかと思うほどの羞恥に染まったお顔で返事をされた。
「・・・」スタスタと子爵の前まで早足で歩み寄り、スパーン!と屋敷に鳴り響くほどのクリティカルヒットで頭を叩いてやった。
俺の「堅い」とヨランダさんの「硬い」は明らかに違う。ものすごく違うんだよ。
「も、もうしわけございません。」蚊の鳴くような声で謝罪の弁を述べる子爵をもう一度はたきそうになったわ!
二度と堅いとは思ってやらないと、深く心に誓わせられてしまった。
湯気の上がり続けているヨランダさんはもう使い物になりそうにないので、子爵に厳命した。
「今日、これからスグにダラゴナ侯爵家へと行って来い。そして許可を貰って来るんだ。」
俺も直ちに書斎に飛び込んで、侯爵家への挨拶文を書きなぐった。
代わりにおかしな条件でも付けられて返ってきたなら、もう数発は叩いてやろうと思う。
日本で言うところの10月に入り、両家の準備も整ったことからダイタクヤの屋敷で結婚式を執り行った。
こっちのメイドたちには初めての経験となるのだが、トウトから来ているメイドたちが様々な準備を采配し、立派な式にしてくれたのだ。
お蔭で俺は前日から厨房に缶詰にもなったが、調理師たちにも珍しい経験をさせてやれたし、ダイタクヤのメイドたちも楽しそうだった。
侯爵様は大層立派な式になったと手放しで喜んでいたし、ヨランダさんを嫁がせたことで領地の発展に俺の協力を得られることになったと、本心をダダ漏らしていた。
その位の事ならば、喜んで手伝わせてもらう。
陛下にとってもきっとそれは良いことになると思えるし、隣の国からの嫁入りともなれば、都度の里帰りも近いうえに楽なものだろう。
子爵には俺式の里帰りの極意を教え込んである。春と夏、秋には向こうの墓参りをして妻を里に帰らせること。子ができれば更に数度の訪問を増やし、お爺ちゃんとお祖母ちゃんを喜ばせることなどをちゃんと毎年行うようにと。
俺もこの行事だけは欠かさずに行っている。これをすると妻たちもとても喜ぶ上に実家のご両親にも少しなりとも安心をしてもらえるようだ。
子供たちもお小遣いをもらったりするようで、人気の高い行事になっている。
シロップの実家でもアニエスの実家でも、シルファから卯月までみんながお小遣いをもらっているようで、フィアなんかは恐縮しているが、どっちの両親もさんざんの孫たちに囲まれて楽しそうだ。
それから二週間ほどたち、俺からのプレゼントの新婚旅行も楽しんでもらえ、屋敷の体裁を整えることになった。
二人の住まい自身は立派なものではあるが、独り身だった子爵はメイドも執事も雇っておらず、本物の独身貴族だったわけで、身の回りをお世話してくれる人たちを雇用するところから新婚生活が始まったのだった。
俺自身は子爵のその辺には一切口を挟まなかったのだが、徐々に増えて行く家令やメイドの様子を見ているとやたらとバステト族やライカン族が多いように見える。
トサンから移ってきた人たちなのだろうが、雇用状況が悪かったのかと俺が不安になるほどの数を雇い入れている。
ダイタクヤの俺の屋敷にも数名いるのだが、その人たちに聞いてもここに来てから差別的なものは一切ないし、職にも困ってはいないと言う。ウチに居てくれる人たちの弁では、子爵が便宜を図って移住した者たちの内でも比較的最近に越してきた者たちなのではないかと教えてくれた。
やはり、さすがに差別のない場所だろうとも近所づきあいが出来るまでは、なじむまでは少しの時間はかかると言うし、職を見つけるまで不安もあるだろう。
そうした者たちの雇用を優先しているらしいのだ。
らしいと言えばそれまでなのだろうが、本人に聞いたところでも同じ答えが返ってきた。
子爵はそれがまずかっただろうかと俺に聞いてきたが、そこは好きにしたらいいと答えておいた。
子爵家もこれからが楽しみだ。
皆様が読んでくださるお蔭で、先日10万PVを超えました。
こんなに読んでいただけるとは思いもしませんでしたが、ただ感謝するばかりです。
ありがとうございます。
まだ終わりませんが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。




