【第104話】混乱
お待たせしました。
つまらない理由で間が空いてしまいました。
事態が混迷を極めている。で片づけられればそれは簡単な方の部類だろう。
なにせ、俺の沸点をとうに振り切っているんだから、これを起こした当人にもはや生きる資格などありはしない。
フィアや如月の手前、冷静なフリをしてはいるが脳は既に焼き切れている。
剣帯に納めた如月には既に慣らし運転ともいえる量の魔力を送り続けているし、胸に顔を埋めるようにしているフィアを、テレポートするときに放してしまったりしないように自分の前側にしっかりと抱き留めている。
ウィンドウィスパーが送られてきた送信元を自分の中で思い描き、そことの回廊を繋ぐようにする。
すでに全回復している魔力を一見ムダとも思える量だけ消費して、つないだ次元断層のトンネルを潜り抜けるが、抜け出る前に探知魔法を放つ。
ウィンドウィスパーが込められた魔石を探知魔法が俺の視界にオーバーレイさせてくれ、そこが誰かの次元断層の中であることを知らせてくれた。
周囲にアニエスやシロップの気配もないし、娘たちの気配もない。
ウィンドウィスパーが解放されてすぐにも別の次元断層に移されたものと思われる。
イザと言うときのためにこの次元断層の中に所謂反物質を土産として置いておくことにした。
有形の物すべてを対消滅させるための魔力が籠めに籠められたこの「コア」を残すことで、次にこの空間にアクセスしようとした瞬間に術者(つまりは犯人)が超重力に引きずりこまれるようなトラップを仕掛けた訳だ。
俺のような術者であれば、簡単には罠にもかからないかもしれないが、俺の宝物の魔石を回収し、代わりに置いたコアが全てをブラックホールのように重力の虜としてくれるだろう。
そして俺の脳裏に浮かぶそのほかの部屋。
この魔法使いも俺の想像を裏切らない術者であるらしく、自分の中に相当の次元断層の部屋を設けているらしい。
探知魔法を操作することによって、少なくとも隣接して認識されている部屋を知ることができる。その部屋への移動の仕方も判る。
当然だが、俺は自分の魔力量の許す限りに部屋を渡り歩き、シロップやアニエスたちを探しに探した。そして誰もいない部屋には反物質をお土産に仕掛け、淡々と使えない部屋を増やすことに腐心した。
根競べと言う表現がぴったりだと思うのだが、コイツは一体いくつの部屋を設けたのだろうか。
何に使うでもない部屋をただひたすらに・・・
「罠だ。」理解した。
俺が闇雲に彷徨い歩く部屋を準備したのだろう。それが証拠にどこの部屋にも何も収納されていない。
こんなことをされれば癇癪を起こす者が殆どだろうが、俺は返って冷静になることができた。こうしなければ目的地に容易に達してしまうと踏んだのだろうし、俺にその技量があると思ってくれたのだろうしな。
そして、それが俺にとっては少なくないヒントを呉れることにもなった。
俺の腕の中に居るフィアが慌てようとしない俺を不審に思ったのだろう、「どうしましたか?」と、俺の表情を覗き込むように確認している。
〔あなた、どうしたのよ。次の部屋を探さないと。〕
「いや、そうじゃない。俺に任せろ。」
欺瞞をより分ける必要がある。
そして同じ魔法を使うことのできる俺には少しの違いも選り分けることができる。
フィアを抱き、如月を剣帯に繋ぎとめ、俺たちが探すのは俺にとって大切な者たち。俺が心を通わせ、俺が慈しみ、俺が愛した人たちだ。
俺が愛したシロップとアニエス。
俺が慈しんだユイと睦月とカーリオとクレイオ。
彼女たちはきっと今、心細い思いをしている。シロップやカーリオにクレイオは泣いているかもしれないな。手元に戻ってきたらうんと可愛がってやらないと。
アニエスは気丈に我慢しているだろう。俺の顔を見るなりに泣いてしまうかもしれない。
ユイと睦月は意外にあっけらかんとしているようにも思う。あの子たちは自分を持っていて、よく考えながら行動できる子だ。
もしかするとシロップやアニエスを励ましているかもしれないね。
そんな自分の半身に思いの丈を馳せるとその姿や表情を思い浮かべることができることに気が付いた。
そしてそれを俺はトレースできる。
神経の全てが焼き切れそうな焦燥感と、氷のように冷えた冷静さを見せる自分の意識。その両方が俺を攻め立てようとするが、俺自身はその浮ついたうわべの焦りを捻じ伏せている。
気持ちが浮つくのは俺が焦っているから。
気持ちが冷めているのは俺自身に自信があるからか。
焦りがより遠くへと俺の意識を飛ばそうとする。氷のような冷静さがブラフのように鏤められた偽の次元断層のことごとくを否定する。
ひとつ隣の部屋しか見通せなかった俺の脳裏に全ての部屋が映り始めた。
欺瞞のための何もない部屋を除外し、コイツ自身が保管している物が入っている部屋や使うつもりでいる部屋、その他意識の振り向けられている部屋が手に取るように選別されていく。
俺の魔法がその全てを選り分け始め、何もない部屋には反物質の魔石を山のように置き去りにし、何かが保管されている部屋にはすでに解放されているヒュージエクスプロージョンを爆発の途中のまま時間を止めて放り込んでおいた。
これは所謂意趣返しと言う奴だよな。
わざと選択的に全ての認識された部屋の全てに破裂しかけたヒュージエクスプロージョンをお見舞いしてやる。
少しぐらい困ればいいんだ。
水深400mを越える深海の中、ソナーに頼らずパッシブで敵の存在を見透かすように。水平線の彼方に迫り来る脅威をただの一欠けらも逃さないように、澄ます気持ちを広く、広く広げて行ける。
これは今までになかった。必死に足掻いてきたこれまでの気持ちとは違っている。
千里の彼方にまで気持ちが届こうとしているのが判る。
自分の知りたいこと。自分の求めていること。自分が求めて止まないこと。
様々の、断片と化した情報が集められ、揃えられて順を守って並び直すようだ。
ディスクデフラグを掛けたように、フラグメンテーションが解消されていく。次々と情報が整理され、シークタイムが最短化されていくのも判るようだ。
もう、ブラフの次元断層がキッチリと除外され、意味のある情報が俺の必要性に応じて並び直し、情報を目前にカタログのように、或いはメニューのように広げ見せてくれている。
「ソウタさん!、ソウタさんってば!聞こえているんですか?ソウタさん。」
〔あなた、ちょっとどうしたのよ?さっきからフィアちゃんが呼んでるのよ!?〕
「ははは、ははははは。判るよ。コイツが何を考えているのか手に取るようにわかるよ。ふざけた野郎だ。」
そう、俺の大事なモノに手を出したコイツはそれを害するためにそうした訳じゃない。俺がこの深淵探査魔法を使えるようになるためにこうしたんだな。
シロップとアニエスに俺の可愛い娘たちはもう、屋敷に帰っている。
無傷で、俺の気に喰わないような事は一切起こっていない。
今日俺が手に入れたこの魔法はランクSでも、レベル10でも会得できない次のレベルなのだろう。
そしてこれからの俺にはこのような魔法が必要になるのだろう。
粋な計らいの本心が判らないが、ここは甘えておくべきだろう。こんなにも成長を実感したことは無いかもしれない。
フィアは俺が突然笑い出したことでギョッとしたような表情を見せる。
如月も息を飲んだのが伝わってくる。
しかし、俺にとって必要な事だったのはもちろん、それが何のためだったのかも少し見え始めている。
この世界の裏側には表面から見るだけじゃない様々な仕組みが潜んでいるのだろう。
それを見透かし、真実を見抜くために必要な手立てが俺の手の中に転がり込んできた。
「わかるか?お前のやって来たこの世界は一筋縄じゃ行かないよ。俺もそれを知るためにどれだけの時間がかかったことか。
そして判ったことと言えば、一人じゃちょっと辛いかなって事なんだよ。
ヤマノベ公爵の助けが必要だ。サキュバスと共に大きく成長するお前が必要なんだよ。
この世界の綻びはただ閉じるばかりじゃダメなんだ。
また成長を確かめに来るよ。俺のサキュバスと共にな。
サキュバスの意味を考えろ。そうすれば次の飛躍的な成長も期待できるだろう。
慌てなくていい。必要に応じて鍛えてやるよ。
そうそう、大事な嫁さんたちとお嬢ちゃんたちはもう、判ってるだろうが返したからな?
それともう一つ。トウトに起こった地震は俺がやったことじゃない。恨まれでもしたら敵わないからな、屋敷が崩落するようなら嫁さんたちが傷つくだろうと気を利かせたつもりなんだよ。
最後に、たくさんの土産をありがとうな。
この程度じゃ、俺の期待には届いていないとだけ言っておくよ。」
かなり一方的な言い訳を聞かされた気分だが、腑に落ちることも多く、今回は授業料という事にしておく。
トウトの地震がコイツの所為でないなら、どうしてこのタイミングだったのだろうか。
全部を信用しているわけではないから、余計に噛み合わない部分もあるのだろうが、名前も名乗らずに俺を翻弄してくれた奴らには礼を言うわけにもいかないだろう。
「如月、いつもの姿に戻ってくれないか。」
〔なぜよ、まだ敵の姿を見てないわよ。〕
「いいんだ。今回のからくりが少しわかってきた。フィア、屋敷を落ち着けたら旅に出るぞ。」
「ソウタさん、ほとんど私たちには判りません。何があったんですか?」
魔剣が俺の妻の姿に戻り、問い詰めるような視線を寄こしてくるが、俺は俺の大事な二人をしっかりと抱きしめて、伝えた。
「もう、心配はない。睦月もユイも屋敷に戻ってるよ。」
「え?本当ですか?」
「どういうことなの?」
「あとでゆっくり聞かせるが、俺は新しい魔法を得ることができたよ。それが目的でこんなことをしでかした奴がいるようだ。俺に協力を求めて来たんだ。ただし、俺とフィアの力量ではまだまだ不足なんだそうだ。
もっと俺たちは己を磨く必要があると言われた。
ランクSのさらに上。レベル10を超えるレベルが必要なんだそうだ。
世界の綻びを閉じ、俺たちの後世に憂いを残さないような仕事をするには如月とフィアと俺がもっと成長しなければならないらしいよ。」
いっそ、清々しいまでの気分の晴れた心持だ。
俺に手伝わせようとしているこいつらは、人とサキュバスの番だ。
そして、俺よりも遥かな高みに居るにもかかわらず自分たちだけでは解決できそうにない問題を抱えているのだろうか。
問題解決に俺たちを巻き込むために、俺たちのレベルを上げる必要があるのだろう。
しかし、そうまでして解決しなければならない問題の真相も判らないのだが、その反面では俺たちを必要としているが、まだレベルの問題があるのだろうとも腑に落ちるモノがある。
フィアにも如月にも何のことか良く判ってはいないはずで、気を揉んでいるだろう。
それは我が家に帰り、シロップやアニエスと会えば、娘たちに会えばより疑問も大きくなることだろうが、それから俺が知ったことを話せばいいだろう。
今は、とにかく帰ることだ。
その次は出された宿題を解いて、添削してもらうべきだろうな。
そんな師弟関係が成り立つのかはいまのところは容易には判断できはしないが、ディープサーチと言う魔法が何を目的としたものかが判ったことによって、俺自身は自分に何を求められているのかもなんとは無くだが、判っているつもりだ。
「ソウタさん!フィアちゃん!如月ちゃん!」
俺がテレポートで屋敷に二人を抱いたまま飛び戻ると、俺たち三人の姿を認めるなりシロップが飛びついてきた。
「ごめんなさい、私たちソウタさんからお留守を預かったのに迷惑を掛けてしまいました。」
そう言いながらアニエスも俺に飛びついてくる。
「お前たちが無事なら、何だっていいんだ。良く娘たちを守ってくれたな。よくやったぞ二人ともさすが、俺の妻だ。」
手放しで褒め、許し、抱擁をする。
娘たちにも怪我はないし、シロップにもアニエスにも傷らしいものは見当たらない。
アンニさんが娘たちの介抱をしており、フィアも如月も自分たちの娘を抱きしめている。
フィアも如月もこうしたことはもちろん初めてだったし、アニエスやシロップにもとても辛かったはずだろうに、俺の妻たちはシルファを褒めて、抱きしめている。
シルファも火傷を負い、一時は危なかったのだが俺の治癒魔法で回復しているし、今はいつものメンバーが揃い、一人も欠けることなくケガを負った者も居ない様子に明るさを取り戻している。
「家が黒焦げにゃ、ソウタパパ、今日はどこで寝るのかにゃ?」
最終的に俺によじ登り、俺の頭を抱え込んで安堵を得たようだ。
「アンニさん。」
「はい、何でございましょう?」
俺は、自分が得た新しい魔法のことを妻たちのいる前でアンニさんにも説明をし、今回の誘拐劇がそのためのモノだったと告げた。
だからもう心配はないと。
パンパンと手を叩いて、アンニさんが狼狽から回復しつつあるメイドたちや庭師、馬番に調理師などの注目を集めた。
妻たちもアンニさんに注目し、様々な状態にあった我が家のメンバーが静かになった。
「皆さん、今の状況はトウトの全ての方々が混乱の中にあると言っていいと思います。しかしながら、私たちのお館様によって私たちのお屋敷にはケガ人もおりません。
今後の行動方針についてお館様よりお言葉がありますので、全員しっかりと耳を傾け、間違いのない行動をお願いします。
お館様、お願いいたします。」
アンニさんからの俺への言葉は、全員の注目を集める。
「ウチの家族にケガ人などが居ないことは喜ばしいことです。トウトの地震は人為的なものかどうかは分かりません。が、あちらこちらで多くの被害があることは間違いないでしょう。
親王陛下もこの後に、復旧に勤められ、トウトの機能を正常に戻そうとなさるでしょう。それに協力を差し上げるのは俺たちの役目であり、皆さんにもそれどころではないという気持ちもあるかもしれませんが、ヤマノベ家のメイドと言うブランドを確かなものにするためにもここはひとつ、俺に協力をしてください。」
喋り終えて俺の周りに集まってくれたメイドたち、男衆に調理師の二人。
全員が声をそろえて「お任せください。」と返事をくれた。
妻たちが俺の側に集まり、娘たちがそれぞれの足元に寄り添って立った。
シルファも俺の横に立ち、俺たちと一緒に深く頭を下げてくれた。
「きっと、様々なことが必要とされると思います。ですが、それは労働基準の範囲内でなければいけません。
いいですか、それは無理を承知でするな。という事です。
アンニさんによく言っておきますが、メイドの皆さんには医療行為は禁止します。
その後に容態が急変した人がいた場合に、それがメイドさんたちの所為ではなくてもそれを受けた施しが原因で問題があったという人も居るかもしれません。
双方が後味の悪いことになりかねませんので、言っているわけです。
男性の方にもお願いしますが、敷地外での活動も禁止します。
疑問に思う事もあるかもしれませんが、そこは俺にそう言われたからと。そう言う事にしてください。
些細な作業に手を貸しただけで大袈裟に喧伝される場合もあるかもしれません。それによって、他の屋敷にも協力をしなければならなくなることもあるでしょう。
そうした場合に我が家に男手が割けなくなる場合もあるのです。その時にメイドさんたちや妻に娘と言った女性を見てくれる者がいなくなる可能性もあるのです。
それで誰かに何かがあった場合には俺は後悔してもしきれなくなるでしょう。
じれったい思いや不服を覚えることもあるでしょうが、緊急時と言うのは思いもかけないことが起こっても不思議ではありませんので、俺の言う事が人情味に欠けると思われることがあるかもしれませんが、気を利かせてとても大きな傷を負ってしまう場合もあるという事を覚えておいてください。
あくまでも提供できることは食事のサービスと衣食住をお手伝いするところまでです。
申し訳ないが、俺が皆さんを守れる範囲内で協力してほしいという事だと理解してください。
食材は俺の保管している物をすべて供出しますので、じゃんじゃんと食べさせてあげてください。そこにヤマノベ家のメイドがホスピタリティを加えれば、平時のどこのレストランよりも喜ばれることでしょう。
よろしくお願いいたします。」
屋敷から煙に巻かれ、炎に巻かれたメイドさんたちも、すっかり回復したようで、みんなと一緒に自分に何が出来るか相談し合っている。
ただ、もう夜も深いことからとりあえずは休んでもらいたい。
全員をレネゲイドの整備棟の側まで移動させてから、屋敷を次元断層に取り込んだ。
俺の魔法を間近で見ることのないであろう屋敷のみんながその法外ともいえる魔法を目の当たりにし、一言の言葉もなかった。
今日まで暮らした自分たちの屋敷が一瞬にして消え去り、土魔法が音もなく広大な敷地の地面から湧き上がるように泥屋敷を作って見せた。
三階建てのその屋敷はすべての部分が庭と同じ土で出来てはいるが、各部屋は12畳ほどもあり、作り付けの家財道具なども備えたアパートのような物になった。
部屋数は300以上ある。
そう、再興を手伝うのはダイタクヤのあの連中だ。
技術者と体力バカを多く抱え、あっという間に開拓地を市街地へと変えてしまった、こいつら魔法使いか?というパワー集団を招聘するつもりだった。
そうした事情も説明すると我が家のみんなはそれぞれに部屋を定め、今までの暮らしを取り戻す英気を養うために積極的に体を休めてくれた。
土で出来たベットは寝難い筈だが、取り敢えずの敷布団と毛布、羽毛掛け布団を支給したことで良い眠りを得て欲しいと思う。
寝具の数々はシンカタで地震に被災した皆に配るつもりで用意した物だったのだが、コンパクトな街づくりに邁進したシンカタでは実質的に人的被害は出なかった。
皮肉にも我が家の方で家財一式を失うという大変な被害が出てしまったのだったが、備えが活用できてよかったと思う。
土で作ったアパートは愛想のかけらもないが、この季節に身を寄せ合う必要もなく、暖かな布団で寝られるのだから、上出来の出来栄えだと思うよ。
細かなギミックについても落ち着いて発動した魔法であることから上手くできている。扉や開き窓などもちゃんとあるし、各部屋には居間と寝室と流し場、トイレが備わっているうえに各階に大浴場もあるので、混雑した風呂を味わう必要もない。
サニタリーや入浴に必要な物、部屋着に肌着や下着と言った物も必要になるだろうし、食器や厨房施設、その他当面必要になるような日用品の色々もシンカタのために用意した物があるので、困ることもないだろう。
見ると、さっそく各階層の入浴施設から温かな湯けむりが漏れ出ており、元の屋敷と変わらないほどに備え付けた照明が不安のない様な暖かな明かりを漏らしている。
俺のための部屋に妻や娘たちを誘って、一緒に休むことにする。
30畳ほどの空間にダイタクヤで体験した快適なベットを再現してみた。
前と同じ造りの空間を再現することで妻たちのストレスを取り除こうとしてみたのだ。
「あら?前と同じお風呂もあるのね。早速入りましょう。」
如月はシルファと一緒に睦月の手も借りながら風呂の中に湯を溜めようとしている。
それも同じように働いており、蛇口をひねると暖かな湯気がもうもうと浴室を満たそうと舞い上がっている。
フィアたちもそれを見て、何となくだが泣いてしまったようだ。
シロップやアニエスは俺にしがみついて湯気が出る浴室を眺めている。
二人の手に俺の次元断層から体を洗うときに使っている石鹸をケースに収めたもの。髪を洗うときに使っている石鹸を治めたケース、スポンジを山ほど取り出して載せてやるとやっぱり泣いてしまった。
「さぁ、みんないつものように風呂に入ろうか。」
「はい!」全員がいい返事をくれて、妻たちの方が娘たちよりも先に服を脱ぎ散らかしていた。
一夜明けて陽が上るとその被害の大きさに驚かされる。
朝になると同時にダイタクヤに飛んだ俺は事情の説明を済ませ、協力を仰いだがヘッセン子爵が準備に一日欲しいと言ってきた。
街道(国道41号線)沿いの材木問屋を戦時特例で協力させ、全ての木材を徴用すると言う。
もちろん代金は俺が払ったが、次元断層に俺が仕舞うためにダイタクヤの俺の公爵邸前に準備するというのだ。
人工は様々な分野のベテランを出してくれるそうで、ふた月もあれば完璧に仕上げてみせると約束してくれた。
翌日から本格的に工事に関連する資材の搬入や、再建に向けた人工が入り込み、基礎作りから当日のうちに始まった。
測量を担当するダイタクヤの工兵部隊から仕事が始まると、レネゲイドまで動員させられコンクリートと鉄筋で50mもある地中杭が作られ始めた。3~4日もすると完全硬化したらしく、レネゲイドに手伝ってもらって地中深くに打ち込まれた。
これによって地盤が崩落しても屋敷は浮きあがってでも崩壊しないそうだ。
何もそこまでと思わないでもなかったが、アンニさんはじめメイドさんたちにはトラウマにもなりかねない地震に対するお守りにはなったらしい。
日本の工事現場を見ているような作業風景が繰り広げられ、コンパネ(コンクリートパネル)を土建屋風のアンチャンたちが測量通りに組み立てて行き、コンクリートが流し込まれる。
バイブレーターまで持ってきており、流し込まれたコンクリートがコンパネで組まれた型枠の隅々に充填されると同時に、振動で中の空気が押し出されていた。
シノを使って器用に番線を鉄筋と絡め、コンクリート基礎の中に埋め込まれる強固な骨組みを作り上げる様は、見ていて日本で見たカラフルなニッカボッカを履いているやんちゃなバイクにでも乗っていそうな土木作業者を思い出させた。
この間までアイチの領軍だったとは俺は知っているが、聞かされなければ絶対に判らないだろうと思う。
あっという間に出来上がった基礎は以前と比べて格段に丈夫になっていると思う。
その間にも進められている木工作業は窓枠や扉、家具の類まで次々と出来上がっており、ガラスも嵌め込まれた外窓にステンドグラスなど、溜息の出るような仕上がりを見せる。
ダイタクヤから100人程のメイドも来ており、大工さんたちの世話を焼いているのだが、トウトの屋敷のメイドたちとも主人が同じだからか早くから仲良くなっており、ダイタクヤでは俺がどうだったかなどをそれぞれに聞かせ合っているようだ。
どっちのメイドも俺の気に入ったように成長してくれているので、入れ替わっても判らないくらいに俺と親しげに話せる。
それを疑っていたダイタクヤのメイドたちだったが、自分たちと同じようにトウトのメイドたちも溌剌としており、俺を顎で使っていることも目の当たりにして嬉しかったと言ってくれたものだ。
午前中のうちに陛下の元へと登城したが、セントラルキャッスルの方はさすがと言うか全く被害もなかったようだ。
その他の貴族家からも報告が聞こえ始めており、幸いにして震災で亡くなった貴族はいなかったようだ。
メイドや家令と言った中には屋敷の崩壊に伴って命をなくした者も居たというのだが、俺にも関係のあることだと言った方がいいのだろうか。
少しの迷いもあったが、陛下とお妃様には話すことにした。
「シンカタに発生した地震は何者かによる人為的な地震でした。地面の歪を解消する最中にその者の意識に触れることができて、私をおびき寄せるための罠だと言うのです。
ちょうどその時にトウトにも地震が起こり、私の屋敷も燃え落ちてしまいました。
幸い誰をも亡くすことはありませんでしたが、一時シロップとアニエスに娘たちが行方不明となったのです。」
「誠か!?それで皆様は?」
「はい、ユイも無事ですし、睦月もカーリオもクレイオもケガもなく戻ってきました。
攫われたものと思いましたのですが、その者たちは人とサキュバスの番であるらしく、私など遠く及ばない技量の持ち主のようでした。
妻たちを探してその者の作る次元断層を渡るうちに私も新しい魔法を習得することができまして、それを望んでいたのだと言いました。
直後に妻たちが屋敷に戻ってくることができ、私とフィアの技量をもっと高めて欲しいというのです。そして手伝ってほしいのだと。」
「フィア様もですの?」
「はい、その者たちはそのように言いました。また、如月の成長にも期待しているようでした。
それだけの事がこの先に控えているのだろうと思いますと、気を引き締めなければならないと思われるのです。」
「トウトの地震はその者たちの仕業ではないというのであろう?とすればまた別の勢力の暗躍も警戒しなければならんの。
取り敢えず奥方様たちやお子のみんなに大事なかったのは不幸中の幸いであるな。
事を荒立てる必要はないのでな。それと、皆もそなたの屋敷で振る舞われる温かい食事に感謝しておる。
申し訳ないが、引き続きの協力をお願いするよ。」
「ソウタさん、決してご無理などなさいませんようにお願いしますね。」
改めて感謝を頂き、城をあとにすると、他家から我が家に食事を分けてもらうためにやって来ているメイドさんたちが長い行列を作っている。
その横を歩いて通ろうとした俺だが、俺の顔を見るなりに並んでいるみんなが口々に感謝を伝えようとしてくれる。
手を挙げてそれを制して、努めて明るく振る舞う。
「みんな聞いてください。困ったときはお互い様です。それと毎日俺が作った旨い物がみんなで食べられるチャンスですから毎日来てくださいね!
今日と明日はメニューが違うんですよ。明後日にはもっと変わったものが食べられるかもしれませんから、みんなで来てください。」
聞いたメイドたちが俺の話し方を聞いていたからか、キャーキャーと黄色い悲鳴を上げている。
臣下の礼なんて腹の足しにもなりゃしないし、こっちの方がみんなも元気が出るってモノだ。
恥ずかしそうにして並んでいたメイドさんたちも、今話題のお店に並んで順番を待っているような表情になった。そうだろう、大変な思いをした人たちばかりなんだから、ここで更に他家に頼ることを恥ずかしいと思いながらも背に腹は代えられないと、貴族家を代表して何人も来ているんだ。
そんな気持ちで来てもらっても、美味しく食べられないんだからこっちから吹っ切ってやるのも悪くない。
「公爵様!今日はどのような物をおつくりに?」
「今日は我が家で一番人気のある”唐揚げ弁当”と言うお弁当です。夢中になっちゃいますよ!?」
また黄色い悲鳴があがり、さっきまでの悲壮な表情なんかどこにもない。
これからが大変なんだから、せめてここに来るのが楽しいことじゃなければいけないだろう。
自分の仕える家では絶対に話せないような口調で自分たちが貴族と喋っていることに気が付いていないらしく、その表情は明るい。
その向こうで開いた口が塞がらなくなっている何の大臣だったか忘れた公爵様が茫然と立ち尽くしていた。
礼の一つもと思って来てくれたのだろうが、自分のところのメイドも他家のメイドも等しく俺とふざけ合っていることが信じられなかったのだろうか。
パクパクと空いたり閉じたりしているお口が面白い。
そこの公爵家のメイドが真っ青になっていたが、頭をポンポンと軽くたたいてやり、心配ない。そう告げると安堵の表情を浮かべていた。
「公爵様、どうされたのですか?」
俺がそう問うと、ようやく自分を取り戻したのか俺の側までやって来た。
「ヤマノベ公爵様、このような過分なお気遣いを賜りまして深く感謝申し上げます。我が家では台所を預けた者も大怪我をしてしまいましてな、こちらで頂けるという食事に頼っている有様でして、お恥ずかしながらご挨拶にと。
慌てて来てみれば我が家のメイドが気安くも公爵様に生意気な口を利いておりまして、どうお詫びしたものやらお恥ずかしい限りです。」
「違いますよ。今ご覧になられた楽しげな様子は我が家ではいつものことです。そうでなければこちらが調子を悪くしてしまいます。
ですのでこのように気安くしてもらっているのです。どこに出しても立派にお勤めされるでしょうこちらのメイドさんも、我が家に来る時だけはこうしてくれるようにお願いしています。
他家のメイドさんも一緒です。楽しいのが我が家では一番大事なことでして、そちらにしましても降ってわいた災難で皆さん大変な思いと、辛い気持ちを抱えていらっしゃる筈でしょう?せめて食事の準備ぐらいは楽しくさせてあげてください。
それが私にとって、とても大事なことだという事です。」
「はぁ、本当によろしいのですか?」
「もちろんです。さぁ、公爵様もお屋敷の復興に旨い物を食べて、お力をつけてから臨んでください。きっと捗りますよ?」
なんか騙されたような顔をした公爵様だったが、執事に付き添われて来た道を帰っていった。
「みんなに聞きたいことがあるよ。」
今の公爵家のメイドを見ながら話す。
「各お屋敷にケガ人は多くいるのか?」
それぞれのメイドたちが重傷者や軽傷者の様子や人数を聞かせてくれる。
「あす全員を連れておいで。その場でまとめて治すから一人残らずに連れてくるんだよ。手伝いを増やして馬車や荷車に乗せてでもいいから、必ずな。
帰りに美味しいお弁当を持って帰るのも楽だろ?」
「ほ、本当によろしいのですか?火傷を負った者は見た目もひどく、公爵様に診ていただくなど申し訳ないのですが。」
「大丈夫。女性の肌に火傷の跡なんて残ったらどうするの?帰りはちゃんと全員綺麗になってお腹を空かせて帰れるから。」
男性も連れておいでよと念を押すと笑いが起こり、少しずつ進んでいる配給の列も短くなっていった。
街全体にリジェネレーションを掛けても魔力は減らないんだから、そのくらいしておけばまた喜んでもらえるだろう。
いい匂いのするお弁当をたくさん抱えて帰るメイドたちにも「明日も楽しみにしててね。」といえば、「はい、ご馳走になります。」と明るい笑顔で駆けて行く。
明日は何にしようかな。
女性が多いようだし、デザートもつければ我が家でも喜んでもらえそうだ。
建設的な事も考えられるようになると、少しは気が楽だと思えるようになってきた。
自分たちのレベルを上げる方法なんかも考えないといけないし、忙しくなりそうだ。
何話かに渡ってシロップたちが誘拐される予定でしたが、作者が絶えられませんでした。
でも、少しずつキナ臭い話も多くなりますので、我慢して読んでくだされば幸いです。




