【第101話】クモの糸
仕事始め、いかがでしたか?
休みボケでちょっと辛かったですが、なんとかなったような、ならなかったような?
皆様も、はりきって参りましょー!
妻たちと約10日間の間、あちらこちらと遊びまわり、盗賊に襲われては潰して回り、観光地のはしごをして回った。
11日目に軽井沢でメンバーと合流し、馬車が3台になったことによって観光モードからお仕事モードへと切り替わった。
「ソウタさん、シンカタの地質調査がまだ全部終了していないと陛下からお伺いしています。センサーはどこに設置しようとお考えですか。」
「ああ、俺が向こうに居た時にな、シンカタで大きな地震があって、結構な被害が出たことがあるんだよ。
その前後にも数度の地震があったから、被害の出た場所については覚えてる。
少なくとも近年にあった地殻変動についてだけでも見張っておこうと思ってる。
設置にはフィアにも手伝ってもらうことがあるからな。よろしく頼むよ。」
「はい。お任せください。」
このままではセンサーの設置が終わって幾らも経たないうちに雪景色となるだろう。
降雪時期にはセンサーの張り線に着雪が起こり、誤作動するはずだ。
シロップが笠地蔵みたいにしたらどうかと言うのだが、センサー本体より張り線の方が重要なんだよな。ただし、センサーの保護には有効なので採用とした。
「如月ちゃんが剣の姿の時、刃が傷まないように鞘に入れるじゃないですか。張り線もそうしたらいかがでしょう。」
うちの嫁たちが冴えている。
アニエスの意見は簡単に実現できるし、スタッフ連に協力してもらえば楽なものだ。
移動中に随分と具体的な方案も定まり、見通しが明るくなってきた。
実はセンサーからの報告のための通信方法も解決して、テストも十分に済ませてある。
風魔石に風の囁きを籠めておくことで、センサーが地殻変動を感知した際に俺のところに知らせが飛んでくるようにできた。
一つ一つの魔石に魔法を籠め、音声登録をしなきゃいけないという手間暇はあるものの、娘たちが協力してくれた。
「ソウタパパ大変にゃ!」「パパ、地震が来るよ!」「パパ!にゃにゃにゃにゃにゃ!睦月ったらおれの真似するにゃ!」「にゃん!」「にゃん!もう、カーリオもクレイオもおれの真似じゃにゃいか!」
始終こんな感じで録音が行われ、楽しいったらないが危機感はごっそりと欠落してしまった。
セリフでどこのセンサーか判るようにしようと思っていたのに、もう全くムリだ。
仕方なく声の主で設置箇所を区別できるようにすることにした。そうしないと収拾がつかなくなってしまったんだよ。
風魔石のウィンドウィスパーはCD-Rに音声を焼いているような物で、やり直しが出来ないって言ってるのに娘たちが無茶苦茶やるし、妻たちは順に俺への愛を語り始める。
「ソウタさん、5年間ありがとう。まだまだこれからですからね、愛してます。」
「あなた、ムリしないでね。いつもありがとう。愛してるわ。」
「ソウタさん、もっとギュって抱いてくれていいんですよ?いっぱい愛して下さい!」
「ソウタさん、エッチのあとにおでこにキスしてくれるの嬉しいです。今夜もお願いします。」
だから・・・
フィアが見本を見せると大見栄切って最初のをやってから、順に如月もシロップもアニエスもこれをやった訳で、これを警報にしろと言うのか。
メッセージの全てが嬉しい。
嬉しいなんてものではなくて、涙さえ出そうになったが、なったが、これは警報なのか?
数も限られている風魔法の魔石が無駄に貴重な宝物になって、お役御免になっても捨てられなくなってしまっているじゃないか。
全部回収しよう。
ひとつ残らず俺の宝物になってしまってる。
こうして作られた数々の活断層監視装置はシンカタの新潟で地震の起こった場所へと設置が進んでいった。
断層を跨ぐように何か所にもセンサーが置かれ、その間を目に見えないほどのオリハルコンの張り線がまたぎ、その線を保護するトンネルのような物が被せられて行った。
センサーは地上から30cmの高さほどに設置されるが、足元には3mを越える杭が撃ち込まれ、その上に取り付けられる。
向かい側との間の張り線の張力が非常に強いために、こうしなければならなかったのだ。
そしてほとんど弛みのない状態に張り詰められた線に着雪などが無いようにとU字のコンクリートブロックを被せて行った。
ハイコンプレッションで超高圧に固められた、半ガラス質の砂からできたコンクリートは紫外線からも塩害からも長時間耐えられ、雨水で崩れることもないので雪に埋まったとしても張り線を守ってくれるだろう。
それぞれのブロックにサキュバスの羽と聖銀の巨人。駆ける箱馬車がレリーフになっており、貴族由来のモノだとわかるようにしてある。
旭日旗をレリーフにすると、片っ端から盗まれてしまうのだ。
U字ブロックそのものに価値がある訳ではないのだが、旭日旗、すなわち神国のトレードマークが貴重なことから、家宝にしたい村人や商人たちが自分の家に持って行ってしまうことが頻発するんだ。
最初は国の事業だからと旭日旗のレリーフを着けていたのだが、警報が鳴りまくり急行すると、持ち去ろうとする農民たちの群れに出くわしたりして脱力したものだ。
それも次から次へと同様の窃盗が発生し、俺が逆に休めなくなってしまったものだから、領主からの勅令による周知と共にレリーフのデザインを変えざるを得なかった。
で、我が家の家紋にしたのだが、それからピタリと窃盗事件が収まった。
それが逆にショックを受けたのだが、一貴族家の紋章ぐらい確かに興味なんかないか。
スコップを片手にせめて雪除けくらいはしておかないとと現地を訪れると、どのセンサーも周囲が綺麗に雪かきしてあり、雪に埋まってるセンサーが一つもなかった。
今度は何だ?そう思いながらセンサーを確認していると、50歳くらいのご夫婦がやはりスコップをそれぞれの手に持ち、現れた。
「そちらも雪かきですかぁ?」
言いながら近づいてくるご夫婦に俺も膝の雪を払いながら「おはようございます。」とあいさつを交わし立ち上がる。
俺の姿かたちから近所の農夫ではないと思ったらしく、ご夫婦が膝をつき、臣下の礼を取られた。
「どこを見ても綺麗に雪が避けてあります。大変ありがたいのですが、これはどうしたことでしょうか?」
居丈高でない俺の話を聞いて、ご夫婦は膝を上げて話しかけてくれる。
「ご存知ないのですか?この紋章はヤマノベ公爵様の物ですよ。」
「いえ、それは知っていますが。」
「だったら判るでしょう?この国を様々なものから守り、悪い貴族を廃して陛下のためにご苦労なさっているのですよ?それを聞いたことのある者であればここにこうして家紋がある以上、不都合のないようにして差し上げるのがせめてものお礼ではないですか。
あなたもどこかのお役人様であれば、雪の一つも避けて差し上げてください。」
言うだけ言ったとばかりにご夫婦は手分けして更に除雪を始めてしまった。
額に汗を浮かべ、白い息を吐きながら、休むこともせずに除雪に励み、最後はセンサーの上に積もっている雪さえも素手で払い除けていた。
「あの、そこまでしていただいてありがとうございます。そのセンサーは少しぐらい雪が積もっていても正常に機能するのでご心配には及びませんが。」
「だめです!公爵様のなさっていることに不具合があってはなりません。」
奥さんも反対側のセンサーに乗った僅かの雪まで素手で払い除けていらっしゃるのだが、なんだこれ?
一番引いてしまったのが、U字ブロックの一つ一つに祈りを捧げるかのように手を組んでいるのだ。
「あのう?公爵はまだ生きてますよ?」
「当たり前ですよ!少しでも感謝を伝えなきゃいけないからこうしてるだけです。放っておいてください。」
なんだか悪いことをしたみたいだ。
「最近の若い奴は」とか、「神国は何を教育してるんだか」とか、なんだかえらいところに噛みついているようだ。
ひとしきり俺への祈りを捧げてもらって、バツが悪いと言ったらないんだが、取り敢えず温かい物でも飲んで帰ってもらおうと次元断層を開き、フィアに作ってもらった紅茶を竹で作った器に取り分けて二人に勧めた。
「お疲れさまでしたね。フィアの作った紅茶なんで、濃くなってるかもしれませんがどうですか?」
俺のやっていることを見ていた二人の顔面が蒼白になってる。
「ど、どうされたのですか!?」
「いま、誰と仰いましたか?」
「フィアですが?」
「・・・・・・」
「えっと?」
「そ、そ、そのフィアさんと言われるのは?」
「私の妻ですよ。サキュバスですが、もう連れ添って5年になります。フィアをご存知ですか?」
「い、いえ、お会いしたことはございませんが、といいますか、フィア様が奥様ですか?
なぜです?」
「なぜ、ですか?なぜと言われても15歳の時にフィアを妻にしたのは私ですから、ご質問頂いている意図が判らないのですが。」
「だって、フィア様を見初められたのはヤマノベ公爵様です。」
「ええ、その通りです。私がそうですが。」
なんか、大体読めたので冒険者カードを引っ張り出して、旦那さんの方に見せてあげた。
カードを覗き込み、裏側を顔をひねって見ようとするので返して見やすくしてあげた。
また、裏側を覗こうとするので元に戻して見せてあげた。
ガクブルし始めたお二人に、「臣下の礼は必要ありません。」そう念を押した。
多分そうするんだろうと思ったし、雪を避けて土が出てる。そこに膝をつかせたくなかったのだが、飛び退くようにして土下座されてしまった。
ああ、せっかく止めてって言ったのに。
「お立ちなさい。」
少し命令口調で告げ、慌てて立ち上がったお二人に魔法を掛けた。
「ヒート、ウォッシュ、ドライ、ウォーム!」
「うぁああ!?」
ぐっしょりと冷たい泥汚れのついた二人の膝が発熱し、汚れが分離するほどにお湯につかり、瞬時に乾いた上に、温かくなったはずだ。
二人で手を取り合って驚きに耐えたようだ。
「これは!?」
「こんな冷たい土に膝をつかないでください。風邪をひいてしまいますよ。
ここをこんなに手入れしてくださって、ありがとうございます。これらが何のためにあるかご存知でいらっしゃいますか?」
「いえ、私どもなどヤマノベ公爵様のおやりになられることを判ろうはずもございません。」
だから、膝をつくなというのに。
手で無理矢理に静止して、立たせ紅茶を渡す。
「いつとは申せませんが、シンカタに地震の予兆があるのです。地震はただ地面が揺れるだけではなく、その前に少しずつ地面に異常が現れることが判っています。
これらはその異常をなるべく早く知るためにこうして設置しているものです。」
「地震、ですか?公爵様はそれがお分かりになるのですか?」
「そうではありません。陛下よりのご依頼がありまして、お城の方で調べていただいたのですが、フセイ、セキセン、トサンと順に地震が起こってまして、その先にも西の方から順に地震がこちらの方に来ていることが判ったのです。
次はシンカタだろうという陛下の御判断もあって、こうして調べているわけですよ。」
二人は俺の話を聞き、感心することしきりと言った感じだったのだが、そうしたことにも俺たちが気を配ったりしていることに驚いたそうだ。
そうしなければ「迷い人」がまた来てしまうとか、そうした裏事情については話さなかったが、被害が大きいだろうことと備えをしておくことだけは村中に啓蒙しておいてくれるようにと一筆書いたメモを手渡した。
このメモにも俺の家の家紋が入っているので告知効力はちゃんとある。
いろいろを話したが、最後に礼を言うとものすごく恐縮され、気を付けて帰るように言った後で俺はうちまでテレポートした。
「こ、公爵が消えた!?」
「あなた、公爵様は神国一の大魔法使いなんですもの、このぐらいのことはなさるのでは?」
二人が帰路についてセンサーの周りから人気が消えた。
直後に木立の陰から人が現れたのは誰にも見咎められることもない。
「ほう、変位センサーか。ずいぶんと手の込んだものを用意したんだな。あの公爵様、さすが色々とやる。」
マントのフードを深く被り、表情は見て取れないが、長身痩躯のその男はセンサーを見て目的を正確に理解しているようだった。
「これは次の召喚は難しくなりそうだ。」
「あらあら、気弱なことね。貴方らしくもない。」
もう一人現れた方はこの気温が寒くないのだろうかと、見るだけで鳥肌が立つほどの肌の露出がある。
見た目には15歳ほどにも見える少女だ。
「貴方のお蔭でこの1500年、とっても楽しかった。あの公爵様が来てから増々楽しくなったじゃないのよ。」
「そうだな。確かに楽しくなった。こんな手応えを感じる奴が来てくれるとは思わなかったからな。」
「飛んで帰りますか?」
少女の背中からビロードのような艶を纏った黒い羽が展張され、一つだけ羽ばたいて見せた。
「いや、次元断層で帰ろう。空に昇ると寒いからね。お前も風邪をひいてしまうよ。」
「はい、判りました。」
二人は木陰から出て来た時と同じように、木陰に消えて行った。
俺は翌日以降、キチンと時間を守ってセンサーの製作に取り組むようになった。
出掛ける用事のない時、人と会う約束のない時は、午前中のほとんどを魔石の保管庫にしていた部屋で過ごすようになった。
昼には妻の誰かが迎えに来てくれて、一緒に片づけをすますと昼食となる。
午後からは妻たちの用事や子供たちの遊び相手に没頭するようになった。
ユイは毎日午前中のうちに勉強をすますようになり、3歳児とは思えない識字能力を発揮し始めている。
睦月がユイに文字を習い始め、効率がいいという訳ではないがお互いに高め合っているようにも見える。
カーリオやクレイオも性格がはっきりしてきて、カーリオはとにかくじっとしていない。
瞬き一つの間にも居る場所が変わっており、シロップがゆっくりする暇もないほどだ。
午後からの大半はカーリオも俺の側に居るので、ようやくシロップの時間が出来る。
クレイオは全く逆の性格で、大抵は俺の側で過ごしている。
俺が立って歩けばついてきて、俺が座れば横にちょこんと座る。
天気が悪い日や寒い日は遠慮なく俺の膝に上がるが、そうでない時は横に座って絵本を眺めたり、本を読んでと持ってきたりもする。
朗読会が始まるとカーリオもいつの間にやら隣に来ており、二人一緒に物語の世界へと遊びに行っているようだ。
睦月とユイが朗読会に参加することも多く、時にはどちらかが物語の続きを諳んじたりして驚かされる。
シルファは一日の大半を幼女組と過ごすようになり、大人のメイドさんたちに色々な仕事を貰って6人でこなしているとアニエスから聞いた。
本人もその日の仕事ぶりを風呂の時に聞かせてくれて、日々進化を遂げているようだ。
最近は「おれ」もすっかり取れて基本的には自分のことを「私」と呼ぶようになっているし、立ち居振る舞いもレディーの片鱗を見せ始めている。
シルファが女の子らしくなってくると、ネコミミもゆらゆらと動く尻尾もとても魅力的なチャームポイントになり、城についてきたりすると他の家の貴族様たちや城の家令、執事と言った男性陣からものすごくモテている。
悪い気がしないようで見栄えが可愛いセーラー服を必ず着てくるのも女の子だなと思わせるようになってきた。
シルファもまだ11歳だからどんどんと背が伸びており、もちろんユイも睦月もそうだ。
特にこの三人がオシャレに敏感なようで、三人のセーラー服は成長に合わせてこの間オウヒンまで買い直しに行ったほどだ。
何度か買い直せば、あとは「おさがり」が順番に着れるようになるだろうと、ちょっとした買い物旅行も兼ねて家族で行ってきたんだが、指輪をはめてからの如月の遠慮が取れたことと、夜の生活を充実させたいフィアやシロップにアニエスが如月と一緒に爆買いをやらかしてくれて、余所行きに着れない衣装ばかりが大量に馬車に詰め込まれた。
最後部の応接室が買い物で溢れかえり、フィアの荷物からネコミミのカチューシャが見えているし、アニエスの荷物にはバニーさんの耳がはみ出している。
シロップの荷物にも負けじとデカいリボンが乗っており、不思議の国のアリス風な衣装が包装されているらしい。
如月の荷物の隙間からエナメルチックなセパレートの水着のような物が見えているのだけが判らない。
ムネも股間にもチャックが付いているところを見ると着衣のまま出来る衣装のようだが、目だけ隠す仮面とか鞭のような物が入っていないことを願って止まない。
その様な性癖に目覚めるつもりもないのでな。
若干の不安と、若干の社交用の衣装も馬車には乗っており、娘たちの可愛い衣装だけが俺の心を癒してくれそうだ。
シンカタのセンサー設置工事も順調に進んでおり、いつかのご夫婦が領主に俺が書いたメモを届けたことで、地震の発生が予見されていることが広く領民に周知されたのだ。
いつ発生するか判らないという前提で、地震が発生した際に被るだろう被害を最小限に抑えるための数々の自衛手段が講じられた。
一般家庭では倒壊物に人が押しつぶされないように家屋の補強工事が奨励され、家財道具の固定も捗っていると聞く。
塀の倒壊による歩行者の被災なども俺の経験や知識が生かされ、生垣へと土づくりの壁が交換されていった。
人を守るために避難所があちこちに建設され、日持ちのする食料や水などの確保も進んでいるし、マジックバックが国の指導の下に集められ、生鮮食料品なども各避難所が収容するであろう人数に応じて確保されて行っている。
また、罹災家族がどうやって集まるか。離れ離れになった際にどうするか、年寄りや身体障害者が非難するにはどうするか。などの地域コミュニティーを守る活動も盛んに行われていった。
これに触発されたように、サンケイ(山形県)、シュウデン(秋田県)、セイシン(青森県)なども同様の対策を事前に済まそうと積極的な動きが見られ始める。
まだ時間がある。ではなく、次は自分たちだと言う意識が芽生えると、今から取り掛かれば慌てずに済むので、財政に負担が少ないと読んだのだろう。
山深い里に住む集落が強制的に市街地周辺に疎開させられたり、郊外に田畑を移設し、農協化することで各農家の収益を均等化して保護したうえで、労働力が一斉に田畑に入ることから、画一的な生産が図られ、貧困にあえぐ小作農家が無くなった。
豪農と言われる奴らも減ってしまったが、そのような者たちは農協の要職に就けることでガス抜きを図られているようだった。
社会システムが地震を機に一気に進化したのは別の意味で幸いではあった。
現代の富山市が推奨している「スモールコンパクト構想」とよく似たシステムが地震の威を借りて実現していることになるのだが、人の暮らす場所を市街地に集約するとインフラの整備に掛かる範囲が限定的になり、20人しか住んでいないような限界集落まで電柱を立てて電気を引くとか、下水道整備を行う。厳冬期に閉じ込められた集落まで重機を出して除雪を行うなどの公平でない税金の支出もなくなる。
緊急医療も目の届く範囲しかカバーする必要が無くなるなどの見地からもメリットが多かった。
反面となる部分も本当は多いのだが、トサンのように備えるべき地震が済んでしまった土地では全く進まない社会システムの再構築が、シンカタを皮切りに恐ろしいまでのスピードで進んでいく。
効率的農業や見直された市街化計画など、様々な効率を追求した街づくり、防災対策が施されていき、陛下や国勢を預かる国貴族たちに驚きを与えているようだった。
そうしたメリットを感じることができれば、その他の国や領地でも同じような事が起こるかもしれない。
現に、まだ被害から十分に回復していないセキセンやトサンでも同様の街づくりが模索されているという。
クノエの北半分が連邦制に変革を遂げ、数年を経た訳だが、これらも大きな成果を収めつつあり、アマクサ(熊本県)、サーガー(佐賀県)、チョウザ(長崎県)だった場所が商工業を担い、プクリョウ(福岡県)、ダイフン(大分県)が漁業と農業の大部分を担っていると聞く。
各々の国が別々に機能しているわけではないことから、域内の国民の所得と税の割合や食料の流通、工業製品の流布などが完全にコントロールされており、どこに暮らしても暮らしやすさにほとんど差が無いと言う。
自分が何をやりたいか、飯の種を何にするかで人口移動も自由に行われているし、物価変動もなく、国民総所得がクノエ南側の各領に比較しても2倍近い開きがあるというのだ。
こうなると開けても暮れても国盗り合戦をやっているような南側からの人口流出が止まらなくなり、キューギ(宮崎県)やシカジ(鹿児島県)などは平静を装ってはいるものの、窮地に立たされようとしているらしい。
神国と言う箱の中でも色々な栄枯盛衰があるものだと思わされる話を陛下より伺った。
シンカタの綻びを閉じるまで来るなと言っておられた陛下であったが、いつ起こるか判らない地震を待って、それが終わるまで行かないで済まさないといけないかと妻たちにも登城を許していなかったのだが、それぞれにすることもあって、ムリに行きたいという妻も居なかった。
あの時の陛下の御様子はアンニさんもユンカーさんから聞いているし、俺たちが全く登城しなくなっても心配はされていない。
聞くところによれば、ゲオルク様とお妃様はたいそう寂しがっておいでのようで、その点についてだけは俺たちも思うところがないわけではない。
かと言って、ケンカしたから顔も見たくないとかそんなバカバカしい話でもなく、シンカタの地震が無事に済ませられればと思うしかなかった。
そんなある日のことだった。
昼食も済み、クレイオを横に座らせて、カーリオが俺によじ登っているとき。
庭先に人の気配があり、大きな声が聞こえてきた。
「ユイ殿はご在宅か!?」
堂々とした威厳のある可愛いお声はゲオルク皇太子のようでもある。
俺の上から降りたカーリオがトテトテと窓際まで歩いていくと、笑顔でゲオ!ゲオだよ。と騒ぎ始めた。
そんな馬鹿な?俺は慌てて立ち上がり、カーリオの横まで一息で歩いた。
そして窓の外には果たしてゲオルク様が泣きながら立っておられたのだ。
みれば膝をすりむき、頬に引っかき傷を作っておられ、オシメのとれたばかりの年頃とは思えないような悲惨な姿となっていた。
「皇太子殿下!いったいどうされたのですか?」
兎にも角にもゲオルク様を抱き上げ、部屋へといれると、俺にしがみついたまままた大声で泣き出してしまった。
「公爵が悪いのだぞ!おぬしが父上と変なやくそくをするからじゃ!ユイ殿が来ぬではないか!!!うわぁぁぁぁあ!」
魔王の城まで大冒険をこなし、悪神百鬼を蹴散らしてきた勇者様に泣きつかれ、魔王はただ笑うしかなかった。
囚われた姫はどこだったかな?
勇者様を抱き上げ、ハンカチで涙を拭かせてもらいながら、カーリオとクレイオを従えてユイねぇ探しが始まった。
高い位置から「ユイ殿!ユイ殿は何処か?」なんて叫んでいる勇者様は返事が無いとまた頬を涙が伝う。
従者1と従者2も魔王のズボンを掴んでついてくるが、「ゆいねぇ!ゲオが泣いてるよぉ」、「ゆいねぇ?ゲオがうだうだしてるぅ」とHPをガリガリと削りまくっている。
カーリオ、「うだうだ」は勘弁してあげて?
寝室を見たが、誰もおらず。
食堂に行ったが誰もおらず。
あれ?と思った処に馬の嘶きと共にみんなの声が聞こえてきた。
「あれはユイ殿のお声だ!はよう!!」
この勇者、ホントにうだうだだわ。
「仰せのままに。」
そう言って外に出るために、カーリオとクレイオも二人まとめて抱き上げ、サンダルを履いて裏扉を開く。
ユニコの背に睦月をくっつけてユイが颯爽と跨っているところだった。
妻たちが声援を送り、馬番の頭がユニコを引いているところだったんだが、どこぞの勇者様と比べると随分と勇ましいこった。
「あれ?ゲオじゃない!?どうしたの?」
「おお!ユイ殿、おひさしぶりです。」
妻たちの周りには馬番に付き添われた白い方のペアとウィングに旦那が来ており、フィアがウィングに舐められていた。
テーブルを俺が出して来て、シルファがいそいそと椅子を整えてくれた。
シルファだけじゃなく、幼女組みんなでだが。
妻たちもテーブルに着くと、娘たちも近くの椅子にみんな腰かけた。
ゲオルク様はユイのすぐ隣に椅子を自ら運び、飛び乗ってご満悦な表情だ。
膝の擦りむきも頬のひっかき傷ももう、全然忘れてしまっているらしい。愛は特効薬だよな。
俺が事の顛末を妻たちに伝えると、妻たちの目も優しいものとなり、ほのぼのとした雰囲気になる。
ゲオルク様に甘い紅茶を淹れて、ユイと飲ませると二人ともどこぞのカフェでデートするように睦まじくしているのだ。
カーリオとクレイオはシロップとアニエスに「実は・・・」と勇者様の恥ずかしい登場シーンを語って聞かせ、フィアや如月も笑い声を上げている。
まさにその時、ばたばたと城の近衛兵幾人かが団欒の場になだれ込んできた。
「公爵様、こちらで皇太子殿下はお見かけになられませんでしたか!」
肩で息をし、慌てふためいた兵たちにはそこの桃色空間が目に入らなかったらしく、俺に掴みかからんばかりに詰め寄ってくる。
事情は分かるが、慌てないでほしい物だ。
俺が、掴みかかってくる兵士に向かって「あっち」と指さして見せると、何だこの野郎!?的な顔でそちらを向く。
ユイと愛を語らう皇太子殿下にはそんな兵士さえ眼には入らないようだ。
「はぁぁぁ、よ、良かった。」
俺の横に跪いてしまった兵を労い、椅子を譲ってやると恐縮しながらどっかと雪崩れ込む様に座り込んでしまった。
他の兵たちも俺の妻たちから椅子を譲られ、深い感謝と共に倒れ込んでいた。
「どうなのだ!?ゲオはいたか!」
今度は陛下自らが雪崩れ込んできた。
なんだって言うんだ。
見れば陛下の衣装の膝から下は泥だらけ、肘と手も泥まみれで立派な衣装も泥と言わず、小枝や枯れ葉がたくさんついている。
どこを潜ってこられたんだろうか?
立つ気力さえも失った兵たちに替わり、俺がまた「あっち」と指さすと、自分の息子が愛しい姫と愛を語らう姿に他の兵のように崩れ落ちてしまった。
陛下にも椅子を差し上げ、クラッシュアイスを詰めたグラスに甘くした紅茶をなみなみと注いで崩れ落ちた全員に振る舞ってやる。
兵たちは「公爵自らに申し訳ない」と平身低頭しながらも、いいからという俺の言葉に遠慮なくのどを潤していた。
陛下も一息に飲み干して大きなため息を吐いてから頭を下げられた。
「ソウタ殿、団欒を乱してすまなかった。昼少し前からゲオが見えなくなってな、城中が大騒ぎになっておったんだよ。
私が勢いで言ったこととはいえ、それで随分と寂しい思いをしておったのであろう、一人で城を抜け出そうとした様での、南側の森にゲオの靴が落ちておったモノだから、更には誘拐かと。
兵たちが先行してこちらに参ったのだが、一向に戻って来ぬもので勝手に上がらせてもらったんだ。
騒がせてしまい、本当に申し訳ない。」
シロップの用意したお替わりを少し飲んでようやくにも落ち着いたらしい。
アニエスも兵たちにお替わりを勧めており、皆が恐縮しながら落ち着きを取り戻していた。
アンニさんがアスナを城にやって騒動を治めてくれたらしく、アスナはアマーリエ様をサルーン馬車に乗せて戻ってきた。
陛下が崩れ落ちている側まで馬車が入って来て、心配そうな表情のアマーリエ様が馬車から降りてこられたが、このウダウダになってる状況と、ユイと楽しそうにしている息子に心底安堵されたようだった。
もう安定期に近いとはいえ、秋の終りに無茶はしないでほしい物だ。
睦月を俺の膝に預けた如月が、アマーリエ様を椅子へと誘い、屋敷から持ってきたひざ掛けを掛けるようにしている。
ちょっと泣いていたのかもしれないアマーリエ様は皇太子殿下を叱ろうとしたが、それは俺が止めた。
「アマーリエ様、大人の事情で殿下は随分寂しい思いをされたのでしょう。そこを考えればただ怒るのもお可哀想です。
ご無事でいらしたことですし、良かったという事にしませんか。」
「それではたくさんの者たちに掛けた迷惑に示しがつきませんのですが。」
「それは、世から話そう。公爵の言われるように私たちの都合を押し付けるにはまだ早いだろう。」
「そうですか、陛下がそのように仰っていただけるのであれば、私からは言わないことにします。公爵様、ありがとうございます。」
「せっかくいらしたのですから夕食などいかがですか?近衛の皆さんもくたびれましたでしょう?」
「誠か?嬉しいのう。みなも相伴にあずかっていきなさい。折角お誘い頂いたのだし、ここの食事は驚きの一言だぞ。」
「私どももですか?構いませんので?」
「ぜひ。うちは変わってますがよろしければ。」
兵たちも聞いたことはあったのだろう。我が家で夕食と聞いて俄然元気が出て来たらしい。
夕食時までに陛下を始め、皆さんに風呂で汗を流してもらった。
ゲスト用の風呂も見ごたえのある豪華なものにしてあるので、陛下がお入りになっても問題なく楽しんでいただける。
俺がそそのかし、陛下とお妃様二人で楽しんでいただいた。
かなり長風呂だったから、十分に寛いでもらえたものと思う。
その後、近衛兵たちもまとめて入浴させたが、自分たちが普段触れることのない世界を堪能できたようで、ものすごく喜んでいた。
俺たちは自室の風呂でその間に入浴を済ませたんだが、いつもの全員+ゲオルク様と変わった編成となった。
まだ2歳の子供だから可能なことであって、もう少し大きければ絶対に入れなかったと思う。
ゲストが居るからと俺が気を使う訳も、妻たちが遠慮するわけもなく、ゲオルク様以外全員の頭を洗い、俺が洗われ、湯船で十分に温まった。
ユイに世話を焼かれて、嬉しそうにしていたが、傷が染みると思い入浴前にヒールで治しておいたのが良かったようだ。
陛下と近衛兵の着ていた衣装もすべて俺の魔法でクリーニングしてあるので、気持ちよく着直してもらえるだろう。
日が暮れる前から俺は厨房に入り、近衛兵を驚かせるための仕込みに専念していた。
陛下とアマーリエ様は妻たちの歓待を受けており、娘たちに交じるゲオルク様を微笑ましく見守っておいでだった。
ここで居る場所が無かったのが近衛兵だ。
次々と集まってくる屋敷中のメイドたちに囲まれて質問攻めにあっていた。
陛下や俺たちの食事が先だろうにと思っていたところに、食事を摂りに彼女たちが集まって来て面食らっているところだ。
おどおどと右を見たり左を見たり、綺麗どころに囲まれてしまい居る場所をなくしているらしい。
中には強者もいるらしく、メイドたちに「これは何の集まりだ?」などと話しかけたりしている。
「食事ですよ、あ~んしますよ!」なんて返り討ちにあっている。
次々と配膳される食事は腸詰やふんだんの野菜で作ったパエリヤにおなじみの唐揚げ、子供たちも嬉しいデミグラスソースの艶とコクが何とも言えないハンバーグ。
付け合わせのこんがりと揚がったフライドポテトと甘さが際立つニンジンのグラッセ。
捻じって盛り上げたパスタ。ナポリタンもオシャレに盛り付けると立派に見えるじゃないか。
兵たちはメイドたちと違ってイニシャルのカロリーが違うだろうから、全てが大盛りだ。
これに契約農家に秘儀を伝授して作ってもらっているトマトとモッツアレラチーズをこれでもかと使ったレタスとアスパラも美味しそうなサラダをつける。
メイドたちのテンションが異常な高まりを見せており、「お館様!お替わりはアリですか!?」なんて質問が飛んでいる。
「どんと来い、いくらでもあるからな!」
そう答えると黄色い歓声が上がる。
陛下たちはもう、可笑しくてたまらないと妻たちと手を叩いて喜んでいるが、近衛兵たちは公爵と対等に話すメイドに目が点になっている。
「兵隊さん!お替わりもあるって。たくさんいただきましょうね。」
いい笑顔で言われたら、コクコクと頷くしかない。
始終、圧倒されているらしいが、とにかくメイドたちが全員そろって主人とみんなで食事することが不思議でならないらしい。
先ずはと配膳されたコーンクリームスープを前に、俺が「いただきます」を言う。
続く全員が同じようにいただきますを唱和して自分たちの膳に手を付け始めた。
それで我に返ったのか、兵たちも自分の前の料理に取り掛かったのだが、どれを口に入れても美味しいらしく、メイドたちや他の兵たちとその感想を共有しているようだ。
「うむ。相変わらずに全てが完成されておるな。どれも暖かく、他とケンカもせずに旨い。ゲオルクに感謝しなければならんよ。」
「父上が益体もない約束など交わすからです。ユイ殿が城へ来るのは明日から自由にしていただきます。」
「ゲオルク、無茶を言ってはいけませんよ。陛下も良くお考えの上で公爵のご都合を大事にしていらっしゃるのです。」
「いやじゃ、ユイ殿に来てもらいたい。」
「わかった、判った。ソウタ殿、私がすべて悪かったようだ。ああは言っておるが、アマーリエも随分と寂しがっていたんだ。
明日からは今まで通りにしてやってはもらえないだろうか。」
ここは陛下と俺が悪かった事にしておけば、誰も困りはしないだろう。
「はい、私も家族のありがたみを陛下より諭されましたお蔭で、毎日それを痛感しつつ仕事をするようになりました。
失礼でなければまた、お城へ参りましてお茶を頂く時間をお許しいただけない物でしょうか。」
「ソウタさん、貴方はいつもお優しいのですね。私の元へフィア様、シロップ様、アニエス様、如月様がおいでになられればどれだけ心強いことでしょう。
ご不快でなければ、明日からでもおいでくださると嬉しいです。」
夕食を食べながら、このような会話が取り交わされ、俺たちは再び地震に備えながらもお城へと出向くことを打ち合わせ、取り決めたのだった。
寂しい思いをしたゲオルク様とアマーリエ様にとっては明日からの俺たちの登城を期待できるようになり、胸の痞えがとれた形となった。
そして、量らずも噂に聞いていた公爵家の晩餐に参加することになった近衛兵たち。
夢のような時間だったと俺に話してくれた。
しかし、夕食時になぜメイドが全員そろっているのか?なんて質問をされたのだが、お宅では夕食は皆さんバラバラに召し上がるので?そう質問で返すとうむむ。と考え込んでしまわれた。
「もしかして公爵様のなかで、メイドは使役する者ではないのですか?」
そう答えを考えてくれた兵士に握手を求めた。
「そうです。我が家のメイドは私の大切な家族ですよ。誰が欠けても困る我が家の大切な家族なんですよ。あなたにも気持ちの良い時間を過ごしていただけましたか?」
そう問うと、その兵は当たり前のように頷いてくれた。
「公爵様の言われる通りでした。このお屋敷はどこも、誰も、何もかもが素敵でした。」
「最上級の褒め言葉を頂きましたね。そうです。ですから我が家は陛下も羨むような、どちらの貴族様にも興味を持っていただけるような屋敷になっているんですよ。」
兵たちは深く腰を折り、感謝を伝えてくれた。
陛下ご家族を間近で見て、俺たちのような公爵家を身を持って体験したことで、色々と考えることができたという。
陛下であろうと、俺たちであろうと、それは人であり、人の繋がりに貴賤などある訳がない。それが判れば争う意味などどこにもなく、種族差があると考えることの方が愚かしいと思うと言うと、考えてみます。
そう答えてみんな帰っていった。
せめて神国の全ての領地でそうで有ってほしいなどと思ったものだ。
本日、投稿予定ではありませんでしたが、次話執筆が捗りましたので投稿いたしました。




