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【第118話】ヨランダ=ダラゴナという娘(2)

いつも読んでくださってありがとうございます。

ヨランダが淑女にクラスチェンジしようとして失敗?

 「気まずい。気まず過ぎるんですけど。」

 ダイタクヤのヤマノベ公爵が暮らす屋敷の前で一歩が踏み出せずにいた。


 バハムートが討伐され、フセモクの港まで無事に卵を届けることができた。

 フセモクの港には神国陸軍の輸送艦が寄港しており、士官の人に荷物として預けることができた。

 船に招き入れられ、艦長はじめ士官連中に道中を労ってもらえたのは良かったのだが、ここでもヤマノベ公爵のことが話題に上った。

 「そう言えばトサンの南側にヤマノベ公爵の統括地があったんでしたね。ダイタクヤでしたっけ?」

 「おお、そうであったな。今週の週初めにカラフトにいらっしゃった折にはそのように申されておられましたよ。」

 彼らの話を聞いているとヤマノベ公爵は頻繁にカラフトを訪れているようだった。

 「あの、公爵様はそのように頻繁にカラフトにおいでになられるのですか?」

 興味本位で聞いてみただけで、気に喰わない奴とは言えこれから連れ出してお父様を治療してもらわないといけないのだし、敵を知ることは悪い事じゃないわ。

 「陸軍幕僚長の大のお気に入りの公爵様なのですよ。ローレシアに占領されたカラフトを取り戻してくださったのも公爵様ですし、その後にローレシアとの友誼を結ぶことができたのも公爵様のお蔭なのですよ。」

 二週間と開けずにカラフトを訪れる公爵は内地しんこくの貴重な食材やお酒に燃料などを聖銀の巨人で運んできてくれるのだと言う。

 神国の国防を担う主力兵器の殆ども公爵の作った物で、これらは国を強く守り、雇用を創出して餓える人をなくしているという事も判った。

 カラフトの防衛は言ってみれば形だけのものとなり、ローレシア軍と神国軍が手を取り合い生活を助け合っているほどなのだと言う。その仲を取り持つ様々な物資の支援であったり、病気や怪我を瞬時に癒すなどの手間暇も厭わずにしてくれていると。

 ローレシアから名誉子爵位を得ており、イングリーンランドやフランソワ、インディーラに始まり中東やアジア、イウロペの数々の国からも各種の爵位を賜っており、「百爵」との異名もあるのだとか。

 た、確かに諸外国からの尊敬を一身に集め、和平に貢献するほどの働きをしているのであれば神国にだって公爵に叙爵されるのは当たり前だろう。お父様や陛下でさえもそれほどの功績など残すことは不可能だと思える。

 いったいあの若者の何がそうさせるのだと言うのか。


 空軍総司令も海軍司令長官もヤマノベ公爵に惚れこんでおり、陛下に一番近いと言われている。その噂の真意もイヤと言うほどに判ってしまった。

 いやが上にも上がったハードルを身に沁みて感じ、自分のとった行動だけが悔やまれることになる。

 聞けば、情に厚く身分や境遇など意にも介さずに手を差し伸べる度量と、全ての困難を討ち払うだけの力と魔術を持っているのに、それを笠に着ることもなく誰にでも気さくに、本当に長い友人のように接してくれる人柄なのだと言う。

 しかし、併せて聞いてしまったのは威力的な態度に対する反発心の強さと、排斥する際の容赦のなさ。

 一国を殲滅することさえも瞬時に判断し、実行して見せるのだと言う。

 その後を知らなかった「解放の光」や「黄泉越えの翼」の顛末も聞かせられた。セイトが無人になったこと。陛下の先の代からの貴族家が札を削られたこと。そして本当に多くの貴族が廃嫡になったこと。その全てにヤマノベ公爵の意見と実行が伴っていることも知った。

 「ノブレス・オブリュージュ」全ての行動規範がそれを物語っている。

 正しいことを正しく行う事がすべてで、間違ったことをすれば国さえも消し飛ばしてしまうのだ。

 だが、聞いている限りではとてもフランクな人柄と妻や娘たちを溺愛する様子から優しさが滲み出ている。

 今日の態度はやはり、ワタクシ自身のとった行動の結果なのだろうと思い知らされるばかり。


 歓待を受けて輸送船をあとにしたのだが、その帰り道の陰鬱な気持ちと言ったら表現のしようが無い。

 ワタクシのワタクシによる慇懃無礼な態度に、それをよしとしなかった公爵様がお怒りになった結果だったのだから、どの面を下げてお願いしに行けばいいのだろうか。

 千里とも思える距離を馬車で戻り、百回にも及ぶ反省をしては見たものの、目の前に誇らしげに聳え立つ公爵様のお屋敷の門をくぐる勇気はどこからも出てはこなかった。

 だが、こうしている間にもお父様や長年仕えてくれた家臣たちの命の火が消えようとしている。

 そう思うとあと百回の反省だってして見せるのにと思う。が、足は一歩も前に出ようとはしなかった。


 「お姉さんはパパに用事かにゃ?」

 馬車から降りてただ佇む私の側に、いつの間にやらネコミミの少女が不思議そうな表情で立っていた。

 「にゃ?」

 返事をしなかったワタクシに首をかしげながら問いかける。

 見ると、良く手入れされた毛並みを持つこの少女は出で立ちも上品で、意匠のこったドレスを身に纏っている。

 獣人種などいいところが奴隷やメイドくらいだろうと思ったのだが、この少女は「パパに用事か?」と聞いてきた。

 その「パパ」がヤマノベ公爵なのだとしたら、失礼な態度はできないかもしれない。

 「ええ、ヤマノベ公爵様に先ほど助けていただいたのですが、まだお礼も申し上げておりませんし、他にもお願いがありましたの。

 でも、助けていただいた時にワタクシが失礼な物言いをしてしまい、公爵様の気分を害してしまったのです。そのことについてもお詫びしないといけませんし、困り果てておりました。」

 とにかく正直に。それを心掛けてバステト族の少女に話をしたのだが、この少女は満面の笑みを浮かべワタクシの手を取ってくれた。

 「それならダイジョブにゃ。ダラゴナ侯爵様でしょ?パパがママたちに叱られてたから心配ないにゃ。一緒にパパのところに行こう?」

 「ちょ、ちょっと待って!待ってくださいまし!?」

 グイグイとワタクシの手を引いて屋敷に連れ込もうとする少女は聞く耳を持たないのか、ワタクシの話を聞かずにずんずんと屋敷の中へと入っていく。

 メイドさんたちが迎えに出ようかという動きを見せるのと少女に連れられたワタクシ達が通り過ぎてしまうのがほぼ同時だった。

 「シルファ様?そちらの方はどなたですの!?」

 「いいのにゃ!パパの待ってる人だったから心配ないにゃ。」

 ひらひらと手を振って、ワタクシを中へと入れてしまう。やはりこの少女はバステト族といっても公爵に近い身分を持つのだろう。

 慌ててついてきた二人のメイドがワタクシたちを追い越すようにして走り、公爵様のいらっしゃる部屋の扉を両側へと開いた。

 「シルファ様」と呼ばれた少女がワタクシの手を引き、颯爽と扉を潜ってしまったのだった。

 「パパ!連れて来たにゃ!」

 元気に報告を済ませ、仕事をしたとばかりに少女はヤマノベ公爵様の元に駆け寄り、ジャンプして膝の上に飛び乗ってみせる。

 「おぉふ!シルファ、もう大きくなったんだから手加減してくれないかな。」

 奥様方と思われる女性たちとテーブルに着き、お茶をしていらっしゃったのだろう公爵様が少女を抱きとめ、嬉しそうに髪を撫でていらっしゃる。

 気持ちよさそうな少女を見て、自分の立場を思い出した。

 「か、勝手にお邪魔してしまいまして大変申し訳ございません。ダラゴナ侯爵の長女、ヨランダと申します。

 先ほどは助けていただきましたのに失礼な事を申し上げてしまいまして、どのようにお詫びすればよいのかも判りません。」

 とにかく頭を下げた。これ以上下げられないと言うほどに頭を下げる。

 椅子から立ち上がった一人の女性がワタクシの元へと来てくれる。

 「かしらをお上げになって。」

 言われて顔を上げると、涼やかな女性が目の前に居た。

 深い銀の髪に朱金の瞳を持つその女性は美しくもあり、可愛くもある。そんな愛くるしい表情の人だった。

 「ソウタさんの妻のフィアと言います。この度はお辛いことの最中にうちの主人がつれなくしたそうで、申し訳なかったですね。」

 よく来てくれました。と、ワタクシの手を取って席へと招いてくれた。

 身重だと判るお腹を大事そうにしており、ゆっくりとした所作でワタクシを座らせてくれた。

 よく見ると鳶色の髪を持つ女性と、透き通るような銀髪を持つ女性も大きなお腹をしており、おめでたが続いているらしい。

 紫髪のウェーブがひときわ美しい女性がワタクシにも紅茶を持ってきてくださった。

 「私もソウタさんの妻で如月と言うの。あなたに失礼をしたことはちゃんと叱っておきましたから許していただきたいわ。」

 思っていたのとは温度差があるようで、敵地に赴いたというのとは違う様子だ。

 頭を掻きながら公爵様がワタクシに話しかけられる。

 「あー、さっきはこちらも申し訳なかったよ。訳も聞かずにいきなり断ったりして本当に申し訳ない。妻たちにもたっぷり叱られたんで、どうにか許してもらえないだろうか。」

 あの時とは全く態度が違う。神妙に頭を下げられるのだ。

 侯爵の娘風情に当たり前のように頭を下げられるんだ。素直に感心してしまった。

 「いえ、こちらこそ失礼な物言いだったと反省しております。不快な事を申し上げてしまい、本当に申し訳ありませんでした。」

 お互いに頭を下げ合って、元に戻るタイミングを失っていたところにバステト族の少女から助け船が入る。

 「パパ、いつまでもそれじゃ話が進まないにゃ。ヨランダさんはお願いがあるにゃ。聞いてあげたらどうかにゃ?」

 ワタクシが玄関で言ったことをちゃんと聞いてくれていたようで、口添えを貰う事が出来た。

 まだ膝の上でくつろいでいる少女が見上げるように公爵様を見ている。

 「俺にできることでしたらお聞きしましょう。これは俺が養子にした娘のシルファと言います。失礼はありませんでしたか?」

 「娘さんでしたか。失礼など、とんでもありません。お蔭でこうしてお会いすることができました。」

 「それでどのような?」

 娘の頭を撫でることが気に入ったのか、公爵様の手が止まらないが、用件を切り出してみる。

 「親王陛下様より父に依頼されました、バハムートの卵の採取なのですが、父と家臣たちが苦労して採取に成功しました。

 その際に、多くの者が手傷を追い、父も大怪我をしたのです。また、もっとひどい怪我をした家臣たちもおりまして、公爵様のお力でお助けいただくことができないかとお願いしたかったのです。」

 話を聞いた公爵様は膝に載る少女に一言二言囁きを返す。

 少女が膝から飛び降りてどこかに駆けて行ったのだが、手に木箱を持って戻ってくる。

 椅子から立ち上がった公爵様は他の奥様方にも話をはじめ、紫髪の奥様に最後に話された。

 「如月とシルファは手伝いに来てくれ。シロップとアニエス、フィアは留守番だ。如月は剣に。シルファは俺の膝の上だ。さぁ、ヨランダさん急ぎましょうか。」

 有無を言わさずに席を立った公爵様は中庭の方へ歩き出られ、少女に手を引かれたワタクシと奥様がついてこられる。

 「レネゲイド、すぐに出るぞ。」

 言うや地面が割れ、時空の狭間からあの時に見た銀の巨人が現れた。

 屈みこむように膝を立てた巨人の胸が開き、搭乗を促してくる。

 「如月!」

 「ええ!」

 目の前で起こったことが信じられない。紫髪の奥様が魔法でも使ったのか光に包まれると同時に公爵様の腰に飛び、剣帯に吊るされる一振りの剣となった。

 「な!?」

 「急ぐにゃ!」

 絶句したワタクシの手を引く少女に連れられて巨人に近づくと操縦席の中から公爵様が手を差し伸べられ、高い場所に引き入れられる。

 男性の手を握ってしまった。顔が赤くなるのが判る。

 中に入ると様々な物が目に入り、はしたなくキョロキョロとしてしまう。公爵様が席に着き、その膝に少女が腰かけると巨人は直立するように起き上がっていく。

 「マスター、定員がオーバーとなっています。戦闘行動はできませんがよろしいですね。」

 「もちろんだ。今回はお客様も居るので静かに飛んでくれよ。」

 「高機動は戦闘の時だけです。ラグジュアリーな飛行をお見せします。」

 「たのんだ。ダラゴナ侯爵家へ飛んでくれ。」

 「了解。飛行時間は15分の予定です。」

 大きな音と共に地面から離れ、空へと飛びあがる。ワタクシの一生の中で初めての空を飛ぶ体験。

 足元がお留守になり、お腹の中が浮かび上がるような感覚に思わず悲鳴が出る。

 「キャ―――――――!!!!」

 そして失礼な事は十分に判っているのだが、公爵様にしがみついてしまった。

 だって、お屋敷がグングンと遠ざかり、山々が今までに見たことのない角度で足元に小さくなっていくのよ?

 見慣れた景色が見慣れない角度からパノラマに広がり、高く高く巨人が舞い上がる。

 遠くの方まで山々が連なり、合間にたくさんの耕地が見える。細い糸のような街道がうねり、たくさんの自然が目の前に開ける。

 「ヨランダさん、この辺りの全てがダラゴナ侯爵家の領地ですよ。」

 公爵様に聞かされるまでもなく眼前に広がる広大な土地に圧倒されている。

 「エイゾに次ぐとも言われる広大な領地を治める侯爵には元気でいてもらわなければなりません。それでなくとも侯爵は陛下からの信も厚く、良い政治をしていらっしゃると聞いてもおります。」

 そう言ってもらえるほどにお父様のお仕事は大したものなのだろうと思う事が出来た。

 次々と移り変わる景色に見惚れていると見慣れた街が足元に広がり始める。

 それと共に巨人の高度が下がり始め、ワタクシの暮らす屋敷の前庭に降りようとしていることが判った。

 本当にあっという間に着いたことに若干放心しているが、公爵様に来ていただいたからにはお父様に会っていただかなければならない。

 「こ、こちらです。」

 また手を取っていただいて巨人から降りると、目も合わせられなくてただ、先を歩いてしまう。きっとまた、顔が真っ赤になっているはずだ。

 玄関先に迎えに出てくれた家人たちは巨人を見上げて全員の口が開いている。呆気にとられるのは判るが、ワタクシ達が居ることにさえ気が付いていないほどなのはどうかと思うの。

 公爵様の腰に光があふれ、また隣に奥様が現れた。

 「そ、それって?」

 「そうね、私は魔剣なのよ。ソウタさんがあまりにも魔力を籠めるものだから、人になってしまったの。本来は剣の姿が正しいのよ。」

 破格だ。奥様の言っていることの半分くらいしか理解が及ばない。

 魔剣を妻にしてしまう度量が計り知れないが、この奥様にも子供が居た。同じ紫髪をした小さな子が三人もいたのを見た。

 魔剣は子供を産めるんだと、ずれたところに感心してしまったのよ。


 屋敷から出てきて、放心状態になっていた家臣たちを蹴り飛ばし、再起動を済ませたところで「やっちまった」と思ったが、遅かった。

 くつくつと笑う公爵様と「あらあら」という奥様に、ビックリ顔の娘さんが呆れた表情で見ていたの。ついよ、ついいつものようにしてしまっただけなんだからね。

 臣下の礼を取った家臣たちに招かれて一同が屋敷に入る。

 廊下を進み、お父様の寝室へとやって来ると、公爵様はお父様の様子を確かめられ、お見舞いの言葉をくださった。

 「ダラゴナ侯爵様、この度は大役をお果たしになられたとか。謹んでお慶びを申し上げます。また、名誉の負傷を追われましたとかで、私が馳せ参じることになりました。

 一刻も早い復帰をしていただきますためにも荒療治にはなりますが、お許しいただきたい。」

 膝をついて口上を述べる公爵様にワタクシは驚きを隠せなかった。

 一介の侯爵に対して言う事ではないからだ。あくまでもヤマノベ家は公爵家で、ダラゴナ家は侯爵でしかない。

 にもかかわらず功績をたたえ、自らがへりくだって挨拶する姿にびっくりした。

 お父様も同様のようで、とこで荒い息をしていたのだが、無理矢理身を起こそうとしていた。

 公爵様の奥様がそれをとどめ、娘さんと一緒にお父様の布団を整えられた。

 「如月、シルファ、リジェネレーションを使うからしっかりと押さえていてくれないか。」

 ワタクシもリジェネレーションがどういう魔法かは知っている。

 慌ててお父様の肩を押さえるように手伝いに入った。

 公爵様はそれを見てとても満足そうな表情をされてから目を閉じ、集中に入る。

 「リジェネレーション!」

 え、詠唱が無かった!?神殿の神官様がリジェネレーションを使った時は四半刻ほどの詠唱をしていた。額から汗を流しながら集中を高め、一語一句を間違えないように朗々と詠唱していたのに、公爵様はゼロタイムで発動させたの。

 お父様が白い光に包まれ、ワタクシ達の手にも温かさが伝わってきた。苦しそうな様子で身を捩るお父様を見ているのは辛いけど、これはそう言う治療なのだ。

 傷つけられた部位は元に戻り、流した血液も魔法で賄われる。そんな普通ではない治療は患者にとっても決して優しい治療ではないのだけれど、その効果はものすごい。

 ほんの数秒、光に包まれたお父様はもう、安らかな呼吸をして休んでいる。

 え?もう終わったの??

 「こ、公爵様?」

 お母様も一言呟いただけで、信じられないという表情をしている。

 集中を解いた公爵様は自ら肩をもむようにして気を抜いた姿を見せている。

 奥様も娘さんもやれやれという表情だ。

 「ヨランダさん、次の患者さんはどこに?」

 ええ!?休まなくていいの?

 汗ひとつ流していない公爵様は次の患者を治療するためにと席を立とうとしているの。

 その場にいた全員が呆気に取られている。それはそうだ、リジェネレーションは神官様が一日に一回しか使用できない魔法だって仰っていた。それでも満足に治療が出来ないことも多いと言う。

 そんな時には何日にも渡って治療を施すのだとか。

 背中から腰に掛けて骨さえも見えるような裂傷があったはずなのに、何本も折れた肋骨がはみ出してくるような怪我だったはずなのに、お父様の背中におかしなところは全然なくて、すやすやと眠っている。

 「治ったの?」

 「ん?ああ、完全に治ったよ。もう明日から普通にして構わないから。」

 侍従長の治療も2分とかからなかった。

 左手が二の腕から無くなっていたのに。お顔にも深い傷があって、左の頬から顎までが骨まで見えていたのよ?横に腰を下ろしてまた魔法を発動して、治ったの。

 見慣れたお髭が生えているいつものお顔だった。

 左腕も普通に生えていた。爪の先までいつも見ている侍従長の手だったもの。

 「次は?」

 「は、はい。つぎはこちらです。」

 神の様な所業に口から出る言葉が棒読みになってしまうのよ。

 全く信じられないような魔法をポンポンと当たり前のように使ってみせる。神官様が何日もかけなければ治せないような怪我を数秒で治療し、それも次から次へと。

 13人の家臣を15分ほどで治療し終え、腰の痛い家老やその妻たちにまで魔法を掛けていた。80歳を迎えたというお爺様の代から仕えてくれている家老が公爵様が手を洗うために用意した桶を軽々と持ち、水を取り替えると言い、スキップを踏んで走っていった。


 お母様が公爵様方を応接室へと招き、紅茶を振る舞っていた。

 「これは!?」

 怪我した人たちを含め30人以上もの治療を行ったというのに、まったく疲れてもいないようでまた、娘さんを膝に乗せて髪を撫で、くつろいだ様子を見せる。

 お母様が淹れた紅茶を手に取り、一口飲んでから驚いた様子だった。

 「我が家でも今ではこのお茶が一番評判が良くてですね、欠かさずに用意しているのです。」

 今はじめて気が付いたが、ここ最近我が家で嵌っている紅茶の銘柄が「ソウタスペシャル」だったことに。そしてそれがどこの「ソウタ」のスペシャルなのかも。

 イングリーンランド産の紅茶にヤマノベ公爵の名前が冠されていることの意味を知ってしまうと、何だこの人は?としか思えなくなってきた。

 お母様や家臣からお礼の言葉が贈られても公爵様は一向に気にした様子もなく、よかったですね。としか言わないの。

 奥様も「お大事に。」とだけしか言われなかったし、なんなのだろう。


 「じゃぁ、ヨランダさん帰ろうか。」

 「え?」

 「お姉さんの馬車、家にあるにゃ?」

 そうだった。護衛のみんなを公爵様のお屋敷に置いてきたんだった。

 でも、また飛ぶの?

 「侯爵夫人、お嬢さんをお借りしますよ。」

 「重ね重ねお手数をおかけいたします。でも、公爵様のご迷惑になるのでは?」

 「いえ、向こうに顔を出す用事もありますから、お気になさらず。」

 「え?」

 「ヨランダ、すぐに着替えていらっしゃい。そのナリじゃとても失礼に当たりますよ。」

 「え?」

 ワタクシだけがついていけていない。

 メイドたちがワタクシを連れて部屋に引き上げ、バタバタと着替えさせられるとまるで舞踏会にでも出るのかと言うドレスにお化粧までされてしまった。

 何よコレ?

 お母様に合格を貰い、公爵様にまた巨人へと連れ込まれてしまった。

 そうして慌ただしく出発したワタクシたちが着いたのはお城だった。

 「え?ここどこ?」

 「陛下の住んでるお城ですよ。セントラルキャッスルって言うんだけど、知らなかった?」

 親王陛下のお住まいの玄関先に勝手に乗り入れちゃってもいいの?

 公爵様と衛兵たちの「久しぶり!」という挨拶を見るからに入っちゃってもいいみたい。

 見たことのないほどたくさんいるメイドさんや騎士、執事なども気軽に声を掛けて公爵様に挨拶している。

 若い貴族たちだろうか、公爵様の娘さんに次々と挨拶しており、手の甲にキスしながらご機嫌伺いしているものの多さにも呆れた。獣人種って蔑まれてるんじゃなかったの?まるでアイドルに会ったみたいにちやほやされている。

 そして奥様が話し込んでいる女性は他とは違うオーラがあって仲良さげではあるのだが、空気が違い過ぎる。

 「あの件は?」「もうひと押しでしょう。」など、ワタクシには判らない会話をしているようだ。

 ここは本当はどこなのよ!?

 皆でお城に入ろうとしたところ、衛兵が高らかに口上を述べる。

 「皇后陛下御入城!」

 「ヤマノベ公爵様御入城!」

 お、お妃様だったの?

 前後を衛兵に守られながら長い廊下を進み、謁見の間へと通された。

 完全に緊張している。ガクブルするしかないワタクシと違い、慣れた様子の公爵家の皆さんが恨めしい。たくさんある扉の前に立つ執事さんたちに挨拶して回る娘さんが居て、相好を崩すスーツを着こなす男性たちが居る。

 「陛下御入場!」

 一際立派な扉が開かれ、お父様よりも若いが威厳とオーラが桁違いの男性が入室してこられ、脇には先ほどお会いしたお妃様がついてこられた。

 「ヤマノベ公爵は今日は運転手とか。大儀であったな。して、そちらがギーフのダラゴナ侯爵息女かな?」

 公爵様の奥様に促され、右手と右足が同時に出ていても気が付かなかった。

 陛下の御前にまで歩み出て、ハタと固まった。

 ワタクシはここまで何をしに来たの?

 「無事に卵を港まで運んだご報告よ。」

 公爵様の奥様がワタクシの隣で小さな声で助けてくれた。

 「へ、陛下よりご依頼のありましたバハムートの卵、無事に届けましてごじゃいまちゅ。」

 「ぷ!?」

 へ、陛下が噴き出された!?噛んじゃった。カッと赤面して涙が出てくる。

 下を向いて恥ずかしいのを必死でこらえていると、体中がプルプルしてくるし、情けなくて恥ずかしくて悔しいのを通りこした悲しさしかない。

 ところが、陛下が一歩近づかれ、腰を落として膝を着かれたのだ。

 「っ!?」

 身を固くしたところに陛下のお顔が見えるようになり、ワタクシの手を取って甲に口づけを落とされた。

 「な!?」

 「笑ったりして済まなかった。大儀をこなし、無事勤めを果たしてくれたこと誠にありがたいと思う。また、名代の任、誠に大儀である。礼を言う。ありがとう。」

 これ以上には驚くことなどないだろうと言うお褒めを頂いた。

 陛下がワタクシごときに膝を着かれるなどとは思いもしないし、お礼を賜るなど信じられなかったから。

 そうしてから陛下は公爵様の元へ赴かれ、歓談をされたのだ。

 ワタクシは公爵様の奥様と娘さんと共にお妃様と歓談することになったのだが、何を喋っていたかなんて全く記憶にない。

 城を辞して公爵様のトウトのお屋敷にも寄ったのだが、そこで何をしたかも記憶が無くて、気が付いた時のはドレスのままダイタクヤへ戻り、我が家の馬車に乗って走り出してからだった。

 すべてが夢だったと言われればそう信じられるほどに意識が斜め上に飛んでしまっていた。

 ヤマノベ公爵様という人が本当に親王陛下に一番近いという事だけは身をもって知ったので、絶対に公爵様のご不興を被るような事はしないと心に誓うくらいはできた。


 シルファさん、ワタクシも髪を撫でてみたかったのですが、そんな機会があるのでしょうか。

変わらずに読んでくださって、ありがとうございます。

おかげさまで累積96,000PVを越えるほどになりました。ひとえに飽きもせずに読んでくださるあなた様のお蔭です。

まだまだお付き合い下さったら嬉しいです。

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