【第110話】海辺のレストラン
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
特になんにもない日の話です。
ちょっとお出かけしたソウタとシロップ、アニエスについていったシルファの話。
シロップとアニエスの妊娠が判って、4か月が過ぎその間にイウロペへの遠征があったことから二人に心細い時間を過ごさせてしまったのではないかと思う。
そのあとすぐに如月が子を設けてくれて、フィアにも子供ができた。
これからも我が家が賑やかになりそうだというときに如月がもうひとり子を産んでくれるという嬉しいハプニングがあり、アンニさんの妊娠もあってか、我が家に託児施設を作ることになった。
アンニさんが出産すると、産休に入ることになるだろうが比較的高齢での出産となることと、育児に対する不安があるという相談を受けたために、それならばうちの子たちと一緒に育児に励んでみてはどうかと子連れ出勤を勧めてみたのだ。
朝から帰宅時間まで子供も側に居るので仕事中もすぐに目を掛けることができるし、うちの子たちと一緒に居られれば寂しさも感じなくて済む。
調子が悪くなっても俺やフィアが居れば回復魔法もすぐに受けられるうえに、判らないことがあっても周り中に出産経験者が居るし、良く知った家族だから聞きやすいだろうと考えたからだ。
育児担当にはシルファもいるし、子供たちの面倒なら今までに十分に経験を積んでいるアリエッタも適任だ。アスナも幼女メイドの面倒をよく見ているし、実家には小さな子もたくさんいたから任せられるしな。
そうした話を聞いていたアンニさんはとっても喜んでくれ、是非そうさせてほしいと言ってくれた。
すぐにもとダイタクヤへ赴き、要旨を伝えると5人ばかりの精鋭部隊が派遣されることになった。
この機会にと、ダイタクヤからこの屋敷を建てる時に来てくれたメイドさんたちとは別のメイドさんが10人ほど付いてくることになった。
あっちの世界だったら「研修」とか言って、違う営業所を経験したりという感じになるのだと思う。こうしたプログラムは大歓迎だと子爵様に告げると、なんでだか付いてきたメイドが30名に増えていた。
アンニさんからの命令で、こちらのメイドも20名が交換留学しにダイタクヤの屋敷へと出かけることが決まり、俄かににぎやかな事になった。
双方の受け入れ準備が整い、トウトのメイド20名をダイタクヤへと送る。
出迎えてくれたダイタクヤのメイドにはトウトの屋敷を建築するときに来てくれていた100名が居るために、すんなりとトウトのメイドも受け入れてもらえた。
しばらく仕事の様子などを眺め、不都合なく溶け込んでいることを確認してから、帰路には精鋭大工部隊5名と30名の留学生を引き連れて次元断層を渡ってきた。
翌日から基礎工事が始まり、30畳ほどの大きさの部屋が庭に突き出すようなレイアウトで増築されることになった。
そのまま庭にも出られ、室内にはトイレや子供用の入浴設備のほかに10人までの乳幼児が寝られるベットと、授乳室がある。加えて万が一の時のために、風魔法による緊急呼び出しの出来る魔石も設置されており、子供の具合が悪くなった際に俺とフィアに異常が知らせられるようになっており、それこそ数秒有れば面倒を見に行ける。
そうしたすべての設備が継ぎ目や角を持たない造りにされて作られるそうだ。
建築中に視察に来られた陛下とお妃様もこの施設をたいそう気に入られ、ご自分たちの二人目のお子もテオバルド様と一緒に預かってほしいとまで言われてしまった。
どこかへお出かけの際にはそうしてもいいだろう。
次の日、まだ安定期に入っていないフィアと子供が小さすぎる如月を留守番にして、シロップとアニエス、シルファを連れだして去年の秋口に潮干狩りに行った海浜公園へ出かけることにした。
長く留守にしたことを慰めるためにと。
安定期に入るまで屋敷でじっとしていた妻たちの気を紛らわせるため。
妻たちに出産が続いたりして何かと時間が取れなかったために、寂しかっただろうシルファへの罪滅ぼしと言った処だろうか。
馬車を走らせていると後ろではシルファが二人のママの世話を焼いており、アニエスにミルクティーを、シロップにカフェオレを淹れてくれている。そうした世話を焼く姿がすっかりと板について、幼女メイドの中でも他の子たちに引けをとらないホスピタリティーを身に付けている。
二人がシルファを褒めると、照れたようにするのが可愛いのだが、本当に可愛いのは嬉しそうにピクピクと動く尻尾なんだよな。
御者席へ上がってきたシルファは俺の隣に腰を下ろし、深めのカップに半分ほどの紅茶を注いで来てくれたようだ。
揺れても零れないような配慮なんだろう。
礼を言って手渡されたカップをカップホルダーに預ける。
飲まないの?と言った表情で俺を見上げるシルファを抱き上げて、俺の膝の上に置いた。
「にゃぁ!?」
普段、余り甘えることをしないシルファだが、風呂と寝るとき以外は本当に甘えてこないことが寂しくもあり、こんな時にぐらいは抱いてみたかった。
抱き上げられてビックリしたようだが、俺が嬉しそうにしていることを確認し、膝の上で大人しくなった。
「シルファ、普段は幼女組のみんなと仲良くできているのか?」
「うん。みんなすごく仲がいいにゃ。私も混ぜてもらって、最初はみんな困ったみたいだったにゃ。だって、急にパパの娘になったにゃ?そんなのが仲間になってどうしたらいいか判んなかったって言ってたにゃ。
それも当然にゃ。昨日までいなかった子供が急に現れてソウタパパの娘だって言うんにゃからびっくりする。
でも、アリエッタちゃんがソウタパパの娘になったんならしっかりしないといけないって言ったにゃ。最初はどういう事か判らなかったんだけどにゃ、みんなに聞いたらソウタパパってとっても偉い人なんだって言うのが判ったんにゃ。
パパが自分より偉い人が陛下しかいないって言ってたにゃ?それがどういう事か判らなかったから、後で知って正直、困ったにゃ。」
「困ったのかい?」
「だってさ、私がどこから来たのか、どんな子なのかパパは全く聞かなかった。勝手に家を使ってたのに怒らなかったし、追い出しもしなかったでしょ。そんなの初めてだったんだ。
元のおとうやおかぁが居た時だって”獣人”っていうだけで良いお肉が買えなかったり、小麦粉とかを売ってもらえなかったりしたんだよ?だから、おとうが事故で死んで、その後私を育てるために頑張ったおかぁが病気で死んでから、畑から野菜を盗んだり魚屋さんの捨てた魚を拾ってきたりして暮らしてたんだ。
捨てた魚なのにそれを拾うとお店の人が追いかけてくるにゃ、いつもなんで?なんで?って思いながらちょっとずつしか食べられなくて、泣いてばっかりいたにゃ。」
フィアじゃないけど、壮絶な生き様を持っていたようだ。
シルファを抱きしめると背中を預けてくれて、「だいじょぶにゃぁ」と甘えてくれる。
「それでね、こんな町には居られにゃいってトサンの街を出て、山の方に逃げたの。お腹も減って辛かったし、歩くしかなかったから足もいたくてにゃ、どこかで休みたかった。
山の中にパパたちの家を見つけて、誰も居なかったみたかったからさ、軒先でも借りられないかなって近づいたら、二階の窓が開いてるのが判ったんだ。
叱られてもいいからお布団で休みたいって思って、悪いと思ったんだけど中に入ったにゃ、フィアママの部屋だったんだよね?そこってとっても可愛い部屋で、お布団も気持ちが良かった。
いい匂いがして気持ち良かったんにゃ。
ちょっと借りるだけってお布団に入って、目が覚めたらパパが居たにゃ。
叱られる!って思うでしょ?そしたら”良かったね”って言ってくれて、他のママたちも一生懸命にご飯に誘ってくれるんだ。
どうして?が一杯だったにゃ。
なんで優しくしてもらえるのかが判んなかったのに、その日のうちに私を娘にするって。
そこからずっと何にも困ったことが無いからさ、不思議でしょうがなかったのにゃ。
みんな優しくしてくれるし、悪い子だったのにそれを聞こうともしないにゃ。」
もう一度シルファを強く抱きしめてからシルファの髪に顔を埋めるようにして、後頭部に直接語り掛ける。
「それはシルファが悪いんじゃない。俺がシルファをもっと早く見つけなきゃいけなかったんだよ。俺はシルファを見た瞬間にこんな子が娘になってくれたら嬉しいって、それしか思わなかった。
いい子か悪い子かなんて、全く問題じゃなかった。
俺がシルファに頭を撫でていいかって聞いた時にシルファが頭を出してくれただろ?それですべてが決まったんだ。
その時にはもう、俺にはシルファが必要だったんだよ。俺の家族にシルファが必要だったんだよな。」
「そ、それだけで?他に何にも聞かなかったにゃ。」
「だって、必要なかったもん。」
俺の膝に座っているシルファは心底呆れたという表情で俺を見上げた。
「トサンだけじゃないよ。どこでも獣人っていうだけで人とは違う扱いを受ける人たちが大勢いるんだ。そんな人たちだって一生懸命生きてる。
話してみたらわかるよ。みんないい人たちばかりなんだ。
俺はシルファの言う偉い人だから獣人と仲良くできるんじゃないんだ。この世界の人じゃないから獣人が悪く言われるのが判らなかったんだ。
どんなところかも判らないこの世界に来て、いろんな人に出会って、知り合って、助けられたりして今まで生きてこられたんだよ。
その中には獣人もいたし、聖霊族も魔族も居た。だけどみんな一生懸命生きてたから、俺は死なずに済んだんだ。
今のお城の中でシルファがなんて言われているか知ってる?」
「パパに迷惑かけてるの!?」
「違うよ。可愛いって、お城に居る誰よりも可愛いって言われてるんだよ。」
「私が可愛い?うそにゃ。そんなことないもん。ユイや睦月の方が可愛いにゃ!」
ぐりぐりとシルファの頭を撫で、もう一度抱きしめてやる。
「シルファが知らないだけだよ。一番人気なんだ。」
「ど、どうしよう?誰かに叱られないかにゃ!?」
「そんなことあるもんか。パパの自慢の娘がセントラルキャッスルで人気独占だなんて、パパは嬉しくてしょうがないよ。」
真っ赤になって俯いてしまったシルファにシロップとアニエスが言葉を掛ける。
「シルファちゃん、パパが心配するから知らない人についてっちゃダメよ。ただでさえ可愛いのに陛下の次に偉い人の娘なんだからね。」
「そうそう、シルファちゃんに何かあったらパパが大変なことになっちゃうわ。シルファちゃんに悪さした人の国が無くなっちゃうもの。」
「ひえええ?ほんとうかにゃ!?」
「当たり前だ。俺のシルファに何かしようなんて、そんなこと思うだけでレネゲイドが国ごと燃やしちゃうだろうね。」
「わ、わかった。私がしっかりしなきゃいけないってアリエッタちゃんが言ってた意味が少しだけわかったにゃ。」
「そう、俺の娘だからな。」
シルファは「俺の娘」のフレーズが気に入ったらしく、口の中で「私はパパの娘」と何度も繰り返していた。
春先の肌寒い季節がら、潮干狩りに訪れている者はいない。
管理された区画も閉じられており、中に入ることは出来ないようだ。
もともと、こんな肌寒い日にシロップやアニエスを外に出す訳もなく、向かいの街道沿いにあるレストランへと馬車をつけた。
馬車が馬車だけに、駐車スペースに停めるとすぐにも店員さんが店の入り口を開き、俺たちを招き入れようとしてくれた。
俺の顔を見て誰だか判ったようで、お盆を持ってプルプルと震えはじめている。
何だか申し訳ない様な気分にもなるんだが、迎えに出てくれたお店の女の子がライカン族だったのは少なからずビックリした。
アニエスとシロップの手を取って足元に気を付けさせながら馬車から降ろし、「さむ~」なんて言いながら店の中へと逃げ込んだ。
店内には他に客もおらず、気を張らずに済みそうだったがライカン族の少女は来ちゃいけない人が来た。みたいな緊張感を漲らせてお冷の代わりの熱いお茶を持ってきてくれる。が、お約束通りなら転んでこぼすんだろうな。そう思いながらどこへこぼすかを警戒しているとシルファがお店の子からお盆ごと全部のお茶を受け取ってしまった。
「だいじょうぶにゃ?」
シルファに話しかけられて我に返ったように少女が見返してくる。
「バステト族?」
「そうにゃよ。こっちが私のパパで、こっちの二人がママにゃ。」
言われた意味が分からない、心底そんな表情になっている。
だって両方とも人族だし。そしてあなたバステト族じゃないの。そんな訳ない。
と、心の中で言ったはずだ。
「シルファ、パパとママにお茶をくれるかい。ああ、すみませんがメニューを貰えますか?」
茫然としていた少女が仕事を貰い、ハッとなると「畏まりました。」とだけ言い置いてメニューを取りに走る。
メニューをくれる時もまだライカン族の少女は全く信じていないようで、公爵様の娘がバステト族のはずがない。そう顔に書いたまま注文を取っていた。
シロップは久しぶりの海辺で取る食事が楽しみなようで「海鮮パエリヤのお宝盛り」なるものを。アニエスも「シーフードパスタの逆襲」という出来上がりの想像つかないモノを選んだ。
メニューを隅々まで熟読しながら何を選んだらいいのか判らなくなってるシルファが可笑しくて、集中して前を向いてしまっている耳を撫でさせてもらいながら注文が決まるまで黙って待っていた。
「パパ!これ、どんなのかにゃ?」
俺に向かって見せるメニューのシルファによって指さされた場所には「海賊メシの魔王盛り」と書かれてあり、確かにどこにもヒントのないメニューにたじろいでしまった。
「うん。面白そうだ。シルファはそれを頼んでみるといいよ。パパはこれにするかな。」
そう言い俺が選んだのはシーフードピラフと生ハムのサラダにコーンスープ。
シロップやアニエスからも「それでいいの?」と聞かれたが、俺はそれでいいと告げて、ライカン族の少女にオーダーを繰り返した。
何度も振り返りながら俺たちのテーブルを確かめ、本当にバステト族の子が貴族の中に混じっていることに違和感を感じているようだった。
外が寒々しい景色で、天気だけはいいのだが風がとにかく冷たいうえに気温も低いので妊婦である二人にも風邪など引かせないようにしなければいけないし、ムリをさせるつもりもなかったが、こうしてドライブに出てみんなで食事をするだけでも普段とは違う気分を味わってもらえると良い。そんな風に思ったのだが、どうやら気に入ってくれたらしくアニエスはいつか来た時にどっちに向いて進んでいって、どれだけアサリが取れたんだったと浜辺を見ながら思い出して聞かせてくれた。
シロップも俺に注意されて気が付くまで遠浅の海岸を沖へとずんずん進んでいったことを思い出して今度は気を付けると宣言していた。
俺がシルファが上手にアサリを見つけることに驚いたと言うと、すごく照れながら自慢げにしてくれていた。
たった四人ではあるが、こうして出掛けてみるとそれはまた面白い物で、普段話さないようなことを話し合ったりしながら時間を過ごせた。
いよいよ頼んだものがひとつずつ運ばれてきて、頼んだメニューが目の前に置かれた。
シロップの前に置かれた「海鮮パエリヤのお宝盛り」は深さのある横に長い皿に旨そうな出汁の香りが漂うご飯が盛られ、一緒に炊かれた魚の切り身が散々に盛り付けられている。
その上を飾るのはまる一匹の伊勢えびのようなゴージャスなエビのむき身だった。
驚くような飾り付けが楽しい。
アニエスの前に置かれた「シーフードパスタの逆襲」もスープスパゲティが深皿に入れられ、小エビ(といっても伊勢えびほどデカくないの意)やカニのむき身にアサリなんかがふんだんに隠れている。
そして明らかに不自然な盛り上がりの下をフォークで探すと丸っとそのままのヒラメが香ばしい焼き目をつけて潜んでいた。
これも驚きの嗜好だ。
で、俺が想像したとおり、シルファの頼んだ「海賊メシの魔王盛り」がシルファの前に置かれると涙目になったシルファが俺を見上げる。
シロップもアニエスも完全に引いている。
イワナの串焼きみたいにクネッた状態でレイピアに貫かれたスズキの丸焼きがワカメご飯の上に身を晒し、向こう側に新鮮そのものというイカの刺身。こっち側には茹でたイイダコ。隙間を埋めるのはマグロのような赤身に刺しの入った上等な刺身とたくさんの魚介類だ。
俺以外の全員が主役のスズキと目が合うとかでとても食べられそうになかった。
それで、俺の前に置かれた上品に盛られた生ハムのサラダと、少し多めに作ってくれたシーフードピラフ。輪切りになったイカやムール貝が上品に飾られ、何粒か添えられているグリーンピースの緑が美しい。
その向こうで平和な湯気を立ててるトロリとした鮮やかな黄色も嬉しいコーンスープが明らかにシルファに相応しいと言えるのだった。
アニエスとシロップが尊敬を籠めた視線で俺を見る。
俺が当たり前のようなメニューを頼んだのはシルファが「海賊」に負けた時のための保険だったと判ってくれたからだ。
「海賊」を俺の元に引き寄せ、ピラフにサラダ、スープと取り換えられたシルファが俺に飛びついてくる。
「パパ!ありがとにゃ!!」
俺の頬にキスをしてくれるんだから、気を利かせた甲斐があったと言うモノだろう?
「いただきます。」を全員で唱和してそれぞれのメニューに取り掛かる。
俺がスズキの身をほぐしてシルファに食べさせると、「案外おいしいにゃ。」なんて言ってる。見た目はド迫力だったが、その身は良く脂が乗ってて旨い。
刺身なんかも少しずつ取り分けてやるとスタンダードなシーフードピラフもかなりゴージャスに変身しており、シルファはご満悦だった。
「ソウタさんのそんなところが好きで、私たちどうしてもお嫁さんになりたかったんですよ。」
食事を進めるとアニエスが俺の気づかいが嬉しいんだと教えてくれる。
「ソウタさんは海賊のメニューが大変だって知ってたんですか?」
シロップは俺が前に来たことがあったとでも思ったのか、不思議だと訊ねる。
「いや、ここに来たのはみんなと一緒で初めてだよ。」
シルファも手を止めて「じゃぁどうしてわかったの?」と聞く。
「全然わからなかったけどね、どれも中々個性的な名前だっただろう?どれかが外れだったら誰か我慢しなくちゃならないじゃないか。
俺の頼んだのは誰が食べても美味しいだろ?保険は掛けておくもんだよ。シロップが食べられないモノが出て来たらそれと交換しただろうし、アニエスのが凄いメニューだったら当然交換したさ。
でもシルファ、これも食べてみると一つ一つは美味しかったろ?」
みんなが楽しく食事できれば俺の食べる物なんてなんでもいいし、どうせお店で出す物なんだから、どれも美味しいだろうしね。
そんなことを聞かせると三人ともいい笑顔をくれて、「大好きです。」と改めて告白されてしまった。
ちょっと照れるが、どれも全部美味しかったのは間違いなかったよ。
食後にコーヒーや紅茶を頼んで一息ついてから席を立つと、会計のところにたぶん料理を作ってくれただろう白いキッチリとしたコック姿が眩しい男性が深くお辞儀をして待っていてくれた。
「ヤマノベ公爵様でいらっしゃいますか。」
穏やかな語り口調で訪ねてくる主人に肯定すると、シルファを優しい眼差しで見ながら語る。
「公爵様は本当に種族に差などないとお考えなのですね。そちらのバステト族のお嬢さんを娘にされたというのは有名な話でしたが、皆さんの様子を拝見してそれが真実であると判りました。
失礼ながら、そうは言わない者たちもおりましてね、実際にはどうなのだろうととても興味がありました。
給仕に出ておりましたライカン族の娘は私が引き取った孤児だったのですが、世間の目も有って養女に迎えるべきかずっと悩んでいたのです。
しかし、あの子はとても利発な上に私によく懐いてくれているのですよ。
可愛いと言ったらないのですが、いま一歩踏み出せずにいました。公爵様を拝見し、決心がつきましたのです。」
いい笑顔で語られるとこちらも気持ちがいい。
「種族に貴賤の差などありませんよ。シルファも陛下のお側では一番人気なんですよ。お互い、周囲の目など気にしないことです。
もし何かあれば、遠慮なく私に相談してくれませんか。」
懐から取り出したハンカチを広げる。
貴族ならだれでも持っている自分の家紋を染め抜いたハンカチだ。手を拭くために持っているわけではなく、自分の贔屓にする店などに置いてもらって、御用達であることを周囲に知らしめるためのものだ。
幾つもの貴族家からそれを預けられれば、そのお店はそれだけ信用を増し、大きな商売ができたりすると言う。
「ご主人、娘さんのお名前は何というのです?」
驚きを隠そうともしない主人はそのハンカチの意味をよく知っているようだった。
「それを頂けるのですか?娘はアンリエットと言います。ありがとうございます。」
深く腰を折る主人に断って、テーブルを借り、ハンカチの右上の隙間に「アンリエットの居る店」と魔法で消えることのないペンで書き添える。
直筆で一言を書き添えられていなければハンカチに効力は宿らない。家紋の持ち主が直筆で一筆入れるとハンカチはホログラムを仕込まれた様にそのメッセージを虹色に光らせるのだ。
「アンリエット、今日は美味しい食事をありがとう。君が居るこのお店がとても気に入ったよ。今度はもっとたくさんで来るからその時もよろしく頼むね。
これからもお父さんと仲良くするんだよ。」
お店の主人を「お父さん」と言った俺を見て、今日からお父さんになったご主人を見る。
それからシルファを見て言った。
「シルファ様、お越しいただいてありがとうございます。」
「様って言わにゃいで!くすぐったいにゃ!」
シロップもアニエスもおかしいと笑いながらシルファを撫でている。
お店に入ってすぐ、正面に見える大きな柱に額装されたハンカチが飾られたらしい。
後で聞いた話だが、俺のハンカチがある店というのは10枚の貴族のハンカチが飾られるお店よりも価値が高く、人気が出るらしい。
何度もそんなたいそうな者じゃないと言ったが、街ではそのハンカチ自身が伝説になっているらしく、本人が否定してもどうにもならないのだった。
それが恥ずかしくて滅多に出さないハンカチが、それ故に希少価値を高めているのだと判ってはいるのだが、やっぱり恥ずかしい。
慣れないことはしない方がいいとやっぱり考えを変えなかったものだから、トウト近辺には俺のハンカチはここにしかないのだった。
もう一枚はハコダチの丘の上に有るいつも寄らせてもらっている宿にある。
そこのハンカチには「深酒禁止」と直筆で書いてあるのだが、宿の主人は泊まる客全員にどういう意味かと聞かれるものだから、あまり目立たない処にこっそり掛けているのだとか。
残念である。
今度、100枚ぐらい勝手に貼ってやろうかとフィアと話しているところなんだけどね。
海浜公園の道を挟んで向かいにあるレストランは、いつも昼時に大層混雑するそうだ。
「お父さん!3番のお席、”海鮮パエリヤのお宝盛り”と”シーフードパスタの逆襲”ひとつずつだからね!」
「あいよ!」
「いらっしゃいませー、こちらのお席にどうぞ。」
ライカン族の娘と物腰の柔らかいお父さんの切り盛りするこのレストランは、トウトで唯一「ヤマノベ公爵御用達」を認められた店として、繁盛している。
そのハンカチを得られる店はすべての種族が平等に扱われ、客であってもそうした精神を持つ者でなければ入店できないそうだ。
噂を聞いた獣人が店を訪れても、聖霊族が暖簾をくぐっても当たり前に迎え入れられ、カウンターに座れば隣で食事をしている人族が話しかけてくるそうだ。
けっして大きな店ではないが、席がたくさんある訳ではないが、メニューが充実している訳ではないが、美味しいという評判と公爵の愛する店という評判が遠くの方まで聞こえるそうだ。
陛下の耳にもその噂が届いているとかで、そのうちにお妃様とお子たちと訪ねようと計画していらっしゃるかもしれない。
どうにも定期的な更新が苦手な作者でして、書けたらすぐに更新したいし、書けないと何日も書かないので困ってます。




