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序章

寂れた小屋の中、小さなろうそくの火の前で男は自らの息子に語る。


 この世界の北の果てには人と変わらぬ風貌で自然の力を自在に操る種族、エンヴァーがいるという。天災は彼らが起こし彼らが鎮めるものでありそれに人は抗ってはいけない、人は彼等に関わらず生きていくのだ。


 この世界の南の果てには巨人にも劣らない体力を持つ種族、ガンディアがいるという。まるで卵を割るように石を砕き、ヒトの二倍はあるだろう体で洞窟を掘り続ける。洞窟には注意しなければいけない。奴等に捕まれば、生きては戻れないだろう。


 この世界の東の果てには鋼の如く堅牢な肉体を持つ種族ドラグーンがいるという。一騎当千の力を持つ戦士、鉄の刃も燃え盛る業火も恐れない。もしも奴等を見たらすぐに逃げるのだ、正面から戦って勝てる相手ではないからだ。


 この世界の西の果てには世界の理を解明するほどの知能と卓越した魔術の知識を持つ種族、ハマが住んでいる。困ったことがあれば彼等に聞くのがいい、面倒見の良い彼等はきっと相談に乗ってくれるだろう。

 しかし決して彼らを利用しようとするな。ヒトの子どもほどの小さく面倒見の良い彼等であるが、自らを軽んじる者に慈悲は無い。我々をこの世から消滅させ、死後の魂を束縛することすら彼等にとっては朝飯前なのだ。


 この世界の樹海の奥には、様々な獣の能力を持った種族、獣族がいるという。犬、羊、猫など様々な動物が人の姿をとっている。彼らの事を家畜のように見るな…家畜にしようとすれば、命を刈り取られるぞ。


 この世界の天空には神族が、地底奥深くには魔族がいるという。彼らは基本的に我々に干渉しない、我々も彼らに干渉しない。

 万が一出会った時にはどうするかって?そうだな、とりあえず挨拶はしっかりするんだ、彼らはどの種族の敵にも味方にもならないが、友達にはなってくれるかもしれないからな。


 そしてこの世界の様々な所には、体力・知力・魔力、どれをとっても平凡な種族、人がいる。そう、我々だ。他の種族より数は多いが、か弱い存在、それが人だ。


 かつて遠い遠い昔、何千年も前のこと、とある種族間で凄惨な争いが起こったことがある。

 火種こそ小さいものであった、しかしそれはやがてすべての種族に燃え広がり大火事となった、その戦争において、力弱きヒトは種族根絶の危機に陥った。必然だったのだ、他の種族に比べ、我々は酷く脆弱だったのだから。



 そんな争いによって種族が絶えることを悲しんだ神族は、生き残っていた人にあるものを与えた。それは自分たちが持つ多くの特技だった。神族は自分たちが持つ特技の贋物を創り出し、その特技を得意とする人に1人1つずつ与えたのだ。

 剣術、特に突きに秀でた者には神速の突きを、居合の得意なものには必殺の斬撃を、魔法を得意とする者にはより多くの魔力を、鍛冶や農耕を得意とする者たちには製鉄技術や交配の知識を。


 結果、ヒトは各種族と互角程度に渡り合える力を持ち、根絶の危機を逃れ生き延びることが出来た。

 後に人々は、14歳の誕生日を境に親の代から受け継いだ神族からの贈り物に感謝と尊敬の念、そしてその日まで、たゆまぬ努力を続けた子ども達に賞賛の意を込めて神が人間に残した遺物を引き継がせた。

 そしてそれを人々は『レリック』と呼んだ。




 [フーゴ、手を出しなさい。これが父さんからの最後の贈り物だ、この能力がお前の人生を幸せにしてくれると父さんは信じている。愛しているよ…フーゴ…」












「おーい、こっちだぞ!」


 どこまでも広がる青空と高大な山々が連なる山岳地帯、白い牧羊犬と共に羊を統制する少年がいた。右手に掲げるベル付きの杖と自らの声でそれらを統制する少年。

 少年の掛け声とともに牧羊犬は羊たちを追い立て、逃げ出した一頭の羊を先頭に群れを成して草原を下へ下へと早足に駆ける。少年は駆け足でそれらに続く。


 数十分位だろうか、三角屋根の小さな一戸建てと柵で囲われた大きな平地に出る。一戸建ての前には一台の馬車。

 それを確認した少年は笑みを浮かべ、慣れた動作で羊たちを柵の中に追いやり、牧羊犬に干し肉を褒美として与える。


 ≪もう少しいいものは無いのかい?≫


 不満そうに見上げる牧羊犬、それに対し少年は言葉で答える。


 「悪いな、今はこれしかないんだ」


 ≪そうかい、牧羊犬も楽じゃないね≫


 いそいそと干し肉を咬みながら少年の前から立ち去る牧羊犬。その姿は他者から見れば会話が成立しているかのようであった。

 その牧羊犬の態度に多少あきれながら、少年は家の中に入る。


 「ミスティさん!」


 扉を開けると、少年よりもやや小さい老人。少年はその老人に嬉しそうに声をかけた。

 彼はミスティ・クラン、行商を営むハマ族の男性だ。

 飲み物を入れているのだろう、彼の両手に握られた二人分のカップには湯気の立つミルクが入っていた。


 「やぁフーゴ、今日も勝手にあがらせてもらったよ」


 まるで孫を見るような目つきで少年を見る。中央に置かれた机にカップを置き老人は席に着いた。


 「君の好きな葡萄酒だ、飲みなさい。」


 少年はに席について置かれたカップの取っ手を手に取りゆっくりとのどを潤す。

 その飲み物を口に入れた瞬間、柔らかな甘みと確かな酸味が口内に広がり少年の顔は瞬く間に綻んだ。


 「気に入ってもらえたようで何よりだよ、フーゴ」


 「うん、気に入っているよ。それで?今日は何の用事?」


 行商人である彼と羊飼いの少年の関係。外から見れば売る者と買う者、それ以下でも以上でもないだろう。しかし彼らにはそれよりも深い関係性があった。


 「君も今日で16だ、忘れたのかい?」

 「あぁ…そうだったね…徴兵だ」


 少年が住むレイシア帝国は齢16になると約5年間、平民にのみ徴兵が課される。内陸に位置するレイシア帝国はかつての領土拡張のための戦争の影響というべきか、周辺諸国との小競り合いが多く、より多くの兵を必要としていた。


 「徴兵されれば…もう戻ってこれないかもね…」


 「そう悲観的になるものではないよウォル、世の中何とかなるものさ」


 嫌そうに俯く少年とは対照的にケタケタと笑うミスティ、そんな彼を少年は恨めしそうに睨んだ。


 「今日の日のために君は槍をたくさん練習してきたんだろう?父親の言うとおり?」


 「そうだけど、戦地は嫌だな」


 少年は先ほどよりぬるくなったハニーミルクを啜る。ミスティはそんな彼の前に4つの宝石と一通の手紙を置いた。


 「読みなさい」


 「?」



 そこに書かれていた『レイシア軍人養成学校入学許可証』と書かれていた。


 「これは、なに」


 「君の父の意思だ

 懐かしそうに小屋を見回す老人。


 「父さんの?」


 「そうだ、そして彼から君の保護を託された私の願いでもある」


 そういうと椅子から立ち上がり外に出る老人、父は数年前に病気で母は生まれてすぐに亡なっていると聞かされている。

 記憶の中の父は老人を長年の友人だと言っていた、父が亡くなって以来は老人が面倒を見てくれていた。


 少年にとっての二人の父親、その両者の意思が自分を軍人にすることだという。少年はその事実にどこか悲観していた、二人は自分が戦場に立つことを望んでいたのかと思うと悲しくなってしまった。

 やがて老人は一振りの剣を手に戻ってきた。


 「そんな絶望に満ちた顔をするものじゃない、話はまだ終わっていないんだ」


 どこか居心地が悪そうな表情で話す老人、再び席について少年に語りかける。


「これは君に少しでも長く生きてほしいが故の選択なのだ」


 少年は自嘲気味に笑う、徴兵、軍隊学校、どちらも死が付きまとう場所であるからだろう。


 「おじさんは俺に死んでほしいの?」


 「だから最後まで聞くんだ…いや…端的に言おう」


 老人は少年に言い聞かせる。



 「徴兵であれば3、4ヶ月の訓練を終えればすぐに前線に出ることになる。短期間の訓練で生き残れるほど戦場は甘くない、徴兵で戦場に行けば君の思うとおりすぐに死ぬかもしれない。対して軍人学校は違う、約1年間の期間で未来の士官と下士官そして上等兵を育てるいわば職業軍人の学校だ。君はそこで生き残る術を学ぶのだ。この帝国の小競り合いはそう遠くないうちに大きな戦争に発展するだろう、その時までに軍人になるのだ、殺すためでなく、生きるために」


 老人は一呼吸置くようにハニーミルクを一口すすり、再び話しを始める。


 「わかっておくれ、私も、君の父もできれば君を戦場に送りたくないのだ。しかし時代はそれを許さない、だからせめて生きる力を君に与えたい槍の訓練もその一環だ。」


 老人は話し終えると、すっかり冷めきったハニーミルクを一気に飲み干す。そして少年を見据える、答えを促すように。


 「どうだろう?」


 少年は少し考えた後、老人の目を見据える。 


 「…ここで駄々を捏ねてもおじさんが困るし、どちらにせよ戦場には赴くわけだしおじさんの気持ちはわかったよ」


 「そうか、それはよかったよ」


 ほっと一息つく老人。


 「それで?この宝石はなに?」


 少年は差し出されたもう一つのモノを指さす。それは赤青黒緑の4つの宝石。


 「それは君のレリック、コミュニティを持つ者にしか扱えない代物さ。封印石といってね、その名の如く何かを封じるための石だったものだ」


 老人は説明を続ける。


 封印石とは、北の果ての鉱山で採れる鉱物の一種。

 例えば燃料で起こした火を封印したい時に念じてこの石を投げいれれば火は消える、逆に火を付けたい時に紙や薪などの燃料の上に投げ入れた石を置けば火がつく。

 原理としてはそこにあった火を石の中に一時的に封じ込める、開放したい時には同じような状況を作り出せばいい。

 薪や燃料の上にこの石を念じて投げ入れれば、石が火種となりまた火を付ける事が出来る。ただし一度封じ込めた能力を解放すれば石は粉々に砕けてしまう。



「とまぁ…こんな感じに使える石なんだよ…」

「元はね?」


 老人は嬉しそうに少年を指さす。

 そのしぐさに戸惑う少年をよそに老人は話しを続ける。


 「これ等は封印石とは違う…これらは契約石というんだ」


 「契約石?」


 要約すると、契約石とは生物同士の間で、対面・交渉・承認の過程を得た時、その生命体に対する召喚権を得るモノなのだという。


 「召喚権?」


 「そうだ…まぁ専門用語みたいなものだが…」


 召喚権とは召喚する権利と召喚される権利の総称である、ハマ族などが召喚術を用いて生物召喚した際に結ぶ契約に際して使う言葉。

 降霊術を扱う者が無理やりに死者を操ることを、死者側の召喚権の冒涜と言われ忌み嫌われるのだとか。


 「君のギフト、コミュニティの能力は一定の知能をもつあらゆる生物との意思の疎通、君のギフトを使えば召喚術を使わなくとも強力な生物の力を借りることが出来るのだ。ただ死者やアンデッドの類には厳しいから気を付けて」


 「…」


 呆然として宝石を見る少年。

 牧羊犬の気分をとるぐらいにしか使い道がないと思っていた自分のギフトに、まさかこんな力があったのか。そう言いたげな顔で少年は呆然としていた。


 「ちなみにこの赤と緑の石はもう契約済みだ」


 「え?」


 驚くように聞き返す少年。当然だった、自分には契約した覚えがないからだ。


 「お前が小さいころに彼等の意思でな、明日にでも呼んでやるとよい」


 そういうと老人は席から立ち上がる。


 「もう行くの?」


 気が付けば空は赤く染まっていた。


 「今日中に行くところがあるんだ、これからどうするかは緑色の奴に聞くとよい」

 「そしてこれは餞別だ」



 先ほど持ち出した鉄剣を差し出す。

 渡された鉄剣を鞘から抜くと、鏡のように磨かれた刃が姿を現した。ショートソードほどの長さの軽めの剣。

 

 「綺麗…」


 自然とその言葉が口から出る、何の装飾も無いその鉄剣だがその刃にはどこかを魅了されるものがあった。


 「ふふふ…そうだろう?私が若いころに使っていた剣だ。きっと君の助けになるだろう」

 

 満足げにミスティは笑う。


 「それじゃあウォル、しばしの別れだ。あぁ羊たちのことは私に任せなさい、悪いようにはしないから」


 老人はそう言い残すと馬車に乗る。扉から出てくる少年はどこかさみしそうに老人を見送る。

 そんな少年を元気づけるかのように、老人は再度声をかける。それは息子に向ける別れの言葉ではなく、1人の男への旅路への祝言。旅立つ若者に向ける最大の祝福。



 「別れだ!ウォルト・クレスリー!勇敢なる竜騎士の子孫よ!貴殿の旅路に幸ある事を女神ミュリエルに祈る!はぁっ!!」


 老人の乗る馬車は駆け出す、決して止まらぬように。

 何か言いかけたであろう少年の返答を待つこともなく。




 ところ変わってレイシア帝国ヴィーゼ公爵領の一際大きな屋敷。

 そこでは今盛大な宴が開かれていた。たくさんの机に並べられた豪華な料理の数々、来客と思われる人々はそれに目もくれず談笑を楽しむ。

 やがて、1人の男性が階段を上がった二階から来客に挨拶をする。


 「みなさん今宵は我が三女、アリシアのレイシア軍人養成学校士官コース入学を…」


 長々とした挨拶を始める、この屋敷の主人であろう気品にあふれる男性の隣に彼女は立っている。

 アリシア・ヴィーゼ。肩にかかる程度のしなやかな金髪にパッチリとした紅い瞳の可憐な少女だ。

 自信にあふれた声色で話し続ける当主マーティン・ヴィーゼの横で、ぎこちない笑みを見せていた。


 (あぁ、お父様の話は長いので不効率です。もっとこう、端的かつシンプルに言えないものですかね。)


 そんなことを考えながら数十分、長々とした話も終わりを迎えようとしていた。


 「…以上で私からの挨拶を終わらせていただきます、引き続き宴をお楽しみください!」


 来客は皆思ったであろう、アリシア本人からの挨拶は無いのかと。

 この宴の主役はアリシアでありマーティンではない、現にアリシア自身も父親の顔を見上げていた。

 しかし父親は満足そうな顔で階段を下りていくので、自らもそれに従う他無かった。


 こうして、主役の挨拶が無いまま宴は再開された。


 (全く…お父様には困ったものです…)



 客人への個別の挨拶と先ほどの父の長話、それに自分の挨拶が無かった事への詫びを終えたアリシアは手洗いを済ませ、宴の会場に戻る。

 ふと横を見ると、吟遊詩人が来客の子ども達の相手をしていた。

 興味本位でアリシアも吟遊詩人の声に耳を傾ける。


 天裂け 地が割れ 川渇き

 我らの命は灯ぞ

 進めど 進めど 終わりは見えぬ

 死地と定めたこの場所で

 誰かが途端に叫びだす

 見ろよ 見ろよ 空を見よ

 光明の道は空に在り

 見上げよ人々あの者を

 竜にまたがるあの者を…



 (竜騎士物語ですか…)


 竜騎士物語、それはレイシア帝国のみならず人の間では知らぬ者がいないほどに有名な童話。かつての種族間戦争の時に人々がレリックを手にするまで、人々を守り抜いたという。竜騎士は単騎で敵陣に切り込み、輝く剣を掲げあらゆる強敵をはねのけたとか。


 (まぁ、伝説なのですがね。)


 当然である。竜族と話せるのなどドラグーン位であり、人が竜に乗ろうとすればたちまちに捕食されてしまうだろう。

 それほどに人は弱く、竜は強いのだ。


 「それでも…あこがれずにはいられないんですが…」


 少女のつぶやきは誰に聞こえるでもなく消えてゆく。


 (仮に竜騎士がいたとして、どのように運用すればいいのかしら?)


 ふと少女は隊を成した時の竜騎士の運用方法を考える。

 軍隊学校では基本的に貴族が士官コース、平民の中で優秀なものが下士官コース、そのどちらでもないものが上等兵コースに分類される。

 貴族は幼少から軍事や作法に関することを習うため、優秀な者が多い。それ故に貴族が士官となることは最早常識であり、このアリシアも例に漏れず優秀であった。

 彼女は考えていた、騎馬でも歩兵でも弓兵でも魔法兵でもない、竜騎士の駒としての使い方を


 (斥候は目立ちますね。空からの投石とか、騎士としての能力が高ければ馬に乗せて騎馬にするのも…威圧には使えるかもしれませんが、それだとなんか面白くないですね…)


 「う~ん…死なせたら困りますね、私にはいらないです。伝説上のあぁいう手合いは見ているだけに限りますね、現実的じゃありません」


 結論、彼女にとって竜騎士は不要なようだ。


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