「月のうさぎをおいかけて」 前編
カイ視点です
──「ねえカイ、ぼく大きくなったら、うちゅうひこうしになるよ」
新学期がはじまって、ひさしぶりに友だちに会えたよ。みんな夏休みに行った旅行のことや、プールのことをワイワイ話したり、工作の見せあいっこしたりね、ぼくもみんなと話していたんだけど、気がついたらソラがいなかったんだ。
あれ? どこに行ったんだろうって、教室をぐるっと見回したら、ソラは一人で席についていた。
「ソラ? どうしたの? おいでよ!」
「あ、うん。ぼくいいや」
へんなソラ。朝はなんでもなかったのに。かぜとかひいちゃったのかな。
もうじき先生も来ちゃうし、その時はぼくも席についたんだ。それからはソラも、いつもみたいにぼくといっしょに話したり、あそんだりしてたから、ソラをへんだなあって思ったことをわすれてたんだ。
でもね、ソラは家でも一人で何か考えてるみたいだった。やっぱりへんだなあって思って、「どうしたの?」って聞いてもさ、「なんでもないよ」って言うソラ。本当にどうしちゃったのかな。いつもは話してくれるのに。
クラスのみんなとはいつも通りだし、お父さんやお母さんともいつも通りだけど、ぼくともいつも通りなんだけど、でも気がつくと時どき一人でだまってた。
本当にさ、どうしちゃったんだろう。
☆★☆
「ねえソラ、今年のけい老の日は、秋分の日と日曜日にはさまれて、シルバーウイークって言うんだって。ちいばあちゃんに、手紙でも書こうか?」
って、ソラに言った時だった。
「ねえカイ、ぼく大きくなったら、うちゅうひこうしになるよ」
あんまりとつぜんだったから、ぼくはビックリしちゃった。
「きゅうにどうしたの?」
ぼくが言ったあと、ソラがぼくに話してくれたんだけど……。
「ぼくね、ひいおばあさんのところで見た、あのすごい星がわすれられないんだ。あんなにたくさん星があるなんて知らなかったし、いつか自分の足であの星の一つに立ってみたいんだ」
ソラはぼくに話しているのに、ぼくを見ていなかった。ううん。ぼくの方を見ているのに、ぼくを通りこして、ひいおばあさんの家で見た星を見ているみたいだったんだ。
ぼくたちは、いつもいっしょだったのに。いっしょのものを見てたのに。
ぼくはこわくなった。ソラがぼくを置いて、どこか遠くに行っちゃったような気がしたんだ。
ぼくたちは双子なのに。
どうして? ねえ、ソラ、そんなのダメだよ。
そうやって、一人で決めちゃわないでよ!
ぼくはソラに何にも言えなくて、どうしたらいいか分からなくなって、でもいっしょにいられなくて、そのまま家をとびだした。
「おや、カイ! 一人でどうしたんだい? ソラは?」
げんかんを出たぼくは、ちょうど家に入ろうとしてたちいばあちゃんにバッタリ会ったんだ。体の中で止まってたモヤモヤしたものといっしょに、なみだが出てきたのが分かったけれど、どうしても止められなかった。
なんにも言えないぼくのかたに手を回して、ちいばあちゃんはお家に入れてくれた。そしてだまってぼくがなきやむまで、そっとだきしめてくれたんだ。
「ソラとケンカでもしたのかい?」
ぼくの中からなにかがとび出していって、そこだけからっぽになったような気がしたころ、ちいばあちゃんがしずかに聞いたんだ。
「ううん。ケンカはしてないよ」
「そうかい。なにがあったか、ばあちゃんに話したいかい?」
ぼくはちょっと考えた。よくわからなかったから。だれかに聞いてほしいのかな。でも、からっぽのまんまじゃ、なんだか苦しいなって思った。
「ソラが、大きくなったら、うちゅうひこうしになるって言ったんだ」
「へえ。ソラがねえ。それがいやなのかい?」
ちいばあちゃんはぼくの頭をなでながら、聞いたんだ。
「ううん。すごいって思ったよ!」
「でも?」
「……ソラ、一人で決めちゃったんだ。旅行から帰ってきてから、何か一人で考えてたみたいで、聞いても教えてくれなくて。いつもいっしょに考えてたのに、いつだっていっしょだったのに」
ちいばあちゃんは、しばらくじっとだまったまんまだった。
「ねえカイ、カイはソラが大すきなんだねえ。きっとソラもおんなじだと思うよ。だけどさ、大きくなってからなりたいものっていうのはさ、ソラだけのものだろう? それともカイもうちゅうひこうしになりたかった?」
ぼくはひいおばあさんのお家で見た、星がいっぱいの空を思い出した。たくさんの目がぼくを見ている気がして、なんだかこわくなったのを思い出した。そうだ、ぼくはあの空がこわかったんだ。
「ううん。思わないよ。なんだか星がこわかったんだもん」
「そうかい。こわかったのかい。じゃあカイは何になりたいんだい?」
ぼくはちょっと考えてみたけれど、なんにも出てこなかった。お兄ちゃんになりたいなって思うけど、お兄ちゃんはお仕事じゃあないし、もっとちっちゃいころは、やきゅうのせん手がカッコイイなって思ってた。ぼくは体育が大すきだったから、走ったり、ボールなげしたりするのがすごく楽しかったんだ。
「やきゅうのせん手はカッコイイと思うけど、何になりたいのか分からないよ」
「おや、やきゅうのせん手じゃダメなのかい?」
「だって! ……だって、ソラはあんまりすきじゃないんだもん」
「いいかい、カイ。だれでもね、自分がすきなものをめざせばいいんだよ! ソラはそうしただろう? もちろん今決めなくたっていいさ。でもね、ちがうのは当たり前なんだよ」
「双子なのに?」
「双子だって、すきなものやきらいなものがちがっていいんだよ。カイとソラは、なかよしだけど、ぜんぶがおんなじにはならないさ。カイとちがうソラはいやかい?」
「ううん。いやじゃないよ」
「そうだろう? さあ、帰ってソラとも話してごらん? きっと心配してるだろうよ。そうそう、これもってお行き」
ちいばあちゃんがくれたのは、ソラがすきな味のクッキーだった。
「ただいま」
ぼくが家に帰ると、ソラが走ってきた。あれ、目が真っ赤になってる。
「カイ、どこに行ってたの?」
「ちいばあちゃんち。これ、ソラにおみやげだって。ソラのすきなチョコクッキーだよ!」
*つづく*
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明日に続きます。