【第111話】SS 魔法使いと魔術師
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私が魔術師としての大成を得たのは忘れられない魔法使いが居たからなの。
まだ魔術師としてほんの駆け出しだったころの話よ。
生まれながらに素養があったかは判らないけど、幼年学舎を卒業するころには万物の理を知るようになっていたらしいの。
自然の中で遊び呆け、仲の良い友達がたくさんいた私は姿隠しの遊びや鬼追いの駆けっこなどを通して野原や林の中に溢れる力を感じ取るようになっていた。
木の根そばに落ちている石ころの一つから意志を感じ取り、芽吹き始めたばかりの若葉からその大志を読み取っていたわ。
森羅万象に宿る全ての息吹を理解して、その助けを借り、触媒を持って力を具現化する。
魔術師とは自身の中に眠る力を呼び起こし、事象に干渉する力は持たないが、周り中に存在する生きとし生けるものから力を借り、事象に干渉することを成し得る。
つまりは、自分自身に魔力はそこそこしか持たないものの、形あるすべての者から力を借り、世界に干渉する力を制御する者たちのことを言うの。
各人には相性の良い触媒が必要で、それは魔力を帯びたオーパーツと言われる古より伝わる遺品が用いられる。
遺品と言うのは古代の遺跡などから掘り出されたり、由緒ある家系に伝わっている伝来の貴重な品々なのね。
自然の声を聞き、遺品を手にする者が魔術師となり、魔法を行使する。
私はその色々な条件に恵まれていたのだろうが、注意力の散漫な性格が辺りへの興味を呼び起こして耳を育て、生家に伝わっていたという一つの腕輪を持つことを許されたから。
先祖伝来のその腕輪は本当のオーパーツを遥かなる祖先が模倣し、長年守り育てたことで力を蓄えた人造の遺品であった。
私、ルイーザは、ルイーザ・フォン・トゥルン・ウント・タクシス(18歳)は17歳になる前にはタクシス子爵家に於いて唯一の魔術師としてその遺品を継ぐに値すると認められたのよ。
まぁ、少しばかり我儘な性格だったかもしれないのだけれど、それを咎める者も居なかったし、何の自覚もなかったわ。
だからこその「森林の暴姫」という全く納得できない通り名を頂いていたし、遠巻きにしか私と接しようとしない執事や家令にも好き勝手を働いてきたのよ。
だって、それを許される身分を持っていたのだもの。
対する魔法使いと言うのは、その身に膨大な魔力を宿し、持てる魔力を頼みに事象に干渉し、魔を祓ったり、調伏する者を言う。
自然に由来する魔力を有する者や、聖霊に属する系統魔法に長けた者などが存在しており、修練を繰り返すことで魔力総量を増やす者も居れば、一点突破とばかりに取得した魔法の威力のみを成長させる者がいる。
広く浅くと適性を広げる者たちもいるには居るが、そうした連中は大概が秀でた能力を持つには至らない場合が多い。
所謂器用貧乏と言う奴だと思うのよ。
遺品を持つに至る魔術師は魔法使いを羨むようなことは無いが、お互いにお互いを何となく敬遠するモノだった。
これで魔術師と魔法使いの違いを理解してもらえたかしら。
私は、魔術師として自然由来の魔術を行使してこのコウトウの町々を守る仕事を続けていたわ。
山間部にオークが現れれば針葉樹の力を借りて鋼鉄にも引けを取らない槍を作り上げ、全身隙間なくその槍を突き立てて倒してやり、傍若無人に海を荒らすシーサーペントが漁師を困らせれば、気象に働きかけて海水の温度を凍結するまで下げてウミヘビの氷漬けを作って見せた。
こうした働きを認められて、普段から我儘に暮らしていてもそれを誰も咎めようとはしなかったの。
そう、あの叙任さえ受けていない公爵が現れるまでは。
些細な仲間たちを引き連れ、クノエから来たというその若者は海軍に宿を取っているらしく、どうしてその様な事が可能なのかは判らないが、軍属と親しくしているらしいのだ。
最初は事情も何も知らないモノだから、海軍に関係する若い男と幼そうな女の子が仲間たちと旅をしているのだろうと。
何かの理由で軍の厄介になっているのだろう。そんな程度にしか認識していなかった。
しかし、その連中が明らかにおかしいと思い始めたのは、ある時、私が受領した山間地でのオーク4頭の討伐と、漁港周辺に山林から降りて来たらしいフェンリルが数頭出没して、人を襲っているという緊急依頼とがバッティングした時からだった。
私は既にオークと戦闘状態になっていたためにその場を離れるわけにはいかなかったし、私を呼びに来た冒険者ギルドの担当官はハッキリ言って足手まといになっていた。
腰抜けの担当官に罵声を浴びせながらオークに攻撃を加える。
珍しく連携を取るような動きを見せるオークを躱しながら担当官を引きずって逃げる。
いつも以上に手を焼きながらオーク3頭をどうにか始末し、もう担当官を見捨ててフェンリルを討伐しようかとも思ったのだが、残っているオークが思いの外に強くて、そこから更に四半刻ほど腰の抜けた担当官を蹴り飛ばしながら戦闘を続けた。
最後のオークを岩のつぶてで足止めし、大岩の下敷きにしてトドメを刺すことができた。
「ほら!次行くわよ!!」
担当官を放っておいて、麓まで駈け下り、待っていてくれた馬車に飛び乗ったの。
担当官の乗ってきた馬車はその場に置いて漁港まで矢のように馬車を飛ばした。
フェンリルは魔素を蓄積させた狼が魔獣化したもので、凶暴な上に知能が高い。駆け引きも重要な要素になる上に、長時間の戦闘になることもしばしばある。
放置してきた担当官によれば、現れたのは2頭で、どちらも相当に大きいと言う。
長く魔素に曝されて凶暴化しているのだろうと思う。元が狼だけに群れで行動することが多く、囲まれると厄介なのよ。
2頭しかいないのであれば、もちろん私一人で十分に対処できると思うが、オークと比較して十分に格上以上の厄介な相手だ。
周囲に気を配りながら、気配を探るが何も感じられず、村の雰囲気もどちらかというとのんびりしているように思う。
フェンリルが出た村とは思えないほどだった。
小さな漁船が数隻停泊している港が見えたが、年寄り連中にも緊張感が無く、イベントの後始末をしているような雰囲気だった。
勢いを殺さずに駆けこんだ私だったが、目の前には綺麗に燃えてしまっている獣の死体と、腹から下が二股に切り開かれ、内臓をぶちまけているフェンリルの死体があって、どうしたものかと相談中の村長たちにそれらが取り囲まれているところだった。
「どうしたの!?そいつらが村を襲ったフェンリルなの?」
「ああ、子爵様のお嬢様。そうです。こいつらが村を襲ったフェンリルでしたが、ご覧の通り討伐されてしまいました。」
「そ、そう。良かったわね。それで怪我人はいるの?」
「サマスんところの嫁がフェンリルに噛まれまして、左腕を喰いちぎられましたんでさ。」
うげぇ、千切れた腕をつなぐなんて出来るわけが無い。
ご愁傷様としか言えはしないが、取り敢えずどこかの冒険者が討伐してくれたようだった。
「それで他の人達は大丈夫だったのね?」
「はい、そいつはもう。サマスんところの嫁もぴんぴんしてまさぁ。」
どういう事よ。
いま喰いちぎられたって言ったじゃない。
「意味が分からないわね。どうなって、こうなってるのか説明しなさい。」
漁から戻った数隻の船の、今日獲れた魚の水揚げを村のみんなで仕分けしたりしているちょうど昼前ごろ、港道に並ぶ漁師たちの家々の方から悲鳴が上がったそうだ。
何事かと漁師たちも駆けつけると、人の腕を咥えたフェンリルが道に出てきて、村が大騒ぎになった。
腕を喰われたのはサマスという30代の漁師の嫁だそうで、生きてはいないのではないかとみんなが思ったそうだ。
戦う術のない人たちにすれば、フェンリルなんて一頭でも村が全滅するような魔獣だ。
それが奥からもう一頭現れ、大混乱になった。
村長が冒険者ギルドに使いを出し、間に合うかは自信が無かったと言うが、腕に覚えのある漁師たちに畑仕事用の鍬やピッチフォークを持たせて、牽制だけしながら時間を稼ぐつもりだったらしい。
二頭のフェンリルと対峙しながら、サマスの嫁の容態も気になったという村人たちの後ろから「お困りですか?」と声が掛けられ、この非常時にと全員が振り返るとそこに若い男女が立っており、手に魚を入れる笊を持っていたという。
多分、夕食にでもしようと漁港まで魚を買いに来た者たちだったのだろうが、今はそれどころではない。
「見りゃ、わかんだろ!」そう罵声を飛ばして追い返そうとしたのだが、その二人はフェンリルの咥えている腕を見たからか、笊を放り投げ村人たちを置き去りにしてフェンリルに向かっていったそう。
そこからは瞬時のことで誰に聞いても良く判らない。
「一頭がいきなり燃えだしたんだ。真っ白の炎に包まれてあっという間に燃えてしまった。」
「一頭が少女に飛び掛かったが、背中から抜いた背丈ほどもある長剣で腹から切り裂かれて死んだ。」
10秒ほどの出来事だったはずだと。
そんな馬鹿な?
少女が背丈ほどもある長剣を振るうのもおかしいが、フェンリルが丸ごと燃え出すなんて。
「それでサマスんところの嫁もその男が腕を生やして元気になったさ。」
それこそ、ある訳がない。
喰いちぎられた腕をつなぎ直して元気になるなんていったいどのくらいの時間がかかるか判るわけもない。そう言うと繋いだんじゃなくて「生やした」と皆が言うのだ。
リジェネレーションの魔法を使う魔法使いならそれも可能かもしれないが、大きな街の神殿なんかに居る神官クラスが何日もかけて魔力を回復しながらやっても元通りになんてならない。
ここの連中は夢でも見てるんじゃないのかと。
「私も一応そのお嫁さんを見ておくわ。」
そのサマスさんのうちを教えてもらい、様子を確かめに行くと若い女性が出てきてくれ、どうみても健常者だった。「腕を喰われたのはあなた?」そう聞くととても怖かったと。
生きているのが不思議でならず、襲われて腕を喰われた時に死んだと思ったそうだ。
ところが気が付くと腕があり、痛みも何もなかったと。
サマスさんに聞くと、喰われた腕は燃えてしまったフェンリルと共に灰になってしまい、やって来た男がリジェネレーションを使ったと。一瞬で腕が元に戻り、失った血液や魔力なんかも戻しておいたと告げられたそうだ。
礼をと告げると「魚を売って下さい。」と言われて、残してあった魚全部を持って行ってもらったというのだ。しかも、相場より高い代金を置いていったと。
二人で料理の相談をしながら、楽しそうに帰っていったのが印象的だった。と言うか、それしか印象に残らなかったというの。
イメージが全く固まらないその二人は、村長に聞くと仲良く手をつないで帰っていったと言われ、本当に判らなくなってしまった。
ただ、「また明日来ます。」と言っていたというのだから、私も明日来なければならない。
この村の人達が全員で夢でも見ていたのか、確かめたいと思ったのよ。
フェンリル二頭を10秒で始末して、千切れた腕を生やすだけでなく血や魔力まで回復させる大魔法使いが手をつないで帰っていったんだから、確かめたくなるじゃない。
身の丈もあるような剣を振るって、フェンリルを開きにしてしまう少女も信じられない。
私にはできもしないような事を簡単にやってしまい、更に恋人どうしのように手をつないで帰るようなふざけた連中が本当に居るのなら会ってみたいものだわ。
ギルドに戻ってオークの討伐報酬を受け取り、うちに帰っても胸のモヤモヤが収まることは無かった。
どうにも消化できない感情を抱えたまま、翌日を迎えるしかなかった。
昨日と同じ時間に来るかもしれないと、昼前に漁村を訪ね、自分の馬車で時間を潰しながら二人が現れるのを待っている。
手弁当にしてもらったサンドウィッチを摘まみながら水筒からカップに注ぐこともせずに直に口をつけて、紅茶を飲んでいると本当にやって来た。
男性は20歳を少し超えたくらいだろうか、痩躯と言うほどではなく逞しいながらも優しい顔つきの青年だと思う。
手をつないでいる相手は私と変わらないくらいの少女で、銀の長い髪が美しい。
よく見ると金色の双眸をしており、契約したサキュバスだと判った。一般的には見ることも少ない種族だし、こんな村の連中では見ても判らないだろうが、私には判る。
話に聞いた通り、勉強したとおりの種族だろう。
楽しそうに会話を交わしながら男性が笊を持ち、少女が笑顔をほころばせている。
一言で言ったら、気に入らないわ。
あの男性が聞いた通りの魔法使いで、あんな可愛いサキュバスを連れ歩く。
契約したサキュバスであれば、あの青年と同じように魔法を使うだろうし、その背に帯剣している本当に身長ほどもある剣を自在に使うのであれば、彼女も相当の戦闘力を持つだろう。
何もかもが気に入らない。
睨みつけるように見ていたであろう私の側を全く気付きもせずに通り過ぎ、昨日治療したサマスの嫁を見舞いに家の中へと入っていった。
幾らもしないうちに夫婦が出てきて、二人を見送りしていた。
またこっちに向かって歩いてくるが、また手をつないでいる。
いつもこうなのか?べたべたとしてやっぱり気に入らない。
気に入らないと顔に書いてあったかもしれないが、それでもこの二人は私を無視したまま目の前を通り過ぎ、漁港へと歩いていった。
漁を終えた船から直接魚を仕入れようとでもしているのだろう。
「ちょっと待ちなさいよ!」
思わず、考えもなしに声を掛けてしまったが、それで立ち止まった二人はなぜ声を掛けられたか全くわかっていないようで、少女は振り向いてこちらを見たが青年はこちらを見ようともしなかった。
「その腕輪、プラチナなんだな。」
こちらを見もせずに青年は私の魔術触媒を評した。
プラチナと言う物がどう言ったものなのかは知らないが、それを知る者がそう言うのであればこれはプラチナで出来ているのだろう。
「だったら何よ!?」
売り言葉に買い言葉でもないが、きつい言い方になったかもしれなかった。
「あんたの魔術を行使する能力にソレは向いているとは言えないかもな。魔法使いとまでは言えないかもしれないが、魔術師と言うにはちょっと魔力が強いんじゃないかと思うんだ。」
言われた意味が分からない。
この青年は私が着けている触媒が私の持っている力に足りていないというのか。
すれ違っただけでそんなことが判るものか。
「気に入らない」が明確に「嫌い」に変わったかもしれなかった。
「あなたが何を言っているのか判らないわ。」
「ソウタさんはあなたが行使する魔術にその触媒は役不足だと言っているんですよ?」
初めて少女が口を開いた瞬間だったが、辛辣とも思えるその言葉は私の中に染み入ってきた。
それを認めることができないのが、私なんだろう。
自分でも少しは判ってた。触媒を通して実行できる事象への干渉がこれだけしか出来ないのかと、常々に思っていたから。
それを言い当てられて面白くないだけだという事も心ではわかっているの。でも、それを素直に認められるほど育ちも良くないのよ。
「あなたがそこまで言うのなら、試してみたらどうなの?魔法使いが魔術師より優れているという訳でもないでしょう?」
「ああ、もちろんそうだよ。魔法使いと魔術師を優劣で判断するのは間違ってると思ってる。
だがね、お嬢さんがその身に秘めている魔法量に対してはその触媒は必ずしも適切だとは思えない。と、言っている。」
断定するように言い切っているのがやっぱり気に入らない。
これはもう、生理的な不一致としか言いようがないと思うのよ。どこまで行っても平行線だわ。
「判ったわよ。そうまでいうのなら私の腕輪、試してみるといいわ。失礼だけど冒険者のランクはどのくらいなの?
ちなみに私はAランクよ。」
待っても返事をしようとしない。
「ちょっと、聞いてるの?ってか、こっちを見なさいよ。」
「ああ、ごめんな。俺はランクはBだ。こっちはCだよ。」
「はん?それで私にとやかく言うなんて大したものね。」
「私もソウタさんもレベルは10です。ランクは冒険者ギルドが決めるモノで、レベルは自分の内にある実力ですから、ランクだけでは判りませんよ?」
「なっ!?レベル10ですって?」
「はい。ソウタさんと契約してから二人とも10になったんです。」
そうだ。サキュバスは契約者と契約を交わすとレベルが10になるんだった。それにしてもこの男も10なの?
レベル10の魔法使いが二人もいるなんて。私が努力してたどり着いた今のレベルは4だ。
そうであればこの余裕も判るわ。サキュバスの少女が言うように、ランクは冒険者ギルドが討伐の履歴を評価して決めるだけのいわば表面的なもの。
対してレベルはこの世界すべての人が内に秘めたウソの付けないパラメータであり、神の定める実力値よね。そしてその最大値が10。
「そっちのサキュバスはあんたの魔法を全部継承してるのよね。あんたはどんな魔法を使うの?リジェネレーションを使ったのは聞いたし、フェンリルを燃やしたのよね。
聖魔法と火属性を使うのかしら?」
この時、初めて男が振り向いた。いい加減に失礼を我慢する限界が来ていたのだが、振り向いた男の表情は厳しい物だった。
「俺は全部の魔法を使う。それより気配が判らないのか?」
男が何を言っているのかは良く判らないが、全部?四大属性魔法も五大精霊魔法も全部?レベル10で?そんな人なんてこの世に居るの?
呆気に取られていると少女が背中から剣を抜いた。
青黒い光を放つその大剣は刃渡りが本当に少女の背丈ほどあるが、薄く燐光のような緑色の光を纏っており、風魔法を発動しているように見える。
「なんなの、それで私とやるっていうの!?」
「フィア、あそこに火の見櫓が見えるか?」
「はい。」
「半鐘を鳴らして村人を港に集めろ。」
「お任せください。」
こっちの話なんて聞いてもいない。
睨みつけようとした瞬間、目の前から少女が消えた。
すぐに背後から半鐘の鐘が鳴り始め、各家から住人たちが飛び出してきた。
男の声がウィンドウィスパーで拡声され、辺りに響き渡っている。
「魔物の大群が来てる!港に急いで!!」
え!?何を言ってるのよ、どうしてそんなことが判るの?
昨日のことを覚えているからか、村人たちは疑う事もせずに魚を仕分けたりする建物へと必死に集まってくる。
村長が慌てた表情で男の元へと駆けつけた。
「ソウタさん、どうしたんだ。魔物って多いのかい。」
「間違いない。フェンリルの群れだ。50は居るぞ。これで全部か?」
一人一人の顔を確認して村長が男に頷く。
男は全員が居ると知って安堵したようだが、こっちは全く安心できない。
だって50頭のフェンリル?バカでもわかるムリゲーだ。一度に襲ってこられたらどうしようもないじゃない。
こいつらがいくら優れた魔法使いだったって出来ることと出来ないことがあるわ。
何人生き残ることができるか。
「デストロイウォール!」
男は詠唱もなしに魔法を発動した。
眩い光を発しながら薄膜のような障壁が建物全体を覆うように張り巡らされ、私たちの避難した魚の仕分け小屋を広く包み込むように。
薄膜の表面を虹のような光が動いているのが判る。つい、触りたくなってしまい、指でつつくと簡単に向こう側に突き抜けてしまった。
「ちょっとあんた!この障壁大丈夫なの?」
見るからに頼りないこの薄い膜はフェンリルの攻撃に耐えられるとは思えない。
山側の家々の間からぞろぞろとフェンリルが出てきた。
ダメだ。こいつの言う通りとんでもない数のフェンリルがこの建物を目指して集まってくる。周囲の様子を探るように、数頭ずつの群れが互いの得物を牽制しあいながら低い唸りを上げている。
障壁の向こう側を取り囲むに十分な数の大きなオオカミたちが、充血した眼でこちらを睨みつけ、どれが旨そうかを吟味しているようにしか見えない。
四頭くらいまでなら私一人でも何とかして見せると思っていたのだが、この数はもう、何をしても無駄だとしか思えない。
この頼りない障壁もきっとすぐに破られる。あいつらの爪や牙は魔獣化した時点でただの爪や牙ではないから。
体格の小さな方、若い個体だろうか数頭が我慢できなくなったのか低く構えてから飛び掛かってきた。
咄嗟に自然の力を借りて障壁を出そうとしたのだが、頼りなく見える障壁を突き破ろうとしたフェンリルが障壁に触れた瞬間、白い光が強く輝きフェンリルが貫かれた。
ゴギャア!
障壁から聖魔法が繰り出され、ラインが迸った。
次々と打ち出されるラインの真っ白な光が一瞬で5頭のフェンリルを貫き、その光を身にうけたフェンリルが燃え出す。
「なんなのこれ!?」
障壁が攻撃するなんて聞いたことが無いわ。
男も少女も何の構えもとってはおらず、障壁に絶大な信頼があるのだろう。
この障壁の大きさと言い、攻撃してくる相手に対して反撃する万能さと言い、自分を基準にしたら負けだとただ、呆れた。
少女と男が何かを話し合っているようで、吠えかけるフェンリルがうるさくて聞こえないと二人に近づくと「俺は30頭くらい?」「ええ?私20頭も斬るんですか、ソウタさんもう10頭くらい追加で!」なんて聞こえた。
何の相談よ。
私に気が付いた男がまたとんでもないことを言う。
「あんた10頭くらい行けない?」
緊張感の欠片もない会話は誰が何頭屠るかの相談らしい。そして簡単なことのように私にノルマを課せようとする。
「でも、さっき障壁のカウンターで5頭死んじゃいましたよ。こちらの方には5頭受け持ってもらったらどうでしょう。」
「じゃぁ、5頭でいいか。いくよ!」
「はい。そちらもお気を付けて。」
え?え?え?なに?
私の返事を聞きもせずに障壁の向こうへ疾風のように二人が飛び出していった。
少女が一閃するたびにフェンリルの体が切り取られ、情けない悲鳴を上げながら首や胴が宙を舞う。
男が右手を上げると紫電が走り、一気に10頭ほどの体を雷鳴と共に稲妻が突き抜けた。
少女の手からもウィンドカッターが放たれ、何倍も大きなフェンリルの体を細切れのようにして見せる。
男の左手から闇のような光が広がり、5頭ほどのフェンリルが覆われると霧が晴れた時には骨だけになっていた。
崩れ落ちる骨が虚しい。
地を這うように疾走する少女が通り抜けた後には上下に分け断たれた動物の死骸が積み上がり、約束の10頭をとうに超えている。
男の向かう先に次元断層が口を開け、20頭は一度にどこかへ落ちて行った。
下手な茶番劇を見ているような有様に呆然となっていた私だが、無意味に課せられたノルマを思い出し、障壁を飛び出していた。
血臭と臓物の撒き散らす腐敗臭が辺りに満ちており、眉をしかめるが数頭が私に気が付いたようで飛び掛かってくる。
左腕の腕輪に右手を触れ、詠唱を開始する。
「地を統べる神々の片腕となり、悪神百鬼を祓い奉る。祖は充溢の力を解放せしめ剛腕を振るいて邪を磨り潰す者なり。
天からの報せを地に伝え、喜びを分け与え、心伝え、背くものを滅すること漏れ無くし、平穏を世に知らしめ、常世の安堵を慈しむ者なり。
超重力場!」
6頭が私の魔術の効果範囲に囚われ、体中から様々なものを撒き散らしながら押し潰されていく。
目に見えない大きな蓋がかぶさるようにフェンリルの上から圧し掛かり、地面との間に隙間なく挟み込んでいった。
「どうよ!?」
「後ろだ!!」
私の自慢げなドヤ顔を完全に無視してくれた男は、私を殺そうとでもいう勢いでバスタードソードを突き出してきた。
剣の切っ先が鈍い輝きを放ちながらスローモーションのように迫る。時間が間延びしたように感じられ、1秒が数十倍にも引き伸ばされる。
男の視線は私の背後に注がれており、剣が突然に黄色とも赤ともつかない光を纏い始めた。これは陽光斬だ。
私の左側を掠めるように剣が空気を切り裂き、私の左腕に熱を帯びた感覚が広がり始めた。
熱を痛みだと認識し始めた私の脳は左手にようやく注意を払い始め、喰いつこうとしているフェンリルが背後から迫っていたことを知る。
男が突き入れた剣がそのフェンリルの心臓を正確に貫くのと、私の左手が噛み砕かれるのはほぼ同時だった。
ギャウン!
フェンリルの悲鳴と共に私の左腕に嵌められた腕輪が簡単に砕け散った。
自分の手首が千切れ飛ぶよりも腕輪が噛み砕かれたことに衝撃を受けている。
パキンというあまりにも軽い衝撃音と共に腕輪が弾け、砕けた。と、同時に左手の手首から先が喰いちぎられ、血液が無抵抗になった切り口から空気中に噴出し始めた。
心臓が大きな音を立てて、血液を送り出しているのが判る。
体を巡って帰ってくるはずが、無くなった手首から先へ送り出そうとした分だけ溢れだし、足りなくなる血液と共に私の意識を薄れさせていく。
自分でどうすることも出来ない意識を手放し、たった17年の自分の人生を振り返り始めている。遠巻きに様子を窺うようにしかしない家の者たち。
冒険者ギルドの担当官に討伐報酬を鑑定する係りの者たち。いつも私が噛みつくものだから辟易とした表情を見せていた。
助けのために訪れた村々の住人達。尊大な態度でワガママを言い、子爵家の令嬢として全てを要求し、誰をも顧みることなく力を見せつけ、悦に入っていた。
それでも何も言えない者たちを顧みることなく扱ってきたのだ。
まるで神のように自分を畏怖させ、自己を正当化し続けてきた。しかし、今はフェンリルの数に圧倒され、自分の魔術に酔いしれ、隙を見せて大事な触媒をなくした。
体も傷つき、死への階段を降りるにしたがって失われていく意識。
何とも簡単に人は死んでしまうモノかと他人事のように呆れている自分と、因果応報だったかと反省を始めている自分。
グルグルと回る考えや思い出や結論。
しかし、いつまでたっても尽きない思考のループにそのうちに疑問を抱き始めた。
なんでまだ死なないの?
失ったはずの意識が浮上してくるのが判る。
体を駆け巡る血液と、逞しくそれを送り出す心臓の音。
無くしたはずの左手の感覚。
痛みを伴わない体を揺すられる様子。
「大丈夫か!」
この声は知っている。なんだかんだと尊大な態度を取る私に、挑発的な表情を見せた私に掛けられたサキュバスとの契約者の声だわ。
「ソウタさん、無茶してはいけませんよ。すぐに意識も戻りますから。」
この声も知ってる。見たこともないほどに美しい容貌を持つサキュバスだ。
こいつらは溢れる魔法を繰り出し、常人離れした剣技を振るい、普通なら諦めてしまうような数のフェンリルを赤子をひねるように蹂躙していった。
やっぱり嫌いだ。
持っている奴らと言うのは苦労を知らず、簡単に人の上に立つ。
いつまでも芝居を続けるわけにもいかず、目を開けた私の視界に入ったのは覗き込むようにしている男と、向かいに屈みこんでいる朱金の瞳を持つ少女。
私は男に抱きかかえられ、身を投げ出していた。
はっきりしない意識のまま、自分の左手を見ると当たり前に指が5本ある自分の手がそこについていた。
無意識に握ったり開いたりしてみたが、全く違和感もなくそれは自分の掌と指だった。
「あ、ありがとう。」
口を突いて出た言葉はついぞ自分では言わないような感謝の言葉だった。
無くなったはずの手があるという事は、この男がリジェネレーションを使った結果のはずだから。
自分で起き上がり、周りを見ると村のみんなが私たちを取り囲むようにしており、私が目覚めたことを安堵の表情で迎えてくれている。
自分のこれまでの態度を鑑みるにそんな風にしてくれることに若干の恥ずかしさがあるが、今はそれよりも温かさを感じた。
「みんな、心配を掛けてすまない。お蔭で大丈夫なようなので安心してくれますか。」
村長にも微笑みが漏れ、多くの人が溜息ともつかない安堵の息を吐いたようだった。
「ソウタさん、離しちゃダメですよ。」
サキュバスの少女が男に注意を促しながら私の身を気遣ってくれている。
「体に痛いところは無いですか?」
そう問いかけながら私が身を起こすのを手伝ってくれるの。
着ているものの左の袖は血に染まってはいるが、左手はちゃんと動くし、痛いところもない。
そうだ、フェンリルは?
そう思いついた私が周囲を見るようにすると、男が言う。
「5匹って頼んだのに、6匹もありがとうな。お蔭で楽させてもらったよ。」
そんなはずはない。
サキュバスも10匹以上倒していた。
この男も自分で言ったとおりに様々な魔法を使って完勝していた。
「わたし、私はどうしていた?」
サキュバスの少女が言うには、私を背後から襲ったフェンリルが最後の一頭だったようで、これを男が討ち取り、リジェネレーションを掛けてくれたのだと言う。
「村の人は?」そう聞くと、一人も怪我なんてしていないと聞かせてくれた。
家も家財も被害は無かったと聞かせられ、私も結果は兎も角、役には立てたのだろう。
二人は私の腕輪は残念だったと言い、明日海軍に来てほしいと告げた。
そこでまた、二人は港で分けてもらった魚を笊に並べ、やっぱり手をつないで帰って行ってしまった。
その夜に家ではさんざん叱られ、家令たちにまで小言を貰った。
いままで腫物を扱うかのようだった執事でさえ涙を流しながら叱ってきたのだった。
「傷でも残ったらどうするのか?」ときつく叱られて私は驚きと共に頭を下げざるを得なかった。
心配してくれていたことに驚いてしまったのと、叱られる勢いに思わずひるんでしまったからだった。
私の態度が変わると、世界の全てが変わるようだったの。
次の日に約束させられたとおりに海軍の鎮守府に向かうと、門の守衛が取り次いでくれてすぐに中に入れてもらえた。
初めて見る色々な施設をきょろきょろとみていると、ひときわ重厚な建物に案内された。
勝手の分からない遠い世界に触れた気持ちだったが、迎えてくれた昨日の二人に気さくにもてなされ、応接セットに腰を下ろすことになった。
「左手は大丈夫かい?」
座るとすぐに男が尋ねてきた。
「ああ、ありがとう。お蔭で何ともないわ。」
それから二人を紹介してもらい、自分も自己紹介をするとソウタさんはテーブルの上に包み紙を一つ置いた。
「これは?」
「昨日無くしたものの代わりなんだが、良かったら使ってもらえないかな。」
昨日私は先祖代々から伝えてもらっていた腕輪をなくしていた。手から離れたのではなく、私の手ごと噛み砕かれたものだ。
昨日初めて会った私にどこから用意した物か、替わりを勧めてくれるのだ。
包みを手に取ると前までの腕輪より数段軽い感じがする。しかし、硬質な感触は今までのような腕輪だと判る。
包み紙を解くとプラチナのような光り輝く様子ではなく、透明感のある穏やかな銀色の輝きを見せる。
直接手を触れるとほんのりと温かく、金属の冷たさを感じない。
「これは何?」
「オリハルコンで作った触媒だよ。君の魔力量ならこっちの方がより効率的に魔術を具現化できる。良かったら使ってくれないかな。」
フィアさんはソウタさんの隣でずっとニコニコしている。
「オリハルコンなんて私には支払いができませんよ?」
子爵家でこんな希少金属でできたオーパーツに手が出るはずがない。
神銀だってこの量だったら早々の値段ではない。それなのにこれはオリハルコンで出来ているという。
魔法金属というのはその希少性と加工の難しさで際限なく値段が高騰するものだ。
見るからに精緻な彫刻が施され、純度の高いオリハルコンが芸術品のような輝きを放っており、魔術触媒と言うより、これそのものが魔法のような物だろうと思う。
「昨日手伝ってくれたじゃないか、そのお礼のつもりなんだ。これからも魔術師としてこの地を守ってくれるんなら安い物だよ。」
「ソウタさんが夕べ作ったんですよ。腕に通してみてください。」
作った!?オリハルコンのオーパーツを作ったと言った。
「本当に?これをあなたが作ったのですか?」
「うん。綺麗にできたと思ってるんだけど、気に入ってくれた?」
「これを私のために。」
手に取り、見れば見るほど精緻な彫金技術に見惚れてしまう。
値段なんて聞いてはいけないのだろうが、聞いたところでどうしようもない金額になるのだろう。
「ルイーザさん、腕輪の相性を確かめてみましょう。」
フィアさんに勧められるまま、腕輪を自分の腕に通す。
でも、それだけで判った。
周囲に満ちる様々な聖霊の持つエネルギーが自然に腕輪に集まってきている。温かな肌触りはそれが原因だろう。
フィアさんに手を取られ、ソファーから立たされた。
嬉しそうに私の手を引くサキュバスの少女に連れられて庭に出ると、増々腕輪に聖霊が集まってくるのが判る。
後からついてきたソウタさんが「試してみて。」と微笑みながら言ってくれた。
二人と旧知の間柄だったような気安さがある。
なんであんなにも嫌っていたのかさえ分からないのだが、暖かな手で背中を押されるような両方の手を二人とつないでいるような心地よさを感じてしまっている。
一株の枯れかけた水仙に向かいヒーリングを掛けようと詠唱に入る。
「ルイーザさん、詠唱は要らないから。」
そんな馬鹿な。とも思ったが、ソウタさんの言う事だ。詠唱は要らないのだろう。
「うん。判ったわ。ヒール!」
元気な植物から分けてもらったエネルギーが水仙の株に柔らかく染み入り、瞬時に生気を取り戻す。
すごい。
私が思った事象改変が寸分たがわずに発動された。
「こ、これはすごいですね。私の思った通りの魔術が瞬時に発動しています。」
「よかった。じゃぁ、貰ってくれますよね。」
「はい、とっても良かったですね。水仙があっという間に元気になりました。ソウタさんの読み通りに魔術を組み立てられていますね。」
「あの、本当にこれを頂いていいのですか?」
二人が私の疑問を聞き、とっても嬉しそうにしている。これは貰っておかないととても残念な表情をするのだろう。
どう考えてもこんなことがあってもいいのかと思うのだが、この二人にはそれが一番嬉しいことの様だった。
自然と深く頭を下げられた。
「色々としてくださって、ありがとうございます。」
あとで気が付いたのだが、水仙にヒールを掛けただけで私のレベルが7になっていた。
でも、あの二人のすることなんだから何があっても不思議じゃない。
世の中にはいろいろな人がいて、お互いに助け合うことで幸せを共有できる喜びもある。
その日から私の世界が鮮やかな色合いに見えるようになり、討伐依頼を受けて訪れる町や村で温かな気持ちをもって接すると満面の笑顔で迎えられ、討伐が済むとたくさんの感謝を頂けるようになった。
噂が噂を呼び、評判が遠くにまで届くようになって、私に依頼したいという様々なお願い事が舞い込むようになった。
難しい依頼も瞬時に片が付くと言われ、「森林の暴姫」だったはずが「精霊の女王」という逆方向に恥ずかしい通り名になった。
だって、この腕輪がどんな魔術も簡単に思うだけで実現してくれるんですもん。
魔獣討伐なんてとっても簡単。
凶作に苦しむ畑を実り豊かにするのはもっと簡単。
可愛らしい少女が病気で苦しんでいても、瞬きの間に元気いっぱいにするのはとっても嬉しい出来事。
海軍を尋ねた時に聞かされもしなかったが、ソウタさんとフィアちゃんは他所の国と戦っていて、私たちを守るために苦労をしていたんだって。
そして大国を退け、私たちみんなを守り通してくれたと聞かされ、ヤマノベ公爵様になったの。
フィアちゃんは公爵夫人になられて、それからもたくさんの仕事をされたそう。
なんで最初に出会った時にあんなにも気に入らなかったのか、今となっては全く分からない。
年に一度は会いに来てくださって、珍しいお土産なんかを頂くの。
わかった。幸せそうな二人を見るから腹が立つのよ。
私にはまだ、公爵様のような人がいないんだもの。
ソウタたちがゴで海軍に暮らしていたころの別話です。
手をつないでいると周りが腹を立てるらしいですよ?




