出会い
ミスティ・クランの訪問から一夜明けた今日、ウォルトは羊たちの放牧を終えた後に広々とした草原であるものを試そうとしていた。
それは手のひらに収まるほどの大きさで、今は彼が手の中でゴロゴロと転がしている緑色の石と赤い石、契約石と言っていたものだ。
彼は考えた、幼いころの自分はどんな生物と契約したのか?何故彼等はそんなことをしたのかを考えていた。それもそうだ、召喚権。いわば自由を一部奪われたようなものだろう、彼らの意志に関係なく戦わされることもあるだろう、望まない行動を強いられることもあるだろう。
故にそんなことをするような主であれば契約を拒否することもできる。そんなものを自分の意志で、しかも物心つく前のどんな人間に育つかもわからない人間に対してするなんて、彼には理解ができなかった、それ故に気になるのだ。
何故自分と契約したのかが…
「…よしっ」
彼はまだ見ぬ契約相手との顔合わせに対する覚悟を決めた。石を握った両手を前に突き出して念じる。
召喚の方法など知らない、聞くのを忘れたのだ。しかしどうにかなるであろうと思った、いや思えた。
昨日のミスティの言葉、自分が竜騎士の子孫であるという言葉のおかげであった。
もちろん本当に自分が竜騎士の子孫だなんて思ってはいなかった、槍は得意で動物の世話なんかもなれているがさすがに竜の世話などした事が無いし、槍にしても比べるのはおこがましいと彼は思った。
荒ぶる竜を鎮め、乗りこなし、すべての人間の心を奮い立たせ、誰より強く正しい存在。
それが伝説の存在、竜騎士。
そしてその竜騎士の伝説は、今は亡き父の好きな物語でもあった。
ミスティがそんな竜騎士に例えて自分を元気づけようとしてくれたその気遣い、彼はそれが何よりうれしいのだ。
今は亡き父も、ミスティも、そばにこそいない、だが確かに自分は愛されている。
どこかこそばゆく思うそんな思い込みは、彼を自然と前向きにさせた。
そしてそこから生まれた自信が、どうにかなると思えた理由だろう。
「こいっ…こいっ…」
目を閉じてただひたすらに呼びかける、その時。
≪ねぇ何してるの?≫
「…うわっ!!」
≪イタッ!!≫
すぐ横から声がした、女の子の声だ。
彼が声のした方を振り向いた途端、頬に何かがぶつかった感触もした。
しかし彼はすぐにそれを気にしなくなった、すぐ横にとんでも無いものを見たからだ。
≪…≫
5メートルはあるだろう竜。
赤い体に堅牢な鱗。
その目は突き刺す様に彼を見つめて逃さない、ヘビに睨まれたカエルとはこういう事を言うのだろうと彼は思った。
鋭い4本の脚の爪は地面にしっかりと噛み付いている、もしその足に人が掴まれれば紙のように切り裂かれてしまうだろう。
≪ちょっと!ぶつかっといて詫びも無いなんてご挨拶ね!!≫
先ほどの女の子の声、下を見ると小人が俺を怒りのまなざしで見上げていた。緑色の髪に、白いドレス、そして背中には透き通った翼。
≪返事ぐらいしなさいよ!!≫
「あぁごめん・・・」
一言謝ると彼女はそっぽを向いて、地面から飛び立ち先ほどの竜の頭の上に乗る。
≪ご無沙汰ねぇ?オルドル?≫
≪久しいな、我が友ビリキナータよ…≫
≪相変わらず固いわねぇ…そんなだから女っけないのよ≫
≪口の減らない奴だ≫
≪という事はいまだにお嫁さんいないんだ?誰か紹介してあげようか?≫
≪不要だ≫
状況がつかめぬままに談笑を始めた二人の前で、彼は深く息を吐いて座り込む。
張りつめた緊張感がこの雰囲気では逆に不格好であると感じたからだ。
いまだ話を続ける小人を余所に、竜は彼を見下ろし話しかけてきた。
≪大きくなったものだな…ウォルト・クレスリー≫
竜に続いて小人も俺のすぐ前に降りてくる。
≪ホントに大きくなったねぇ…まぁキナはウォルが赤ん坊の時でもウォルより小さいんだけどね…≫
へっ、と息を吐いて斜め下を見ながらやや自嘲気味に話す小人。
「はじめまして、オルドルでいいのか?」
≪かまわん≫
「それでビリキナータ?」
≪キナって呼んで頂戴≫
初めての竜と小人との意思の疎通に問題は無かった、コミュニティを使っているという感覚もなく会話ができる。
「早速で悪いんだけど聞きたいことがあるんだ」
≪…ほぅ≫
≪許可しましょう≫
彼はここで昨晩からあたためていた疑問をぶつける。
「いきなりこんなことを聞くのは失礼かもしれないけどさ、何故君たちは物心つく前の俺と契約したの?」
≪簡単なことだ、それが契約だからだ≫
オルドルは何をつまらないことを、そんな感じで彼の質問に答える。
彼の疑問はあっけなく解決されてしまった、自分と契約した理由は、それが契約だったから。
しかしそこでさらなる疑問が浮かぶ、契約とは何のことだ?
少なくとも彼自身に契約の記憶も自覚も無かった、さらに質問をしようとした時、横やりが入る。
≪オルドル、相変わらずあんたの回答は脳筋ね、ウォル、キナが説明するわ!≫
そう言うとキナは再び飛び上がり、オルドルの頭に座る。
オルドルが拒絶しないところを見ると、なんとなくこの二人の仲の良さが伝わった。
≪いいことウォル?キナのママはあんたのパパに、オルドルのパパもあんたのパパと契約していたの、同じようにあんたのおじいちゃんにはキナのおばあちゃんがっていう風にキナとオルドルの一族はずっとクレスリー家と盟約関係にあったの、ここまではいい?≫
「あぁ」
≪いい子ね、その契約は数千年年前にも遡るわ、細かい経緯は端折るけど、ある時クレスリー家の人がキナ達に助力を求めてきたの。当時は人間側からすれば私達は未知の存在だった、キナ達側からしてもね。もちろん追い返したらしいわ、でも戦争を止める為にと泣きながら必死に頼む彼にとうとうキナ達のご先祖様は折れた。そこから一緒に戦って、戦争は終わった。クレスリー家とキナ達はこの絆が永遠であるように願い、友として盟約を結んだ。細かいことは竜騎士物語を読みなさい≫
「待ったキナ、それじゃあ俺は」
キナはにっと笑う。
≪賢い子は好きよ≫
その返答は彼の中の疑問をまるで分っているかのようなものであった。
ミスティは嘘などついていなかった、彼は本当に竜騎士の子孫だったのだ。
「冗談じゃ、ないの?」
≪貴様の前にいる我らが幻と申すか?≫
目を擦りよく見る。
間違いない、本物である。本物の竜である。
≪まぁ気持ちはわからないでもないわ、キナもびっくりしたから、自分の役割を知った時はね≫
≪臆することは無い、これから成長すればいいのだ。自信がつくまでは素性を隠すという手もある、幸い伝説上ではどこかの貴族がその子孫になっているのだから≫
「…そうだね、竜騎士を名乗ればたとえ事実であったとしても不敬罪で縛り首だ…」
≪賢明ね、あなたが強い訳じゃないもの≫
キナの一言に彼は肩を落とした。
竜騎士の子孫であっても自分自身が強い訳じゃない。今の気持ちを例えるなら、平坦な道がいきなり坂に変わって背中に大岩を背負わされた気分だと彼は思った。
≪男の子がそんな顔しないの!これから強くなるのよ!≫
喝を入れるキナ。
そうだな、今からさらわれた姫様を救いにくというわけじゃないんだ。ゆっくりと力を付けていこう。
彼は頬を2回叩いて立ち上がる。
≪むっ?≫
≪おっ?≫
「自己紹介が遅れたね、俺はウォルト・クレスリー。しがない羊飼いだけど、槍の扱いには自信があるんだ。立派な竜騎士にはなれないかもしれないけれど、君たちにふさわしい友人になってみせるよ」
紛れもない本心であった。
本音を言えばオルドルの契約だ、という返答に彼はどこかがっかりしていた。
幼いころに契約をしていたという事実は、もしかしたら自分がすごい人物なのではと錯覚させたからだ。
しかしそんなのは幻である、対してキナのこれから強くなっていけばいいという言葉、その通りである。
強くなろう、祖先に恥じぬように、そんな決心を込めた彼の自己紹介に二人は呼応してくれた。
≪楽しみにしているぞ、友よ。我が名はオルドル≫
≪そこは絶対に竜騎士になるとか言いなさいよ、まぁいいわ、そこらへんの心構えはキナが教えてあげるわ。感謝しなさい≫
頼もしく翼を広げる武骨な竜と腰に手を当て胸を張る小さな妖精。
彼等に恥じぬ友人になろう。そんな様子を見て、彼はさらに決意を固めた。
「そう言えば、二人はどうやって出てきたの?」
ここで最後の疑問をぶつける。
結果的に二人を呼び出せたのものの、明確に呼び出す条件がわかったわけではないからだ。
≪馬鹿ね、呼びたい方の石を持って来いって思えば来てあげるわよ。あと、あんまり石はいじらないで≫
そう言って少し俯きながら話すキナ。
「え?なんで?」
≪単純にくすぐったいのだ、むずむずとする≫
「あっそう」
ウォルはなんとなくキナが悶えている姿を想像する。
微妙に伸びた鼻の下の様子を、キナは見逃さなかった。
≪変な想像するな!!≫
「いてっ!なんでわかったのさ!!」
「妖精なめんな!!」
頬に全力のタックルを食らわせた後、逃げ出した俺を追いかけてくる彼女。
彼女も恥ずかしかったのだろう、その頬は赤く染まっていた。
その後、オルドルに怒鳴られるまで追いかけっこは続いた。
≪先が思いやられるな…≫
そうつぶやいた赤い竜。
こうして羊飼いの少年が紡ぐ新たな竜騎士物語が始まったのだ。