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武器を探しに(5)

半ば無理矢理に呪われてしまった彼、ただその呪いは彼に害をなすものでは無かった。

むしろ害になるのはかけた本人であることは、オルドルの説明からなんとなく理解できた。

その害は彼が死んだらキナも死ぬという。

逆にキナが死んでも彼は死なない、まったく意味が分からないと彼は少しモヤモヤしていた。

呪いなのに自分に害はない、逆にかけた人間に害がある。

こんなものを果たして呪いと呼べるのか?

理解できないし、納得も行かない、これは問いただし場合によっては解呪しなければならないと彼は思った。

彼は怒っていた。


「…キナァ!!どういう事だよ!!」

「うるさいわウォル」

「あ、ごめん…」


彼は怒っていたのだが、謝ってしまった。

何せ人を怒る経験というものが彼には無い、それは自らの置かれていた環境にいる人間が全て大人だったからだろう。

あと怒鳴ったのにキナが反応があまりにも薄かったというのもあるだろう。


「そんなに怒らなくてもちゃんと説明してあげるわよ」

「…あぁ当然だ、俺は怒っているんだからな!」

「はいはい」


軽くあしらわれたようだ、いずれ自分の対応についてはよく話し合わなければならないようだと彼は決意する。


守護誓約シュガイストブローヴン

「これは誓った相手を生涯守り通し、善悪を問わずそのあり方を肯定し続けますよっていう誓約」

「ウォルが鬼になろうとも、キナは決してウォルを見捨てず最後までそばにいるっていう約束」


彼は耳を疑った、そりゃあ何があろうと味方でいてくれるというのは心強い。

しかしそれでは…まるで


「本当に呪いだ…」

「そうかしら?世界で一番美しい絆だと思うわ」

「どういう事?」


そう言ってキナは妖艶に微笑んだ。

そんな見慣れない彼女の表情に彼の心臓は大きく跳ねた。

キナが自分に向ける笑顔というのは、基本的にからかうようなものであったり、姉が弟に向けるような笑みであった。

しかし今のは違った、同じ笑みでもその本質が違うと感じた。


「現状この誓約には死別以外の解呪の方法が無い、私たちは死が二人を分かつまで外せない鎖で結ばれたということ」

「一方が望めば結ばれるこの酷く独善的な誓い…キナはすごく好きよ?」


その表情に、普段の彼女はいなかった。

酒に酔ったかのようなその笑み、まるで死神のような雰囲気を彼に感じさせた。


「…死ぬかもしれないのに?」

「…キナはね?死は恐ろしいけど、嫌悪しているわけじゃないわ」

「だってキナは、生命を司る精霊なのよ」


キナは立ち上がり、彼の正面に立つ。

そしてその前にしゃがみ込み、顔を下から覗き込んでくる。


「ウォルが竜騎士を目指すというならば、その道は酷く血に濡れたモノになる。当然よね?竜騎士は多くの命を奪える力を持つ者なんだから」


そう言って彼女は彼の頬に手を添わせ、優しく撫でる。


「その道はキナですら想像がつかない道、キナの思い通りに事は進まないだろうしきっとウォルもキナの願いどおりには育たない」

「だからこの誓約なのよ」


頬を撫でた手は下に移動し、彼の両手を掴んだ。

撫でていた時とは反対に強く、顔をしかめるほどに強く握られた。


「キナはその善悪に問わず貴方の敵を全て排除する、神ですら堕として見せる」

「育ての親さえ必要なら殺すわ」


その目は本気であった。

まだ山登りをしていた時に放ったあの威嚇、それよりも恐ろしく思えた。


「でも…ウォルの心の中に、少しでもキナにそんな事をさせたくない。そう言った気持ちがあるのなら、どうか力に囚われず正しく生きるのよ?」

「わかった?」


そう言われて彼は気づいた、キナが誓いを結んだ理由が。

彼女は彼の良心を信じたのだ、彼は彼女を決して悪人にしないと。

彼が悪人になれば、当然それを守る彼女も悪となる。

そうさせたくなければ正しく生きよと、そう言っているのだ。

酷く強引な選択をしたものだと彼は感じた。


なるほど、と彼は思った。

肉体的なストッパーがオルドル、精神的なストッパーがキナというわけだ。

これは…悪に染まれば地獄にも行けなさそうだ。

…地獄より酷いものはあるのだろうか?

まぁいい、彼は彼女の手を握り返し諦めたように返事をした。


「わかったけど、俺が悪になるか否かにはキナにだって責任があるんだからな…」


そう言うと彼女はまた笑った、それはどこか嬉しそうな笑みであった。


「よし!わかればいいの、うっすら明かるくなってきたわね下山するわよ」

「あぁ…」


彼女は彼の頭をポンと叩き立ち上がる。

ここで彼はふと思った。

何があっても肯定するとは言っていたが、自分の行動を止めるくらいはできるんじゃないだろうか?


「なぁ、キナ」

「ん?」

「もしも俺が悪いことをしようとしたら、キナが止めることはできないの?」

「…あぁ、そゆこと」


彼女は彼の問いに答える為だろうか、踵を返して彼に近づいてくる。

そして拳を作った右腕を後ろに引き…



「りゃ!」

「うお!!」


彼は殴られると思い目をつぶってしまった。

しかしいつまでたっても、彼に拳が届くことは無かった。


「つまりはこういう事よ」


目を開けてみると、キナの腕には細い鎖が拳を止めるように巻きついていた。

それによりキナの拳は彼に届かず、あと少しの所で止まっていた。

そしてその鎖は、彼の体にも複雑に絡まっていた。


「キナの体には誓約による不可視の鎖が巻きついている、主人を傷つけないようにね。だからキナはウォルを傷つけられない…まぁ当然よね、キナはウォルの剣であり盾だもの」

「なんで俺にも巻きついてるの…?」

「必要ならキナを束縛する為よ、そしてその鎖をたどれば互いの居場所を知ることもできる」

「…無茶苦茶だ、俺に何かされたらどうするんだよ!」

「フフッ…抵抗できないわね……」


彼女はまた笑う、妖艶に、愉快そうに。

指を口元まで持っていくそのしぐさにまたもや彼の心臓は跳ねた。


「キナにとって…ウォルの行いは全て正しいもので、キナもそのすべてを肯定するわ」

「つまり…どれだけ辱められようと穢されようと傷つけられようと…」


彼女は彼の耳元でささやく。


「それもまた正しいのよ?」


離れる彼女を彼は本能的に恐ろしく感じた、いや、これは誰でも恐ろしく感じる。

人間だれでも怪我はしたくないし嫌なことは嫌なハズだ。

だがキナはそのすべてを受け入れるという、彼にはそれが酷く恐ろしく感じた。

狂っている、彼女のあり方は自分を中心に回っているのかと戸惑った。


「言ったでしょう?愛していると」

「…これでウォルはキナから逃げられない…素敵だと思わないかしら?」

「…ハイ」

「ふふん、ウォルも中々見どころがあるじゃない」

「ハイ」


この件には触れないでおこう、その方がきっといい。


「あぁそうだ、槍とってきなさいよ」


そう言って彼女は空間の中心に刺さる槍を指差した。


「え?呪われるんじゃないの?」

「オルドルが言ってたでしょう、一芝居うったって」

「キナはウォルトに竜騎士なんてなってほしくないの、だから呪い云々は嘘よ」

「はぁ~、怯えて逃げ出すと思ったんだけどなぁ…」


それなら安心して槍を手にできる、彼は突き刺さった槍に近づき、それを思い切り上に引き抜いた。


「これは…」


それは2mほどの槍、穂先まで真っすぐの形だった。

柄は白く、刃でさえも月に照らされた雪のような色で輝いていた。


「綺麗…」


ミスティにもらった退魔の鏡剣、それを見た時のような感動が彼を襲う。

自分はこれからこの槍と共に戦っていく、そう思うとこの槍がとても頼もしく思えた。



「星崩しの槍っていうのよ」


近付いてきたキナが言った。


「聖剣殺しの聖剣…星のように輝く彼等を殺す」

「故に星崩し…」

「星崩し…」


なんだか味方殺しみたいで嫌だなと彼は感じた。

それに聖剣なんていうんだから、それこそ正しいものなんじゃないか?

そう思ったが口にはしなかった、こう言った問題に彼女はうるさい。

だが今までの話からそれは当然のことだと思うし、自分が悪に染まってしまったとしたらキナにも責任があると言ったからなと納得する。



「さぁ…契約を…」

「契約?」

「聖剣や魔剣には契約がいるのよ、そうしてこれらは体の一部になる。体に入れば聖剣は祝福を与え、魔剣は災いを与える」


キナは話を続ける。

いわく、こう言った武器はクエラに住む人々の願いや祈り、遺恨や怨念が形になってできるモノなのだとか。

その想いの成就を前提として、この武器は初めて機能するらしい。

ただ、想いの成就といっても、聖剣や魔剣に意志は無く、願いをどう解釈するかは使い手次第なのだという。

しかし、これらが本来の想いを汲み取り成就させることができれば、その切れ味は高まり、逆なら落ちるという。

これらの武器は契約の後は消える、しかし願えば手元に現れる。

故にキナは体に入ると表現するのだという。

誰が作ったのと聞くと、キナは神様が作ってんのよと言っていたが、神とは神族じゃないのか?

そう聞くと彼女は、どこかムスッとした表情で否定した。


「おしゃべりはここまで、さぁ契約よ」

「契約って言っても…」

「この通りに読むの」


キナに渡された紙、その紙の字に彼は見覚えがあった。

しかしキナに聞き返すようなことはしなかった、きっと彼女は答えない。

知る必要があるのなら彼女が言うだろう、だが言わないという事はまだ知らなくて良い事なのだ。

彼は槍を見上げ、書いてある言葉を読み上げる。


「仰ぎ見る空は澄み渡り」

「見渡す平野に戦火なく」

「娘は唄い、子が駆ける」

「安寧の秩序築かんがために」

「応えよ」

「我こそが神代の守護者なり!」


その言葉と共に槍は光の粒に霧散する、その様は数時間前に見た星空の様であった。

それらは彼の体を包み込み、やがて消えた。

何とも言えない心地よさが自らの体を包む。


「よし…これでいい…」

「見てなさいよ…思い通りになんかさせないんだから…」


キナが何かを言っていたが彼には聞こえなかった。

ただその場の心地よさに目を細め、温もりに浸っていた。

キナの言葉は彼には聞こえなかった、だがただ一言だけはっきりと明確に聞こえた言葉があった。



『私達の世界を守って』


この言葉のみが彼の耳に届いた。






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