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Contractor with blood(血との契約者)  作者: 小西敬
ノブレス・オブリュージュの章
101/161

【第100話】SS 荒鷲

いつもお読みくださって、ありがとうございます。

お蔭さまで第100話を投稿出来ます。

 俺の愛龍が死んでしまったのは俺が未熟だったから。

 北華の領海侵犯艦など毎度のことで、装備は貧弱、練度は底辺。

 完全に舐めてかかっていたんだ。


 空軍はセキセンのショウマツと言うところに本拠地を構え、主に海外からの侵略に対する早期警戒と先制打撃を主任務にしている。

 他にも神国国内の災害派遣などの際には孤立集落への物資搬送や緊急医療行為などを提供する役割もあり、高い知識と行動力が求められる特別な存在でもある。

 俺はアスバルト=ハイネン、今年28歳になった。

 セキセンの地方領主の次男として不自由なく育ててもらったが、所詮は寒村の村長のような物。

 上の兄貴が次の代を守り、変化のない田畑を守り育てていくのだろう。

 俺は15歳の時に空軍士官学校を志願し、家を出た。

 誰知るでもない世界に飛び出して、何かを成してみたいと思っていた。

 士官学校は知力と体力の両方に秀でなければすぐにもふるいに掛けられ、いつでも簡単にドロップアウトしていく容赦のない世界だった。

 昨日隣に居た仲間が今日、席に居ないこともある。そんな学校だったんだ。

 温室育ちとまで言うつもりはないが、不自由なく暮らしていた俺にとってはまったく真逆の世界だったが、野外訓練で無装備状態で山間地に放り出されても、草をみ、泥水を啜って学舎まで帰り着いてやった。

 教官たちはそれを当たり前といい、褒めることもなかったが、そうして喰らいついてくる者たちに厳しいばかりではなかった。

 その日の晩にどこから集めたのか判らないくらいの肉が集められ、もう食べられないと言っても次々に教官の焼く肉が自分たちの皿に盛り上げられ、食べないとどやされた。

 消耗した体力と気力を補給し、明日からまた厳しい訓練に耐えなければならないから、これは治療なのだと、無茶苦茶なことを言われた。

 しかし、教官たちの楽しげな表情を見るからにゴール出来た俺たちを自慢に思ってくれているのだろうと思うのだ。


 わずか三年の短い期間に空軍に必要な多くのことを教えられ、鍛えられて卒業を迎えたモノだった。

 教官たちと同じ釜の飯を喰い、寝食を共にしているうちに彼らが大きな存在であることと、その使命にどれだけ真摯しんしに取り組んでいるかを知っていき、自分たちもどうあるべきかを考えさせられた有意義な時間だった。


 それから空軍に配属され、俺は3番隊に配属された。

 セキセンの空軍本隊には1番隊から11番隊までがあり、エイゾからクノエまでに師団支部が7基地ある。12番隊から39番隊までがそれらに所属し、国土防衛と国民の生活を守る支援を行っているのだ。

 空軍本体では奇数番隊が戦闘部隊で、偶数番隊が輜重や輸送、後方支援を行う部隊となっており、3番隊は二番目の戦闘部隊という事になる。

 しかし、3番隊はセキセンの全ての部隊から一目置かれており、確実に悪い方の意味で特別な存在だった。

 隊長のオーフェン侯爵は良く言えば勇猛、普通に表現すれば粗野でガサツな上に乱暴者。

 その愛龍のドーラも気性が荒く、隊長以外には全く触らせようともしない。本当かどうかは知らないが、飼育係が年に一度は喰われるとか。

 副長以下も常識人を気取ってはいるものの、それは隊長と比較してと言う前提だから一般常識に適っているように見えるだけで、隊長と比較して酒の量も変わらないし、繁華街の女の子に手を出して問題を起こす頻度も少なくはない。

 司令長官がみんなの所為であちこちで頭を下げていることを想えば、どいつもこいつもであるだろう。


 空軍の主力装備である飛龍。それぞれには愛龍と言うのだが、それは契約を交わし自分のモノとした飛龍をそう呼ぶのであって、種族としてはガルグイユと言うドラゴンだ。

 イウロペではガーゴイルとも言うらしいが、ガルグイユはとにかく気性が荒く、どこにでも生息している食物連鎖の頂点に近い正統なるドラゴンの近似種だ。

 当たり前のようにブレスを吐き、体長は5~10mほどの中型のドラゴンだが、知能が高く人の言葉も普通に解している。そのドラゴンと心を通わせることができれば自らの命を預ける愛龍となり、言葉もなく意思を疎通できるようになる。

 そのガルグイユを手足のように駆って敵を討ち、国民を救うのが誉れ高い空軍の飛龍乗りという訳である。


 隊に配属され、隊長のお世話をするのが新入りの仕事始めとかで、ドーラに怯えながら糞の始末をして、呑めもしない酒を吐くほどに飲まされるのが仕事だった。

 龍持ちでない俺などはそれが当たり前なんだと思い、ようやく強い酒にも慣れたころに隊長から龍との面会を告げられた。

 引き合わされた龍はエメラルドグリーンの鱗を持ち、精悍な顔つきの中に優雅さや気品、そんなものを感じさせる優しさを持ったメスのガルグイユだったのだ。

 体長は8mほど。翼長は12mになろうか、傷一つない鱗が美しく虹色に輝き、額に少し短い二本の銀角ぎんかくを持つドラゴンだった。

 互いが出会った瞬間からそれを判っていた気がする。

 俺はこの龍と一緒になる。

 契約の儀式は半日ほど龍と一緒に過ごし世話をすることになっていて、心が通いそうであれば腕を切って、流れた血を舐めさせるのだ。

 ドラゴンがそれを舐めとって攻撃性を示さなければ、血を覚えた龍は愛龍となり、言葉を交わすことができるようになるのである。

 しかし、このドラゴンとは出会った瞬間から言葉を交わした。

 〔あら、若いのね。〕

 「まだ半人前なんだ。でもどうして話が出来るんだろう?」

 〔相性がいいのかしら?なんとなくそう思うわ。あなたの血を貰っても?〕

 引き合わされて5分と経たずに俺が腕をまくり、ナイフを走らせたものだから教官は驚いた。

 「まて!まだ会ったばかりだろうが、喰われたいのか!?」

 「平気です。この龍は大丈夫です。」

 左腕から出血しているが、その腕を差し出すと、ドラゴンが当たり前のように俺の腕を舐め、傷を癒してくれた。

 熱心に舐めてくれると、傷が消えて行った。

 「ば、バカな!」

 教官はたいそう驚いたようだったが、俺たちは全くそうは思わなかった。

 俺はこの龍と上手くいくと一目でわかったし、この龍も俺で良いと言ってくれた。

 周りに居た龍騎兵たちも驚嘆の声を漏らしていた。

 隊長だけは嬉しそうに「この女ったらしが!」と俺を小突いた。

 史上最短と言われる3分で契約を済ませてしまったのは後にも先にも俺だけなんだそうで、この記録を破るものは現れないだろうと言われた。

 ただ、それで愛龍に乗って仕事が出来るかといえばそうでもなく、来る日も来る日も鞍やあぶみを着けては外す訓練を繰り返していた。

 これが出来ていないと空戦中に無様に落っこちることになるからだ。大概は龍が拾ってくれるそうだが、それも恥ずかしいことだ。

 全ての訓練を懸命にこなすと、ヒメはそれに応えてくれ、ドラゴンの名に恥じないような龍騎兵になることができた。

 名付けの儀式の際には愛龍と二人で相談して「ヒメ」と呼ぶことにした。

 グリーンの鱗から濃いオレンジ、鮮やかな黄色へとグラデーションの美しい翼の被翼も、尾の先まで整った美しい鱗も、鮮やかな銀色に輝くティアラかと思うような双角もどこから見ても高貴な生まれを思わせる。

 この美しいドラゴンを見ればどこの姫に見えてもおかしくないと思ったからだ。

 3番隊の連中には腹を抱えて笑われたが、俺より早くそれに怒ったヒメが四、五人を踏んで暴れて溜飲を下げることができた。

 踏まれたオーフェン隊長が「いってぇ!」で済んで起き上がってきたのが一番びっくりした。本当に人なんだろうか?


 18歳で空軍に入り、ヒメと出会ってから10年が経とうという頃、相変わらずの北華の侵攻は本気とも様子見とも取れるヌルイ侵攻で、二頭で組んで威嚇攻撃を加えるといつものように反転して去って行くのだった。

 そう言えばこの間、基地を訪れた冒険者がすごかったんだ。

 隊長の愛龍が見つけた旅人たちだったんだが、馬車に乗った若い男とそいつが連れているサキュバスの女の子。

 あの、誰にも触らせないというドーラが、サキュバスの女の子を気に入って撫でさせていたのだ。

 離れて見ていた俺たちも本当に驚いたものだ。

 直後に出動が掛かり、しばらく前から悪行の限りを尽くしていたヒドラがまた街を襲っていると救難の連絡が入った。

 狡猾なヒドラは手早く村落を襲い、人や家畜を襲っては俺たちが来る頃には逃げ去っているために捕えられないでいたんだが、今回は基地に近いうえに連絡も早かったし、間に合うかもしれない。

 基地に懇意にしてくれて、食材などを納めてくれる農家の人達にも被害が出ていたから、仇の一つも討てるかもしれない。

 スクランブルで先行している飛龍に追いつけと、3番隊のみんなが飛び立っていく。

 俺も当然、ヒメと共に空を駆けた。

 火災の煙が見えている街に近づくと四本の首を忙しそうに振るっているヒドラが見えた。

 9本あるハズの首が4本しかない、思った矢先に一本首が落ちた。

 いったい何が起こってると言うのか?急行する俺たちの目に映ったのは信じられない光景だった。

 さっき見た若い男とサキュバスの二人がヒドラに切りつけており、足元にはもう、六本の首が落ちていた。

 剣だけでこれだけの事が出来るなんて。

 また、今度は二本同時に首が落ち、直後に最後の首を男が切り飛ばしてしまった。

 サキュバスの女の子の剣は身長ほどもある上に魔剣なのか緑に光っていたし、若い男の剣も陽光斬ソルレイが発動しているらしく、黄色に光っていた。

 なんて冒険者なんだ。ヒドラを生身の人が切り伏せるなんて。

 繁華街で友好を深めた翌日、また北華の艦隊が捕捉され、3番隊が向かう事になった。

 懲りない連中をバカにしながら現場へと向かうとそこは今までにない戦場と化していた。

 ほとんどの北華の艦船は沈没寸前となっており、上空に無数の飛龍が飛んでいる。

 背中に龍騎兵が見えることから軍隊のドラゴンなんだろうが、その数が尋常ではなかった。

 ほんの6隻の北華の艦隊に100を超え200頭ぐらいは居ると思われるドラゴンが襲い掛かっていた。

 もう、対空砲火も沈黙し、傾いている駆逐艦や半没状態の巡洋艦などしかいない艦隊にそれでも容赦なく爆裂魔石が降り注いでおり、虐殺に近い状態となっているのだ。

 隊長から全員に手信号が送られ、上空警戒となった。

 観察をしている限りでは神国の兵ではないらしく、飛龍の鎧も見たことが無い意匠だし、兵の着ている装備も見たことが無い。

 もちろん北華のモノでもなければ西華や南華の兵でもないだろ。

 虐殺を茫然と見ているときに誰かが叫んだ。

 「敵機上空!」

 しまった、周辺警戒を怠っているうちに上を取られたらしい。

 遮光ガラスの嵌ったゴーグルで上空を確認すると30頭ほどの飛龍がダイブしてくるのが見える。

 飛龍同士の空中戦は一撃離脱が基本で、取っ組み合いになることはまずない。

 上空を取った方の初撃が一番有利で、その逆の俺たちは一番不利な体勢だ。

 ヒメを反転降下させ、速度を載せるが、先に飛び込んできた方が早い。

 追い越され様に投擲された槍がヒメの翼を突き抜けた。

 キィヤァアアア!

 ヒメが叫びをあげるが、後続が同じ攻撃を繰り返す。

 回避機動を取るが上空からダイブする方が圧倒的に有利で、ヒメの体に槍が次々と突き立つ。

 まさかの失態にこちらの部隊は混乱を極め、数の上でも圧倒的に不利なばかりか、半分ほどの飛龍が討ち取られてしまっている。

 ヒメも必死でブレスを吐いているが、一撃離脱する相手に効果は少ない。

 〔サヨナラ〕

 ヒメがそう言った瞬間。俺の目前に槍が付き立った。ヒメの背中を貫き、深く刺さったそれは致命傷となり、ヒメと感応できなくなった。

 「そんな!?ヒメ!しっかりしろ!ヒメ?」

 物言わぬドラゴンの背にしがみつき、無我夢中で槍を抜く。

 しかし生命活動の停止したドラゴンからは傷跡からの出血もなく、木の葉が舞い落ちるようにクルクルと回りながら海面に落ちた。

 幸いヒメが沈むこともなく、俺は上空に目をやるが、追って来る者はいないようだ。

 しかし、空軍の飛龍は数頭が逃げられただけで、全滅と言っていい状態だった。

 敵の飛龍はそのまま引き上げるようで、北華の艦船も全てが海に没してしまっていた。

 海中から煙が幾筋も青い空に立ち上っているばかりで、周囲には誰も居なくなった。

 自分の体を確かめる暇もなく、またヒメを何とかしようとしたものの、俺の愛龍はすでに命の宿らない塊となっていた。

 それから一週間、俺は海を漂い続け、ヒメに縋り付いて一言も口を開けなかった。

 何が悪かった?どうした方が良かった?無駄な回想を続け、答えのない後悔を続けていた。

 飲まず食わずだったが、動く気力もなかったおれはヒメに掴まってただ天を仰ぐばかりだった。

 その後、海軍に助けられ看病を受けたが、左足の骨折と左腕の覚えのない切り傷に涙が止まらなかった。

 俺が船に回収されるのを確認してからヒメの遺体が沈んだと聞いたからだ。

 その時まで左腕に出血は無かったはずなのに、気が付くと左腕から血が出ていた。

 それはヒメと契約した時の傷に似ており、まるで契約が解除され、無かった事になったかのような喪失感が俺の胸を押し潰す。


 あれから二年経ち、3番隊もすっかり復旧している。

 俺を除いてだが。

 傷も癒え、訓練にも参加し始めたのはそう時間もかからずだったのだが、新しい龍を得ようと思えなかったのだ。

 こんな気持ちのままでは当然、新しい龍と気持ちが通じるわけもなく、何度見合いしてもどの龍ともダメだった。

 退役も考えたのだが、隊長がそれを許してはくれず、何度も殴られた。

 喝を入れてくれているのだろうが、それに応える勇気が無かった。

 一度、あの若者とサキュバスの子の二人が空軍を訪れてくれたが、その時もまた驚かされたな。

 伝説としか聞いたことが無かった聖銀の巨人に載って現れたのだ。

 基地上空まで飛龍では到底出せないような速度で飛来した、ただただデカい鎧武者が基地に降りようとして、隊長のドーラがその巨人に飛びついていった。

 まさかとは思ったが、ドーラに飛びついてきたのはサキュバスの女の子だったんだ。

 その子は髪の色が銀色になって、瞳の色も変わっていた。

 若者と結婚したとかで、契約による体の変化なのだと聞いた。

 あの人たちは契約を成して、大きく成長を遂げているというのに、俺はここで腐っている。

 そう思うと眩しい物を、幸せそうな二人を見ることができなかった。


 若者はソウタさんと言い、サキュバスの女の子はフィアさんと言うのだが、隊長に聞いた話ではものすごい苦労をしてきているのだと言う。

 それでも今があるのはソウタさんの心が常に前を向いているからだと隊長は話している。

 俺の心はきっとヒメを忘れられず、悲しみを乗り越えられなくて下を向いているのだろうか。

 一晩を過ごして、今クノエに居るという彼らは帰って行かれたのだが、夕食時に食堂で懇親会のような物が開かれ、みんな久しぶりに見る可愛い子に羽目を外していたようだ。

 フィアさんがみんなに囲まれて大人気になっている間、ソウタさんはオーフェン隊長と雑談を交わし、お酒を少し嗜んでいるようだった。

 そのうち隊長がフィアさんの所へ行ってしまい、ソウタさんが一人になったので、思い切って声を掛けてみた。

 「大変なご苦労をしていらっしゃったとか?」

 「止めてください、あなたの方が年長者ですよ。その様な言葉遣いは不要です。」

 気さくな青年に思わず自分の話をしてしまったが、ソウタさんはそれを最後まで聞いてくれた。

 「俺なんかがアスバルトさんに気の利いたことは言えませんが、自分の立場だったらと思うと気が狂うかもしれませんね。心をつなぐという事はとても深い物だと思いますし、望まぬ形で切れた時には大きな心の傷となるでしょう。

 俺が元居た世界からこちらに来た時には、いきなりワーウルフに襲われて死にそうになったりしまして、何て世界だと思いました。

 元の世界に戻りたい。切実にそう思いましたね。

 母親からはぐれて帰る術を失った幼子のような気持でした。それからは何となく前を向けるようになり、フィアと出会ってからは前しか見てません。

 自分はまだ幸せな方なんだって思うんですよ。

 知らない世界でも知り合いができましたからね。

 だからアスバルトさんが元気になれるような心からの言葉は出てきません。適当なことを言ってもアスバルトさんのような悲しみを理解もしない俺が言うんじゃ嘘くさいじゃないですか。」

 あっさりとそう言ってとぼけて見せる青年が、なんだか羨ましくも大きくも見えたモノだった。

 肩の荷の重さが少しだけ軽くなったのは嬉しかった。


 「お前、ゴに行けよ。」

 それからまた二年が経ち、くすぶると言うより腐りきった俺に隊長がこう言った。

 ゴは海軍の鎮守府があるところだ。

 「ゴに空軍はありませんが?」

 「辞令が来てる。アスバルト=ハイネン3等空曹は本日付けを持って空軍を解任。明日付けを持って海軍所属となり、第40海軍戦闘航空団に配属される。アスバルト=ハイネン1等海曹は復唱。」

 第40海軍戦闘航空団?1等海曹!?

 「復唱!」

 「はい!アスバルト=ハイネン3等空曹は明日付けを持って第40海軍戦闘航空団に所属します。」

 「よろしい。二階級特進なんて死なねぇとないんだぜ?ソウタによろしくな!」

 「え!?ソウタさんが海軍にいるんですか。」

 あの青年がなんで海軍に居るんだかも判らないが、この国の戦闘航空団は39までしかなかったはずだ。

 「それと、第40ってどういうことですか?海軍に飛龍部隊ができたんですか?」

 「いちいちウルセェぞ!行ってみりゃわかんだろうが!戦闘航空団なんだから飛ぶんだろうよ、さっさと荷物まとめて寝ちまえ!」

 総司令官から辞令を受け取り、隊長に司令官室を叩き出されてしまった。

 手元の辞令には第40海軍戦闘航空団所属、1等海曹と書いてある。

 発行は海軍軍令部、空軍軍令部連名となっており、間違えようも無く本物の辞令だった。

 納得のいかないまま荷物をまとめ、寝てしまったのはどうかと思うが、明日はゴまで行かないといけないからな。


 「アスバルトさん、お久しぶりです。」

 そう言って握手を求めるのは、久しぶりに見たあの青年だ。

 フィアさんは相変わらず美しく、仲も良いようで何よりだ。それよりもたくさんの仲間に囲まれていることにびっくりした。

 「ソウタさんもフィアさんも変わりのないようで。」

 海軍司令長官室に居るのだが、とてもそうは思えない状況だ。

 人の出入りは激しいし、紙の資料が大量に散らかっている。入り口の樫の大扉も両方に開け放たれ、討ち入りでもあったのかと思わせるのだ。

 周囲の状況に飲まれていると、一際存在感のある男性が司令長官室に入ってきた。

 デカいやかんを二つ両手に下げて。

 「お~い!ソウタさん、お茶をもらってきたぞ~い。フィアちゃん一つ持ってくれんか?」

 「はい。すみません司令長官さん。」

 司令長官!?条件反射で背筋が伸び脇の空いた敬礼をしてしまった。所謂空軍式だ。

 フィアさんに右手のやかんを持ってもらった司令長官は脇を閉めた手がほぼ垂直に近い敬礼を返してきた。狭い艦内で肘がぶつからないようにした海軍式だ。

 「アスバルト=ハイネン1等海曹、ただいま鎮守府に着任しました。」

 「脇!脇を閉めなさい。」

 「はっ!申し訳ありません。」

 「すまんなぁ、空軍から引っこ抜いたりなんかして。ソウタさんがどうしてもと言うからさぁ、ホントすまん。」

 司令長官はぺこりと頭を下げられ、もう一つのやかんも適当に書類の束の上に置き、ソファーらしい書類に埋もれた何かに腰を下ろされた。

 俺にも座るように勧めるのだが、座るところなんてない。

 「アスバルトさん、その辺もう、古い書類なんで適当に踏んじゃってください。」

 ソウタさんに言われて落ち着かないソファーの上に敷き詰めてある紙の上に腰を下ろした。

 ガサガサと五月蠅うるさいことこの上ないが、もう仕方がない。

 「さて、ハイネン1等海曹、来て早々申し訳ないが、空を飛べるかね。」

 意図の分からない質問だが、飛龍さえいれば飛べるだろう。その飛龍と契約を結べるかは別の問題だが。

 「海軍に飛龍は何頭いるのでしょう?」

 「居ないよ。一頭も居ない。」

 この状況もそうだが、この質問も訳が分からない。

 「司令長官、大変申し訳ないのですが状況が全く理解できておりません。空軍でも何も聞かされておりませんのでこちらに参りまして、私が何のお役に立てるのかも判らないのです。」

 正直に聞くしかないだろう。

 「では今から伝えることを聞いて、自分ができることを考えてくれるか。っと、フィアちゃんお茶。」

 「は~い。」

 司令長官室でソウタさんの肩に乗っていたフィアさんが飛び降りて、俺たちに司令長官自らが酒保から貰って来たという茶を湯呑に注いで来てくれた。

 「ありがとなフィアちゃん。」

 なんかこのアットホームな感覚に付いて行けてない。

 フィアさんがソウタさんの肩に留まっているのも判らない。いちいち肩から降りて来て用事を済ますとまたソウタさんの肩に上がって肩車してる。

 一息に飲み干した湯呑を多分テーブル・・・・・・に置き、いきなり司令長官の目つきが変わった。

 「神国はいま、アイアメリカから侵略戦争を受けている。前哨戦はソウタさんが聖銀の巨人で圧倒的な勝利を掴んでくれたが、恒久的に侵略の外圧を跳ね返すためにはいつまでも聖銀の巨人の恩恵に預かるわけにはいかんのだ。

 これは判るか?」

 「いえ、ちょっと待ってください。いま侵略戦争と仰いましたか?」

 「言った。アイアメリカから神国を属国化し、安価な労働力とするための侵略戦争を仕掛けられておる。

 これに負ければどうなるかは自明の理であろう?私たちは首を飛ばされ、女・子供はただの奴隷だ。」

 そんな、そんな非常事態になんでこの雰囲気?出入りする人はみな、書類を持ち報告して、ソウタさんから指示を貰ってまた帰っていく。

 「ソウタさんが作ってくれた新兵器の数々が功を奏してな、1600の飛龍を一撃で全滅させた。」

 「ば、バカな!?」

 たった200の敵飛龍になす術もなく蹂躙された空軍3番隊。それを一撃!?1600の飛龍を一撃!?

 「その目で見なければそれは信じられんじゃろ。だが、それは事実だ。誰が否定しても1600の飛龍はソウタさんによって一撃で消えた。そして敵の新しい艦隊構想に基づく戦力もソウタさんによって炙りだされ、ソウタさんによって狩り尽くされたよ。

 数十隻の敵の艦隊も、たった・・・一撃で消えてしまったよ。

 沈んだんじゃない。消えた・・・んだ。

 いま、この近海にアイアメリカの艦隊はいない。しかし、侮れんのは大国の実力だよ。

 遠くない将来にその力を回復し、さらに磨きをかけて襲って来るじゃろうさ。

 だからワシたちはそれに備えなければならんのだよ。」

 またフィアさんが肩に登り、重そうにしているソウタさんは引切り無しにやって来る士官や技術将校と打ち合わせ、指示を出している。

 休む暇もないのじゃないか?

 「一撃・・・・・・」

 司令長官が仰る時点でそれは事実だ。

 しかし、そうであれば今こうして海軍に居るソウタさんにまた助けてもらったらいいじゃないか。

 どれだけの武力を持とうと一民間人だ。その身を拘束して強制的にでも協力を取り付けたらいいんだ。

 顔に出ていたのかもしれないが、イソウロク海軍司令長官はため息をかれた。

 「お前の考えていることは間違っている。」

 そう言い、司令長官は前かがみに身を乗り出してこられた。

 「次の100年はどうするのだ?」

 言われて判ったが、ソウタさんが永遠に守ってくれるわけではないという事か。

 「しかし、司令長官は仰いました。ここに飛龍はいないと。私ができることは飛龍に乗り、飛んで敵を討つことです。」

 「ああ、判っているよ。そこから”飛龍”だけ抜いてごらん。」

 また意味が分からない。

 「私たちが今やっていることはそう言う事だよ。飛龍に乗らず、んで、敵を討つんだ。わかるかい?飛龍は一頭もいないが、兵たちが何百人も空を飛んで敵を討つんだよ。そういう仕組みを作ってるんだ。そして君はその飛行機に乗り、敵の飛龍を蹂躙すればいいんだ。

 簡単だろう?空軍に居る時と同じで飛んで敵を討つんだ。

 その準備はいま、我々がやっている。お蔭でこの騒ぎだがな。」

 イソウロク海軍司令長官はテーブルの下から変わった模型を取り出された。

 先から尖った鼻先の、筒状の胴体に大きな翼を持つ何か。

 スタンドに取り付けられたその模型は高空を目指し飛翔する矢のような乗り物だった。

 乗り物だと言ったのは筒の途中にある透明な覆いの中に人の模型が座っていたからだ。

 「これは汎用戦闘攻撃機、M-45”昂暉”と言う。今製作を急いでいる空を飛び、敵を討つための飛行機だ。敵を討つために飛龍は必要ない。」

 俺の目は目前の模型に釘付けになっていた。

 その透明な覆いの中に俺が座って、高空を駆け、敵の飛龍を討ち取っている姿が見えたからだ。

 「判りました。私はこの昂暉に乗り、敵を討ちます。」

 これはヒメと会った時と同じだ。

 上手くいく。それが最初から分かっていたヒメとの出会い。昂暉を見た瞬間に自分が敵を討てることを確信してしまった。

 であれば、昂暉に乗るのが仕事で、敵を討つことが目的だ。

 スタンドから昂暉の模型を外し、手に取ってどういう風に飛ぶのだろうとシミュレーションしてみる。

 小さい子が飛行機の模型を持って走っているようなモノとソウタさんに言われたが、それも俺には判らない。

 しかし、脳裏に映る昂暉の飛行する姿はまだおぼろげで、上昇・下降、右旋回に左旋回、戦闘時の高機動などを夢想することができなかった。

 ヒョイと摘ままれた昂暉がソウタさんの手に渡り、俺は面食らってしまったが、ソウタさんはふざける様子の微塵もない表情でこの飛行機の機体構造を解説し始めた。

 どこを何と言い、どのように動いて何のためにあるか。飛龍とは違う意思の疎通のない飛ぶための機械を知ってもらおうと真剣に説明してくれる。

 段々に仕組みがわかり、想像の世界と実機の動きがかみ合って来ると、俺の右手が自然と操縦桿を握っている。

 コクピットに座り、左手でスロットルを開けると唸るエンジン。大気をかみ砕き、後方へと押しやる推力。

 空気の壁を切り裂きながら天駆ける昂暉。左のペダルをゆっくりと踏み込みながら右手の操縦桿を左に倒しこんでいくと機体は左に曲がり始め、左手のスロットルは更に押し込まれて一段とやかましいエンジン音をがなり立てる。

 操縦桿を戻さないので機体はそのまま捻り込みに入り、眼前の敵飛龍をレティクル(照準)中央に捕え続ける。

 このレティクルの真ん中に捕え続ければ12mmバルカン砲二門が必ず仕留めてくれる。

 今度は右に逃れようというのか飛龍が木の葉のように舞い、深いバンクで右旋回を始めた。

 昂暉もそれは得意な方だぞ。

 飛龍よりも早い返し身で右旋回に同調し、レティクルの中央から逃れられない飛龍に操縦桿の引き金を絞った。

 ヴウォオオオオオオオオオオ!

 機首の二丁の機関砲(バルカン砲)から合わせて毎秒120発と言う弾丸が飛龍を襲った。

 20発ごとに混ぜられた曳光弾が狙いの正確さを評価してくれる。

 飛龍に曳光弾が吸い込まれるときは、その前後に数百に近い弾丸が撃ち込まれており、速度と運動性能に圧倒的に劣る飛龍に生き残る機会などあるはずがなかった。


 第40海軍戦闘航空団はソウタさんが鹵獲した敵の航空母艦を更に改造した、飛龍キャリアーではなく、エアクラフトキャリアー、ソウタさんの世界の航空母艦として生まれ変わっていた。その空母航空打撃部隊として配属されたんだ。

 国産の正規空母が出来るまでの仮住まいだが、第40-1戦闘機部隊と第40-2攻撃機部隊、40-3爆撃機部隊、40-4早期警戒部隊から成り、俺、アスバルト=ハイネン1等海尉は海軍でさらに3階級を特進し、第40海軍戦闘航空団の部隊長としてアイアメリカの艦隊を討伐するために日も登らぬうちから出撃し、我が部隊の攻撃機、爆撃機が戦果を上げられるように戦闘機部隊を率い、先陣を切った。

 初陣だったこともあり、味方損害ゼロ。

 敵は補給艦以外は全部、海の藻屑となった。

 これを本国に帰ってどこへなりと伝えれば戦局が大きく変わるだろう。

 飛龍では勝てない。

 艦船では接近を防ぐこともできない。

 暗くても襲ってくる。

 そして誰も逃げられない。

 一月後にアイアメリカが白旗を上げたそうである。

 俺の愛機には朱で描かれたガルグイユのシルエットが付いており、専用機となった昂暉に「ヒメ」と名付けた。

 部隊全部の昂暉の垂直尾翼には黒のガーゴイルのイラストがついてその下にVF-40と書かれている。

 俺の機体だけは垂直尾翼に赤のガルグイユとVF-40(VFは固定翼機の戦闘部隊を現す。)と記され、正規空母アカギへと住まいを移した。

 同時にVF-41航空戦隊とVF-42航空戦隊がアカギに配属され、僚艦のカガにはVF-43~VF-45までが配属された。

 このころになると鹵獲ろかく空母は教導艦となり、後進の育成に立派に役立っているそうだ。

 一航戦から五航戦まで正規空母で固められた神国の守りは俺のVF-40からVF-69までが日夜海上の安全を監視し、それらを護衛する海上艦艇群が水中の安全も保障している。

 二航戦から五航戦までが東西南北の海上交通を守り、有事の際にはそれぞれに一航戦が加わって大打撃を加える体制になっており、昂暉も年を追うごとに高機能になっている。

 唯一不安だった哨戒任務に付いても、一度飛び立つと36時間飛び続けるという大型の早期警戒機が就航するそうで、交代で番に就く昂暉部隊の朗報となった。

 この機があれば夜間も暗闇に紛れる敵勢力を昼間のように見つけられ、潜水艦から敵空母までに一撃を入れられるというのだ。

 無人の巡航ミサイルと言うものを搭載しており、大量の火薬を備えた飛行機のような爆弾が空を駆け、途方もない距離を駆けて敵拠点や空母を一撃で叩けるそうだ。

 警戒部隊が各艦にVA-1~VA-10まで一部隊ずつ配備されると同時に新開発の回転翼機部隊も配備され始め、HC-1~HC10までの部隊が各艦にやって来た。

 ソウタさんから「ヘリコプター」と呼ばれるその飛行機はプロペラが前後じゃなくて天辺についてる。

 デカいプロペラを回すと昂暉のように走り出さなくても、その場で上昇するんだ。

 そして空中で静止する。練習で失敗して大事な機体と共に海に落ちる奴がいるが、そんな連中を助けたり、落ちた機体を宙づりにしたりできる。

 次から次へとよくこんなものを作ろうと考え付くものだ。

 このころになると、ヤマノベ公爵も随分とお忙しいようで、めったにお顔を拝見することもないのだが、フィアさんにお子もお生まれになったと聞くし、なんだか遠くの人になったようにさえ思う。

 最初にソウタさんが公爵になられたと聞いた時には、空軍3番隊のみんなも腹を抱えて「冗談はよせ」なんて言っていたと聞いたが、冗談ではなかったことにオーフェン隊長の顎が外れたと聞いた。


 「アスバルトさん、お久しぶりです。」

 突然に声を掛けられ、なんとまぁ懐かしい。そう思い振り返ると本当にソウタさんだった。

 「ヤマノベ公爵ではありませんか。本当にお久しぶりです。」

 臣下の礼を取ろうと膝をついたんだが、そのまま持ち上げられてしまった。

 「他人行儀はナシです。さてやり直しです。」

 何のことだ?

 「アスバルトさん、お久しぶりです。」

 今度はフィアさんがお声を掛けてくださった。

 「ヤマノベ公爵夫人、公爵様が・・・」

 「ブッブー、アスバルトさん減点です。やり直してください。」

 だから・・・

 「俺たちは昔からの友人にそんな風に呼ばせていませんし、呼んでほしくもありません。さぁ、もう一度!」

 楽しそうに言われるものだから、もういい。

 「ソウタさん!フィアさん!良くいらっしゃいました。」

 「はい!お久しぶりです。」

 ご機嫌のフィアさんとソウタさんの笑顔を貰った。

 聞いていた通りの破天荒ぶりだ。

 昔なじみは公爵相手の作法が許されないらしい。

 以前お会いした時から3人も奥方が増えていらして、皆さんに娘さんがいらっしゃった。

 幸せいっぱいのご家族にもう、こちらも笑みが収まらない。

 小さな子が足元を駆けまわり、どの奥方様も美しいなんてもんじゃない。

 「ヒメのご機嫌はいかがですか?」

 ソウタさんはさっそくと俺の愛機に触れて、調子を聞いてくる。

 俺の愛機は整備も行き届いており、小改造を経て最新の昂暉と同じ性能を維持している。

 レーダーの感度も改善され、暗闇でも目が見えているようだ。

 「ソウタさん、上昇してからの捻りこみの際にエンジンが一瞬息を吐くんです。どう思います?」

 「インジェクションまでの燃料流路にGが加わると気泡でも出来るんかな?」

 今度調べてみますと仰られ、話が中断したのはフィアさんに耳を引っ張られたからで、俺もフィアさんに「メっ!」と叱られてしまった。

 いつの間にか四人の子供たちにたかられて、俺がひどいことになっている。


 尾翼のガルグイユヒメが楽しそうに笑っているようだ。

第101話以降しばらくはSSなしで本編の方が進んでいくと思います。

本編の方も複数の話が同時進行的になってますので、読みにくいかと思いますが、よろしくお願いいたします。

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