武器を探しに(2)
彼はゴツゴツとした感触の岩山を、キナの後に続いて登って行く。
そんな彼は現在、目のやりどころに困っていた。
彼女の服装は深緑を基調とした軍服のような雰囲気であった、白いシャツに緑色のネクタイを締めてその上からジャケットを着ている。
胸に光るのは五つの色の花弁、どこかの国の象徴だろうか。
その上には腰まである丈のローブ、問題はそこから下だ。
太もも位までしかないスカート、あれでは中が見えてしまうのではないだろうかと彼は心配した。
彼も男である、彼女の健康的な白い足をこうも見続けるというのは、悶々とした何かを彼に抱かせた。
なんてことばかり考えているからだろうな、悶々とするのは。
彼はそう考えると、煩悩を振り払うために一息いれることにした。
ちなみにこの間の彼女はというと、ひたすら地図と方位磁針に視線を落としてたまにあたりを見渡すために顔をあげていた。
「なぁキナ、そろそろ休憩しないか?」
「…あー……うん……」
どこか歯切れの悪い彼女の返事、宝探しの進行具合に納得がいかないのだろう。
ただそんな彼女にも疲れがあっただろう、彼の提案には素直に頷いた。
手ごろな岩を見つけ、向かい合わせに腰を掛けると彼は家から持ってきた水筒を出して彼女に渡す。
この時の山の気温はまだ昼だからだろう、涼しいくらいの気温であった。
「もしかして…迷子?」
「そんなわけないじゃない、バカなの?」
そこまで言わなくてもいいじゃないか、彼はそんな抗議の視線をキナに送った。
彼女もそれを察したのか、手を広げて周りに視線を移す。
「この山はそこらの原っぱとは広さが違うの、簡単に見つかる所に宝物を隠すわけないでしょ」
「それもそうか、悪かったよキナ」
「別にいいわよ、ただこの話はこれで終わりよ。別のお話をしてちょうだい」
そう言うと彼女は先ほど渡した水筒の水を口に含んだ。
彼女自身この複雑な山道に嫌気がさしていた、休憩中までそんな話はしたくない。
そんな感情から彼に別の話題を提起するように行った。
「…キナはなんで小さくなってたの?」
「またその話?ややこしいのよ、転移の理屈は…そもそも全部仮説だし…」
「じゃあその仮説の話を」
「はぁ…」
彼女はめんどくさい、あぁめんどくさいと聞こえるかのような溜息をつく。
それはもうややこしい話であったので、彼女は本当に面倒に感じていた。
ただ別に話して不都合のある話では無かった、なので彼女はゆっくりと話し始める。
「簡単に大雑把に説明するわよ?この説明だけでわかったようにはならないように」
「はーい」
彼が返事をすると、彼女はいつもの調子で説明を始めてくれた。
なんだかんだ説明してくれる彼女は、やはり面倒見が良いのだろう。
彼も嬉しそうに話を聞く姿勢を見せた。
「転移する際には、二つの人為的な入り口と出口が必要なの。例えば契約石、発掘したモノをハマ族が加工するんだけど…」
「この時に一つの石を二つに分けて入り口用と出口用を作るの。主が出口、従者が入り口の契約石を持って契約を交わす」
「主が呼んだら従者は入り口を通って、主が持つ石を触媒として現界する」
「これが契約石による転移の仕組みよ、ここまではいい?」
説明を聞いて、彼の頭におかしな点が浮かんだ。
「今俺が持っているこの青と黒はまだ契約してないんだよね?」
「えぇ」
青と黒の契約石、これは旅立ちの前にミスティから譲り受けた未契約の石。
ミスティからもらったのはこれだけだが、彼女の話からすれば石は入り口と出口の計は四つなければならない。
「この青と黒の入り口用の石はどこにあるの?」
「あぁ…それならこれよ」
そう言って彼女は胸の内側のポッケから、彼の持つ二つの石と同じ色の石を取り出した。
必要な時に渡そうと思ってたのよ、そう言いながら再びポッケに戻す。
「…持ってるのかよ」
「だってウォル落としそうじゃない、契約石は貴重なものなのよ。だからまだ赤ん坊の時に私が預かってたのよ」
まぁきっと正解なのだろう、彼はそう思った。
と、ここで彼の頭に新たな疑問が浮かんだ。
彼女は彼の赤ん坊の時の記憶があると言った。
であれば彼より年上でないとおかしいのだが、という事であった。
「…」
「何よ?」
彼女の見た目はどう見ても若すぎる、彼より年上とは思えない。
いったい何歳なのだろうと彼は考えた。
彼の熱い視線の意味を知らない彼女は訝しげに、しかし一向にわからないので彼はそれを言葉にして尋ねた。
「なぁキナ…」
彼女の年齢、それを聞こうとした瞬間の事であった。
彼は背筋に悪寒が走るのを感じた。
それに続くように下腹部あたりから電流が流れ、肩甲骨を刺激するような感覚も感じた。
彼は確信する、今俺は口を開けてはならないと。
「…ウォル?今…何を聞こうとしたのかしら?」
間違いない、キナは…彼を威嚇していた。
その目は狩人の目であった…彼女は怒っていたわけでは無かった。
彼に警告している、感じろと言わんばかりに。
彼は思わずツバを飲み込んだ。
「…何も……」
「…」
彼女は彼の返答を聞き、緊張で凝り固まった彼の表情を見つめる。
彼にとってその間は、とてつもなく長く感じた数秒であった。
彼を見つめていた彼女は一つ大きくため息をつくと、彼から視線を外した。
「少しは分かった?キナが前に言った聞くべき云々てやつ」
「はい…」
「ならば良し、何を聞こうとしたのかは検討つくけどね…それもいつか教えてあげるわよ」
だけど今じゃないのよ、そう続きそうな葉の後で背中に感じた悪寒が引いた。
体の緊張が解けていくのを感じる。
彼は今まで彼女の事を可憐で聡明な少女である、そう思っていた。
だがそれはとんでもない勘違いであった、そう確信する。
この少女は猛獣の類である、間違いなかった。
「さて…本題のキナが小さくなった理由ね…」
再び話し始める彼女。
そこには少し前のあの恐ろしい気配は無い。
「なんていえばいいのかしら…ざると土が入ったバケツと泥を想像してちょうだい」
「?」
「それで地面にバケツを置いてバケツの上にざるを乗せて」
「???」
「いい?このバケツの中の土を泥にしたい、使える水分は泥の水分だけでかつその泥を濾過した水でまた別の泥を作らなければならない」
「ざるの網はきめ細かく、泥をそのまま置いても酷く時間がかかる…もっと短時間で濾過したい」
「どうすればいいかしら?」
謎かけだろうか、いや…わかりやすく説明すると言っていたのだから、そんなふざけたことはしないだろう。
彼は素直に答えるべきだと思った。
「泥を絞ればいいんじゃないかな?そうすれば水だけ落ちていくよね?」
「正解、つまりはそういう事よ」
「え?」
「元の世界で泥だったキナは、短時間で別の世界の泥になりたかった、ざるを通るには姿を変える他ないから泥が水に変わるようにキナも姿を変えた、そして時間をかけてまた泥になった」
「これで納得してちょうだい」
「じゃあオルドルは?」
「あいつはざるをぶち壊してこっちにくんのよ」
とてもオルドルらしい、彼はそう感じた。
「それじゃあ、俺とキナの立場が入れ替わったら」
「小さくなるかもしれないし、ざるをぶち壊すかもしれない、はたまた別の何かになるかもしれない」
「もういいでしょ?キナ疲れちゃった」
キナは岩から立ち上がり、精一杯に体を伸ばすとお尻をパンパンと叩いて汚れを落とした。
「さて…日が暮れるまでには目的の宝物がある洞窟まで行くわよ」
「はいよ…」
キナはくるりと回って、彼に背を向け歩き出す。
その小さな背中を見ていて彼はふと思った。
さっき感じた彼女の圧力について、以前彼女は戦闘は得意ではないと言っていた。
しかしあの圧力は弱い人間に出せるものではないだろう、彼はそう考えた。
何故なら誰かと戦った事の無い、素人の彼ですら感じる事の出来る殺気。
野性を忘れた人間の本能に語りかけるほどの強い殺気を出せるのだから。
キナと戦ってみたい、そんな事を彼は考えていた。
それはきっと、自分より格段に強い人間であるという確信を得ていたから。
そして彼女が相手であれば、少なくとも殺されることは無いだろうと感じていたからだ。
彼が腰に差している剣は斬るものではない、彼女は以前そう言った。
彼はその後に確認したが、この剣には本当に刃が無かった。
故に仮に当たったとしても大きな怪我はしないだろう。
そう思い、彼は剣の柄を軽く握った。
この時の彼は高揚していた、早く彼女に挑みたい。
その気持ちで頭がいっぱいであった。
徐々に二人の間合いを詰めて機を窺う。
もう少し…
もう少し…
今だ!
そこからの彼の行動は速かった。
地面を思い切り蹴り、彼女との間合いを一気に詰める。
退魔の剣は手の指の先からひじのあたりまでの長さであったため、距離を詰めねば彼女に届かなかった。
もう少しで間合いに入るその瞬間であった。
「はい、残念でしたっと」
「!」
彼女は前を向いたまま、突如後ろに大きくステップをした。
突然のことに驚いた彼は急停止した、しかし加速していた彼の体は急な反応に追いつかず体がのけぞる。
そしてそのまま体を預けてきたキナを抱きかかえるように後ろに倒れる。
「うわっ!」
ドンッという音と、もたれかかってきた彼とキナは共に地面に倒れ込んだ。
仰向けに倒れ目を開けると、目の前には澄み切った青い空が広がっていた。
仰向けに寝転がった彼の上にはキナが、これまた仰向けに寝そべっている。
彼女は左手で彼の剣の柄を握り、いつの間にか右手に持っていたナイフで彼の脇のあたりをなぞっていた。
完敗だ、彼女はその気になれば俺を殺せていた。
彼は目をつぶり悔しく思った、奇襲でさえ彼女には歯が立たないのかと。
「覚えておきなさい、高い所にいるっていうのはそれだけで有利なの」
彼の上に寝そべったまま彼女は言った。
「…気づいてたの?」
「あそこまでわかりやすい気配も無いわよ…」
「…気配ってやっぱり感じるの?」
「今度目をつむって眉間のあたりに指を近付けてみなさい、気配ってそんな感じよ」
「…はい」
「しかし…わっかりやすかったわねぇ……」
はふぅと気の抜けた声を出しながら息を吐き出す彼女。
そのまま数分くらいが経過する、彼女は彼の上に寝転がったままであった。
「あの…怒らないの?」
彼はてっきり怒られると思っていた、後ろから仲間に襲い掛かるなど気がふれたかとしか思えない。
自分で思い返してみてもどうかしているとわかっている、何故あの高揚感に負けてしまったのかが彼には不思議でならなかった。
しかし怒るべきの当人は、のんびりと空を見ているようだった。
「男の子だもんねぇ…今回は多目に見てあげるわよ」
そう言って持っていたナイフをそこらに投げて、空いた手で俺の体をポンポンと叩いた。
彼女にとって、今の彼の行動は別に怒るべきものでなかった。
甘噛みをする犬を激しく叱責する飼い主はいないだろう、怒るのはその牙が自分以外の人間に悪意を持って向いた時だけでいい。
彼女はそう考えていた、だから彼が自分に襲い掛かろうと可愛いものだと感じるぐらいであった。
「それに力の差もわかったでしょ?いずれ鍛えてあげるから…意趣返しはその時にね」
「…」
「あぁ…風が気持ちいわね…しかも暖かいからなんだか眠くなってきちゃった…」
「昼までに洞窟に行くんじゃ?」
「水を差してきたのはそっちでしょうが、キナのやる気が出るまでもう少し待ちなさい」
「これは勝者の命令よ?敗者は聞かなきゃダメなんだから」
「…うす……」
キナのそんな態度になんだか彼の力も抜けてしまった。
このまま青く澄みきった空を眺めるのも悪く無い、そう思い彼も両手を投げ出す。
「ホント気持ちのいい天気ねぇ…」
雪山で遭難した時は、人肌で暖め合うのが良いという話を聞いたことがある。
キナと密着している彼は、本当に人は暖かいなと感じていた。
そして彼はその暖かさによりだんだんと眠気を感じてきた。
「あぁ…本当に気持ちがいい…」
この感覚は…まるで冬に何枚も毛布を被った時のような心地よさだ。
小さな幸福感の中、彼等は少しの間そのままのんびりと過ごした。