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【第115話】SS 17歳の俺

ちょっとただならぬスランプかもしれません。

でも、読んでいただいてありがとうございます。

休み、休み、書いてみます。

自分でびっくりしています。なんだこれ?

 俺は山野辺颯太やまのべそうたという。

 高校2年生になったばかりだと言うのに今日、オヤジが死んだことになった。

 失踪宣告から丸一年が経ち、家庭裁判所からオヤジが容易に現住所へ戻ることが無いとの判断を受けて死亡が確定したのだ。

 ただの行方不明であれば7年の期間が必要になるのだが、戦争や船舶の沈没。震災などによる「危難きなん疾走」は認められるまでの期間が一年しかないのだ。

 母親を早くにくしている俺にとって肉親とはオヤジだけしか知る者は居なかったのだが、会社社長だったオヤジが俺と共に過ごす時間は多くはないものだった。

 その扱いは「病死」と同じで遺産相続や様々な届け出と継承けいしょう手続きなど、初めて聞くような単語が俺を襲い続けた。

 天涯孤独になったという訳だが、元々からして放置プレイにも似た留守番児童だったから、葬式に様々な手続きに、自分の身を立てる手段の相談にと役場や弁護士と言った大人と交わる機会も多かった。

 市役所の連中には施設に入ることを何度も勧められもしたんだが、これまでと何が変わるわけでもない暮らしを今後も続けて行けるのであれば、わざわざ難しい立場になる必要も感じなかった。

 これまでの7年間と言うもの、オヤジが俺と一緒に居た記憶もほぼ無くて、8年前に亡くなった母が俺の前から消えてからと言うもの、経済的な面倒以外でオヤジが役に立った場面など皆無だったのだ。

 小学校から中学に上がるときも、中学で進路を決めて高校を受験するときも。高校に上がって学校に通うときもオヤジは一切の干渉をしなかったのだ。

 正確には「しなかった」というより、「出来なかった。」が正解で、オヤジがサラリーマンで居たころに蓄えた資金を元手に始めた事業に掛かりきりで、俺の面倒を見るような時間などどこにもなかったというのが実際のところだろう。

 「ヤマノベロジステック」というのがオヤジの会社の名前で、輸送業務の色々を行っていたらしい。

 商売に関しては当然門外漢もんがいかんの俺などが商売がうまくいっていたかなんて判るわけも無くて、それでも弁護士のサナエさんという32歳のひたすら綺麗な女性がまるで母親のように世話を焼いていてくれたから、そうした人が居てくれるほどには儲かっていたのかもしれないな。

 まぁ、それも大人になってから振り返れば、おかしな話ではあった。

 業務上のトラブルに対応するために側に居てくれただろうサナエさんが俺と一緒に毎日のように夕食を共にしていたなんて、そう言う理由しか思いつかないだろう。

 結果、オヤジが失踪してからサナエさんは一度たりとも我が家に来ることは無かったし、失踪後に様々な手続きを手伝ってくれた際にもとても信じられないほどに事務的な対応だったものだった。

 そうして、キッチリと投資対効果を回収したサナエさんは俺が高校2年になると共に俺の前から去って行ったのだった。

 やり直すなら早い方がいいに決まっているからな。


 高校生活も可もなく不可もない日常で、俺が選んだ都内の工業高校で自分の興味に埋没するだけの日々を送ることができた。

 ヲタ系の奴らが多かったのは俺としては俺の日常生活に興味のかけらも示さないような奴らの集団であったことで、返って幸せだったものだ。

 それぞれが自分の事しか興味もなく、得られる知識や技能には関心を示すものの、他人に対しては全くの興味を示すこともなく、結果的にイジメやお節介などを受けることもなく、とてもありがたいモノだった。

 サナエさんが自分の投資に対する利潤の追求を一般的な範囲内で満足してくれたことで、俺の手元に残された遺産やお金と言った部分がそれなりだったこともあり、大学を卒業するまで生きるに困ることが無いほどにはお金を持っていることができたのだった。

 オヤジの会社は他人の手に渡り、俺の身分を今後保証してくれるような人はいなかったが、それでも俺自身が困ることは全くと言っていいほどになかったのだ。

 三者面談の時にも先生は俺だけしか居なくても特に何を言う訳でもなかったし、成績もそれなりに修めていたので大学を選ぶときに推薦を底上げしてくれたりとメリットも多かったしな。

 何となく暮らしていけるという、幸せな時間を享受できたのはオヤジのお蔭と言うよりないが、毎日が何とはなくにも過ごして行けたモノだった。


 この、何となくと言う日常が無事に過ごせては居たが、誰に相談することも出来ない悩みも一つはあった。


 その道の人と比べればずいぶん遅いスタートを切った部活動。

 特にそうしなければいけないという訳ではなかったのだが、中学から始めていた剣道を高校に入ってからも続けていた。

 自分に合っていたか、向いていたかは全く分からないが、負担に思うこともなく続けて行くことができたからこそ、段を取るほどにはなっていられた。

 試合の類もたくさん経験できたことで集中力と周囲を観察することを覚えたし、駆け引きにも強くなることができたと思うのだ。

 オヤジは仕事の途中で周りの連中が見ている前で消えたそうだ。

 石川島○磨重工業の偉い人たちの見ている前で、運搬中の荷物と一緒に忽然と姿を消したのだと。目撃者も居なければきっと、誰も信じることなんてない様な話だったが、その会社の重役連中や特別に護衛につけていたSP。その前後を警備していた警察車両に自衛隊の護衛車両などの見守る中で消えたトレーラー5両の中にオヤジも乗っていたのだ。

 誤魔化しようもない様な状況の中で消えたことで裁判所に提出する書類などの殆ども国から提出され、俺には詳しい話の一つもなかったほどだった。

 輸送を依頼していたという会社から見舞金が貰えたり、どこだか判らない国の機関からも見舞いのお金が支払われたが、気味の悪いと言ったらない話だ。

 「国家公安・・・?」なんだっけ?と、国防なんとか審議委員会?ちがうか?とかなんとかいう組織の人達だった。

 自宅に関連の書類などがあれば引き取りたいと言ってきたのだが、殆ど自宅で見たこともないオヤジが当然ながら自宅には何も置いておらず、やってきた人たちの好きにさせたのだが、希望の物は無かったらしい。

 そんな国家単位の怪しい連中がやって来るほどの仕事をしていたとは知らなかった。

 今日も部活で遅くなってしまったが帰りにスーパーにより、値引きのシールが貼られた野菜を避けて自分なりに何年も培った選別眼を発動し、満足できる買い物をする。

 運動量が多いからか、豚肉は欠かせない。

 他にもいくつか気に入ったものを買って袋に詰めて帰るのだが、レジのおばちゃんやお姉さんはもうすっかり馴染になってる。

 中学に入る前からこの店に通い、一人で買い物をしているんだから、お店の人全員にきっと覚えてもらえているのだろう。

 ポイントカードの溜まったポイントで鍋やかき氷の機械を貰ったりもしたし、ポイントの倍付けも良くしてもらったりしている。

 「早く彼女でも作らないとねぇ。」

 そう言うのはこの店の店長と言うお母さんだが、通い始めた時から世話を焼いてくれている。家庭の事情も良く知っており、俺が自炊していることも良く把握してくれていて、惣菜そうざい物の作り方なんかも教えてくれたものだ。

 それが切っ掛けで台所に立つようになり、和洋中殆どの調理を自分なりに経験してみて、どうしたらその味になるのかなんかも高校生にはあるまじき量の知識となっていた。

 将来はそんな仕事をしてみるのもいいかもしれない。

 店を出てから20分歩き、郊外の一戸建てへと帰り着いた。

 当然誰が待っているわけでもなく、いつまでたっても誰が帰ってくるわけでもない。

 こんな戸建ての家にずっと一人で暮らすのも効率が悪いような気はするのだが、この家のローンもオヤジが死んだことになって無くなってしまい、煩雑な手続きなんかもサナエさんと、さっきのどこだか思い出せもしない国の機関が済ませてしまっていた。

 国が積極的に係わる俺の日常と言うのも非常に尻の座りが悪いのだが、殆どの手続きが俺のあずかり知らないうちに滞りなく済んでおり、気持ち悪いと言ったらないのだ。

 買い物を冷蔵庫に仕舞いこみ、着替えと風呂を済ませた。

 テレビはほとんど見ることもないのでそのまま台所へと入る。

 米を炊き、出汁ダシを取って豆腐と油揚げの味噌汁を作ってから、空芯菜くうしんさいとニンニクの利いた炒め物に豚のコマを使い、体を癒すメニューにした。

 これはオヤジも好きだったベトナムで食べた味だ。オヤジの仕事でついていったハノイのムーンビューホテルで出され、毎日俺はそればかりを食べていた気がするが、それほどに気に入ったメニューだ。

 ホテルで出されたモノは空芯菜のニンニク炒めだったのだが、豚肉を入れることで体を育てるメニューになる。

 竹刀を持って打ち合うだけでなく、基礎体力を高めるためのメニューなどをこなすと体がこれを求めるんだよ。

 一応は男女共学ではあるが、俺のクラスには女子は3人くらいしかいないし、多少ニンニク臭かろうが、俺にとってはとても大事なメニューだ。

 もう一品はサバの味噌煮。これもサバを捌くところから始まるわけだが、作り慣れた逸品だからか、目を瞑っていても出来るだろうか。

 2、3日分にはなってしまうが、これも好きだし作りすぎても残ることは無い。

 何年もこうして一人メシを続けているからか、自分の料理に冷静に自己評価を加えながら次のメニューを考えたりして、将来は調理師しかないだろうと時には思う事もあった。


 自分の部屋に戻り、宿題を済ませると少しばかりの緊張が始まる。

 あとは明日に備えて眠るだけなのだが、これがただでは済んでいない。

 目覚めると全てを忘れてしまっているんだが、夢を見ているらしい。それも内容をよく思い出せはしないのだが、毎晩見続けるその夢は次第に断片の量が多くなり、つなぎ合わせることができるようになり始めている。

 たぶん、ここではないファンタジーの世界。

 ここへ旅立つようになって随分と経っていると思うんだよ。まるでゲームの世界のようで、魔物は居るし剣と魔法の世界なんだ。

 そこで一人の少女と出会う事になったんだ。

 こげ茶の髪を伸ばし、朱色の瞳をした可愛い少女だった。

 でも、その子の家庭の事情と言うのもまた複雑らしく、少女は小さなうちから随分とスパルタな父親のお蔭で、日々が訓練と言った感じに見受けられる。

 10歳くらいにしか見えない少女が、泣きながら大ぶりの剣を引きずって走る姿はとてもではないが見ていられないほどの過酷なものだった。


 これが「誰に相談することも出来ない悩み」なんだよな。

 見てるだけで可哀想で、手を貸したくなるのだがそれもしていいのか判らないし、どうやったら助けてやれるのかも判らない。

 あんな剣をわずか10歳ほどの女の子が持つなんてこと自身が無謀としか思えないんだよ。

 ズルズルと引きずって、見るからに嫌そうにしているんだが父親がげきを飛ばすとビクッとしたように飛び上がってまた走り出すんだ。

 見てられない。そんな感想しか持たず、周回するコースの父親の目の届かない処へと自分が移動して、少女を見守る。

 フラフラになってやって来る少女も目の届かないところに来たせいか、歩みを緩め愚痴をこぼすようにする。

 「もう!こんな重いの持ってられないもん!」

 投げ捨てるように剣から手を離し、草むらをベットに仰向けになってしまった。

 ここで時間を潰せばまた父親に叱られるだろうにとも思うのだが、少女にとって父親の目が届かないここだけが唯一の休憩を取ることのできるささやかな場所だったんだろうと思う。

 大きく息を吐いて休憩を始めてしまう少女だったが、俺はそれさえもハラハラとしてしまう。時間が掛かれば父親が訝しむだろう。

 そうなればまた叱られるんじゃないか?

 そんなことになればまたこの子は傷つくだろう。

 「なぁ、そろそろ行った方がいいんじゃないか?」

 つい、そう声を掛けてしまったがそれが聞こえるのかも知らない。

 だが少女は驚いたようにして身を起こす。

 「誰かいるの?」

 俺が見えないのだろう少女は、驚きと共に身を起こす。

 「早くいかないとまた怒られるんじゃないのか?」

 「だれ!?なんでそんなこと言うの?もう、歩けないんだもん。」

 「俺が手伝ってやるから。」

 少女の横に投げ捨てられた剣を拾い上げる。少女からしたら声は聞こえるが姿の見えない俺と、宙に浮かびだす剣に驚きしかなかったと思う。

 浮かんだ剣に手を伸ばそうとした少女の手を取り、引っ張り上げてやる。

 「うひゃぁ?」

 得体のしれないモノに手を取られ、剣と共に立ち上がることになった少女にしてみたらそれはビックリしかなかったかもね。

 それでも手を貸してやりたくなったんだからしょうがない。

 少女の背中に着いた草を払い、背中を押しだすようにすると何が何だかわからないという表情をしながらも一歩を踏み出し始めた。

 少女の手を取ったまま、俺が剣を持ち、二人で駆けだす。

 自分と繋がれている手が見えなくても引っ張られるように連れられているからその存在を全く感じられないという事もないだろう。

 俺に付いてくるように少女が走る。

 剣は俺が持っているから重くはないだろう?

 見てられないから手を貸す。貸したからには苦しむだけじゃないようにしてやりたかったし、それが何を成すためにしていることかは判らないけど面倒を見てやりたかった。


 ガラガラと引きずるだけだった少女よりも溌剌はつらつとしてくれた方が気持ちがいいに決まってる。

 それからと言うもの、毎日のように少女の訓練に付き合うようになった。

 俺が眠りにつき、彼女の元を尋ねるとちょうど訓練が始まるときなんだが、あの日から毎日のように彼女の元を尋ねるようになると、少女も俺を受け入れているのか見えない俺にもまったく警戒を示さない。

 すぐにも俺に剣を渡してくるのもそうなんだが、繋いだ手を離そうともせずに駆けだすんだ。

 この子にしたら目に見えもしないような誰かが側に居るのも気味が悪くないのだろうか。そう問うとこの少女は何でもないことのように言う。

 「なんで?せっかく手伝ってくれるんでしょう?」

 その重いのもちゃんと持っててよね?いい笑顔で言われると断りようも無いんだが、俺をエスコートするように走り出すんだ。

 まるで俺が見えているかのように振り返って微笑む。

 そして俺の右腕に感じる何かの合図のような熱量。この剣には何か秘密があるのだろうか、持つだけで訴えかけてくるような気がする。

 「この剣は何なの?重いけど、重くない様な感じもするんだが。」

 「それ?風の元素が籠められた剣なんだって。認められたら軽くなるって聞いてるけど、ワタシ全然その剣と仲良くなれないんだ。

 だって長いんだもん。それに重くて長いんだもの。」

 「うん?長いのが嫌なのか?」

 「わかんない。」

 う~ん、なんとなく要領を得ない意見を貰ったが、この子が剣に認められて使いこなせればいいのか。

 剣を構えさせるとその重さで剣先が上がることは無い。

 うんうんと唸るばかりでその重さに抗えていない。

 「ちょっと貸してみて。」

 俺が剣を受け取ると、その剣は決して重くはない。と言うか、さっきと比べて軽く感じる。

 俺が認められてもしようがない訳だが、剣に対して思うところが無ければそれだけでも重量軽減の効果があるのかもしれない。

 「うん。少しわかった。」

 「何が判ったの?」

 「あのな、この剣のことを好きになる具合で軽さが変わるんだよ。嫌いだと思うほどに重くなって、大好きになるほどに軽くなるみたいだ。」

 「ほ!ほんとう!?」

 試してみようという事になった。

 いきなり手に持たせずに、俺が持った状態で剣をよく見てもらう事にする。

 「よく見てごらん。大きくて長い剣だが、と言う事は近づきたくない敵と遭遇した時に離れて攻撃できるって事だ。」

 「うん。」

 「剣の横に描かれているレリーフは何の模様だろうね。緻密に創りこまれたこれはちょっとした芸術品のようにも見えないか?」

 「風の紋様だって聞いたよ。それがあるおかげでこの剣は風の力を秘められているんだよ。」

 「ほう、凄い剣なんだな。じゃぁ、この模様の一つ一つに意味があるんだろうな。」

 それからもこの剣のいいところ探しを二人で続けた。

 どれだけの時間を使ったか判らなかったが、少女の剣を見る目が少し変わったように思うタイミングで剣を持たせてみた。

 「また重かったら俺が持ってやるから、一度持ってみるといいよ。いいところがいっぱいあることも判ったし、ちょっとは見方が変わっただろ?」

 「うん。ちょっと凄い剣かもしれないって思った。」

 じゃぁ、と剣を少女に渡してみる。

 少女の顔色がみるみると変わっていく。

 「ねぇ、重くないよ。剣が重くないの。」

 身に余りすぎる長剣を八相はっそうの構えで正面に据える。

 ゆっくりと上段に構えさせる。またゆっくりと振り下ろすようにさせてみる。

 「できる!剣が思うとおりに振れるよ!すごい!」

 気分が乗って来ると増々その重さを感じなくなるようで、素振りを何度もやって感覚を確かめているようだ。

 本当に嬉しそうに大剣を振る姿は、出来なかったことができるようになった満足感で溢れている。こっちも見てて気分が楽しくなってくる。

 「もう、続きを走らないと叱られそうだよ?」

 「あ!そっか、忘れてた。ねぇ、これワタシが持って走ってもいい?」

 「もちろん。もっと仲良くなるといいよ。」

 右手に剣を持った少女が俺を急かすように走り出す。

 その瞬間、ほんの一瞬だが剣が緑色の燐光を纏ったような気がした。


 剣に認められつつあるのだろう、少女が軽快に走るのは剣から加護を受け、身体能力が加速されているからなのだろうと思うようになってきた。

 いつまで走っても一向に疲れる様子もなく、軽やかに走れるようになっている。

 剣で戦う訓練も始めてみたが、大剣を使わせると斬りあうために俺にも鉄の剣が要るので、木で作った木刀を使う事にしている。

 基本的な構えなんかは剣道のモノを教えた。そして駆け引きと気の配り方。

 剣道と違う点は相手を斬るための剣だという事。

 スポーツではなく相手を斬り、戦闘力を奪う必要がある。時には相手を斬り殺すこともあるだろう。

 そうした時の気構えも二人で話し合ってみた。

 剣と魔法の世界であるからには相手が魔獣だったり殺意を持った人間だったりするだろう。そうした相手とまみえる時にどこに注意するべきか。どのような攻撃が有効かなんかも相談した。

 10歳の子供に教えることじゃないのだろうが、それは俺の世界で暮らす限りは必要のない事であっても、この世界では生き抜くために必要な技術となるかもしれない。

 どんな獣や魔物が居るのか聞きながら、それらと出会った時にはどうしたらいいか。殺意を持った人間が相手だったらどうしたら良いかなどを二人で相談しながら剣技を磨かせた。

 それでもまだ10歳と言う幼い少女にすべてに注意を払って、全てを見ろと言うのも酷な話だと思うのだ。

 この家族のひらいた土地に獣が現れるようになり、育てている野菜などに大きな被害が出ようとしている。

 冬を控えて致命傷にまで被害が拡大しないようにとお父さんとお母さんが害獣駆除を目論み、果敢にも挑んだらしいが、障壁魔法しか使えない二人には正直荷が重かったのだろう、防戦一方となり、撤退も危うくなっている。

 いよいよとなれば俺も参戦して棒切れでも攪乱ぐらいはできるだろうと身構えていたのだが、俺の脇を少女が駆け抜けていった。

 「バカ!もどれ!」

 「パパが!ママが危ないよ!」

 抜剣した風の加護のある大剣を右手に流し、恐ろしいほどの勢いで少女が駆けて行った。

 俺もあわてて後を追い、背後を守る。

 初撃は少女からだった。一目散に猪の群れに向かい駆けて行き、猪の突撃を上手くいなすと同時に剣を振りぬいた。

 その剣は前足二本を刈り取り、突っ伏した獣は立ち上がることも出来ずに地を這いまわった。

 勢いを緩めずに群れの中に躍り出る少女。

 なんて無茶をするんだと舌打ちをしながら、少女の背後に回る。

 冷静に周囲を確認しているようで、夜のとばりの降りたこの時間帯では全てを見切ることはできていない。

 前からくる猪の前足をもう一度狙う間に背後からも迫る猪が居た。

 飛び上がる猪が少女の背中を狙うが、俺が鼻先を押さえ、勢いを逸らすとたたらを踏んで猪が少女の前に背中を晒した。

 冷静に後ろ脚を狙い、剣を横に薙ぐ。太い腿をものともせずに剣の刃が巨体を討ち払った。

 目視で見える猪は3頭だが、気配は5頭いる。

 「まだ数が居る。残りは5だ。」

 「うん。わかった!」

 真正面に居る猪と交差するように目の前を横切ると、再び前足を切り飛ばす。

 そのすきを狙う背後からの猪を俺がまた鼻先を殴りつけて勢いを殺してやると少女の目前に背中を晒す。

 刺突によって腹を抉られた猪が絶命し、瞬時、剣が止まった。

 二頭が同時に前から襲い掛かってくる。

 「左をやれ!」

 迷いもせずに左の猪の前足をはねた。俺は右の猪の横面を左から殴りつけ、蹴り飛ばす。

 尻を向けて走り出そうという猪の後ろ脚二本が根元から切り飛ばされる。

 「うまいぞ!」

 「うん。」

 残るは二頭のみ。それも正面から同時に突っ込んでくる。

 少女が背を低く構え、剣を右半身に精一杯ひねり、走りながらバネを戻すように切り出した。

 瞬間、剣に緑色の燐光が纏いつき、剣速が上がった。

 右の猪の顔面が割られ、通り過ぎた剣はそのまま左の猪の額も割って見せた。

 「よくやった!」

 「できた!」

 二人が同時に叫んで、成果を喜んだ。

 両親を見やると父親が俺の方を向き、会釈をしてくれていた。

 礼のつもりなのだろうが、俺が見えていたのか?

 それでも駆け寄った娘を抱きしめ、頑張ったことを褒めてくれていた。

 俺に視線を寄こし続ける父親に、俺も会釈を返すと父親は表情を緩めて娘を掻き抱くようにしている。

 満面に喜びを現した少女を褒めたたえ、その成長を喜んでいるようだった。


 それからも暫くは訓練に付き合い、剣の腕を上げることに多くの時間を割いたが、風の剣に認められた少女にとってどのような訓練さえも、辛いことは何もなかったようだった。

 この少女と付き合ったのは都合、半年ほどだっただろうか。

 秋の大会が近づき、自分の訓練が激しくなると夜は泥のように眠るようになり、そんな夢路に旅立つ機会も減り、その後に大学受験が近づくと増々深夜の時間帯に起きていることも多くなる。

 それであの、剣と魔法の世界をいつの間にか思い出すこともなくなり、少女のことを思い出すこともなくなっていた。


 大学の4年間を殆ど無為に過ごした俺は平凡なサラリーマンになり、食材を求めて東奔西走する仕事に就いたが、その一年後にこの世界に別れを告げた。

 見たこともない様なファンタジーの世界に紛れ込み、剣と魔法に明け暮れても思い出すことが無かったのだが、オログ=ハイに出会い、その巨漢を屠った少女と出会ったところから、俺の真の冒険が始まることになる。

 「あのぅ、ちょっとよろしいでしょうか?」

 「うぁあ!?」

 朱色の双眸で俺を覗き込む少女の素直に伸びたこげ茶のストレートヘアは俺に不思議な懐かしさを届けてくれるのだった。

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