少女たちのお茶会
「アリシア様、此度の入学体験では是非とも私たちと行動を共にいたしましょう!」
「えぇ、私と共に姫様をお守りしましょう」
ヴィーゼ侯爵領ライトリム、そこに立つ大きな屋敷。
その屋敷のエントランスに設置されたソファ、そこで数人の男女が談笑をしていた
ヴィーゼ家三女のアリシア・ヴィーゼ、そして数か月後の同期生となるかもしれない少年少女数人であった。
「それでは、別室で姫様ががお待ちしているので失礼します」
アリシアは会話をしていた少年少女に、とても慣れた様子で優雅に一礼する。
その礼はとても模範的で美しく、少年達はしばらくの間見とれてしまっていた。
「は…はい、一週間後の入学体験を楽しみにしております!」
少年達もそれに一呼吸遅れて礼を返し、アリシアはそれを見届けると踵を返し屋敷の奥へと向かった。
とても長い廊下を、少し早めに歩く。
目的としている部屋で待っている彼女は、多少待ちぼうけを食ったところで咎めはしない人である。
しかし親しき仲にも礼儀ありという言葉もある、アリシアはそんな彼女の優しさに甘えたくはなかった。
それにしても長い廊下だ、もう少し屋敷を小さくしても良いのではないだろうか。
私がもし領主になろうものなら、質素とまではいかずとも客人が疲れない屋敷にしよう。
そんなことを考えていると、すぐに目的地へは到着した。
アリシアは一度深呼吸をして、部屋の扉を三度叩いた。
「姫様。私です、アリシアです」
アリシアがそう声をかけると、返事はすぐに帰ってきた。
「ここはアリシアの部屋のはずだ、であればノックする必要などないと思うが?」
明るい声で返答が帰ってくる。
その声に促され、アリシアは部屋の中へと踏み込む。
そこにいたのは150センチに届くか届かないかという小さな女の子、体こそ小さいが胸を張って立つ姿は威風堂々としている。
短く切られた白い髪の毛に青い瞳、かつて人を救った竜騎士の子孫であるレイシア家第八皇位継承者、ティアナ・レイシアがそこに立っていた。
「前々から思っていたが、アリシアはどこか私に遠慮があると思うんだが…その辺は自分でどう思う?私はだいぶ遠慮があると思う、親友なのに距離がある、どうだ?」
そう言うわけにもいかないでしょう、仮にもあなたは皇位継承権を持つ姫様なのですから。
などという言葉を飲み込んで、咳払いをした。
「親しき仲にも礼儀ありです、ティアナ」
「なんだかむず痒いなアリシア、幼き頃はヴィーゼ卿を共に苦しめた仲ではないか」
この人はまぁ、よくもそんなことばかりを覚えているものだ。
私との約束はとぼけるくせに、こういう事ばかり私に思い出させてはいたたまれない気持ちにさせる。
あぁ…父上に謝りたい。
アリシアは自らの父への深謝と、目の前の姫の奔放さに頭を悩ませた。
そんなことをつゆ知らずティアナは部屋の長椅子にどかっと座る。
「ティアナ、数週間後のレイシア軍人養成学校入学体験では貴族だけでなく平民も来るのですよ?そんな態度では王家の沽券に関わります」
ティアナはつまらなそうな顔をしてアリシアに目を向けた。
「心配しなくともこんな態度はアリシアの前だけだ」
事実ティアナは猫を被るのが上手かった、親兄弟でさえもティアナは立派な姫君に育ったと思っているだろう。
しかし実際のティアナはどちらかと言えば、城下町の娘というような雰囲気であった。
「そんなことよりも食べよう、城下町で買ってきたのだ」
そう言ってパンやお菓子、茶葉などを机の上に広げる。
「またおひとりで…私は姫様の護衛も兼ねているのですよ?」
「守る相手より弱い護衛など必要あるまい」
「うっ…」
図星であった、ティアナは強い。
その証拠に15にして上級の聖剣を扱う、そして剣の扱いも上手い。
普通の武器で手合せしても私は適わぬだろう。
「わかった、アリシア私が悪かった。そなたの魔法の腕も確かなものだ」
「…私には魔法しかありませんから…」
この世界は残酷だ、いくら鍛えども女は男に剣で勝てない。
そう思うとたまに自らが女でいることが嫌になる。
アリシアはその悔しさに、唇を噛んだ。
「そんな事を言うな、お前の魔法は同年代の中でもトップであろう?剣を持った大の男でさえお前の風の前では膝を屈するだろう」
「…ありがとうティアナ」
アリシアはこの部屋に入ってから初めて笑った、その顔を見てティアナは満足げに笑う。
「確かに女は男より体格的に弱いかもしれん、だが女は魔法を持っている。無い物を悔やむな、ある物を誇れ、だ」
座ったまま無い胸を反るぐらいに張るティアナ。
「ふふっ…誰の言葉ですか?」
「聞いて驚くな?私の言葉だ」
ティアナはそう言うと立ち上がり、茶葉を手に持つ。
「お茶を淹れてこよう、任せたまえ。何しろ私はお茶好きなのだ」
「お茶が好きなのと上手く淹れられるというのは、まったく違うのですよ?」
アリシアは彼女の行為を嬉しく思った。
彼女といるときはお茶を淹れるのは自分の役割なのだ、ティアナも淹れることはできるがそれは彼女の役割でなかった。
彼女の役割はお茶やお菓子を持ってくることで、自分がそれを最大限生かす。
これが私たちの関係であった。
私の役割を変わろうという彼女の言葉は、いついかなる時も私を気遣ってのことであった。
確信して言える、それ故に目に見える彼女の好意の行為がとても嬉しかったのだ。
「そうだろう?では任せたぞ」
きっとティアナもそのことをわかっているのだろう、安易に自分の役割を奪ったり、自分の言ったことに意地にはならない。
気遣うところは気遣うが、譲るところは譲る。
アリシアはこの心地よい関係と、親友であるティアナに心から感謝しお茶を淹れにいった。
「アリシアは完璧主義すぎるのだ…もう少し力を抜いてもよかろうに…」
アリシアは自らが買ってきたお菓子を頬張る、そうしてアリシアの言葉を再び思い出した。
「私には魔法しかない…か」
その言葉はたまに耳にする、軍人を目指す少女達が揃って口にする言葉であったからだ。
根本から男性社会である軍隊、そこに女性が食い込むことは別段難しい事ではない。
男は体力に優れ魔法がからっきしである、女は逆に魔法に優れ体力はからっきしである。
勿論両性も短所を補う事は出来るが、一流にはまず間違いなくなれない。
女性が軍人になる道は、例外を除くと基本的に二つある。
魔法兵となるか、魔法医療兵となるかだ。
現在の軍隊ではどちらも主力として活躍できる、需要は多大にある。
逆に言えば、魔法が使えなければ女兵士は存在意義がなくなる。
故に魔法しかない、そのような言葉が出てくる。
「アリシアにも聖剣があればな…」
聖剣の持ち主、これが先にあげた例外である。
聖剣は女性にしか扱えない、対極に魔剣は男性しか使えないのだが。
とにもかくにも聖剣があれば、アリシアの状況は楽になる。
聖剣は持ち主に祝福を与える、人とは思えない身体能力や回復力など。
そして聖剣に込められた本来の力、御業の解放。
これらは女性にしかできない、だから聖剣持ちは大事にされる。
しかし聖剣はおいそれと手に入るものではない。
下級の…ハマ族あたりが作れるものは別として、聖剣は希少なのだ。
ある物は家宝であり、ある物は世襲の武器であったり…
現在地上にある聖剣や魔剣は全てが回収されたという、あらゆる国が軍の戦力を増強するために必死に探し回ったからだ。
まぁ…聖剣使いと言えど、遠くから弓で射られたり千人の兵に囲まれれば死んでしまうだろう。
だが聖剣使いがいるというのは、戦場で精神的優位に立つことは間違いが無い。
「無い物ねだりと言っておきながら、浅ましいな」
ティアナは長椅子に寝そべった、彼女は考えに行き詰まると決まって寝ころんだ。
そうすることで幼き日のように素晴らしい考えが思いつく、そう願っていたからだ。
暖かい春の陽気の中、彼女の意識は深い所に落ちた。
願わくばアリシアの迷いに、この日差しのような光が指しますように。
彼女は最後にそう願い、眠った。